米国ナースプラクティショナー(NP)になるために

アメリカの看護大学院に通っていました。Board certified ナースプラクティショナー になれるように勉強中。日々のこと、勉強のこと、アメリカの看護大学院に入るまでの過程、アメリカの医療職や日常について、研究や、将来の仕事のことなど、順序は関係なく、気ままに書いていきます。

カテゴリ: つぶやき

今、進めていることがなかなかうまくいかない。

本当にどうしたらいいのかわからなくて、

昨日は頭が上手く回らなくて放心状態だった。

全ての教育者が、学生を励ましたり、支えたり、

応援する人たちばかりではないことを更に痛感した。

それでも、いい先生たちとの出会いはあるため、

いろんな経験ができているのはありがたい。

今は、別の方法でいろいろ進めているものの、

どうしてもネックなことが生じてしまい

それが一体どうなってしまうかで、

自分の将来が変わっていく気がする。

勉強したいけれど、それ以上に優先度が上がってしまった、山のような問題。

挫けている場合ではないものの、心的にかなり凹んだため、

空回りしている部分もある。

でも、悩んでいても何も状況は変わらないため、とにかく仕方ないから

否が応でも現実を受け止めて、とにかく動いている。

時間、期限が迫ってきている。

しっかり深呼吸して、気持ちを整えて、必ず道はあると言い聞かせているところ。

チャレンジしたことのないことをやろうとしているゆえに、

保証はないしどうなるかもわからない。

かなり緊張はするけれど、でもやっぱりやってみようと思っている。

とにかく、閉ざされつつある今の状況を少しでも上向きにしていきたい。

なんだかこういう時ほど、周りが優しく感じる。

たまたま友達が連絡をくれたり、他の人が小さな幸せを分けてくれたり。

本当にありがたい。いろんな人に支えられているんだなと感じる。

だからこそ、めげている場合ではないんだと思った。

とにかく、自分の凹んだ気持ちに負けないように。

あとどのくらいしたら終わるのか。

今年いっぱいかかってしまいそうだけど、仕方ない。それが優先だから。

自分だけではコントロールできない部分が多いこともあり

無力さを感じる部分もある。

何でもそうだと思うけれど、何かやったことのないことに

チャレンジするのはラクなことでないと体感している。

でも、それでもやってみる。




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あまり人の悪口だとか陰口は好きではないので

悪いことがあったり、腑に落ちない腹立たしいことであっても

なるべく深く考え込まないで、気持ちと頭を切り替えるようにしているのですが

今日は人生の中でもかなりワースト5に入るくらい衝撃的な出来事があり

本当にビックリしてしまい、開いた口が塞がらなかったです。

特別な日に、とてもショッキングなことがあったため、一生忘れないと思います。

逆にその人の言動を観察して、今までのことも含めて感じたことは

その方は、きっとご自分が幸せに感じることがあまりないから

他人にも協力できないし、そんなことをするくらいなら

潰すことを選ぶんだなとわかりました。

もちろん口調では良い感じに言って下さり

「私はあたなのことを娘のように思っているから こう言っているんだ」と。


架空な例え話になるのですが

私が「イギリスに留学したい」と決めたとします。

イギリスに行くのにビザがないと行けないため、

大使館に行き

ビザを発行して欲しい、とお願いするとしましょう。


そしたら、その大使館の方が

「そんなことしたら危ないから、

イギリスに行くのは諦めて、

ノルウェーに行った方がいいですよ」と助言してくる。


「イギリスに行く意味はない上に、

時間もお金も無駄になるだけです。

私はもう過去に 何人もの人が

そう言っているのをきいてきた。

でもノルウェーに行ったら、

その後のチャンスはあるし、

もっとできる幅が広がるから、

お金をかけていくなら

100%ノルウェーに行くことを勧めます。

それ故に、もしあなたがノルウェーに行くというならば

ビザは発行しましょう」、といった感じです。

加えて、念押しのように

「今まで私は誰一人に対して

”イギリスに行くためのビザ” は発行したことがないです」

とまで言われました。

自分が今まで頑張ってきて、

いよいよ条件がそろって来たかなという段階で

全く自分の目指していることとは

180度 違うアドバイスをされたら、どう感じるか。


ノルウェーに行くとなったら英語力はもちろんのこと

プラスαでやるべきことがでてきます。

そこで私が訊いたのは

「ではその準備期間、そして留学できるビザも発行されて、

いざノルウェーに行ってから、留学を終えられるのに、

もっと時間がかかるとなったら、どうすればいいのですか?」でした。

すると、その方は

「そういう時は、日本に戻って、日本にいる間に

全部自習して、いざノルウェーに留学するだけの準備が整ったら

苦労も少なく、短期で卒業ができるだけの能力がついていることでしょう。

ノルウェーの学校でのカリキュラムはその頃には簡単に感じると思うから

心配する必要はない」

と断言されました。


本当に本当にビックリしました。


単刀直入に言うと

「あんたなんかのために協力するわけないでしょ」ってことです。


あと、その方は、

私がこれからやろうとしていることを したことがないため、

言っていることに情報不足なこともあり、

その方があたかも論理的に語っているつもりなのはわかりましたが

それをあえて指摘するのも時間の無駄だと思い、

ただ流して聴く側にまわっておりました。

この方はこんなにも知らないのかぁ、

もっといろいろ知ってる人で理解できる人かと思っていたと

正直私の期待が大きかっただけに

しょんぼりしてしまいました。


因みにその方は、

イギリスにも留学したことがない上に、

ノルウェーにも行ったことすらないのです。

なかなか幸せでない人、人生に満足していない人というのは

他人のために協力できる器はないんだなと痛感します。

しかし今回は、

彼女こそは!と思っていたくらい適した人の一人であったため、

依頼をしたのですが。

私のように過去の学生から頼まれることは絶対にあると思うのですが、

とにかく私には対しては協力しないって決めていた感じがしました。

当時は真逆のことを言ってくれていたため、

お願いできるものかと思っていたのですが

わからないものですね。

お陰でいい人生勉強になりましたし。反面教師だなと感じてます。

詳しいことが今は書けないのですが、

そんな予期しないこと、その方からの反応があっても、

正直、自分の人生はその人の助けがなくても

他の方法で進めて行けると思っているので

すぐに切り替えていこうという精神面は鍛えております。

きっとその方にもいろんな事情があったのかもしれません。

人間は感情のある生き物ですから、

もしかしたらタイミングが悪かったかもしれないですし。

他人は変えられない。

自分がどんどんそうした変化球を投げられても

ボールに当たることなく交わしていく必要がありそうです。

今日はうまくいかなかったけれど、そんなボコボコとした障害のある道を進むのも

人生ありかなと感じてます。

Tree
ミニクリスマスツリー




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ナースプラクティショナーの大学院を卒業したら

どこか看護学会に自分の論文を発表したいと思っており

全くスムーズに事は進むことなく、月日が経ち、報われない労力も使い、

それでも やっと今日、

提出したパワーポイントも訂正は求められることなく採用となった。

本当なら別の学会で発表したかったけれど

コロナゆえにキャンセルになったり

最初は採用するという連絡すらこなくて不消化な日々だった上に、

更なる壁にぶつかり

一体、自分は何をこんなにも1人でもがいているのだろうと

逆に苦笑してしまうこともあった。

この学会発表って誰かに頼まれたわけでもなく、

単なる自分の満足度を上げるようなもの。

百歩譲って、誰か学会の方たちが少しでも興味をもってくれたら

更にやった甲斐はあるとは思うけれど、正直それはあまり期待してない。

別に誰かに評価して欲しいという期待もなく、

教授が点数をつけるものでもないため かなり気が楽。

自分がやっていることを自分で

「いや~挫けないで頑張ったよな~」くらいに思っているだけ。笑

上手くいかなかったエピソードなどは こちらです




論文を制作するといっても様々なレベルやデザインがある。

私の研究デザインはシステマティックレビューなため

自分で何か1からデータ収集を始めて、分析をしてきたわけではないけれど

でも、いくつもの文献を分析するという方法もなかなか面白いと思った。

せっかく修士学生の間に

時間と労力をかかてやり続けて来たからには

何らかの形にしたいと思っていた。

やや気を揉みながら、学会から「やり直しです」との連絡が来たら

またそれに時間が取られるなぁと思いながら過ごしていたものの、

その心の準備を時間配分も考えていたものの、

「確定した」との連絡を頂き、心が軽くなりました。

やっとだ。

感慨深いものがある。


さて、残りの日も、自分で課した別の様々な課題があるため

コツコツやっていこう。

いろいろ念入りにやっているけれど、どうなることか。

ダメならまた別の計画を立てて、できるまで やり続ければいいだけのこと。

That's about it 




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たぶん誰もが悩みを抱えていると思います。

たとえ一見、自分よりも条件がよさそうな人たちがいたとしても

実はそうした人たちにも彼ら彼女らなりの違った悩みが

必ずあるものです。

もちろん、そうではない人たちもいるように見えるかもしれませんが、

意外と言わないだけなんだなぁと感じた場面が結構あります。

人って自分のことを上手にコントロールしていかないと

他人が良く見えるようにできているのかなと感じます。

きっと、各々が一生悩みを抱えながら生きていくのかと想像します。



生まれて来る前は、

出産まで赤子が胎内でしっかり育つのか、

生まれてきたら今度は順調に育っていくのか、

小さい頃はケガや病気を抱えることなく成長するのか、

中学高校になれば成績やクラス内でどうか、

進学はするのか、

留学か、就職か、それとも結婚か、

社会人になれば このまま仕事をするのか、辞めて他のことをするのか、

キャリアを構築し続けるのか、

そろそろ家庭をもつのか、

子どもはいるのか、いないのか、何人欲しいのか、

家は購入するのか、マンションにするのか、

車はどうするのか、投資はするのか、

住む場所は日本のどこか、それとも海外なのか

定年はいつにするのか、その後はどうするのか、

健康問題はないのか、

そして死期が近づいたら

どういった状態で亡くなるのか、

残された人たちはどうなるのか、

孤独死なのか、認知症になるのか、

延命治療はどこまでするのか、

死ぬ前に片づけなければならない所持物はどうしていくのか、などなど。


一つ解決したら、また次に新しい悩みがやってくる。

つまり 悩みは尽きないわけです。


こうした悩んだ時の 最終的決断は

誰がなんと言おうとも、結局は自分次第。

誰かに何か言われても、それを行動するか否かを決めるのは自己の問題。


さて、ふと思ったことがあるので書きたいと思います。

ナースプラクティショナーのプログラムに入る時、

ある授業でお世話になった先生に

「成人高齢者プライマリーケア ナースプラクティショナーに

 出願してみようと思うのですが」と伝えたら

「別にナースプラクティショナーでなくてもいいんじゃないの?
  
 そんなに高齢者に特化したことが勉強したいなら、

 老人(年)学の修士学に行ったらどう?

 別に 看護を絡めなくてもいいのでは?」

と言われたのを今でも覚えています。

この先生は看護大学の学部生たちに教えている方で

地域保健の専門に長けており

Ph.Dに通っている方でした。

彼女はナースプラクティショナーのプログラムに通ったことがないため

きっと違った視点、おそらく研究の観点から

こういったアドバイスを下さったのだと思います。

お礼を伝えたものの、そこまで納得はいかず、

結局1校も老人学 Gerontology という専攻には出願しませんでした。

たぶん私も変に曲げない部分があるため、

決めたらとにかく実行したい派なため

あまり人の言葉に翻弄されないのかもしれません。


また、看護大学院である

ナースプラクティショナーのプログラムに入った時、

とても興味のある看護学部の授業ではない別の科の授業に興味を持ち、

選択科目で取りたいなぁと思い、アドバイザーである教授と話していたら

「別にその授業は取る必要はないと思うわよ。辞めとくことを勧めるわ。」

と助言を下さりました。

でも、授業を取るか否かは私が決めること。

その授業は公衆衛生 Public healthの学校のものだったのですが

誰も興味を持っている人はおらず、看護学部から単独で参加しました。

結構悩みに悩んで、とりあえず、最初の日に出席をし、

本当に取るか否か考えたのですが、

かなり興味深かったため

待ち受けている課題には覚悟しつつも

でも興味があるからやれるかな、と思って結局一度も休むことなく全出席しました。

この授業ではPublic Healthの学生さんたちのみならず、

MBAの方と、メディカルスクールの子も一人いて、

さらには他国から特別に1年間来られている

医学部の研究者だとおっしゃる方たちも2人受講されていました。

他の授業もそこそこ気を抜くことができず大変だったため

途中でこの授業を取ったことを後悔しかけました。

というのも、ほぼ徹夜を3日間ほど続けて

一番最後のプロジェクトのペーパーを仕上げていたくらい必死だったので。

「やっぱり教授の言う通り、取らなければこんな苦労しなかったかなぁ」と

でも、やはり覚悟を決めて、頑張って良かったと思ってます。

というのも、この Public Health の先生はとてもチャーミングな方で

白人の高齢な方だったのですが、

コテコテの研究熱心なPhDを保持されている自信満々な方でした。

2回ほど、オフィスに行き、話し合いをしたことがあるのですが

快くいろんな話をして下さったのが懐かしいです。

この先生の変わったところは、授業の区切りに

「はい、皆さん立ってください。10分間運動をしましょう」と言って

少人数だったこともあり、皆立ちあがって、

先生が紹介する運動の映像をみながら

毎回、椅子に座る時間を減らしてくれていました。

彼の教える授業はHealth Policyという健康に関する政策の授業であり、

特に肥満に関すること、栄養に関すること、地域の健康向上などに

焦点をあえてていたため、ナースプラクティショナーとはやや違った視点から

学ぶことができました。

かつては、看護学校のアドバイザーに

「取らなくていいと思うよ」と言われたことを

鵜呑みにしていたら、

経験できなかった苦労と新たなる学びをすることができました。


何が言いたいかと言うと、

何事もそうだと思うのですが、

最終的にはどんなに他人からアドバイスを受けたり、

「そんなことできないよ」、などと言われても、

それをやるかやらないかは自分次第ということです。

「できないよ」とか「やらない方がいいと思う」と言う人も

結局は人間です。

いろんな感情と、限りある経験の中から出て来る言葉だと言えそうです。

また、やってみて、もし上手くいかなくても、

それでもやったことには十分な価値があるのかと思います。

誰も完璧な人はいないのですから。


また、幸せを感じるか否かも、きっと自分で決めたらいいのかと思います。

きっと今日の気持ちと行動が、

明日の自分へとつながっていくのでしょうね。

Hp
この昆布茶の Health-ADE + Happy はなかなか美味しかったです。





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今朝、テキストメッセージで

友達から郵送したものが届いたかと連絡が来ました。

そのテキストメッセージには

アマゾンの搬送者が撮影された写真も添付されていました。

通常、彼女はかなりの夜型なため、

日曜日の朝からテキストで連絡が来てビックリしつつ

荷物を確認しに行ったところ、しっかり置いてありました。

”Nope, I haven't checked the package yet, let me see...”

とテキストを返しながら

え~一体何を送ってくれたのだろう?と思い

郵便物を開けてみたところ

その中には なんとコードレスの充電器が入ってありました。

ずいぶん素敵な使い勝手のよさそうなこと。
Js
一体なんで送ってくれたのかな?と思いつつ

「いや~すごく嬉しい!どうもありがとう。

 こんないいもの貰っていいのかな?高かったんじゃないかな?

 そしてすごく驚いたんだけど

 何で私の携帯の充電器が壊れつつあるってわかったの~

 かなりビックリしたよ。何か見えたのかな?笑」

と伝えたら

なぜか嬉しそうにしてくれていて、

こちらも朝からサンタクロースでも来てくれたのかと思うくらい

感謝の気持ちでいっぱいになりました。

お恥ずかしながら、こんな凄まじくコードが壊れ始めている充電器。

いつか火花が散ってくるのではとドキドキしつつも

何も起こらないことをいいことに、特に行動していませんでした。
Wd

一体なんでこうなってしまったんだろうと思いつつも、

よく学校に行く時にバッグに入れて潰れてしまったことがあり

こんなことになっていました。苦笑

気づいた時には遅くて、

そこからはコードがこんな状況であっても目をつぶっていました。

誰にもこの充電器の状態のことを言ったことがなかったので

友達には透視力でもあるのかな?なんて思ってしまいました。

学校にもこんな状態になってからは持って行きませんでした。

時間とお金をかけて、わざわざプレセントしてくれるなんて

本当にありがたいです。

いつかお礼ができるように頑張ってお返しができたらなと思ってます。



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今日、話をしている中で

"Most likely, he will not be successful" 

「多分、彼は成功しないと思う」と耳にして

ふと一体何が『人生の成功』なのかな?と思った。

お金持ちになること?

名誉のある社会的地位につくこと?

有名人になること?

安定していること?

食べ物がしっかり手に入ること?

家を沢山保持していること?

テスラなどの高級車を乗り回すこと?


正直な気持ちとして

人生は山あり谷ありで、

本当に死ぬまでどんな経過をたどるかなんて誰にもわからない。

もちろんお金も生活をしていく上で大事だけれど

もし歩けていた足に支障が出て歩けなくなったり、

眼がみえなくなったり、

階段を上れないくらい心不全が悪化したり、

夜中に息ができない恐怖感に襲われる肺気腫になったり、

どんなにお金があっても健康であった身体を失うと、

それもまた人生の更なる挑戦。

成功っていえるのかな?地位もあってお金もあるけど身体が病に侵された際って。


逆に、病気になったら成功できない?

障害があるから可能性もない?

お金がない、貯蓄もない、家も車もないから人生に成功しなかったのか?

それって誰が決めたのかな?


人生に成功したい!と思ったことがなく

ただただ目の前のことを

高い山があるから登ってその先には何があるのか挑戦したい!と

淡々と全力でやってきただけだからか

一体そういう他の人たちのいう

『成功』という言葉を耳にすると、

それが幸せをもたらすとでも思っているのかな?と疑いたくなる。

社会的地位が上になればなるほど、

誰にも言えないストレスや葛藤は出るだろうし

責任感もある上に、もし社長などのなれば

きっと会社全体の将来を抱えていくことになる。

もし大学の教授になれば、永久に教授のポジションをとれるまでは

きっと競争も多々あるだろう。

傍からみたら「成功した人」と思われるかもしれない社会的な地位の裏では

その当本人が幸せかどうかは怪しいところ。

きっと私も成功したいと思っていたら、

こんなにも失敗ばかりの生き方をしていたら嫌気がさしていたと思う。

たぶんもっと中学高校の頃からアグレッシブに挑戦していたかな?笑

今までの生き方ももっと効率よくいこうとそれに専念していたかもしれない。

でも、あまり成功だとか失敗だとか考えないで

何をやっていると楽しいか、生き甲斐になるか、情熱をもってできるか、が

人生の質を上げてくれるのだと思う。

だから失敗しても平気。

なぜならその先にまたチャレンジすればいい という気構えがあるから。

失敗するとそこから学ぶことも結構ある。

転んでもそのただでは起きないくらいな根性も必要。

きっとプライドがあって、成功を強く誓っている人には

理解ができない考えかもしれない。

でも気張って、頑張って頑張って頑張っていると、ある時、

張り詰めたゴムがパッツリと切れてしまうと思う。

社会的地位を保持している人たちに出会ってみても、

鬱になっている人も少なからずいる。

まぁ人生いろいろあるよね、と面白いことをみつけながら

気長に一日に一回は何らかの Appreciation 感謝できるものがあると

また人生も違ってみるのではないかなって思っている。

他人がどうこう思ったり言おうとも、

自分の思い方、捉え方が一番大事な気がする。

会話の後に ふつふつと感じたことを書いてみました。

「人生の成功」って別に何等かのObjective Data客観的なデータがあるわけでもなく

(あったとしても、それは人間が決めたこと)

主観的なものだよなぁと ふと思ったのでした。

明日がやってくる保証はなく、

人生一生安定ってこともなく、

精一杯いろいろあっても 1日1日を 泣いても笑っても

とにかく経験していきながら 生き抜くだけでも 儲けものだと思っております。

今、絶頂な人だって、来年にはどうなるかわからない。

今、不幸のどん底でも、来年にはどうなるかわからない。

だから他人と比べて「成功」うんぬんより

自分を褒めていくことも大事な気がしました。

でないと幸せな気持ちになれないので。

時々 私も忘れかけるのですが、自分を大切にしていこうと思います。

いよいよ明日から朝5時起きの日々!





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間違えることを恐れていては何もできない。

間違えても凹むことなく、

次に進んでいくことって大事だったりする。

もちろん変な顔つきで見てくる人もいるかもしれない。

「そんな常識もわからないのの?」と。

でも人それぞれ常識は違うわけで

知らないこと知ることの方が、

知らないで知っている振りをするよりはいいと思っている。

こうした状況は 学生という立場の場合には、許されることも結構ある。

学校卒業後は恐ろしくてそんなこと言えない、と

ナースプラクティショナーのプリセプターたちが言っていた。


さて、ナースプラクティショナーの学生として

胸を躍らせながら勉強を始めた初期の頃、

フィジカルアセスメントのレポート(SOAP Note)で

Body System 身体の組織ごとに細かく書かなければならず、

特に耳鼻咽喉科の内容が難しく感じていて

聴き取りの中で『鼻水』というものがあり

Denies Runny Nose 「鼻水の症状はない」と書くところを

Running Nose  と書いていてそのまま2学期間過ごしていた。

先生も特に私の提出したSOAP Noteのこの箇所を直しておらず、

きっと呆れていたか、

単なる打ち間違えだと思ったのか、

もしくは 私のSOAP Noteが 細かすぎて読み切れなかったか。

ある時に ふと 鼻水=Runny Noseであることを知り

一瞬冷や汗をかいた。

こうした間違えは一生忘れない。

そして笑い話と化す(少なくとも私には)。

これを読んだ方は絶対に 間違えないことでしょう。


冬が近づいてきておりますので風邪やコロナにはお気をつけ下さい。

下肢が温まりそうな靴下 
     

Kutsushita




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日本の履歴書は通常、決められたサイズの写真を添付して、

書式に則って情報を記入していく。

もちろん年齢、生年月日、性別を書く欄もある。

しかし、アメリカの場合履歴書には

特に指定された日本のような履歴書の紙はなく、

自分でマイクロソフトのワードなどを用いて打ちこんでいく。

そして 年齢も書かなければ、写真もいらない。

はたまた自分の性別も明かす必要がない。

つまりアメリカでは結構、開放的に話されている

トランスジェンダーだろうが、

ゲイだろうが、

レズビアンだろうが、

バイセクシャルだろうが関係ないため

女性か男性かなんて聞かれない。

就職や進学の面接でも きいてはいけないのでは??(私の想像)

更には、履歴書にはアメリカに滞在しているステータスが

何であるかを書かなくてもいい。

偏見に繋がるため、法律では禁止されている。

でも、オンラインで病院や大学、大学院などのウェブサイトにいって

詳細情報を打ち込むことになると、

その時には ステータスは訊かれるので 避けられないのだけれど。

それでも性別のことは、「答えたくない」という欄がある

でも労働許可などのステータスの欄に、「答えたくない」という欄はない。泣


おそらく その採用候補者が いつ学校を卒業したかなどで

おおよその年齢は予測できる。


今日は急に履歴書を書くことになり、

1からまた書き(打ち)直してみた。

急いでとなるとやや焦る。

しかし、そんな時ほど 時間がかかってしまうもの。

もともと前に使っていた履歴書があれば、

それに書き足すだけで良かったものの

まぁ致し方ない。

夏の間にパソコンが壊れてしまったため消えてしまった。



しっかりUSBやGoogle Driveなどに保存しておけばよかった。


それでも今回非常に役に立ったのは、

一番最後のナースプラクティショナーの学校の授業で

「履歴書を書く」という、簡単な宿題が出て、

その時の先生のアドバイスだった。

それを読みながら書き直してみた。

先生のコメントはピンク色でコメントがタイピングされており、

プリントアウトしておいて良かった、と今になって思った。

こんな簡単な課題を 先生はことごとく厳しい採点評価してきた。

B-だった。

え??なんで履歴書の宿題が、

大学院の成績(クラスに合格するのに)最低限必要な B以下なの~??

(大学院ではB:84% 以上取らないとクラスに合格できません)

ちなみにB- (ビーマイナス)とは80~83%のこと。

Bは84~86%

B+は87~89%


私の履歴書が B以下であり、本当に驚いて同じ実習グループの子に

「B-だったんだけど~!」と伝えたところ

「私もだよ~あり得ないよね。なんでこんなことまで変に厳しい採点なんだろうね」

と皆、先生の主観たる採点にぴーちくぱーちく文句ばかり言っていた。

更に私たちを悲しませたのは

他の実習グループの先生たちは

私たちのグループの先生とは違って

”Of course!You did a good job ”と言った具合に

誰もが A+(エープラス)を貰っていたらしい。

普段のペーパーなどの課題なら

「あぁ、英語力がまだまだで先生が求めているレベルまで達していないんだな。」と

思えることも

この履歴書に イチャモン をつけられる意味がわからず

今回ばかりは他の子たちが簡単にもらっている点数に不公平さを

実習グループの子たちと共感しておりました。

因みに点数の割合を 100%とした時に

A-(エーマイナス) は90~93%

A (エー)は 94~97%

A+(エープラス)は 98~100%


正直、私たち実習グループのメンバーは

他の実習グループの子たちがとても羨ましかった。

この履歴書に クラスが合格できなくなる可能性を与える点数をつけるのは

あまりありがたいことではなかった。

一人ものすごく気の強い子がいて

彼女はカンカンに怒っていたっけ。


それでも、今になってみると そんなことも懐かしく感じてしまう。

因みにその授業の総合はB以上だったため 合格できて卒業もできたのですが。

この履歴書は全体の100%の中の内の たしか3%くらいだった気がします。

一瞬 合格危機かと 気が揉まれましたが なんとか免れました。

きっと学校側も、卒業して必要となる履歴書のことを考えてくれていたのかなと

今になっていろいろとありがたい気持ちがこみあげてきます。

更にはその鬼先生の細かいコメントが今回約に立ったので

やっぱり先生はあの時、しっかり愛のムチを使って

指導していたのかな?とも思いました。

先生には感謝感謝。

かなり楽観的な捉え方だけれども

そうでもしないと堪忍袋の緒が切れすぎて

いくらあっても足りませんのでね。

特にナースプラクティショナーの大学院は厳しいから。


さて、履歴書の内容としては

どんな学校を今まで出て来たのか、

ライセンスは何があり、

職歴の細かいこと、

ナースプラクティショナーの実習先の細かな内容、

ナースプラクティショナーの学校に入る前の看護師歴や他の医療経験など、

更にはずーっとずっとボランティアをし続けてきたため

それだけで13個やっていることを知った。

どんだけボランティアを やれば気が済むんだか。

もちろん、そうしたボランティアも

1年のものもあれば、1週間、1日のものもある。


通常、大きな病院のボランティアの場合には

1年以上続けることがノルマであるため

そうした場合には1年は超えていますね~。

それもこれも、留学生であるがゆえに、

看護師として働くステータスがなくて

でも病院や医療に関わりたいと

ずっとずっと思い続けて行動してきたから

結果的にこうなったのだと思う。

病院という特殊な雰囲気や場所で働くことが好きなのだとつくづく感じている。

それがどんな職業であっても。

そう、ボランティアといっても、シフトの間は 決して手を抜かなかったから

結構、重宝してもらっていた。

逆を返すとあまりなぁなぁになって

何もしないで時間が過ぎることがつまらないと感じていた。


とまぁ話がだらだらになってしまったのですが

明日の朝、また履歴書を見直して、しっかり送信していこう。

なんだかドキドキするけど、

こうして自分のアメリカでしてきたことが紙面で振り返るのは

感慨深いものがある。

あぁ全然上手くいかなくて苦労ばかりしてきたけど

悔しくて悲しくて、不甲斐ないもありながらも

それでも自分の目標にブレることなく向かって

ずーっとずっとひたすらに頑張ってきたなぁって感じです。

でもそこまで意固地になっているわけでもなく

流れるままいこうという、努力はするけどあとはなるようになるって感じです。

自分の中では まだ中間地点なため

ここで立ち止まっているわけにはいかないと思っております。


さて、スーパーの本屋のコーナーには

私の尊敬するRuth Bader Ginsburg に関する本があった。

RBG

今やっている 全てのことが片付いたら読んでみたい!

いつになるのだろう。

その頃にはアマゾンで更に割引になっているかな??

ではでは。



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