昨秋に『季刊セクシュアリティ』に載せていただいたエッセイです。
一部で好評だったので、ブログでも公開しちゃいます。出血サービス!!

もしよかったら感想とか聞かせてくださいませ。ちなみに友人は、これをコピーして、カムアウトのときに使ってくれているらしい。ありがたい!

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「まだの性」
〜あるトランスジェンダーが見てきたこと〜

何かにさせたがるのは、誰か

トランスジェンダーは、「何かになりたがっている」と思われるらしい。

FTMの私であれば「男になりたいのか」といわれ、あるいは「違うよね、自分自身になりたいんだよね」といわれ、「ところでオペはまだしてないの?」といった具合だ。

「将来的には、それで、何になるの?」
「な、何にもなりたくありませんっ!今のままで十分に自分が好きです。OKです……」。

なんて言うのがはばかられるくらい、私は「何かになりたがっている存在」とみなされる。

私は手術やホルモン治療を「まだしていない」わけではない。あるいは女っぽいとみなされる名前を「まだ」変えていないわけでもない。「まだ」なんていわれると、何か自分が未熟で欠けている存在であるような気がして、ちょっと悲しくなってしまう。

私は今の自分を「自分である」と強く感じている。

私はすでに自分自身だし、身体と心の性別は不一致のままでOKだし、将来的に「何かになりたい」わけでもない。ただ、典型的な男女じゃない形で存在しているし、これからもたぶんそうだと思っている。

ひょっとしたら、いつか身体を変化させることがあるかもしれないが、あくまで、今の私は「この私」。何かにならなくても、すでに自分なんだ。そして、日々を確実に生きている――。

「ひとは女に生まれない、女になるのだ」とボーヴォワールは言ったそうだが、社会では「女になる」「男になる」ゲームが毎日毎日、瞬間ごとに繰り広げられている。

「貴方は何かになりたがっている」とみなされる私だが、実のところ、社会における「男女ゲーム」こそが、私を「何かにさせたがっている」のではないかという気がしている。

「男女ゲーム」の盤上で

私は生まれてからの21年間(※記事発表当時)、オンナになるように周囲から求められてきた。一方で21年間、オトコであるように自分自身に強いてきたように思う。

家庭や学校では「女の子」でありなさいといわれ、スカートをはかされたり、言葉遣いや行動の全てが「女の子がすること」の範疇におさまるように扱われた。一方で心のどこかに、自分はオトコなんだから、「オトコがすること」の範疇に自分をとどめておかなくてはという気持ちがずっとあっった。これが今まで続く、私の「男女ゲーム」だ。

物心がついたころには、「男女ゲーム」の盤上にいた。3歳のときには、七五三で「女の子の服」を着せられ、嫌がって大暴れをしたという。幼稚園のお遊戯会では「女の子の役」を選べずに、犬や鳥を演じた。

周囲から「女の子として求められる範疇」に押さえ込まれる自分がいる一方、自分は自分で、なんとかして「男の子のすること」の範疇に自分をとどめておきたかった。おそらく、3歳や5歳の私は「七五三の女の子の服」や「赤ずきんの役」によって「自分が男の子じゃなくなってしまう」と感じ、幼児ながらに全身で抵抗をしていたのだろう。

その後は、「男女ゲーム」で闘いとサバイバルを繰り広げてきた。

小中高と、母親や校則から強制させられるスカートには七転八倒した。鏡や電車の窓など、自分の姿をうつすものを見るのが耐えられないから、絶対に見ないようにする。毎朝「頭から水をかぶるような思い」で制服に袖を通し、そうしなければ学校に通えないのだと自分に言い聞かせた。

成長する自分の「女」の身体も嫌悪の対象だった。胸が出てくるなんて、超常現象だとしか思えなかった。この身体を持って、どのように服をきて、街を歩けばいいのかわからない。動作にくっついてくる「女っぽい身体の線」のことを四六時中考えないと気がすまなくて、「どうやって消しゴムを拾うか」「呼吸するか」も思い悩む有様だった。

そんな有様だったから、16歳のある日、インターネットで「FTM」「トランスジェンダー」という言葉と出会ったときには世界がひっくり返ったようだった。自分のオトコとしてのアイデンティティが肯定されるのだと生まれて初めて知り、心底びっくりしたのだった。

FTMにならなくちゃいけない!?
FTMという言葉を手に入れて、ようやく言葉にして自分が何者であるかを理解することができたように思う。今までになく、自分自身について考えなおし、見つめなおし、言葉にしていく日々が到来した。

私はFTMという言葉を手に入れたことにより、「FTMになった」。インターネットや本から取り入れたFTM像によって、私は自らを定義しなおし、見つめなおし、自分が何者であるかを知ろうとした。――FTMという概念がどうやらあるらしい。そして、FTMという言葉が自分を「オンナ地獄」から救ってくれるらしい。FTMでなくなったら、自分はオンナ地獄で生きるしかない。いや、死ぬしかない。そう思った。

読者の皆さんにも是非想像していただきたいのだが、今まで自分には関係がないと思ってきた「社会的少数者」「トランスジェンダー」の生き方が、自分自身の生き方とすごくシンクロしたとき、私は何かにしがみつかないでは、自分自身を支えることができなかった。「男女ゲーム」は瞬間ごとに、壮絶な闘いや葛藤をひきおこす。その痛み、苦しみの激しさから逃れるためになら何でもできると思った。そんな中だからこそ、FTMという言葉は、蜘蛛の糸のように私の目前に垂れ下がり「これしかない」とささやいたのだ。

私は「FTM/オトコであること」を自分に強制し、自分をますます縛りつけ、苦しめていった。いわく、オトコなんだから「女の子たちとあまり仲良くしてはならない」「可愛いストラップをつけちゃいけない」「性別欄のオトコに○をつけて安心できる人間でいなくちゃいけない」等々だ。

FTMになることで自分がオンナ地獄から脱出できると考えても、相変わらず「男女ゲーム」の盤上にしか私はいなかった。

自分のありのままを認めてくれる友達との出会い、特にLGBTの同世代の友達との出会いによって、私は「何者にもなりたくなかった」ことにようやく気がついた。

オトコやオンナ、トランスジェンダーやFTMにもならなくていい――。そう初めて気がついて、随分と拍子抜けしてしまった。遠回りして結局それかよ、と泣き笑いみたいな気持ちだった。

さいごに

「好きな服を着ていいし、好きなひとと一緒にいていい。自分がこれだと思う自分で生きていいし、そのままでもいいんだよ」。

今でもそう誰かに言ってもらいたいときがある。日常を生きることは、私にはそれだけで結構大変だったりするからだ。

この社会で生きているので、今でも私は「男女ゲーム」の盤上にいる。女子トイレに入ることを拒みつつ、喫茶店ではパフェを頼みづらいような、ジェンダーをまとった私がいる。それでも、私は過剰に「何者にさせられる」ことからは距離をおけるようになった。もしくは、「何かにならなくちゃいけない」と考えなくなった。それだけで、私にとっては大きな革命だ。

「男女別トイレに入ること」すらできない自分がいる一方、トランスジェンダーとして日々を生き抜いてきた結果、「何かにならなくていい」ということを知って「自由」を味わっている自分もいる。

自分を自由にすること。周りの誰かが自由になれること。その「きっかけ」となるのが、自分がトランスジェンダーとして持ちえた視点であればいいと今では思っている。この稿が、読者の方の何かの「きっかけ」となればうれしく思う。