戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

アパホテル


例のアパホテルの客室に南京事件の否定本が置かれてた件。
中国での騒ぎを報じる『ミヤネ屋』を職場のテレビで見ながら、「なんだ、こりゃ」と思った。

番組では南京大虐殺について、日本政府も殺戮や暴行があったのは否定できないと認めていると説明しつつも、中国側と日本側とで主張する犠牲者数が食い違うのを末端肥大的に強調、ようするに日中間の南京事件をめぐる対立を「殺した数の問題」に持っていこうとする。

この件にかぎらず、歴史認識をめぐる諸外国との軋轢は安倍政権とその支持層の歴史修正主義こそが諸悪の根源なのだが、『ミヤネ屋』の連中は問題の骨子を見当はずれの向きにそらしてまったく平気。あげくの果て、「民間のホテルのことに中国政府が口出しするのは大人気ない」で片付けてしまう。
視聴者の知能程度を六歳児なみに見下さないと出来ないような番組構成ではないか。




■南京大虐殺とは?

1937〜38年、日本軍にとって支那事変(日中戦争)の最終局面となるはずだった中華民国首都南京への進撃、攻略、そして占領後数ヶ月という期間に、略奪、強姦、捕虜や民間人の殺害等、日本兵によって犯された大々的な逸脱行動全般をさす。

国際的な共有認識において日本軍の行動は、国連の非難に聞く耳なしで中国の奥深く攻め入り相手の首都を陥落させたという全体像だけですでにドイツのポーランド侵攻と同様に、弁明の余地はない。
「南京の暴虐」がまったくなかったとしても、責を免れるものでなく、日本の中国侵略は南京事件以前の問題として言語道断であり銘記されねばならぬことだ。

しかしながら国内では、虐殺の規模や法的解釈をめぐる諸々の、だが瑣末な議論が果てもなく続き、右派勢力の側では、まるでこの出来事さえ捏造だということにすれば第二次大戦での日本のすべての戦争犯罪を赦免できると言わんばかりの気迫で否定論を唱えるのが常態となっている。
https://matome.naver.jp/odai/2142398517467678601




実際の話、ホテルチェーンの支配人が営業目的の施設を私物化し、配布した自著で「南京大虐殺などなかった」と吹聴するのがどれだけ常軌を逸した振る舞いか。
これはワルシャワ蜂起のときドイツ占領軍は抵抗軍や市民の虐殺などしなかったと言いふらすようなもので、確定された歴史とは異なったことを真実だと決め付けるに等しい。
仮に。
ドイツのホテルで各部屋にそんな思想宣伝の本が備え付けだったら、諸外国の客人はどう思うだろう? そもそもドイツの国民がどう感じるだろう? ドイツ政府はいかに対処するだろう? ドイツのメディアはなんと報じるだろう?
喝采する者がいるとすれば、鍵十字の旗を押し立てたいと願うネオナチだけではないだろうか。

ところがである。
同様のことがあった場合ドイツで当然おこると予想される反応が日本ではまったく見られない。逆に、ホテル側の肩をもち、非難するほうに対抗している有様だ。
まさに驚くべき状況なのに、誰も驚いていない。

かたやの中国は、外務省みずから非難声明を出し(なぜなら日本政府がアパを野放しなのだから)、ネット民はアパホテルに抗議の嵐。
今回に関しては、中国側の態度が普通なのである。
なんといっても日本軍の南京占領で被害を受けた当事者だ。


おわりに。
ネット右翼から出そうな疑問に先んじて答えたい。
少女像問題とアパホテルの件ではどこが違う? なぜブログ主は少女像の肩をもち、「南京本」のほうは批判する? どちらも撤去しろと圧力をかけられた側が反発する構図は同じだろ?

いや、ぜんぜん違う。真逆である。
「被害者側が史実を訴える」行為と「加害者側が史実を否定する」行為の差だ。

少女像はアジアを武力で占領した軍隊のため用立てられた女性たちの受難を象徴し、細部はどうあれまるっきりの虚構にもとづいてはいない。
それは被害者側の訴えにほかならないが、いずれ原爆記念碑のような汎人類的なものへと昇華される可能性がある。
(安倍政権には不快なことかもしれないが)

アパホテルの行為はといえば、現に日本をむしばむ歴史修正主義の流れに身をゆだねた、加害者側の恥を知らない自己正当化に類するものだ。
まともな歴史研究を無視、侵略軍を免責する意図から身びいきな虚構ばかり書き並べた「南京本」はまるで価値がないばかりか思想的に危険な代物である。
(安倍政権には助けになるかもしれないが)

こういったことが異なっている。






関連リンク

「アパホテルが南京大虐殺が虚構である証拠の数々と称して
公表している内容について反論しておく」
(誰かの妄想・はてな版)
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20170120/1484926865


今さら聞けない!?「南京大虐殺って?」
(NAVERまとめ)
https://matome.naver.jp/odai/2142398482766978901


「南京事件 初歩の初歩」
(南京事件−日中戦争 小さな資料集)
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/shoho.html





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少女像と日本軍の虚像


「少女像」でまたもめている。
釜山市が日本領事館の前からいったん撤去させた像の再設置を認めたからだ。
仏ルモンド紙はこれについて、稲田防衛相の靖国参拝が韓国側の反発を招いたせいと因果関係を指摘(欧米では、だいたい同じ見方らしい)。
しかし安倍普三(あべ・ふみ)は、相手方に問題があるかのよう言い立て、駐韓大使の召還という挙に出た。
成立して一年そこそこで、「合意」はどうやら破棄されそうな成りゆきである。

さて。
真性のネット右翼はもう手が付けられないので、ほっとくが。
それでも、ネトウヨ思潮に影響された人々の思うことはわかっている。
「御国のため命を捧げた日本の兵隊さんは金めあての売春婦なんかよりずっと気高い存在なのに、海外の声ときたら「いわゆる従軍慰安婦」の身ばかり気遣い、皇軍のほうは性犯罪者のように見て、まったくリスペクトがないのはどうしてだ?」

なるほど。なぜ海外の論調は、いつまでも安倍政権やネトウヨ諸氏の思う通りにならず、慰安婦たちに味方し日本側を悪く言うのか?

そりゃ、あなた。娼婦は身を売って金を得るだけの無害な存在だけど、日本軍のほうは力付くでアジアを奪おうとした有害きわまる武装集団だったからですよ。
まして、「いわゆる従軍慰安婦」は無理やり娼婦にされた日本軍国主義の犠牲者なんだから同情されないわけないでしょ。


いや、身も蓋もない答え方になった。
でも、本当のことだ。
ぶっちゃけ、日本兵を売春婦よりも上位に格付けするのは世界中で日本の国家主義者しかいない。「日本軍像」というものに、海外の人と国内の右翼さんとで根本的なずれがある。

結局のところ外国人はこの問題を、「日本軍が慰安婦に何をしたか」よりも「日本軍が世界に何をした」という歴史上の予備知識をもってまず受け止める。当然、右側の連中が躍起となって国内でのみ存在の余地をあらしめた「美しい日本軍」の虚像など通りはしない。
世界の目に日本の軍隊は、暴虐な侵略者であり、時の政府の命令にしたがい支配と略奪を遂行した集団、精いっぱい好意的に見ても無理やり動員された軍国主義体制の犠牲者であるにすぎないのだから。

実際、今の日本人もイスラム国やナチの軍隊をそういった目で見る。なぜ日本軍に対してだけは海外と評価を同じにできない、つまり客観的に見られないかといえば理由はただ一点、大日本帝国の軍隊が僕らの父や祖父、さらに曽祖父によって成り立っていたからである。血縁者をかばうのは人として当然かもしれないが国外の人々にとってはどうでもいいことで、彼らはあくまで日本軍を実際の事績で評価する。

「慰安婦が性奴隷だったなんて嘘だ。自由意志で、高給取りで、一財産きずけたんだ」
こうしたネトウヨの常套句を外国人に向けたとしてどれだけ説得力をもつか?

「だから、どうなんだ。慰安婦の客だった日本軍のほうはそのとき、何やってた? 中国や南洋を占領してたんだろ」と言い返されるのがオチ。旧軍を正当化したいだけの意図がまったく見透かされてる。

しかも同じ時その外人さんのご先祖はネトウヨの思う「美しい日本軍」を占領地帯から追っ払うため、すなわちアジアを日本軍から解放する目的に命を賭けており、まかり間違えば日本兵に殺されるかもしれなかった(当然、その外人さんは生まれてない)。相手にとって日本軍とはそういう存在である。
何より肝心なのは、どの外人さんもそうやって戦った自分の父、祖父、曽祖父に対しては特別の思い入れをもっていることだ。我々が日本の軍隊に特別な思い入れがあるように。
しかし「日本スゴイ教」に洗脳されきった真性ネトウヨどもにはここがわからない。おそらく永久に。
(なにしろ相手の身になって考えるのが先天的に苦手な連中)

そのうえで日本軍の無罪ばかり言い張り、相手の頭に血を上らせる。

こういう状況なのに、例のくだらない呪文「強制連行ではないから問題ない」がいかに歯が立たない空言として跳ね返されることか。なんとなれば、幾万もの女性を慰安のため用立てた日本軍自体が他国の領分に強引に押し入り、人手や資源を奪いとる存在ではなかったか?
かかる歴史上の巨悪の中で、慰安婦が「強制なく連行された」からといってどうなのだろう? マイケル・グリーンが喝破したように、多くの慰安婦が悲惨な目にあった事実に変わりあるまい。

「慰安婦は高給優遇」とか、テキサス親父みたいに真赤な嘘いう奴は引っ込んでろ。
https://matome.naver.jp/odai/2138238867118488501?page=2

ところが。日本側の自己弁護によればまるで日本軍というものが、平和な時代、友好国の求めに応じその領土に合法的に駐屯した普通の状態の組織集団であるかのようだ。
あいにく、第二次大戦での日本軍はそう見られていない。このとき連合諸国はまさに、その軍隊を占領地域から排除すべく多大の犠牲を出しながら戦っていたのだ!
日本軍とはすなわち世界の敵だった。そして従軍慰安婦制度とは、占拠した土地に居すわる連中の愉楽に女性をあてがうための仕組みにほかならない。
繰り返すが、「強制連行でないから――」は状況に合わないまったくの戯言だ。
なんとなれば日本の軍政下におかれたすべての人が、物資であれ行為であれ、皇軍のあらゆる求めに応じるのをまさしく強制された状態だったのではないか?
(占領とはそういうものである)

ネット右翼にかかるとこれが、「日本は欧米の支配から東亜を解放するため戦った。アジアの人は今でも日本軍に感謝している」という例の暗唱聖句で詠みあげる状況になってしまう。慰安婦なるものは軍につきまとい荒稼ぎした娼婦の集団にすぎないというわけだ。
むろんかくも実情と異なる認識とあっては、インターネットの中でさえ彼らの集団エゴがまかり通る勢力圏(ぼくはこれを、ニコ動でのネトウヨどもの喝采のやり方をもじり、「88圏内」と呼んでる)から外では相手にされるはずもなかろう。

日本の開戦動機や開戦作法、占領の実態がいかに弁護できないものだったかについては、ここでさんざん語ったので割愛する。
https://matome.naver.jp/odai/2138632036451261401?&page=3

慰安婦問題ほど、日本の過去に対するネトウヨ流の思い込みや勘違い、すなわち世界に突きつけたい日本軍の虚像が現実と食いちがう痛ましさとなってあらわれたものはない。
そのシンボルが少女像だ。
だからこそ安倍政権とネトウヨどもは撤去しろとゴリ押しするし、まただからこそ我々は断じて撤去などさせてはならない。反対に、彼らが崇めるよう強制してくる「日本軍の虚像」こそを徹底的に破壊すべきなのである。
それは我々の父や祖父、曽祖父のほんとうの姿ではないのだ。







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12月8日


今年も、あの日が来ました。
そう、歯ブラシの交換日

あと、ジョン・レノンが撃たれて死んだ日。
ジョン・レノンの殺害 - Wikipedia

真珠湾奇襲を忘れてる?
ああ、そんなこともあったような気がします。
なにしろ75年という時の経過には、とても重いものがある。
思えば、長い。南北戦争終結から映画『風と共に去りぬ』公開までの歳月をすでにしのぐという。

その間、記憶の薄れたアメリカ国民は今の日本には寛容となったものの、かたや歴史修正主義にとり憑かれた日本では安倍普三(あべ・ふみ)みたいな独裁者もどきを輩出させてしまいました。





ややっ。安倍さん、「晋三」から「普三」に名前を変えたようです。
普三」とはどう読むのでしょう? 「あべ・ふぞう」では不自然ですよね。
とりあえず無理なく聞こえるよう、「あべ・ふみ」さんと呼んであげましょう。



この「あべ・ふみ」さん、今月下旬にハワイを訪れ、真珠湾での犠牲者に哀悼の辞を捧げて「日米の和解」を強調する腹積もりのようですが……どうでしょうね。
かつて一次政権時、ブッシュ大統領の前で慰安婦の女性らに「お悔やみ」を述べた(向こうは「謝罪」と受け取る)のと同様、結局その場しのぎの政治的ポーズにすぎないのが見え透いてるというか。
なにせ、日米開戦を正当化する勢力が中心的な支持層の「あべ・ふみ」さんですから、「美しい日本の軍隊が悪かった」と謝ってしまうわけにまいりません。

本来は謝罪あっての和解でありそこから解決へとつながるのですが、慰安婦問題での経験から謝罪の真似事だけでも事態の収拾には有効なのを知り味を占めたのではないでしょうか。
慰安婦問題のときと異なるのは今回のハワイ行き、菅官房長官の口から「謝罪のためではない」と明言させていることで、広島訪問でのオパマ大統領から原爆投下への謝罪がなかったことと合わせ、「謝罪なくして和解あり」の先例を作る算段かもしれません。





関連リンク

大日本の負けたわけ(統合版)
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/51134512.html


映画『聨合艦隊司令長官山本五十六』
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52000300.html





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カストロ死んだ


2016年11月25日。キューバの首都ハバナにおいて、齢90の老体だったフィデル・カストロが大往生を遂げた……わけだが。
たとえばダライ・ラマが死んだのとおなじに、「ああ、来たか」という程度に受け止められ、もはや世界への影響はあまり及ぼさない。
そういう類のニュースだろう。

しかし死ぬまでは何かと人騒がせだった人で、核ミサイルをめぐるキューバ危機では実際に世界を破滅の瀬戸際まで引きずり込んだし、そういう意味では口先ばかりのトランプ大統領の比ではなかった。
一説では、カストロへの暗殺計画は六百回以上試みられたという。
六百回以上である。
だとすれば六百何十何回目かの試みで、やっと成功したのかもしれない。そんな可能性も否定できない程度まで少なからぬ相手から危険視され、怨みを買う存在ではあった。
(実際、キューバ革命で多くが亡命した米国フロリダでは、キューバ系の人々がその死を祝ってお祭り騒ぎとのことで)

ともあれ、カストロはキューバを変えた。
多くを奪いはしたが、もたらしたものも多く、最後まで政権は安泰だった。
しかし、この人物の毀誉褒貶について語るのが本記事の目的ではない。

取り上げたいのは、カストロの訃報に対する安倍政権の反応である。






日本政府を代表して、キューバ共和国政府及び同国国民、並びに御遺族の皆様に対し、ご冥福をお祈りします。
とやってしまった。
まるで、キューバ政府とキューバ国民、親族一同までカストロとともにお陀仏してしまったみたいな言い方だ。
たちまちネットでの批判にさらされ、官邸のSNSから「ご冥福」のくだりは削除されたという。

いやはや。
あまりにも多くの場で多くの人からネタにされる、わが総理の語彙力の欠乏であるが。
しかし今回の件で安倍晋三の日本語能力を云々するのはたぶん間違いだ。カストロへの弔辞のつもりでうっかりと、世界中の左派勢力に対する反共主義者としての本音が出たものと思ったほうがいい。






関連リンク

【これは酷い】首相官邸の追悼文
「キューバ政府及び国民の皆様に対し、ご冥福をお祈りします」
(情報速報ドットコム)
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-14385.html


フィデル・カストロ
(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/フィデル・カストロ


あなたは本当のフィデル・カストロを知らない。カメラの前で見せた圧倒的な存在感(画像集)
(ハフィントンポスト)
http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/28/fidel-castr_n_13285014.html





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近況/ダイエットのこと2


とりあえずダイエットは順調だ。
88センチのズボンが窮屈ではなくなった。85センチのズボンをはけるまでもう一息という感じ。

さて。
たまに、「何ヶ月も食べる量を減らして、体がヘバらない?」と訊かれるが。
「ちっとも。これまで体内に脂肪として蓄えた余剰カロリーを消費するだけなので」と答えるしかない。
そもそも、ダイエットってそういうものだけどな。
食べるのを減らした分、体脂肪という貯金が引き出されエネルギーとして補充されるわけで。はっきり言えば、痛くも痒くもない。

ただし。貯金をおろすのに手数料がいるのと似て、体脂肪の燃焼中は余分に必要となるものがある。
たんぱく質だ。
ダイエット中は諸事情から、たんぱく質が異常な速さで消耗する。平常よりずっと多めに補給しなければならない。そうでないと、ほんとうに体がヘバる。筋力も落ちる。

たんぱく質が豊富な食品は、肉、魚、卵、乳製品や豆製品。
でも、これを限られた摂取カロリーの中でまかなうと大変だ。たんぱく質を食品から豊富に摂るとカロリーも豊富に摂るようになり減量の意味をなさない。
ではどうするか?
いきおいプロテイン・サプリメントのお世話になる。そのほうが効率的だから。
自分のダイエットのやり方に特徴があるとすれば、必要たんぱくをサプリメントで補っていることだろう。

たとえば20g相当のたんぱく質を肉から摂ろうとすれば、赤身など低脂肪の部位に限ってもほぼ200kcal以上のカロリーを摂取しなければならないが、粉末プロテインのZAVASでまかなうなら摂取カロリーは半分程度で済む。
一日100gはたんぱく質が必要として、過半を粉末プロテインに頼れば、全部を肉や魚から摂った場合より何百kcalも「浮く」わけだ。

つまり。自分のダイエットでは、摂取カロリーを抑えても、摂りいれるたんぱく質の量はむしろ増やしているのだ。それにくわえ、ビタミンやミネラルの栄養補助剤も常用。
これでは、体がヘバろうはずがない。

わかってもらえただろうか?
新奇なことじゃない当たり前のこと、ダイエットの定石を語ったまでだ。
栄養学に詳しい人ならすんなり理解できると思うが、なかなかピンとこない人もいるかもしれない。ダイエットとは糞苦労して食べたいものを食べずに我慢するだけ、といまだに思い込んだ向きも存在するし。

戦争のやり方が変わったように、減量のやり方も時にふさわしく進化しているのだが。






前記事

ダイエットのこと
(2016年11月4日)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52048757.html





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