今日、話をしている中で

"Most likely, he will not be successful" 

「多分、彼は成功しないと思う」と耳にして

ふと一体何が『人生の成功』なのかな?と思った。

お金持ちになること?

名誉のある社会的地位につくこと?

有名人になること?

安定していること?

食べ物がしっかり手に入ること?

家を沢山保持していること?

テスラなどの高級車を乗り回すこと?


正直な気持ちとして

人生は山あり谷ありで、

本当に死ぬまでどんな経過をたどるかなんて誰にもわからない。

もちろんお金も生活をしていく上で大事だけれど

もし歩けていた足に支障が出て歩けなくなったり、

眼がみえなくなったり、

階段を上れないくらい心不全が悪化したり、

夜中に息ができない恐怖感に襲われる肺気腫になったり、

どんなにお金があっても健康であった身体を失うと、

それもまた人生の更なる挑戦。

成功っていえるのかな?地位もあってお金もあるけど身体が病に侵された際って。


逆に、病気になったら成功できない?

障害があるから可能性もない?

お金がない、貯蓄もない、家も車もないから人生に成功しなかったのか?

それって誰が決めたのかな?


人生に成功したい!と思ったことがなく

ただただ目の前のことを

高い山があるから登ってその先には何があるのか挑戦したい!と

淡々と全力でやってきただけだからか

一体そういう他の人たちのいう

『成功』という言葉を耳にすると、

それが幸せをもたらすとでも思っているのかな?と疑いたくなる。

社会的地位が上になればなるほど、

誰にも言えないストレスや葛藤は出るだろうし

責任感もある上に、もし社長などのなれば

きっと会社全体の将来を抱えていくことになる。

もし大学の教授になれば、永久に教授のポジションをとれるまでは

きっと競争も多々あるだろう。

傍からみたら「成功した人」と思われるかもしれない社会的な地位の裏では

その当本人が幸せかどうかは怪しいところ。

きっと私も成功したいと思っていたら、

こんなにも失敗ばかりの生き方をしていたら嫌気がさしていたと思う。

たぶんもっと中学高校の頃からアグレッシブに挑戦していたかな?笑

今までの生き方ももっと効率よくいこうとそれに専念していたかもしれない。

でも、あまり成功だとか失敗だとか考えないで

何をやっていると楽しいか、生き甲斐になるか、情熱をもってできるか、が

人生の質を上げてくれるのだと思う。

だから失敗しても平気。

なぜならその先にまたチャレンジすればいい という気構えがあるから。

失敗するとそこから学ぶことも結構ある。

転んでもそのただでは起きないくらいな根性も必要。

きっとプライドがあって、成功を強く誓っている人には

理解ができない考えかもしれない。

でも気張って、頑張って頑張って頑張っていると、ある時、

張り詰めたゴムがパッツリと切れてしまうと思う。

社会的地位を保持している人たちに出会ってみても、

鬱になっている人も少なからずいる。

まぁ人生いろいろあるよね、と面白いことをみつけながら

気長に一日に一回は何らかの Appreciation 感謝できるものがあると

また人生も違ってみるのではないかなって思っている。

他人がどうこう思ったり言おうとも、

自分の思い方、捉え方が一番大事な気がする。

会話の後に ふつふつと感じたことを書いてみました。

「人生の成功」って別に何等かのObjective Data客観的なデータがあるわけでもなく

(あったとしても、それは人間が決めたこと)

主観的なものだよなぁと ふと思ったのでした。

明日がやってくる保証はなく、

人生一生安定ってこともなく、

精一杯いろいろあっても 1日1日を 泣いても笑っても

とにかく経験していきながら 生き抜くだけでも 儲けものだと思っております。

今、絶頂な人だって、来年にはどうなるかわからない。

今、不幸のどん底でも、来年にはどうなるかわからない。

だから他人と比べて「成功」うんぬんより

自分を褒めていくことも大事な気がしました。

でないと幸せな気持ちになれないので。

時々 私も忘れかけるのですが、自分を大切にしていこうと思います。

いよいよ明日から朝5時起きの日々!





ブログランキング・にほんブログ村へ