December 2010

December 31, 2010

 日本ワクチン学会などの臨床試験で乳幼児期に打つ百日ぜきのワクチンを11〜12歳で追加接種すれば、成長に伴い低下した免疫力を回復させられることがわかった。
 
 百日ぜきは最近、感染報告の半数を成人が占め、大学や高校での集団感染も問題になっている。

 同学会では厚生労働省に対し11〜12歳での追加接種を求めていくという。
 
 

manekinecco at 05:14トラックバック(0)サイエンス  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

December 30, 2010

ブラウ作戦
 (ドイツ語:Unternehmen Blauウンターネーメン・ブラウ)
 第二次世界大戦中の1942年夏から1942年初冬にかけてのドイツ軍・ルーマニア軍・イタリア軍の枢軸合同軍がソ連南部の原油確保等を目的とした攻勢作戦である。
 なお、作戦名の「ブラウ」(blau)は青の意である。
 
 バルバロッサ作戦(モスクワ攻勢)では全力で赤軍に侵攻し人的損害が膨大に及んだ。
 再び、同規模の作戦を実行する目標である地点までは相当な距離を進撃する必要があり兵站線が長くなる。
 独ソ戦を短期に終わらせることに失敗したヒトラーは、長期戦にむけた戦争経済に傾倒、このような限定された戦力において資源地帯であるソ連南部への攻勢を決定した。
 
 ヒトラーは、北方軍集団はレニングラード包囲を継続させたまま、中央軍集団はルジェフ付近での現状維持に努めるとしており、南方軍集団は長期戦に備えるためカフカース油田地帯を確保するため、ペルシア回廊を遮断してソ連の継戦能力を奪い、また黒海の制海権を握ってトルコを枢軸国側に引き込むことを狙った。

 ドイツ軍の機甲戦力
 A軍集団の第1装甲軍 6個装甲師団、1個自動車化歩兵師団、グロースドイッチュラント師団、SS ヴィーキング師団が参加
 B軍集団の第4装甲軍 4個装甲師団、2個自動車化歩兵師団が参加

 両軍集団にはT-34対策として長砲身の5cm砲を装備したJ型を含めたIII号戦車が約600両、長砲身型の7.5cm砲を装備したF2型を含めたIV号戦車が約300両配備されていた。
 
 

manekinecco at 10:22トラックバック(0)軍事戦略  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
 ハーバード大学などの国際チームが、アフリカゾウをゲノム(全遺伝情報)を解析したところ単一の種ではなく二つの種に分類すべきであることを明らかにした。

 アフリカゾウの仲間とされる
   サバンナゾウ
   マルミミゾウ
は異なる種ではないかと学者の間でこれまでも論争になっていた。
 サバンナゾウは、オスの肩の高さが3〜4メートルあり、2・1〜2・7メートルのマルミミゾウとは体の大きさが違うため、異種とする見方があった。

 調査の結果、同一種とはいえないほどゲノムの違いが大き意ことが明らかになった。

 ただ、細胞内にある別の器官のゲノム解析では、両者の違いが少ないことから、同一種とする意見もあったという。

 研究チームが双方のゲノムを比較したところ
   710万〜190万年前
に異なる種に分岐していたことが判明した。
 
   

manekinecco at 03:12トラックバック(0)よもやまばなし  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

December 29, 2010

 国立感染症研究所(感染研)の調査によると、世界中で昨年大流行した新型インフルエンザの患者が12月に入って急増し、それまで主流だった季節性のA香港型との割合が逆転したことがわかった。(関連情報

 今シーズンでは両方の型のワクチンを1度に接種できるようになったが、免疫が出来るまで3、4週間かかる。
  
 感染研が国内各地で検出されたウイルス型を集計した結果、11月はA香港型が7割近くを占め、新型は3割弱だった。
 だが、12月6〜26日の3週間の速報値(28日現在)は、新型が182件と、A香港の71件を大きく上回った。

 A香港型は乳幼児に脳症を、高齢者には二次感染による肺炎を起こしやすく、季節性の中でも大きな被害が出る傾向がある。

  

manekinecco at 15:57トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

December 28, 2010

 セポイの乱は、1857年5月10日にインド北部の都市メーラトでセポイが蜂起したことに始まる。
 セポイとはイギリス東インド会社が編成したインド人傭兵のことである。

 この傭兵団は上層カーストに位置するヒンドゥー教徒と上流階級のイスラム教徒で構成されていた。
 
 彼らが反乱を起こした直接的な原因は、イギリス本国で新たに採用された
   ライフル銃
であるP1853エンフィールド銃の薬包に、ヒンドゥー教徒が神聖視する
   牛の脂
とイスラム教徒が不浄とみなしている
   豚の脂
が使われており、この銃がシパーヒーにも配備されるという噂が流れたことと言われている。

 19世紀中葉から始まった、銃器の技術革新の最初の成果だったエンフィールド銃は紙製の薬包を使用しており、この薬包には防湿油として脂が塗られていた。この薬包を使ってエンフィールド銃を装填する際には、まず口で薬包の端を食いちぎって火薬を銃口から流し込み、弾丸と弾押さえ(薬包を口中で噛んで柔らかくしたもの)を押しこまなければならなかった。

 彼らは戦闘時に宗教的禁忌(牛または豚を口にすること)を犯すことになってしまう。彼らはこれを宗教的侮辱と受け取って弾薬の受領を拒否するなどしたが、これらの行為は懲罰の対象とされた。

 メーラトの反乱部隊は翌11日にはデリーに到着し、デリー駐留のシパーヒー部隊を味方につけて駐留イギリス軍を駆逐、デリーを占拠した。
 
 ムガル皇帝バハードゥル・シャー2世は反乱に与し、皇帝復権を宣言して
   対イギリス戦争開始
を表明した。
 
 この反乱を機に、旧王侯、旧地主、農民、都市住民ら反英勢力が、宗教・階級の枠を越えて一斉に蜂起、反乱はインド北部を中心に拡大し、その勢力は一時国土の3分の2にまで及んだ。

 デリーでは7月にバフト・ハーンの率いる軍が到着したことから反乱軍が勢いづき、デリー防衛戦を優位に進め、デリーではムガル帝国の国家体制が一時整えられたかに見えた。
 
 権益の奪い合いなども始まり、反乱軍はまとまりに欠き、支配地域の拡大が止まった。
 
 反乱軍は有能な指揮官に事欠いており、傭兵が離脱して兵力不足となっていたイギリスは、周辺民族や旧支配階級を懐柔するなど政治的工作の面で反乱勢力をリードした。

 1857年8月にはデリーの反乱軍は劣勢となり、9月になるとイギリス軍のデリー総攻撃が開始、19日にバハードゥル・シャー2世は王城レッドフォートから脱出し、その後イギリスに投降しデリーでの大反乱は4ヶ月で終結した。

 メーラトの反乱後、カーンプルやアワド、ビハールなどで反乱地方政権が発生した。
 ジャーンスィー王国が激戦を継続し、王妃ラクシュミー・バーイーは1858年4月まで抵抗を続けた。

 イギリスは旧式の滑腔銃を持り密集銃隊で運用された反乱軍を射程外の距離から正確に射撃する事で圧倒した。
 また、捕虜となった反乱軍兵士に対し大砲の砲口に縛り付け、木製の砲弾を発射して体を四散させる虐殺行為を見せしめとして行い、恐怖で反乱軍とインド民衆の士気を砕いた。

 反乱軍は最終的には個別撃破されて消滅した。
   

manekinecco at 08:21トラックバック(0)軍事戦略  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

December 27, 2010

 宇宙航空研究開発機構が27日、探査機「はやぶさ」が持ち帰ったカプセルの「別室」から、新たに約100個の大きめの粒子が見つかったと発表した。
 また、初めに開けた部屋で見つかった数百個のうち、30個ほどは小惑星「イトカワ」のものの可能性が高いことも分かった。
 来年1月下旬からこの30個を国内の数機関に配り、分析を始めるという。
 
 

manekinecco at 16:06トラックバック(0)サイエンス  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

December 26, 2010

 中国の研究チームが物理学の最大のなぞの一つで、見つければノーベル賞級の成果となる
    暗黒物質の観測
に本格的に乗り出すことを決めた。
 暗黒物質は地球や我々を作る普通の物質の数倍は存在するのに正体は不明のままで各国が研究に本腰を入れた。
 
 中国は四川省山中の厚さ2千メートル超の岩盤下に「世界最深」の実験室を設けて、競争に参入する。

 宇宙の成分は、暗黒物質が23%、ダークエネルギーが73%、普通の物質はわずか4%と考えられ、超高感度のセンサーを使った観測競争が共同研究の南極大陸での施設をはじめ過熱している。
 日本も東京大が岐阜県・神岡鉱山跡に新たに設置した施設「XMASS(エックスマス)」で来春にも観測を始める。
 
   

manekinecco at 16:03トラックバック(0)サイエンス  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

December 25, 2010

 三重大の山田芳司教授(分子遺伝疫学)らの研究グループは年間約5万人が死亡する心筋梗塞(こうそく)の発症にかかわる二つの遺伝子を発見し、21日に発表した。
 予防や治療につながる可能性があるという。 

 心筋梗塞は、血管がつまって、心臓を動かす心筋に血液が届かなくなる病気で発症すると致死率が高く、寝たきりになる人も多い。

 山田教授らは、「A」「T」「G」「C」という4種の塩基が約30億並んでつくる
   生命の設計図
であるヒトゲノム(全遺伝情報)について、個人ごとの細かな配列の違いに着目した。

 日本人と韓国人の計約1万7400人のゲノムを調べた結果 
    BTN2A1
という遺伝子の塩基配列で、ある部分がCからTに置き換わっていると、心筋梗塞の発症率が約1.5倍に高まっていることを突き止めた。
 この型の場合、血管をつまらせる血栓を作りやすくなるという。

 また、「ILF3」遺伝子の塩基配列の特定部分がAからGに置き換わっている場合も発症率を約1.4倍に高めていたことがわかった。

  

manekinecco at 20:41トラックバック(0)サイエンス  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
 宇宙飛行士山崎直子さんの出身地である千葉県松戸市が、山崎さんとともに宇宙を旅したカボチャの種から果実を実らせ、採種した種1万5400粒の栽培を全国の学校に呼びかけた。
 これに応募が殺到し24日現在、北海道から沖縄まで2081校に達したという。
 3粒ずつ5千校に配る計画で、募集は続いている。
 
 

manekinecco at 16:17トラックバック(0)サイエンス  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

December 24, 2010

スィパーヒー(シパーヒー)
 (sipahi)
 オスマン帝国の常備軍騎兵
 ペルシア語の「兵士、軍人」を意味する سپاهی sipāhī からの借用語でオスマン帝国で組織され、中世ヨーロッパにおける封建制度の中での騎士に相当する戦闘集団を指している。
 
 召集されるにあたり給料として一定の封土での徴税権を帝国から与えられる
   ティマール制
がとられていた。 
 オスマン帝国には君主の「奴隷」階層で組織された常備軍騎兵である
   カプクルの騎兵
があるが別物である。
 
 戦闘装備は所有する封土によってまちまちでであるが、騎馬民族を期限とするオスマントルコ帝国では基本的には軽装で戦法も射騎戦法が主であった。
 なお、15世紀頃になると重装騎兵へと変わり、さらに時代が進み17世紀頃には銃の発達から重装化よりも軽装化による機敏性を重視され、重装備のスィパーヒーが再び少数となり、全体としては軽装騎兵へと戻っていったといわれている。
 
 全時代を通して戦場において自分の地位や所属、武勇を周囲の敵味方に示すために羽飾りや派手な衣装で身を飾っていた。

 ウィーン包囲戦での敗北からスィパーヒーは徐々にその重要性が失われていった。
 
 それとは対照的に火砲で武装したイェニチェリ及びその他のカプクルの軍隊は活躍の場が広まり、その重要性が高まり、要員と軍事費が大幅に増加していった。
 
 その影響を受けスィパーヒーとそれを支えていたティマール制の存在価値は共になくなり、最終的には形骸化し没落していった。
 
 

manekinecco at 07:55トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
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