僕に届いた声《熊本の声》8

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僕に届いた声《熊本の声》8
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2016-05-18 16:08:15
テーマ: 熊本地震

支援で洋服

テレビでも言われていましたが、支援物資として洋服を送る場合は、新品じゃなきゃダメだ、と。

でも、現地に行くと、古着(洗濯はしてある)でも喜んでもらえる。着の身着のままで避難したから、何日も同じ服を着ている方達もいるから(特に年配の方)。

じゃあ、と持っていこうと避難所に連絡すると、断られるんです。これは、仕分け等の人手不足、誰がどれをもらうか、で揉める場合がある、あとはアレルギー問題(と言われた)。

なので私は、車に物資とともに洋服を積んで、避難所等の駐車場で「いるのがあったら持って行ってください!」と声かけしてきました。

でも、段ボールに入れたままだとたくさんの人に見てもらえないし、ゆっくり選べない。
だから、今週からは、フリーマッケト形式を取ることにしました。サイズごとにズラ〜っとハンガーにかけて並べて、見てもらって、気に入ったのがあれば持って行ってもらう。とりあえず、益城総合体育館横にあるテント村でOKを貰えました。

他の避難所にも、声かけさせて貰って、OKが出れば、
駐車場なんかでさせてもらえればなぁ、と思っています。
古着でもいいから洋服が欲しい、と思っている方がいたら、避難している場所を教えてください。
やまゆうさん、またまたコメント欄借りてごめんね〜(笑)



僕の追記
またまたしゃしゃり出てすみませんww
コメント書かないと言いながらけっこう書いてますねー。


テレビで「新品じゃないとダメ」と言っているのは、本当にボロボロな服が送られてくるっていうのもあるからだそうですよー。

「どうやったって着れんやろ!」みたいな、本当にボロボロな服が東日本大震災でも送られてきて、その中から、着れそうな服を探すのが大変だったそうです。

ようするに、捨てる感覚やタンス掃除の感覚で送る人達ですね。
これ、けっこう多いみたいです...。

これが問題だから「新品を!」と強く言ってるみたいです。

あと、熊本は今、昼は半袖でいいくらいに暑く夜は寒いですよね。
寒いと言っても真冬ほどじゃないですけど。

なのに、ダウンやフリースが送られてきて、それもまた困るようです。

なんだろうなー。
これって、本当に感覚的な物だと思うんですけど、被災者に「恵んでやろう」じゃなく「分け合おう」と考えればわかりそうな物なのになーって思います。

被災者被災者言うし、たしかに被災者なんだけど、今まで文明を知らなかった人じゃなくて、昨日まで普通の服を着たりメイクしたり普通に美味しい物を食べていた人達なんですよね。

だから、「なんでも、あれば有難い」わけじゃないんですよね。

これ、被災した人達が言ったら「贅沢だ」とか言う人がいるかもなので僕が言います。


みんな、普通の生活をしたいだけなんです。
だから、いらない物じゃなくてあなたがいる物をください。


つまり、こういう事なんですよね。

更に言うなら


「贅沢をして、何が悪い」


とも僕は思います。

一般ピーポーな僕らのできる贅沢なんて限られてるじゃないですか?

肉食べたいとか、寿司食べたいとか、これって普通の贅沢ですよね。

そういう普通の贅沢をみんなしたくて、だけど今できない人がいるんです。

だから、逆に言いたい。


贅沢を分け合おうwww


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熊本地震で避難の中野君、荒川太鼓堂々と

熊本地震で被災し、

いちき串木野市の荒川小学校に一時転入していた

中野天翔(てんしょう)君(10)が、

熊本に帰る前日の5月21日、

地区の催し「荒川ほたるでナイト」に出演し、

荒川太鼓を披露した。

約1カ月間、共に過ごした仲間との最後の晴れ舞台に

「いい思い出ができた」と喜んだ。

中野君は熊本市の健軍東小学校4年生。

同市東区に家族4人で暮らしていたが、

自衛官の両親が被災直後から復旧作業などで仕事が多忙に。

荒川にある父方の叔父宅に、

弟の仁翔(よしと)ちゃん(5)と身を寄せることになり、

4月19日、荒川小に一時転入した。



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僕に届いた声《熊本の声》7

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僕に届いた声《熊本の声》7
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2016-05-18 15:28:31
テーマ: 熊本地震

今もまだ避難所にいる方からです。

今日、沢山はないから市を通すと渡せないと避難所の隅に新品ジャージの詰められた箱を数箱置いて帰られた方がいらっしゃったようです。
貰うと貰えなかった人に申し訳ないと思いましたが、破れてるのは防犯的に良くないと言われ一着いただいてきました。
ありがとうございます。大事に着ます。

入浴できないと虫刺されや、とびひなどにもなりかねないので避難所で虫よけ対策をしていただけないかと思います。
虫除けスプレー、電池式蚊取りなど避難所では必須品かと。


東区より

私も最近のCMにイラッとしています。
《大丈夫だよ》《どぎゃんかなる》の方が私には心地よいです?
私は東区に住んでいるのですが、幸いにも普通に生活出来ます。ですが近所には赤紙の貼ってある家が数軒あります。そこを通る度に複雑な気持ちになります。

物資を持って益城町総合体育館に行った時には、何だか申し訳ない気持ちになって避難者を見ないようにしてました。

メンタル、、、大変です。

開き直ると楽になれる気がしますが、まだ出来ていません。


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地震で7時間下敷きの東海大生、熊本支援へ絵はがき

熊本地震の本震で、

熊本県南阿蘇村の下宿の下敷きになり、

7時間後に救出された東海大学農学部の男子学生の色鉛筆画が、

復興支援のポストカードとして売られている。

美しい阿蘇の風景などを、

忘れてほしくないという思いで地震後に描いた。

収益は全額、村に寄付する。

大学2年生の相戸(あいと)健志さん(19)。

2階建ての学生向け下宿の1階に住んでいて、

4月16日未明の本震の時は、

ベッドに腰掛け、

家族にスマートフォンでメールを打っていた。

揺れに襲われ、ベッドの足元側に逃げた。

瞬間、激しい音を立てて天井が落ちてくるのが見えた。

暗闇の中、スマホのライト機能を使い、

ベッドが支えになって

天井と床のわずかな隙間に挟まれ、

命拾いしたと知った。

「助けて下さい」

「ここにいます」

と大きな声で叫び続けた。

死ぬかも知れないと恐怖を覚えた。

下宿の先輩の声が聞こえた。

「大声を出したら体の負担になる」と、

状態が悪化している時は1回、

大丈夫なら2回、

ものをたたくよう言われた。

ほぼ30分おきに様子を見に来た先輩に、

スマホで2回天井をたたいて無事を知らせた。

救助隊に助け出されたのは午前8時半。

右ひじにかすり傷を負っていた。

下宿は1階が押し潰されていたが、

住人は全員無事だった。

ドクターヘリで熊本市の病院へ。

19日に退院し、福岡県筑紫野市の実家に帰った。

健志さんはその後、

生まれ故郷で母晴子さん(48)の実家がある福岡県飯塚市で過ごし、

今は大学が再開するまで、

母の単身赴任先である宮崎市で暮らす。

地震の1週間後から、好きだった色鉛筆画を再び描くようになった。

高校1年から独学で始め、

動物や似顔絵などを描いてきた。

母の知人の紹介で会った

宮崎市のミニコミ紙「みやざき中央新聞」の編集長の目にとまり、

復興支援のポストカードとして販売することを勧められた。

雄大な阿蘇の自然、赤牛、阿蘇大橋を描き、

地震前の作品と合わせて今月、

同新聞から10枚1千円で売り出した。

売り上げから経費を差し引いて南阿蘇村に贈る。

健志さんは

「阿蘇の美しい自然を忘れてほしくない。

村に恩返しがしたい。

皆さんの協力で復興できれば」と話す。



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僕に届いた声《熊本の声》6

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僕に届いた声《熊本の声》6
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2016-05-18 09:29:42
テーマ: 熊本地震

メンタルを壊しているのが自分だけじゃないって思えてよかったです。自分もずっと苦しいです。

自分の現状を書きます。

地震前から鬱でした。けどなんとか仕事行って頑張ってた。地震がきて、避難所にしばらくいました。

だけど避難所の人の多さのザワザワや、夜でもずっと喋っている人達や、余震で揺れる度にみんな急に黙る人達や、老人がお経を唱えたりする事や子供の泣き声や、それに文句を言う怒鳴り声が聞こえました。

自分は文句を言わないように自分をおさえるだけが必死になって、空気にたえられなくなって避難所を出て車中泊を始めました。そしたら今度は食べ物が貰えなくなりました。自分のところは、避難所自体にも物が少なくてそれは避難所の人優先で、車中泊はのけ者扱いされました。

それでもお腹がすくから、頭をさげてパンや水をなんとかもらいました。

メンタルが限界で、眠れないし薬をがぶ飲みして薬も足りなくなりました。頭をさげてこじきみたいに食べ物を貰うことや薬が無くなったことやずっと続く余震で自分はもう限界でした。仕事をやめました。仕事は地震があってしばらくしてから再開の知らせはきたんですけど行けなくなりました。電話に出ることもきつくて、電話を放置していたから勝手にやめた感じだと思っていました。

それでもうこのまま餓死してもいいと思ってご飯をもらいに行く事も止めてただ車の中にいました。

そしたら気にかけてくれた同じ車中泊の優しい人が、一緒に炊き出しの場所を探して一緒に行ってくれるようになりました。
その炊き出しの場所は頭をさげなくても並ぶだけでご飯がもらえて私は号泣しました。温かい食べ物がとても嬉しかったです。

それからはその人と一緒に毎日いろんな炊き出しの場所を回りました。Twitterで今日はどこで炊き出しがある、あそこの炊き出しとこっちの炊き出しどっちが食べたいか、みたいな話をしてあちこち行きました。ガソリンも残り少なくなったから、車を交代で使いながらそうしました。

SMAPの中居君も見ました。中居君が頑張れとも言わず背中をばんばん叩いてくれました。また泣きました。

そんなことをしていたら、会社の人に見つかりました。逃げたかったけど逃げる事もできなくて、すみませんでしたと土下座しました。けど会社の人は怒りに来たんじゃなくて心配して探しに来てくれただけでした。
そして、まだ会社をやめなくていいって言ってくれて、気持ちが落ち着いたら仕事に行ってもいいって言ってくれました。

車中泊の事も心配してくれて、会社の人の家に今は泊まらせてもらっています。住んでいたアパートは壊れてはいないけど危険みたいで、もう住めないみたいです。次を捜さなくちゃいけないけど、不動産屋が忙しいみたいでまだ決まりません。
決まるまでここにいていいと言ってくださってるので、申し訳ないですけどそれに甘えています。

病院で薬をもらうためにお金も貸してくださいました。
やっと頭が回り始めて仕事に行ける気がしています。

私はすごく幸運だったと思います。家族がいない一人者は支え会う人もいなくて、避難所でも車でも本当に孤独でした。だけど助けてくれた人のおかげで今も生きれています。
だからみんなで生きたいです。

同じようにメンタルがツラい人もいるとこれを読んでわかりました。
ありがとうございます。

文章が変なところがあったらすみません。

避難所によっても違う。場所によっても違う。人によっても違う。
いろんな人がいると知りました。
今もまだ苦しいけど助けてくれた人を裏切らないために生きます。

あと、メンタルが弱い自分だけじゃなくて周りの人も言ってたんですけど「頑張れ熊本」「がまだそう熊本」「頑張ろう熊本」はイライラします。
わかってるよ、頑張ってるよと思います。
コマーシャルも止めてほしいです。

私に読ませてくださって書く場所をくださった管理人さん、ありがとうございます。



僕からの追記。

今、熊本出身のタレントが出て「頑張ろう!熊本」「支え合おう!熊本」と言うCMが熊本では頻繁に流れています。
また、熊本県内のいたる所にも「がんばろう熊本!」のポスターが貼られています。

僕個人としては、今、生活をしている熊本県民はみんな既に頑張っていると思います。
目に見えて、働いて頑張っている人だけじゃなく、避難所にいる人も車中泊をしている人も家で耐えている人も、生きてるだけで頑張っていると思うんですよね。

そこに更に重なる「頑張れ」は苦しいです。
僕も嫌いです。


※「がまだそう」=熊本の方言で「頑張ろう」
「がまだす」=熊本の方言で「頑張る」


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熊本の心、福島は忘れない 仮設住民が義援金集め 4年以上、合志から手作りのコメ

東京電力福島第1原発事故で

福島県の浪江町から二本松市の仮設住宅に避難した住民が、

熊本地震の被災者への義援金を集めている。

熊本県合志(こうし)市の女性から4年以上、

手作りのコメを支援してもらっており、

「今度は私たちが支える番だ」

と善意の輪を広げている。

仮設住宅の集会所に

「熊本震災義援金」

と筆書きした大型のペットボトルが3本置かれている。

脇には「くまモン」の縫いぐるみ。

「いても立ってもいられなくてねえ」

と話すのは自治会長の天野淑子(よしこ)さん(64)。

2012年から毎年、

合志市職員の高野和子さん(42)から

玄米やもち米が送られてくる。

高野さんは

「東日本大震災の被災地のため自分ができる支援を」

と考え、コメをプレゼントすることにした。

震災の前年、廃れていく地元の田んぼを

少しでもよみがえらせようと耕作放棄地を借り、

1人でコメ作りを始めたばかりだった。

震災の年に作付面積を3倍の15アールに広げ、

収穫を終えた冬にインターネットで

天野さんたちがコメを求めていることを知った。

天野さんたちの仮設住宅から

最寄りのスーパーまで約5キロあり、

高齢者が袋詰めのコメを買って帰るのは一苦労だった。

元々、ほとんどの住民が農家だったのに、

震災や原発事故でコメ作りを断念した。

「コメは自分で作るものだったのに」

との悔しさも募った。

高野さんから届いたコメは仮設の各世帯に配られ、

週1回の茶会やお花見で食べるおにぎり、

正月の供え物になった。

「住民の交流のきっかけが生まれ、

暮らしを豊かにしてくれた」

と天野さんはほほ笑む。

高野さんを仮設に招くようになり、

コメ作りの苦労をよく知る住民だからこそ、

毎年欠かさず贈ってくれることに自然と感謝の言葉が出た。

熊本地震で高野さん自身は大きな被害を受けなかったが、

市職員として被災者の対応に奔走する。

高野さんは

「大変な心遣いに胸がいっぱいです」

と恩返しを喜ぶ。

義援金は高野さんを通じて近く熊本県などに寄付するという。



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僕に届いた声《熊本の声》5

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僕に届いた声《熊本の声》5
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2016-05-17 16:29:20
テーマ: 熊本地震

運良く生き残った。
考えてきたのは自分の事だけだった。
「そのままで良い」という声と「生きる価値はない」という声が頭の中にこだまする。
今、生きている事実はいっそ消してしまいたい。
でも存在価値は欲しい。
生に執着する自分が醜い。
死に恐怖する自分は屑だと内なる自分が責め立てる。



『僕に届いた声』で、僕はコメントをしませんって書いていますが、この方はこれを読んだ僕の感想を求めているので書きます。

プロフを拝見したところ、不眠症と不安障害を抱えてる方ですね。

今の熊本で、精神を病んでいる人は本当に本当にきついと思います。
毎日を生きる事で精一杯だと思います。

地震以来、環境が激変しましたよねー。

これ、たぶん、被害があった人もなかった人も、目に見えても見えなくてもけっこうみんな変わったと思うし、変わっている最中にまだいると思います。

僕もそうです。

で、思うんですけど、別に自分の事だけ考えてもいいんじゃないですかね?
ていうか、なんでそれじゃダメなんですかね?

だって、『これが精一杯』って器は人によって違うじゃないですか。
心の広さでも財布の中身でも、体の強さでも精神のタフさでも。
みんなそれぞれの『精一杯』があるんじゃないでしょうか。

で!

『精一杯』をやり過ぎても、それはそれで疲れちゃうと思うんですよね。
疲れませんか?

僕は疲れます。

だから、『やる時はやる』『やらない時はやらない』これは別にサボってるわけじゃなくて、次の精一杯の力を出すために必要な事だと僕は思いますよ。


車だって、高負荷しすぎたらオーバーヒートするじゃないですか。

人間だって自分の精一杯の『一歩手前で!』オーバーヒートする前に休む方がいいと僕は思います。


だけど、今の熊本では、精一杯を振り切らないとやっていけませんよね。

みんな頑張ってるから、自分も頑張らなきゃいけない空気があって、それに乗り遅れないようにみんなまた頑張る。


この流れ、体にしろ心にしろ病んでいる人にはすごくきついと思うんですよね。


だから、ギブアップな人はギブアップしちゃっていいと僕は思うんですよね。

この「ギブアップ」は「死ぬ」事じゃないですよ。
絶体間違えないでくださいね。


「あ、自分にはもう無理」


って気付くことです。

とか書いておいてなんなんですが、僕はそっちの専門家じゃないので、100パーセント正しい事を言ってはいないと思います。
間違った知識もあると思います。

そして、あなたの苦しさも全部は共感できないと思います。

だけど、僕はあなたにどんな言葉をかけたらいいか、どんな言葉を使ったらあなたを傷付けずに届くか、悩みながら、あなただけの事を考えながら今これを書いています。

この時間、あなただけの事を考えている分、あなたに寄り添っているつもりです。


あと一つ。
『存在価値』は、たぶん誰にもわからないと思います。

たぶんね、坂本龍馬だって、加藤清正だって、後々に自分が歴史の教科書に載るだなんて考えていなかったと思うんですよね。

福沢諭吉だって、自分がお金になるなんて知らなかったはず。


存在価値は、『生き抜いた後に』死んでみないとわからないんじゃないですかね。

でもって、死んじゃった自分を見る事はできないから、結局自分にはわからないもんなんじゃないですかねー。


僕も知りたいですけど、自分の存在価値。


だけど、あなたという人間が今の熊本の騒動の中にいるという事を僕は知りました。

これを読んだ人も知ります。


これ、あなたの存在価値じゃないですか?


不眠症と不安障害で苦しんでいる人が、この地震に遭遇して更に苦しんでいる事が、あなたによって何人かに伝わりました。

声を上げてくれて、ありがとうございます。


あと、生に執着する事は悪い事じゃないと思います。


だってさ、ぶっちゃけ、死ぬの怖いじゃん?

僕、怖いですよ。

すっげー単純に、死にたくないです。

この地震騒動が起きてから余計に思います。


死にたくないです。
毎日毎日怖いです。


僕がなんで死にたくないかといったら、死んだ後に生き返った人がいないので、死ぬというのがわからないからです。


あ、前世とか信じてないですからね、僕。


死んだ後に生き返った人がいなくて


「天国マジさいこー!」
「地獄も思ったほどツラくないぜ」


とか教えてくれないから、どういう状態になるのかわからない。
しかも、天国や地獄が本当にあるなら、間違いなく僕は地獄に落ちる人間だという無駄な自信があります。


あと、死ぬ瞬間の痛みや苦しみをわからない。

これが怖いから僕は死にたくないです。

誰か教えてくれたらいいんですけどねー。


だから、僕は単純に、怖いから死にたくないです。
怖いから、生に執着しています。


単純ですみません。


けど、これが僕なりに一晩考えて2時間かけて書いた、あなたへの言葉です。

あ、一晩考えたといっても寝てますし、2時間かけたといっても途中でなんだかんだしています。

だから、別に、負担とかそういうことではないです。
と、念のため言っておきます。

しかも、クソ長いですよねー。
読むの疲れちゃいますよねー。

文章を上手くまとめる力がなくて、本当に申し訳ない!


また話しましょうね。


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身障者に避難の場 NPOが閉店レストラン借り

障害者の自立を支援する

NPO法人自立生活センター「ヒューマンネットワーク熊本」(熊本市)が

閉店した市内のレストランを借り、

熊本県益城(ましき)町の身体障害者向けの緊急避難所として活用している。

熊本地震で2度の震度7に見舞われた同町は

役場がほぼ機能停止し、障害者の生活の場も提供できていない状態にある。

身を寄せた障害者からは安堵(あんど)の声が上がっている。

「自分も家族もこれで前に進むことができる」。

同ネットが2日開設した元レストランの緊急避難所に入った

作本誠一さん(49)はほっとした表情だ。

脊髄(せきずい)損傷で下半身が不自由になり、

車椅子で生活している。

4月14日夜、益城町の自宅で顔を洗っていると、

「ドーン」という大きな音とともに、

車椅子から投げ出された。

天井や屋根が崩れ落ちてきて目の前が真っ白になった。

訪問したヘルパーが通行人に呼び掛けてくれ、

何とか、がれきから救助された。

家の倒壊で、家族4人とともに

近くの小学校の避難所に行ったが、

「高齢者や子供の避難者がいっぱいで居場所がない」

と感じた。

それから、病院▽精神障害者施設▽県立農業高の剣道場・・と転々とした。

居住地が決まらないと、ヘルパーを利用することはできず、

家族は、介護が必要な自分に付きっきりでいなければならない。

「このままでは、(家族)みんなが何もできない」

と悩んだが、福祉関係の知人から聞いた

同ネットの緊急避難所を頼った。

レストラン時代の客席などを撤去し、

約8畳の居住スペースを確保。

元々、バリアフリーのトイレ、玄関のスロープがあったのも幸いだった。

月7万円の家賃は同ネットが負担し、

約3カ月滞在できるという。

緊急避難所について、

同ネットの田中祥啓管理者は

「障害者にとっては福祉サービスが命綱。

災害時でも絶対に途切れさせてはいけない」

と話している。


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僕に届いた声《熊本の声》4

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僕に届いた声《熊本の声》4
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2016-05-17 13:04:28
テーマ: 熊本地震

熊本県出身で県外在住さんより

こちらのコメントについて   僕に届いた声《熊本の声》3

この方は、震源地にお住まいで、きっと被害も大きいんでしょうね。毎日が生きていくのに必死なんでしょう。

私みたいに県外に住んでいて、まだ1か月しか経ってないのに、今はもう、必死に拾い集めないと熊本の情報が入ってこない者からしたら、やまゆうさんのツイートやブログは、ありがたい情報源です。やまゆうさんからの情報やリツイートから、他の方につながって、物資を届けに行けたりしています。

もし、このコメントをした方が、私のコメントを読んでいただけたら、必要な物資、片付けの手伝い等、人手でもいい、必要なものがあったら、教えていただけたらと思います。何かしたい、力になりたい、と思っていても、細かい支援まで行き届かず、歯がゆい思いをしています。

被害を受けていない者の上から目線のコメントに感じ、不愉快に感じたら申し訳ありません。

そして、やまゆうさん、コメント欄を連絡のやり取りに使ってごめんなさいね(^^;


荒尾の方より

荒尾に住んでます。
俺の回りには被害はないけど市内の友達や仕事関係がむっちゃ被害を受けてます。
助けに行きたいけど俺にも仕事があって家族がある。
何度かは個人で仕事関係のとこ行ったりしたけどボランティアはしたくてもできない。
すぐ締め切っちゃうんだよね、、、。
ボランティア足りないのになんですぐ締め切るんだろうと思いながらまた荒尾に帰るしかない。
勝手にボランティアしたら逆に迷惑かもしれないから仕事関係や友達のとこを回るだけになります。
俺の回りはこんなかんじですけどみんな募金はむっちゃしてる。
募金貧乏になるんじゃないかってくらいしてる。
たぶんみんなそうじゃないかと思います。
集まった募金には全国からのお金だけじゃなくて熊本県の被害がないとこからのもたいがいあるはず。
被害があった人達はそれにも気付いてほしいです。
全国だけじゃなくて熊本みんなで支えてます。

あと県南部のどこにやまとゆうさんがいるかわからないけど俺の親戚が津奈木にいます。
南部も日奈久断層で今から危ないかもって言われてるとこだから、気を付けてください。
逃げられるなら逃げてほしいけど仕事とかみんなあるから逃げられないですよね。
これ以上酷いことがおこらんでほしいです。
県南部もとにかく気を付けてください。

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思い出も希望も失って「先見えず」

重い雲の下、

5歳の孫の初節句に買ったこいのぼりを

泥の中から掘り出した。

「思い出も何もかも、流されてしまった」。

熊本県南阿蘇村の山あいにある長野地区。

ごみ袋をかっぱ代わりにかぶって

自宅を片付ける渡辺茂子さん(72)が、汗をぬぐった。

4月16日の本震で壁にひびが入った自宅は、

6月下旬の大雨による土石流で完全に破壊された。

渡辺さんは今も避難所から毎日、家に通う。

「せめて、思い出のものを」。

泥まみれのアルバムや孫のクレヨン、

夫の釣り道具を探し当てた時は目頭が熱くなった。

ここに嫁いで半世紀。

100世帯余りの集落は顔見知りばかりで、

収穫した野菜を分け合い、

祭りを楽しんできた。

住み慣れたこの地に戻りたい。

でも泥にまみれた我が家を前に、希望は打ち消される。

「もう無理なんでしょうね。

とりあえず仮設住宅に入りたいが、

その先が何も見えなくて」



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