January 2015

January 31, 2015

 
 京都大学の奥田昇准教授らによる研究グループは、亜熱帯ダム湖の湖水中で
   脱窒メタン酸化細菌
が優占していることを発見した。(発表記事)
 
 
 メタンは強力な温室効果ガスで、淡水湖沼はその主要な放出源の一つになっている。
 
 
 これまで、湖底で生成されたメタンの大半を消費している
   メタン酸化細菌
のうち、脱窒メタン酸化細菌の相対量は小さいと考えられていた。
 
 
 
 今回の研究では、台湾北部のダム湖で微生物細胞を採取し、遺伝子配列を解析した。

 脱窒メタン酸化細菌は全微生物細胞の16%と、最も優占しているメタン酸化細菌であることが分かった。
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
  
      

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January 30, 2015

鳴梁海戦
   (めいりょうかいせん)
 鳴梁渡海戦とも呼ばれる。
 
 
 豊臣秀吉李氏朝鮮が支配する朝鮮半島への侵攻作戦「慶長の役」で、慶長2年(1597年)9月16日に半島の陸上における攻略戦に呼応して行われた海戦。
 
 慶長の役における海戦の一つで、西進した日本水軍の先遣部隊と朝鮮水軍の本隊との間に起こったもの。
 

 李氏朝鮮はもともとは1392年に、外来民族の一族である女真族の武将
   李成桂(太祖)
が高麗国の恭譲王を武力を持って王としての地位を剥奪し、自ら高麗王に即位して作られた国だが、中国の朝廷への朝貢などにより国民は重税等で苦しめられていた。
 
 
 李氏朝鮮の軍隊を撃破していく日本軍に協力的な朝鮮人は多く、解放軍として明国に向かって進軍する日本将兵の兵站線を確保・維持することにも協力的であった。
 
 

 李舜臣が率いる少数の大型艦を保有する朝鮮水軍が、先鋒として進んできた小型の日本軍に勝利を収めた戦いとして韓国では名高い。
 
 
 しかし、朝鮮水軍は日本水軍の先鋒の中型船である関船30隻と戦っただけで、その後は、戦力差を鑑みたため日本の大型軍艦が多数を占めている本隊との激突は避け、一目散に逃げてしまった。
 
 そのため、本来であれば死守すべきであろう根拠地および制海権を戦いもせずに放棄して、日本の本体が近づかない遠方まで撤退している。
 
 これにより戦場の制海権は日本側のものとなったため、日本水軍は朝鮮水軍の基地である(全羅道)右水営や対岸の珍島の攻略を許し、結果として日本水軍の侵攻は成功している。

 

 船手衆として左軍に加わった日本水軍の兵力は藤堂高虎(2,800)、加藤嘉明(2,400)、脇坂安治(1,200)、来島通総(600)、菅平右衛門達長(200)の7,200名、これに若干の他家の水軍を加えたとしても8,000人に満たない戦力であった。
 
 さらに鳴梁海戦においては大型船(安宅船)を用いず、朝鮮水軍の大型船を捕獲するため、中型船である関船を選抜して運用していた。(「高山公実録」)
 
 李舜臣自らが著した「乱中日記」には“賊船30隻撞破”とあるものの、撃沈確認の記述はない。

 
 朝鮮水軍は13隻程度で、日本側水軍の先鋒の中型船30隻を攻撃したのち戦場離脱、当該海域の制海権を放棄し、その日の内に追撃の恐れのない遠方まで撤退したという見方が主流だ。

  なお、このとき戦死した伊予の来島通総は、朝鮮の役に出征した大名としては唯一の戦死者となった。
  
 
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manekinecco at 22:38トラックバック(0)軍事戦略  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

January 29, 2015

 広島大学と農業生物資源研究所(茨城県つくば市)のチームがさまざまな生物の遺伝子を組み換えられる新たな技術を使い、カイコやオタマジャクシを緑色に光らせることに成功した。
 
 強く光るシルクの開発などに役立つとしている。

 チームが開発した技術は、昆虫から哺乳類まで幅広く使えるのが特長で、従来より簡便、正確に狙った場所にいろいろな遺伝子を挿入できる。

 光る生物以外でも、病気の遺伝子を持つ細胞や動物を作りだし、新薬や治療法の研究も可能という。

 広島大の山本卓教授らは、この新技術を「ピッチ法」と命名した。
 

 
 
 
   

manekinecco at 22:37トラックバック(0)サイエンス  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

January 27, 2015

 大阪大学の
   近藤誠助教
   島田昌一教授
は、セロトニン3受容体が
   運動による抗うつ効果
   海馬の神経細胞の新生
に重要な役割を果たしていることを明らかにした。

 これまで動物にとって、運動は、海馬で起こる神経細胞の新生を活発したり、抑うつ行動を減少させたりする効果があることが知られている。

 しかし、なぜ運動が脳に有益な効果をもたらすののか、その詳細は解明されていなかった。

 研究では、脳内の神経伝達物質の1つで、うつ病などの精神疾患に関わっていると考えられているセロトニンの受容体に注目し、マウスを用いた実験を行った。

 その結果、セロトニン3受容体が、運動のもたらす抗うつ効果や海馬の神経細胞の新生に重要な役割を果たしていることが分かった。

 研究成果が、うつ病などの精神疾患の予防や苦痛の軽減に貢献すると期待されている。
 
 
 
 
  

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January 26, 2015

 英国ロンドン大神経生物学研究所の
   石津智大研究員(神経美学)
のチームは人が絵画や音楽を「美しい」と感じたとき、脳の一部分の血流量が増加することを米専門誌などに発表した。
 
 この部位はうつ病や認知症などの疾患で活動が落ちるとされ、石津研究員は「『美』によって活性化させる手法は、医療の分野などで生かせるのではないかと期待する。

 チームでは、人種や宗教などが異なる22〜34歳の健康な男女21人を対象に、機能的磁気共鳴画像装置を使った実験を実施した。

 肖像画や風景画などを45枚提示し、美しいと感じたかどうかを示してもらったという。
 
 
 
 
    

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January 25, 2015

 日中戦争において中国側の国民革命軍(国民党の軍)は、古来からの戦法とされ
   堅壁清野(けんぺきせいや)
と呼ばれる焦土作戦を用いた。

 この作戦では城壁に囲まれた市街地内に人員を集中させ(堅壁)、城外は徹底して焦土化する(清野)ことで、進攻してきた敵軍は何も接収できないようにして疲弊させ、持久戦を有利に運ぶ狙いで行われるものであった。
 
 
 国民党軍は日本軍・中国共産党軍の双方に対しこの作戦を取った。

 

 蒋介石の指示で国民党軍の焦土化の対象は、軍事施設や食糧倉庫など兵站線を維持するためのものだけではなく、一般住民の所有する田畑や民家にまで徹底的に破壊していった。
 

 日本軍の南京攻略戦の際、国民党軍は
   敵に隠れる場所を与えない作戦
を採用し南京城外の周囲およそ24kmの家屋を全て焼払い焦土化された。
  
 
 日本の上海派遣軍の攻撃に耐え切れず、10倍近い国民党軍が壊走したが、南京から退却する国民党軍は、南京市の住民から掠奪と破壊を徹底して行って出て行ったという。
 
 
 なお、中国国民党・政府は中国人住民が所有するモノを強制的に取り立てる「徴発」に反抗する者を「漢奸」として見せしめ処刑の対象としていた。
 
 
 租界地のフランス将兵によると中国の住民も国民党軍に財産等を掠奪されるばかりではなく、中国人住民は
   自警団
を組織していた住民側が「掠奪する国民党の敗残兵等」を殺害するという光景がいたるところで見られた記録もある。
 

 中国側の敗残兵により上海フランス租界の重要機関が放火された。
 
 
 こうした蛮行を繰り返し避難民に紛れた国民党軍の
   敗残兵
   便衣兵
が南京住民に対しても蛮行を繰り返していたため、これに対処するためフランス租界の警官が銃撃戦を行うという事件も起きている。
 

 上海の英字紙には中国軍が撤退にあたり放火したことは軍事上の行為と認めたうえで残念なことであると報道した。
 
 一方で、中国軍の撤退により上海に居住する
   数百万の非戦闘員
に対する危険が非常に小さくなったとして日本軍に感謝すべきとの論評がなされた。

 
 
 
 
 
    

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January 24, 2015

 京都大学の湊長博教授らによる研究グループは、免疫システムの司令塔であるT細胞が自己を攻撃しないために必須の胸腺髄質上皮細胞の幹細胞を初めて明らかにした。
 
 また、その移植により自己免疫疾患を回避することに成功した。

 これまでT細胞に自己組織であることを教える重要な細胞(胸腺髄質上皮細胞)が維持される機構はよく分かっていなかった。

 
 免疫系は、病原体などの異物を攻撃する一方で、自分の組織は攻撃しないための仕組みが必要であり、様々な免疫担当細胞の司令塔であるT細胞の発生組織である胸腺組織の髄質領域がその過程を担っている。


 研究では、マウス胸腺から胸腺髄質上皮細胞の幹細胞(mTECSC)を同定することに初めて成功し、自己免疫疾患を発症するマウスにmTECSCを移植した。
 
 その後、ほぼ生涯に渡って正常な髄質上皮細胞を供給し続け
    自己免疫疾患の発症
をほぼ完全に抑えられるということが明らかになった。

 
 
 
 
   

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January 22, 2015

 慶応義塾大学の森田林平専任講師と吉村昭彦教授らは久留米大学と共同で、人間の皮膚細胞に1種類の遺伝子を導入して血管の細胞に変化させることに成功した。
 
 ある細胞を別種の細胞に変える手法は「ダイレクト・リプログラミング」と呼ばれる。
 
 
 研究グループは血管のもとになる内皮細胞や血液細胞を作るのに欠かせない18種類の遺伝子を皮膚の細胞に導入して調べた。

 「ETV2」と呼ぶ遺伝子の働きで、皮膚細胞が内皮細胞に変わることを突き止めた。
 
 遺伝子を入れて2週間ほど培養すると内皮細胞ができた。

 
 さらに培養してマウスの筋肉に注射したところ、新たな毛細血管ができていた。
 
 この遺伝子はがんを引き起こす働きはなく、細胞ががん化するリスクは低いとのこと。

 
 
 iPS細胞などの万能細胞を経ずに済み、短期間で目的の細胞を作り出せる成果となる。
 
 
 動脈硬化や血栓などの治療につながるほか、肝臓や腎臓など立体的な移植用臓器を作るのにも応用できることが期待される。

 サルなどの大型動物で効果や安全性を確かめ、5年後をメドに実用化を目指す。
 
  
 
 妊婦の羊水の細胞に、2〜3種類の遺伝子を入れて内皮細胞を作る方法はあったが、羊水の細胞は入手が難しいうえに作製効率も悪かった。
 
 
 
 
   

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January 21, 2015

 腐敗した動物の死骸を食べる
   コンドル(ハゲタカ)
はなぜ食中毒にならないのかという動物界の長年の謎を解明したとする研究論文が発表された。

 その理由は、特殊な消化器系にあるという。

 コンドルは腐敗した動物の死骸をついばみ、骨のみになるまで食べ尽くす。
 
 死骸の皮が硬く、くちばしで穴を開けることができない場合は、ちゅうちょなく肛門に口を突っ込み、はらわたをむさぼる。

 コンドルは死肉をあさる際、炭疽(たんそ)菌やクロストリジウム菌などの病原菌や毒素に身をさらすことになる。
  
 当然ながら、他の動物がこれらにさらされれば、病気になったり死に至ったりするだろう。

 デンマークと米国の科学者チームではアメリカ大陸に生息するクロコンドル(学名:Coragyps atratus)26羽とヒメコンドル(学名:Cathartes aura)24羽の計50羽の体に存在する細菌群のDNA特性を調査した。
 
 その結果、コンドルの顔の皮膚から採取したサンプルは、528種類もの多種多様な細菌が存在することを示した一方、腸内には76種しか生存していないことが分かった。
 
 数百万年に及ぶ進化で磨き抜かれたコンドルの消化管は、のみ込んだ有害な細菌の大半を殺し、残った細菌と問題なく共存することができるのだという。

 
 コンドルは、体内に取り込んだ危険な細菌の大半を死滅させる役割を果たす極めて頑強な消化器系を発達させた。
 
 一方で、致死性細菌の一部への耐性も同時に発達させたとみられる。

 他の動物を死に至らしめると思われる細菌種が、コンドルの腸管下部で活発に活動しているとのこと。
 
 
 
 
 
 

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January 20, 2015

 日中戦争初期に日本で発行された
   『画報躍進之日本』
の中で、第二次上海事変後の日本軍が陥落させた南京における国民政府側の指導者である蒋介石の指示で行われていた「漢奸狩り」が報告されている。
 
 このほか、『東京朝日新聞』、『読売新聞』、『東京日日新聞』、『ニューヨーク・タイムズ』も「漢奸狩り」について報道をおこなっている。

 日中戦争が始まると漢奸の名目で銃殺される者は南京では連日 80 人にも及んだ。
 
 その後は数が減ったものの1937年(昭和12年)11月までに約 2,000 名に達した。
 
 「漢奸」として疑われた多くは日本留学生であった。
 
 当時南京にいた外国人からも日本留学生だった歯科医が漢奸の疑いで殺された具体例が報告されている。
  
 
 画報躍進之日本によると、「漢奸狩り」は何らかの意図をもって特定の者にどさくさを利用して漢奸というレッテルを付けて葬るという中国一流の愚劣さから出ていたとの見方を示した。
  
 
 さらに、南京で颯爽と歩く若者は全部共産党系であり、彼らによってスパイ狩りが行われるため要人たちは姿を隠して滅多に表に出ることがなかったと報告している。
 
 南京では軍事情報の日本側への伝達、日本の航空機に対する信号発信や国民政府が日本の軍艦の運航を妨げるために揚子江封鎖を行うとした決定を漏洩したことを理由とするにとどまらなi.


親日派をはじめ、日本人と交際していた中国人や少しでも日本のことを知るように話したり
   「日本軍は強い」
などと言うことを根拠として直ちにスパイと断定され裁判すらなく即時処刑された。
 
 
外国人も例えば日本の書籍や日本人の写っている写真を持っているだけでスパイの嫌疑を受け拘引されたことから、南京を脱出する外国人も出ていたという。

 
 1937年(昭和12年)12月初旬の南京攻略戦直前の南京城内では毎日、漢奸狩りで捕えられ銃殺される者は数知れず、電柱や街角に鮮血を帯びた晒し首が目につかない場所はなかったという。
  
 
  南京攻略戦後には、日本軍に好意を持つものは漢奸として処分されることを示したポスターが南京市内いたるところで確認されたという。
 
 
 
 
  

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