米国ナースプラクティショナー(NP)になるために

アメリカナースプラクティショナー(NP)&看護学修士号(MSN)取得、全米統一NP Certification(認定証)試験合格。今年から新たなる道@博士課程に進学することを決意しました。

November 2020

あまり人の悪口だとか陰口は好きではないので

悪いことがあったり、腑に落ちない腹立たしいことであっても

なるべく深く考え込まないで、気持ちと頭を切り替えるようにしているのですが

今日は人生の中でもかなりワースト5に入るくらい衝撃的な出来事があり

本当にビックリしてしまい、開いた口が塞がらなかったです。

特別な日に、とてもショッキングなことがあったため、一生忘れないと思います。

逆にその人の言動を観察して、今までのことも含めて感じたことは

その方は、きっとご自分が幸せに感じることがあまりないから

他人にも協力できないし、そんなことをするくらいなら

潰すことを選ぶんだなとわかりました。

もちろん口調では良い感じに言って下さり

「私はあたなのことを娘のように思っているから こう言っているんだ」と。


架空な例え話になるのですが

私が「イギリスに留学したい」と決めたとします。

イギリスに行くのにビザがないと行けないため、

大使館に行き

ビザを発行して欲しい、とお願いするとしましょう。


そしたら、その大使館の方が

「そんなことしたら危ないから、

イギリスに行くのは諦めて、

ノルウェーに行った方がいいですよ」と助言してくる。


「イギリスに行く意味はない上に、

時間もお金も無駄になるだけです。

私はもう過去に 何人もの人が

そう言っているのをきいてきた。

でもノルウェーに行ったら、

その後のチャンスはあるし、

もっとできる幅が広がるから、

お金をかけていくなら

100%ノルウェーに行くことを勧めます。

それ故に、もしあなたがノルウェーに行くというならば

ビザは発行しましょう」、といった感じです。

加えて、念押しのように

「今まで私は誰一人に対して

”イギリスに行くためのビザ” は発行したことがないです」

とまで言われました。

自分が今まで頑張ってきて、

いよいよ条件がそろって来たかなという段階で

全く自分の目指していることとは

180度 違うアドバイスをされたら、どう感じるか。


ノルウェーに行くとなったら英語力はもちろんのこと

プラスαでやるべきことがでてきます。

そこで私が訊いたのは

「ではその準備期間、そして留学できるビザも発行されて、

いざノルウェーに行ってから、留学を終えられるのに、

もっと時間がかかるとなったら、どうすればいいのですか?」でした。

すると、その方は

「そういう時は、日本に戻って、日本にいる間に

全部自習して、いざノルウェーに留学するだけの準備が整ったら

苦労も少なく、短期で卒業ができるだけの能力がついていることでしょう。

ノルウェーの学校でのカリキュラムはその頃には簡単に感じると思うから

心配する必要はない」

と断言されました。


本当に本当にビックリしました。


単刀直入に言うと

「あんたなんかのために協力するわけないでしょ」ってことです。


あと、その方は、

私がこれからやろうとしていることを したことがないため、

言っていることに情報不足なこともあり、

その方があたかも論理的に語っているつもりなのはわかりましたが

それをあえて指摘するのも時間の無駄だと思い、

ただ流して聴く側にまわっておりました。

この方はこんなにも知らないのかぁ、

もっといろいろ知ってる人で理解できる人かと思っていたと

正直私の期待が大きかっただけに

しょんぼりしてしまいました。


因みにその方は、

イギリスにも留学したことがない上に、

ノルウェーにも行ったことすらないのです。

なかなか幸せでない人、人生に満足していない人というのは

他人のために協力できる器はないんだなと痛感します。

しかし今回は、

彼女こそは!と思っていたくらい適した人の一人であったため、

依頼をしたのですが。

私のように過去の学生から頼まれることは絶対にあると思うのですが、

とにかく私には対しては協力しないって決めていた感じがしました。

彼女が教員であった当時は

今回頂いたアドバイスと真逆のことを言ってくれており、

「いつでもサポートするから、何かあったら連絡してね」と仰って下さったため

てっきり お願いできるものかと思っていたのですが

人間の心理ってわからないものですね。

お陰でいい人生勉強になりましたし。反面教師だなと感じてます。

詳しいことが今は書けないのですが、

そんな予期しないこと、その方からの反応があっても、

正直、自分の人生はその人の助けがなくても

他の方法で進めて行けると思っているので

すぐに切り替えていこうという精神面は鍛えております。

きっとその方にもいろんな事情があったのかもしれません。

人間は感情のある生き物ですから、

もしかしたらタイミングが悪かったかもしれないですし。

他人は変えられない。

自分がどんどんそうした変化球を投げられても

ボールに当たることなく交わしていく必要がありそうです。

今日はうまくいかなかったけれど、そんなボコボコとした障害のある道を進むのも

人生ありかなと感じてます。

Tree
ミニクリスマスツリー




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ナースプラクティショナーの大学院を卒業したら

どこか看護学会に自分の論文を発表したいと思っており

全くスムーズに事は進むことなく、月日が経ち、報われない労力も使い、

それでも やっと今日、

提出したパワーポイントも訂正は求められることなく採用となった。

本当なら別の学会で発表したかったけれど

コロナゆえにキャンセルになったり

最初は採用するという連絡すらこなくて不消化な日々だった上に、

更なる壁にぶつかり

一体、自分は何をこんなにも1人でもがいているのだろうと

逆に苦笑してしまうこともあった。

この学会発表って誰かに頼まれたわけでもなく、

単なる自分の満足度を上げるようなもの。

百歩譲って、誰か学会の方たちが少しでも興味をもってくれたら

更にやった甲斐はあるとは思うけれど、正直それはあまり期待してない。

別に誰かに評価して欲しいという期待もなく、

教授が点数をつけるものでもないため かなり気が楽。

自分がやっていることを自分で

「いや~挫けないで頑張ったよな~」くらいに思っているだけ。笑

上手くいかなかったエピソードなどは こちらです




論文を制作するといっても様々なレベルやデザインがある。

私の研究デザインはシステマティックレビューなため

自分で何か1からデータ収集を始めて、分析をしてきたわけではないけれど

でも、いくつもの文献を分析するという方法もなかなか面白いと思った。

せっかく修士学生の間に

時間と労力をかかてやり続けて来たからには

何らかの形にしたいと思っていた。

やや気を揉みながら、学会から「やり直しです」との連絡が来たら

またそれに時間が取られるなぁと思いながら過ごしていたものの、

その心の準備を時間配分も考えていたものの、

「確定した」との連絡を頂き、心が軽くなりました。

やっとだ。

感慨深いものがある。


さて、残りの日も、自分で課した別の様々な課題があるため

コツコツやっていこう。

いろいろ念入りにやっているけれど、どうなることか。

ダメならまた別の計画を立てて、できるまで やり続ければいいだけのこと。

That's about it 




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日本でもハロウィーンやクリスマスなどは盛大にお祝いされていますが

アメリカのように Thanksgiving Dayはなく、

祝うことはまずないと思います。

先週末、日本にいる親に、

「来週はいよいよThanksgiving Day 感謝祭だよ」、と伝えたら

「え?それって明日なの?」なんて言われたりして。

「いやいや、今年は11月26日の木曜日になるよ。
 
 毎年11月の第4週目の木曜日って決まっているんだよ」

なんてやり取りをしていました。

お店にもおひとり様用の七面鳥が売り始めております。

Meal

七面鳥は 私の個人的な意見になりますが、

鶏肉のささ身のような白身の肉の食感であるため 結構 気に入ってます。

今日、トランプ氏 がホワイトハウスに連れてこられた七面鳥に向かって

話しかけている映像を拝見し、

なぜか子どものようなあどけなさが垣間見られたのが印象的です。笑

今までずっとお世話になってきている

ホストファミリー達にお礼のカードを渡したくて

そして本当にわずかながらのプレゼントを準備しました。

Tk
彼ら彼女らは十分にいろんなものを持っていらっしゃるため

何かする必要もないかなとは思ったのですが、

やはり感謝祭の時期になると

今までずっと支えてきてくれている人たちに

なんらかの形で家族のように関わりたくなるものです。

もちろん今年は離れて暮らしているホストファミリー達に会いに行けないけれど、

せめてもの気持ちの表れ、といいましょうか。

別に感謝祭が「感謝をする日」なのではないので、あしからず。

印象として、感謝祭は、日本でいうところの元旦のような感じがします。

親戚や遠くに住んでいる家族一同が集まって

ワイワイと食事を共にするとでもいいましょうか。

その反面、アメリカの元旦ってかなり呆気なくて

1月2日からは普通に仕事も学校も開始なことが多いですからね。

因みに、今年はコロナの件数、死亡数が急上昇中なため

帰省は控えるようにと警告されています。

それでもある空港ではかなりの人が集まっており、

おそらく明日がピークになるのではとのことです。

今朝、読んだニュースをご紹介します。



記事をご覧になればわかると思うのですが、

 コロナ病棟での看護師 (RN) 不足なため

とにかく人手を集めるために 

サウスダコタ州 では週に$6200。

ノースダコタ州 では週に$8000支払う病院もあるそうで、

今の為替でいうと

1週間で日本円の83万6000円になるそうです。

それでも帰省される方が多いとなれば、

また感染者が増えるのではないかと懸念しております。

唯一の希望はCovid-19 に対する ワクチンが

いよいよ12月中旬ら接種できるようになるとのことです。

まずは医療者従事者優先と言われてます。



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たぶん誰もが悩みを抱えていると思います。

たとえ一見、自分よりも条件がよさそうな人たちがいたとしても

実はそうした人たちにも彼ら彼女らなりの違った悩みが

必ずあるものです。

もちろん、そうではない人たちもいるように見えるかもしれませんが、

意外と言わないだけなんだなぁと感じた場面が結構あります。

人って自分のことを上手にコントロールしていかないと

他人が良く見えるようにできているのかなと感じます。

きっと、各々が一生悩みを抱えながら生きていくのかと想像します。



生まれて来る前は、

出産まで赤子が胎内でしっかり育つのか、

生まれてきたら今度は順調に育っていくのか、

小さい頃はケガや病気を抱えることなく成長するのか、

中学高校になれば成績やクラス内でどうか、

進学はするのか、

留学か、就職か、それとも結婚か、

社会人になれば このまま仕事をするのか、辞めて他のことをするのか、

キャリアを構築し続けるのか、

そろそろ家庭をもつのか、

子どもはいるのか、いないのか、何人欲しいのか、

家は購入するのか、マンションにするのか、

車はどうするのか、投資はするのか、

住む場所は日本のどこか、それとも海外なのか

定年はいつにするのか、その後はどうするのか、

健康問題はないのか、

そして死期が近づいたら

どういった状態で亡くなるのか、

残された人たちはどうなるのか、

孤独死なのか、認知症になるのか、

延命治療はどこまでするのか、

死ぬ前に片づけなければならない所持物はどうしていくのか、などなど。


一つ解決したら、また次に新しい悩みがやってくる。

つまり 悩みは尽きないわけです。


こうした悩んだ時の 最終的決断は

誰がなんと言おうとも、結局は自分次第。

誰かに何か言われても、それを行動するか否かを決めるのは自己の問題。


さて、ふと思ったことがあるので書きたいと思います。

ナースプラクティショナーのプログラムに入る時、

ある授業でお世話になった先生に

「成人高齢者プライマリーケア ナースプラクティショナーに

 出願してみようと思うのですが」と伝えたら

「別にナースプラクティショナーでなくてもいいんじゃないの?
  
 そんなに高齢者に特化したことが勉強したいなら、

 老人(年)学の修士学に行ったらどう?

 別に 看護を絡めなくてもいいのでは?」

と言われたのを今でも覚えています。

この先生は看護大学の学部生たちに教えている方で

地域保健の専門に長けており

Ph.Dに通っている方でした。

彼女はナースプラクティショナーのプログラムに通ったことがないため

きっと違った視点、おそらく研究の観点から

こういったアドバイスを下さったのだと思います。

お礼を伝えたものの、そこまで納得はいかず、

結局1校も老人学 Gerontology という専攻には出願しませんでした。

たぶん私も変に曲げない部分があるため、

決めたらとにかく実行したい派なため

あまり人の言葉に翻弄されないのかもしれません。


また、看護大学院である

ナースプラクティショナーのプログラムに入った時、

とても興味のある看護学部の授業ではない別の科の授業に興味を持ち、

選択科目で取りたいなぁと思い、アドバイザーである教授と話していたら

「別にその授業は取る必要はないと思うわよ。辞めとくことを勧めるわ。」

と助言を下さりました。

でも、授業を取るか否かは私が決めること。

その授業は公衆衛生 Public healthの学校のものだったのですが

誰も興味を持っている人はおらず、看護学部から単独で参加しました。

結構悩みに悩んで、とりあえず、最初の日に出席をし、

本当に取るか否か考えたのですが、

かなり興味深かったため

待ち受けている課題には覚悟しつつも

でも興味があるからやれるかな、と思って結局一度も休むことなく全出席しました。

この授業ではPublic Healthの学生さんたちのみならず、

MBAの方と、メディカルスクールの子も一人いて、

さらには他国から特別に1年間来られている

医学部の研究者だとおっしゃる方たちも2人受講されていました。

他の授業もそこそこ気を抜くことができず大変だったため

途中でこの授業を取ったことを後悔しかけました。

というのも、ほぼ徹夜を3日間ほど続けて

一番最後のプロジェクトのペーパーを仕上げていたくらい必死だったので。

「やっぱり教授の言う通り、取らなければこんな苦労しなかったかなぁ」と

でも、やはり覚悟を決めて、頑張って良かったと思ってます。

というのも、この Public Health の先生はとてもチャーミングな方で

白人の高齢な方だったのですが、

コテコテの研究熱心なPhDを保持されている自信満々な方でした。

2回ほど、オフィスに行き、話し合いをしたことがあるのですが

快くいろんな話をして下さったのが懐かしいです。

この先生の変わったところは、授業の区切りに

「はい、皆さん立ってください。10分間運動をしましょう」と言って

少人数だったこともあり、皆立ちあがって、

先生が紹介する運動の映像をみながら

毎回、椅子に座る時間を減らしてくれていました。

彼の教える授業はHealth Policyという健康に関する政策の授業であり、

特に肥満に関すること、栄養に関すること、地域の健康向上などに

焦点をあえてていたため、ナースプラクティショナーとはやや違った視点から

学ぶことができました。

かつては、看護学校のアドバイザーに

「取らなくていいと思うよ」と言われたことを

鵜呑みにしていたら、

経験できなかった苦労と新たなる学びをすることができました。


何が言いたいかと言うと、

何事もそうだと思うのですが、

最終的にはどんなに他人からアドバイスを受けたり、

「そんなことできないよ」、などと言われても、

それをやるかやらないかは自分次第ということです。

「できないよ」とか「やらない方がいいと思う」と言う人も

結局は人間です。

いろんな感情と、限りある経験の中から出て来る言葉だと言えそうです。

また、やってみて、もし上手くいかなくても、

それでもやったことには十分な価値があるのかと思います。

誰も完璧な人はいないのですから。


また、幸せを感じるか否かも、きっと自分で決めたらいいのかと思います。

きっと今日の気持ちと行動が、

明日の自分へとつながっていくのでしょうね。

Hp
この昆布茶の Health-ADE + Happy はなかなか美味しかったです。





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今朝、テキストメッセージで

友達から郵送したものが届いたかと連絡が来ました。

そのテキストメッセージには

アマゾンの搬送者が撮影された写真も添付されていました。

通常、彼女はかなりの夜型なため、

日曜日の朝からテキストで連絡が来てビックリしつつ

荷物を確認しに行ったところ、しっかり置いてありました。

”Nope, I haven't checked the package yet, let me see...”

とテキストを返しながら

え~一体何を送ってくれたのだろう?と思い

郵便物を開けてみたところ

その中には なんとコードレスの充電器が入ってありました。

ずいぶん素敵な使い勝手のよさそうなこと。
Js
一体なんで送ってくれたのかな?と思いつつ

「いや~すごく嬉しい!どうもありがとう。

 こんないいもの貰っていいのかな?高かったんじゃないかな?

 そしてすごく驚いたんだけど

 何で私の携帯の充電器が壊れつつあるってわかったの~

 かなりビックリしたよ。何か見えたのかな?笑」

と伝えたら

なぜか嬉しそうにしてくれていて、

こちらも朝からサンタクロースでも来てくれたのかと思うくらい

感謝の気持ちでいっぱいになりました。

お恥ずかしながら、こんな凄まじくコードが壊れ始めている充電器。

いつか火花が散ってくるのではとドキドキしつつも

何も起こらないことをいいことに、特に行動していませんでした。
Wd

一体なんでこうなってしまったんだろうと思いつつも、

よく学校に行く時にバッグに入れて潰れてしまったことがあり

こんなことになっていました。苦笑

気づいた時には遅くて、

そこからはコードがこんな状況であっても目をつぶっていました。

誰にもこの充電器の状態のことを言ったことがなかったので

友達には透視力でもあるのかな?なんて思ってしまいました。

学校にもこんな状態になってからは持って行きませんでした。

時間とお金をかけて、わざわざプレセントしてくれるなんて

本当にありがたいです。

いつかお礼ができるように頑張ってお返しができたらなと思ってます。



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DNPって何ですか?

このDNPはDoctor of Nursing Practiceと言います。

看護の学位の中で最高レベルにあたるものの1つです。

その中の1つということは他にもあるのでしょうか?

はい、いくつかあります。

今回はあえて看護界で最高レベルの学位の主流である

Ph.DとDNPだけに絞って語っていきましょう。

まず初めにPh.DとDNPは全く違うものだとお伝えしたいので

Ph.Dのことから話します。

これは Ph.D とは Doctor of Philosophy と言います。

この学位は どの分野であっても学術的な最高レベルの学位になります。

例えば、

看護学を専攻する場合にはDoctor of Philosophy (Ph.D) in Nursing 

生物学専攻ならDoctor of Philosophy (Ph.D) in Biology.

文学専攻ならDoctor of Philosophy (Ph.D) in Literature.

つまり看護のみならず、

他分野の最高レベルの学術的なレベルがPh.Dであると言えます。

現在、友達数人がこのPh.D in Nursing に通っているのですが

話を聴いていると、

「とにかく勉強が好きな人がたくさん集まっている」と言ってました。笑

何か1から自分でデータ収集をして日々感じる疑問を

研究テーマとして分析してみたい、改善策を

自分で編み出したいと思っていらっしゃる

パイオニア(開拓者)のような方にお勧めです。

また将来、教鞭を執る方たち、研究に従事していきたい方たち

にも向いていると言えます。


では、DNPの場合にはどうか?

このDNPはよくよく見ると
 
Doctor of Nursing Practice と書かれていますよね。

つまりDNP=NP(ナースプラクティショナー)とは一概に言えません

このDNPとは学位のことを指しており、

日本語でいうところの看護実践博士号であり、

ナースプラクティショナーという資格のことを指していません。

ではどのような人たちがDNPの学位を取得できるのか?

アメリカの看護大学院のサイトに行くと、

主に3種類のコースが目につきます。

1)ナースプラクティショナーの資格をもっており、

かつ修士号(MSN)を持っている人がDNPを取るコース。

2)ナースプラクティショナーではなく

正看護師 RN としてマネージャー(主任や師長)レベルで働いている人たち、

専門看護師 CNS の領域で活躍している人たち、

Certified Registered Nurse Anesthetist (CRNA) 麻酔看護師の方たちや、

助産師さんであるCNM (Certified Nurse Midwife) の方たち

看護教育の修士を保持されている方たち

なども進学することができます。

もちろんマネージャーレベルでなくても入学資格はあります。

何を研究したいかが鍵のようです。

ゆえに、看護学士 BSN を持っていれば

看護学修士号 MSN がなくても入学条件が満たされており

臨床での経験を重視されている傾向があります。


3)ナースプラクティショナーや麻酔看護師になりたい、かつDNPも取得したい場合、

この看護学士 BSNから直接DNPになれるコースが急激に増えています。

つまりMSNは要されないですぐにDNPとなるわけです。

通常、フルタイムの学生であればDNPのコースは最短で3年で取れます。

この場合には、正看護師でBSNだった人たちが

3年後にはナースプラクティショナーもしくは麻酔看護師の資格が取れるのみならず

学位が最高レベルであるDNPの看護臨床博士を授与することができます。

今までならMSNで2~3年通って

ナースプラクティショナーや麻酔看護師になっていたのが

今ではDNPというコースだけで3年のみでOK。

もちろんパートタイム学生として少数のクラスをゆっくり取る場合には、

おそらく3年+αになるとは思います。

既にアメリカでの労働許可がある方ならできることだといえるのですが

留学生として学生ビザ(F1 Visa)で通う場合、
 
  学校によっては学生ビザでは受け付けないという学校もあります。

  しかし、規制を出してくる学校もあれば、

  留学生でも受け入れるという学校もあるので

  諦める必要は全くないと思います。


さて、このDNPの学位を取るのに一体何をしたら学位授与できるのか?

私もやったことがないのでわからないのですが

調べたり、修士学生だった頃、DNPの学生がいたので聞いたところ

自分が興味のある研究テーマを働いている現場に重視しているそうです。

既存する最新の根拠に基づいた論文を調べ上げて

そこから自分の働いている現場で問題となっていることを

どうしたら改善できるかを

研究論文や理論を用いてどう改善できるかなどをすると言っていました。

現場でデータ収集を取り、

介入前と介入後にどのような結果が出たか、

つまり臨床の現状をさらに良くしていきたい、

それにはどう研究を現場に投入するか。

研究を行うという上でどちらの学位も変わりはないのですが

Ph.Dの方が学術的なものであり

DNPの方が臨床に即したものだと言えそうです。

(もちろんPh.Dの方たちの中でも職場の問題点を上げた

    研究をされている方たちもいます。)


DNPの学位を授与するのに必要なものは

合計の臨床実習時間が1000時間近く

(MSNでは500時間以上なのですが)

求められるということからもDNPは臨床重視なことがわかるかと思います。

ちなみにDNPの場合、

DNPプロジェクトという学位取得のための卒論を書くそうです。


余談になりますが、

私が当時、アメリカのナースプラクティショナーの大学院に入るのに

選択肢として修士号のナースプラクティショナーのコース(MSN)にするか

それとも博士号のナースプラクティショナーのコース(DNP) にするか

悩んだことがあります。

私立大学に3年間通えるかいろんな因子を考えて、

まずはMSNでナースプラクティショナーになれたらいいなと思い、

公立大学だけ2校 受験しました。

資金的なもの、そして看護師の資格のことなどいろいろ考えた上での結果です。

 最後に、

こちらのサイトがDNPまでの流れが簡潔に書かれてあります。

英語が得意な方やそうでなくても翻訳機能で一読されたら

さらにDNPのことがわかるかと思います。

AACNという看護組織からのものです。



なぜ今回この記事を書こうかと思ったか。

それはある方が全く違う回答でDNPのことを説明されていたためです。

実のところ、アメリカの看護の世界で働いている人たち、

かつアメリカ人であっても

DNPのことをわかっていない方たちがいます。

私もナースプラクティショナーのプログラムに入るまでは

なんだかよくわからなくて、とりあえず長い期間学校に行くってことかな?

くらいにしか思っていませんでした。笑

この記事を読んで

DNPとPh.Dは違うということをわかっていただけたら幸いです。

大学院の中にはDNP/Ph.D コースもあります。

これはDNPとPh.Dの両方の学位を授与することができるコースです。

一体どのくらいの年数がかかるのでしょうか。。。

以前書いた記事もご参考下さい。




さて、いよいよ来週はアメリカ ではThanksgiving 感謝祭。

店内ではTurkey 七面鳥が販売されてます。

残念ながら、今年はコロナゆえに、パーティーもなく

感謝祭もあっけないものになりそうです。

正直、自分の時間が必要過ぎて

逆にパーティーなどの集まりがないことが幸いしてます。

参加しようと思えばできるのかもしれませんが

この大事な時期に感染のリスクは取りたくないので

おとなしく家で勉強と書類と~。

あぁ1日が24時間では足りない!(なんでブログ書いとるねん)

TJ

最後まで読んで下さり 有難うございました。




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アメリカのナースプラクティショナーの試験練習問題には

研究に関することも出てきます。

臨床の薬理作用や病気の所見や検査、治療法のみならず、

研究用語や研究方法、統計などの用語も

本番の試験では知っておくことが求められるんだなーと感じております。

私の通っていたナースプラクティショナーの学校では

ニュージーランドから来てた教授が看護研究の授業を担当されていて、

オーストラリアやニュージーランドの方が話すような英語の訛りがありました。

脳神経学の博士だったので看護のことはあまりわかっているようではなかったのですが

やはり研究の仕組みや用語は同じだから、

かつ彼の研究は結構素晴らしいものだったようで

(授業でもしょっちゅう話してました。笑)

しっかり研究できるだけの基金を得て、大学にも利益となる存在感であり

頻繁に研究を発表されていたのを覚えております。


さて、今回ふと「あれ?この用語の意味することは何だっけ?」と思うことがあったので

ちょっと面白いかな~と(勝手に)思ったので書き留めておきます。


その名も" Hawthorne Effect" ホーソン効果 と言います。

これは1924年から1933年の期間に、アメリカのシカゴで行われた研究です。

Western Electric Telephone Manufacturing Factoryという工場がホーソンという地域にあり、

何が行われたかと言えば、

どうしたら(どんな因子が)工場で

はたらく労働者たちの生産性が高まるかを調べたようです。

照明がもっと明るくなったらいいのか、など  

様々な介入をして、一体何が効果を上げるのか?と検討されたようなのですが

実はそこには人の心理が影響していたそうです。

どういうことかといえば、

人の目があると、人は頑張る傾向にある、とのことです。


このシカゴで行われた研究の最中、

照明は暗いのに生産性が上がったり、

悪条件のはずなのに、いい結果になったりと、

人の心理的なものが左右して、環境が悪くても予想外にいい結果が生まれたそうです。

つまり研究をしているため、その労働者たちは研究者たちに見られている

という意識が働いたのでしょう。

きっと研究に参加していなかったらなぁなぁになっていたことも

よっしゃーいっちょやったるか~!となったのかもしれませんね。

なんだか人の心理って本当に面白いですね。


ホーソン効果について調べている間に出会った研究論文がこちらになります。

このホーソン効果をしっかり吟味していないことを謳っていらっしゃる

イギリスのシステマティックレビューを行った文献です。



個人差はあれど

人ってきっと見られていたり、注意を向けられていると、

ある程度、心理として 頑張ろう って思うのでしょうね。




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おそらく認知症と言われたら

誰もが年齢を重ねるとかかりやすい病気であることはわかると思います。

英語で認知症のことをDementia ディメンシィア と言います。

このカテゴリーにもいろんな種類の認知症があり、

アメリカで最も多い認知症はアルツハイマー型認知症。

次に多いのは脳血管疾患、たとえば脳梗塞などの頭部の血管の疾患によるもの。

そして稀だけれど

アメリカのプライマリケアナースプラクティショナーの試験に出て来るものの一つに

Dementia with Lewy Bodies レビー小体型認知症という認知症があります。

これはアルツハイマー型の認知とは異なった所見が見られるのですが

8割の患者さんに見らえるものの一つに幻視があります。

α‐ シヌクレイン タンパク質が原因と言われてます。


医療の世界に興味を持ち、いくつかの海外の映画を見ていた中で、

特に気に入っていた昔の映画の一つに

パッチアダムスがあります。

このパッチアダムスは病気を患っている子どもたちに笑顔を与えてくれるお医者さん。



こんな風にユーモアと笑いで包み込んでくれる

医療者って素敵だなぁと思ったことがあります。

私もかつては患児だったので、特に映画をみてジーンとしてしまいました。

もちろん生と死の狭間で働くストレスフルな中にいる医療の世界では

医療者自身に余裕がないことも多々あるとは思うのですが

それでも、どこか余裕があって、精神的に張り詰めたものが緩む瞬間を

患者さんに与えらえる医療者って素敵だなと感じます。特に小児科では。

病は気から というように、やはり日々の想い や 心の持ち方は

身体にも大きく影響を与えるのではないかと思います。


さて、今回、ある方の話を聴いていたら、

なんとあのパッチアダムスの主役を務めていたロビン・ウィリアムズ

はDementia with Lewy Bodiesの診断をされていたそうです。

彼自身、身体の変調に気づき、

この疾患の症状が出て来ることで映画の撮影ができなくなり、

鬱になり、さらにはアルコール依存症もあったそうで、

2014年に自宅にて63歳で自殺を図りました。

この疾患と自殺のきっかけを繋げることはできない、と家族は話されていたようですが、

まさか「珍しい認知症だぁ」と思いきや

「あのロビン・ウィリアムズがかかった病気だったのか」と知り

忘れられない情報となりました。

残念ながら、この疾患に対しての完治方法はなく

なるべく悪化しないように、といった視点からの治療方法となってます。

きっとロビン・ウィリアムズにとって、認知がしっかりしていなければ

映画俳優もできなくなるため、将来が明るくないと思ったのかもしれません。

でもどんな状態であれ、生き続けて欲しかったです。


ちなみにアメリカの統計では、85 歳以上の後期高齢者場合

(ロビン・ウィリアムズは63歳なのでこのカテゴリーには入りませんが)

白人男性に自殺が多いと学びました。

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どんな人でも、人種関係なく、可能性はあると思うのですが、

アメリカの場合、自宅に銃を保持されている方も多いため

それを用いて自殺なさる方も結構いるのだそうです。

最後に、今年の秋に彼のドキュメンタリー映画が公開されたようです。

余裕ができたら見てみたいなぁと思ってます。

未亡人となられた奥様がこのタイトルを選ばれたそうです。



早起き続き & 寝不足気味(やること山積みゆえ)ですが

一日一日がいろいろありながらも 迎えられることって

なんだかありがたいことだと感じております。

しっかり睡眠時間が確保できたらなお幸せなのですが。

ではまた書類作りと 勉強しよう。





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Board Examの勉強の中で

口内炎 (口腔粘膜炎) に効く薬を一度は耳にしたけれど、

まさか 本当にそういったものが存在することは、知りませんでした。

実習先で処方したプリセプターは一人もいなかったなぁ。

その薬の名は

『ミラクル・マウスウォッシュ』もしくは『マジック・マウスウォッシュ』と言います。

こんな おちゃらけな名前でいいのかな、と思ったのが最初の印象。


このミラクル・ウォッシュは市販薬のものもあれば、

処方によって手に入るものもあります。

日本にもあるのかな??

人生で何度も口内炎になったことはあるけれど、

特にこれといった薬を処方してもらうことは一度もなく

そのうち治ると思って放っておいていたため

こうした何気ない症状に対しても薬があることを知り

改めて 不確かなことを詳しく 知るのは面白いと思いました。

口内炎でもかなり深刻なものもありますからね。

特に、がん患者さんに対して使われていると説明書きがされており

治療に伴う副作用の中に深刻な口内炎を訴えて来た方たちを思い出しました。


この ミラクル・マウスウォッシュ には

リドカイン塩酸塩 + ジフェンヒドラミン(抗ヒスタミン)+ マーロックス という制酸薬が

1:1:1の割合で配合されております。


なんと、愛する犬を飼われている方にも朗報があります。

同じ名前の『ミラクル・マウスウォッシュ』が存在するようです。

配合されているものは違う上に、

人間の場合には、ミラクル・マウスウォッシュ OR マジック・マウスウォッシュは

飲むものではなく、口の中で少し溜めておいて吐き出すというのが用途ではありますが

犬の場合には 別の用途(口内炎ではなく)で売っているようです。

ちなみにこの愛犬用の商品の場合には、飲み水に入れてそのまま飲めるそうです。

口臭が取れたり、歯磨きも必要なく、歯も白くなると書かれております。笑


これを使用すれば アメリカの犬たちもの

口を開けた時に 白い歯がキラッと輝かしいものになるのかもしれませんね。



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今日、話をしている中で

"Most likely, he will not be successful" 

「多分、彼は成功しないと思う」と耳にして

ふと一体何が『人生の成功』なのかな?と思った。

お金持ちになること?

名誉のある社会的地位につくこと?

有名人になること?

安定していること?

食べ物がしっかり手に入ること?

家を沢山保持していること?

テスラなどの高級車を乗り回すこと?


正直な気持ちとして

人生は山あり谷ありで、

本当に死ぬまでどんな経過をたどるかなんて誰にもわからない。

もちろんお金も生活をしていく上で大事だけれど

もし歩けていた足に支障が出て歩けなくなったり、

眼がみえなくなったり、

階段を上れないくらい心不全が悪化したり、

夜中に息ができない恐怖感に襲われる肺気腫になったり、

どんなにお金があっても健康であった身体を失うと、

それもまた人生の更なる挑戦。

成功っていえるのかな?地位もあってお金もあるけど身体が病に侵された際って。


逆に、病気になったら成功できない?

障害があるから可能性もない?

お金がない、貯蓄もない、家も車もないから人生に成功しなかったのか?

それって誰が決めたのかな?


人生に成功したい!と思ったことがなく

ただただ目の前のことを

高い山があるから登ってその先には何があるのか挑戦したい!と

淡々と全力でやってきただけだからか

一体そういう他の人たちのいう

『成功』という言葉を耳にすると、

それが幸せをもたらすとでも思っているのかな?と疑いたくなる。

社会的地位が上になればなるほど、

誰にも言えないストレスや葛藤は出るだろうし

責任感もある上に、もし社長などのなれば

きっと会社全体の将来を抱えていくことになる。

もし大学の教授になれば、永久に教授のポジションをとれるまでは

きっと競争も多々あるだろう。

傍からみたら「成功した人」と思われるかもしれない社会的な地位の裏では

その当本人が幸せかどうかは怪しいところ。

きっと私も成功したいと思っていたら、

こんなにも失敗ばかりの生き方をしていたら嫌気がさしていたと思う。

たぶんもっと中学高校の頃からアグレッシブに挑戦していたかな?笑

今までの生き方ももっと効率よくいこうとそれに専念していたかもしれない。

でも、あまり成功だとか失敗だとか考えないで

何をやっていると楽しいか、生き甲斐になるか、情熱をもってできるか、が

人生の質を上げてくれるのだと思う。

だから失敗しても平気。

なぜならその先にまたチャレンジすればいい という気構えがあるから。

失敗するとそこから学ぶことも結構ある。

転んでもそのただでは起きないくらいな根性も必要。

きっとプライドがあって、成功を強く誓っている人には

理解ができない考えかもしれない。

でも気張って、頑張って頑張って頑張っていると、ある時、

張り詰めたゴムがパッツリと切れてしまうと思う。

社会的地位を保持している人たちに出会ってみても、

鬱になっている人も少なからずいる。

まぁ人生いろいろあるよね、と面白いことをみつけながら

気長に一日に一回は何らかの Appreciation 感謝できるものがあると

また人生も違ってみるのではないかなって思っている。

他人がどうこう思ったり言おうとも、

自分の思い方、捉え方が一番大事な気がする。

会話の後に ふつふつと感じたことを書いてみました。

「人生の成功」って別に何等かのObjective Data客観的なデータがあるわけでもなく

(あったとしても、それは人間が決めたこと)

主観的なものだよなぁと ふと思ったのでした。

明日がやってくる保証はなく、

人生一生安定ってこともなく、

精一杯いろいろあっても 1日1日を 泣いても笑っても

とにかく経験していきながら 生き抜くだけでも 儲けものだと思っております。

今、絶頂な人だって、来年にはどうなるかわからない。

今、不幸のどん底でも、来年にはどうなるかわからない。

だから他人と比べて「成功」うんぬんより

自分を褒めていくことも大事な気がしました。

でないと幸せな気持ちになれないので。

時々 私も忘れかけるのですが、自分を大切にしていこうと思います。

いよいよ明日から朝5時起きの日々!





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