2019年02月26日

2019年43歳になった。

2019年2月9日、土曜日
朝、10時頃に起きてリビングに行くと、子供がiPadで動画を見ていた。
奥さんが仕事で家を出てからずっと動画を見ていたようで、とにかく動画ばかり見ていることがすごく気になっている。。
子供の朝ごはんとしてもちを焼く。おいしそうだったので自分の朝ごはんももちにする。
雪が降るという予報が出ていたけど、積もるほどでは無いみたいだった。
だらだらテレビでも見て、しばらくして昼ご飯のパスタを作り、そのあと毛布を掛けてソファで寝た。15時ころには目が覚め、ポケモンGOをやろうと娘を誘い出し京橋の国立近代美術館の杉浦非水展へ。
帰りたい―とずっと言われるのかなと思いきや、美術館側が子供のために用意をしていたゲーム(ビンゴ)があり、遊びながら展示を見ることが出来て、ひどくぐずられたりはしなかった。とはいえ飽きられ無いよう1時間とちょっとでざっと見て回る。
常設展で印象に残ったのは、岸田劉生の切通しの空の鮮やかさ、赤瀬川さんの展覧会図録表紙にも使われたオブジェ、戦争画の大画面のパノラマとしての面白さ、古賀春江さんの大正ロマン絵画。杉浦非水展は、原画の色の鮮やかさ、地下鉄のポスターや三越のポスターの実物を初めて見れたのはしびれた。本の表紙のデザインの展示は本の表紙だけが切り取られて飾られていて、本ではなくなってしまった薄ぺらさが少し不満でもあった。。
奥さんが、ちょうど仕事の後に立ち寄った美容院も終わったということなので、新宿で合流することに。子供と一緒に出掛けるのは結構楽しい。同じところにずっと立ち止まっていることは出来ないけれども、いろんな場所を見ることは子供にとっても楽しいようで。
新宿で奥さんと合流して中華料理屋で刀削麺とチャーハン。そのあとヨドバシカメラの店頭にあったゲームのデモコーナーで、子供がやりたがっていたポケモンのゲームとマリオのゲームをやって、子供も大満足の様子。
帰り道、コーヒ―を買うという奥さんに連れられマクドナルドに行き、子供がポテトを食べたいと言い出したので、席に座って3人でポテトを食べる。
光が丘でケーキ作り用にイチゴを購入。
帰宅し、ケーキのスポンジづくり。子供に卵を割ってもらったり、ハンドミキサーで泡立てしてもらったり。ちょっとしたお手伝いだけど楽しんでくれているみたいで、出来ることがあったら呼んでねーと言ってくれている。
自分も小さい頃に母親のお菓子作りを手伝わせてもらったりしていて、それを見ていたのでお菓子は自分で作れると思えるようになったので、自分の子供にもそんなふうに思ってもらえたらいいなあと。
小麦粉を混ぜる工程で、以前に作ったときよりも少し生地がべたついているような気がして、あれ、失敗かなともよぎるが、実際に焼き上がりとしては、ふくらみ方が均等ではなく、水平に膨らまなかったけれども、以前に作ったものくらいの感じでまあまあうまくいっていた。
風呂に入り、早々に寝た。


2019年2月10日、日曜日

朝、前日夜のゴットタンの録画などを見ていたら子供が起きてきた。新しいシリーズが始まったプリキュアを見たいと騒ぎだしたので、テレビを譲る。子供のためにもちを焼く。天気がいいとのことなので洗濯機を回す。朝ごはんのサンドイッチを作る。洗濯物を干す。
前日に誕生日であることをFacebookでつながっている人に告知をするアラートを切るように設定したつもりだったのだけど、それがうまく設定できていなかったようで、起きてきた奥さんに案内来てるよーと言われる。
サンドイッチを奥さんと食べる。
ケーキ用の生クリーㇺを買い忘れていたので買いに行く。前日の雪が少しだけ残っていて、それが凍り滑りやすいところがあったり。
Facebookの誕生日のアラートを見た大学時代の知人からコメントが来て、左利きの子供のために財布を作ってくれないかと軽く相談をされるも、革製品についてはまだ完成度に自信もなく、丁重に断りを入れるが、相談されるとやはりうれしい。
午後、ポケモンGOをだしに、子供を外に誘い出す。近所の夏の雲公園で、大縄跳びをやり、氷鬼もやり久々にハアハアいうくらいに走る。かくれんぼをやり、子供がおなかすいたというので、コンビニに買い物に行き日なたのベンチに座っておにぎりを食べる。日なただと暖かい。
遊具で遊んでいると、保育園の同級生の男の子に会い、一緒に遊び始めた。男のお母さんに、家にいると動画をずっと見ていることについて相談してみたところ、うちもそうだとのこと。親としてもう少し付き合ってあげないとなとの思いはありつつ、どうしても動画に時間がとられるということが結構な家で起きていそうだ。
知り合いの子供がもう一人増えて、子供と一緒に氷おにをやったり。
夕方4時ころになり、他の子どもたちと別れた。奥さんは晩御飯の手巻き寿司の材料を買いに行くとのことなので、自分は一人図書館へ。
バイクに乗って図書館へ。三四郎のオールナイトニッポンを聞きながら館内で本を物色。三四郎のオールナイトニッポンはなかやまきんに君の時もそうだったけど、ゲストが来ると爆発的に面白くなるなあ。。テレビでは目立たない相田さんがすごくいい感じで回してるからかな。結構のんびりと図書館にいて、6時半頃に家に戻る。
家に帰ると早速ご飯、リクエストしておいたネギトロがいい感じ。子供も納豆とツナを食べていた。食後にケーキの仕上げ作業。手伝う―というので、イチゴを切ってもらうことにする。押し込んで切るんじゃなくて、ひきながら切るんだよと教えるけど、なんだかうまく伝わらない。お手本を見せてやってもらうのだけど、それに対してそうじゃなくてと指摘をすると、もういからーと怒り出す。伝える側としてもう少し頑張らないとなあと思いつつ。
生クリームをハンドミキサーで泡立てる作業とイチゴを並べる作業も少し手伝ってもらう。
側面のデコレーションをどうしたらいいのか、ずっと答えが出てないけれどもまあ、いつものケーキが出来た。子供の誕生日の時に買ったキャンドルがあったのでそれを立て、電気を消してろうそくに火をつけた。子供と奥さんに誕生日の歌を歌ってもらい、ろうそくを吹き消した。こんなふうに誕生日を祝ってもらったりするようになるとは、20代のころは想像もできなかったな。。ケーキも、おいしいおいしいと食べてくれて、子供も2切れ食べた。ケーキを食べるときのお皿は奥さんと行ったベルギーで買ったお皿で。
ケーキを食べた後に見始めたテレビ、世界の果てまで行ってQが面白くなかったので、トイレの掃除とお風呂の掃除。部屋に戻ると図書館で借りてきた本を読んでいた。選んだ本を読んでくれていると嬉しいもんだ。
子供と奥さんが先に寝て、革の細工づくりの作業で荒れていた部屋を片付けたり。


2月11日
朝、9時半頃に起床。
昨日、サンドイッチを作った際に残しておいたパンを焼き、ベーコンとチーズをのせてまた焼いてピザトーストを食べる。
ガキの使いなど録画を見る。奥さんが起きてきて、しばらくして子供も起きてきた。
朝ごはん代わりにケーキを食べるというので、一緒に食べた。子供もおいしいと食べてくれてうれしい。
食後、動画を見始めた子供に外に出ようと、ラジコンを走らせることができるお店に行こうと誘うも、いまいち乗ってくれない。
ソファに座り、子供がiPadでドラゴンボールの映画を見始め、奥さんが映画を見始め、自分は録画しておいたNHKの中国のドキュメンタリー(成都の若者文化)を見る。
お昼の時間になり、改めて外に誘うも子供が乗り気でない。
自分だけで出かけようといくつか場所を検討するも、国立博物館の気分にもなれず畑に行くことに。
バイクで畑に向かう途中、マクドナルドで昼ご飯。2階の席はほぼ満席で、勉強をしている人や、だらしない格好で座っている若者など、あまり光が丘では見かけないどんより感を感じる。
YOUTUBEで漫才コンビ和牛のヒストリーを振り返る番組を見たり、キングコングの番組を見たり。一番安い500円のセットを食べた後、外に出て駐車場のバイクを止めておいた場所に向かうと、バイクのすぐそばで高校生なのかPコートを着て座り込んでいる女の子がたばこを吸っていた。結構寒いのにあえて外に出て煙草を吸っているのは、少しやましいことがあるからなのではないかな。とは言え注意をするでもなくバイクで畑へ移動。
三四郎のオールナイトニッポンを聞きながら育ちすぎて食べられないチンゲン菜などを抜きごみ袋に詰めていく。大きなごみ袋を2枚持って行ったのだけれど、それに入りきらなかったので、入りきらなかった分はとりあえず抜いて重ねておく。
ネギを何本か抜いて水で洗うが、水が冷たすぎる。ネットやごみ袋なども水で洗ったり畳んだり。
パンパンに入っている大きなごみ袋を2つ抱え込むようにしてバイクで自宅へ。ゴミ捨て場に捨てる。
家に戻ると、買い物に出かけると言っていた奥さんと子供がまだ家にいて、子供にPokemonGOをやろうと誘いだし、2人で晩御飯の買い物をするために外に出る。
子供はスマートフォンを片手に持ちつつポケモンGO の画面を見ていて、危なくないように手をつなぎつつ歩く。駅前のスイミング教室をのぞいてみようとエレベーターを上がる。光が丘にもう8年くらいになるけれど初めてスイミング教室のフロアを見た。
休みだったのだけれど、パンフレットをもらう。
その後、子供がやりたい!と言っていたアーケードゲーム ポケモンガオーレを見にゲームコーナーへ。
見るだけでも満足するかなと思いつつ、どうしてもやりたいというので、文字の練習をすることを条件にゲームをやらせてあげることにした。
ゲームをやり、うどん、しょうゆ、アイスクリーム、パン、を購入。
地下道をくぐるのではなく、歩道橋を渡って帰りたいというので歩道橋から帰ることに。
ポケモンGOに飽きたのかスマホをこちらに渡し、スキップをし始めた。スキップが上手にできることが嬉しいのか、ずっとスキップをして、結構遠くの方まで行ってしまったが、また、歩いているこちらの方に戻ってきた。
プール習いに行ってみる?と聞くと嫌だというので、何かやりたいことはないの?と聞いてみるも特に返答はなく、ゲームとかやりたいの?と聞くとうんと返事をしたので、じゃあゲームを習いに行こうかと提案してみた。え?と困惑していたけど。
家に帰ると奥さんがうどん用のスープを煮込んでくれていて、買ってきたうどんを渡して晩御飯を任せることに。
外が寒かったこともあり、ソファで毛布を掛け軽く寝る。
うどんが出来たというので席に着き食べ始めるが、子供がテレビを見ながら食べようとしていて、またうどんが熱くてすぐには食べられないとぐずぐず言い出す。
うどんを食べたら、アイスとかイチゴを食べられるよ、うどんを食べないとアイスは無しと言ってみたりでご飯を勧めるも、卵が半熟で嫌だとかなんとか言いつつあまり食べない。
食後、借りてきた縫い物の本を読み始めるけど、写真が無いからなのか書かれている状況がよくわからずあまり面白くなかった。。
テレビでYOUは何しに日本へ?を見始めて、ものすごく興味深くてじっくり見た。飛行機のトランジット5時間ほどを利用しておじいちゃんの旧知の知り合いの家に届ける話や、外国人なのに大学のマラソン部のコーチをしている人の話など、この番組は本当に面白いわ。企画的に何かをやることよりも、興味深い体験をしている人の話を聞く方がよっぽど面白いっていうこういう企画は本当にいいなと思う。NKHの76時間とか、家について行っていいですかとか。
番組が終わり、テレビを消してお風呂の用意をしに行く。
部屋に戻ると子供が借りてきた絵本を奥さんに読んでもらっていて、やっぱり本を借りてたほうが良いよなあと。
奥さんと子供がお風呂に入っている間、木工作家、三谷龍二さんの本を読む。生活の中で使っている道具の話で、写真+1篇が短いということもあてすごく読みやすい。
お風呂に上がってきた子供に着替えを渡す。
子供の髪の毛をタオルで拭く力が強すぎるのが子供にひどく嫌がられていて、拭くのは自分でやるからと子供に言われる。
風呂から上がった子供に、今日、ゲームをやった時の約束だからカタカナの練習をしようねーと、促すが、なかなか机に座ろうとしない。
どうにか座らせて、ポケモンの名前を書くという娘に、お題を出す。
鉛筆ではなくボールペンを使っていて、ペンの持ち方をしつこく注意したら、子供がめんどくさがりはじめ、少し雑に白い紙にポケモンの名前を書きだした。
この線に沿って書いてみようと文字を書いていた紙に線を引いたら、やめてよなんで書くのーもうヤダと席を離れて寝室に行ってしまった。約束守れないならゲームやれないよーと言うと、やだーと飛んで戻ってくるが、お父さんしつこいから嫌いとぐずり始める。
床に座って何かを書き始めたと思ったら、お父さんきらい(実際にはお父さんの所は名前を記載)と紙に大きく書いて見せてきた。面白すぎて笑った。
奥さんと子供が一緒に寝て、その後、ダイアンのラジオを聴きながら風呂に入る。
風呂から上がり、パソコンの部屋でラジオを聴きながらダラダラとネットオークションを見たり。以前に履いていたナイキのスニーカー(エアトレーナーダンク)が新品で3000円で売られていて、あー、いいなあ、、と。
図書館で、チェコの雑貨の本を借り、そういえば以前にチェコに行った時の旅ってどんな感じだったかなあと、過去に撮影した画像のフォルダを見始めた。
オ―ストリアのハルシュタットで自転車に乗って、湖で泳いだ時に撮った写真に、いま奥さんが寝間着として使っている水色のスエットが写っていて、持って行ってたんだなあと。
この旅ですごく印象に残っているのは、ザルツブルグ、ハルシュタット、アムステルダム、プラハ、ベルリン行きの夜行列車、モンサンミシェル。この旅は一眼レフのデジカメで撮影したいたので、高画質の写真が残されていて写真をみて振り返るのがすごく楽しい。今から10年前の2008年、32歳。若者の旅だなあ。そして2010年に奥さんとの東北旅行の写真を見返しつつ、若いしなんか元気だなあと。その時の東北旅行で、盛岡の雑貨屋さんでデットストックのボタンを買ったなあ。0時半頃寝た。
  

2018年03月06日

これから何をしたいのかって

42歳になって、で、これから何をやりたいんだろうとふっとよぎるけれど、
本当にあっという間にすぎていきそうだな。

何かしらの方法で、新しい価値の提案、みたいな事をしてみたいなと
かつて思っていて(写真を撮って展示をするとかもそう)、それがいまだに出来ていないことがうっすらとどこかしらに残っていて、
でももうそれは、奥さんや子供が喜んでくれる程度でも満足のような気もしているし、
やりたいことをちょっと考えてみたところでそれくらいか。

去年、何枚かシャツを縫ってみたりしたけれど、洋服を作るのは、面白かった。
絵を描いたり、粘土をこねて形を作るみたいな個人の技術がもろに出る美術の作業ではなくて、何を選ぶのかの要素が強いデザインの作業だったから意外とうまくいって、楽しく続けられたのかな。

あとやりたいこと
奥さんに楽しかったねって言って欲しいし
娘に楽しかったねって言われたい
か。

そのために何をやるのかを考えようかな。
奥さんには、
心配をかけるような事はしない。娘と楽しく過ごしてそれを見てもらうこと。
この人と暮していて面白いと思われること。
そのために面白がってくれるような機会を提案しないとな。

娘には、
学ぶこと知ることの楽しさを知って欲しい。それが生きる事のモチベーションになると思うから。
学ぶことの楽しさを知る機会を作ってあげないとな。
行った事がない場所にワクワクするように、新しい情報との出会いの楽しさだよなあ。

こないだの日曜日、3月なのにすごく暖かくて、でも公園でフラフラっていう気分でもないのかなと思って、車を借りて羽田空港へ。
展望デッキから飛行機を見るのは初めてで、飛行機のエンジンの音を聞いたりして、
娘も初めて至近距離で目にする飛行機だったり、離陸する様子に興味深々だったのが、
ほんの10分程度で空港内のお店に行きたいと言い出し、館内に入ることにした。

自分は飛行機を見ながら、形の面白さ、色、音、動き、匂い、旅の思い出、だとかの
色んな情報のレイヤーで飛行機を見ていたのだけれども、娘にはまだそれがないから、ほんの10分しか見ることが出来なかったんだと思う。
風景だったり物だったりをどう見るのか。
見る角度だったり、距離だったりで見え方とか意味が変わってきて、新しい発見があったり
それって今まで自分がずっと興味を持って、そしてすごく大事なことだと考えてきた事なので、
うまく伝えられたらいいなと思うし、その伝える作業は自分にとっての集大成の仕事としいうか、
いろんな人から頂きっぱなしの知を少しでも誰かにつなげることが、知を別けてもらった方への御礼というか感謝のような気がする。

  

2018年03月05日

久々に演劇をみて思ったこと。

ウンゲツィーファ @2018年3月4日 11:00〜 王子スタジオ

20代後半から30代前半の登場人物が語るセリフに、
自分がまさにその年齢で、アルバイトとも変わらないような契約で働いていた頃の事を思い出させられて、
そして、それがもう過去の事になっていることにほっとしつつも、本当にそれは過ぎた事なのかなとも思ったり。

26歳くらいの頃、写真家の金村修さんのワークショップに通っていて、
自分が撮った写真を机に並べて、金村さんに見てもらう時に、
これでいいのかな、、うーん、と独り言でぶつぶつ喋っていたら、
なんだよ、悩みでもあるのか?と笑いながら金村さんに聞かれ、
思わず、不安なんです。自分がこれからどうなるのかとか、不安で仕方が無くて、と若者っぽく叫んだところ
写真の悩みじゃない事を言われ、そんな事を言われても・・という感じで笑った金村さんが、
考えたってどうしようも無いんだよ、考えたってそんなもの無くならないからさ、としょうがねえなという感じで答えてくれた。
考えたってどうしようも無い、っていうのは、自分がどう思おうが、そんな事とは無関係に世界は存在しているっていう、
金村さんが写真を通してだったり文章で書いたりしている、写真という方法についての言葉で、共感していたけれど、
でもそこには、その世界のどこを見るのか、どこから見るのかで世界が違って見えるっていう、自分の視点っていう要素もあって、
考えたってしょうがない、っていう金村さんの言葉に対して、そこまでクールにはなれないよなとも思って。

当時もそしていまも
写真は、自分とは関係なしに存在している世界を、どこから何を見るかを選ぶというかなり最小限の作為で提示するっていう、
その姿勢にすごく共感をしているんだけれども、
でも、20代から30代にかけての、漠然とした不安についてを、しかも人ではなく風景を被写体として提示しようとしていたのは、
やっぱり少し無理があったかな。

風景から想起される、懐かしいとか寂しいとか、キレイとか汚いとかっていうような感情を排除した、まったく無表情な風景の前に立っている無表情で立っている自分(でも本当は無表情でいられない自分)っていう、伝わりずらい写真撮ってたなあ。。
2度の展覧会を終えて、その後も撮り続けていたけれど展覧会としてまとめるまではたどり着かず、今でも続いているのか続いていないのか?なんて思いたいけど、まあもう終わっているよな。ネガも捨てたし。

で、今は、会社員として仕事をし、車を所有するほどの贅沢は出来ないけれど、将来に対しての不安はそれほどなくなって、やれやれっていう42歳になりました。  

2017年08月31日

娘3歳。もうすぐ4歳。

娘に恐竜の本を読んだあと、一冊だけ読む約束だったのに、あと最後あと最後とちょっと間違った日本語でもう一冊読んでどしつこくおねがいをされた。

電気を消したりとなんとか寝かせようとしたのだが逆効果で余計に大きな声を出し始めた。
何か別のもので納得してもらおうと、じゃあお父さんのお腹を叩いてよボンポコ叩いてとむちゃくちゃなことを言ってみたところ、子供がパパが変なこと言ってるよーと叩きはじめた。

もっとポンポコ叩いて、と言ったところポンポコの言い方が面白かったらしく娘は爆笑していた。

聞いたことがないくらいの爆笑で、こんな風に子供がオモシロイと感じてくれるようなことをいつまでも提供することが出来たらホンとに幸せだよなあと思ったり。
  

2017年01月31日

40歳もうすぐおしまい

ここ最近、土曜日、日曜日の過ごし方がうまくなってきたような気がする。
土日のどちらかに、掃除をして図書館に行くという日があって、もう一日の休みの過ごし方がなんかうまく過ごせる率が上がったような気がしている。
理由は、たぶん娘ちゃんとのおしゃべりも面白くなってきて、何かをしなくても楽しくなってきたからのような気がする。

ツイッターの書き込みをさかのぼって見てみると、
12月21日、元女子プロレスラーの植松選手のお母さんが亡くなったことを知り、
12月26日、家入一真さんの都知事選に出るまでの失敗を重ねたことについての本を読み、
12月28日、中村憲剛選手のワールドカップのメンバーに選ばれないという結末を迎える4年間についての本を読み、
1月11日、自分で家を作るセルフビルドについての本を読み始め、そして大江千里さんの本に出会い、
1月12日、夜、娘と奥さんとの3人でトランプのババ抜き、神経衰弱をやり
1月15日、子供を実家に預けて、奥さんとファミレスでこれから何したい?の話をしたり
1月16日、大江千里さんのNYへのジャズ留学についての本を読み終え
1月17日、会社を半休にして友人とお茶をしたり
1月20日、前の会社の先輩とご飯を食べたり
昔からの友人の母親の体調がよくなかったり、


なんか、このところずっと、自分はこれから何をしたいのかについて、仕事以外の時間でふっと考えることが多くなった。
今が幸せじゃないから、なんてことは全くなくて、きっとこのままだったとしても、それはそれでよかったなと思えるとも思うのだけれど、
改めて、何がやりたいんだろうと。

きっと、お金がそんなになくても、暮らしを楽しむことが出来るような気がしていて、
自分はどこかでネット販売でベースの売り上げを作りつつ、店舗でも本と古物を売ったりして、そして、奥さんは小さな飲食販売をやり、そして、どこかの空き地に自分で材料を集めて工事をし家を建てて、なんていう妄想をぼんやり考えてみたりしているけど、
じゃあ、それを実現するためにはどうするのかをもう少し考えた方がいいなとは思っている。
奥さんと一緒に仕事ができないかなともぼんやり考えてもいるけど、そんなこんな、どんな風に暮らしたいのか、もう少し具体的に考えないとなあ。

しかし、ここの書き込みが40歳になっても続いているとは。
あっという間の気もするし。  

2016年07月31日

初めて見た映画

今日、子供が初めて映画館で映画を見た。
奥さんと二人でとしまえんの映画館に行き、2時間近くもイスに座っていられるのかな、大きな音にびっくりしないかな。いろいろ心配だったけど、ポップコーンを食べながらちゃんと見れたそうでよかった。
そして晩御飯を食べながら、見た映画(ファインディングドリー)の話をがんばってしゃべってくれた。
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2016年01月20日

40歳になるけど

来月、40歳になる。
きっと思い出せなくなるだろうからと、1行でもいいからと毎日の記録を書いていたのもやらなくなって6年くらいになる。
奥さんと結婚するタイミングで何となく書かなくなったのだけど、結婚したからなのか、それとも記録をつけなくなったからなのか、時間の進み方が早くなったような気がする。
記録をつけなくなるまでの数年は、毎日書くというよりも数日分まとめて書くことが多く、書く時には数日前の事を思い出すという作業があり、たいして特別なことが無い日でも、小さなことでも何かを書き留めていた。
その作業をすることで、改めて自分の事を振り返ったり、確認するというか意識することになっていたのだけれど、それが無くなったことで、ふわっと毎日が過ぎていく感じになっている。
それは、わずらわしい事から解放されたような感じでもあるし、このままじゃダメだよなという感じでもあったり。
結婚をして、そして子供が生まれて、こんな毎日を過ごすことが出来るなんて思っていなかったというくらい、今は平和な時間を過ごすことが出来ているのだけれど、
なんだか少し落ち着かない気分もあるんだよな。
なにかしらに夢中になったりの熱みたいなものが無いからなんかなー。。
また毎日の記録を付け始めるでもいいし、他の何かでもいいからなんかここらでまた何かを始めないとやばい気がしてる。  

2015年12月15日

誕生日にもらった飾り

昨日、頻繁に咳をしていた子供を病院に連れて行った際に、保育園で誕生日を祝ってもらった時にもらった、胸につけるコサージュのような飾りを失くしてしまった。
養生テープで、すぐに外れる程度の粘着力しかない状態で服に貼っっていて、どこかで失くしてしまった。
おそらく病院に落としてしまったのだろうと、今日の仕事終わりに病院に寄ってみたのだけれども無いとのこと。
んー、買うことができないものを失くしてしまった寂しさというか、なんで気にしていなかっただろうという後悔とか、
きっと娘はその存在のことは忘れてしまうんだろうけど、やっぱり申し訳なかったなあと思う。
気に入ってたからなあ。  

2015年12月14日

にちようび

12月13日、日曜日。
午前中に掃除をして、昼御飯はインドカレーを買って家で食べた。
ご飯のあと、前日夜の録画を見つつ少しソファーでうとうとして、雨だけど家にいるのもなあと。
気になっていた鉄道模型メーカーのショールームへ。奥さんはあまり乗り気ではなかっけど、子供はきっと楽しいんじゃないかなと。
行ってみたら、予想以上に大きな施設で、大きなジオラマもいくつかあって、面白い。
娘もとても楽しんでくれているようで、電車を見せるために抱っこをしっぱなしになるのが辛いが、まあよかったなあと。
子供がなにか初めての体験して、楽しそうにしている姿を見るのは、なんとも嬉しい。
電車をただ走らせるのではなく、駅でうまく止めて、また発車させることが面白いんだよなんて教えて、いっしょに遊んだり。
走っている電車を駅で止めてとお願いをされ、そして、のってくださーい、発車しまーすなんて言ってたり。
光が丘にもどり、晩御飯の買い物をし食事をして、その間じゅう、子供はわあわあ喋ってた。面白いなあとぼーっと見てしまう。
ご飯を食べて、すぐにお風呂へ。機嫌よく、湯船にちゃんと浸ることができ、いっしょに数字を数えたり。
9時過ぎには、寝室の電気を消して、寝かしつけるつもりが自分も寝てしまった。
10時半頃に、喉がカラカラになり起き、よく起きたねなんて奥さんに少し驚かれつつ、オレンジジュースを飲んだ。
子供の寝顔を見ていると、こんな時間が来るとはなあと、本当にありがたいなと思う。39歳。  

2015年11月11日

母親のはなし

今日の朝、母から電話があり、父が亡くなったと伝えられる夢を見て、目が覚めた。
遮光カーテンの隙間から見える空が、まだ夜中だから暗いのか、天気が悪いから薄暗いのかわからず、
いつも朝の5時半に起きる奥さんがまだ隣りで寝ていたので、ああ、まだ夜中なんだなと。
変な夢だったなあ。
母親から落ち着いた口調で、父親が亡くなったということを伝えられ、え、まじかと心の中で思ったのか、もしかしたら声に出していたかも。一瞬だけ取り乱しそうになったけれども、すぐに、ああ、よかったなと思った。
病気で苦痛な時間を長く過ごすわけでもなく、多分、きっと幸せな時期に人生を終わることができたんじゃないかなと思って。

先日の日曜日に、2か月ぶりくらいに奥さんと子供を連れて実家に帰り、その時に父親が、使わなくなり父親にあげた一眼レフカメラで子供の写真を撮っていて、
ああ、こんな時が来たんだなと、嬉しいというかほっとした気持ちになった。

そして、なぜかfacebookでつながり、10年振りくらいにメールのやり取りをするようになった小学校時代の友人に、母親の写真を送ったところ、「変わってないね、OO(私)のこと大好きだったよね」との返事が来た。
9月のシルバーウィークに富山に行った時に久しぶりに会った親戚にも、相変わらずお母さん元気?と言われるくらい、印象に残るくらい母親はテンションが高めで、
そんな感じも、一緒に暮らしている時はうっとおしくもあったけれど、離れてみると、
意外と素敵な人にも見えてきたり。
小学校高学年になって塾に通い出す前までは、友達とのドッジボールに母親も混じって遊んだりで楽しかったし、幸せな時間だったなあと。

実家に帰り、そんなことを思ったりしたこともあってこんな夢を見たのかなと。

しっかし、子供が生まれて、年齢的なタイミングもあって自分の残りの人生というか時間について考えたり、親との関係も変わってきたり、本当はそういう事を昔みたいに記録して残しておいた方がいいような気もするな。

そういえば11月8日日曜日、風呂場から出てきた子供をタオルで拭き、リビングに連れて行くために抱っこをして歩きだした時に、子供が湯船につかっていた奥さんに対して「バイバイキーン」と言って手を振った。
家でアンパンマンのテレビを見せたことがないので、保育園で覚えたんだろう。
こんなふうに、誰かに何かを教わったりしながら大きくなっていくんだなあと成長を感じた。
嬉しいような、少しの不安もあったりで。
  

2015年07月21日

こどもと少しづつ

kodomo






















1歳10か月になる子供が、4月から通い始めた保育園で言葉を習うのか、話しかけた言葉を理解してくれているような感じも増えてきて、ほんの少しづつではあるけれどコミュニケーションが取れるようになってきていてすごく楽しい。

マンマ、ママ、パパ、あたま、め、はな、くち、みみ、て、あし
ねんね、おちゃ、ジュース、パン、ハート
おいしい、おはよう、おかえり、あつい、ありがと
かわいい、こわい、すき、かして、いたい
アンパンマン、うーたん、プーさん、ミッフィー、ケンケン(犬のぬいぐるみ)、ワンワン(犬の人形)、アイアイ(サルのぬいぐるみ)
うん(首を縦に振る動作)、(嫌な事、違うという事に対して首を横に振る動作)

そして、言葉として声に出すことはできないけれど
歯みがき、おふろ、ピッピ(体温計)なんかは、意味が分かっているようで
歯みがきしようかと声をかけると、イヤイヤと首を横に振ったりもする。


不思議だなあと思うのが、名詞は目に見えるものだったりするので、これが犬、というふうに覚えていくことは出来るだろうけど、おいしいとか、すきとか、こわいとかって、よく覚えることが出来たなあと、なんか不思議。
この感情を すき と言いますとは教えられないはずなんだけど、いつの間にうまく使えるようになってきている。
いやほんとにおもしろいなあ。  

2015年01月23日

誕生日の前って

来月、2月10日で39歳になる。
10代の終わりころからか誕生日が近づいてくると、今年の1年も何もやらずに過ごしてしまったという後悔というか、歳を取り、可能性みたいなものがしぼんでいくような気分になり急に焦ってみたり、なんだか落ち着かない。
とはいえ、4年前に結婚してからは仕事も日常生活も安定し、そんなにソワソワすることもなかったのだけれど、いよいよ30代最後の年となり、40歳が見えてくるのかと思うと、今年はちょっと落ち着かない。

自分が32歳くらいの頃にお世話になっていた会社の先輩が当時39歳で、その頃に、早期退職の話があったらちょっと考えちゃうなあとか、子供が生まれたばかりという事もあって、家に早く帰りたいって思ってるんだよね、と先輩が言っていたことを思い出し、その先輩と同じような年齢、そして子供もいるという同じような状況になり、先輩が言っていたことがわかるというか、そうだよなあと親近感を感じたりしている。

最近、仕事に対して、どうもやる気が無くなっていっている感じがして、それは仕事があんまりない期間が長いからとで、ジワジワと減っていってることもあるけど、きっと写真に関わる仕事から外れたことで、仕事がお金を稼ぐための手段のみになってしまったせいなんだろうなあと。
ぼんやりと、今後自分はどんなふうに生きていきたいのかを考えてみて、「家族で楽しく暮らしたい」「いろんなものを見て知識を得たりしながら、面白がったりしびれたりしたい」この2つなのかなあと。
もはや、仕事で何かをしたいという欲望はなく、ただし、お金をもらう以上、質の低い仕事はしたくないなあとは思っているけどまあ、お金の為に働くってなった時点で、そこはもう、仕事だからっていう完全に割り切った感じだよな。情熱を掛けるとかはもう無いな。
とまあ、そんなふうに言ってみたものの、仕事面白くないんだよなあなんて子供みたいなことを思いつつ、ちょっとふてくされたり。

子供と遊んだりして、楽しく暮らしてるくせになんだかね。  

2014年01月13日

雪の風景とか

2014年1月2日 奥さんの実家に奥さんと子供を置いて、雪に囲まれる場所に行きたいなあと、ネットで降雪量を調べ新潟県魚沼市へ。
只見線の始発駅前の民宿に宿をとり、只見線に乗り雪深い風景へ。
安物の三脚を持って、気合を入れて夜の撮影。越後須原駅そばの風景
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2008年のお正月に訪問し、どっさりの雪にしびれた栃尾又温泉を再訪す。
小出駅よりバスにのり、終点の栃尾又温泉のバス停で降りる際に、運転手の人に滑るので気を付けてください、と言われた5秒後に滑って転倒。1か月前に購入したばかりの一眼レフカメラを氷に叩き付ける。。レンズフードが割れ、ペンタ部に大きな傷が入る。
厳しい。。
しかし、まあ、この風景の写真を撮れたんだからいいか、と思えるような白い風景にしびれる。
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栃尾又温泉から山を下りながら延々と歩く。
途中の大湯温泉のお饅頭屋で、以前に温泉街でスナックをやっていたというおばあちゃんより、かつて、近くでダムが作られていた1950年代はものすごい賑わっていたんだよと。そのお饅頭屋は、以前は射的場をやっていたとの事で、お客さんが銃をホテルに持って帰ってしまった時の対応方法など興味深い。
失敗したお饅頭を無料で食べてください、と置いてあったのだが、そのたたずまいが美しいなあと。
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延々と雪道を歩く。
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飯山線に乗り、一度行ってみたかった北信の町 飯山へ。
北飯山駅前、夜の9時頃。
自分と、もう一人、若い女の人が電車を降り、その人は駅前に迎えに来ていた車にすぐに乗りこんだ。
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2013年12月27日

4か月

9月3日に子供が生まれ、その時から撮り続けている子供の写真を見直してみたら、
たったの4か月弱なのに、どんどん変っていってる。
自分は、今のことを忘れてしまったり、失われていくことがなんか嫌でしょうがなくって、
どうにかして記録を残しておこうと、写真を撮ったり、日記を書き続けたりしていたりするけれど、
子供には、そういうことをあんまり寂しく思わなくてもいいかもねって言ってあげたい気もする。
kodomo
  

2013年07月31日

信玄餅にやっと会えた

7月27日 花火を見るために、山梨県山梨市へ。

2年前にもこの花火大会を見て、のんびりと見やすい感じがすごく良かったので、今年も行こうかなあと。

2年前にも食べた桃と、すももを食べたり。
農家の人が直売をしていて、桃は少し傷ついているもので100円から。
100円の桃でも全然おいしいわけさ。
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勝沼の風景。
この後、信玄餅を製造している桔梗屋に行き、工場見学をしたり。
ツアーバスも立ち寄るほど盛況。
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夕方、山梨名物のほうとうを食べた後、少し眠たくなったので花火が始まるまでの時間、車で少し寝る。少し開けた窓から車内に入ってくる風がすごく気持ちいい。
花火の開始時間あたりから土砂降りの雨が降り始め、どうなるかなあと思いつつ車で寝ていたところ、花火がドーンと上がり起き上がる。
お、雨が上がったのか。
予定よりも30分遅れで花火がスタート。
場所取りしていた人たちも結構帰ってしまっており、キャンプ用の椅子を置いてゆったり見ることができた。
花火を見ながら、震災直後の夏に、津波で街がなくなってしまったにもかかわらず花火大会を実施した街のドキュメンタリーのことと、宇多田ヒカルのDVDのアートワークのことと、浪人生のころに見た鎌倉の花火のことを思い出したりしていた。
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2013年07月29日

声を出してしまうほど冷たい水

7月20日
埼玉県、入間川の上流にある大鳩園キャンプ場へ。
水辺の風景が結構好きで、快適な場所を探すためにネットで検索をしては出かけて見たりするのだけれど、なかなかいい具合のところが見つからない。

川は上流過ぎず、それでいてそんなに大きな流れじゃないくらい。
管理されていないところに、勝手にテントを張る勇気ももはやなく、ある程度管理されているところで、ただし人もそんなに多すぎず、みたいな。
今回行ったキャンプ場は、まあまあいい感じの場所だったが。
少し上流過ぎて、泳げるほどの水量が無かったとことと、川と森とのたたずまいがもう少しバランス良ければなあ、とか。

しかし、懐かしさも感じる夏らしい風景を見つつ、子供と一緒にこんな風景を見ることになるんだろうなあなんてぼんやり考えてみたり。
写真左側のテントは、我が家のテント。川の前の一等地に一軒家を建てた気分で。
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2013年07月19日

マカオ・香港旅のこと3

5月1日 香港
骨董屋街に行き、その後、延々と香港の街を歩く。
香港の地図を感じながら、なるほどなあと。
お菓子屋のショーウィンドウもちょっとしゃれている感じ。

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香港のかたち
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んー、なんであんまりテンションが上がらないのかなあと思いつつ、
九龍半島から海沿いのライトアップを見たり。
海沿いのショップに飾ってあったジャッキーチェンのフィギュアを見て、そうそう、これが香港ね。
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ホテルの部屋に戻り、YouTubeで宇野常寛さんのオールナイトニッポンを聞きつつだらだらす。


5月2日 香港
九龍半島の街を歩きつつ、この風景は香港にしかない風景だよなあと。
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葬儀の際に燃やす家の模型が道に置いてあった。
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中まで作りこまれている。
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夜、電車に乗り広州へ。

5月3日 広州
昼から延々と古本屋を見まくる。
夜、九龍半島に戻る。

5月4日 香港
昼ごはん、ちょっといい店で北京ダック。日本円で4500円ほど。
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中国との物価の差に、まったくなあと少しふてくされたり。午後、骨董屋で人形を購入したり。
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夜、ケーブルカーに乗って夜景を見たり。香港島と九龍半島をつなぐ船に乗ったり。
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5月5日、成田へ。  

2013年07月18日

マカオ・香港旅のこと2

4月29日 マカオ
世界遺産のセントポール寺院を見たり延々とマカオを歩いた一日。

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セントポール寺院に江戸時代初期にマカオに来た日本人が埋葬されてることを知り、マカオと日本との距離、今と江戸時代の距離をぼんや想像す。かなりの距離なはずなのに、人の思いはやけに生々しく感じられた。

昼ごはん、チャーハン。人参の色に強烈な美意識を感じたり。
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揚げパンを買ったり。
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夜、またもカジノへ。
100万円のチップが賭けられたりもする高価格のレートの席をぼんやり見ていて、気が付いたら深夜になっていた。


4月30日、マカオ
島の中に点在する世界遺産に認定された建造物などを延々と歩き回る。
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昼ごはんはマクドナルド。昼食後に土砂降りの雨が降ってきた。
雨に濡れて、街が少し落ち着いた雰囲気になり悪くない。
図書館で雨宿りをしつつ、中国の写真集を見たり。きれいな図書館でfreeのWiFiもあったりでひどく心地がいい場所だった。
がらんとした寺院でフランシスコザビエルの腕の骨を見て、小学校のころに読んだ学研まんがを思い出したり。

中国風と洋風とが交じり合った様式で建てられた昔のお金持ちの邸宅を見て、素晴らしさにしびれる。
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かなり理想的な建築物だなあと。
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夜はまたもカジノへ。独特の空気にもう少し浸っていたいよなあとだらだらと。
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げ、カジノの1階のロビーに円明園から流失した像が飾られていた。

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船に乗って、香港へ移動。  

2013年07月15日

マカオ・香港旅のこと1

4月28日 成田より香港空港へ。
マカオに移動する船に乗る際に、乗船時間ぎりぎりだったためか職員用のエレベーターに乗るように促され、エレベータが止まった階に他のお客さんと降りたのだが、その階は職員以外の人は入ってはいけない場所だったらしくちょっとした騒動に。
しばらく待たされ、そして警察官が来てパスポートナンバーを控えられてなど。

今回の旅の時期は、中国の本土で鳥インフルエンザが流行りそうだというニュースが話題になっている頃だったこともあって、妊娠中の奥さんがいる身としてはこのタイミングでの中国はだめだよと。
でもまあ中国本土以外ならということで、そこまで行きたいという熱は高くはなかったのだが見ておこうかなくらいの気持ちで、香港、マカオの旅となったのだが、いきなりのトラブルに、なんだかなーという気分にもなったり。

マカオに到着し、カジノのリムジンバスに乗って市内のカジノへ。
人生初のカジノの建築群におお、と興奮す。
さって、まずは今日の宿を探すぞと、いつもの中国の宿のノリで日本円で4000円くらいの宿を探すが、中心市街から離れてもホテル代が全然安くない。8000円ほど出せば日本のビジネスホテルと同じくらいの質の部屋に泊まれるのだが、どうにもその値段が納得できず。結局、かつてない程にぼろい宿に泊まることに。

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日が落ちる頃には宿を決め、荷物を部屋に置いて早々にカジノを目指す。
ディーラーのいるルーレットに賭けてみたいなあと、チップを購入す。
最少額のチップでも日本円で1500円ほど。4500円分程のチップを購入し、
2分の1の確率に賭けたのだが、一度も増えるjことなく、あっという間に終了。
取り戻そうとさらに3000円くらいのチップを購入したのだが、あっという間に終了
お金があっという間になくなった感じにひどく落ち込む。損をすることは誰もが嫌な事だとは思うけれど、こんな思いは2度としたくないなあと強く思う。たぶんギャンブルに向いてないんだな。

その後も、いろんな風景を見てみたいなあと、何軒かのカジノをぶらぶら歩く。
現金を直接入れて100円から賭けることができる機械式のルーレットがあり、これならいいかもと椅子に座る。
2時間程ゲームをやり続け、最終的には1000円ぐらいのプラスで終了。
清算のボタンを押し、出力されたレシートを換金所に持って行きお金に交換してもらう。
お金に換えてもらう感じにこれがカジノなのかとちょっと興奮す。

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宿までの夜道を歩きながら少し中国を感じる。

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2013年04月03日

きょう

4月3日 生まれてくる子供が女の子であることがわかった。
待ち合わせの約束をしているような気分かな。