「朝日新聞の慰安婦報道は戦後最大のメディア犯罪」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41467

これは一面では、真実かもしれない。
ただし朝日新聞に対する右翼政治家と右派メディアの結託した一大規模のテロリズムという意味でだが。
リンク先には、池田信夫による知識人の文章とはとても思えない、朝日新聞ならびに慰安婦制度批判派への敵意まるだしの、ゲロを吐き出したような罵詈雑言が並べてあるだけだ。

さて。
まず関係ないことから。
マッカーサーの長大な議会演説から数行だけ取り出したものを曲解し、「マ元帥が日本の開戦を弁護した」というのは有名な「大日本バンザイ」ネタのひとつである。ネット右翼の間では大人気だが、年長者の目には捏造性があきらかすぎて、右派でもそれなりの地位にある政治家や知識人はさすがに引用をはばかるところがあった。
恥というものを知っていたからだ。

だが今回――。
「朝日が強制連行を否定」ネタには、元防衛相から都知事、総理にいたるまで臆面もなく飛びついた。慰安婦問題でいかに政権側が追い込まれた気分だったかわかるというものだ。「追い詰められた獣はおのれの身に噛みつく」というが、国連や米国、韓国には刃向かえないので国内で八つ当たりしろ感が満々である。

いや、朝日は大昔の記事について一箇所訂正しただけだ。大きな特集企画の中で些細な部位にすぎないものだった。ところが、尾ひれが付いて広まってしまったのである。
詳しい説明が必要かもしれない。

このタイミングで、慰安婦問題の非を認めない勢力はまったく窮地に立っていた。
米国グレンデールでの日本の国粋主義団体が主導する慰安婦像撤去の訴えが地元の裁判所から退けられた。
さらに国連人権委員会は日本政府に対し、慰安婦問題を早急に解決するよう督促する再度の勧告を出した(日本代表による「慰安婦は性奴隷ではない」発言が「理解できない」という反応を示されたのは、この対日審査の場だ)。
これら国外からのダブルパンチに加え、国内では朝日新聞が紙面を割いてかなり詳しい従軍慰安婦問題の特集を組んだのである。

特集の中でひとつの章に、「吉田証言」として知られる韓国済州島での軍による強制連行の話は虚偽と判断するしかないという箇所があった。ここに着目した右側の人々は敗報続きで勝利に飢えていたのだろう、小さな記事を誇大に取り上げ、都合よく脳内変換させてしまう。
「朝日が誤報を訂正」 → 「強制連行はなかったと認めた」 → 「日本軍の無罪が証明された」
という具合に。それが、右側世界でたちまちのうちに拡散していったという次第なのだ。
(狭い城の中だから)

つまり。
今更どう転んでも日本を取り巻く慰安婦情勢は好転などしないのだが、「そら、朝日が誤報を認めた。強制連行なんて嘘だった」と、まるで逆転大勝利の奇跡が起きたと言わんばかりに欣喜雀躍、提灯行列の大賑わい、いやはや凄まじいまでに異常性を発露して憚らない。

しかし無意味なことだ。
右側の人々のこうした尋常ならざるお祭り騒ぎは根本的に間違った認識によるものだから。
当の朝日新聞の慰安婦特集にすべて目を通してみるがいい。
http://t.co/acmx98i9Yr
特集を終わりまで読んだならば、普通の認知力さえあるなら、「朝日のせいで」と批判する理由をまったく失うはずなのだ。




朝日新聞の読み応えある慰安婦特集からはるか以前の記事を誤報と認めた部分だけ拾い出し、「けしからん。朝日のせいで日韓関係がこじれた。国会喚問だ」といきり立った振りをみせ、寒々とした茶番劇を演じたところで慰安婦問題は解決へと一歩も進まない。

そもそも日韓関係のこじれは、二十年前には右からも左からも相手にされなくなっていた吉田証言によるものではない。
(すでに1993年、「左派」の吉見義明教授は、国連の調査官に対し、吉田証言が歴史資料としてふさわしくないことを説明し、「吉田証言に依拠しなくとも強制の事実は証明できるので、吉田証言は採用しないでほしい」と訴える手紙を書き送っているのだ)
また、吉田証言を掲載した朝日新聞や当時それに追随した読売、サンケイなど各メディアが自民党政権を苦しい立場に追い込んだわけでもない。なんとなれば日本のメディアにそれだけの力はない。

慰安婦問題が起こるべくして起きたのは日本軍に慰安婦制度があったからだという根本的な事実を抜きにしても、あきらかなこと。
この問題での国際社会の対日評価を取り返しがつかぬほど悪化させたのは、現政権の不手際きわまる対応のせいだったはずである。

どういう具合に不手際だったか?
河野談話以降の「慰安婦情勢」は、国連などから日本政府のやり方が不十分との批判は出ながらも小康を保った状態で推移していた。
(言うまでもないが、河野談話の成立には「吉田証言」はまったく関係していない)
ところが2006年に成立した第一次安倍内閣は、何を思ったか「日本軍による強制連行の有無」を確かめようと調査をさせ、かなり強引に「問題なし」との結論を出し、慰安婦問題での軍関係の責任を不問に付そうとしたのである。
むろん世界の目には、そんなことで「性奴隷」への軍の関与を否定してしまえるものではない。
この「調査」が信頼性をもって受け止められたかについては、米国議会など各方面での猛反発を招いたという結果が説明している。

ようするに第一次安倍政権こそ、藪から蛇を招いた当事者だった。

軍による強制連行の証拠がないのをいくら言い立てても日本軍慰安婦制度の弁護にならないことは世界中の人が述べてきたので、もう繰り返さない。
世界の人にとって重要なのはただ一点、慰安婦にされた女性たちの人権であり、アジアを武力で制圧しただけでも罪を負うべき日本軍が、そのとき女性を無理やり連れてきたか騙して連れてきたかはどうでもいいことなのだ。
国際社会は傷ついた女性たちへのケアと、今の日本が昔の日本と同じ真似を二度と繰り返さないという確約を求めているのである。

こうした、慰安婦制度を批判する人々が日本政府に対して語ってきた道理は、2007年に米国議会で対日非難決議が可決された後でもまったく変わっていない。
同じ年に首相の座にあった安倍晋三には、日本が非難されるこの核心部分を知らないとか理解していないなどとは絶対に言えないだろう。この期に及んで、「狭義の強制連行はなかった」というあの常套句を口にしたならば、「馬鹿」という評価以外に得られはすまい。

閑話休題。
ではなぜ安倍政権は今日に至るまで、「狭義の強制」の否定を続けてきたのだろうか?
2007年の経験から海外ではまったく通用しない言い分だとわかっていながら、それこそ「虚仮の一念」という形容がふさわしいほど意固地になって。
国内での特定支持層の要望に沿ったとしか考えられない。





そう。「皇軍の名誉」というほとんどの人には一文の価値もないものを守ろうと、あくまで「軍に責任はない」と言い張り続けて火種を燃え上がらせ、かくして世界的規模に広がった慰安婦問題に国民もろとも巻き込んでしまった。
そのうえ、自分たちの招き寄せた日本への非難、国連からの勧告、日米関係や日韓関係のこじれはすべて、朝日新聞の誤報記事のせいだと言うわけだ。
恥を知らないだけでも罰せられるべきだろう。その罪はかぎりなく重く、深い。

今日本で起きていることは、大袈裟でなくドレフュス事件と変わらぬような、特定の存在を擁護するか攻撃するかで善人悪党の試金石となる出来事である。とち狂った態度で、慰安婦問題の責任を取れと朝日を罵り、脅しつけるメディアや政治家、知識人は恥を知れと言いたい。
後年、悪名が岩に刻み付けられるだろう。
これこそが戦後最大の政治メディア犯罪でなくて何だろうか?








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