2006年12月25日

第10回 ゲスト:堂島孝平

メリークリスマス!

というわけで今回は、初台にある「東京オペラシティ」の中にそびえる巨大クリスマス・ツリーの前でゲストと待ち合わせ。(本当はたまたまなんだけど。。)

巨大クリスマス・ツリーは、その名も「12星座の占いツリー」。
ツリー前に設置されている機械に自分と相手の星座を入力すると、てっぺんに飾られている巨大な星が点灯。その点灯の仕方で相性が分かる、つうものだ。
☆が5分割されていて、それが5つすべて点灯したら「最高の相性」、1つしか点灯しなかったら「今月はちょっとした言い争いに注意」みたいな。

というわけで、いい大人が2人で「12星座の占いツリー」に挑戦。(笑)
結果は。。
昼間だったので、点灯を確認しようと上を見上げると大陽光線を死ぬほど浴びせられるために、判別不可能。。
2回程挑戦をした挙げ句、結局あきらめて寂しくその場を立ち去るいい大人2人。共に30歳。。(笑)

-------------------------------------------------------

インタビュー前日にくれたメールを「先にバッパーズ(吾妻光良 & ザ・スゥインギン・バッパーズ)を川口(義之)さんに紹介されて悲しい堂島より」と締めくっていた(笑)今回のゲストは‥


堂島孝平








堂島孝平


シンガー・ソング・ライター。

ポップ・ミュージックの偉人達が発見してきた「極上のメロディ・ライン」の「ツボ」を継承・咀嚼するメロディ・メイカー。
彼の紡ぎ出す美しいメロディ・ラインは、自身の甘くて芯のある歌声によって奏でられ、1回聴いただけで心の奥に響き渡る力を持つ。

また、彼のレコーディングやライブでお馴染みのバンド「GO-GO KING RECORDERS」や「Hi-Tension Please!」とともに繰り広げられる圧巻のライブ・パフォーマンスは、常にパワフルでグルーヴィー。いつも全力、最高のパフォーマンスを見せてくれる。
ステージングも含め「笑い」と「涙」、「光」と「影」が入り混じる「やんちゃな大人」のショウ・タイムだ。胸が躍らざるを得ない。


彼のアルバムを聴いたり、ライブを見たり、友人として付き合ったりする中でいつも感じることは、
彼は、自分の周りにいるすべての人が「笑ったり」「泣いたり」「躍ったり」することを常に求めている、
つまり人を「幸せにする」ことが、彼の「音楽」もっと言うと「人」としてのスタンスなのだ、ということ。

先輩を敬い仲間を大切にする、とにかく懐が深い粋なお兄さん(30)なのである。
ちなみに僕は「25才」という歌が一番好きだ。泣いちゃいますよ、僕(30)は。




そんな堂島孝平氏のお薦め3枚は‥


ThePolyphonicSpree









○The Polyphonic Spree「Together We're Heavy」(2004)

『燦々(さんさん)と心地よい陽光が降り注ぐ初夏の季節にふさわしい、希望と歓喜に満ちたシアトリカル・ポップス・アルバム』−CD解説書より抜粋−



■堂島

ジャァ〜ン!(CDをテーブルの下から取り出す堂島氏)

これは神森君が好きなんじゃないかなと思って持ってきたんだけど。
何かね、何なんだろうね(笑)「変」ですよ、基本的には。(笑)

総勢21人もいてその中の7、8人くらいが歌うんだけど*注)、基本的に歌う人も含めて1人1楽器でさ、要はその、打ち込めば少人数でも出来ることなんだけど、それをあえて人間が1人1つ楽器を持ってやる、っていうのが。やっぱりそれだけで違いが出てくるものなんだよなあ、ってすごい思う。

もう、すごく、大人数で音楽やるっていいな、って思っちゃうんだよね。
コンセプチュアリーなものっていうか徹底して、そういうものを大人数でやるのってすごいカッコいいなと思うんだよね。
すごい馬鹿馬鹿しいことを大真面目にやってるところがさ。

全員で声を出しているシーンとか、すぅーごい美しい。圧倒される感じもいいし。持ってかれるんだよね、聴いていると。
あとは普通にポップスとして凝ってる。展開とか、使っている音色とか。


*注)The Polyphonic Spreeはメンバーの出入りが激しいグループらしく「Together We're Heavy」発売当時(2004)は23人編成のようだ。
そのうち器楽奏者は、バンドの発案者でもありフロントマンであるティム・デラフターを含む15人で、コーラス隊が8人の編成になっている。


■神森

わあ、これは素晴らしい。
美しい旋律、キラキラしていて摩訶不思議なサウンド、宇宙まで突き抜けていくかのような分厚いコーラス。

中心人物のティム・デラフターは自分達の音楽を「オーケストラル・ポップス」と言っているようだが、うむ、確かに。
この静寂と混沌の「差」、というか「表現力」はまさに、オーケストラを聴いているかのようだ。
ピアノだけで静かに始まった曲が、後々とんでもないことになったり。(笑)すごい迫力。
要所要所で「ウィ〜ン」って唸っているかのようなテルミンがいい感じ。

メロディだけを聴いてみるとすごく美しいんだけど、悪く言えばそんなに新しい感じはなくて、「Jellyfish」や「Flaming Lips」など「オルタナティブ・ロック」とか呼ばれている音楽の影響が見られる。
だけど彼らと一線を画しているのは、そのメロディの鳴らし方(7、8人で一緒に歌う)と、十数人がいっせいに奏でる壮大なサウンドだ。
要するに「バンド」らしからぬ「明確なコンセプトがある」ということ。

全員で声を出して歌うことの神々しさ。
デジタル機材の発展によって失われつつある「音楽を奏でる」ことの大切さ・美しさ。
それと、もちろん彼らの衣装(カラフルな装束を着用)も相まって、すごい多幸感だ。

ライブを見てみたい。




Dr.Buzzard'sOriginalSavannahBand









○Dr.Buzzard's Original Savannah Band「The Very Best Of Dr. Buzzard's Original Savannah Band」(1996)



■堂島

ズンッ!!(CDをテーブルの下から取り出す堂島氏)

これはお勧め、超お勧め!
「ドクターバザーズ・オリジナル・サバンナ・バンド」。

10年ぐらいもう聴いてますねえ。
もうねえ、こういうことをねえ、やれたらねえ、いいなあ、って思う。
なんかいいんだよね、この「スタイリッシュさ加減」と「気の抜け方」と。

着こなしとかも「ジゴロ・ファッション」らしいんだけど、なんかそのコンセプチュアリーがそれがそのままいい、ってわけじゃなくて、このバンドの在り方−ちょっと踊れて、お客さんもいつもよりちょっとお洒落してくるみたいな−が、いい。

それと、ある意味、人として余裕がでてこないと醸し出せない不真面目さ、ってあるじゃないですか。(笑)そういう、洒落た、とんがったモノを感じるなあ、って。
あと、「オシャレ」っていうよりかは、「アカデミック」っていうか。そういう在り方ってカッコいいな、って。
それでなおかつ、踊れて泣けてロマンティック、っていう。
自分がやるんなら、そういうコンセプトは見つけたいよね。

直接的な影響って自分では分からないんだけど、
フリッパー(フリッパーズ・ギター)とかね、あそこら辺の人たちも(このバンドが)大好きだったから。絶対真城(めぐみ)さんとかも好きだし。
その辺の世代の人たちにとってもマストだったってことは、間接的に遺伝してくるよね、やっぱ。

こういうの、だから、結成できたらいいなっていうのがね。
神森さんもぜひ、やりましょうよ。


■神森

うはっ!これは以前から気になっていて、買おうか買うまいか悩んでいた1枚!

というか以前に1曲だけ「Cherchez La Femme/Se Si Bon」という曲を聴いた時に何となく堂島君を思い出し、「このバンドは堂島君にお勧めだなあ」とか思っていたので、逆にお勧めしてもらってビックリ。

いやしかし。本当に素敵。
「トロピカルなディスコ」とでも言うのだろうか。
とにかくスウィング・ジャズだとかディスコ、レゲエ(ダブ)など様々な要素が詰め込まれていて、それがすべて「ダンス・ミュージック」という枠の中でいい案配で融合されているのだ。
「音楽(ポップ・ミュージック)の美味しいレシピ」を明らかに熟知していると思われる。
(様々なジャンルを取り入れようとすると「嫌味になってしまう」か「必死すぎて引かれる」感じになってしまいがちだ)

それから、この何とも言えぬ「哀愁感」が胸をしめつける。
堂島君のいうように「踊れて泣けてロマンティック」。
自分の感情を単に吐露しただけではこの哀愁は出ない。
あくまでも「ダンス・ミュージック」というコンセプトにそって、その中でさまざまな感情表現をしているように聴こえる。
喜びも悲しみもすべてを抱えて踊りつづける、そんなイメージが浮かんだ。

ポップスの美しさ・素晴らしさで満ち溢れている素晴らしいバンドだ。

こういうの、というか、こんなホットでクールなバンド、結成するときにはぜひ一声お願いいたします。





カーネーション









○カーネーション「booby」(1997)

『かつては一部のマニア向けとされていたカーネーションだが、アルバムを出すたびにグンと身近なものになってきている。ちょっとむさくるしいところもあるが、バッキング・ヴォーカルで参加したかの香織や真城めぐみらが華を添えている。』−「CDジャーナル」データベースより抜粋−



■堂島

(CDをテーブルの下から。。もう取り出していた堂島氏。どうやら擬音をつけ忘れてしまったようだ。。)
カーネーションですよ、神森さん。(笑)

カーネーションはホント、いつもかなわないなあ、って思う。
今は三人編成になっていて、すごいソリッドでイカしているんだけど、これは五人の頃のアルバム。

集団のあり方ていうかさ、そういうのが中途半端じゃなくて、カーネーションみたいに一人一人が責任を持って自分を信じてやっている感じっていうのが、俺は側にいるからかビシビシ伝わってきて、そういう先輩ってすごいカッコいいな、って思う。

歌ってる直枝(政広)さんとドラムの矢部(浩志)さんは俺にとったらもう、なんでしょう、分かりやすく言うとジョン&ポール(John Lennon & Paul McCartney)みたいな感じで。二人とも大好きなんですけど。どっちかが好きっていうと刺が立つんで。フハッ(笑)

でねえ、直枝さんの場合はメロディもすごく美しいんだけど、ちゃんと「怒り」も歌える人なんだよね。
で、そこが実は俺、神森君を聴いてても思うところで。
すごく美しいものと同時に、フツフツとした怒りも歌えるみたいなところがさ。
そういうところのさじ加減とか、直枝さんを聴いてていいなあ、とか思うし。
まあ、すごく似てるっていうことじゃないんだけど、(カーネーションも)宅録が出来る人たちだし、何だって出来るんだけど、でもライブ・パフォーマーとしてもすごくいいし、だからその、「さじ加減」とかも、神森君も聴いたらどうかなあ、って。

あとはこう、すげえ「ネタが豊富」っていうか、音楽をすごく沢山知っているけど、けして「頭でっかち」にならない。理詰めで音楽を作らない人たち。
だけどすごくいいエッセンスで、そのフレーバーは出せるのってけっこう理想じゃん?

「何を歌うか」とか「自分がやる意味」とか、そういう部分でかなわないっていうか。
「替えが利かない存在」っていうのに自分ももっともっとなりたいなと思うけどさ、やっぱカーネーションの音楽はさ、俺にとってないと困るんだよね。

あとはあれじゃないですかね、この先もっと、「こういう大人になりてえな」って、俺らに思わせる領域に行く人たちだって思うんだよね。平たく言えば、バッパーズ(吾妻光良 & ザ・スゥインギン・バッパーズ)とか憂歌団の木村(充輝)さんとかさ。もはや、カーネーションは圧倒的な部類の人たちだと思うんだよね。


■神森

カーネーションはもちろん知っている。
アルバムも持っているし(1枚だけど。。「a Beautiful Day」)、ライブも何回か見ている。

今回この「booby」と、堂島君に「堂島的カーネーション・ベスト」を作ってもらって、カーネーションの歴史を広く浅くさらってみることができた。
しかし名曲揃いですな。まじで。特に「Edo River」「市民プール」が好きだ。(ちなみにこの曲は「堂島的カーネーション・ベスト」の3曲目・11曲目に収録されている。。笑)

一番感じるのは「綺麗なもの・こと」を、「綺麗」なままで聴かせようとしていないということ。単純明快な恋愛ソングにしてしまえば、もう少し聴き易いポップ・ミュージックになることは明快なのだが、そうはしない。

それは、「自分の音楽」−もっと言えば「すべての音楽」−に対する愛情と信頼がそうさせているのだと思う。
「ネタ」というか、膨大な数の「音楽」からそれぞれの「美学」を飲み込み、それらが血となり肉となり、彼らの「音楽」になっている、そんな感じがした。
堂島君にも同様の印象がある。
ただ消費されるだけの商業音楽ではない、ポップ・ミュージックを奏でるカーネーション。
(「聴く人の常識から外れない」というだけのポップ・ミュージックなんて、なんと刹那的で空しいことか)


それから、曲を作れる人間同士が集まってバンドを組む、ってどういうことなのだろうか。
自分の音楽をさらなる高みへ持っていくことができるからか。
もしくは自分では思いもしなかった別次元の音楽を作ることができるからか。
どちらにせよ、大切なことは「相手を信じること」と「自分を信じること」なのだと思う。

クリエイティブな人間が他にいる中で、自分がそのバンドにどう関わっていくか。
「相手の音楽」を理解し、認めなければその人と一緒にやる必要がない。
また、「自分の音楽」を(自画自賛ではないやり方で)理解し、愛さなければ自分がバンドにいる理由がない。

「自分が自分が」というのではなく、目標(コンセプト)に向かって自分達のベストを尽くすことができて、一人ではけしてできない魔法をかけたり、化学変化を起こしたりすることができる…それが、カーネーションがバンドを組み、今でも続けている理由なのではないだろうか。






終わりに------------------------------

この3枚を聴いて「コンセプトを持つこと」の素晴らしさ・面白さを感じた。

そうすることで、明らかに聴く人を意識することになるわけで、より多くの人の心に届く可能性が広がるのだと思う。
「聴かせる側」と「聴く側」に一体感が生まれる気がする。
(もちろん、その「コンセプト」が素晴らしいものでなければ、何も起こらないのだが。。)

僕は、音楽的なことに捕われ過ぎる傾向がある。
メロディや音色の美しさ、など細かい部分を追求するあまり、俯瞰(ふかん)で見た全体的な仕上がりを見失ってしまいがちだ。

今まで以上に「コンセプト」をもっと意識してみようと思った。曲作りの幅がもっと広がる気がする。


それからこの3アーティストは、とても「粋」で「センスのいい」人たちであった。
「出来ること」をただ羅列しただけでは嫌味に見えるし、その人がナニモノなのか分からない。愛せない。
彼らは「出来ること」の中からいくつかの要素を取り出し、それらを彼らのセンスでブレンドする。
大人の理知的な部分と、子供の無邪気な部分がひとつの曲の中に絶妙に共存している。
大人の大人による老若男女のためのポップ・ミュージックだ。(笑)

僕も…もっと…余裕を持って…曲作りをしたいっす。(笑)

それから、ソロで音楽活動を続けて行くとともに、よりいっそう誰かと音楽を一緒に奏でたい、という願望が強くなった。

堂島君、どうもありがとうございました


------------------------------------------------------------
次回訪問先は‥ 山下浩平氏(マウンテンマウンテン) です

みなさんお楽しみに

神森徹也

Posted by manekarezarukamimori at 18:17│Comments(0)TrackBack(0)

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/manekarezarukamimori/50477256