戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

2008年11月

アメリカ映画に見る神風特攻隊

カミカゼ攻撃を描いたハリウッド映画は多くはありません。
戦争映画をずいぶん見てきたぼくでも、『太陽の帝国』『全艦発進せよ!』『不沈空母サラトガ』『荒鷲の翼』など数本が思い浮かぶ程度で、しかも『荒鷲の翼』など、日本軍が開戦後すぐにカミカゼ攻撃をはじめたよう描かれているのです。

これらの中で強いて挙げるとすれば、『全艦発進せよ!』(1956)が自爆空襲の恐怖が真正面から描き出された代表的作品と言えるでしょう。

けっして映画史に残るような傑作ではありません。
物語の中心はアメリカ海軍の上陸用舟艇母艦ですが、後半部、この艦が沖縄海域にいるときカミカゼの編隊が飛来し、そのうち対空砲火をかい潜った何機かが突っ込んできて損害を蒙らせます。

いくら搭乗員が死を覚悟した攻撃だからといって、艦体の所かまわず、医務室にまで突っ込んできて、軍医や傷病兵を巻き添えにする……これでは自爆テロそのもので、さぞや非道なやり方に思えたことでしょう。

ついにたまりかねた病身の艦長が突っ込んでくる特攻機に向かって、荒々しい言葉で吠え立てる。
この場面が、アメリカ側の感情をすべて代弁しているようです。

写真をクリックすれば
戦闘場面が見られます
「全艦発進せよ」でのカミカゼ攻撃の場面
(YouTubeより)


そんなアメリカ人の反応にショックを受ける人は多いかもしれません。
神風攻撃隊員は死を恐れぬ勇士として、敵からも敬意をもって遇されたと信じ込んだ人さえいますから。

ワールドトレードセンターへの自爆テロのあと、海外ではこれをカミカゼ攻撃にたとえる見方が相次ぎ、国内の掲示板は、反発したネット右翼による「神風特攻隊とテロリストを一緒にするな」とのトンチンカンな書き込みであふれました。
(国内で反発してどうするとか、ネット右翼がトンチンカンでないことを言うかといったツッコミは横において)

でも、我々はもう一度、カミカゼ攻撃の目的が殺人であったことを認識しないといけないでしょう。

日本では「戦争の犠牲になった若者たち」として悼まれる特攻隊員も、その攻撃を命懸けで受け止めたアメリカ側からは狂気の発露とみなされるのは致し方ありません。

数千人の特攻隊員による自殺攻撃と引き替えに、どれだけのアメリカ兵が度を絶する恐怖とともに道連れにされたのか。
そのことに思いをめぐらせる人はあまりいない気がします。

自分の側が払った犠牲の大きさで悲壮さに酔いしれ、相手側に与えた被害は慮ろうとしない。
日本人らしい発想といってしまえばそれまでですが。


( このエントリーは、以前に当ブログ管理者が、
「教えて!goo」で回答した文章を手直ししたものです )



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「太陽の帝国」


「太陽の帝国」。出撃する特攻機を見送って歌う英国少年



日本の軍政を描いたアメリカ映画で重要なのをひとつ。
スティーブン・スピルバーグ監督の『太陽の帝国』(1987)です。

戦火の中で孤児となり、日本軍の収容所で生き抜くイギリス少年を描いた小説の映画化ですが、原作者J・G・バラードの実体験に基づいているとのこと。
『バットマン』で大物になるとは誰も知らなかった子役時代のクリスチャン・ベールが主演。他に、ジョン・マルコビッチや伊武雅刀が脇をかためています。


さて、物語。
上海租界で裕福に育ったジェイミー少年は、日英開戦の混乱で両親とはぐれ、やがて日本軍が白人捕虜や中国人を使役してつくらせた飛行場と隣接する収容所に送られます。
まるで過酷な出来事が連続するのです。

それでも軍用機マニアだった彼のこと、夕暮れ時、憧れだった零式戦闘機に惹かれるように滑走路に出て行き(警備兵から銃で狙われながら)、近寄ってきた搭乗員らに向かい神妙な態度で敬礼すると、相手からも敬意を込めた答礼をしてもらえる。
この場面は、感涙ものと言えるでしょう。

さらにラスト近く。
特攻隊として出撃していく零戦搭乗員らを、収容所の鉄条網ごしに少年らしい美声で賛美歌(?)を歌い、敬虔そうな面持ちで見送るジェイミー。
飛行機が好きだった少年は、日本軍の収容所で暮らすうち、零戦搭乗員にすっかり感情移入してしまったのかと思わせます。

けれども、飛び立った零戦機が突然、木っ端微塵となって爆発したのを皮切り、アメリカ軍の爆撃に飛行場が見舞われると、ジェイミーは俄然、欣喜雀躍し、目の前を横切って飛んでいく米軍機P-51に、満面の笑顔で手を振ってみせるという日本人にとってはショッキングな描写が続くのです。
(後記:これ、手を振ったのはP-51の搭乗員のほうでした)



米軍機の突然の襲来に大喜びするジェイミー少年



なぜ? と疑念を抱いた人は自らを欺いていたのかもしれません。
ここは、映画の冒頭にあらわれた鉄条網のイメージと重ね合わせるべきなのです。

おそらくジェイミーにとって、零戦とその搭乗員は憧れの存在だったけれど、同時に彼らが護持する大日本帝国はジェイミーら白人捕虜を理不尽に虐げ、命さえ奪おうとする仇敵にほかならない。
そのシンボルであった零戦機が一撃で粉砕され、まさに救いをもたらす希望である米軍の戦闘機が目の前に現れた途端。その真実を全身で自覚したのでしょう。

ジェイミーの反応の極端すぎる変化を見ると、なぜ韓国や東南アジアの国々が大日本帝国による統治下では、従順に振る舞い、ときには命懸けで戦争に協力しながら、日本が敗けた途端、被害者としての怨みをむき出し、反旗を翻したかわかるような気がするのです。

そのことを「裏切り」と呼んで非難するのは事情をまったくわからない人であることの証明で、すくなくとも日本人でそのように言う人がいたら、厚顔無恥のきわみでしょう。
そもそも日本人の立場から彼らを非難することは、絶対に出来ません。

人間には抵抗できない暴圧の前に屈服を強いられたとき、自分を抑える相手に言い従うばかりか愛着さえ抱くような心の働きがあることを理解しなければなりません。
(これは近年、「ストックホルム症候群」としてようやく認められるようになった現象ですが)

たとえば、女性を殴りつけて精神を自虐に陥らせ、仇なのに好きだと錯覚させたあげく己れの思い通りにしても、それが「和姦」ということで許されるのでしょうか?
僕は許されはしないと思いますが。
日本軍の制圧下にあったアジアの人たちも同様で、彼らもまた、ジェイミー少年と同様、生きるのに余地なき選択を迫られたのだと認めねばならないと思います。


( このエントリーは、以前に当ブログ管理者が、
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大日本の負けたわけ(統合版)




「最大の敗因はアメリカと戦ったこと」という答えはおいといて……。

ウヨ太
山本五十六は偉大な司令官だし、神風特攻隊も高潔な勇士ばかりだった。

日本軍が悪なもんか。
歴史は勝者によって書かれるんだぞ。
日本が勝ってれば、連合軍のほうが悪者だ。
あずさ
あいかわらず、頭のわるいこというのね。
だったら、日本は勝てる戦いすればよかったのよ。
なんで、そこに反省がなくて、国ほろぼしたダメ軍人や自滅戦法に憧れるの? 本末転倒じゃない?
ウヨ太
うよ〜〜っ! 「ダメ軍人」とか「自滅戦法」とか、御国のため戦った人達になんてこというんだろうね、反日は。
あずさ
だって、今度戦争があったら、戦うのはあなたなのよ。そこのところ、よく考えてほしいわ。


そうです。敗軍に憧れ、そのやり方を繰り返しても始まりません。
次の戦争に是が非でも勝ちたいというなら、敗因のほうを徹底的に究明するべきでしょう。

ただし、「何をやっても日本は勝てなかった」と言い切る人をぼくは信用しません。
経験則ではそういう人は必ず、わかったような前置きのあとで、「それでも戦った日本軍はエライ」「だから賢明にも、早期講和をめざした」といった、何もわからないのを露呈する結論を付け加えるからです。

そうやって敵側の圧倒的な強さを強調、当って砕けた味方の捨て鉢ぶり、和平交渉中のだまし討ちを称えるばかりで、実際にはどうして負けたのか本当のところを何もわからなくしてしまう。
これではいけないと思います。
あの戦争での数千万の犠牲を無駄にしないためにも厳に慎みたいことです。




はじめに


その昔、『丸』という戦記雑誌がありました。
(いまでもあります? でも、雰囲気はずいぶん違うでしょう)

身内に復員者がいましたから、自宅の書架にはその『丸』のバックナンバーが揃ってたんです。
その家で育ったぼくは、幼少の頃からひとりでに、過ぎ去りし事象のかけらに触れる機会をもったのでした。

それで、古びた雑誌のページをめくるとね……。
惨敗した戦争をあつかう内容ですから、至るところ映画の場面でない、本物の戦死者の写真が載ってるわけで、目にするたび「うぎゃ〜〜!」とか震えておりました。
大空襲や玉砕戦を特集した号など、これでもかとばかりに死体画像がテンコ盛りになってたりして、年少者にはかなり恐ろしい本だった気がします。

そんな子供も成長していきます。
気が向いた号を抜き取っては拾い読みするうち、いつのまにか二次大戦の歴史については、一通りの予備知識が仕込まれていたのです。

『丸』という雑誌はそれ自体、戦後の日本人の戦争観を炙り出してるというか、そういう研究には格好の一次資料になり得るところがありまして。
この雑誌を読むと、日本人が東京裁判の判決の前に良い子でいたのは占領期間中の数年間だけだったんだなあってわかるんです。

戦争映画の紹介もしてますが、あくまで軍記マニアの視点からのもので、『戦場にかける橋』初公開時の号で、その結末を批判した映画評も読んだ覚えがあります。
あんな無理強いな悲劇で終わらせるんじゃなく、立派に橋を架けた英軍捕虜達の健闘を称えるだけで十分だったとボヤいてました。
デビッド・リーン監督に戦争友好映画を期待してるわけです。

そうそう。ロバート・テイラーがエノラ・ゲイの機長を演じた『決戦攻撃命令』の掲載広告など、原爆投下の内容は伏せたまま、あたかも血湧き肉躍る空戦映画であるかのような煽り文句がつけられてました。
(だまされて観に行った人はぶっ飛んだでしょうねえ)

雑誌の巻末では、戦時中に唄われた軍歌が数曲ずつ再録されてて、御丁寧に、父親を中心に親子で軍歌を合唱してる挿し絵が添えられ、「一家で唄おう」!
家族の団欒で軍歌を歌うって……どういう一家だよ、それ?
 いま思い出しても、すごい雑誌でした。




その一 同盟国と連携しなかった

さて。いよいよ、本題に入ります。
この『丸』で、「どうすれば日本は戦争に勝てたか」を特集した号があったんです。
各界の専門家何十人もに意見を求め、それぞれの案を掲載したものが。
もう、そうそうたる顔ぶれだったと覚えています。
いろんな人がいろんな意見を出してました。

その中に、誰の発言だったでしょうか、「日本とドイツがインド洋で合流する作戦が唯一の勝機だった」というのがあったはずで、どういうわけか長い間、心に残っていたんです。
『なるほど。同盟国だったら一緒になって戦うのが筋だよな。でもどうして、そうしなかったんだろ?』
考えれば考えるほどわからなくなる疑問でした。

少年の頭脳を悩ませるまでもなく当たり前すぎる道理だし、現に、アメリカもイギリスもフランスも、ソヴィエトや中国までが、合同戦略のかたちで戦い、日独を打ち負かしたんですから。
日本とドイツはなぜ、一緒になって同じ戦場で戦わなかったんだろう?

一時は欧州の半分と東亜の大部分を席捲するところまでいった枢軸側が勝利を失った理由を解きあかす鍵は、そこにこそあったのです。

なぜなら戦術の原則で最たるものは、「戦力の分散を極力おこなわず、味方が連携して戦う」ことだからです。
それなのに、第二次世界大戦における日本とドイツとは、同盟国同士でありながらけっして共同作戦をおこなうことなく、敵側から最後まで分断された状態のまま「各個に撃破」されてしまいました。

今日、その成り行きが歴史としてあるため不合理に気付く人は少ないでしょうが、枢軸側の戦い方は戦術原理への自滅的背反としか言いようがありません。


関連リンク

山本カルトに手を焼いた話(統合版)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/51134515.html





その二 敵を見くびり、早期講和が可能だと信じた

英米との開戦に踏みきった時の政府たるや、考えられる最悪の選択をしたとしか言いようがありません。

緒戦で勝ったように見せかけ敵の戦意を挫くという子供のまやかし! それを現実主義で計算高い英米人に通用させようとした! 講和の仲介をあのスターリンにまかせようとした! そうした夢想の実現を最終目的とする軍事力行使に国運を賭けた!……などなど。
当時の日本人がいかに世界をなめきった考えで国難を乗り切ろうとしたか、うかがえるのです。

実際には、「短期決戦早期講和」なんて日本人だけが可能と思っていた空回りの戦略でした。

一体どういう算段から、不意討という卑怯なやり方で始める戦争がすぐ片付くと結論したのでしょう?
アメリカでは真珠湾が襲われた時点で、多数の空母と大型戦艦からなる大海軍が建造中で、やがてそれだけの援軍が加わるとわかっているのにあきらめてしまうはずがありません。

もちろん、「緒戦で連勝し続ければ、アメリカは気落ちして講和を受け入れる」などとはまるで手前勝手な妄想的観測というよりなく、当時の日本人ならともかく、現在の日本人でそれが可能だったと思い込む人がいたら、情報量よりも精神状態に難点があるといわねばならないでしょう。

ただし。
あの戦争を狭い視野ではない、地球的規模から俯瞰し、同盟国だった日本とドイツが共同で長期戦の体制を築き上げることでアメリカに戦争をやりづらくさせ(つまり可能なかぎり米軍に人的損耗を強いるような世界戦略図をあらしめ)、かくしてアメリカ兵の死傷が膨大な数におよぶという危惧から米国民が厭戦気分に傾いたならば日本が余命を保つ見込みはあったかもしれません。

これは、ヴェトナムや現代のイラクの場合も同じだけど、アメリカに軍を引かせるには、とにかく耐え難いほどの人的損耗をあたえ、国民世論を継戦放棄の方向に追いやる以外にないのです。
(どの程度の死者数を「耐え難い」と感じるかは時代によって異なりますが)

真珠湾で艦隊を失えばアメリカ人は落胆すると期待した山本五十六だけど、結局彼には、軍艦にいくら打撃を与えても無意味で、大量のアメリカ兵の命を奪われ、戦争を続ければさらに多くの息子たちが死ぬとの恐怖を抱いたときはじめて米国民が継戦を耐え難いと感じることがわかっていなかったのではないでしょうか。


「真珠湾攻撃について」より抜粋
http://www3.ocn.ne.jp/~storm/now/pearlharbor.html

武官として何年も駐米した山本五十六なのに、かかるその場しのぎの戦略で成功すると思ったとは不思議でなりません。
アメリカの国力は見知っても、それをもたらした国民性まで理解できなかったというのが本当ではないでしょうか?

ですが山本五十六の信奉者は、「彼がアメリカの強さを知っていたからこそ、早期のうちに決着させようとした」と言い張るわけで、この辺の解釈がまるで逆さまになっている気がするのです。

ネット右翼はさらに、「戦う以外に途はなかった」と譲りませんが、これも違うでしょう。
そもそも、「米国の過大な要求で追い込まれた」という俗説にはまったく根拠がないのです。だって、開戦の決定はハル国務長官から覚え書きを渡される以前、11月はじめでとっくになされてるんだから!!
(連合艦隊がハワイめざして進発したのも、ハルノートを受けとる前日)


関連リンク

ハル・ノート
(戦争を語り継ごうブログ)
http://nishiha.blog43.fc2.com/blog-entry-793.html





その三 空母を追いかけ、洋上補給ほったらかし

一般の認識では、ミッドウェー海戦の敗北によって日米戦の潮流が逆転、好勢だった日本は亡国への道を歩み出したとされています。

空母四隻を失った日本側は、戦艦は無傷だったのに後の活動を大きく制約されたことから、機動部隊の戦力差こそ太平洋での勝敗を決する要だったと思っている人も多いでしょう。

たしかに、海の上だけを眺めるなら、戦況はその通りに動いたかもしれません。
でも実際は、どうだったでしょう。

 第二次世界大戦とは、工業生産力と海上輸送力の成果を陸戦で競い合う戦いだった。
 戦況は、奇襲攻撃や死を恐れぬ突撃などより、軍需品の質量と船団護送の成否とによって根本から左右された。
 アメリカ合衆国のあまりにも名高い別名となった「デモクラシーの兵器廠」なるものの実体は、英米の海軍や護送船団が協調的に働くことではじめて有効に機能したのである。

……(中略)……


 逆にいえば日本の敗因は、ミッドウェーやレイテなど代表的海戦の影響よりも、根幹は、東亜水域と本州との交通が日本海軍の力では保全できず、輸送船がすべて海に沈められたことによる。
 日本近海での制海権まで失った大戦末期には、陸軍を中国から本土へ呼び戻すことすら至難となっていたのだ。

 たぶん軍令部の頭を占めていたのは石油の備蓄量と敵空母だけで、どの国よりも海運に多くを頼る祖国がさらされようとする危機の本質がまるでわからなかったのかもしれない。
 新しい時代の戦争は、空母機動部隊に主役の座が明け渡されたように見えながら、まさしく水面下では純粋に経済的で、軍艦よりも輸送船の撃沈数によって勝敗が分かれたのである。


給仕と厨房(第二次大戦小史)
http://www3.ocn.ne.jp/~storm/world-war.html#atlantic

山本五十六の崇拝者は、彼が空母による機動作戦を採り入れた先見の明を称賛するのが常ですが、ここでは、戦車を群れで突撃させるドイツの電撃戦術を誇るのと同様、それで祖国に勝利をもたらせなかった重要な事実が都合よく無視されています。

それよりは、山本がUボート戦術の模倣に徹してくれなかったのが悔やまれてなりません。

 実は日本にも、性能は劣らず規模も小さくないという、立派な潜水艦隊が配備されていた。
 とりわけ魚雷の威力に秀でるその潜水戦力はしかし、間違いだらけの用い方により存在しないも同然だった。
 帝国海軍は、味方の潜水艦をUボートのように運用すること、敵の潜水艦をUボートのように駆逐すること、どちらにおいても無能をさらした。
 攻撃どころか島々に物資を補給する足代わりにされる有様で、日本も潜水艦で敵の海運を妨害するようドイツから忠告を受けても、艦隊決戦を信奉する頑迷ぶりは変わらなかったのである。
 戦艦大和を無為にしたことよりも潜水艦隊を無為にしたことこそ、海での敗北のはるかに大きな要因だったといえるかもしれない。


給仕と厨房(第二次大戦小史)
http://www3.ocn.ne.jp/~storm/world-war.html#atlantic

山本提督は、自分が印象付けた新戦術にみずからとらわれたらしく、空母を仕留めることしか眼中になかったようなところがあります。
なにより由々しきは、洋上補給の重要性を忘れてしまったことでしょう。

戦時物資を海運に依存する大日本帝国を窮乏に追い込んだのは、米軍の空母機動部隊よりも、潜水艦隊の働きによるところが大でした。
これこそ、山本個人の失態にとどまらず、太平洋戦争中に日本海軍の犯した最大の失策に付けこまれたゆえだったのです。


関連リンク

太平洋戦争と日本商船隊壊滅への経緯
http://www.ymf.or.jp/news/122/




追記

山本五十六を擁護するあまり、「原爆が開発され、何をしても日本は負けた」と主張する者にいたっては噴飯ものでしかありません。
その論法で、彼ら山本カルトがいまだに信奉する非現実的な「短期急進戦術」にみずからトドメを刺していることに気付かないのでしょうか?



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山本カルトに手を焼いた話(統合版)




2000年の夏、インターネットを始めて間もない頃。
当ブログ管理者は、ヤフー掲示板の軍事カテゴリーから「あなたがお奨めの世界の愚将/悪将は?」というトピックを選び、Manforstormというハンドル名で一連の投稿をおこないました。
(これが機縁で、いまでもManforと名乗ってます)

Yamamoto--Charge of the Task force

 愚将といえば、山本五十六さんをおいてほかにありません。
 彼は、一九四二年という重要な時期、スエズ方面でロンメルと合流させ、ドイツ軍と協働して英国の息の根を止めるのに役立てるべきだった世界最強の海上機動部隊に対し、ミッドウェーやソロモン諸島という見当はずれの方角への出動を命じ、大損耗をこうむらせてしまいました。
 まるで、指揮下の精強な騎兵旅団を敵軍陣地に正面から突撃させ、台無しにした、クリミア戦争でのカーディガン将軍のごとき愚挙!
 カーディガンは数百騎の損失を祖国にあたえただけですが、山本のほうは当時、日本がかろうじて確保した大東亜共栄圏の水域を守備するため不可欠だった連合艦隊を再起不能に陥らせたのだから、比較にならぬほど責は大きい。
 これで、日本の敗北は確定したのでした。

ヤフー掲示板遠征記
http://www.geocities.jp/ondorion/war/yamamoto/174.html

この指摘の順当性については、リンク先のまとめサイトを読んでもらえれば納得されるでしょう。

果たして「おもしろい! なぜ誰も思いつかなかったんだ! 隠された真実を見とおすスゴイ奴!」など喝采で迎えられるかと思いきや……。
ヤフー掲示板の軍事カテゴリーというのは、小学生でもわかる道理が見えない人ばかり揃った不思議なところで、なんと返ってきたのは、暗く、狭い了見に満ちた「否定論」だけだったのです。

「補給が困難」「潜水艦がコワイ」「日独は協調できない」「何でドイツのため戦うの?」

ぼくは呆れ返りました。
批判のうち前の二つは、補給も対潜防御もおざなりで対米戦にいどみ祖国を破滅に導いた日本海軍にまず言うべきだし、後の二つは、同盟国と連携もせず、単独で世界を相手取った大日本が亡国に追いやられる起因となった閉鎖的な国民性を代弁するものではありませんか。

反論者ときたら、およそ説得性に欠ける稚拙で無茶苦茶な根拠ばかり並べたあげく、「やはり早期講和をめざしたほうが‥‥」との結論にもっていきたがるのです。
(もう、何が何でもという執念で)

いったい、この史的認識の旧態ぶりはどうしたことでしょうか?

いまどき早期講和の戦略が可能だったと言い張る者など、まともに歴史を眺められる人の中には誰もいません。
いるとしたら、無責任な漫画やTV番組を真に受けただけの、よほどの勉強不足ぶりをさらして恥じずにいる人ではないでしょうか。

当時の日本帝国がおかれた世界的状況は、日露戦争の時とはまったく違っていたのです。
「開戦と同時に連打を食らわせ、勝ったふりだけ見せて講和を結ぶ」など、大熊を殴って怒らせたあと、布団をかぶって寝てしまうのにも等しい愚挙でした。

そもそも、「早期講和」などというまやかしは、真珠湾攻撃後に米国民が本気で立ち上がった時点で破綻したのを山本自身が知っていたのです。

山本五十六の信奉者なら百も承知するはずのこの根本的な事実は無視し、ミッドウェー作戦さえうまくいけば有利な条件で講和をもたらせたとか史実から遊離した夢想に耽ろうとする……狂おしいとしか言いようのない「人々」ではありませんか。


中でも、yamamotoisoko(仮名です)という海軍びいきな女性を自称するネカマさんの反応は常軌を逸しており、あくまで自分と異なる意見の存在を許さないわがままぶりときたら、当時のぼくをして、「あなたの精神衛生は、自由な発想で歴史を論じ合う人としての基準に行き届いていません」と言わしめるに十分なものでした。

このネカマ氏はまた、別ハンドルで野卑な言葉による攻撃を仕掛けてきたのです。
ネカマ氏とその分身による「議論」の挑み方は徹頭から徹尾まで、卑怯きわまりないものでした。

彼(ら)のなにより悪どいところは、こちらが言ったのとまるで違うデタラメな主張をしたように印象操作したことで、ぼくは補給路を分断されないよう目を光らす軍司令官よろしく、掲示板を見る人々が惑わされぬよう、前におこなった投稿を繰り返し引用することで自分の考えを再三にわたり印象付けねばなりませんでした。

「ヤフー掲示板遠征記」で、同じ説明をしつこいほど重複させてあるのは、そうした事情によるものです。


山本愚将説にまつわる中間報告

 今回の議論はもともと、当コーナーに私が「山本五十六は空母機動部隊を無駄に突撃させた」と投稿したことから始まりました。その根拠として、彼が太平洋に戦力を投入したことの無益さを指摘し、より有効な艦隊の役立て方があったはずと思い、あきらかに太平洋作戦より望みが僅少でもあるはずの枢軸側同盟国との合同戦略をシミュレートしてみせたわけです。

 これを優秀な作戦として薦める意図はなかったし、大勝利をもたらす戦術として印象付けた覚えもありません。そのことは投稿文をまともに読んでくれた人には理解してもらえると思います。
 ただ、皆さん架空戦記がお好きらしく、こちらの訴えたかった主題よりも、スエズ攻略の成否をめぐる議論のほうへ興味の焦点が合わさってしまった感があるのです。
 果たして、少なからぬ反論が寄せられましたが、最終的にどれひとつとして、こちらがおこなった投稿の主眼を否定し去るものはありませんでした(まあ、当然でしょう。土台、挑んだ議論が核心からずれているのですから)。
 私は、一貫して、以下のことを主張しています。

「短期決戦早期講和の望みはなく、太平洋でいくら戦っても戦力を消耗させるだけだった」
「ドイツは米軍を一正面で迎え撃たねばならなかった」
「日本とドイツは、緊密に連携して世界戦略を遂行すべきだった」

 これらのことはすべて、「火を逃れる者は水に入るべし」という意味での当然なすべき措置、軍略からしても物事の道理からしても「当然見えてくる」ことばかりなので、わざわざ私が裏付けをおこなう必要があるとは思えません。

 こうした三つの絶対条件から導きだせる戦略方針は、「あの1942年というタイミングを逸することなく、精強な空母機動部隊による軍事活動を、独軍が米軍を一正面作戦で迎え撃つための準備行動、すなわちソ連を抑え、英国を骨抜きにする目的で挟撃作戦を進めていたコーカサス軍とロンメル軍の動きと協調させること、要するに「欧州要塞」の防備強化のため日本の海軍力を役立てるべきだった(太平洋で無益に浪費するくらいなら)」となるわけですが、それでもなおしつこく反論を仕掛ける人がいるのは残念なことです。それらの方々は、いちいち「これでは成功しなかった」とクレームを付けるのではなく、他のより理想的な戦略図を提示してくださらないかぎり、私は説得されませんし、おそらくは、だれをも説得することはできないでしょう。

 「それで勝てたという保証はありません」とは何度も言いました(ミッドウェーや、連合艦隊の援護なしでロンメル軍がこうむった敗北なら、すでに事実として結論は出ていますが)。

 また、枢軸側が勝った方がよかったとは、一度も言っていません。
 これは強調しておきますが、私はヒトラーや天皇制支持者の味方ではなく、逆に、常識的な国連史観の側に立つ人間です。
 「こうしたほうがマシだった」という仮定は、1942年になした山本提督の選択の誤りを炙り出すための方便として用いたものにほかなりません。

 最後に。
 私は、「戦争をやめていれば」という最良の解決案は除外しました。
 それは、山本にもヒトラーにも、いかなるやり方によっても不可能なことだったからです。

山本愚将説にまつわる中間報告
http://www3.ocn.ne.jp/~storm/yamamoto/229.html






「ヤフー掲示板遠征記」では、相手方の投稿は諸事情により省略したのでわからないでしょうが、ネカマのyamamotoisoko氏の口ぶりと言い分がいかに高慢で錯乱したものだったか。
いま思い返しても、反吐が出るほどです(下品な言葉で恐縮ですが)。

実は、一度きりで投稿が終わるはずだったという話

 過去ログも読まず、あら捜しや揚げ足取りの禁じ手ばかりでこちらの主張を封じようとするやり方、マナーといい投稿内容といい、あまりにも無体なので、一体この人はどのトピックでもおなじなのだろうかと疑問をもち、別のトピックでのisokoさんの発言を拾い読みしてみました。

 すると案の定。isokoさんは、私が初投稿をした数日前、山本五十六による短期決戦早期講和の戦略に賛同する発言をしていたことがわかったのです。
 しかも、その内容。

 あの開戦前夜、日本が東亜を侵略することで招いた災いをあたかも、「か弱き乙女(日本)が狼藉な大男(米国)に手篭めにされる」瀬戸際であるかのようにたとえている。
 そういう状況が当てはまるのは、フィンランドとかギリシアのような小国が侵略された場合だけで、あの時局での大日本帝国がアメリカから禁輸を切り札に中国から兵を引くよう迫られたからといって、なんの言い抜けもできるものではありませんでした。

 それをisokoさんは、開戦と同時に連打を食らわせ戦意を喪失させようとする日本軍のやり方を、生娘が暴漢に反撃する心得でも説くように、しゃあしゃあと語っている。
「急所を蹴り上げ、ひるんだ隙に飛びかかり、馬乗りになって喉元にナイフを突き付けたら、巨体な男の人でもなにもできませんでしょ」とかなんとか……。

「あ。こんな精神状態の人と仲良くせずにおいてよかった」
 心から、そう思ったものです。


ヤフー掲示板遠征記
http://www3.ocn.ne.jp/~storm/yamamoto/yamamoto.html#afterword3

つまり、ネカマのisokoさんはぼくの「山本愚将説」に自己の主張への挑戦を感じ取り、縄張りを侵された蛇のように飛びかからずにいられなくなったわけです。
山本五十六や日本海軍を弁護するためですらない、ただ自分の面子のためにだけ、ああして反論にならない反論を繰りかえしたのでした。

(ё) 要するに、この人はぼくの発言で夢を壊されたのに腹を立て、八つ当たりしてきただけなんですね。
はじめから、短期決戦も早期講和もどうでもよかったのでしょう。

思うに、このネカマ氏には史観の偏り以前の問題で、人間を相手に論議する資格がすでに欠落していたのです。
いま思い返してもyamamotoisoko(仮名)なる人は、憎まれ役ぶりの際立った、しかも自分ではそれに気付かないという、おそろしく不幸な血のめぐりの悪さで害されていました。
諸事情から推して、そのワガママぶりを注意もせず軍事板のトピックを荒れるにまかせた、カテゴリー管理者の分身だったのかもしれません。

2chはいうにおよばず、gooであれヤフーであれ、交流の場の要所要所がこうした、公共の板をおのが縄張りとわきまえたような病理人格者に牛耳られているのが日本のネット界です。
(だからこそ、愚にもつかない聖戦論や嫌韓論の支持者が多数派に見える)

今日に至るも、この手の愚か者の跋扈する状況が、大東亜戦争の道義的な正否以前に、その敗因を突き止めることさえ困難にしているのです。


関連リンク

山本五十六/早期講和への果てなき道
http://www.geocities.jp/ondorion/war/yamamoto/yamamoto.html

真珠湾攻撃について
http://www.geocities.jp/ondorion/now/aikoku/pearlharbor.html



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■日本人でどこがよかった
■ニッポンこわい
■国民病「日本スゴイ症候群」と他人の反応
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■二次元マニアの同一性障害
■「特攻隊はテロリストと違う」と言い張るゼロリスト
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■アインシュタインよりディアナ・アグロン
■エジソンからアインシュタインへ
■「よそはよそ、うちはナチ」
■東京を占領した南京事件否定派、ユネスコを脅迫
■映画『聨合艦隊司令長官山本五十六』
■外国人に語らせた愛国ポルノ本の虚妄
■ノストラダムスの大予言と大東亜戦争の肯定
■侵略の定義
■慰安婦問題について百万回でも書かねばならないこと
■誘拐と慰安婦とハーレムと強制連行
■性奴隷と兵奴隷
■日米同盟はまさに保険だ
■知ってても差別をしてしまう場合
■グレンデールで慰安婦像撤去に反対、本物の日系市民が動き出した
■安重根記念館と二つの史観
■小野田少尉と真実を把握すること
■潘基文国連事務総長は安倍内閣の歴史認識を堂々と批判してかまわない
■産経新聞というネット右翼
■戦後最大のメディア犯罪が起きている?
■通州事件の記憶遺産登録は日本にとってヤブ蛇ですが
■アメリカ人の自己犠牲について
■「太陽の帝国」
■慰安婦問題、仏国際漫画祭での判定
■原爆投下に対するJoe Kilroyの見解
■愚問のきわみ! 「南京大虐殺の際、中国軍は何処で何をしていた」?
■米国保守と日本右翼の親和性?
■「西側」対「右側」/従軍慰安婦問題の特異性
■早い話、日本軍自体が「巨大な奴隷制度」だったという話
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