フジ棚でおいしい酒

趣味の庭の手入れを再開したのは2月末にくらい。

それまで庭をいじる気にもなれんでした。

素人ですけど、植木屋さんに頼まず脚立に上って自分でするんです。

マキの剪定(せんてい)はあと3本残っている。

3月以内に終わらせたかったけど、体がなかなか言うこときかん。

25、26年前、木造2階建ての家を中古で買って、

熊本市南区薄場町から引っ越してきました。

地震で天井は全部雨漏りし、2階の壁から空も見えたよ。

半壊認定を受けましたが、

このくらいの被害で済んだと思わんとね。

この家をどうするか一緒に住む次男家族とだいぶ悩んだけど、

住めるなら良いと少しずつ業者に頼んで修理しました。

昨年5月には胃に違和感があって病院に行ったら胃がんと言われ、

すぐ出術でした。

ポリープがまだ三つくらい残っているから抗がん剤で抑えている。

この1年間は大きな出来事がありすぎた。

隣保組が灰塚と下寺中(しもじっちゅう)の地区で回覧板などを回していました。

うちの灰塚には20軒くらいあったけど、

若い人はいなくて、皆さんは子供も出て行った60代以上です。

うちが庭で焼き肉をしてると、

匂いでみんなが寄ってきてついつい派手な飲み会になったりね。

地震後は皆さん仮設住宅やみなし仮設住宅に行き、今は6軒くらい。

時間はかかるけど、おそらくみんな戻ってくるでしょう。

ある夫婦が小さな平屋を建てるなんて話もあります。

帰ってきてもらわんと、

散歩の時に「お元気だったですか」とあいさつもできんわな。

この家に引っ越してきた時に挿し木でついだ庭のフジは

今や花をつけると1メートル10センチくらい垂れ下がります。

木は強いね。

手を1年かけても見ごろは5日くらいなんだけど。

昨年の熊本地震の時も咲いていたけど、見ている余裕はなくてね。

夏は葉で棚の下に陰ができるから、体感温度が2度ほど低い。

それに花が咲くとそれはそれは見事。

あと1週間くらいで開花かな。

この下で一杯飲むとおいしいんだよ。

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僕に届いた声《熊本の声》16

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2016-05-22 19:25:43

テーマ: 熊本地震
九州出身ですが、現在は別の場所に在住しています。

今回の対応を見ていると、熊本人の悪いところが出ていると感じています。
熊本だけではなく九州人の悪い癖ですね。

九州は自然災害が多い場所です。台風が当たり前のように来ます。
毎年どこかで土砂崩れがおき、毎年どこかを修復します。
ですので、悪い意味で自然災害に慣れています。

その大変さを知っていますので、どこかで自然災害がおこると九州はすぐに助けに向かいます。

東日本大震災で九州がどれだけの支援をしたかご存知でしょうか?
自慢や恩着せがましいと取られる方もいますから詳しくは書きませんが、九州がどれだけの支援をしたかわかってくださっている東日本大震災の被災地が、今、熊本のために動いてくださっていると感じます。

しかし熊本を含む九州は悪い意味でも自然災害に慣れているため「大丈夫」と言ってしまうのではないでしょうか。
また、気質的にも前時代的な考えがあり「他人は思いやるが自分の苦しみは内に秘める」部分があります。
一昔前の日本人と言いますか、江戸時代の武士のような気質ですが、これが九州にはあります。

今、大分も湯布院に被害が出ていますがほとんどテレビでは言いません。
熊本の被害が大きいからというのも大分に観光客が減ったら困るというのもあると思いますが、これもまた「大分の九州気質」で熊本を思いやっているのではないでしょうか。
自分も被害を受けながらも熊本の事を考えるという大分の姿勢もあると思います。

しかし今はもう時代が違います。
皆が皆、心の奥にある気持ちを慮る時代ではなくなり、声のない気持ちは放っておかれます。

熊本も大分ももっと声を挙げてください。
じゃないと伝わりません。
響きません。
今はそんな時代なのです。

また、ボランティア受け入れを拒否している自治体には、やはり時代外れな考え方があるように思います。

どれだけの人数が野良ボラをしていることか。
それを見て見ないふりをしているようにも思います。



熊本市内より。

行政に携わる人は挫折を知らない、貧乏を知らない。
だから、私達の不安がわからない。
私は被害を受けていませんけど、貧乏だから今すごく不安です。家が壊れてもどうにもできません。




※ボランティアセンターや社会福祉協議会を通さないボランティアは『野良ボランティア』と言って、ボランティア保険が使えません。
つまり、何があっても『自己責任』となります。

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橋の開通待ち遠しい

昨年7月1日から飲食店「茶庵とちのき」の営業を再開しました。

国道325号と県道299号の交差点に「通行止め」の看板が置かれていますが、

お店は看板からさらに400メートルほども先です。
 
熊本地震の本震では店内の棚からコーヒーカップやグラス、

お皿などが落ち、ほとんど割れました。

山崩れなのか、阿蘇大橋の崩落なのか、あの音は今も忘れません。

地震後は避難所で10日ほど過ごしました。

エアコンが使えなくなりましたが、建物に大きな被害がなかったのが幸いです。

水道も6月中旬に役場が応急復旧してくれました。

お店を片付けていると、常連さんや知り合いが心配して訪ねてくれました。

店の再開を求める声も聞き、もう一度ここで続けようと決意しました。

お店を開いたのは1989年。

今年で29年になります。

阿蘇大橋に通じる道路沿いだから、

地震前は近くの東海大阿蘇キャンパスの学生さんや職員、

観光客ら多くの人が来てくれていました。

地震前はピラフや定食など、

30種ほどあったメニューも今は麺類とカレーに絞っています。

西側の客席からは北向山の原生林が正面に広がり、

北側に目を移すと地震で被害の大きかった立野地区も見えます。

北向山は季節ごとに表情を変え、

もう少しすると新緑の美しい季節になります。

この店からの景色が大好きで、

この場所以外での店の再開は考えられませんでした。

「行き止まり」の先にあるお店なので、

再開後1カ月ほどは1日のお客さんが

5、6人しか来ない日もありました。

でも、8月ごろにテレビなどで取り上げてもらい、

多くの人が足を運んでくれました。

最近は新阿蘇大橋や阿蘇長陽大橋の工事関係者がお昼に来てくれ、

にぎわうこともあり、ありがたいことです。

阿蘇長陽大橋の開通が今夏ごろ、

新阿蘇大橋も2020年の完成を目指していると聞いています。

橋2本の開通が本当に待ち遠しいです。

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僕に届いた声《熊本の声》15

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2016-05-21 19:43:42

テーマ: 熊本地震
市内で被災して、今は避難所からは出ています
家は無事でした

避難所にいた時の話ですが本当にプライバシーがないです

ダンボールの仕切りも私が避難所にいた時は無く、畳一畳ほどのスペースで知らない人と隣り合わせ

続く余震にやはり苛々するので、小さな争いはよくありました

そっちのパンが良かったとかそういう些細な事もありましたが、全体的には皆思いやりを持っていたと思います

小さな子や妊婦さんを気遣ったりしていました

ただ、中心人物がどうしても男性になりやすいからか、女性の気持ちは特に伝わりにくかったです

着替える場所がない、生理用品が足りない、もらいにくい

あとは私が聞いた話では痴漢やセクハラもあったみたいですけど、それを止めるように言ってくれた男性もちゃんといたとの事です

ただやはり感じたのは避難所格差や被害者格差です

友達との電話で「こっちには食べ物がない、あっちにはある」なんて言うのがよく話題になっていました

被害者の中でも、着の身着のままなままで逃げ出し、家が危険で荷物が取りに行けない人と、すぐに友達が色々持って駆け付けてくれた人とでは生活がまったく違います

スマホの人とガラケーでも違いましたが、スマホの若い人が沢山の情報をお年寄りにも教えて助けていました

しかし今、避難所にはお年寄りが目立ちます

若い人が少なくなると、ちゃんとやっていけるのか心配です

市の情報より、Twitterの情報の方が私にはためになる事が多かったです

やまとゆうさんのように情報を拡散してくださった方々に助けられた一人としてお礼申し上げます

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最後だとわかっていたなら

「最後だとわかっていたなら」

 作・ノーマ コーネット マレック / 訳・佐川 睦

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて
抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても
分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための 
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも
いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や
「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから



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僕に届いた声《熊本の声》14

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2016-05-21 19:10:12

テーマ: 熊本地震

一部損壊の危険(赤紙)に近い要注意(黄色紙)の家に住んでいます

避難所が学校だった為に学校再開の為に避難所を縮小せねばならず赤紙以外の避難者は退去を言い渡されたのと、愛猫のストレスがマックスでこのままでは病気が悪化して死んでしまうのではないかという恐怖から、退去を言い渡される前のゴールデンウイークあたりから、私だけ愛猫と自宅に帰り他の家族は退去命令がでてから自宅へ帰ってきました。

余震のたびに壁のひびが酷くなりとうとう亀裂になりました。

ひび同士がくっついて外壁が剥がれ落ちたとこもあります。

愛猫も余震のたびにビクッとして震えています。

彼女にはトラウマなのでしょう。

震度7を経験したのですから。

抱っこ嫌いな彼女が、余震の時は抱っこされて震えていますし、抱っこしてやらないと落ち着きません。

抱っこして大丈夫よと声をかけて撫でてやらなければダメになりました。

言葉がしゃべれないだけで、その小さな身体で必死に耐えている様子は、飼い主としていたたまれないです。

この家も今度震度5以上がきたらダメでしょうね。

そうなったらどうなるのだろうという恐怖からか眠剤を飲んでいても余震のたびに目が覚めてしまいます。

地震警報は、ピーピーしょっちゅう鳴るのでうるさいし、その音がもう心打ち砕くので鳴らないようにしました。

もう身体が、あぁ今震度1だ、2だ、3だとわかるようになりましたし、明らかに身体に感じる揺れがあったのに地震速報が出ないのもありますからね。

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鎮魂花7

日本中の桜に

鎮魂花6













日本中の想を

込めて



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「先祖が眠る土地に愛着」

地震で大きな被害を受けた益城町の杉堂地区で生活しています。

集落は多くの家が壊れてしまい、

住民も仮設住宅に移りました。

寂しいですが、集落に愛着を持っている人も多く、

にぎやかな地区に戻ってほしいです。
 
私は杉堂で生まれ、

この地区から75年間ほとんど離れたことがありません。

地区を流れる川は水が澄み、

小学生の頃は友達と川遊びをし、ホタルもいました。

ついたり消えたりするホタルの青白い光がとてもきれいで、

たくさん飛び交うと幻想的でした。

夏になると、クワガタを捕りに近くの山によく出かけましたね。

中学を卒業して家業の養蚕や稲作をやっていました。

しかし、1990年ごろにやめ、

釣り堀やヤマメを提供する料理店「神水荘」を始めました。

自宅があった集落から500メートルほど離れた場所です。

夏には流しそうめんをやり、

町外の人たちが大勢訪れてくれました。

親に連れられた子供たちがそうめんを

おいしそうに食べる姿にやりがいを感じていました。

地震では集落の先祖が眠る納骨堂も

灯籠(とうろう)が倒れるなどの被害を受けました。

先祖から受け継いできたこの土地で暮らしてきた人が多いので、

やはり修理したい。

だから、納骨堂を管理する集落の役員たちが

仮設住宅などから駆けつけてくれ、片付けを進めてきました。

住民にとっては先祖が生きた証しであり、

今後は自分も入るだろうとても大切な納骨堂だから、

責任感を持って守りたいという気持ちが強いのです。

地震で店に隣接する自宅は大規模半壊し、

店は全壊でした。

自宅はいまだに修復できていませんが、

そのまま住んでいます。

ここで自宅を再建したいのです。

やっぱりこの風景や先祖が暮らしてきたこの土地に愛着がある。

離れたくない。

妻と2人暮らし。

愛犬のポン太もいますが、

集落の人たちと杉堂でまた一緒に暮らせる日を信じ、

私はここで待ち続けたいと思います。



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僕に届いた声《熊本の声》13

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僕に届いた声《熊本の声》13
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2016-05-20 11:17:40

テーマ: 熊本地震
あのねー、益城や熊本市内だけじゃなくて熊本県みんな頑張ってるからねー

なんの被害もなかったくせにとか言わないでほしいなー

なんの被害もなかったから、今あなた達のために頑張ってるんだよー

私だって地震から休んでないからねー

全然ゆっくりできてないからねー

仕事休みの日にでもさー、なんか資格持ってたりする人は被災地に行ってて休んでないからねー

でさー

県境に住んでるとさー

違う県に仕事行く人も多くてさー

熊本が揺るっけんこっちまで揺るっ

とか冗談で言われてさー

イライラするけど笑ってすませてさー

テレビでしないからか、隣の県の減っていく募金箱のお金も見てるしさー

テレビしか見ない年寄りは熊本でも、もうみんな普通に生活してるもんだとか思ってるしさー

そうじゃないって知ってる人達はそれにもイライラするしさー

天草は天草で地震の度に津波が来ないか不安になってるしさー

友達はなんか知らんけどリスカとかするしさー

友達のそんなんの心配もしたいけど、振り切って被災地に行ってるからねー

ベッキーも笑点もどうでもいいんだよー

熊本みんないっぱいいっぱいだからねーマジ

被害はないんだけど苦しいからねー

けど被害がないからそれ言えなくてみんな頑張ってるからねー

わかってほしいなー

これも熊本の今なんだよー

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「変わらないのは桜だけ」

あの地震から1年がたち、ようやく自宅母屋が今月、公費解体されます。

所有する学生アパート2棟のうち1棟は一部損壊、もう1棟も全壊でした。

全壊のアパートも自宅母屋と同じく解体するめどがたちました。

2棟に住んでいた東海大生ら13人みんなが無事だったのは幸いです。
 
一部損壊のアパートは自分で修理しました。

そのアパートに今、1階の1部屋(1K)に妻、

2階の1部屋に私が住み、食事の時は1階で妻と食卓を囲みます。

残る部屋は母屋から運び出した家財道具などを入れています。

河陽の黒川地区には地震前は40世帯ほどが住んでいましたが、

今は5世帯ぐらいでしょうか。

東海大生の姿はなくなり、

アパートや民家も次々に解体され更地が増えています。

被害が軽かった鉄筋コンクリート製の頑丈なアパートには

地区で作業する解体業者らが住んでいるようです。

東海大も地震前のようにこの地で全面再開はしません。

学生向けの下宿やアパートなどで生計を立てていた人たちも

黒川を離れざるを得ないでしょう。

水田や畑を潤してきた水路も壊れたままで、

完全復旧はいつになることやら。

黒川から熊本市へ引っ越す世帯もまた出るようで、

これからも住民は減る一方ではないでしょうか。

私はここ黒川で生まれました。

阿蘇大橋が完成した1971年のことも、

東海大(当時・九州東海大)が開校した73年の時のこともよく覚えています。

だから阿蘇大橋のない黒川、

学生のいない地区を見ると寂しいですね。

それでもここに住めるだけで幸せと思わないといけないと妻といつも話します。

他の人は自宅も壊れ、出て行かざるを得ない。

私には村のスクールバス運転手の仕事もあり、

アパート1棟が幸いにも残りました。

この桜は毎年少し早く咲きます。

変わらないのは解体するアパート横の桜だけですね。


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