戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

2014年07月

誘拐と慰安婦とハーレムと強制連行

岡山での少女誘拐事件で警察が踏み込んだときの状況から、「寝転んでアニメを見てたなんて誘拐じゃない、同意の上なんだ」「都合よく少女の家出に利用されただけ」という犯人無罪論または少女同罪論がネットの一部ではまかり通っていました。

もちろん、「監禁したのは確かだし、悪いことに変わりがない」という反対認識のほうが圧倒的だったし、その後、犯人の自供で、少女を刃物で脅しての「強制連行」だと判明、家出に利用されたという弁護論は拠り所を奪われたのですが。
ここまでわかった以上、「犯人はやさしかった」「家出だった」「同意の上」などと擁護する人はいないと思います。ところが岡山での誘拐事件と同じほど弁護が困難な状況にありながら、「加害側に落ち度はなかった」と居直る人たちがいるのです。
国際的に非難される日本軍従軍慰安婦制度について、「強制ではなかったから責められるいわれはない」となおも食い下がる日本の極右集団。

おっと、誤解しないように。従軍慰安婦制度でも、これまで数えきれない資料や証言によって「強制性」が裏付けられています。植民地や戦地で徴用された女性は多くの場合、「本人の意に反して」慰安婦にされたし、現地で騙されたことに気づいても拒否して帰るなど許されない状況でした。
にもかかわらず皇軍の関与を否認し続ける人々は、まるで代わり映えのしない屁理屈と資料の曲解によって、「性奴隷と呼ぶのは不適切」と何十年にもわたり言い続けているのです。

「当時、売春は合法だった」「過酷な状況で束縛されたわけではない」「高給で優遇されていた」……彼らが呪文のごとく唱える、これら口上の数々。実際に一財産築いた女性もいたらしいので、元慰安婦に対し侮辱のかぎりを尽くす人々の口から出たことを割り引くならば、受け入れられそうに思えるかもしれません。
しかし、国際社会ではまったく通用しない。何故なのか?
実は、あまりにも多くの似通った先例があるからです。

中世から近世にかけて栄えたオスマントルコの例を挙げて説明してみようと思います。
オスマン帝国皇帝のハーレムでは、奴隷として売られた女性たちが身の自由を奪われ暮らしていました。とはいえ彼女らは、一般人より衣食住において恵まれたし、皇帝の寵を得れば宝石など高価な贈り物ももらえました。皇帝の世継ぎを産み、皇后にまでなった女性さえいたほどです。
しかし……。
そうした事実があるからといって今日、ハーレム制度を擁護する人は西側にはおらず、「性奴隷」として認識されることに変わりありません。

またオスマントルコには、支配地から連れてきた子供たちを官吏や軍人に育てる(彼らはデヴシルメと呼ばれた)徴用制度がありました。
デヴシルメも農民などより暮らしは良く、とりわけイェニチェリと呼ばれるデヴシルメからなる軍団は、幼時からの洗脳教育で皇帝のため捨て身の奮闘も厭わぬ強者揃い、戦場でも厚遇されました。デヴシルメから大臣にまで成り上った者もいたほどです。
しかしこれも、今では擁護する人のいない制度です。

さて。
日本軍慰安婦制度についても、国連の対応を見るまでもなく、国際社会ではすでに「性奴隷」という認識が行き渡っています。
この件では、2007年に米国議会が対日非難決議を可決、さらに2014年、改めて決議に従うよう日本政府に求める法案にオバマ大統領も署名しています。
これに対し、「大事にされた」とか「金持ちになれた」とか「出世できた」などと、オスマントルコでの何百年も前の状況を擁護するのとあまりにも酷似した言い訳を持ちだして反論しても、まったく歯が立たないのはわかりきったこと。
ではどうしたら慰安婦制度を弁護できるかというと、弁護できないという答えしか出てきません。認めるしかない、そのことをもって二度と繰り返さないという確約とする。それ以外に選ぶ余地がないのです。

なぜなら、慰安婦制度の非道性は日本のアジア侵略の罪深さとまさに一体のものとして捉えられており、なんとしても軍国時代の過去を賛美したくてたまらない連中がどう甘言を弄したところで、占領地の将兵の愉楽に慰安婦をあてがった大日本帝国の姿を諸外国から好意的に受け入れてもらうのは第二次大戦に対する世界的評価を変えるのとおなじほど至難(いや不可能)だからです。



だいたい、「将軍なみの高収入」とネット右翼がさかんに吹聴する慰安婦の待遇ですが、彼女らの中で実際に「巨万の富を得て、皇位に列せられた」女性って、一人でもいたでしょうか?
(ハーレムの女性の中にはいました)
え? 「売春婦ごときを皇紀2600年の家柄と結び付けるとは何事か、無礼者!」ですって?
ということは。
大日本帝国の人権意識って、オスマントルコ以下ということになるのですか? そうですね? ええ、わかります。

最後に。
まったく蛇足ながら。
トルコ皇帝の親衛隊イェニチェリについて。
イェニチェリの兵士は東欧のトルコ領土から徴用されました。つまり東欧人ばかりで成り立つ軍団がトルコ帝国の尖兵となって東欧を支配、さらに中欧へと攻め込んでいったわけですが。
だからといって、「東欧の人々はトルコに支配されたと文句を言えない、むしろトルコとは欧州侵略の共犯関係だ」などと無茶苦茶な論法を振りまわす人を見たことがありません。
西側世界にサンケイ新聞はないからです、はい。







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日米同盟はまさに保険だ

安倍首相の訪朝、アメリカが自制を要求
「日米韓の連携が乱れかねない」
http://www.huffingtonpost.jp/2014/07/15/abe-north-korea_n_5589776.html


勝手に喧嘩してもいけない。
勝手に仲良くしてもいけない。  
相手が北朝鮮であることは問題じゃない、アメリカと相談なく日本政府が独自に動くことが戒められている。

結局、日米安保でのアメリカの立ち位置は保険会社とおなじなのだろう。
今の保険会社は昔とは違う。
顧客がこうむった被害への補償よりも、顧客が被害をこうむるのを未然に防ぐことでずっとアクティブだ。顧客に被害がなければ補償を払わずに済むからである。
加入する企業に対してもリスクを犯すなとやかましく、経営方針にまで口出しする。それで忠告に従わなかった企業が損失を招いた場合、補償金は支払われない。ハリウッドでは、保険会社の了承が得られなければ映画も作れなくなっているほどだ。

保険。そう、保険。
イザヤ・ベンダサンに啓蒙された日本人にとって、軍備とは有事に備えた保険である。日米安保で強いられる出費もいざという時に米軍という保険会社から援助を得るための掛け金という認識だ。
アメリカにとっては違う。
日米同盟とはずっと積極的な動機、日本と周辺国との不手際な折衝のせいで起こされた紛争に米軍が巻き込まれてはたまらない、そんな羽目にならぬよう平素から日本政府をコントロールしておく仕組みにほかならない。

米国は実際、軍事介入という事態を招かぬよう日本に対してさまざまな忠告をする。
抑止力として、かつ危急の際には米軍を効果的に補佐できるよう軍備を充実させ、法も整備しろ。ただし近隣国を怒らせるな、自分から地域の安定は揺るがすな、と。
(けっこうやかましい注文ではないか。安倍政権の身になったら大変だ)
こういう次第なので、アメリカには正面から中国と事をかまえる気はないだろう。
仮に日中で紛争が起きても、米国がまずやるのは自衛隊への来援ではなく、軍事力を後ろ盾にした両国間の調停である。

日本が米軍の加勢を得て中国軍を撃破する場面を妄想しているバカウヨ諸氏にはがっかりしてほしい。
アメリカはよほどのことがないかぎり、アジアでは戦わず済ませたい。日米同盟はそのために、日本を守るというより日本と組んでアジアを安定させるためにあると言ってよい。

ようするに、「保険」の概念がまったく違ってきている。
日米安全保障条約は、戦争が起きた時の備えではなく、戦争を起こさないようにするサーヴィスへと内容が進化しているのだ。

身も蓋もない解き方だろうか?
しかしアメリカ合衆国という保険会社と組んで動くのが、日本株式会社にはもっとも無難だ。よくアメリカから自立して独自路線を歩むべきと言う人がいるし道理の上でもそうだろうけど、今の世界、日本が置かれた状況で独自路線を歩むなどとは亡国的なくらい困難至極である。

とりわけ安倍政権でそれをやられたら困る。
だがやりたいと思っているのが安倍政権だ。
むろん、やりたいと思うこととできることとは同一ではない。しかも強い後ろ盾がないと中国を相手に大きな態度に出られないので、安倍政権としては靖国参拝にどう難癖つけられようとアメリカと組まざるを得ない。
ある意味、分際をわきまえているのが取り柄だ。

もちろんアメリカは許容できる範囲でしか日本に勝手な真似をさせないわけで、結果として日米同盟は日本の暴走を阻止、アジアに安定をもたらす最大の抑止力になっている。
日本がインドと組んだりフィリピンと組んだりイスラエルと組んだりするのも、アメリカの認可があってはじめて可能となることだ。そうやって安倍政権が独自の意思で「対中大同盟」を構築したような振りだけみせるのは大目に見られる。

ところが北朝鮮とまで国交しようとすれば、途端に横槍を入れてくる。「日米韓の連携」が乱れるのは具合が悪いという理由で。
何事も「保険会社の一存」なのである。







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映画『ジョン・ラーベ 〜南京のシンドラー〜』

かねてから見たかった『ジョン・ラーベ 〜南京のシンドラー〜』を、中国の動画サイトでようやく視聴できた。
この映画とそれから『南京!南京!』が、右翼テロを恐れて日本で上映されず、観たい者は中国の動画サイトを利用しなければならないとはどういうことだろう。
日本は自由の国ではなかったのか。

いや、なにね。
『征服1453』のような、日本の配給業者が手を出さなかったトルコ映画さえも中国の動画サイトで見られたのだから、もしや『ジョン・ラーベ』もと思い当たり、検索してみたわけ。
結果は大当たり。Bingo!




『拉贝日记』
http://www.letv.com/ptv/vplay/1019551.html



『ジョン・ラーベ』はドイツ人が作った映画だが、中国の動画サイトでの公開だから中国語の吹き替えで、ドイツ人やアメリカ人が中国語をしゃべる(はじめのうち戸惑う)。
しかし日本兵の台詞だけは吹き替えられずに日本語のままだ。それだけ日本軍は特殊な扱いなのがわかる。

さて、『ジョン・ラーベ』を見た感想だ。
まずネット右翼がいちばん知りたがることから言ってやろう。どの程度、史実にもとづいているのか?
ずばり! 『シンドラーのリスト』や『ホテル・ルワンダ』と同じ程度。つまり訴えたいテーマに合わせ、かなり脚色されている。当たり前だ。映画なんだから。

それはようするに、本質的な意味合いが違ってくるほど大きく史実を歪めていないということでもある。
日本軍による南京市の攻略と占領の中、少数の欧米人が団結し難民たちを守ろうと活動する。これが話の中心なのだ。
(しかし彼らは偉大だ。今だったらノーベル平和賞確実な功績をなし遂げたんだから)

したがって南京に攻め込んだ日本軍が善行をしたなどとは間違っても描かないし、描けるはずもない。日本軍とは本来、南京にいてはならなかった人々である。
(このもっとも重要で揺るがしがたい大事実をはずして、あのとき南京で何が起きたかを議論するほど無意味なことはない)

映画の描写にケチを付けることはできるだろう。
「日本軍は民間の客船を攻撃していない」「日本軍は病院で銃を乱射しなかった」「ラーベの運転手は殺されていない」「三笠宮崇仁親王はあんな悪人ではない」
けれども、それは『アラビアのロレンス』の脚色部分を問題視するのとおなじで、大きな意味をなすものではない。

繰り返すが日本軍はあのとき、南京にいてはならなかったのだ。
なぜなら宣戦布告もせず中国領土になだれ込んだ彼らは、国連の非難にも聞く耳なし、いや軍中央の停止命令すら無視したまま南京に攻め進んでいたから。実際、これほど独断専行ぶりで弁護の理由を見出すのが難しい軍隊は滅多とない。

映画の出来は、水準よりちょい上程度か。画期的傑作というほどではない。それでもドイツ国内の映画祭で七部門受賞と高い評価なのは、ナチ党員だったラーベを主役にしながらも、けっしてナチを賛美せずナチに好印象を抱かすこともなく、しかし「良きドイツ人」として際立たせるのに成功したからだろう。

日本の右翼マスコミとドイツ映画人との違いはあまりにも顕著だ。
映画『ジョン・ラーベ』では、ラーベが数えきれない中国人をかくまったのがあくまで個人の行動として描かれる。事実としてラーベが日本の盟友ナチ第三帝国の国威にどれほど頼ったにせよ、それをもってナチを賛美することなどしない。

一方日本の右にならえ勢力は、あの杉原公使が身を挺してリトアニアのユダヤ人を救ったのを大日本帝国の手柄にしてしまう。まるで、自分たちがイスラエルから感謝されているかのごとく自慢して悦に入る。
そして南京であったことをけっして認めず、それを描いた映画の国内上映をも塞き止めしているのである。




「ジョン・ラーベ」中国版ポスター



言っちゃなんですが。
中央のラーベを取り巻く中国人エキストラの皆さん、
戦乱下なのにのんびりし過ぎな顔だけど、どうにかならんかったのか。




関連リンク

『ジョン・ラーベ 南京のシンドラー』公式HP
(「南京・史実を守る映画祭」実行委員会)
http://johnrabe.jp/

映画『ジョンラーベ~南京のシンドラー~』の解読〜ラーベの握手が示すもの
(青空帝国)
http://blog.livedoor.jp/goldhagen-ikidane/archives/38987651.html






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「征服1453」/VFXが壊した堅固な壁

まず、これを見てほしい。
一昨年公開のコンスタンチノープル攻略戦を扱ったトルコの大作歴史映画「征服1453」。
その劇中で駆使されるCG描写のメーキングを解説した動画だ。





特撮を担当したのはEpicsという会社で、インドネシアやメキシコなど人件費が格安の国で作らせ、欧米よりずっと安い値段で提供している。
(試算したところ、ハリウッドの半分から三分の一の値段で作れるみたいだ)
CGもずいぶん敷居が低くなってきたように感じる。

1970年代、ジョージ・ルーカスは「スター・ウォーズ」で、制作費の三割から四割もの額を視覚効果に費やすことで全編を特撮場面だらけにするという新機軸を打ち出して世界を驚かせ、この手の映画の流れを変えた。
(「スター・ウォーズ」に20世紀フォックスが出した直接制作費は950万ドル。これに英国で実写部分を撮影したことでの政府援助が150万ドル付いて制作費総計1100万ドル。そのうち390万ドルをILMでの特殊撮影にまわしたとされる)
だが当時、一定以上の技術をもち市場規模も大きく、映画作りに予算をかけられる国でないかぎり見るに耐える出来の特殊撮影は不可能だった。

したがって長きにわたり、非西欧世界の映画人が優れたVFXを使った作品を望んでも、「超えられない壁」に挑むのと同じことだった。

しかし今や、時代は変わった。
「スター・ウォーズ」は1970年代半ばに作られたが、歴史大作「征服1453」は物価がずっと高騰した2012年の作品でありながら制作費1700万ドル。
(「トロイ」や「キングダム・オブ・ヘブン」といったハリウッド史劇の実質数分の一)
そんな予算で、しかもトルコのような国でかくも大場面の盛り込まれた映画作りが可能になったこと、言い換えれば製作条件における「公平性」を獲得したことは驚異と言うしかない。

これまで多くの映画人にとって、「ベン=ハー」や「クレオパトラ」、「戦争と平和」「ヨーロッパの解放」のようなハリウッドが社運を賭けた場合かソ連の国策映画にのみ可能だった、巨大なスペクタクル場面から成り立つ劇中世界を描くことは夢でしかなかった。
映画は夢の世界とはいえ、まさにその手の夢から見たいと願う者を隔てる巨大な壁が立ちはだかっていたのだ。

「壁」は打ち壊された。
間違いなく、進展する「計算力革命」がなし遂げた成果のひとつだろう。




これが、計算力革命だ!




ただし。
「征服1453」のトルコ国内での評価だが、興行的には大成功ながら、「民族主義的すぎる」「特撮以外は国際水準に達していない」など批評家からはけっして最高の栄誉は受けなかったようだ。
質的には、「パールハーバー」や「永遠のゼロ」とおなじ水準だろうか。
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20120218_082833.html





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