戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

2005年07月

たまたま日本に生まれて……

「おいらは、たまたま日本に生まれただけさ。まして戦後育ちなんだから、戦争責任も、謝罪の義務もない。偉い人も云ってるけど、いつまでも自虐史観にとらわれてるなんて異常じゃないの?」


「たまたま日本に生まれた」ことにより、どれだけの恩恵を受けられたか考えてみましょう。
六十年も戦争をしなかった平和な社会での人生、湯川秀樹や黒澤明、イチローがもたらす栄誉、そして世界有数の経済大国から受けられる社会保障……これらはすべて、あなたのものです。

先代の構築した社会のおかげであなたが成り立った以上、その社会の負債も同時に引き受けるのが当然とは思いませんか?
そんな道理もわからないほど子供なのですか?

あなたが生まれる前に先代が築いた富を平気で受け取りながら、先代がこしらえた借財のほうは「生まれてなかったから」と突っぱねるつもりでしょうか?
そんな言い訳が世界の中で通ると思いますか?

自分の国の良い面も悪い面も等しく、自己の関わる責任範囲として受け止めるのが一人前の国民というものでしょう?
それなのに、「日本はこんなガキばかり」と思われかねない言い草で国の評判を地に落とすような人には日本に居てもらいたくありませんね。

しかし、「自虐史観なんて」と呪文を唱えるだけで一切の責務から逃れられるとは便利な時代になりました。
そういう状況をまさに、「異常」と呼ぶんですよ。

日本を腐敗させる享楽主義

過去の戦争を振り返ったとき、
「みごとな負け方」を讃えるばかりで
「どうして敗れたのか」という方向で考えられないとすれば、
その人は享楽主義に蝕まれた「亡国の徒」にほかならないでしょう。

そう、享楽主義。
享楽主義こそ現代日本の大敵かもしれません。
浪費と贅沢、ブランド品、トレンド、アイドル、ゴシップ、居直った虚栄心……
こうしたフジテレビ流の享楽主義が八十年代このかた、
社会をどれほど腐敗させてきたか計り知れないのです。
快楽におぼれた人々は、忍耐心を失い、必要な場合でも苦痛を味わうのを避けるようになりました。
その結果、一部では、過去を正しく認識するのを「自虐史観」として忌み嫌い、
『ゴーマニズム宣言』の示す甘い集団性の夢想にふけるという病理的状況をさらしています。

形骸だけの愛国心を表明しても役には立ちません。
真に有益なのは、
日本は善だったか悪だったか果てもなく論じ合うことより、
その敗因を徹底的に究明することだと思います。
そこから、議論に答えをあたえてくれる日本の本当の姿が見えてくるのです。

だれが「東京裁判史観」に捉われているか


藤岡信勝も小林よしのりも、これを知らないとは言わせない。

戦後二十年もたたぬうち放送され、子供らに受けた「怪傑ハリマオ」「ゼロ戦はやと」など日本軍が活躍するテレビ番組のことを。さらに同じ頃、当然のごとく日本が善玉、アメリカが悪玉として描かれた数々の少年向け戦記マンガを。

戦後の映画を見ても、「東京裁判史観」なるものの影響など皆無なのは歴然だ。
たしかに占領下では、GHQの規制を受け、好戦的な題材や復讐を美化したものが禁じられた。鞍馬天狗は帯刀を許されず、素手で悪人を張り倒す有様だった。

しかし、サンフランシスコ条約で独立を果たした途端、日本人は俄然、本音をあらわし、十五年戦争や皇国史観を正当化する作品が連打されていく。

すでに1960年頃には、南洋や大陸での奮闘を描く戦争活劇、日露戦争を堂々と賛美する映画、わが民族は神代から連綿とつながるのだと大真面目で言い張った映画が出現。
そして、東京裁判を批判するものまで公開されていた。

実情がこうなのに、なにをもって「戦後の日本は東京裁判史観に毒され続けた」と云うのだろう?
まったく、「東京裁判」も糞もないような世相ではなかったか。

昭和の戦争は侵略戦争という通念が出来たのは、そんなマンガやアニメに熱中した子供たちがやがて社会を知り、日本がヴェトナム戦争で米軍に協力するのに反発、国内が騒然たる状況になってからのことだ。

それまでの庶民はといえば、加害者として被害者を思いやるどころか、戦地や内地での辛い自己体験を反芻するばかりだった。現在なお主流の「対アジア侵略史観」とは、六十年代長髪世代による反戦運動に礎をおいているのだ。

そうした経緯を忘れ、日本人が終戦このかた「東京裁判史観」とやらに縛られたかのように言うとは、戦後を生きながら、戦後史の認識がないのもはなはだしい。

藤岡信勝や小林よしのりはまた、戦後の人の努力すら無視している。

敗戦時、日本人の誰もが心の平衡を保つのに懸命だった。
「正しい者が敗れるはずがないと思ったが……こうなってしまったのは、戦争目的が間違っていたか、戦争のやり方が下手だったか……いや、両方かも……ともあれ、日本が戦争で失敗したことは認めなければ」

これが、挫折から教訓を引き出そうとする普通の人の考えることであり、実際に、そうした問いへの答えを求める努力の集積によって戦後の社会は是正されていき、復興と発展の礎が築かれたわけだ。
幾百万の働き手を削がれ荒廃した国土からの再出発にしては、まさに「偉業」と呼べるはずだが、「自由主義史観」信奉者の手にかかれば、「戦後の日本は押し付けられた民主主義教育に毒され……」という例の決まり文句で片付けられてしまうようだ。

彼らにとって戦後とはまるで、屈辱的で自虐的な忍従を余儀なくされた国民の暗黒時代なのである。
太平洋戦争の規模と戦果をしのぐ巨大な成功例が目の前にありながら、大失敗をもたらす選択となった軍国主義のもつ倒錯美しか見ていないとは恐ろしい連中ではないか。

そもそもから、東京裁判を公正な裁判と思う者など、相当なアメリカびいきの中にもいるとは思えない。
「自虐史観」「親米ポチ」など、よほどの愚か者でなければ使わない言葉だろう。

にもかかわらず修正主義の活動家らはことあるごとに、「戦後の日本人は自虐的な東京裁判史観に捉われてきた」とか、わけのわからないことを声高にがなり立てる。
彼らが異口同音に吐き出す、「東京裁判の呪縛」という言葉を聞くと、
ヒトラーが「祖国を虐げる」ベルサイユ体制のことをやたら槍玉にあげたのを想起させ、
正直、背筋を寒からしめるものがあるのだ(笑)。

まあ、案じることもなかろう。
今後とも、「東京裁判史観」に捉われる者がいたとしても、そうやってまさに「東京裁判史観」という造語をさかんに用いる一部日本人だけなのは自明のことだから。

まったく、ずれてる連中だ。



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南京は燃え尽きた

ブログネタ
南京大虐殺の好きな奴、集まれ〜! に参加中!
しばらく、南京論争から遠ざかっていた。
ネット上では相も変わらず、歴史修正主義者らが
「南京大虐殺を否定する研究はいま、最終段階に入り……」とか、ここ数年来の常套句を吹聴しているらしい。
(いつになったら、「最終段階」から脱する気だろう?)
懲りない人たちだと呆れる。

さて。
ぼくらが知りたいものこそ歴史の真実だが、
真実の最大の敵は、ネット上で暴れまわる歴史修正主義の一派であろう。
彼らには、ネットも現実と同じで夢想のまかり通る場ではないとの認識に欠ける。
数が揃えば史実も変わると思い込んだ危なさを感じる。
あなたが彼らに言い負かされないよう、
南京事件について歴史修正主義者と議論するときの注意点を挙げておきたい。


南京大虐殺がなかったとして、
日本が中国に侵攻した事実は帳消しになるんですか?


南京問題を論じるときは、つねにこの「最大テーマ」から離れないこと。
修正主義派がなぜ、中国の一都市での日本軍の振る舞いにあれほどこだわるか、
底意を突き詰めるのが重要だ。

南京を攻略した日本軍はあきらかに中央の統制から逸脱しており、
さらに国連と袂を分かった日本国家自体が世界の秩序から逸脱する存在だった。
だから、「国際的に孤立した国の軍隊が独断専行で隣国の首都を占領」
と記述するだけで、大概のことはわかる。
陣中日誌とか部隊編成とか、細かい資料をもとに路地裏で議論しても、この大事実は動かせない。

にもかかわらず。
左翼側はインテリ揃いなのが逆に弱みになるというか、
調べて得たものを自慢する誘惑を抑えられないというか。
それで、「南京大虐殺は捏造だ」と公言する輩をやり込めようと議論を仕掛け、
まんまと修正主義派の仕組んだ罠にはまり、足をすくわれる場面があまりにも多い。
無邪気にも、「正しい資料を示せば、敵方はご印籠を突き付けられたように平伏する」と思うからだろうが、あいにく修正主義者というのは事実の湾曲を生きがいとする相手なのである。

完璧な資料というものは完璧な人間と同様に存在しない。
どんな資料にも穴があるもので、向こう側では職業的な巧妙さでそこをとらえ、
あなたがいい加減な資料を盾に無謀な勝負を挑んだ愚か者のようにあしらい、もちろん、あなたの資料調査の労に敬意など表さない。

そうしたうえで、「また馬鹿サヨが轟沈!」とか議論に勝ったように喧伝するわけだ。
とっくに決着のつけられた「南京論争」が永久に終わらないかに見えるカラクリがここにある。

だから、左翼さんには自粛してもらいたいところはある。
「資料や証言の小さな矛盾をしつこくあげつらい、大事実全体を否定する」
のがまさに修正主義派の手口なのだから、
史実の細かく入り組んだ部分でやり合うほど彼らの思う壺にはまりやすくなってしまう。

まこと、南京論争をおのが知識の披露の場にする人たちがどれだけ敵側を有利にしてきただろうか。
あなたの頭の良さを自慢できないのは不満だろうが、大事実にすべて委ねるのがこの場合の英知というものだ。
いらっしゃ〜い!

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