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熊本城の雄姿 復興元年 市民の心のよりどころ、100年規模のプロジェクト

はげ落ちた天守の瓦

復興は緒に就いたばかりだ。

大小の天守の瓦ははげ落ち、

櫓(やぐら)や門は見る影もなく倒壊し、

石垣はあちこちで崩れ落ちた。

かつての雄姿を取り戻すには20年、

あるいは30年でも足りないかもしれない。

新年を迎えるにあたり、

櫓や門の復元事業、観光などで

長く熊本城にかかわってきた一人として

昨年4月の熊本地震を振り返り、

今後の城のあり方について思いを巡らせてみたい。

昨年4月14日、私は自宅で夕食を済ませ、

テレビを見ながらソファでのんびりくつろいでいた。

そんな時に、これまで経験したことのない強い揺れに見舞われた。

家族の無事を確認した後、取るものも取りあえず、

急ぎ市庁舎へと向かった。

大きな災害の際、

市役所の職員はまず市庁舎へ集まることになっている。

 ◎ ◎ ◎

無残な姿に息をのむ

家の外へ出ると、

通りには看板やコンクリートの塊などがいくつも落下して散乱。

行く手を遮っていた。

それらをよけながら必死で自転車のペダルをこいだ。

屋内から外へ出てきた人々の顔は、

どれも驚きと不安の色でいっぱいだった。

橋を渡る時、もしまた揺れが来たらとちゅうちょした。

できるだけ急いだつもりだったが、

普段なら自転車で15分ほどで行ける道のりが

1時間近くもかかってしまった。

市庁舎の内部は書類が散乱し、

ロッカーや机が倒れていた。

足の踏み場も無い。

まずは人が行き来できる通路を作る必要がある。

作業は夜通しで続いた。

私の机の後ろには窓があり、そこから熊本城が見える。

ようやく夜が明けてきて、

そこからふと目にした天守や櫓の無残な姿に思わず息をのんだ。

熊本城は豊臣秀吉の腹心で、

築城の名手とうたわれた加藤清正が築いた

「せいしょこ(清正公)の城」

として地元では親しまれている。

私自身も幼少から熊本で育った。

幼稚園の遠足、休日に家族と訪れた日々など、

城での思い出は枚挙にいとまがない。

私が卒業した県立熊本高校では、

グループごとに校内外で自由に場所を選んで

卒業アルバムの記念写真を撮る慣習がある。

どのグループも城内か城が見える場所を選んだのを覚えている。

私たちのグループは全員で

天守の石垣の半ばあたりまではい登り、

石を背に踏ん張りながらカメラに向き合った。

今そんなことをする人がいたら私が注意する側だが、

当時はとてもおおらかな時代だった。

熊本大学を経て熊本市役所に就職したのも、

地元を離れたくないとの気持ちが強かったからだ。

技術職として40年近く勤めて今に至る。

倒れた机を起こし、散らばった書類を片付ける中で、

いくつもの思いが脳裏を駆け巡った。

14日夜の時点では震災の被害がどれほどか、

まだ見えていなかった。

傷ついていようと、

城の雄姿は市民の心の支えになるに違いない。

そう考えて、天守の夜間ライトアップを始めた。

ところが16日未明になって、本震がやってきた。

強い揺れに立て続けに見舞われ、被害はさらに大きくなった。

何とか持ちこたえていた城内の石垣も崩落する場所が続出した。

夜間ライトアップもしばらく中断せざるを得なかった。

震災後、城の復興業務を統括する立場に就いた。

定年の60歳を目前にして、

熊本城にまた深くかかわることになったのは予想外だった。

ヘルメットをかぶり、広い城内のあちこちを回り、

被害状況を調査する日々が続いている。

 ◎ ◎ ◎

江戸時代の櫓や門復元

2019年のラグビーワールドカップでは

熊本市も開催地となっている。

20年には東京五輪も開かれる。

その頃までには、何とか天守の入場再開には

こぎ着けたいと考えている。

11月に始めた「復興城主」としての募金も3万件、

金額にして5億円を超えた。

海外からの募金や応援の声も少なくない。

皆さんの熊本城への思いの強さを改めて実感している。

実は熊本城がこのような大きな災害に見舞われるのは初めてではない。

1877年(明治10年)の西南戦争の際には

原因不明の失火で大小の天守を焼失した。

89年(明治22年)の熊本地震でも、

石垣や建物が大きな被害を受けたという記録が残っている。

江戸時代、熊本城には天守と御殿を

中心に60を超える櫓や門などの建造物が立ち並んでいた。

震災前、それらを当時の外観で復元する計画が進行中だった。

震災復興にこうした復元事業を含めると、

それこそ100年規模の計画になるかもしれない。

何とも気の遠くなる話だ。

しかし、それでもいいのだろう。

熊本城は熊本市民の心のよりどころ。

あの震災を決して忘れてはならない。

2017年が熊本城の復興元年となり、

100年間もしくはそれ以上、

今回の震災の経験を語り継いでいければと願っている。



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