「『世界一おいしい、ドリアン』」
 プリントされたA4用紙を捧げ持ち、宮原あるみは歌うように告げる。
「『食べたい、なんか凄い感動する味ってばっちゃんが言ってた。すげー美味しいんだと思う、夢で食べたい』。三十代フリーター男性の方ですね」
 まっすぐな黒髪をさらりとかき上げ、あるみはそっと身をかがめて用紙を書類トレイへ滑らせた。斎藤ケイタは黒縁の眼鏡をさっと押し上げ食いついた。
「ドリアンって、すごい高級っていうアレですか、オレンジ色の。俺食べたことあるかも」
 あるみちゃんがにっこり童顔を傾ける。可愛い。さらにアピールすべく、ケイタは身を乗り出す。 
「旨かったすよ、ちょっと黄桃に似てた」
「あーケイタ、わしは分かるぞ。お前マンゴーと間違っとるじゃろ」
 千獲係長が、しわくちゃの手を振り振りニマリと笑う。
「あーっ……!?  え、いや、俺缶詰のやつ……」
 必死で思い浮かべる。ちょっとレトロなデザインで、緑色の缶に四ツ割の、ええとオレンジの果物がいっぱいに描かれてて、確か……ドリ、あれ……
「缶詰ならマンゴーじゃな、あるみちゃん」
「そうですね。ドリアンは缶詰にできないと思う」
 ふんわり膨らんだ真っ白いブラウスの前で、あるみちゃんは腕を組んだ。係長はカーっと痰を鳴らし、立ち尽くすケイタを見やる。静脈の浮いた指でトレイの用紙をとんとん叩く。
「も・の・す・ご・く、臭いんじゃぞ。果物ってより生物兵器。こいつも勘違いしとるんじゃ、メロンか何かと」

 説明しよう。
 斎藤ケイタは、(株)妄想シアターにて今年四月から勤務しているフレッシュマンだ。人間の妄想において必要な物資および人材は、妄想資源の取り扱いを許可された一部業者が調達し加工し提供する仕組みになっている(周知のとおり)。(株)妄想シアターは業界最大手の妄想物資企業であり、しがない三流美大出のケイタはこれぞ勝ち組とのぼせ上った。しかしながら新人研修後に配属されたのは――七十代の老人と巨乳OLだけが在籍する――窓際も窓際、最も【浅い】=おバカ妄想の小道具などなど調達する『AHO課』だったのだ。斎藤ケイタの明日はどっちだ!?

 とりあえず、三十代フリーター男性の思考データを検索する。オフィス中央のプロジェクタに映し出し、あるみちゃんと千獲係長に見せる。
「果物はさほど好きではないようじゃなあ」
 よっちゃんイカをしゃぶりながら、千獲係長がのんびり呟く。
「係長、入れ歯なのにイカ食べて平気なんスか」
「南国系の果物はほとんど食べた経験がない様子ね。好物は……ゆで卵とイチゴとアイスクリーム」
 ケイタはサンプル作成のプログラムコードを手早く入力した。
「とりあえず簡単に組み合わせてみたんですけど」
 プロジェクタ横のホワイトボックスから謎の果物が現れ、ひとくちずつ食べてみる。三人三様顔をしかめた。
「まっずぅい。卵とイチゴ、合わない」
「乾いた子供用練り歯磨きの味じゃ」
 ケイタは頭を抱えた。ゆで卵といえば……なんだろう? 
「おい、斎藤! 『妄想資材においては、人々の欲望を十分に満たすことこれ最優先』。社訓! 社訓!」
 係長はいつも携える杖を振り上げ、ケイタの尻をつんつんつつく。 分かってますよと振り払いかけて、いきなりひらめきケイタは飛び上がった。