戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

ライトノベル「天国への遠征」1


 ある日、天使が部屋に舞い降りた。助けてほしいと言ってきた。
「天国は地獄に負けました」
 天国が悪魔の軍勢に乗っ取られたのだという。

「なんですって?」
 信じられない思いで、問い返す。
「だって天国でしょ? 悪魔の前に鉄壁ではなかったのですか?」
「天使が腐ると悪魔になるのです。多くの天使が腐っていき、攻撃される前に内側から陥落した状態でした」
 なんだかわからんが、防備の面で重大な手抜かりがあったらしい。

「それでどうするわけです」
「天上のわたしたちは地上に避難しなければなりません。わたしがお願いに来たのはそのためです。状況が好転するまで、ここにあずかって面倒見てほしいのです」
 ぼくはむしろ、歓喜したい気分だった。こんな可愛い天使といっしょに暮らせるなんて、まさに天国が舞い降りてくるようだ。
「受け入れてくださいますね」
「よろこんで」

 ところがである。
 ぼくの家に割り当てられた避難者は――。
 神様その方だった。

「世話になるぞ」
「………………」
一目見て、これじゃ人前に出せないと思った。
神様はそういう姿をしていた。
当分は、家の中でじっとしていてもらわねば。神様なら辛抱できるだろう。

(続く)






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カナダが大麻を合法化

カナダが大麻(マリファナ)を合法化。今後は、娯楽のため吸っても罪に問われなくなる。
となると。いままで行き渡った「大麻は身を滅ぼす」との広範な認識、大麻の売買が爆弾でも取引するような忌むべき行為とみなされたのは何故なんだろう?








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ずいぶん以前に書いたこと

盛大にネット右翼と喧嘩したせいで平和主義者と見られるようですが、そして実際に平和主義者なわけですが、ぼくという人間がけっこう好戦的な生き物だというのは断っておきましょう。
すくなくとも、エホバの証人やダライ・ラマのように無抵抗主義をつらぬいてるわけじゃありませんから。

それどころか、ぼくほど効果的な言葉の暴力でネット右翼とか2ちゃんねる系のアラシ野郎どもを叩くことのできるブログ主はないかもしれないのです。
「サヨク=平和主義者=無抵抗=好きに荒らせる」と思ってぼくのところにやってきたバカウヨさんはトラウマをこうむったんじゃないですか?(笑)

もちろん、ぼくのような平和主義者ばかりいるわけじゃありません。

ひたすら非戦主義を唱え、流血を忌み嫌い、みずからの内に好戦性や残虐性、被虐性さえもあることを認められない人。
「左翼」って正直者ばかりじゃない、稀にそんな人がいるんです。

暴力性をさらけ出すのはいけないんだという拒絶的な観念で凝り固まってて。もうゴチゴチの平和主義で自我を抑圧しきってる。戦争や虐殺がおこるのは独裁者が強権で命じたり、悪徳資本がたくらんだからで民衆は純然たる被害者、本性は善良なんだと信じきってるような。
彼らにとっては、戦争映画で興奮したり戦争ゲームで遊ぶことさえも罪悪なのかもしれません。

ぼくとしてはむしろ、そうした好戦的な娯楽ツールは、どんな人間の中にもヒトラーのような、チカチーロのような、独裁者や殺戮者が住んでいて、もちろん状況しだいで自分もそうなり得るんだと自覚させることになり、本人と社会のため有用じゃないかと思うんです。
だって、すべての人が心の内に棲むダースベイダーやジェイソンを認め、コントロールできれば、ほんとうに戦争は起こらないし、刃傷沙汰も減らせますから。

不幸なことに、自分の中にではなく、他人の中に悪魔を見出すような人ばかり多いのが現状です。
それこそ、第二次大戦で懲りたはずの世界でなお戦争がなくならない最大の理由かもしれません。






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ルイーズの娘ジュリーがまた可愛い

ところで。ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン女史は、1780年から一女の母でした。
娘の名前はジュリー。
これがまた、可愛い。
とにかく、可愛い。
もう、よけいな説明いらないくらい。ひたすらに可愛い。



七歳頃のジュリー(1787年)





上の絵と同じ頃(1787年)






九歳ぐらいの頃(1789年)
同年、フランスを大革命の嵐が襲い、このあどけない少女は母親とともに祖国から逃れ、以後は欧州各地を転々とすることになる。





12歳ごろ(1792年)






十代半ばの時期(1795年)






19歳ごろ(1799年)





上の絵の拡大図
やはり母親の面影が色濃い。



で、このジュリーさん。
残念ながら成人後は、あまり幸福な人生は送っていません。
20歳の頃、ルイーズの反対を押し切ってロシア男性と一緒になるのですが、けっして満ち足りた結婚生活とはいえず、やがて39歳で病没するという。
美貌に恵まれても男運に恵まれないところは母親譲りだったようです。
(ただしルイーズのほうは87歳まで長生きしましたけどね)






関連リンク

美女の肖像
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52097044.html


「美魔女としてのルイーズ=ヴィジェ」
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52097310.html





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美魔女としてのルイーズ・ヴィジェ



35歳頃(1790年)の自画像



ところで。
ルイーズさんって、ほんとにこんな綺麗な人だったの? との疑問はあるかもしれません。
いえ、不細工な顔でフランス王妃の取り巻きになれるわけないので当然、若かりし頃は人並み以上に整った容姿の持ち主だったはず。

そうなんだけど、この人の場合。
中年以降さらには還暦(!)を越えてからの自画像も、ほっそりとした顔立ちで皺も染みもない、まるで美魔女のようだという。
さながら映画の撮影で往年の大女優のアップの場面、カメラマンが苦労して難点を消し去ったかのようにきれいな顔のままなんですよ、ルイーズさん。
ある時期から自分で自分を描く時やはり手心を加えるようになったのは間違いありません。

今でさえ、女優やモデルの撮影時にはメークや照明を工夫して美貌をいっそう際立たせますよね。ルイーズ・ヴィジェが自画像でそれをやって責められるいわれはないと思うのです。
商業画家は好かれる絵を描いてなんぼのものだし。
また彼女は旦那がクズとしか言いようのない男だったため、絵を売って暮らしを立てねばならない身の上でした。そのうえに比類なき美貌の女流画家として喧伝されてしまい、独り歩きをはじめた名声に沿わぬわけにはいかないという事情もあったのでしょう。

さて。
一体ルイーズは、自己の姿をどう捉え、見る人にどう受け止めてもらいたかったのか。そして、年齢を重ねる自分をどう表現していったか。
30代以降からのルイーズ・ヴィジェの自己イメージの変遷を年代順に追ってみましょう。




松島トモ子で〜す♪
じゃなかった――

32歳頃(1787年)の自画像で〜す♪





34歳頃(1789年)の自画像
経年変化は確実にあらわれてると思う。
すなわち、おのれを押し出すことにおいて何の臆面もなくなっている。
自身を美貌と表現するのに自惚れも恥じらいもないその態度、クールなナルシシストぶりを見せつけて動じることがない。






35歳頃(1790年)
作画中のヴィジェ=ルブランを描いたセルフイメージではもっとも有名な一枚だろう。実際、彼女を紹介する記事ではやたら引用されることが多い。また、絵のバージョンによってはずいぶん童顔に見えるので美魔女ぶりを話題にされやすい作品でもある。





40歳から45歳の間(1795年から1800年)の自画像
このへんから無理が目立ってきているような。
ほんとうに、皺もたるみもお肌の汚れもすべて消し去った超美容術を施しておいでで。
あ、頭にかぶってるのはエステ用のじゃなくて、当時のお洒落で流行ったターバンだから。






40代半ば頃(1800年)の自画像
ややリアリズムに目覚めた感じで、第三者視点を意識した描写。
邪推するに、「自画像見てすごい美人と思って来てみたけど。なんだ、実物たいしたことないや」とか批判や失望の声に動かされたのかも。
それでもやはり、顔の不快な要素は慎重に消し去り、見せる人への配慮を忘れていない。




これも45歳頃(1800年)の自画スケッチ
同年、ルイーズの母が死去。さらに一人娘のジュリーが彼女の反対を押し切ってロシアの男と結婚し、こうむったストレスはMAXだったと察せられる。
とにかくルイーズの人生では大きな曲がり角だったらしく、この時期から美貌を売りにした自画像は描かなくなってしまう。






上の絵の翌年(1801年)の自画像
並みの女性ならばとっくに、おばさん化しているところなのに。彼女、たとえおばさんになっても化けたりはしない。
化かすことにはご執心なんだけど。




美貌の信憑性

1802年、ロンドンでの名士を集める晩餐会に招かれたルイーズを評した英国人画家の一文があります。
「40歳ぐらいであろう。顔の表情が豊かで、とても美しい女性だ。」
(『マリー・アントワネットの宮廷画家』(石井美樹子著/河出書房新社刊)より抜粋)

ルイーズはそのとき47歳だから、年齢よりずっと若く見える人だったのは確かでしょう。他の女性とくらべ美しさや魅力をなお保っていたことも裏付けられたわけで。





48歳頃(1803年)の自画像
実は、彼女の自画像で一貫しているのは、自己を美貌に描くことよりも、自己をしっかりした知性ある女性として造型することではなかったかと思う。
そうした狙いがもっともよく達成されてる一枚。






53歳の頃(1808年)の自画像
もう年なのだし、長年ついてまわった「美人画家」の評判から訣別しようとの気負いが見られなくもない。
まあそれでも、けっして醜くは描かないというか描けないところがルイーズらしい。
どう見ても53歳の人の肌じゃないものな。






63歳ぐらい!(1818年)
さすがにもう、なんというか。
すでに自画像じゃなくなってる気がする。若手女優が下手なメークで老女に扮したようにしか見えないっていう。

しかし我々は、おのが老醜をさらしたくない、なお一個の名士として認めてもらおうとする、かつて才能と美貌でならした一人のおばあちゃんの心情をやさしく受け止めるべきだろう。
黒澤明がその晩年、どれだけ駄作を連発しようが、往時の功績に思いをはせ「巨匠」と呼ばねばならぬように(ドヤ声)



ちなみに。
このおばあちゃん、70代になっても誰かの肖像画を描き続けており、あくまでも耄碌(もうろく)とは無縁な人だったようです。
そのうえ80歳近くになって出版した『回顧録』が爆発的な評判を呼ぶという。
今日、同時代の女流画家とくらべヴィジェ=ルブランの知名度がひときわ大きいのも、作者の波乱に満ちた足跡、欧州各地での多彩な人々との交流を記したこの回顧録あってのことかもしれません。

そんなルイーズさんの没年は1842年(享年87歳)でした。
美女にして長命。
アントワネット、プロイセン王妃、エマ・ハミルトン、バイロン卿、娘のジュリー……ルイーズさんの絵のモデルになったのって薄命な方が目立つ気がするけど、描いた本人のこのライフの充実ぶり。






関連リンク

「美女の肖像」
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52097044.html


「ルイーズの娘ジュリーがまた可愛い」
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52097795.html






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