1989年4月、英都大学に入学した有栖川有栖はある人とぶつかって落ちた本に目を留めた。
中井英夫『虚無への供物』。持ち主は江神二郎。
この出来事をきっかけに英都大学推理小説研究会(EMC)に入部したアリスの1年をまとめた学生アリスシリーズ短編集。


超絶久しぶりに読む学生シリーズ!これから作家シリーズを続けて読むのでその間にこっち!
まぁ作品の刊行自体は6、7年前なので、たぶん私が、文庫待ってたら忘れちゃった系だと思う。
文庫化されたのは1年半くらい前ですかね。前作『女王国の城』を読んだのがちょうど10年前。ええええもう10年前なの…本書も読んでびっくり、江神さんの年齢をとうの昔に越していた…そうかそうか、いやそうだけどさ、なんかもうびっくりだよ。
以下ネタバレ

瑠璃荘事件
望月の下宿先である瑠璃荘で、先輩から借りていた講義ノートが消えた。
真っ先に疑われる望月はEMCへ助けを求め…

大学入学したてのアリスが江神さんそしてEMCと出会うところから、江神さんの探偵っぷり、4人がすっかり仲良く(?)なるまでが詰め込まれた作品です。論理組み立てて推理してく様と下宿先とか講義ノートとか出てくる単語がいかにも学生っぽいってのが良い。まぁそれだけだと別に作家シリーズでも出てくるんだけど、やはり纏う雰囲気が学生シリーズって感じ。

ハードロック・ラバーズ・オンリー
お昼のあと、喫茶店を見つけたアリス。
近づいてみるとそこには「HARD ROCK LOVERS ONLY」の文字。
入ってみると大音量の音楽が流れ、店員の声も聞こえない。
店内には学生と思しき女性の姿。何度か訪れるうちに顔見知りになったアリスは、声が聞き取れない中女性と口パクでやり取りを繰り返すのだった―

冒頭、この女性が落としたハンカチを返そうと偶然街中で見かけた女性に声をかけるもののまったく反応してくれないアリス、というところから始まってアリスの回顧が始まるんですが、話も短いしある程度想像はつくし江神さんの導き出す答えも想像通りなのだけど答えは提示されません。
でも、この話好きだなぁ。

焼けた線路の上の死体
夏休みの旅行ということで望月の故郷を訪れたEMCメンバー。
そこで起きた列車事故の様子が何かおかしい。EMCは興味を持ち、調査を始める。

デビュー短編がこれらしいです。なるほど記念すべき第一作。やはり列車がお好きなのだろうか、とか思ってしまう。
あとやっぱりこれも雰囲気が、学生のときにしか味わえない雰囲気があって、どちらかというとトリックよりそっちのほうが印象が強いかな。アルバムをめくっているような感じ。

桜川のオフィーリア
9月。EMC創部メンバーである石黒という男が江神を訪ねてきた。
彼が江神に差し出したのは、デスマスクの写真。石黒の友人が亡くなった同級生を撮ったものだという。どう見ても、通報前の写真にしか見えない。石黒は自分の友人が何故これを持っているのかを解き明かしてもらうべく、江神に会いに来たのだった。

タイトルだけ知ってる作品なんだよなこれ。なんでだろう。わかんないけど。
あとこれ、時系列としては『月光ゲーム』の直後らしいんですね。いわれてみれば前2作と確かにちょっと雰囲気が違う。『月光ゲーム』はもう中身あんまり覚えてなくて、もう少し覚えてたら良かったなって後悔した。
写真の真相(と思しきもの)がわかったEMCメンバーの様々な思いを、今の私は汲むことは出来なかったなぁって感じです。

四分間では短すぎる
夏以降とりわけ元気がないアリスを慰めようとEMCが企画した「無為の会」。
なのにアリスはそのことをすっかり忘れ、バイトの予定を入れてしまっていた。
無為の会に出席するためバイト先に連絡を入れようとしていたところ、隣の公衆電話の話し声にふと耳が向く。「四分しかないので急いで。靴も忘れずに。…いや…Aから先です」
無為の会でそのことを話したところ、見事な推理合戦が始まる。

推理というかもはや言葉遊びだなって思ったら本当に言葉遊びゲームだった、みたいな(笑)。
でもアリス、大切にされてるんだなと思ってこっちまで嬉しくなった。

開かずの間の怪
織田の下宿先の大家さんから聞いた、廃病院の噂。
EMCは実際にその病院で一夜を明かすことにする。
そこで起きる数々の怪奇現象。先に腹が痛いと帰ってしまった織田の仕業だと他の3人は確信するが、織田はどうやって隠れているのか。

ホラーと思いきやトリックがちゃんとあり、なのに最後は…という、うーん、学生の冒険っぽくて良いね。それにしても信長さんもそこまでやるか(笑)。
ミステリオタクたちの青い春って感じです(?)。

二十世紀的誘拐
アリスたちは今、身代金の受け渡しを任されている。
誘拐されたのは望月・織田が所属するゼミの教授が持っていた「絵」。
犯人はすでにわかっている。しかしどうやってその絵を持ち出したのか。
教授はEMCへ依頼をしてきたのだった。

これは誘拐事件そのものというより最後の、江神さんと犯人のやりとりがメインなのかな。
ちょっと私には「???」なところも多かった。

除夜を歩く
1988年が終わろうとしていた。昭和最後の大晦日になるであろう31日、京都に残ったアリスは同じく京都にいる江神と新年を迎えようとしてる。江神の下宿でアリスはおもしろいものを見つけた。望月の小説「仰天荘殺人事件」。読者への挑戦もきちんと入っているその小説に、アリスは挑戦する。
モチさんの小説という大変レアなものが拝めます。モチさんの小説に出てくる探偵が乗り回すのはおんぼろベンツ。あれっそれってどこかの准教授…?みたいなのもあって楽しめる。そして「二十世紀的誘拐」よりさらに突っ込んだミステリ論議。これはたぶんそのまま著者である有栖川さんの思いにも繋がるんだろうけど、EMCメンバーは勿論有栖川さんも、だからミステリが好き、って感じなんだろうなぁ。私は単なる読者であってミステリマニアまでは全然行きつかないので、ただただ楽しく読んでいるけど、こういう思いのある人の作品だから楽しく読めるのかもしれないです。
あと、ここで「ハードロック・ラバーズ・オンリー」の答え合わせがさらっと。
江神さんの想像通り、彼女は耳が聞こえなかった。手話で楽しく恋人と話している彼女を見つけるアリス。本当にさらっとしていて、それ以上でもそれ以下でもない絶妙な距離感だった。ある意味これは連作短編集なんだよな。

蕩尽に関する一考察
平成元年4月。年号も変わり、やがて新しい学年が始まった。
EMCの間では、気前よく本をくれる古本屋の親爺さんの話が話題になっていた。
突然豹変した親爺さんの謎について皆で語り合っていたところに現れた女子学生・有馬麻理亜。
アリスの同級生であるマリアはアリスにノートを借りに来たのだが、彼女はミステリファンでもあった。

ようやく4人目のメンバー、マリアが登場します。といってもこの段階ではまだ部員になるかならないかの瀬戸際。
やたら気前の良い親爺さんの謎を解いたあと、彼女は正式に入部し晴れて5人目のメンバーに。
親爺さんの蕩尽とは金を使い果たし、出すもんがなくなってからが勝負だった。
自分の子供の結婚を台無しにした隣人夫婦への復讐。それを事前に止めた江神さん。
探偵とは屍肉喰らいではない。「桜川のオフィーリア」に出てくる言葉が思い返される作品です。
短編集の最後にこういう話を持ってくる、希望の光をくれる有栖川さんの文章は本当に良いなぁ。

全編通して昭和の最後から新しい時代の幕開けという時代性をとても感じさせるネタが豊富です。
つい先日読んだ『昭和最後の日』がここへきてとても思い出された。もうドンピシャだったね。
あと「除夜を歩く」には新しい年号の推理ゲームなんかもあったりで、それもおもしろかった。対抗馬のHだったね。モチさんと信長さんのおもろいやりとりも健在で、安心感がある。
あとやはり、繰り返すけど学生シリーズ特有の、ほろ苦く痛々しく、でも温かい雰囲気が根底に流れていて、これはもう今は体験できないことですからとても貴重なんだよなぁ。この年齢になっても作品を通してこういう、なんとなく学生っぽさを思い出せるのは楽しい。そもそも有栖川さんの作品を読み始めたのが、アリスと同じ大学生だったから余計にね。
そして文庫版あとがきの最後には、EMCには実はもう1人隠れたメンバーがいて、それは読者のあなたですという有栖川さんのお言葉。なんだかそれがとても嬉しくて、妙に感動してしまった。
時事ネタが頻繁に盛り込まれるシリーズにあって私は自分の実年齢が登場人物の年齢を越していくことがとりわけ大きなイベントになっているので、かつて学生アリスと同い年だった私は江神さんの年齢を越し、来年には火村先生と肩を並べてしまう。それでもEMCメンバーでいられるありがたみをとても感じております(?)。ちなみに作家シリーズ読んでるときもやっぱり、読み始めた当初の年齢のまま、学生気分で読んでるところあるな。もしくは作家アリスの隣人(違いすぎ)。