たぶん誰もが悩みを抱えていると思います。

たとえ一見、自分よりも条件がよさそうな人たちがいたとしても

実はそうした人たちにも彼ら彼女らなりの違った悩みが

必ずあるものです。

もちろん、そうではない人たちもいるように見えるかもしれませんが、

意外と言わないだけなんだなぁと感じた場面が結構あります。

人って自分のことを上手にコントロールしていかないと

他人が良く見えるようにできているのかなと感じます。

きっと、各々が一生悩みを抱えながら生きていくのかと想像します。



生まれて来る前は、

出産まで赤子が胎内でしっかり育つのか、

生まれてきたら今度は順調に育っていくのか、

小さい頃はケガや病気を抱えることなく成長するのか、

中学高校になれば成績やクラス内でどうか、

進学はするのか、

留学か、就職か、それとも結婚か、

社会人になれば このまま仕事をするのか、辞めて他のことをするのか、

キャリアを構築し続けるのか、

そろそろ家庭をもつのか、

子どもはいるのか、いないのか、何人欲しいのか、

家は購入するのか、マンションにするのか、

車はどうするのか、投資はするのか、

住む場所は日本のどこか、それとも海外なのか

定年はいつにするのか、その後はどうするのか、

健康問題はないのか、

そして死期が近づいたら

どういった状態で亡くなるのか、

残された人たちはどうなるのか、

孤独死なのか、認知症になるのか、

延命治療はどこまでするのか、

死ぬ前に片づけなければならない所持物はどうしていくのか、などなど。


一つ解決したら、また次に新しい悩みがやってくる。

つまり 悩みは尽きないわけです。


こうした悩んだ時の 最終的決断は

誰がなんと言おうとも、結局は自分次第。

誰かに何か言われても、それを行動するか否かを決めるのは自己の問題。


さて、ふと思ったことがあるので書きたいと思います。

ナースプラクティショナーのプログラムに入る時、

ある授業でお世話になった先生に

「成人高齢者プライマリーケア ナースプラクティショナーに

 出願してみようと思うのですが」と伝えたら

「別にナースプラクティショナーでなくてもいいんじゃないの?
  
 そんなに高齢者に特化したことが勉強したいなら、

 老人(年)学の修士学に行ったらどう?

 別に 看護を絡めなくてもいいのでは?」

と言われたのを今でも覚えています。

この先生は看護大学の学部生たちに教えている方で

地域保健の専門に長けており

Ph.Dに通っている方でした。

彼女はナースプラクティショナーのプログラムに通ったことがないため

きっと違った視点、おそらく研究の観点から

こういったアドバイスを下さったのだと思います。

お礼を伝えたものの、そこまで納得はいかず、

結局1校も老人学 Gerontology という専攻には出願しませんでした。

たぶん私も変に曲げない部分があるため、

決めたらとにかく実行したい派なため

あまり人の言葉に翻弄されないのかもしれません。


また、看護大学院である

ナースプラクティショナーのプログラムに入った時、

とても興味のある看護学部の授業ではない別の科の授業に興味を持ち、

選択科目で取りたいなぁと思い、アドバイザーである教授と話していたら

「別にその授業は取る必要はないと思うわよ。辞めとくことを勧めるわ。」

と助言を下さりました。

でも、授業を取るか否かは私が決めること。

その授業は公衆衛生 Public healthの学校のものだったのですが

誰も興味を持っている人はおらず、看護学部から単独で参加しました。

結構悩みに悩んで、とりあえず、最初の日に出席をし、

本当に取るか否か考えたのですが、

かなり興味深かったため

待ち受けている課題には覚悟しつつも

でも興味があるからやれるかな、と思って結局一度も休むことなく全出席しました。

この授業ではPublic Healthの学生さんたちのみならず、

MBAの方と、メディカルスクールの子も一人いて、

さらには他国から特別に1年間来られている

医学部の研究者だとおっしゃる方たちも2人受講されていました。

他の授業もそこそこ気を抜くことができず大変だったため

途中でこの授業を取ったことを後悔しかけました。

というのも、ほぼ徹夜を3日間ほど続けて

一番最後のプロジェクトのペーパーを仕上げていたくらい必死だったので。

「やっぱり教授の言う通り、取らなければこんな苦労しなかったかなぁ」と

でも、やはり覚悟を決めて、頑張って良かったと思ってます。

というのも、この Public Health の先生はとてもチャーミングな方で

白人の高齢な方だったのですが、

コテコテの研究熱心なPhDを保持されている自信満々な方でした。

2回ほど、オフィスに行き、話し合いをしたことがあるのですが

快くいろんな話をして下さったのが懐かしいです。

この先生の変わったところは、授業の区切りに

「はい、皆さん立ってください。10分間運動をしましょう」と言って

少人数だったこともあり、皆立ちあがって、

先生が紹介する運動の映像をみながら

毎回、椅子に座る時間を減らしてくれていました。

彼の教える授業はHealth Policyという健康に関する政策の授業であり、

特に肥満に関すること、栄養に関すること、地域の健康向上などに

焦点をあえてていたため、ナースプラクティショナーとはやや違った視点から

学ぶことができました。

かつては、看護学校のアドバイザーに

「取らなくていいと思うよ」と言われたことを

鵜呑みにしていたら、

経験できなかった苦労と新たなる学びをすることができました。


何が言いたいかと言うと、

何事もそうだと思うのですが、

最終的にはどんなに他人からアドバイスを受けたり、

「そんなことできないよ」、などと言われても、

それをやるかやらないかは自分次第ということです。

「できないよ」とか「やらない方がいいと思う」と言う人も

結局は人間です。

いろんな感情と、限りある経験の中から出て来る言葉だと言えそうです。

また、やってみて、もし上手くいかなくても、

それでもやったことには十分な価値があるのかと思います。

誰も完璧な人はいないのですから。


また、幸せを感じるか否かも、きっと自分で決めたらいいのかと思います。

きっと今日の気持ちと行動が、

明日の自分へとつながっていくのでしょうね。

Hp
この昆布茶の Health-ADE + Happy はなかなか美味しかったです。





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