在米韓国系のロビー活動により米公立高校で慰安婦授業開始へ
(SAPIO/ライブドアニュース)
http://news.livedoor.com/article/detail/11599030/


雑誌「SAPIO」の配信記事だが、書き手の歴史認識はネット右翼とまるで変わりがない。とにかく従軍慰安婦のことを広められては困る、具合が悪い、恥ずかしいとの思いがこうしたものを書かせた唯一の動機を成しているようだ。
アメリカの公立高で来年度から、授業で従軍慰安婦のことを教えられる可能性に触れ、これが在米韓国人団体のロビー活動によるもので(正確な根拠は示されない)、慰安婦問題をもう蒸し返さないと誓い合った日韓両国の「合意」に反するとか、よくわからない理屈で文句をたれている。

そもそも書いた者はロビー活動の意味を取り違えていないか? 普通は、政府から離れた市民団体の自発的な運動を、「ロビー活動」とは呼ばない。たとえ日系人も含めたアジア系米国市民らが慰安婦を思いやっての働きかけにせよ、受け容れたのはアメリカ合衆国の教育機関だ。実際にあったこと(アジアを占領する日本軍が慰安婦を利用し、多くの女性が不幸な目にあった)を教えるのに問題はないし、その件で韓国が文句をつけられるいわれもなく、だいたいネオナチと変わらぬ日本の国家主義者に地上の誰を責める資格があるだろうか。

悔しければ日本の右翼さんも、米国の授業で日本軍がアジア解放に果たした功績を教えるよう圧力をかければいいのだ。どういう結果が出ることか。
アメリカでは何を教えるか選ぶ権利は学校側にあるわけで、どんな与太話でも数を頼みに押しまくれば思い通りになるものではないこと、すなわち米国の学校で慰安婦のことが教えられるのは「韓国系団体」の働きだけによったのではないとわかるだろう。

「SAPIO」の記事がおかしいのは、書き手が「日韓合意」の内容をまるで手前勝手に解釈していること。
「合意」の主旨は、慰安婦被害の件で韓国政府がこれ以上日本政府を責め立て問題化しないのを約するもので、当たり前だが「慰安婦の徴募に強制性はなかった」とか「性行為を強要された女性がいなかった」と認めたわけではない。
むしろ逆であり、河野談話でも示されたような認識を日韓で共有しようとの前提に立っている。

また当然、「合意」の内容はこちら側をも拘束するわけで、以後「強制ではなかった」と日本軍の罪を大っぴらに否認したり元慰安婦らに対し嘘吐きと非難(いや、侮辱)するのが許されなくなったことを意味する。
有体に言えば、敵意むき出しなSAPIOの記事のほうが「合意」の精神に背くのだ。
安倍政権の大本営発表を丸呑みするネトウヨ魂の記者くんではわかろうはずもないか。





「合意」以来ひさびさに、慰安婦問題について書かねばならないとの思いを強くする。
もう何度も言ってきたし、この期に及んでこんなわかりきったこと繰り返したくないのだが。

あれだけ派手なロビー活動(市民運動ではない、政府が金を使った正真正銘のロビー活動)を繰り広げながら、慰安婦問題で安倍政権が完敗した理由とは? それは結局、旧日本軍がさまざまな状況でみせた振る舞いへの強い印象によるところが大きい。世界のだれもが日本兵を、「そういうことをしそうな顔をしている」との色眼鏡で見たからに他ならない。

偏見だろうか? なるほど、日本軍はフィリピンだけで百万人を殺した。しかしマクドゥーガル報告にあるような、「14万5千人の朝鮮人慰安婦が死んだ」となると、このブログ主でさえ受け容れがたい感があるとはいえ、明快に否定してしまえる根拠もない。あまりにも多くの記録を終戦時に日本自ら焼却しているからだ。
これがアダとなり逆に潔白も証明できなくなった。今日、日本軍が「濡れ衣」を着せられ、後代の日本人が疑惑を晴らそうと辻褄あわせに汲々とするのは、日本軍自身が子孫らに負わせた債務といえよう。

ともあれ従軍慰安婦制度について調査した国連報告者から、「あの日本軍ならやりかねない」ことだと疑念もなく思われた。かように、日本軍は非道行為の遂行能力において万能との認識が行き渡っている。これを解消できないかぎり日本軍を好意的に見てもらうのは不可能だ。

けれどもそうした認識を払拭すること自体が絶望的に困難なのだ。それはもう、ナチの軍隊を好意的に見てもらうのとおなじほど。評価に値するだけのことを、われわれの父祖はしたと思うしかない。

第二次大戦での日本軍への好ましからざる印象が世界的に浸透していること。安倍政権の支持層がその時の歴史をすこしも悔いるようには見えないこと。この二つが組み合わさり、従軍慰安婦問題で「日本側」をあそこまで面目ない状況に追い詰める土壌を形成した。
勝ち目のない足場を自らしつらえたのだ。

仮に、だ。「総統ムッソリーニは正義の闘士だった」と吹聴するイタリア人がいたら、米国人や西欧人はどう反応する? ネオファシストの間でしか通らない道理を得々と説かれても共感を示せるか? そういう問題だ。「皇軍はアジアを解放した」と言い張る日本人がいても同じに扱われよう。

日本軍は小林よしのりが漫画で描いた通りだと信じたい連中にはここがわからない、戦争犯罪などは頭から認めない。「日本人が外道な真似などするもんか」との思い込みは強烈である。
だが見回せば、そう言い張るのは地上で日本の右翼のみ、大東亜聖戦論の「世界歴史ひとり歩き」状態だ。
そこがまた、わからないときている。
彼らにとって、テキサス親父やケント・ギルバート、マイケル・ヨンといった数人の「お雇い外国人」だけが海外の声すべてなのだから。

慰安婦問題がああまで泥沼に踏み入ったのは、日本の右派勢力があるものを執拗に守ろうとして逆効果を招いたところが大きい。
つまり安倍政権も支持勢力もあきらかに、今の日本ではなく、滅び去った大日本帝国の名誉のため慰安婦徴募での軍の関与を否定することに精出ししたのだ。

帝国日本が1940年代前期、アジア太平洋水域の覇権を牛耳ろうと国の命運を賭して大々的な軍事遠征をおこなったことは、どの国でも公認の、世界中で安倍内閣の支持層だけが認めようとしない(彼らの頭では、「自衛」と「解放」が開戦動機)歴史的大事実である。
だから今更、その企てに動員された何百万もの将兵に国があてがった「女性配給制度」の不備について、「軍は関与していない」と言い張っても仕方ないし何の免罪にもならないはずだが(すべての日本兵が押し込み強盗なのに)、「性奴隷ではない、強制連行ではない」と唱えるのがよほど意味をもつことだったらしい。

しかしこれは、西側と協調する民主主義国家としては正気の沙汰とも思えぬ振る舞いだ。まるで彼らは、旧軍と心中したがるようにさえ見えた。たとえれば今のドイツ政府がナチ軍隊の非道行為の否定に躍起となるようなもの、国際的評価という意味で大変なリスクなのである。
そういう、本来はあり得ない状況、あってはならない状況にあったのが安倍政権下の美しい国だった。
果たして、相応の結果がもたらされた。

実際、強制連行の否定からリーマンショックにいたる安倍晋三の発言で、海外から受け容れられたものはほとんどない有様だ。2007年にブッシュ大統領の前でおこなった慰安婦への「謝罪」を唯一の例外とすれば。





ブッシュ大統領「安倍首相の謝罪を私は受け容れます」


2007年。第一次安倍内閣で「慰安婦の強制連行はなかった」と閣議決定したとたん、
米国議会では反発の声が高まり、抑えが利かなくなった。鎮火のため渡米した安倍晋三が、
ブッシュ大統領の前で謝罪の真似事をおこない、とりなしてもらったときの実況。




けれども帰国した安倍は、「あれは謝罪ではなかった」と言い訳し(では、何だったんだ?)、その唯一の例外さえもみずから台無しにしてしまう。
かくも国際社会での信用を潰すのに奔走した政権もめずらしい。

ようするに。安倍内閣の慰安婦問題への対処ほど、負けることが確実な相手めがけて突っ込んでいった事例もないわけだ。この件では、日本の歴史修正主義者の守ろうとしたものこそ何にもまして彼らに傷をあたえた。
それはすなわち、後代の者が誇りに思うことを許さない日本軍国主義の負の遺産であり、大東亜戦争の大義など通じるはずのない世界の中でなお旧軍の名誉にしがみつく勢力にとって、致命的な足枷となり続けたものだった。

「慰安婦戦争」で安倍政権や国家主義者が敵に回したものの正体は韓国などではない、彼らには絶対に倒せない相手、日本軍の亡霊なのである。
この亡霊は国を愛する者の味方のような振りをするが、過去の栄華にあやかろうと集まる手合いを、最後には地獄の底にまで引きずり込んでしまうのだ。







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