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「変わらないのは桜だけ」

あの地震から1年がたち、ようやく自宅母屋が今月、公費解体されます。

所有する学生アパート2棟のうち1棟は一部損壊、もう1棟も全壊でした。

全壊のアパートも自宅母屋と同じく解体するめどがたちました。

2棟に住んでいた東海大生ら13人みんなが無事だったのは幸いです。
 
一部損壊のアパートは自分で修理しました。

そのアパートに今、1階の1部屋(1K)に妻、

2階の1部屋に私が住み、食事の時は1階で妻と食卓を囲みます。

残る部屋は母屋から運び出した家財道具などを入れています。

河陽の黒川地区には地震前は40世帯ほどが住んでいましたが、

今は5世帯ぐらいでしょうか。

東海大生の姿はなくなり、

アパートや民家も次々に解体され更地が増えています。

被害が軽かった鉄筋コンクリート製の頑丈なアパートには

地区で作業する解体業者らが住んでいるようです。

東海大も地震前のようにこの地で全面再開はしません。

学生向けの下宿やアパートなどで生計を立てていた人たちも

黒川を離れざるを得ないでしょう。

水田や畑を潤してきた水路も壊れたままで、

完全復旧はいつになることやら。

黒川から熊本市へ引っ越す世帯もまた出るようで、

これからも住民は減る一方ではないでしょうか。

私はここ黒川で生まれました。

阿蘇大橋が完成した1971年のことも、

東海大(当時・九州東海大)が開校した73年の時のこともよく覚えています。

だから阿蘇大橋のない黒川、

学生のいない地区を見ると寂しいですね。

それでもここに住めるだけで幸せと思わないといけないと妻といつも話します。

他の人は自宅も壊れ、出て行かざるを得ない。

私には村のスクールバス運転手の仕事もあり、

アパート1棟が幸いにも残りました。

この桜は毎年少し早く咲きます。

変わらないのは解体するアパート横の桜だけですね。


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