元高校社会科教師のつぶやき

オンリーワンでナンバーワンを目指す元社会科教師の日記

建国記念の日と君が代

 今日は建国記念の日。戦前は紀元節。君が代と同じく、戦前と連続する「国体」の政治的性格を持つ日だ。従って、建国記念の日を祝う式典・集会もあれば、制定されていることに反対する集会も各地で行われる。君が代と同じ構造だが、今のところ君が代のように建国記念の日による学校の混乱はないが、将来的にはわからない。

 「国民の祝日に関する法律は、建国記念の日の趣旨について、「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と規定され、佐藤内閣が政令で「建国記念の日は、二月十一日」とし、1967年(昭和42年)2月11日から適用された。
 戦前の紀元節の復活に向けた動きとして、1957(昭和32)年、自由民主党の衆議院議員らによる議員立法の「建国記念日」制定に関する法案が提出された。当時野党第一党の日本社会党が「建国記念日」の制定を「神武天皇即位の年月は、歴史上、科学的に根拠が薄弱であり、今後学問的検討を待って決定すべきではないか」「過去において、神武東征の物語りが、征略国家として支那事変、大東亜戦争において利用され、偏狭なる忠君愛国の教育とも相待って、日本の進路を誤まらせたものではないか」などと批判し、「建国記念日」の制定が保守政党の反動的行為であるという理論を繰り広げて反対した為、衆議院では可決されたものの、参議院では審議未了廃案となった。
 その後、「建国記念日」の設置を定める法案は、9回の提出と廃案を繰り返すも、成立には至らなかった。結局、名称に「の」を挿入した「建国記念の日」として“建国されたという事象そのものを記念する日”であるとも解釈できるようにし、具体的な日付の決定に当たっては各界の有識者から組織される審議会に諮問するなどの修正を行い、社会党も妥協。1966(昭和41)年6月25日、「建国記念の日」を定める祝日法改正案は成立した。
この間、史学会(歴史学の学会)で、三笠宮崇仁親王(学会員)は、同会理事長の坂本太郎に対し、「建国記念日」の制定に反対する決議を行うべきであると迫った。しかし、坂本は「史学会は学術団体であり政治的決議をするのは馴染まない」としてこれに応じなかった。」(ウィキペディア要約)

 戦前の祝日の四大節は、四方節(1月1日)、紀元節(2月11日)、天長節(天皇誕生日)、明治節(明治天皇誕生日11月3日)である。昭和天皇の天長節は4月29日で現在は「昭和の日」である。明治節は現在「文化の日」である。日本国憲法が公布されたのが11月3日の明治節で、半年後の施行日の5月3日が現在「憲法記念日」になっている。大日本帝国憲法の発布は1889年2月11日の紀元節であった。
 戦前の1940(昭和15)年は日本紀元2600年に当たり、紀元2600年の式典が大々的に行われ、戦争協力体制を盛り上げて太平洋戦争に突入した。紀元2600年に開発された海軍の艦上戦闘機が2600から「0」戦と命名され、紀元2601年に開発された陸軍の「一式」戦闘機「隼」が2601からの命名された。
 紀元節の2月11日は戦前の「国体」に関連する日で戦争遂行に利用された日だ。

 なぜ建国が2月11日なのか。これは、神武天皇がはじめて天下を治め、「大和」橿原宮で初代天皇に即位し政治をはじめたのが、西暦紀元前660年1月1日(辛酉年春正月庚辰朔)(太陽暦で2月11日)という『日本書紀』の記事が根拠である。学校で勉強する西暦紀元660年ころの時代は、縄文時代晩期(最近は弥生時代前期の説もある)である。「日本」の成立は大宝律令の成立した701年である。「天皇」も7世紀後半の天武・持統朝から使用され、それ以前は「大王」である。神武天皇の日本統一や紀元前660年2月11日は歴史的な根拠がない。神武天皇の日本統一やその年代はフィクションだ。
 『古事記』には暦や年代はない。日本列島に暦が伝わっていなかったのだから当然である。ところが、720年に成立した『日本書紀』は、日本がミニ中華帝国をめざし、中国の正史にならい編纂した国家事業の官撰の歴史書で、紀元前660年までの暦をつくった。『日本書紀』は天皇中心の国家成立史の意図をもって編纂されたもので、歴史資料としての価値は低く、時代を上るにしたがってフィクションになる。
 辛酉は天命が改まる年とされ、王朝が交代する革命の年とするのが辛酉革命説である。一般的には1260年に一度(干支一周の60年×21)の辛酉の年には大革命があるとされ、推古天皇9年(601年)がその年に当たり、そこを起点に1260年前である西暦紀元前660年に神武天皇即位を設定したとする説が有力である。
「国体」とは天皇の祖先神である皇祖皇宗、すなわち天照大神、神武天皇の子孫である今上天皇が日本を統治することである。この万世一系の天皇が統治する「国体の精華」が大日本帝国憲法でも天皇統治権の根拠になり、天皇は神と規定されている。天照大神の皇孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト。古事記では邇邇藝命)が日本統治の証明書である三種の神器を天照大神から授かって日本(葦原中国(あしはらのなかつくに))を支配するため高千穂に降臨してくる(天孫降臨)。ニニギノミコトの曾孫が神武天皇である。したがって天皇の日本支配の根拠は三種の神器の保持にある。南北朝の動乱の時、後醍醐天皇が三種の神器を持っていたために南朝が正統とされる。南北朝以前に三種の神器を持たず即位したのは継体天皇と後鳥羽天皇(安徳天皇が三種の神器を持って西国にいた)だけである。
 このような史実でない神話は現在の学校の日本史では教えない。そこにつけこんでくる日本軍復活の政治勢力はせこいが危険きわまりない。
 戦前はこの神話を根拠にした「国体」を変革しようとすると「治安維持法」で最高刑が死刑で、神話を否定すれば不敬罪などその他の法令でも処罰できた。特高警察や憲兵が目を光らせ、思想を厳しく取り締まり容赦なく弾圧した。社会主義者や反軍思想は今では想像できないくらい危険視されていた。国民は神話による天皇神格化や皇軍の正統性をじわじわと意識化されていった。このマインドコントロールを背景に侵略戦争が正当化され、正義の戦争として美化され、国民が総力戦に積極的に協力する体制が国家によりつくられた。そして日本は破滅した。
 
 戦争末期、陸軍は国体護持のため本土決戦を主張した。しかし、陸軍の観念論は沖縄戦やソ連参戦、原爆投下の現実の前に崩壊した。陸軍の主張する本土決戦までいくと本土が沖縄のように壊滅し、国民の天皇への反感が高まって天皇制の維持は困難になり、社会主義勢力の台頭まで行くかもしれないという意識があった。それはアメリカも望まなかった。昭和天皇と宮中、内閣、海軍は天皇の戦争責任の棚上げを確認して、ポツダム宣言を受諾した。戦後の民主化、平和主義は東西冷戦下のアメリカの極東戦略のために徹底しなかった。建国記念の日を2月11日にすることを、当時の国民は支持した。この戦前と戦後の意識の連続性が君が代の強制に繋がり、戦争の美化や軍隊復活に繋がる。
 「建国記念の日」は政令で決定できるので、有識者が審議して別の日にすべきだ。国民に説明すれば月日の変更の支持は得られる。学校の理数教育が重視されているが、歴史教育や政治教育をしっかりして民主的な人格の形成をはかるべきだ。

 戦後の区切りや民主化が不十分なまま、戦前の国体につながる君が代や建国記念の日が強制化、慣習化されつつある。橋下徹市長と石原慎太郎都知事はその推進をする典型的政治家だが、大都市の市民は両者を圧倒的に支持する状況がある。国民の支持を受けて2040(平成52)年に紀元2700年式典が行われ、日本軍が海外で戦争しているかもしれない。現在が日本の未来を決める重要な歴史的位置にあることは間違いない。


今週の日常の風景

 6日(月)文学論試験。友人通夜式
 7日(火)文学論・芸術論試験
 8日(水)歴史論試験
 9日(木)
11日(金)
12日(土)
13日(日)

「君が代」はなぜ「民が代」にならないのか

 「最高裁第1小法廷は入学式などで日の丸に向かい起立して君が代を斉唱せず懲戒処分を受けた東京都立学校の教職員ら計約170人が処分取り消しなどを求めた上告審判決で、戒告を受けた教職員らの処分を取り消した2審の判決を破棄し、「学校の規律の見地から重すぎない範囲での懲戒処分は裁量権の範囲内」として、逆転敗訴が確定した。」(『毎日新聞』1月17日付)
 1審、2審、最高裁で判断がゆれるが、君が代の起立斉唱命令は昨年5月に最高裁で合憲判断がでており、今後も起立の職務命令がでて、それに反発する教員の処分が続く。対立は泥沼化だ。国旗国歌法を成立させ、学習指導要領にも定めて教員を従わせようとしても教員は従わない。なぜなら、戦前・戦中に国策と法に従ったがために、教え子を戦場に送り出したのだから。ここで従えば、9条改正、軍隊復活、海外での侵略戦争加担が待っていて、教え子を再び戦場に立たせるからだ。
 逆に言えば、教員を従わせないと、国家は軍隊復活と海外での戦争ができない。改憲勢力にとって教員は9条改正の最後の壁であり、必死に壁を崩そうとする。この政治的対立で教育現場は混乱する。

 君が代については今上天皇が良識的である。
 「東京都教育委員会委員を務めていた米長邦雄氏は2004年秋の園遊会に招待された際、今上天皇に対し「日本中の学校において国旗を掲げ国歌を斉唱させることが、私の仕事でございます」と発言した。米長のこの発言に対し、今上天皇は「やはり、強制になるということでないことが望ましいですね」と述べている。
 翌2005年、記者会見で「昨年の秋には天皇陛下ご自身が国歌斉唱と国旗掲揚についてご発言を述べられました。学校でこれらのことを強制的にさせることはどうお考えでしょうか」という質問に対し、「世界の国々が国旗、国歌を持っており、国旗、国歌を重んじることを学校で教えることは大切なことだと思います。国旗、国歌は国を象徴するものと考えられ、それらに対する国民の気持ちが大事にされなければなりません。オリンピックでは優勝選手が日章旗を持ってウィニングランをする姿が見られます。選手の喜びの表情の中には、強制された姿はありません。国旗、国歌については、国民一人一人の中で考えられていくことが望ましいと考えます」と発言している」(ウィキペディア)。
 国旗、国家は国の象徴で尊重すべきだが強制するなということだ。そして「国旗及び国歌に関する法律」で国旗は日章旗、国歌は君が代になっている。法的拘束力を持つ学習指導要領で「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定されている。入学式・卒業式では国旗・日の丸が掲揚され、式次第に「国歌斉唱」がある。体育大会などは国旗は掲揚されるが君が代はメロディーだけで斉唱しない。ほとんどの学校でこのように指導されて問題はない。生徒に君が代を強制的に歌わせる指導など見たことも聞いたこともない。天皇の発言は国旗国歌法の国会審議のなかでも繰り返し「強制しない」と答弁した小渕首相やその後の小泉首相と一致している。
 米長氏は政治的意図をもって天皇に自らの政治思想を披瀝して天皇の同調をもとめ、天皇は政治利用されることを拒否し、君が代の強制を否定した。 憲法は天皇象徴制で国民主権である。天皇が国政に関する行為ができないことを、まさか東京の教育委員が知らないはずがない。教育現場が混乱している君が代について、意図的に天皇を政治的利用しようとして却下された。

 そもそも、君が代は国民主権の国歌としてふさわしくない。文部省は「君が代」の「君」は「国民」と解釈しているが、それなら「君が代」でなく1字だけ代えて「民が代」にすればよい。「君が代」を強制したい政治勢力は、「民が代」は国歌にはできない。「君が代」でなければならない。
 なぜ一部の政治勢力が「君が代」にこだわっているのか。戦前であれば国民を国家に従わせることは簡単だったし、従わない者は刑務所に入れればよかった。その法と司法官憲のシステムが完璧に出来ていた。法は、治安維持法、治安警察法、不敬罪などである。君が代を否定する新聞記者や教員がいれば国体に違反し、内務省警保局図書課や特別高等警察や憲兵が逮捕し、最高刑は死刑である。国体とは天照大神、神武天皇という皇祖皇宗以来、昭和天皇まで万世一系の天皇が日本を統治することである。この国体の精華ゆえに日本は「大東亜帝国」の支配者となるべきなのだ。教員はその先頭に立って日の丸を振り、万歳三唱して教え子を「大東亜」の戦場に送り出した。この戦争は自衛のためでもアジアの解放のためでもなく、日中戦争打開のための資源供給地確保の軍事行動で侵略戦争だった。国体に反抗する者は死刑まで覚悟せねばならず、ほとんどの人が転向せざるをえなかった。

 教員組合の理念は「教え子を再び戦場に送るな」という平和主義である。戦前、教え子に銃を握らせ戦場に駆り立てた責任がある。戦後の民主主義と平和国家をめざす新生日本の中で、教員組合と平和運動は切り離せないものだ。戦前の日本国民が戦争遂行に協力、盲従する道徳のマインドコントロールを受けていたのは明らかだ。
 1943(昭和18)年10月、明治神宮外苑競技場の学徒出陣で学徒とスタンドを埋めた女学生が一体となり「君が代」、「海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)山行かば 草生(くさむ)す屍 大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ かへりみはせじ」を斉唱し、東条英機首相が「天皇陛下万歳」三唱の音頭を取って、学徒は戦場に向かった。それが美化されるものなのか。戦後は、この反省からはじまっている。

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで

 これでは戦前の「国体」賛美ではないか。いや賛美したいのだろう。だから「民が代」は認めない。『朝日新聞』や『毎日新聞』は「君が代」と書き「国歌」と書かない。そこには教員組合と同様、戦前・戦中の反省と、譲ることの出来ない立ち位置があると考える。


今週の日常の風景

 31日(月)大学院後期授業最終日
30日(火)後期末定期試験開始
2月 
 1日(水)
 2日(木)
 3日(金)
4日(土)囲碁大会
5日(日)

教育費削減と未来への責任(7)

橋下徹市長が大阪府教育基本条例の中核である知事の教育目標設定の違憲性・違法性を認めた。条例の背骨が失われた。

 1月11日付『毎日新聞』で橋下市長が「教職員組合の価値観で道徳教育をされるのは危険だ」、「道徳は一番危ない。心理的なマインドコントロールになりかねず、政治から距離を置くべきだ」と主張し、「政治的主張、政治的活動をやっている。君が代を立って歌うことについてぐちゃぐちゃ言うような道徳をやられたら、たまったものではない」と述べて、道徳教育を監視する第三者機関を設置する方針という。橋下氏が「君が代」と言ったとは考えられないので、「国歌」と言ったのを毎日の記者が「君が代」に代えたのではないか。政治家橋下氏が政治的主張、政治活動を教育に持ち込むことを批判するのは、大阪府教育基本条例の政治的導入をみても御都合主義に見える。

 教員組合が労働組合である以上、政治性を持ち、政治活動をするのは当然である。教員組合は圧力団体であるが、他の圧力団体と違い、経済的利益追求型と非経済的利益追求型の2面性をもっている。日本医師会や農協、連合などの圧力団体は経済的利益を追求し、利益を擁護してくれる政党に選挙協力をし、政治資金を提供する。環境団体や人権・平和団体は非経済的利益追求型で、政党に対し活動に有効な立法や政策を要求する。圧力団体と政党の違いは、圧力団体は利益追求が目的で、政党は政権獲得を目的とすることだ。
 教員組合は賃金等の労働条件の改善等の経済的利益追求のために各政党にロビー活動する。日教組(連合)は民主党と、全教(全労連)は日本共産党と友好関係にある。組合員は賃金交渉や決起集会・デモなどの街頭活動をするし、メーデーにも参加する。
 一方で、教員組合は教育にたずさわる特殊性から非経済的利益追求の側面を持っている。授業やいじめ問題などの教育研究活動や反戦平和、反核運動などの活動だ。日教組の場合、第61次教育研究全国集会が今日から3日間富山で開催される。

 道徳教育は最近学校現場で実施が進められているが、「君が代」の起立問題は道徳の問題ではない。『朝日新聞』、『毎日新聞』は「君が代」を「国歌」と書かない。「君が代」は政治的対立関係の問題だ。現在の道徳はコールバーグやギリガンの「正義」と「配慮」の問題など、民主的な人格形成にかかわるもので、「君が代」と「道徳」が結びつくこと自体が政治的で、橋下氏のいう「道徳」が戦前の道徳観の復活であることは明らかだ。

 橋下氏は教員組合の政治性や政治活動攻撃を対抗関係の主軸においている。政治感覚の鋭い人だから、教員組合攻撃が住民の支持を受け、首長の教育支配を主眼とする教育基本条例の制定に有効とみているのだろう。
 公立小・中・高等学校における組織率及び組合員数は、漸減が続いている。教員組合で組織率が高いのが、連合傘下の日本教職員組合(日教組)と全労連傘下の全日本教職員組合(全教)である。日教組は1958年(昭和33年)に86.3%の組織率を誇ったが、半世紀たって、2007年には28.3%、組合員数約29万人まで減っている。 日教組から分離した全教も2008年の組織率6.4%、組織人員は約6万4千人(私立を入れて約10万人)に漸減している。教員組合の組織率には都道府県で大きな差がある。橋下氏が「教員組合」と言って「日教組」と言わないのは大阪が「全教」の組織率が高いからであろう。

 橋下氏はまた、勤務時間に教員組合員が校外で組合活動をしていることを攻撃している。教育研究集会への参加などが労働慣行として認められてきたのだろう。ただ、橋下氏が「勤務時間」を強調するとおかしなことになる。教員は早朝から深夜まで、昼休みも含めて教育活動を続けている。朝8時30分から午後5時までの勤務で、途中45分の休憩がありますと学校の勤務規定に定められている。しかし、日本の教員の仕事が労働基準法や労働協約の労働時間と異質なことはだれもが知っている。日本の教員は、子どもたちのために勤務時間のことはあまりいわずに教育活動をしている。欧米にはないことだ。

 修学旅行や部活動の引率で生徒が高熱を出せば一晩中そばについている。万引きがあれば夜でも店に引き取りに行き、学校で指導し、保護者に引き渡すまでが仕事だ。保護者と教育相談を朝に夜に何千円という電話代を負担してやっている。こうした即時的な対応が安全を確保し、自殺を防ぎ、進路の学部選択で生徒の一生に影響してくる。昼休みは、生徒が活動できる時間で、生徒が集まれば教員もいっしょに動く。教材研究や試験の問題作成を夜や休日にする。それが日本の教員の日常で、それが日本の教育を支えてきた。
 授業をしないで勤務時間に選挙活動をするようなことは論外だが、勤務時間がはっきりしない仕事をしているのに、橋下氏が御都合主義で勤務時間を持ち出して、教員批判をしたら対立が深刻になるだろう。橋下氏が「勤務時間はきちんと仕事をしろ」といったら、「勤務時間以外は仕事をしない」と対立する。教員が働き過ぎの面はあるが、5時以降や昼休みに教育活動をしなかったら、日本の教育は大混乱だ。公務員並の勤務時間の方が家族との時間がもてて歓迎ではあるが、子ども不在になる。

 政治が子どもや教育を値切り続けている。教育は教員に負うところが大きいが、教員がビジネスライクになる状況はすでに教育現場ではじまっている。


今週の日常の風景

 23日(月)
 24日(火)
 25日(水)
 26日(木)
 27日(金)ゼミ発表
28日(土)文学館企画展展示解説
29日(日)

教育費削減と未来への責任(6)東大「1点豪華主義」の限界

 東大が大学評価の世界ランキング30位を打破し、国際競争力を高めるのがねらいで、世界標準の9月入学制度の導入を検討する。
 え? 世界ランキング30位!
世界1位じゃないの。これだけの人口のいる先進国で、東大に人・カネ・物の集中する格別の教育システムがあるのになぜ?4月入学は言い訳じゃないのって感じだ。

 日本の小・中学生の国際的な学力は先進国の上位である。東大は高校の成績上位者を独り占めしている。センター試験は優秀な学生を効率的に集めるふるい落とし機である。このシステムで東大はセンター試験のピラミッド型の成績分布の頂点部分の、全国の優秀な生徒を根こそぎ確保している。さらに東大は研究費が他大学に較べ圧倒的に多い。ここまでのシステムをつくりながら30位は東大はもちろん、日本の入試・教育システムの責任問題である。4月入学に原因を求めるのは、責任回避と問題解決の先延ばしにしかつながらない。現在の東大の延命策は日本をますます衰弱させる。
 東大の多くの卒業生が独創的な仕事に従事して日本の活性化に寄与し、社会的責任を果たしているとはとうてい思えない。むしろ逆に、多くが公務員や大企業に就職して、既得権益の現状維持の役割を担っている。例えば、冷戦が終了しても官僚が、対ソ連の重装備の防衛省予算を守るために知恵をしぼるというような仕事をしていないのか。国民が優秀な学生に期待している、創造的で改革的な仕事とは違うのではないか。
 このことは日本の学力問題、大学入試制度の根幹にある東大「1点豪華主義」の限界を示している。全国の優秀な高校生を独り占めしながら世界ランキング30位という事実が、東大を頂点に大学を序列化する入試システム、東大等に研究費を集中するシステムの限界をしめしている。
 現在の教育システムでは東大以上にランキングの高い大学は日本に生まれない。世界ランキング30位の打破には、東大中心の高等教育や既得権益の打破が必要という逆説になる。東大卒の官僚ではこのシステムを守るインセンティブは働くが打破は出来ない。

今年のセンター試験は過去最多のトラブルが発生したという。実施方法が変更されたのだからトラブルの予測はできたはずだが対応ができていなかった。加えて大学の教官は多忙でゆとりがなく、変更への準備と対処が出来ていなかった。一事が万事である。子どもへのしわ寄せがいたるところで表面化してきた。

 消費税増税は社会保障費の不足、とりわけ少子高齢社会にかかわる年金や医療・介護の財源難を課題としている。いわば老後の保障問題である。しかし、未来を担う子どもの教育の問題はそれ以上に重要で緊急の政治課題である。財政赤字と景気対策重視で削減され、置き去りにされてきたのが教育や子育てである。教育では機会(チャンス)の均等(平等化)が大切である。教育費を個人負担に頼る状態が続けば、その子の生まれが経済力がある家庭かどうかによって学歴と収入が決まる、いわば学歴身分社会になる。先進国が機会均等を最重要視している所以である。
 教育改革の第1は文教費・科学技術費の倍増である。倍増でやっと先進国の中の下の水準である。日本の国際競争力にとって急務なのは、高等教育の研究水準を上げることである。学生の授業料を無償にし、給付型奨学金を創出して、バイトに頼らない勉学と研究の場を保証することだ。アメリカ等への海外留学費用も政府が保証すべきだ。地方大学の大学院や研究施設を拡充して、旧帝大系大学や医学部・工学部に傾斜した予算配分にとどまらず、多様な学生の、多角的な分野での、創造的な研究環境を整備すべきだ。特に、文系学部は文教費削減の影響が大きく、手間ひまをかけない安上がりのファストフード教育になっている。未来への投資である文教費を、特にバブル以後20年削減し続けてきたのは政治の責任である。
 ヨーロッパの大学は無償が多く、ドイツ・フランスもかつての日本の国立大学のように無償に近い。
アメリカの東海岸のアイビーリーグとよばれる、ハーバード、プリンストン、コロンビア、イェールなどの名門8私立大学は授業料が高い。授業料は3万ドル、4年間で12万ドルである。寮費等を含めて20万〜24万ドルかかり、富裕層の家庭でないと進学できない。ただし、奨学金制度が充実していて、成績優秀であれば大学の奨学金制度があるので低所得でも進学可能だ。大学側も優秀な学生を、奨学金で青田刈りして確保し、大学評価や価値を高め、伝統を維持したい。アメリカの教育制度は公的、私的な奨学金を充実させることで教育の機会均等を実現している。
 日本は授業料無償もなく、給付型奨学金も充実していない。東大生や医学部生など機会均等の競争を勝ち抜いた一部の学生が、少ない文教費の大半の恩恵を受けている。さらに『2011大学ランキング』をみれば、少ない研究費のほとんどを東大、京大など旧帝大が使っている。授業料は文系理系同額である地方国立大学の予算の半分は医学部が使い、次に理系学部が使って文系学部は置き去りにされている。こうして帝大系や医学部などの一部の学生が、膨大な国費や高額授業料を使って高めた価値は、卒業後の医師に見られるように個人の利益に還元されていないか。センター試験は少ない文教費の分け前にあずかれる限られたイスをめぐる、機会均等という名の選別の装置になっていないか。大学入試制度改革の根本的課題である。教育改革は現在の枠の中で競争に勝ち抜ぬくものでなく、この枠を壊すものでなくてはならない。

 学力低下に最も有効なのは1クラスの定数減である。小・中・高の1クラス定数も少子化の現在、あまり予算を増額せずに定数の削減可能だ。やっと小学1・2年生で35人学級が実現するが、小学校だけでもいつまでかかるのか。政治は政治力のない子どもたちの教育の値切りをしてきた。少子化で学校の空き教室も多いし、教員の増員もあまりせずに定数減が可能だ。小学校低学年の大切な時期に、1クラス35人になったとしても、学力は保証されるのか疑問だ。こんな先進国は日本だけだが、あまりに酷い教育環境にもかかわらず、国民はこれが「普通」だと思い込まされている。

 橋下徹大阪市長の教育政策は、文教費増額の数値目標を認めない財務省と一緒で、財政赤字削減を前提としている。
 橋下氏の政治手法は対抗関係を強調して見せることだ。教育政策でいえば、教員組合との対抗関係を住民に見せ、橋下氏が住民側にたって教員組合と闘っている姿をアッピールする。果たして、首長と教員組合が対立していい教育が出来るのだろうか。子どもや保護者が混乱するだけだはないのか。対立で学力低下は解決しないし、多様な教育問題は解決から遠のく。無益な争いは、自民党文教族・文部省と日教組の対立で過去に学習済のことである。お互いに主張しあったり、教育現場に対立を持ち込む政策は子どもにとっては百害あって一利なしだ。
 日教組の組織率が低くなるにつれて、国際的な学力が低下しているのが統計上明らかだ。「良い組合員は良い教師」である。
 教員組合と対抗するパフォーマンスより、クラス定数減が学力向上に繋がる。定数減と学力向上は超党派の国民的願いであり、意見の対立はない。首長が本気になればすぐに出来ることではないか。
 橋下氏の教育政策を穿ってみれば、「教育改革は金がかからない」と考えているのではないか。教育に金をかけるのが政治の責任だ。大阪で先進的に30人学級を実現することに対立や対抗関係はなく、すべてての住民の願いである。実行力ある橋下氏に是非実現してほしい。

 
今週の日常の風景

 16日(月)
 17日(火)
 18日(水)
 19日(木)
 20日(金)
21日(土)
22日(日)インディアカ校区予選会

教育費削減と未来への責任(5)

 今日からセンター試験。大学入試のシーズンとなった。
 野田改造内閣で文科相に大阪選出の平野博文氏が就任した。

 橋下徹大阪市長対抗関係を強調して支持を拡大する政治手法を取っている。教育に関していえば、教員組合、教育委員会・教育長・校長等と対抗する姿勢を府民・市民に劇場形に見せる手法を取っている。住民からすれば、橋下氏がねらう教育が何なのかは理解していないが、行動力のある橋下氏の方が、現状維持よりはよいという期待感があるのだろう。
 教育に政治的対抗関係を持ち込むことは、自民党文教族と日教組の対立で教育現場が混乱した時代を彷彿させる。橋下氏も国政への転身のタイミングを計っているので長期間大阪の政治に関わることはないだろう。しかし、派手な政治を見せるために、教育をいじくり回さない方が子どもたちのためだ。

 現在の教育課題の第1は文教費・科学技術費の倍増である。学校教育費の公的支出対GDP比が先進国最下位というのは厳然たる事実である。1クラス定数40人の学級規模が先進国ではあり得ない教育環境であることも厳然たる事実だ。授業が先進国で一番行き届いていない国ということだ。この半世紀で1クラス45人学級が40人学級にしかなっていないし、講義形式の授業になっていることは体験的に理解されるだろう。生徒の立場からすれば、「お客さん」になって授業から逃避することも可能だし、教員からすれば全員を見ることができないことを前提に効率的に授業を進めている。40人では、物理的に教員は手がかけられないし、目も行き届かない。この結果、「落ちこぼれ」を生むのでなく、「落ちこぼし」を生んでいる。特に家庭環境に恵まれない子どもたちは、授業でわからなくなると学力の回復の機会がなく、以後、実質義務化に近い高校まで理解できず、勉強嫌いになる。

 2003年のOECD(経済協力開発機構。「先進国クラブ」ともいわれる)で、中学2年の1クラス平均は23.9人、日本は34.0人で実に10人の開きがある。ちなみにOECD以外の新興工業国は、ブラジルが33.2人、ロシアが20.1人、インドが39.0人、中国が56.7人で、日本は新興工業国レベルの教育環境にある。これが明治以来の先進工業国で、資源が乏しく、子どもの教育によるしか国の未来のない、経済大国日本の実態である。子どもたちの教育環境を目をつむったまま、財政赤字1000兆円をもたらした。未来への投資を怠って少子化をもたらしたが、財政赤字を理由に文教費のさらなる削減に国民の支持を得ようと画策している。
 学力面で読解力、思考力が低下傾向にあるのは当然だろう。家庭で塾に行かせても、英数の塾が中心で、一番大切な国語の読解力は学校教育に頼っている。1分何円で授業料が決まる塾では、詰め込みやテクニック重視の講義形式になる。直接受験の合否を決定する英数の問題演習のドリルが中心の塾では、塾生に答えを与えるが、思考する時間を与えにくい。学校で先生と生徒がマンツーマンで、読解力、思考力といった学力向上をはかるべきだが、今、そのような教育環境にあるのは、過疎地か障害者教育の特別支援学校などの限られた学校だけである。
 高校は40人学級だが、義務制の小・中の保護者は、「あと1人転校してくれば41人になって、21人と20人の2クラスになって行き届いた教育が受けられるのに40人で1クラスでは運が悪い」といったわが身の運、不運を語っている。これは1クラス40人では授業が行き届かず、保護者が学力に不安を持っていることを示している。  
 それでも義務制や高校の学校教育費の公的負担は大学等の高等教育に較べ厚い。最も犠牲にされているのが、教育だけでなく研究機構を持つ高等教育である。なかでも地方の大学の現状は悲惨である。私の大学でも、昔と違い、今の学生はほぼ全員バイトをしているという。これでは学業や研究に影響が出るのは避けられない。大学進学は家庭の責任であり、他の先進国並の授業料無償化や給付型奨学金にはほど遠く、学費や生活費はバイトなしにはやっていけないのが現実だ。旧帝大系など少数の大学を除き、大学院や研究施設も充実していない。留学はなんと自費が中心である。これでは独創的研究が生まれる可能性は低い。
 
 この状況と密接に関連しているのが現在の大学受験制度である。教育改革とはつまるところ大学入試制度改革といっても過言ではない。少ない文教費の分け前にあずかれるのは、機会均等の受験戦争という競争に勝ち抜いたごく少数のエリートである。
 大学の入試偏差値は学校の人気度だ。学校の人気は主に進路で決まる。高校では大学進学実績、大学では一部上場企業への就職などである。
 偏差値の高い大学は公務員試験にも強くなる。一部上場企業とよばれる大企業も厳しい競争に勝ち抜くために、人物・学力ともに優秀な人材を取りたい。一番簡単で無難な採用は偏差値の高い大学から取ることである。例えば、人事担当者が東大卒を採用しておけば評価はされる。
こうしたエリート学生がしっかりとした社会貢献の意識を持っているのだろうか。個人の能力と努力で勝ち取ったエリートは個人の利益を優先しないか。例えば、極端だが、授業料だけで3500万円かけて私立の医学部に進学させて医師になる、主に開業医の家庭で、子どもに、医学の研究や僻地医療にかかわれというだろうか。研究の分野でも東大などの一点豪華主義で予算配分をすることが、独創的な研究を生んでいるとはいえない。むしろ、最近の福島原発で表面化した「原子力ムラ」にみられるように、専門家の東大閥が既得権益となり、国民の利益を損なっていないか。

 橋下氏の教育改革論は、文教費増額や大学入試改革という、学力低下をもたらす教育問題の根本的な部分の改革を語っていない。現状を容認した上で、大阪府の学力低下問題や首長の教育目標設定権を掲げている。首長の音頭で、義務制の学力向上を図り、たとえば大阪府の京大・東大入学者数を増やすというもので、いわばパイの分け前を多くしようとする政策だ。これでは教育問題の改善には繋がらない。

 偏差値の高い難関大学・学部のパイを大阪が多く取ろうが、東京が多く取ろうが、どの都道府県がとっても、日本全体としてみれば同じ事だ。また、1クラス40名で授業をしても、小・中学生の読解力や思考力、大学の独創的な研究には繋がらない。小・中・高の1クラスの人数を減らすこと、地方の多様な個性を持った学生達にも研究の機会を広げて多角化することが、学力を向上させ、独創的な研究を生み、国際競争力をつけることに繋がると考える。

 優秀な教員が情熱と愛情をもって、手をかけて子どもを育てる以外に学力向上の道はない。首長が教員と対抗したり、費用対効果などといって教育費を値切ることでは教育はよくならない。


今週の日常の風景

  9日(月)成人の日。大学院冬季休業最終日
 10日(火)大学院講義再開
 11日(水)
 12日(木)住居十年点検。校区自治会体育委員会合
 13日(金)センター試験準備休講
14日(土)センター試験
15日(日)センター試験

教育費削減と未来への責任(4)

 謹賀新年
本年もよろしくお願いします。

 元旦には年賀状が届き簡単に近況報告がある。教え子の年賀状はお子さんの写真が多く、成長の喜びや子育ての苦労のコメントが多い。
 愛媛県四国中央市の大王製紙に勤務している40過ぎの教え子からは「心配しないでください」という力強い年賀状をもらった。心配なのは社員でなくオーナーだ。
 
 
 橋下徹前大阪府知事の「大阪府教育基本条例」の意図はすでに指摘した。現在の大阪府の公立学校の学力低下の克服を掲げて、首長の教育支配体制の確立をめざすものだ。しかし、その理念の中には、特定の政治理念が含まれている。数年で改選される首長の教育観、すなわち首長を選出する住民の教育観は多様であり変化する。その時代毎に、政治的に多数決で決定される教育観を「百年の計」といわれる教育の理念にするべきでない。
 1例をあげる。基本条例が基本理念に掲げている「他国の尊重」は「百年の計」として100年後の未来を拓く子どもの教育理念として反対する人はいないだろう。しかし、「愛国心」は特定の政治勢力の信条であって、反対の政治勢力もある。普遍的な理念でなく教育に持ち込むべきものでないし、改正「教育基本法」にすら使われていない。実際に「君が代」の起立・斉唱が裁判となり教育現場が混乱している。特定の政治教育は「教育基本法」が禁じている。
 同様に「自由」と「規律」について、「〜からの自由」でなく「〜への自由」とすべきだ。「〜からの自由」だけでなく、社会のルールを守り従う「〜への自由」を教育するべきだ。これを自律というが、基本条例の「規律」ではなく、教育では「自主」「自律」を掲げるべきだ。教育は人格の陶冶をめざすもので、それは外から強制されるものでなく、子どもの内面から育つ「自律」であるべきだ。基本条例の「規律」という理念は、軍隊や企業で上官・上司の命令を責任を持って機械的に遂行する人づくりを連想させる。外からの規律で行動する人間になるのではなく、個人を尊重し社会に貢献する自律的な人格形成をめざすべきだ。
 
 「教育は政治」だと思うことは多いが、それは否定されている。首長が政治性を帯びていることは明かで、首長が設定した教育目標の責務を果たさない教育委員を罷免することは容認されないと考える。教育が政治性を帯びることは教育の憲法である「教育基本法」で禁止されている。その趣旨から「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」で教育委員と首長や議員の兼職は禁止されている。基本条例は兼職どころか首長の教育委員会支配の条例で、違法、違憲の条例だ。

 橋下氏が学力低下を問題にするとき、国際競争力への懸念、大阪府の地盤沈下、そして教員・校長・教育委員会不信があるとみられる。日本や大阪が世界に発信できる都市になり、競争力を付けるために学力が必要ということだろうが、焦りすぎで短絡している。
 一方で「他国の尊重」をいい、一方で「愛国心」をいうと、中国侵略や朝鮮の植民地支配の歴史からの決別の意思が曖昧になり、アジアに優越・支配するためではないかという疑念を生じる。日本国憲法前文の「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という普遍的原理がある。「他国の尊重」だけで「愛国心」を入れない方が立場が明確だ。

 「学力」とは大学入試を決定する国数英の学力と同じ意味に使われる場合が多い。おそらく橋下徹市長のいう「学力」もこの意味と推測する。この意味の学力養成には個人の長期間の努力と能力と教育環境が必要である。現在、日本の学力上位者は東大等に集中的に進学しているしている。東大に合格した生徒は5教科の教員5人分の学力があると教員間で冗談を言うことがある。それだけ優秀な生徒である。センター試験で平均9割以上、偏差値70以上の学力というのはセンター受験生の1%から2%しかいない。センター試験をすべての高校生が受験するわけではないのでごく少数の生徒といえる。子どもの頃から、機会均等の学力競争で生き残り、試験という公正な競争で正当性を得た約1万人の生徒が東大、京大、医学部といったステータスへのスタートに立つ切符を手に入れる。18の春に勝利した学生は、卒業後は上級公務員や大企業の役員や医師への道と経済的な豊かさが保証される。学力が本人の努力と能力の賜物であることは正当性を得ている。
 
 この競争に勝ち抜くと18歳で将来が約束されるだけでなく、大学生活も安定する。医学部にはいると、県内では月15万円、年額180万円の奨学金の支給を受けることができる。しかも、支給年月の1.5倍、たとえば6年間給付に対し9年間、指定の医療機関で勤務すると奨学金の返済が免除される。大都市の病院に流出するのを防ぎ、地方の医師不足を解消する制度である。15万円あれば地方では生活するのに支障はない。
 東大に合格すると県内の教育団体から高校長に連絡が入り、校長が一本釣りで個人的にその教育団体からの奨学金の勧誘がおこなわれる。歴代の教育長が名を連ねるこの団体の意向に逆らう校長はいない。東大合格者が出る高校は限られており、地域の中心校で校長の退職金も多い管理職ランクの高い学校である。上司の指示には従う習性を持った人が校長になりやすい管理職登用制度になっている。この教育団体の奨学金も返済義務のない給付である。県出身の有力者と定期的に会食があり、フリーメイソンのような親睦を目的にした秘密のグループがつくられる。卒業後の東大生は各界各層の指導的な立場につく。この親睦団体を通じた人間関係が予算獲得やビジネスで影響力を持ち、最終的に県の利益に繋がる仕組みだ。県内の東大合格者数に政治家がこだわるのはこの利益だ。
 受験競争に勝ち抜けば大学生活と就職が保証されるし、研究機関の予算も多いので大学で研究を続ける環境もある。東大生は好条件の家庭教師の口も多く、在学中にベンツを買う学生もいる。

 東大生や医学部生が恵まれているので予算を削減して平等にしろというのではない。東大生や医学部生が親の援助なしで大学教育を受けられることは高等教育や研究にとって望ましいことである。私立大学の医学部では入学初年度に1000万円、2年次から500万円かかる。6年次までに3500万円の学費が必要だ。国立大学の医学部に進学すれば十分の一である。普通の家庭の子も志望と適性と能力があれば医師になれるのが機会均等だ。

 問題は、現在の仕組みが世界最低の文教費を補完するための制度になっていないかということである。超難関の大学・学部に入学でき、将来が保証される偏差値70以上の1%の生徒にふるい落とす競争システムになっていないか。本来、教育の機会均等とは、他の大学・学部の学生にも同様の手厚い予算配分をすることではないか。
 センター試験導入による大学学部の序列化と機会均等の名による過度な学力競争は、先進国最下位の文教費の下で効率的にエリートづくりをするシステムである。文教費を増やし、多元的な教育、研究機関をつくることが、国際競争力や独創的な人材や研究を生み出すことに繋がると考える。研究環境の整っている京都大学関係者にノーベル賞受賞者が多いことがそれを物語っている。

 頭の回転のいい子がいい研究をするとは限らない。現在の「学力」優秀者は頭の回転のいい子である。時間はかかるがじっくりと独創的な研究をする子がいる。


今週の日常の風景

  2日(月)振り替え休日
  3日(火)
  4日(水)
  5日(木)
  6日(金)
7日(土)大学院冬季休業最終日
 8日(日)

教育費削減と未来への責任(3)。消費増税政府案決定

 大晦日となった。
 今年は東日本大震災と福島原発事故の年だった。
年末に消費税増税の政府案が決定した。国際的な財政・金融危機の克服が来年の課題となる。政府は国民の立場に立ったわかりやすい情報提供をすべきだ。

日本の未来を担うのは子どもである。すべての子どもたちがゆきとどいた教育を受けることで日本の将来の展望をひらくことができる。現状はどうだろうか。
 最近、政治家が教育改革を語るとき、教育予算の増額という話しはでてこない。むしろ、財政赤字のために、教育改革と教育費削減をリンクさせている。
 教育は料理と一緒で手をかけて心をこめてつくる以外に道はない。すべての子どもたちにどんな僻地でも離島でも心のこもった料理を提供しなければならない。教育にいくらお金をかけてもかけすぎはない。財政再建のために教育費を削減したり、費用対効果とか無駄削減とか理由をつけて、ファーストフードの提供を考える教育政策はやめるべきだ。一流のシェフが新鮮な材料でおいしい食事を手間暇かけて調理し、食欲旺盛な子どもたちに提供する。愛情のこもった料理は子どもたちの心身を健やかに育てる。先進国は未来を担う子どもたちにおいしい料理を提供する努力を惜しんでいない。

料金が40年前に月1000円、現在月44、650円。44倍になったこの数字は何だろうか?

 これは国立大学の授業料月額だ。一律年間1万2千円だった授業料は、現在、私の学んでいる大学で年間授業料が53万余円、実に44倍の負担になっている。別に、28万余円の入学料が必要だ。それなのに、鮨詰めのマスプロ教育や教授陣のゆとりのなさに見られるように教育現場の環境は悪くなっている。
 高校教員の初任給は当時約7万円、現在約20万円だから約3倍である。本来、教育の機会均等をいうなら学費の無償化の方向に動くべきなのに異常な負担増である。その間に0円だった特例公債(赤字国債)残高は421兆円、建設公債を含むと668兆円、地方債務を加えると1000兆円だ。特にバブル崩壊後の20年間、子どもへの投資をせず、政権維持のためのバラマキで財政赤字を拡大し、さらに財政赤字を理由に教育費の削減を続けている。日本再生の教育改革にはまず教育費増額を第1にすべきだ。

 40年前の国の歳出は約14兆円、現在は約90兆円で約6.5倍である。近年、高齢社会や不景気で社会保障費が増大し、国債費も増大して、歳出に占める文教費の割合は40年前の10%から現在6%となり、国債費支出が含まれていることを考慮すると実質的な文教費の割合は半分程度に減っている。今年度の国債の利払いが約10兆円、元利で21.5兆円である。文教、科学技術費は5.5兆円しかない。未来を担う教育は瀕死の状態だ。

 2007年の学校教育費の対GDP比は4.9%で、そのうち国、地方の公的支出GDP比3.3%は先進国最下位だ。日本は私費負担が多いので、学校教育費の増額は国、地方自治体が負担するしかない。先進国並に公的支出を増やすには文教予算の倍増が必要だが、財政難の財務省は増額すら数値目標にさせない。文教費を10兆円に倍増して歳出の約10%の割合となり40年前と同水準だ。これでやっと公的支出がGDP比4%台になり、私費負担を含めて6%弱になり、先進国の平均水準に近づいて世界標準の競争力をつけることが可能になる。学校教育費の対GDP比はアメリカ、韓国は7パーセント台に乗っている。ただし、学歴社会で大学に進学しないと就職のない韓国は私費負担が世界一である。学生は借金して進学しているのが現状で余裕がなく限界にきている。
 バブル崩壊後から文教費の削減が続き、コストを優先した子どもの教育のファーストフード化とマスプロダクション化が進んで浅い学力になっている。日本の将来を担う子どもや若者達が育てられていない。
 
 教育改革の第1はGDP比で先進国最下位の公的教育費を増やすことだ。大学の教育・研究費をどの大学にも、東大・京大並に手厚く配分すべきだ。そして学生の負担を少なくするため、授業料を無償化し、返還義務のない奨学金を創出して、学生の教育と生活を保証すべきだ。他の先進国ができるのに経済大国日本がなぜできないのか。日本の学生のアメリカなど外国への留学者が減少していることを競争力低下をもたらすなどとテレビなどで問題にしているが減少は必然ではないか。政府が留学費用を出していないのに個人負担で留学できる家庭がどれほどあるだろうか。留学も外国政府等の奨学金が頼りではないか。
 借金して入学金や授業料を準備して入学し、日本学生支援機構から多額の有利子の奨学金の貸与を受けて生活することはできる。しかし、奨学金は大学卒業後の6カ月から返還しなければならない。不況で、安定した就職先があるとは限らない。この状況で、就職の厳しい文系では修士課程、博士課程に進学して研究者の道に進む元気は出てこないだろう。さらに自費での外国留学など夢物語だ。日本人の外国への留学生が少ないことが、国際競争力を失わせて問題なら全額を国が負担して留学させるべきではないか。
 日本学生支援機構で第二種(有利子)を月5万円、4年間借りると240万円で、これを15年180回で返還するには、現在、利子を入れると月14、889円の返済になる。さらに、学費の借金返済や年金の掛け金も必要だ。これで先進国なのか。子どもはお金はどうすることもできない。「自己責任」の意味が違うのではないか。
 教育政策の議論のベースになる情報が国民に提示されていない。日本は子どもや若者に冷たく老人支配の国になっている。この状況を少子化がシンプルに表現している。子どもの教育を重視する政策を取らなければ国は衰退する。

学力と人間性のある私の周囲の大学生が将来への希望を持ち、私の教え子の高卒の卒業生に「生活保護のほうがいい」と言わせない日本をつくるのが政治の緊急課題である。


 この1年間、つぶやきを読んでいただきありがとうございます。さらにコメントや拍手を頂き、重ねて御礼申し上げます。6月以来、コメントを見ておりませんでしたので、年末に拝見しました。

いいお年を。


今週の日常の風景

  26日(月)大学院冬季休業
  27日(火)
  28日(水)窓拭き
  29日(木)
  30日(金)大掃除
31日(土)大晦日
1日(日)元旦。初詣

教育費削減と未来への責任(2)。橋下「独裁」の教育バージョン

 金正日総書記が死亡した。独裁者も心筋梗塞の前にはあっけなかった。

 橋下徹大阪市長も「独裁」を主張している。過去の独裁はすべて滅んだ。独裁は滅びの姿だ。
 橋下氏はツイッターで「私の独裁発言は、このような事をするには、つまり権力を有している体制と対峙するには、こちらにも力が必要という現実的な認識を示したまでです。我々の権力の行使は市民に向けていません。常に役所組織、公務員組織、教員組織など体制側に向けています。」とつぶやいている。教育に業績主義を持ち込む「大阪府教育基本条例案」で教育「独裁」を見てみよう。

「大阪府教育基本条例案」によると、橋下氏の「教育独裁」のポイントは、第6条の2項に定められている。知事が府立高校の教育目標を設定することだ。第7条以下で教育委員会は知事の設定に基づき指針を作成して校長に提示し、校長はその指針を具体化し、教員はそれを実施する制度だ。知事が府立高校の教育目標を設定して、教委、校長、教員が実現する仕組みと要約される。
 これにもとづいて人事評価が行われ、給与や任免に差が付けられる。特に目立つのが、神経質なくらい事細かに教員の懲戒、分限が定められている点だ。特に知事の教育目標設定である第6条2項の責務を教育委員会が果たさないと懲戒されるところがポイントだ。
 保護者や議会の役割も書かれてはいるが補完的だ。保護者は学校への貢献を求められ、「クラブ活動」への関与を求められている。しかし、学校には「課外部活動」は存在するが「クラブ活動」は存在していないので内容がわかりにくい。条例の中心はあくまで、府民の代表である府知事が高校教育の目標を決定することを制度化している点と、教員を首長のヒエラルヒーの下に置くことだ。府議会は橋下派が多数なので、修正されたこの条例は成立する。
橋下氏は今度は大阪市長だから、義務制の大阪市立の小・中学校の教育に対する同様の条例案も提出されるだろう。私立を除く小学校から高校までの教育目標を、住民の政治的な支持を得た首長が決定する仕組みが企図されている。
首長が高校や小・中学校の教育目標を定め、目標到達度で教員評価し、給与やボーナス支給、人事異動をおこなう制度である。教員が教育委員会でなく、一般の行政職と同様に首長の「独裁」的命令系統のもとに置かれる制度だ。

 教育の「目的」は「人格の形成」など教育のめざす理想の方向を示す。それに対し、教育の「目標」というのは、例えば、ある年に具体的に実現するものだ。自動車のディーラーが、営業所で1年間に販売台数の「目標」を立て、一人ひとりの営業マンが何台売るという、実績を前提としたノルマだ。
 教育目標の具体例をあげれば、進学をめざす高校では東大に何人、医学部に何人というような目標になる。センター試験の高校の平均点や国立大学合格者数の数値目標などになる。教育困難校とよばれる高校の場合だと、学校・学年・クラスの出席率や遅刻数、いじめの数や非行数、退学者数や欠点数などが数値目標になるだろう。
 進学者が多い高校では、現役国立大学合格者数などの設定目標達成度により、クラス担任毎に一定の割合でSABCDに相対評価され、給与やボーナスや昇進に差がつくことになる。たとえば10%の教員にCの評価が付き、給与を下げて転任させる。5%の教員に必ずDの評価をつけ、「不適格教師」として「大阪府教育センター」に強制送還して再研修させ、指導力不足と認定されれば「別表第2」により免職にする。
 大阪府の学力低下を吹聴している橋下氏は、大阪府や市町の学力テスト平均点が全国平均点以上になることや極端な場合には全国一位を目標に設定するだろう。条例の第7条2項により学力テストの得点は住民に開示義務がある。学力差毎の生徒集団に分かれていることの多い高校と違い、義務制の場合、基本的に学校間格差がない。いろいろな学力や個性の児童がいる自然集団だ。クラスや学校の学力テストの平均点の開示はクラス担任や学校の能力評価に合理性と客観性を与える。小中学校が選択制となると、平均点の高い学校を選択するので自然集団は壊される。
橋下氏の在学中の時期は北野高校を始めとする府立高校が京大や東大に多数進学していた時期だ。昨今の公立高校の難関国立大学や医学部の進学率の低下は、大学入試は従来通りの難易度で改革されないのに、文科省が公立高校に強制的に入試に関係する科目の授業時間と授業内容を減らしたためにもたらされたものだ。私立の有力中高一貫校は文科省の指示に従わず土曜日も授業し、受験科目の授業内容も変えなかった。中高一貫校は、もともと5年で授業を終え、1年は問題演習できる。これだけの差がありながら同じ土俵で戦わされたから、公立の生徒は旅順要塞攻撃のように死屍累々となった。このことが橋下氏は理解できているのだろうか。このあたりを理解せずに単純に学力低下に短絡しているのではないか。


 この条例は数値目標を府知事や首長が設定できる教育制度だ。大阪府の場合、橋下氏は公立高校や小中学校の学力低下を問題にしているので、学力の目標値が設定される可能性が高い。しかし、個人の営業成績が目に見える自動車販売と違い、学校の業績を一定割合で個人に相対的に割り振ることができるのだろうか。この制度は破綻する。
 教育の業績は目に見えないところが大切で、目に見えないところは目に見えない。一番大切な部分を支えている教員、一番困難な部分を支えている力持ちは見えない。見えないように仕事をすることが先輩教員から継承されている。「目に見えないところで仕事をする」ことは教師の美学なのだ。見えないものは評価できない。それが教育だ。
 「教育」が1年間などという単位で評価できないことも自明だ。将来、ノーベル賞の業績を残す人も、児童・生徒の時は「なぜ勉強しなければいけないのか」に悩んで成績は悪いかもしれない。橋下氏も伝統のある北野高校で目に見えない涵養を受けているはずだ。
 「大阪府教育基本条例」の理念をみると「自由」より「規範」、「権利」より「義務」、「自己責任」、「愛国心」、「世界標準の競争力」が中心で、これが教育の理想や目的になりうるのだろうか。「他国の尊重」も書いてあるが、「愛国心」と「他国の尊重」は現実的には矛盾する。尖閣、竹島をみればよくわかる。
 教育は学校だけでなく、家庭、地域でもおこなわれる。自分の子どもにどのような人間になって欲しいのか、どのような人間であるべきなのかを考えれば橋下氏の教育政策が誤っていることは明かだろう。子だくさんの橋下氏が子どもに望むのは、友達と個人競争して負けない子どもではなく、友達と協力し、友達に優しい子どもではないのだろうか。数値にしやすい個人業績の学力と違い、人間性が高められたことを評価することは困難だ。学校は塾と違い、知徳体の全人格の陶冶をはかるところだ。あせってはいけない。

 橋下氏が選んだ教育委員ですら条例に反対して、橋下氏を諌止している。
 政治的中立性の必要な教育は、公正・中立で複数の委員からなる合議制の行政委員会である教育委員会が担当している。かつては教育委員は住民の選挙で選ばれ民意を反映していた。現在は教育委員は首長の任命制になっているが、民意をいうなら教育委員公選制に戻せばいい。
教育は「百年の計」である。異なる教育観を持つ首長は数年で交替する。合議制の教育委員でなく、1個人の「独裁」で政治的意図をもって教育をすべきでない。政治家が子どもを試験的にいじくり回さない方がよい。

 子どもたちにはサンタクロースのような温かい先生がよい。 


今週の日常の風景

  19日(月)
  20日(火)
  21日(水)
  22日(木)冬至。
  23日(金)天皇誕生日
24日(土)クリスマスイヴ
25日(日)クリスマス

『坂の上の坂』

 新聞広告に藤原和博氏の『坂の上の坂』という本の紹介があって「あれっ」と思った。
 司馬遼太郎の『坂の上の雲』が現在NHKで放映中だ。
 「坂の上に雲はなかった」とは「ガクッ」と崩れてしまう。しかし、『坂の上の坂』という文字は絵画として見ると対象形で美しいし、頭韻と脚韻がリフレインして詩の形式になっている。
 ただし、言葉のイメージとしては「坂」が続くので徳川家康の遺訓の「人の一生は・・」のようで重い感じがする。

 何はともあれ、ネットで検索してみた。
 藤原氏はまず、明治時代に較べ現代は老後と人生が長いという。
 「司馬遼太郎さんの名作に小説『坂の上の雲』があります。
 明治維新から日露戦争の時代の日本人の心意気を、見事に描いた作品でした。この小説がどのくらい日本人に大きなインパクトを与えたかというのは、シリーズ累計で千九百万部という驚異的な部数にも表れていると思います。それだけ日本人は、あの『坂の上の雲』の時代が好きなのではないか、と思うのです。
 あの時代、人々の視線の先にはロマンがありました。夢がありました。そして目の前の坂の上には、見上げる「雲」がありました。

 私は一九五五年生まれであり、そうした時代とはまったく違う時代を生きてきました。しかし、私たちの年代も『坂の上の雲』に惹かれてしまうのは、実は私たちも明治・大正・昭和を生きた、上の世代の人たちの人生観を引きずって生きているからではないか、と感じています。
 しかし、日本への、さらには過去に生きた日本人への思い入れを持つことはさておくとして、今と昔では大きく違うことがあるのを忘れてはならないと思っています。それは、日露戦争を戦った約百年前、「坂の上の雲」世代の平均寿命は、今の半分だったということです。
 子ども時代をゆったりと過ごして一人前になり、兵役を果たすなり、家業を継ぐなりして、夢中で一生懸命に仕事をしていたら隠居の時期を迎え、やがて死に至った。言ってみれば、「雲」を眺めたまま走り続けていたら、余計なことを考える必要もなく、あっさりと死を迎えることができた。あの時代はそうだったのだと思うのです。
 ところが、現代に生きる私たちはそうはいかないのではないでしょうか。例えば六十歳から六十五歳で仕事をリタイヤしても、死ぬまでの時間はまだまだ相当にあります。平均寿命を考えただけでも、二十年、三十年とあるのです。『坂の上の雲』の時代に比べて、人生が圧倒的に延びました。」

 そこから、現代の老後は、前の世代の人たちと同じ感覚で、生きるのは、極めて難しいのではないかと問いかけ、『坂の上の雲』時代と違って、雲を見つめたまま途中で人生は終わってはくれないのが現代の老後と捉える。
 「坂の上にあるのは、『坂の上の雲』の時代のような、ぼんやりとした「雲」では、もはやないのではないか。私はそんなことを思うようになりました。
 待ち構えているのは、実は「雲」ではなく、次の新たなる「坂」なのではないか、と。「老後」が二十年、三十年とある。それは、これまで一生懸命に仕事をしてきた時間とほとんど同じだけあるということです。」という問題意識が出てくる。
 
 「そんな状況の中で、五十代からの“三十年間”をどう過ごすのか。
 イメージしたことは、おありでしょうか。今を惰性のように進めたところで、乗り切れるかどうか。私は、「坂の上の坂」を上るには、そのための準備が、新たな心構えが必要な気がしてなりません。
 私たちは、過去に生きた世代とは、違う生き方を求められているということです。
「坂の上の坂」をしっかり意識しておかないと、やがて目の前にやってきた坂を目にして、呆然と立ち尽くすようなことになりかねない、と思うのです。」
 「実際のところ、「坂の上の坂」世代では、人生は大きく二分されていくに違いない、と想像しています。これからやってくる「坂」の存在にいち早く気づいて準備を始め、五十代から「上り坂」を歩む人と、残念ながら、ひたすら「下り坂」を歩む人です。
 もっと言ってしまえば、ますます「上り調子になる人」と、前の世代そのままの人生の価値観に支配され、惰性のまま生き続けて「落ち目」を迎え、寂しく死んでいく人です。」
という前世代と違う新しい生き方の提言がされ、老後の準備をして積極的に生きることでさらなるバージョンアップが可能であるとしている。
 
 その生き方のポイントは「四十代から五十代のどこかで意識を転換できたなら、あとはうまくいくのではないか。私はそう考えています。
「坂の上のさらなる上り坂」は、ビートルズが歌った「ロング・アンド・ワインディング・ロード」かもしれません。その長くて曲がりくねった道を、楽しく歩いて行くことができるかどうか。それは、私たちがいかに視点を転換させられるか、にかかっているのです。
 しかし、意識して行動できれば、「坂の上の坂」はもはや怖いものではない、とも思えるのです。」で、
 「人生が終わりを迎える、その瞬間まで。ハラハラ、ドキドキ、ワクワクしながら。
 顔をほてらせ、やや上を向きながら。」と結んでいる。

 藤原和博氏はリクルート勤務後、2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務め、2008年、当時の橋下大阪府知事の特別顧問になった経歴の持ち主だ。

「『坂の上の雲』とは、封建の世から目覚めたばかりの日本が、登って行けばやがてはそこに手が届くと思い登って行った近代国家・列強というものを「坂の上の雲」に例えた切なさをこめた題名である。」(ウィキペディア)
司馬は日清、日露戦争を上り坂で近代国家を建設した「いい戦争」として肯定し、昭和の戦争を「悪い戦争」として否定した。司馬史観は戦争に「いい」「悪い」があり「いい戦争」の肯定史観である。
 司馬ファンは多い。日本や子どもたちを愛し、日本の将来に不安を抱きながらも、日本人や子どもたちが勇気をもって未来を切り拓いていくことを励まし続けた。
 私も司馬さんは好きだが、司馬史観には賛成できない。戦争の次には戦争がある。『坂の上の坂』が明治から昭和の時代のリアリズムだった。


今週の日常の風景

  12日(月)
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  15日(木)
  16日(金)ゼミ発表
17日(土)法事
18日(日)

コタバル上陸からはじまったアジア太平洋戦争70年

 真珠湾攻撃から70回目の12月8日が来た。
 3.11や9.11は日本や世界にとって重い数字である。
 日中戦争からアジア太平洋戦争にかけての9.18、8.6、8.9、8.15などの数字も戦後の日本人に重い数字である。
 野田首相の訪中が延期された。12月13日は日本軍が中華民国の首都南京を占領し、南京事件のはじまった日とされている。中国側が反日感情が高まる時期の野田首相訪中を避けたとみられている。政府、外務省の高官は戦略的互恵関係と言っているが、中国側の指摘まで12.13が特別の日という認識がなかったのだろうかと思う。南京虐殺の歴史認識は日中の論争にもなっているので、訪中を決める前に検討しているはずで、日本の高官の判断力が問われる。外交官試験に日中の近現代史は出題されていないのだろうか。

 日本シリーズの日程を考慮せずに騒動を起こして顰蹙をかった読売巨人軍の元代表・GMの清武英利氏も、日程より自分のことしか考えていなかったような行動だった。タイミングを誤れば人の感情を害して称賛は非難に変わる典型だ。

『毎日新聞』12月8日付社会面に「コタバル上陸知られざる開戦」という見出しの記事があった。12月8日午前2時過ぎに、旧日本陸軍は当時は英国領だったマレー半島北東部のコタバルに敵前上陸し、その後マレー半島を南下して、イギリスの拠点シンガポール島を占領した。記事はこの戦闘に参加した90歳の方の体験記事だ。
 「知られざる開戦」と見出しを付けたのは、日本人には太平洋戦争の開始が真珠湾攻撃だという認識があるからだ。確かにアメリカとの戦争や「太平洋」地域に限定して言えば、真珠湾攻撃が戦争開始だ。「ニイタカヤマノボレ1208」や「トラ トラ トラ」が戦争開始になる。6隻の空母からなる機動部隊がエトロフ島ヒトカップ湾を出航して太平洋を南下し、ハワイオアフ島真珠湾のアメリカ太平洋艦隊を奇襲して戦争の主導権を握った。
 ところが、「太平洋戦争」とは実は対英米(蘭)への宣戦布告であった。イギリス帝国主義はアジアの盟主で、インドからマレー半島を経てシンガポールまで植民地にして利益を上げていた。真珠湾ほどの華々しさはないが、コタバル上陸はイギリスとの戦争や「アジア」地域の戦争開始で激しい戦闘で戦死者がでている。
なぜコタバル上陸が学校の授業でもほとんど教えられず、入試にも出ないで、世間に余り知られていないのだろうか。
 それは「太平洋戦争」がアメリカとの戦いでアメリカに敗れたという意識があるためだろう。「太平洋戦争」は太平洋におけるアメリカとの戦いだけでなく、「アジア太平洋」を戦場にし、満州事変以来の「日中戦争」の流れの上に位置づけられるという認識がほとんどない。日本人は太平洋でアメリカに敗れたという意識化をされていて、中国には負けていないと思っている部分がある。
 この意識化の結果がもたらすものは、日米安保もしょうがない、沖縄の米軍基地もしょうがないという諦念に繋がるものだ。原爆投下の戦略も対ソ連を見据えてここにねらいがあったと考える。
 「アメリカに負けた」という戦後の日本人への意識化がアメリカのねらいだった。東西冷戦を見据えて、すでに勝敗がきまっているにもかかわらず、国際法違反の原爆投下を行った。
 「コタバル上陸」はアジア太平洋戦争がアメリカだけでなく、イギリス、オランダや中国、東南アジアの住民との戦いであったという歴史認識につながるものだ。アジア太平洋戦争は1931.9.18の柳条湖事件にはじまる満州事変に出発点がある。日本は日中戦争の流れのなかで中国に敗れ、アメリカと戦う戦力をすでに消耗していたのだ。
 アジアに目を向けるコタバル上陸を『毎日新聞』が取り上げたことは大いに評価できる。

 『毎日新聞』のコラム「余録」の筆者には敬意を表する。毎日大変な仕事だと思う。ただ12月8日付の真珠湾の記事は、この「アメリカに負けた」という意識を克服できていないように思える。
 近衛文麿と松岡洋右が日独伊三国同盟締結などの戦前の判断が間違っていたことを後悔していることについて、「国民の多くが緒戦の勝報に熱狂していた中、その戦争への道を踏み固めた張本人たちの破滅の予言だ。彼らの無責任さを今さらなじってもむなしいが、誰の責任かもあいまいな場当たり的対外膨張の破綻は、誰の予想をも超える途方もない数の内外の人命を飲み込んだ」と書いている。
 ここで問題なのは筆者が「アメリカに負けた」という意識を持っているのではないかということと、中国侵略を先導したメディアの責任を語っていないことだ。
 筆者は、満州事変のことや日中戦争を泥沼化した近衛声明のことには触れている。しかし、要旨は、アメリカとの戦争開始が日本を破滅に追い込んだという歴史認識にとらわれていると考える。「アメリカに負けた」「アメリカには勝てない」という日本人のコンプレックスから抜け出せていないのではないか。

 昭和恐慌後、政党、財閥への批判が強まるなかで、満州事変を正当化して国際連盟脱退の世論を盛り上げたのは新聞だった。

 アジア太平洋戦争の出発点は1931.9.18の柳条湖事件にはじまる満州事変である。このころ新聞は侵略戦争のお先棒をかついでいた。
 「日本軍の強くて正しいことを徹底的に知らしめよ」(東京朝日新聞1931.9.20)、国際連盟脱退を支持して「満州国の厳然たる存立を危うするが如き解決案は、たとひ如何なる事情、如何なる背景に於いて提起さるゝを問わず、断じて受諾すべきものに非らざることを、日本言論機関の名に於いて茲に明確に声明するものである」(東京日日新聞、大阪毎日新聞など各社。1932.12.19)と国民世論を戦争に熱狂させ、満州侵略の先導役になった。新聞はここから入るべきだ。メディアが中国侵略には賛成したがアメリカとの戦争には反対だったということはないはずだ。
 
記事の武田義男さんはコタバル上陸後の戦闘で右腕を料理包丁のような刃物とノコギリで切断した。「戦争さえなかったらたくさんの人が死ぬことも、私が腕をなくすこともなかった。平和が一番ありがたい」という思いを伝えたいそうだ。「平和」な社会の実現のために日本人だけで310万人が犠牲になった。

 「もはや戦後ではない」のフレーズで結んだのは1956年(昭和31年)の経済白書だ。この年、国民総生産が戦前の水準に回復した。しかし、真の「もはや戦後ではない」とは、日米安保が破棄され、沖縄などの米軍基地が日本からなくなる時ではなかろうか。
 冷戦を見据えた原爆投下戦略のアメリカの思惑通りに、戦後の日本人は日米安保やアメリカ従属の肯定を規定された。「アメリカに負けた」歴史観を脱却し、原爆投下を明確に非難する時期に来ている。コタバル記事の意味はそこにある。


今週の日常の風景

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