戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

2014年01月

慰安婦問題、仏国際漫画祭での判定

仏アングレーム国際漫画祭で、「日本ブース」強制撤去
https://www.facebook.com/shun.ferguson.3/posts/582763731809177
これは酷い。根拠もなく、「韓国と結託した主催者側が」と断定する神経。

かたや韓国の新聞は「日本の圧力で慰安婦説明会が中止させられた」と言ってるし。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/01/30/2014013000324.html



アングレーム国際漫画祭の件。いろいろ考えさせられる。
はからずもこの祭典は、「慰安婦問題」の判定の場となってしまった観がある。

慰安婦問題はもちろん、日本と韓国、二国だけのことではない。ナチによるユダヤ人虐殺が二民族間にとどまらないのと同じに、世界的な人道問題だ。しかし韓国の日本を糾弾する熱意の激しさときたら。慰安婦制度でもっとも被害をこうむった国なのだから当然かもしれないが。

ただしアングレーム漫画祭だけに話をしぼるなら。主催者側としては、国際的な芸術の祭典に「二国間」の政治問題を持ち込んでほしくなかったのだろう。当然である。世界の人々が漫画をかすがいに親睦を深めるという巨大な友好の場なのだから。

とはいえ、フランス側の視点でも「どちらに非があるか」は明白なように思う。歴史上の人道犯罪である慰安婦制度を糾弾する側と、それに対し反省の色もなく、差別感情むきだしでヘイトスピーチを撒き散らして牙をむく歴史修正主義者たち。

主催者側の対応は、喧嘩両成敗というわけではない。当たり前だ。

欧米人はおしなべて、歴史認識においてアジアの慰安婦に同情的だ。歴史認識において、黒人奴隷やホロコーストの犠牲者に同情的なのとおなじように。
もし奴隷制度やホロコーストを正当化する者がいたら容赦しないだろう。そして日本人で「慰安婦の悲劇」を否定したり慰安婦を侮辱する者がいたら、ネオナチやKKKの同類として扱われるだろう。
アングレームでそれが起きたわけだ。

両者の格も違う。
旧日本軍と現在の安倍政権を非難する「慰安婦側」は韓国という国家ぐるみでの出品だが、「日本側」の反・慰安婦展示は論破ドットコムという団体による私的なもので、勝手に日本を代表した気になっているにすぎない。

韓国側がパリでの開催を予定する慰安婦説明会は中止させられたが、「論破ドットコム」の反慰安婦ブースのほうは展示そのものが撤去された。この差は何を意味するか。言うまでもあるまい。「韓国のように喧嘩腰でいられるのは困るが、ネオナチみたいな日本人を野放しにもしておけない」ということだ。

アングレーム国際漫画祭は日本からの来訪と出品には好意的である。だが尋常でない振る舞いをする者には違った態度で応じる。過去に自国が陵辱した女性たちをさらに侮辱するという「論破ドットコム」はまともな日本の来客とみなされなかったのだ。
これこそ今回の出来事の勘所であろう。







この件での一番の誤解。
宗教団体「幸福の科学」後援による「論破ドットコム」という団体が私的に立ち上げた展示場のことを「日本ブース」、つまり万国博の日本館のようなものだと多くの人が思い込んでいることではないだろうか。

もちろん論破ドットコムなど日本の代表ではないし、彼らの展示は日本政府の方針に順じたものですらない。
(政府の立場はあくまで、「河野談話を受け継ぐ」というものなので。ネット右翼には悔しいだろうけど)
ところが論破ドットコムの主張は、あきらかに河野談話の内容に背いているのだ。

「論破ドットコム」のやり方をたとえれば、イスラエルの「ホロコースト特集」に怒ったネオナチが、「そんなのはユダヤの捏造だ」と言い張り、勝手に冒涜で満ちた対抗展示をしたようなものだろう。
彼らの「論破プロジェクト」とは、そういう試みなのである。

このように日本政府の方針から乖離した主張をおこない(しかも海外で)、日本国の慰安婦問題への認識を誤解させ日本への悪印象を増幅させる――日本人が慰安婦問題で反省していないように思わせてしまうのだから――という点で、あきらかに「反政府的」で「反日的」なのは、まさに「論破ドットコム」のほうではないだろうか。

ようするに。ネットでこれだけ話題になっている「アングレーム事件」の真相とは、ネオナチが会場から追い出されたのとおなじことなのだ。それを論破ドットコムのほうでは、「韓国に乗っ取られた漫画祭だ」と根拠など一切なしに勝手に決めつけ騒いでいるにすぎない。
これがネオナチの反応でなくてなんであろう!





関連リンク

アングレーム国際漫画祭公式サイト
http://www.bdangouleme.com/

そうだったのね、慰安婦問題!
http://matome.naver.jp/odai/2138238867118488501





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「特攻隊はテロリストと違う」と言い張るゼロリスト

『パッチギ』を撮った井筒和幸が映画『永遠のゼロ』を「観たことを記憶ゼロにしたい」とボロ糞に貶したところ、原作者の百田尚樹が「そのまま記憶をゼロにして、何も喋るなよ」と返したということで。
失礼な話だと思う。
井筒監督は映画を見たとおりに評価しただけなのだから、出来が悪いと言われて不快ぶるなら映画化などさせなければよいのである。

井筒監督といえば何年か前、石原慎太郎が製作したこれも特攻隊の映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』をボロ糞に貶してたっけ。この時は、「見もせずに貶してる」と言い返されたわけで。『永遠のゼロ』の場合ちゃんと見てから貶したのだから、そこは評価すべきだと思う。

ちなみに石原慎太郎版の特攻隊映画は興行的に大コケだった。特攻隊を描いた映画だから『永遠のゼロ』がヒットしたわけではないということになる。







ところで。
特攻隊の生き残り老人が「神風」を自爆テロだと言われ、「自爆テロと一緒にすな。非戦闘員を標的にしなかった」と憤激したという逸話を読んだ(本当の話かどうかはわからない)。
何が何でも日本の特攻隊員の名誉を守ろうという意気込みに満ちた、もっともらしい屁理屈ではある。

しかし一体、どんな理由から憤激するのか?

そもそも、「非戦闘員を標的にしなかった」という日本軍の特攻戦術とは何だったのか? それこそ非戦闘員と変わらぬ年令の若者たちに、爆弾抱えた飛行機を操縦させ標的に突っ込ませる行為だったはずだ。






それ以前に――。



この当然の疑問がなおざりにされている気がする。
逆に言えば、なぜ日本の特攻兵は今日の自爆テロと同じ真似をしなければならなかったのか?

阿川弘之によれば神風突撃が採用されたのは、通常爆撃だと投下弾の命中率が低い割に撃墜される率は高い。それだったらいっそ体当たりさせてしまえ、そのほうが命中率も上がるはずだという「海軍流の合理主義」によるものらしいが、当時の海軍の精神状態がよくわかる言い訳ではないか。

神風特攻隊とはいわば、国民を「人間爆弾」として敵に投げつける大日本帝国による「国家テロ」だったのである。この根本的な事実を理解すれば、怒りをぶつける相手は明快となる。
くだんの老人が実在するとしたら、そして男としての矜持が残っているならば、自分たちの命をそのように扱った大日本帝国という国体に向かって抗議すべきではないだろうか。

散文的に述べれば、国家は国民生活のための道具にすぎないのであり、国民が国家の道具として扱われた時代を、どんなかたちであれ美化してはならないと思う。





(AFP/NEWSTEAM)

2010年、何十人もを巻き添えにしたモスクワ地下鉄自爆テロの実行犯は、17歳の少女だった。
一緒に写っているのは夫であり、その前年に死亡したイスラム武装勢力の戦闘員。
未亡人になった彼女は彼の仇を討とうと自爆テロに志願した。





「ゼロリスト」という言葉をいま、思い付いた。

実際は、人命を軽視し相手方に恐怖をあたえるテロ攻撃そのものだった神風攻撃による日本側犠牲者を、テロリストとおなじに扱われるのを断固として許さないという人たちをさす言葉。
神風特攻隊を自爆テロとは異なる、なにか神聖なものとして差別化せずにいられない人たちのことだ。

国のために命をなげだす行為は、当時は尊い行為と思われた。
今でさえ最高のモラルに属する行為として讃えられもする。
(ハリウッド映画では、「命を粗末にする馬鹿者め」で片付けられる場合が多いが)

あきらかに日本のカミカゼの影響を受け、世界各地でおこなわれる自爆テロを、神風を誇りに思うのとは裏腹で「特攻とは別物」と忌むべきもののように遠ざけ、自爆犯が志願する動機を「狂信」で片付けようとするネット右翼の、特攻隊員だけを特別視しようとする態度。
そこには他の場面でも見せる彼らネット右翼の下劣をきわめた人間としてのあさましさの極限を超え、おぞましさすら感じさせるのである。

さて、余談だ。
祖国を守ろうと命を捨てた日本の特攻隊員は現在でも世界中からその勇気を称揚されているという。
ぼくではない、ネット右翼が言うことだ。
フィリピン軍の高官が日本のカミカゼ攻撃を称賛したという話まであるそうだ。
ネット右翼はそう言っている。

百歩譲って、それが実話だったとして。
ではフィリピン軍が日本軍をみならい、自軍の将兵に爆弾抱えた死を命じるかといえば、そんな真似したら反乱が起こるに違いない。
フィリピン軍の神風礼賛は、日本の援助を取り付けようと話を合わせるための「おもてなし」だったというのが本当のところだろう。
日本から来た右翼系の賓客に対し、「あいつらにはああ言えば悦ぶ」式に表される外交辞令と本音とは違うということだ。

最後に。
「カミカゼを自爆テロに例えるとはテロリストへの冒涜だ。自爆テロは迫害や圧制への命懸けの抵抗だが、日本軍の特攻は侵略国の悪あがきに過ぎなかった」という見方もあるのだと付け足しておこう。
非常にうがっている。




関連リンク

自爆テロと特攻・真珠湾攻撃
(鳥飼行博研究室)
http://www.geocities.jp/torikai007/war/terror.html

「自爆テロやると地獄に堕ちる」
(当ブログ過去記事)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/51452730.html





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なぜ日本人はアンネ・フランクに魅せられる?

イスラエルの英字新聞「ハーレツ(HAARETZ)」紙から。
長めの記事だし英文なので、すべてを引用するわけにいきませんが。
とりあえず勘所だけ拾い出してみるならば。


Why are the Japanese so fascinated with Anne Frank?

For many Europeans, Anne Frank is a potent symbol of the Holocaust and the dangers of racism. But the Japanese people tend to connect to her story for fundamentally different reasons.


「なぜ日本人はアンネ・フランクに魅せられるのか?」
http://www.haaretz.com/jewish-world/jewish-world-news/1.569938
欧州でのアンネ・フランクは、ユダヤ人迫害と差別主義による脅威の強力なシンボルだ。しかし日本人は、根本的に異なる理由から彼女の物語に接する傾向がある。







“Anne Frank is a powerful symbol for peace in Japan,” Otsuka said. “That’s why her story resonates with so many Japanese, who have suffered the horrors of war.”


つまり日本人は、アンネ・フランクの物語を「戦争がもたらす恐怖」のシンボルとして受け止めているというわけです。


“The Anne Frank-Japan connection is based on a kinship of victims,” Lewkowicz said. “The Japanese perceive themselves as such because of the atomic bombs dropped on Hiroshima and Nagasaki. They don’t think of the countless Anne Franks their troops created in Korea and China during the same years,”

In Korea, Japanese troops organized the rape of thousands of enslaved Korean women who were known as “comfort women.” They also perpetrated mass killings of Chinese civilians.


広島や長崎で戦争の究極的災禍をこうむった自分たちの立場をユダヤ人とおなじにとらえ、大戦の被害者としてアンネに共感している。その反面、同時期に日本が中国などでおこなった暴虐、日本軍によって無数の「アンネ・フランク」が造りだされた事実には目を向けなかったと「ハーレツ」紙は指摘します。

卓見です。




当ブログ関連記事

やはり被害者でいたがる日本人
(2007年07月01日)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/50970348.html






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安重根記念館と二つの史観

中国で安重根記念館開館 暗殺現場のハルビン駅
http://news.livedoor.com/article/image_detail/8446777/

ネット右翼が火病をおこしそうなニュースである。
「テロリストの安重根め」とか息巻きながら、笑って馬鹿にした真似だけするのが目に見えるようだ。


(聯合=共同)



安重根って何した人? と訊かれれば、遺憾ながら、政治的・軍事的なリーダーとして歴史を作り変えるほどの大人物だったと答えるわけにはいかない。
彼は韓国人の民族主義者で、みずからの祖国が隣国の領土欲にさらされるのに単身で立ち向かった男だ。そして中国ハルビンの駅頭、日本を代表する立場でロシア外相と相対した元老伊藤博文の余命を三発の銃弾で奪う行為によって歴史に名をとどめた。

安重根のしたことは人殺しだし、合法的な行為ではない。
なによりも、祖国を救うため役に立たなかった。
韓国を併合することは同年の夏すでに東京で閣議決定されており、いかに伊藤博文が朝鮮総督時代にそのための下準備をすべて整えた男、いわば韓国植民地化の張本人だったとはいえ、いまさら伊藤を倒したところで復讐以外の目的は達しようがなかったのだ。

しかし今日、韓国では安重根のことを「愛国者」「義士」「英雄」と称えている。

いったいに、歴史上の殺傷事件というのは、被害を与えられた側の国と加害者の出身国とでは評価が食い違うものである。
第一次大戦の引き金となった百年前のオーストリア皇太子暗殺だが、その実行者は地元セルビアではいまなお愛国者として英雄視されるという。

安重根記念館の落成に抗議する菅官房長官は、「安重根は我が国の初代首相を殺害し、死刑判決を受けたテロリスト」だと不快の意を示したが、その「我が国」に限っても、時の権力から切腹を命じられた「暴徒」の赤穂浪士が今日ではお寺で祀られ、「義士」扱いされているではないか。
菅長官の言葉は説得力が欠ける。

はっきり言って、安重根が海外でどう扱われようと日本に関係ないとは言えぬにせよ、今のタイミングで日本政府が干渉すべきことではないだろう。
なによりもまず安重根は、靖国神社で祀られる英霊二百万と異なり、日本によるアジア全域への侵略行為に加担した存在ではなかったのだから。

そもそも伊藤博文のような毀誉褒貶の多かった人物を、単純に「立派な人」「尊敬すべき人」として遇してよいものだろうか?
織田信長に豊臣秀吉、平清盛、足利尊氏、シーザー、クロムウェル、コロンブス、成吉思汗、イワン雷帝、獅子王リチャード、ゴードンやカスター……伊藤もまた、彼らと同じように怨まれる真似もしていたはずで、それがまさに安重根の行動に表れたというわけだが。
その辺の事情を考慮せずに、なぜ「テロリストに殺された偉人」とバイアスをかけねばならないのだろう。

そうしたいというなら日本ではそうすればいいだろう。伊藤博文暗殺は太平洋戦争ではないのだから、二つの国で異なる史観が存在しても問題とはなるまい。
その代わり、彼に報いを受けさせた安重根のほうは韓国や中国で英雄にしておけばいい。
侵略者の親玉である伊藤博文を射殺した彼を、その地元が「正義の人」として扱うのを許しておけばいい。

それをどうして日本政府のほうでは、韓国と中国が共同で「安重根記念館」を伊藤博文殉難の地ハルビンに立ち上げたことを問題にしなければならないのか。
日本帝国主義に敵対した人物がこのように祭り上げられては、伊藤博文が仇を討たれた悪者として相対化されてしまい、美しいものとして国民の記憶にとどめるべき日本の近代史に汚点がつくというからか。

そのように子供じみた日本会議史観の都合には付き合っていられない。
「美しい日本」を海外にまで押し付けるのはやめてもらいたい。





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ふわふわ、どどーん!

ふわふわ どどーん
風船 爆弾


戦果というか被害が僅少だったため、語られることの少ない風船爆弾。
戦時中、日本がおこなった、気球の群れを気流に乗せ、大洋を超えさせての北米大陸無差別爆撃。

固定した攻撃目標を狙うのでなく、敵国内に混乱をもたらすことだけが目的です。

発射したのが9300発。
それで成し遂げたのは、民間人数名殺傷という巨大な戦果。
なんとも哀しい大作戦でした。


第2次大戦中に日本軍が使用した風船爆弾


【5月2日 AFP】米陸軍が公開した、第2次大戦中に日本軍が使用した風船爆弾の写真。1945年1月10日にカリフォルニア(California)州アルトゥラス(Alturas)西方で米海軍の航空機によって落とされたものを、同州にある海軍航空基地で膨らませて撮影した。

 風船爆弾は第2次大戦中に日本軍が考案した爆弾の一種で、直径約10メートル、和紙でできている。大気高層のジェット気流に乗せて約8000キロの距離を飛び北太平洋を横断してアメリカ本土を攻撃した。この爆弾を米国の太平洋沿岸北西部の森林地帯で爆発させて大規模な山火事を発生させ、太平洋戦線の米軍兵力の一部を本土の消火活動に向けさせることを狙っていた。

 1945年3月5日、オレゴン(Oregon)州の森に落ちた風船爆弾を自分たちのキャンプに運ぼうとしていた日曜学校の生徒5人とキリスト教聖職者の妻が爆死した。これは第2次世界大戦中にアメリカ本土で風船爆弾軍によって唯一、死者がでた事例とされている。この悲劇をきっかけに風船爆弾の存在が米国民に知られるようになったが、日本側が戦果を確認してさらに爆弾を送り込まないよう、米政府は風船爆弾について厳重な報道管制を敷いた。

 戦後、風船爆弾による犠牲者の遺族には特別見舞金が支給された。(c)AFP


(AFPBB News/2009年05月02日)
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2598803/4096743




こうして米本土に到達した風船爆弾は一千発に達するとされています。
(画像は、「ノブの日記」より転載)






風船爆弾の製造には、全国で大勢の女学生が動員されました。
都内では日劇や東京宝塚、両国国技館などが作業所に使われました。





とにかく、風船の落下したところどこででも爆発させ、火災をおこす。
この作戦の非人道性は、東京大空襲やドイツのV兵器作戦ほどには話題になっていません。
日本軍がアジア太平洋の全戦域でみせた日本軍らしさにくらべれば霞んでしまうからだと思うのですが、だからといって忘れ去ってしまえるものではないでしょう。
現に、このニュースはアメリカ側からもたらされています。

それにしても、なんて無駄なことしたんでしょう。
こんな奇天烈なものを9000発も製造するなんて。
それだけの手間暇で、どうせだったら機雷を造って海に流せばよかったのに。
カミカゼも酷いけど、空ばかり見上げ、海のことを忘れてしまった戦争の愚かしさを象徴する兵器です。





日本軍は他にも、いろいろやっていたようです。




関連リンク

風船爆弾 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E8%88%B9%E7%88%86%E5%BC%BE




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小野田少尉と真実を把握すること

フィリピン・ルバング島のジャングルで、太平洋戦争終了後も29年間、潜伏し、生還した元陸軍少尉の小野田寛郎さん(91)が16日、都内の病院で肺炎のため死去。
(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/ASG1K2W9RG1KPXLB119.html



小野田寛郎さんが死んだ。
投降を拒んで終戦後もずっと日本兵であり続け、「敵地」の密林に30年も潜んだ果て、1974年にようやく武器を捨てた人。

誰もが、その気力と体力に驚嘆しながらも、人生の男盛りをこんなかたちで棒に振ってしまった悲運に同情したものだ。
みんな戦争が悪いんや。
多くの人がその合言葉で片付けようとした。

しかしおなじ状況におかれた元日本兵でも、グアム島に28年潜んだ横井庄一さんのほうは「わしゃ、損した」と本音を打ち明けたものだが、小野田さんはあの「日本会議」に属し、慰安婦の悲劇を否定するなど最後までウルトラ右翼だったという罠がある。

小野田寛郎を戦争の犠牲者ととるか、功労者ととるか。
(もっとも軍人としての彼は「任務」に従い続けただけで、戦果らしきものはあまり挙げていない)
正しい情報をつかんでいないと人はとんでもない真似をするという、今に通用する見本にはなるかもしれない。

いや。
一兵卒の横井さんと異なり、小野田さんはかの陸軍中野学校で特殊訓練を受けた情報将校だった。
孤島の密林で生き残る術には長けていたにもかかわらず30年間も外部の実情を把握できないとあっては、中野学校卒業生の情報収集能力はその程度だったかということになってしまう。
正しい情報をつかまなかったというより、正しい情報だと認められなかった可能性が強い。



(本当に命を賭けなければいけないと必死になった瞬間、)あたりが急に明るく鮮明に見えるようになったという。
「夕闇が迫っているのに、まるで昼間のような明るさになりました。そして、遠くに見える木の葉の表面に浮かぶ1つ1つの脈まではっきり認識することができました。そうなると、はるか先にいる敵兵の動きも手に取るように分かります。それこそ、相手が射撃をする直前にサッと身をかわして銃弾を避けることさえできると思いました」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%AF%9B%E9%83%8E#.E3.81.9D.E3.81.AE.E4.BB.96.E3.82.A8.E3.83.94.E3.82.BD.E3.83.BC.E3.83.89


小野田さん自身、こういうオカルトめいたことを語っているのだが、それほど人間離れした能力を発揮できながら自分の戦いがいかに世界の現実から舞い上がったものかまでは認知できなかったわけだ。

小野田少尉にとっての真実は、潜伏活動に終止符を打つことによってようやく目の前に姿をあらわした。なんのことはない、隠れていた密林から出てくれば済むことだった。みずからを情報から隔絶する孤島の密林の中に追い込んでいたのだから致し方なしであろう。

今の日本で同じような状況に身をおいた連中がいる。
ネット右翼だ。
インターネットという居ながらにして世界とつながったツールを与えられながら個々の身では世界と交わらず、巨大掲示板2ちゃんねるという踏み込んだ者を真実から遮断してしまう、いわば情報の密林の中に集団で群れている。そうやって、2ちゃんねるや2ちゃんねるの傀儡4chanで、ひたすら自分をあまやかした夢、世界中が日本に感嘆し日本人を応援するという内容の夢に溺れている有様だ。

心身ともに鍛え抜かれ決死の覚悟で生きた小野田少尉とは雲泥の差があるにせよ、隔絶された特殊な状況の中にあることは変わらない。
小野田さん自身、それを敏感に感じ取ったのかもしれない。晩年は「自然塾」というものを開講、青少年にサバイバルの技を伝授することをはじめた。やはり無為に引きこもっていたとは思われたくなかったのだ。

しかし彼は密林から脱しても、認識を変えず、その主張はネット右翼の思い込みをおそろしいまでに地でいったものとなっている。

「靖国の英霊に対して、心ならずも戦死されたと言う人がいます。これほど英霊を侮辱した言葉はありません。
当時の私たちは、死ということに拘泥しない、深く考えない、死んだら神さまだと、そういう考え方をしていました。当時は徴兵令で、満二十歳になると男子は兵役につかなければなりませんでした。だから「心ならずも」と言うのかもしれませんが、好きで兵隊になったわけではなくとも、多くの人間は国のために死ぬ覚悟を持っていました。
戦後の教育で洗脳され、本当の日本人の気持ちを理解できなくなった人がそういうことを言うのだと思います」

小野田さんの言葉だ。
日本が軍国主義に支配された一時期の教育で洗脳され、人間の自然な気持ちを抑圧していた人が言うことだと考えれば、まさに妥当である。

だが戦時を生き、男子かくあるべしとの時代精神を30年も温存させた人による発言だからといって、真実を語ったと思ってはならない。あの時代を生きた日本人は無数にいるし、我々にはその人々が残した日記や証言録に目を通すだけで、実情はけっして小野田さんの言葉どおりでなかったのを知ることができるのだから。





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カラシニコフ氏の懺悔

ソ連製AK-47突撃銃の設計者として知られるミハイル・カラシニコフ氏は生前、自身が生んだ銃が大量の人命を奪ったことで心の苦しみを抱え、ロシア正教会最高位のキリル総主教に書簡で悩みを打ち明けていたという。
(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2014011402000220.html



カラシニコフ氏といえば、「人が死ぬのは銃のせいではなく、政治家が悪い」と自己弁護したことで知られるけど、やはり内心では罪の意識があったのですね。

カラシニコフ「心の痛みが耐え難い。私は解けない問題を抱えている。私の銃が人命を奪ったことで、農民の息子で正教徒の私に罪はあるでしょうか

それに対する総主教さまの有難い御返事。
あなたは愛国者の模範である。武器が祖国を守る場合、正教会は武器設計者もその武器を用いる兵士も支持する

なんというか。
懺悔の値打ちを、懺悔される立場のほうから台無しにしてしまった感じ。
でも基本的に、大組織としてのキリスト教会は国の立場に反対しないものです。実際、キリストの教えを律儀に守っていたら教会など守れなくなってしまう。
教会としては神の意思を代弁する立場をよそおって、国のため戦うのは神の意にかなう行為だと言うしかない。

信仰とは神にささげるもので国を崇拝するものではないのですが。
洋の東西を問わず、神様ではなく国家主義のほうと結びついた宗教は厄介ですな。





おねえさんの手にしているのがカラシニコフ(この絵だと、妙に弾倉が短いけど)。
旧東側諸国や発展途上国、紛争地を中心に広がり、世界中で一億丁は存在するらしい。
「史上、最も多くの人を殺した武器」とされている。






関連リンク

「カラシニコフについてあまり知られていない20のこと 海外の反応」
http://stumbleon.blog.fc2.com/blog-entry-94.html





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映画「空軍大戦略」での名曲

映画「空軍大戦略」(1970)について

第二次大戦初期、ドイツ軍の大進撃でフランスが降伏、イギリス本土が第三帝国による侵攻の危機にさらされた1940年。英独の制空権をめぐる数週におよぶ戦い、いわゆる「英国決戦」の全貌を再現した大作戦争映画。
007シリーズの大製作者ハリー・サルツマンが完全主義を発揮。テキサス出身のドイツ系米国俳優らに長期訓練を受けさせ、当時の空軍機を乗りこなすパイロットに育成したという。
多数の実機を雲上に飛ばしてカメラに収めた映像は圧巻の一語。



Luftwaffe March



ダンケルクの惨状とチャーチルの演説の後で始まる映画のオープニング。
ドイツ空軍の勇壮なマーチとともに飛行場に勢揃いしたヘルマン・ゲーリング元帥自慢の空軍の雄姿が描かれます。



Battle of Britain Theme



こちらは英国空軍のテーマ。
いかにも緊急事態に対処するようなスリリングな感じの曲です。
英国空軍西部音楽隊による演奏ですが、サウンドトラックとは微妙に音が違う気がします。



Work and Play



これは特別に紹介したい曲。
舞踏会で奏するのがふさわしいような流麗な曲です。
英独の激しい空中戦を描いた物語の中、まるで場違いな雰囲気を醸しだし、映画を見たときは不自然な印象を受けましたが、サントラからそれだけ取り出して聴くかぎり、みごとな癒し系の音楽として成立した曲だと思います。
原曲は実際にドイツ軍で歌われたものらしいですが、突き止められませんでした。



Battle of Britain - Finale



エンディング・タイトル。
音楽担当のロン・グッドウィンは、のちにビートルズの曲をみごとなシンフォニーに仕立てたように、こういう大編成のオーケストレーションで本領を発揮する人であります。
ちなみに「空軍大戦略」の音楽にはクラシックの大家ウィリアム・ウォルトンの他、「戦場にかける橋」のマルカム・アーノルドも協力しているのですが、どこが誰の仕事かというのは不明にしてわかりません。
余談ながら。スペシャル大河「坂の上の雲」のラストもこの音楽くらい盛り上げてほしかったなあ。



ウィリアム・ウォルトン/「バトル・オブ・ブリテン」より (C.マシューズ編曲)



クラシック作曲家ウイリアム・ウォルトンにまかされ、サントラまで録音されながら劇中でほとんど使われることがなかった幻のスコア集です。
どうしても気に入らなかった製作者ハリー・サルツマンの一存で、ほとんどのスコアをロン・グッドウィンに作り直させたものに差し替えてしまったという(空中戦を描写した部分だけはそのまま残されています)。
そんな真似をして一悶着おきたのは間違いないでしょうが、現代音楽として本格的すぎるウォルトンの曲を劇画調でケレン味たっぷりのグッドウィンのものと聴き比べれば製作者サルツマンの判断は妥当と言わねばなりません。
もしサルツマンに商業的直感が欠け、ウォルトンのスコアが全編にわたって使われていたら『空軍大戦略』はまるで違った味わいとなっていたでしょうから。



Battle of Britain Tribute



「空軍大戦略」の空中戦シーンをまとめたもの。
映画とはまるで関係ない、ヴァンゲリスによる「楽園の征服」がBGMに使われ、効果を挙げています。



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大女優淡路恵子の死に思う

淡路恵子さん死去 80歳、映画で活躍 ドラクエファン
(朝日新聞)
http://t.co/T4wdePfCCB


淡路恵子さんって、ウイリアム・ホールデン主演の朝鮮戦争映画「トコリの橋」にチョイ役で出た人でしたよね。ミッキー・ルーニーの米兵が埠頭で喧嘩する場面で。
(ちがう? いや、無知を露呈してしまった)
でも他の淡路恵子の出演作でどんなのがあったかというと……見てないよ!

そういえば、谷洋子さんはどうしちゃったのかな?
おっと。谷洋子といっても知らないだろ?
一時期、海外で幅広く活躍した人ね。ハリウッド映画に出たり、イタリア映画に出たり、共産圏のSF映画にまで出た。はっきり言って、谷洋子以上の世界的知名度を得た日本人女優って未だに出てないのが実情。

「バレン」(1961)では、エスキモー(当時は差別語でなかった)に扮した。
大物俳優アンソニー・クイン演じる主人公の妻という大役だ。
殺人罪での逃避行。吹雪の中で赤ん坊を出産するけど、産湯が使えないので乳児の体を実際にペロペロ舐めまわしてきれいにするという、まさに体当たり演技だった。

ごめん。ぜんぜん淡路恵子のこと書いてなくて、ごめん。
淡路恵子ってそのくらい、自分的には印象薄いんだよね。
日本映画ってろくに見なかったし。

Twitterのトレンドに「淡路恵子」とあったから何かと思って。
淡路恵子って、今更というか、そんな大往生して大騒ぎするほどの大女優だったのかな、と。
いや大物だったんだろう、日本では。
でも海外ではほとんど無名で注目されることもない人。

ネルソン・マンデラのような、まだ死なないうちから国際的な弔問外交が秒読みに入ったほどの超大物もいる。
まったくの無名人でも、みずからの命と引き替えに自爆犯から学校を守ったパキスタンのあの少年は、世界中から哀悼の声を集めた。
しかし自分の国でだけ著名人として悼まれながら逝く人もいるんだな、とこういう感慨を抱いたもので。

自分にとって淡路恵子とは、それだけの人。




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「皇室と戦争とわが民族」

1960年公開の新東宝映画。
海外では「スパルタカス」や「エル・シド」が出た頃の作品です。
fc2動画でタダで視聴。
はい、お退屈さま。
たいそう時代錯誤な内容でございました。







物語。
およそ2600年前(おい、サバ読むな。実際はその千年くらい後だろ)、神武天皇の東征から始まります。
神武軍は地方豪族の待ち伏せを受け、苦戦させられる。
すると、そこへ――。
いきなり、脈絡もなく、金色に輝く鳥が出現するのでありますが。

これがなんというか……せこい作り物のような鳥です。いや完全に作り物です。模型を金色に塗っただけなのを隠しもせずに見せる。
すんげーアバウト。これぞ、衰退著しかった日本映画がついに到達したエド・ウッドの境地!
ほんと、商業映画でここまでなのは珍しい(あー、金ださないでよかった)。観客の目は嵐寛寿郎の神武天皇に釘付けで金鳥など気に止めないとでも思ったんでしょうかね。

それでこの金鳥さん、全身から発する怪光で攻め手の目をくらまし、大軍勢を撃退してしまうのです。
あり得ない!
なにやら悪役レスラーが飛び入りの小さな子を怖がり退散する余興みたい。そんな寒い芝居を集団で演じたエキストラのみなさん、ご苦労様でした。
しかし金鳥さん、自分の価値と効果をよくわきまえてる。
はじめっから居れば楽勝だったのに、一応戦わせて神武側が窮地になったら救いに現れるという。

それにしても金鳥さん、何故にこの後で描かれる日米戦にも出てきて米軍を撃退してくれなかったんでしょう?
いえ、わかります。「戦争は軍人たちが始めたことで、陛下の御本意ではなかったから」と言いたいのですね(笑)。

と、ここまでは導入部。
お話はそれから、昭和の御世へと一足飛び、ここから本番なのです。

日中戦争開始から終戦にいたる経緯が、内閣幕僚と宮中関係者の地味なディスカッションドラマとして描かれます。
しかし昭和天皇は出てきません。
「トラ・トラ・トラ!」でもそうだったけど、現役のお天皇様を俳優に演じさせるのは畏れ多いというわけで、そこに居るという設定で菊の玉座を写してるだけなんですね。
声も発しない、透明人間の昭和天皇。
(終わりのほうで人間宣言後の全国巡幸を描いた実写にはしつこいほど出てきます。もう、しつこいほど)

さて。
昭和天皇の意に反し始められ(ここが映画のいちばん主張するところ)拡大していった日中戦争は、行き詰ったあげく日米関係まで悪化させ、ついにハルノートの強硬な要求により日本は開戦を決意せざるを得なくなったという未曾有の国難を迎えます。
このあたりは、いまも巷に出回ってる風説そのまま、いわば「開戦神話」の概要をなぞっているだけです。
(実際は、対英米戦の閣議決定は秋のうちになされおり、ハルノートは最後通牒と呼べるほど強硬な内容ではなく、しかもそれが手交される前日、すでに真珠湾遠征隊は出立しておりました。)

つまり色調もお芝居も抑えた感じの演出でありながら、根本的な歴史認識でリアリズムになってない。
いや、これでいいのでしょう。
大和時代の神話で幕を開けた物語が、昭和時代の神話へと引き継がれていくのは至極あたりまえのこと。
そう考えれば、違和感はありません。
登場人物がいつの時代の衣装をまとっているにせよ、これはあくまでもファンタジー映画なのです。

さて。
それで開戦し、瞬く間に東亜を席巻したのはいいが、ミッドウェーでしくじってからは連戦連敗、圧倒的物量の米軍の反攻の前にジリ貧になって本土空襲まで追い込まれていくという周知の通りの戦況推移。
そして昭和天皇は、御前会議でポツダム宣言受諾の決断を迫られる。

と、ここまで実写を織り込みながらほとんどの場面が屋内でのセット撮影で描かれます。
退屈です。
唯一盛り上がるのは、有名な玉音放送前夜の反乱劇。しかしこれが、始まったと思ったら乗り込んできた上級指揮官に一喝されてあっけなく終わってしまう、救いようのないまでの葛藤のなさ。

はっきり言ってしまえば、全編が昭和天皇の体面を汚さぬようひたすら気を使い、天皇のあの戦争での問責を打ち消すためにだけ作られたような映画でございました。
しかも、天皇は悪くなかった、ずっと国民のことを思っていたという調子で、下々を気遣う陛下のお心に感謝させようとする。
「もし終戦の時、天皇なかりせば日本はどうなっていたであろうか(ナレーション)」
おいおい。天皇の名において始められた戦争じゃなかったのかよ。
天皇がいたから始まった戦争なんだから、その責を負わなくてどうするんだよ。

それで開戦の責任は軍人たちに押しつけ、天皇に責任が及ぶのは回避しようとする。では軍国主義と侵略を断罪するかといえばそんなこともなく、東条英機以下、日本を思い、死んでいった軍人たちの面子も立てようとするわけで。
じゃあ誰が悪かったんだ、悪い奴はどうなったんだという疑問への答えははぐらかされてしまう。
そして昭和天皇がマッカーサーに会見し、頼み込んだおかげで、米よこせデモなど飢餓に発する終戦後の混乱も乗り切れたという。
まことにおめでたいです。

その後は語るもアホらしい。天皇の人間宣言と全国行脚をする有様がニュース映像により、いつ果てるとも知れずえんえんと描かれたあげく、皇太子(現天皇)の結婚。そして翌年、現皇太子の誕生で大団円。
「我らの行く手にはなお幾多の困難があろうとも、連綿たる皇室とわが民族の誇りある限り、限りなき栄光があることを固く信じて疑わないのである(ナレーション)」

いや、楽しいではありませんか。
通常の劇映画のセオリーを無視、ひたすら天皇制をヨイショするためにだけ作られた珍品であります。








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ムッソリーニの唄(ジョヴィネッツァ)


みなさんの大好きなイタリア軍が、戦争やってる時さかんに合唱した(させられた)唄。




映画「砂漠のライオン」より
グラッツィアーニ将軍の歓迎会の場面。
製作と監督はリビア人。ムッソリーニの侵略軍に抵抗を続けた祖国の英雄を主人公にした大作だが、
はっきり言って、イタリア軍の軍服のカッコ良さだけ印象に残った内容。




イタリアでなぜファシズムが生まれたのか?
そしてなぜ、イタリア軍はああまで弱かったのか?

これらについては詳しい人が色々と分析しているので、ぼくからの意見出しは控えますが、ムッソリーニ個人について言うなら、自国の軍隊を買いかぶりすぎた。
というより指揮者がこんなに良いのだからオーケストラも頑張ってくれると勝手に思い込んでいた。
それが敗因のすべてのように思えます。



ボーカロイド初音ミクが日本語で歌ったジョヴィネッツァ




なぜかウクライナの女性がアカペラで歌います
それが不思議だったので、「ナチがウクライナに攻めこんで、何百万も殺したのを知らないの?
その時ムッソリーニはヒトラーを支援したんだよ」と英語でコメントしたら、削除されてました。
動画のアップ主には訊かれると具合の悪いことだったのでしょうか。






馬を水辺に連れていっても飲んでくれない。
イタリア人を戦場に連れていっても戦ってくれなかった。

黒シャツ隊のような、ムッソリーニを熱烈に崇敬し一身を投げ出すのも厭わぬつわものがいたにせよ、あくまで一部でのことでした。

実際は、彼を支持する人々にしてみれば、自分たちの暮らしを良くしてくれると思ったから絶対的な権力を与えて国政を任せたはずなのに、各地で戦争を仕掛けて、男たちを戦場へ送り出し、生活はますます苦しくなるばかり。
これでは政体への不満が蓄積するのは当然でしょうが、ムッソリーニは、自身が独裁者でいられる基盤がこうした近代的な現実感覚をもつ庶民に支えられるのを忘れていたようです。

英米軍の欧州侵攻が始まり旗色が悪くなった途端、彼を政権の座から引き摺り下ろしたイタリア国民のことをヘタレのように言う人もいるようですが、独裁体制を覆すには奴隷のように従い続けるよりも敏速で柔軟な決断と実行力が要求されるものです。
(そのあと連合軍との交渉に手間取るうち、国土はナチに占領されてしまったわけですが)

ともかくも彼らは、国が滅びる前にファシスト制に「no」を突きつけた。
そうしたことも国民の強さをはかる目安ではないでしょうか。












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