僕に届いた声《熊本の声》12

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2016-05-20 09:07:53

テーマ: 熊本地震
避難所より。

熊本市は物資もいいでしょ、店も開いて大丈夫でしょって言われる。
熊本市でも避難所にいるしかない人は大丈夫じゃないんです。若くても、年寄りでも、避難所の方の多くは我慢強くて黙って耐えてるんです。
仕事もなくし家もなくし着替える事もお風呂に入る事もお腹を満たす事も諦めて…。

避難所を集約したいなら、集約避難所でこそ生活の基盤がないといけないと思う。
着替えを諦め、入浴を諦め、栄養のある物が欲しいという気持ちを諦めたら、衛生環境が悪くなって体力や免疫力も落ちてちょっとした事で病気が蔓延する危険が高くなる。

そんな所に行きたくないのは普通の事。

現在ペーパータオルがトイレに置かれています。助かります。すごく嬉しいです。ありがとうございます!



僕の追記

この方は避難所でまだ生活をされている方で、僕がこの方のツイートを載せる許可をいただきました。

また、この方とは違う他の避難所ですが、まだ1食のパンを貰うのに2時間並ぶ避難所があります。

でもね、熊本市は支援物資の受け入れをもう止めています。

実際に支援物資があるから止めているのか、配る人が少ないから止めているのか、僕にはわかりません。

ただ、もう地震から1ヶ月以上たつのに、まだ食べ物に困る人がいる状況。

トイレのペーパータオルに喜ぶ人がいる状況。

僕はこれが腹立たしくて腹立たしくて仕方がありません...。

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熊本城の雄姿 復興元年 市民の心のよりどころ、100年規模のプロジェクト

はげ落ちた天守の瓦

復興は緒に就いたばかりだ。

大小の天守の瓦ははげ落ち、

櫓(やぐら)や門は見る影もなく倒壊し、

石垣はあちこちで崩れ落ちた。

かつての雄姿を取り戻すには20年、

あるいは30年でも足りないかもしれない。

新年を迎えるにあたり、

櫓や門の復元事業、観光などで

長く熊本城にかかわってきた一人として

昨年4月の熊本地震を振り返り、

今後の城のあり方について思いを巡らせてみたい。

昨年4月14日、私は自宅で夕食を済ませ、

テレビを見ながらソファでのんびりくつろいでいた。

そんな時に、これまで経験したことのない強い揺れに見舞われた。

家族の無事を確認した後、取るものも取りあえず、

急ぎ市庁舎へと向かった。

大きな災害の際、

市役所の職員はまず市庁舎へ集まることになっている。

 ◎ ◎ ◎

無残な姿に息をのむ

家の外へ出ると、

通りには看板やコンクリートの塊などがいくつも落下して散乱。

行く手を遮っていた。

それらをよけながら必死で自転車のペダルをこいだ。

屋内から外へ出てきた人々の顔は、

どれも驚きと不安の色でいっぱいだった。

橋を渡る時、もしまた揺れが来たらとちゅうちょした。

できるだけ急いだつもりだったが、

普段なら自転車で15分ほどで行ける道のりが

1時間近くもかかってしまった。

市庁舎の内部は書類が散乱し、

ロッカーや机が倒れていた。

足の踏み場も無い。

まずは人が行き来できる通路を作る必要がある。

作業は夜通しで続いた。

私の机の後ろには窓があり、そこから熊本城が見える。

ようやく夜が明けてきて、

そこからふと目にした天守や櫓の無残な姿に思わず息をのんだ。

熊本城は豊臣秀吉の腹心で、

築城の名手とうたわれた加藤清正が築いた

「せいしょこ(清正公)の城」

として地元では親しまれている。

私自身も幼少から熊本で育った。

幼稚園の遠足、休日に家族と訪れた日々など、

城での思い出は枚挙にいとまがない。

私が卒業した県立熊本高校では、

グループごとに校内外で自由に場所を選んで

卒業アルバムの記念写真を撮る慣習がある。

どのグループも城内か城が見える場所を選んだのを覚えている。

私たちのグループは全員で

天守の石垣の半ばあたりまではい登り、

石を背に踏ん張りながらカメラに向き合った。

今そんなことをする人がいたら私が注意する側だが、

当時はとてもおおらかな時代だった。

熊本大学を経て熊本市役所に就職したのも、

地元を離れたくないとの気持ちが強かったからだ。

技術職として40年近く勤めて今に至る。

倒れた机を起こし、散らばった書類を片付ける中で、

いくつもの思いが脳裏を駆け巡った。

14日夜の時点では震災の被害がどれほどか、

まだ見えていなかった。

傷ついていようと、

城の雄姿は市民の心の支えになるに違いない。

そう考えて、天守の夜間ライトアップを始めた。

ところが16日未明になって、本震がやってきた。

強い揺れに立て続けに見舞われ、被害はさらに大きくなった。

何とか持ちこたえていた城内の石垣も崩落する場所が続出した。

夜間ライトアップもしばらく中断せざるを得なかった。

震災後、城の復興業務を統括する立場に就いた。

定年の60歳を目前にして、

熊本城にまた深くかかわることになったのは予想外だった。

ヘルメットをかぶり、広い城内のあちこちを回り、

被害状況を調査する日々が続いている。

 ◎ ◎ ◎

江戸時代の櫓や門復元

2019年のラグビーワールドカップでは

熊本市も開催地となっている。

20年には東京五輪も開かれる。

その頃までには、何とか天守の入場再開には

こぎ着けたいと考えている。

11月に始めた「復興城主」としての募金も3万件、

金額にして5億円を超えた。

海外からの募金や応援の声も少なくない。

皆さんの熊本城への思いの強さを改めて実感している。

実は熊本城がこのような大きな災害に見舞われるのは初めてではない。

1877年(明治10年)の西南戦争の際には

原因不明の失火で大小の天守を焼失した。

89年(明治22年)の熊本地震でも、

石垣や建物が大きな被害を受けたという記録が残っている。

江戸時代、熊本城には天守と御殿を

中心に60を超える櫓や門などの建造物が立ち並んでいた。

震災前、それらを当時の外観で復元する計画が進行中だった。

震災復興にこうした復元事業を含めると、

それこそ100年規模の計画になるかもしれない。

何とも気の遠くなる話だ。

しかし、それでもいいのだろう。

熊本城は熊本市民の心のよりどころ。

あの震災を決して忘れてはならない。

2017年が熊本城の復興元年となり、

100年間もしくはそれ以上、

今回の震災の経験を語り継いでいければと願っている。



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僕に届いた声《熊本の声》11

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2016-05-19 18:20:58

テーマ: 熊本地震
5月19日(木)時点のボランティア情報   http://www.tvac.or.jp/news/37869/

熊本社会福祉協議会 http://www.fukushi-kumamoto.or.jp/list_html/pub/detail.asp?c_id=56&id=7&

やまとさんは介護の人みたいですね。私も介護職です。
熊本地震でかなり揺れましたが、うちの施設は建物の被害はありませんでした。
しかし・・。
やまとさんには想像ができると思います。
あまり認知症が進んでいない利用者様は不安により認知症がすすんでいます。余震がある度に「あぁー!」と、奇声をあげ始める利用者様もいます。
認知症がすすみ、あまり状況がわかっていない利用者様もテレビのあの青い地震情報に「なんがあったと?」と、5分おき10分おきに聞いてこられます。

私達介護は、それにずっとゆっくり寄り添うのが仕事です。
「なんもなかですよ」「ちょぉーっとした地震があったごたるですねぇ。こっちは大丈夫ですよぉ」
毎日何十回言ってるだろう。
私は介護に向いていないのかもしれません。「うるさい!」と言ってしまいそうになる私がいます。

また、介護は人手不足ですよね。私の施設もギリギリの職員人数です。被害はなかったんですが余震を考えて夜勤の人数を増やしました。
その結果、職員はほとんど休めなくなりました。
いつまで続くんでしょうね・・。

熊本県には介護ボランティアが今1,000人必要と聞きましたがそれはきっと被災地ですよね。被害がない私達の所には来てはくれませんよね・・。

こういう弱音は甘えですよね・・。
こんな施設にさえも「被災地への介護職員のボランティア募集」が来るんですよ。
私達にも来てほしいくらいなのに。

一段落したら、この仕事を辞める事を考えています。
私は弱い人間です。


おそらく熊本市内の方より。

今日、夫から疲れた声で電話がありました。

内容は他県の知り合いから「家具修理のビジネスを立ち上げたから、客を紹介してくれ」とのこと。

その人のことを信用していただけに夫はかなりショックだったようです。

親切を装って、お金儲けしようとする、そういう人はどこにでもいるんですね。

商売になる事はわかりますが、今の熊本人に「客を紹介してくれ」はきついです。



僕の追記。
ボランティア情報や社会福祉協議会のリンクは僕が貼りました。

僕は今は介護の仕事をしていませんが、今の現場の状況は手に取るようにわかります。
東日本大震災の時の僕の施設がそうでした。
僕の施設にも、ボランティア募集のFAXが来ましたが、やはり、現場は人手不足なんですよ...。
僕の施設は、廊下や普段使っていない場所を解放しての被災認知症患者受け入れならできますと返事をする事しかできませんでしたが、関連施設の職員は数人現地に行きました。

僕の施設では、あの時、テレビの情報で、入居者が不穏になりました。
テレビが壊れたことにして電源を抜くか真剣に話し合いましたが、しっかりしている入居者が自分で点けてしまうんですよね...。

個人的に思うのは、介護福祉士は国家資格なので、介護福祉士がどこにどれくらいいるか、また、現在何をしているかを国や県は解っているはずなんです。

そういう情報を使って、今現在、介護の仕事をしていない人間に対して、国や県がいっせいにボランティア募集を出せばいいのにと思います。
何のための登録なのか、何のためのマイナンバーなのか。
少なくとも、正式なボランティア募集は僕には来ていません。


※ボランティアセンターや社会福祉協議会を通さないボランティアは『野良ボランティア』と言って、ボランティア保険が使えません。
つまり、何があっても『自己責任』となります。

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水神さま祭り「絶やさない」

熊本地震の発生から8カ月となる12月14日の午前7時、

大きな被害を受けた熊本県益城町の潮井神社に、

近くに住む森川恭一さん(75)が祈りを捧げに来た。

大きく崩れた石段を避けて森の斜面をのぼり拝殿にたどり着くと、

鈴を鳴らして手を合わせ、深く、一礼した

12月14日は、地区の人たちが年に一度、

神社にまつられた「水神さま」に感謝を捧げる「座祭り」の日。

境内には「地震の脅威を後世に伝えられる」と

町が文化財に指定したむき出しの断層が残る。

ご神体も地震後に別の神社へ「避難」させたが、

森川さんは

「やはりここに来て手を合わせないと。

この森と土地に神様がおられるという気持ちがあるから」

と言う。

12世紀末に創建された神社は住民で管理してきた。

境内の水源にはこんこんと水がわき、

清水を求める観光客が各地から訪れた。

町が2年前から公園として整備を始め、

昨秋には住民らが積立金で拝殿を建て直した。

そこに地震が襲った。

神社がある杉堂地区には断層の名にもなっている布田川が流れる。

多くの家屋が倒壊して住民が応急仮設住宅などに移り、

地区内にとどまって暮らしているのは75戸中、十数戸だけだ。

座祭りの日は毎年、住民らがそれぞれ潮井神社に参り、

夜にはとりまとめ役が持ち帰る神酒を囲む習わしだ。

地区に八つの「組」があるが、

今年は集まるのが難しいため座祭りを見送る組が多い。

それでも、森川さんの組は「絶やしてはいけない」と

少数でも集まることを決めた。

森川さんたちは、寸断された神社への道の代わりにと、

9月に臨時の農道を町に頼んで通してもらい、

拝殿の柱を入れ直し、草を刈った。

地区では防災のために集団移転の話が持ち上がるが、

若い人たちに「出て行かんでくれ」と伝えている。

「今はまだみんな生活が厳しいが、

来年の座祭りには多く集まれるようになっていてほしい」

と願う



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僕に届いた声《熊本の声》10

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2016-05-19 09:46:23
テーマ: 熊本地震

避難所にいる方です。

今朝のパン、辛味の苦手な方は注意して下さい表記のあるパン。奥には普通のパンが置いてある。食べれないから変えて欲しいとお願いしてもなくなってから出す分だからと断られました。他にも食べれないから変えて欲しい方がいらっしゃいましたが断られ諦めてもっていかれました…。

贅沢かもしれません。でもアレルギーや味覚障害(味覚過敏)があると食べれないものは食べれないのです。買いに行けと言われるかもしれません、ですが、地震後身体を壊したり、会社が潰れたり、避難者は収入も限られています。裕福な方、余裕のある方は避難所にはいないんです。

やはり子供に確認しても食べれないパンでした。事情を話して交換を頼んでいると辛味パンがなくなり、しぶしぶ普通のパンに交換してくださいました。他府県からの職員さんは今まではアレルギー、障害、学校などには個別に対応して下さっていたので残念で仕方ないです。これから不安です。

障害者が集まっている福祉避難所にと言われるかもしれません。でも、福祉避難所は障害者本人は入れるけれどその家族は入れないのです。福祉避難所利用者は家族がいるのに離れ離れなんです。不安で家族から離れられない障害者は利用できないのです。


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温かい看護の手 石巻の経験再び

東日本大震災で被災者を支援した看護師が、

熊本地震で大きな被害が出た

熊本県益城(ましき)町の避難所で

ボランティアとして活動している。

「困っているなら、どんなに小さなことでも手助けしたい」。

地震発生から21日で1週間。

京都市山科区の井口加代子さん(61)は

震災の最大被災地宮城県石巻市で活動した時と同様、

高齢者らに優しく手を差し伸べる。


「温かいうどん、持ってきましたよ」。

避難者であふれる町総合体育館。

体の自由が利かない

森本重人さん(96)、妻キヌ子さん(86)は

食事を受け取る列に並ぶのに苦労する。

井口さんが代わりに列に並び、手元に届けた。

森本さん夫妻は体育館の通路で寝泊まりする。

2人とも脚が悪い。

キヌ子さんは慣れない場所で、

重人さんのおむつ替えに四苦八苦していた。

そんな時、声を掛けて介添えした。

「こんなありがたいことはない。本当に助かっている」。

キヌ子さんは感謝した。

自主的に、避難所の障害者や高齢者を中心に膝を交える。

周囲の人が気付きにくい困り事、

悩み事を引き出して援助する。

長年、障害者や高齢者の施設で働き、

自ら意思表示することが困難な人を見てきたからだ。

震災時は2011年5月に10日間、

石巻市桃生小の避難所で健康相談のボランティアをした。

「腰を据えて支援したい」。

いったん京都に戻り、仕事を辞めて

12年2月〜13年7月、石巻に移り住んだ。

仮設住宅を医師と一緒に巡回した。

その後、市の委託を受けて

市内約600世帯の在宅被災者を訪ね、

健康状態の確認に奔走した。

困っていても表に出さない人に心を配った。

今回は仕事を休み、京都から車で12時間。

自ら運転して18日、現地に入った。

余震が続き地元以外のボランティアはまだ少ない。

「困っている人は必ずいる。

ニーズがあることは石巻の経験から知っている。

やれることはある」

震災では、食料不足がしばらく続いた避難所があった。

津波被害はなく、状況が異なる熊本でも

生きる糧となる食事を受け取ることすら容易でない人がいた。

「小さなことでも、

本人にとっては大きな障壁になっていることがある。

私にできることで負担を和らげられたら」



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僕に届いた声《熊本の声》9

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2016-05-19 00:02:55
テーマ: 熊本地震

今まだ避難所にいる方からです。

今我が家では、現状を私が言えば言うほど個人が特定されないか、特定されたら被害者ぶっている、自分だけが悲劇のヒロインぶっているといじめやからかいに繋がるんじゃないか、そうならなくても知っている人に憐れみの目で見られたりしないか等、息子がいろいろ不安だと言っていて、毎日息子に私は怒られている日々です。

でも、私は嘘ではなく、現実に困っている事だらけで。

私がいる避難所では困っているけど、皆困っているんだから諦めて、さも困ってないように振る舞わなければいけない雰囲気が流れています。

困っていても困っていると言えない避難所。

最低限の生活(毎日お風呂に入る事など)を諦めるしかない環境。

なのに、TV撮影が入る日にはボランティアの人が差し入れしてくださったコーヒーとお菓子を避難所据え置きTV前に並べにこやかに3時にはコーヒーとお菓子を貰って椅子で集まり楽しく避難者は喋る、避難所生活は良くなったという映像を熊本市のイメージUPの為か撮影されて更に編集されて放送される理不尽さ。

本当はコーヒーもお菓子も撮影場所にその時間たまたま行った避難者限定でボランティアさんから配られた物(撮影がある、コーヒーやお菓子が配られるなど周知はされてません。普段のボランティアさんのコーヒー配布は玄関前で館内放送で全館に周知されます)

避難所生活をしていても、地域で生活していても、TVと現実は違う事。

益城以外でも(外部からの支援を打ち切った熊本市でも)困ってる人がひと月たってもまだいる、全く先の見通しすらたっていない人が多数いることを私自身はたくさんの人に知ってもらいたいです。

困っていることを声に出して言えない人、困っていても諦めてしまっている人もたくさんいると思うんです。

この避難所にも諦めている方が、私が知っているだけでも数世帯いらっしゃいます。
私が助けてという事で他の言えない人、諦めている人への支援が少しでも手厚くなればいいなと思って書きます。

嘘の情報も今まであったので私はあえて場所を正直に書いていますが、正直、母子家庭で父親がいないので、防犯面でも特定されたら怖い気持ちがあります…。

私は浅はかな偽善者で、堂々と拡散して下さいともやめてくださいとも言えず申し訳ないのですが、もし拡散していただけるなら個人が特定できないようにしていただけると助かります。

長々と書いてしまってすみませんでした。
我が家を気にかけてくださり本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。


※書かれていた場所は伏せさせてもらいました。
また、僕が多少、文章に手を加えさせてもらいました。


この方も避難所にいる方です。

うちの避難所は着の身着のまま逃げたままで家が崩壊、危険で地震後すぐ赤札が貼られ、何も持ち出せない方もいらっしゃるくらい、どうしようもない方が集約されて避難されてます。

新品しかいらないという人も中にはいるかもしれませんが、とにかく着替える服が欲しい!という人はうち以外にもたくさんいると思います。

昨日新品の物資で届いた下着、シャツを避難者が勝手に箱を開けて取り合いになっていたので、洋服は更に配られた気配がないのでそれこそ取り合いになるかもしれません。


このブログを見た方からです。

どんな言葉をかけていいのか見つかりません、遠く離れている私に何が出来るか‥‥
ただ今は差し伸べられる手に甘えてもいいと思います。弱音を吐いてもいいと思います。気持ちたけしか届けられませんがそばに寄り添わせてください、だから声を発してください。


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僕に届いた声《熊本の声》8

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2016-05-18 16:08:15
テーマ: 熊本地震

支援で洋服

テレビでも言われていましたが、支援物資として洋服を送る場合は、新品じゃなきゃダメだ、と。

でも、現地に行くと、古着(洗濯はしてある)でも喜んでもらえる。着の身着のままで避難したから、何日も同じ服を着ている方達もいるから(特に年配の方)。

じゃあ、と持っていこうと避難所に連絡すると、断られるんです。これは、仕分け等の人手不足、誰がどれをもらうか、で揉める場合がある、あとはアレルギー問題(と言われた)。

なので私は、車に物資とともに洋服を積んで、避難所等の駐車場で「いるのがあったら持って行ってください!」と声かけしてきました。

でも、段ボールに入れたままだとたくさんの人に見てもらえないし、ゆっくり選べない。
だから、今週からは、フリーマッケト形式を取ることにしました。サイズごとにズラ〜っとハンガーにかけて並べて、見てもらって、気に入ったのがあれば持って行ってもらう。とりあえず、益城総合体育館横にあるテント村でOKを貰えました。

他の避難所にも、声かけさせて貰って、OKが出れば、
駐車場なんかでさせてもらえればなぁ、と思っています。
古着でもいいから洋服が欲しい、と思っている方がいたら、避難している場所を教えてください。
やまゆうさん、またまたコメント欄借りてごめんね〜(笑)



僕の追記
またまたしゃしゃり出てすみませんww
コメント書かないと言いながらけっこう書いてますねー。


テレビで「新品じゃないとダメ」と言っているのは、本当にボロボロな服が送られてくるっていうのもあるからだそうですよー。

「どうやったって着れんやろ!」みたいな、本当にボロボロな服が東日本大震災でも送られてきて、その中から、着れそうな服を探すのが大変だったそうです。

ようするに、捨てる感覚やタンス掃除の感覚で送る人達ですね。
これ、けっこう多いみたいです...。

これが問題だから「新品を!」と強く言ってるみたいです。

あと、熊本は今、昼は半袖でいいくらいに暑く夜は寒いですよね。
寒いと言っても真冬ほどじゃないですけど。

なのに、ダウンやフリースが送られてきて、それもまた困るようです。

なんだろうなー。
これって、本当に感覚的な物だと思うんですけど、被災者に「恵んでやろう」じゃなく「分け合おう」と考えればわかりそうな物なのになーって思います。

被災者被災者言うし、たしかに被災者なんだけど、今まで文明を知らなかった人じゃなくて、昨日まで普通の服を着たりメイクしたり普通に美味しい物を食べていた人達なんですよね。

だから、「なんでも、あれば有難い」わけじゃないんですよね。

これ、被災した人達が言ったら「贅沢だ」とか言う人がいるかもなので僕が言います。


みんな、普通の生活をしたいだけなんです。
だから、いらない物じゃなくてあなたがいる物をください。


つまり、こういう事なんですよね。

更に言うなら


「贅沢をして、何が悪い」


とも僕は思います。

一般ピーポーな僕らのできる贅沢なんて限られてるじゃないですか?

肉食べたいとか、寿司食べたいとか、これって普通の贅沢ですよね。

そういう普通の贅沢をみんなしたくて、だけど今できない人がいるんです。

だから、逆に言いたい。


贅沢を分け合おうwww


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熊本地震で避難の中野君、荒川太鼓堂々と

熊本地震で被災し、

いちき串木野市の荒川小学校に一時転入していた

中野天翔(てんしょう)君(10)が、

熊本に帰る前日の5月21日、

地区の催し「荒川ほたるでナイト」に出演し、

荒川太鼓を披露した。

約1カ月間、共に過ごした仲間との最後の晴れ舞台に

「いい思い出ができた」と喜んだ。

中野君は熊本市の健軍東小学校4年生。

同市東区に家族4人で暮らしていたが、

自衛官の両親が被災直後から復旧作業などで仕事が多忙に。

荒川にある父方の叔父宅に、

弟の仁翔(よしと)ちゃん(5)と身を寄せることになり、

4月19日、荒川小に一時転入した。



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僕に届いた声《熊本の声》7

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2016-05-18 15:28:31
テーマ: 熊本地震

今もまだ避難所にいる方からです。

今日、沢山はないから市を通すと渡せないと避難所の隅に新品ジャージの詰められた箱を数箱置いて帰られた方がいらっしゃったようです。
貰うと貰えなかった人に申し訳ないと思いましたが、破れてるのは防犯的に良くないと言われ一着いただいてきました。
ありがとうございます。大事に着ます。

入浴できないと虫刺されや、とびひなどにもなりかねないので避難所で虫よけ対策をしていただけないかと思います。
虫除けスプレー、電池式蚊取りなど避難所では必須品かと。


東区より

私も最近のCMにイラッとしています。
《大丈夫だよ》《どぎゃんかなる》の方が私には心地よいです?
私は東区に住んでいるのですが、幸いにも普通に生活出来ます。ですが近所には赤紙の貼ってある家が数軒あります。そこを通る度に複雑な気持ちになります。

物資を持って益城町総合体育館に行った時には、何だか申し訳ない気持ちになって避難者を見ないようにしてました。

メンタル、、、大変です。

開き直ると楽になれる気がしますが、まだ出来ていません。


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ただ、載せます。
載せてOKなのは載せます。
ただ、僕が読んで、被災者の方々を傷付けるようなあまりに酷い内容だと思ったら、それは載せません。

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