戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

2018年07月

ライトノベル「悪童島」10


 小椋大納言からの使者が書状を持ってきたのは、モモたちが公園でいつも通りに夜食を煮炊きしているときだった。

「あ〜あ、またキビ料理」
「船を借りれればご馳走たらふく、って言ったのに」
「あれだけの大奮闘、まったくの徒労だってんだから」
 ケダモノたちのぼやくこと。
 無理もあるまい。
 せっかく懇意になりながら居場所も伝えず、鬼姫の前から辞去してしまったのだ。
 モモはしまったと思ったところだった。
 まことにあってはならない手抜かり、最後の詰めを怠ったと言うしかない。
 そのツケが今夜の食事に回ってきた。

「さあ、出来たぞ。しっかり食え」
 犬も猿もキジも嬉しがらない。
「戦勝の宴がキビ雑炊だなんてなあ」
「モモ隊長、ご褒美も受け取らずきちゃうんだから」
「そうだよ。あんな綺麗なお姫様となんの未練もなしに別れちゃうだもん。もっと積極的にアプローチしてればさ、ご馳走の並んだ宴に招かれて、立派な宿だって世話してくれたかも」
「この桃太郎、金ほしさに戦ったのではない。善意からの行為に見返りを求めれば、卑しく思われよう」
 いや。モモも相手があの綺麗な姫君でさえなければ、臆面もなく窮状を訴えて援助を得ていたかもしれない。
 しかし、こんな具合に窮迫し、公園で寝起きする身だなどと彼女にだけは知られたくなかったのだ。

「おまえらだって、あの御方からこんな卑しい身分と思われたくないだろ?」
「卑しい身分って、なに?」
「俺ら、フツーに犬だよ、猿だよ、キジだよ。卑屈になってるの、桃太郎親分だけでしょ」
「なにせ、相手は王族ですからね、おうぞく。向こうから見れば、誰も彼もが卑しい身分でっしょ。こっちの素行なんか気にしてないよ。なにより俺らあれだけ戦功挙げたんだから、ねだれば、いくらだってご褒美もらえたはずでっせ」
「船を借りると約してくれただけで畏れ多いのに、駄賃をねだるなどと、そんな乞食みたいな真似できるか」
「乞食みたいな真似……って。俺らの状況、すでに乞食じゃないすか」
「それを言うな」

 そこへ、使いの者が現われたのだ。
「桃太郎殿とやら。探しましたぞ。小椋大納言時盛さまよりのご意向を伝える書状、お届けに仕りました」
 さすが都で貴人に仕える者、使い走り役だけで平民たちとはなんたる格差、着るものも態度も口ぶりも、もうまるで違うとモモは思った。
 警護の者が二名付き従い、この連中も立派ななりで立派な武具を携えている。

「この桃太郎に? 小椋大納言さまのご意向?」
「さようでございます。委細は書面にしたためてありますゆえ」
 使い人はうやうやしい物腰で書状を渡すと、粛々として立ち去った。

 ケダモノたちは、鍋ではなくモモの手にする書状を囲むように、わいのわいのと群がった。
「小椋大納言って……部下を大勢率いて駆けつけた、あのカッコよかった人? いかにも文武両道に秀でてるって感じの」
「朝廷にも顔がきくって聞いたけど」
「そうそう、都の鳥たちも噂してる。とにかく羽振りが良くて、もうセレブの域だとか」
「そんな超大物からじきじきの手紙だなんて。どんな用件だろ」
「パーティーやるから来てほしいとかだったら、いいけど」
「兄い。いったい、どんなこと書いてあんの?」

 興奮してざわめくケダモノたちとは真逆で、モモはまったく嬉しそうな顔をしていなかった。
「それが……わからない」
 え? え? え?
「モモ兄い、まさか……字が読めないの?」
「すげえや。俺らと話ができるのに、人から来た手紙がわかんないって」
「それじゃ恋文のやり取りも、LINEも、交換日記も無理じゃん」

 そうなのだ。
 若干なさけないことに、モモには読み書きができなかった。
 おばあさんがモモを学校に通わせず過酷な児童労働を課したせいで、国語を学ぶ機会を失したのだ。

「じゃさ。その手紙の返事はどうすんの?」
「どうしよう」
 実際の話、手紙を読むこと自体できないのに、返事を出すなど論外であろう。
「だって偉い人からの書状だよ。お返事しなけりゃ失礼でしょ」
「さっきのお使いの人にそれ言ってさ、読み上げてもらえばよかったじゃん」
「字が読めないなんて言えるかよ」

 そりゃモモにだって、時の政府の大立者からの書状とあっては、自分の運命に大きな転換をもたらす重要な用件だとは察せられる。おそらくは、昼間の働きに対する感謝、賞賛、ねぎらい、公的なあるいは私的なお呼び出し、もしかしたら仕官へのお取立て……。
 しかし。
 小椋大納言の使者はこの有様を見てどう思っただろう? 口には出さぬが、そうとう見下したのではあるまいか。
 そのうえにモモが読み書きもできない無学な輩とわかったら、主(あるじ)の館に戻ってどんな伝え方をされるだろう?
 家来に取り立てる話も(たとえあったにせよ)、お流れとなるやもわからない。
 モモは忸怩たる思いにとらわれていた。

 ケダモノたちも理解した。
 自分らの処遇がまるで改善されないのは結局、この親分のくだらない見栄に根因があるのだ。
 彼らはモモに飛びかからんばかりに迫った。
「モモ兄い……」「好機二度も棒に振る……」「もう呆れたのなんのって」
 わいのわいのと、またもやいさかいが始まった。
 そのとき。
「あたしが読んであげる」

 呼びかける声がした。
 見れば、暗がりに若い娘がたたずんでいる。
 公園に屯する娼婦の一人だろうか。
 焚き火のそばに来てみると、そうではないとわかった。
 娼婦ならもっとあだっぽいし、服装はそれなり華美だろう。
 化粧も濃くない。すれた感じはするが童顔だ。年の頃はモモとおなじくらいかもしれない。

「字が読めないんだって? 都じゃめずらしいね」
「いかにも。この桃太郎はカントリーボーイです」
「あんたね」
 娘はうんざりしたように吐息をついた。
「こんな時代なんだからさ、横文字あまり使わないほうがいいよ」

 娘は面白がる感じで、モモの浮浪者にしては特異な装束をじろじろ眺めまわし、犬猿キジが並んだ場面にめずらしそうに見入っている。
「あんたのペット? よく仕込んであるじゃん」
「餌で釣らないとすぐ離れていきます」
「女の扱いもそうしてる?」
 娘がふふっ、とせせら笑った気がする。
 モモは何か、別世界から来た存在を前にする思いにとらわれた。
 あの鬼姫様とはまた違った意味で、モモには異郷の住人だった。


(続く)






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「悪童島」
(文芸新世紀)
http://www.geocities.jp/ondorion/bungoo/akudojima/akudojima1.htmll






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ライトノベル「悪童島」9


 小椋大納言(おぐら・だいなごん)は跪かせた暴徒らを前に、言い放つ。
「おまえらのような国の恥は鏖殺(おうさつ)しても飽き足りないが、この日ノ本では長きにわたって野蛮な死刑の執行をおこなわずにきたという歴史をもつ。それは他の国に比類のない、わが国の誇りでもあった。それにだ、たとえおまえらのごときテロリストであれ裁判もせずぶった斬っては国際法に背き、あとからいろいろ言われることになる。だから……今日のところは、勘弁してやろう。よいか、二度とするのではないぞ」
「もう、しません!!」
 暴徒らは一斉に、土下座する。

 見守る群衆から盛大な、圧倒的な質感をもって包み込んでくるほどの拍手と喝采が沸き起こった。
 こうやって勝者を称賛するほかに何もできなかった人々ではあるが、いまとなればどちらの味方なのか立場を表明しておきたいのだろう。
 かくして。
 極右テロの集団は二度としないと誓うと、退散していった。
 けれども世界には、絶対に信用してはならない三つの言葉があるという。
 中国人の「もう、しました」と韓国人の「いま、やります」、そして日本の国家主義者の「もう、しません」だ。
 彼らはまた繰り返すに違いない。

 モモの目には、大納言が暴徒らをあっさり放免してしまったのは合点がいかなく思えたが、偉い人なのだからそこは考えあってのことだろう。


 さて。
 鬼たちは感情を表に表わさず、襲撃による被害の後処理をしていた。
 一様に落ち着いた態度で死者の収容や負傷者の手当てをし、小椋大納言の手勢に続き、ようやく到着なった都の警吏たちとも交渉する。
 これが人の一行であれば、慟哭と怨嗟に満ちた混乱の諸相を呈したに違いない。
 さすが鬼だ、人じゃない。モモは感嘆した。

 しかし彼らは、鬼なりに儀をわきまえていた。
 使節を代表する者みずから、礼を述べに進み出た。
 鬼姫である。
 典雅に結い上げた髪、晴れやかで美々しい衣裳、そのうえに振る舞いの気高さたるや比類なく、モモとは別世界の住人とおぼしい存在。
「お礼をさせていただきとう存じます。ご所望などありますならば、なんなりとお申し付けください」

 鬼姫はツノこそ生えているが、高貴にして清淑、このうえなく愛らしい、しかもまだ年頃の娘だった。
 ジジイとババアとケダモノしかおらぬ環境で育ち、女の子とはまともに接したことがなかったモモである。
 やがて勇名を喧伝される日本一の怪力少年も、ここでは硬直するしかない。

「あ、あの……」
「はい」
「実は……鬼ヶ島へ行くための客船をチャーターしたいのですが。船会社がまったく相手になってくれません。それで弱り果てていたところです……はい」
「まあ。客船で鬼ヶ島へ?」
 鬼姫は、モモの不自然な態度を不思議がりながらも、話の内容に興味を示してくれた。
「いかなる目的をもって?」
「それは……つまり……」
 モモは、この問いには慎重に、言葉を選んで答えねばと思った。なにしろ、相手は鬼の王の娘だ。間違っても鬼ヶ島に遠征するなどと真の目的を明かすわけにはいかない。
 どう言いつくろったらいいものか。そうだ。こんな調子の説明では?
「はい。日ノ本の国中から選りすぐった優良児たちにですね……友好と親善のため鬼ヶ島で滞在してもらい、現地の人々と交流……」

 しかし。
 モモが考えあぐねる間、ケダモノたちはまったく空気が読めない対応をした。
「バウ! 悪いガキども大勢あつめてさ。キキッ! あんたの島にひき連れていくためなんだ。クケケケ! そいでもって、鬼たちと……」
 ヤバイ!
 ケダモノたちも、どうせ自分らの言葉などわかるまいとタカをくくったのだろう。
 しかし鬼姫は鳥や猿や四足の言うことを聞き取った。
 そうなのだ。人外である鬼姫には、普通の人間ではないモモと同様、動物と会話が出来るのだ。
 モモはしまったと思った。

 あわてて犬猿キジを制するも、手遅れだ。
 鬼姫は絶大な関心をかき立てられたようである。
「悪い子たちをそんな大勢、どうするのでしょう?」
 モモはもはや、しどろもどろだ。
「は、はい……しょ、しょ、少年たちを船に乗せ……え、遠洋に連れていって……り、り、立派な……う、海の男に……き、鍛え直してやろうかと……」
 こんな言い方でも、鬼姫は意味を理解した。
「更正のためなのですね。でも、なぜ目的地が鬼ヶ島なのです?」

 言い訳が立ったとわかると、モモは落ち着きを取り戻した。
「はい。それは……鬼ヶ島の方々はとても親切で温かい心の持ち主ばかりと聞いたもので……そんな人々とふれ合えればですね……人の世界で虐げられ道をはすした問題児たちも人間らしさを取り戻すんじゃないかな〜、と思いまして」
 それにしても。
 口から出まかせを並べただけにしては妙に筋が通った物言いとなっている。モモには詐欺師の素養があるのかもしれない。

 事実、鬼姫は共感する反応を示した。
「なんというご立派な志し! して、お船の名は?」
「……ピ、ピーチ……ピーチ・ボートです」
 むろん、即妙でひねり出したものだ。
「ピーチ・ボート! 素敵なお名前」
 鬼姫は、感激したように両手を打ち合わせた。
「ああ……わたしも乗れたら、最高なのに!」
 そのあまりの愛らしさに、モモは本来の用件も忘れ、うっかり承諾の言葉を口にしてしまったのである。
「い、いいですよ……一等船室を用意いたします」


 鬼姫は、船会社に働きかけ、客船を調達させると約した。



†             †             †




 しまった!
 鬼姫の一行と別れたモモは、おのれの失態を恥じた。
 「ピーチボート」に乗せるなどと請け合ってしまったが。
 鬼の娘を鬼退治に出向く船になど客として迎えるわけにはいかぬではないか。

 だが今更、断るなんて、なおのこと難しい相談だ。
 怪力を秘めるモモだが、あんな可愛い異性を失望させる勇気まで備わっていない。
 なにより、客船を借りるためには鬼姫を通じた金とコネとが不可欠だった。


(続く)






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「悪童島」
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ライトノベル「悪童島」8


 そのとき。
「やめなさい!」
 鬼たちの動きに歯止めをするように、うら若い女性の声が発せられた。
「年少の者に手を加えることなりません。その子の言うのは正論です。いかにも、わたくしが日ノ本を訪れたのは人と協力しあうため」
 円陣の中央で守られる高貴な者の御座とおぼしい御輿(みこし)の中からだ。御輿は簾(すだれ)で遮られ姿を見えなくされてはいるが、臆しもせずに鬼の隊長を呼びつける物言いひとつでも最高位に在るのがわかる。
「大松。話があります。こちらへ」
 睨みをきかせながらモモの前から離れた鬼の隊長は、御輿の前に馳せ参じ、平伏する。
「戦いの趨勢はどのようですか?」
「ご心配にはおよびません。我らの勇猛な働きの前に、敵側は慄き、退いております」

 そうなのだ。
 さっきから、あれほど容赦なかった暴徒側の攻撃がなぜかパタリと途絶えている。
 円陣への包囲はすでに解かれ、親玉たちの指図で移動していった暴徒らは、西を背にした一方向に寄り集まって気勢をあげるばかりで攻めかかろうとしない。態勢を立て直し、また襲ってくるのだろうか。今度は、一方向に戦力を集中して突破する気かもしれない。
 自分の奮闘と鬼どもの凶暴ぶりに気圧されたのだろうとモモは思ったが。

「さては、状況はわがほうに有利な雲行きなのですね」
「ご裁可を。我らここより討って出て、あの狼藉者ども一名あまさず討ち取ってご覧にいれましょう」
「なりませぬ。いずれ日ノ本の警吏が到着し、彼らに対しましょう。わたくしたちだけでこの暴動を平らげたのでは鬼の恐ろしさを印象付けるばかり。日ノ本の狼藉者は日ノ本の警吏にまかせるのがいまは上策」
「お言葉ですが。日ノ本の警吏など姫君の信頼に値しません。何をしているのか、とうに到着すべき頃なのに姿を見せぬままです」
 しばしの間、沈黙が訪れる。鬼の国の姫君は思いあぐねているようだ。

「は……あの子供!」
 鬼姫の声は妙案を思いついたように、快活なものとなった。
「大松。ただちに、あの少年と動物たちを援護するかたちで討って出なさい。主役はあくまで人間の少年。そうやって、鬼と人とが力を合わせ暴徒を撃退したよう見せるのです」
「姫君。しかし……」
「わたくしはこの日ノ本での行動について、父上から全権を委譲されております。わたくしの命は父上の命もおなじこと。従えぬというのであらば……」
「………………」

 鬼の隊長はモモの前に戻ってきたが、最前とは違い、抑えた態度でもの言いをする。
「ご命令だ、討って出るぞ。よいか、おまえが先陣を切るのだ。度胸はあるか?」
「度胸だと? おまえらこそ、この桃太郎のあとについて来られるか?」
「口が減らないガキめ。命拾いしたことで姫様に感謝しろ」
「この桃太郎を敵に回さず済んだことをあの方に感謝しろ」
 鬼の隊長は、モモの口ごたえをフンとせせら笑うと背をむけ、部下たちに命じつけた。
「よいか、者ども。このガキとケダモノらを側面と背面から守りながら進め」

「行くぞ!」
 モモと犬猿キジは一斉に、躍り出た。
 ガブリ! バリバリッ! ツクツクツク!
ゴキッ!
「ようし。次、そいつ!」
 うわわわっっっ!!!
 さらにモモたちのあとから鬼どもが突進してくる。
「そら、あのガキに横槍いれさせるな! 後ろに回られ、ケツを突かせるな!」

 鬼姫の命により、背後は鬼たちにがっちりと守られているため、モモたちはまさに後顧の憂いなく暴徒の集団を相手取り、存分に暴れまわることができた。
 今度は、暴徒側がぐいぐいと押されていく。
 人々は鬼の軍勢の先頭に立ったモモたちの強さに感嘆し、声援を送った。
 鬼姫の賢明な目算どおり、鬼だけの奮闘だったらかくも盛大な好反応は起こらなかったに違いあるまい。

 そうするうち、都大路の十字路をあらたな変化が見舞った。
 鎧兜を身にまとった武者のようないでたちの小椋大納言(おぐら・だいなごん)という日ノ本政府の高官が、鬼の使節危うしとの報を受け、手勢を率いて駆けつけたのだ。
 西の通りから、暴徒らのまさに背面から人だかりをかき分けるようにして現われた彼らは、西日を浴び武具を橙色に輝かせながら群衆の前で展開し、暴徒らに見物人の間に逃げ込ませないよう布陣する。
 かくして退路を絶たれた極右デモの面々は一網打尽となり、武具を捨てた。


(続く)






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「悪童島」
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ライト文芸「顔にタヌキと書いてある」7


「やがてわたしの居所を探り出し、あれが来るでしょうけど。タヌキには逃げ切ることもできません」
「そこに交番があるけど。駆け込んでみる?」
「明かせないんです」
 マヤは信号機でも見るような目で派出所をチラ見したきりだ。
「自分の正体や人外の存在を公(おおやけ)になどしたら、報復に、日本のタヌキは根絶やしにされてしまいます」
 なんで? たしかにマヤはタヌキの化身だが、それを個的に公表したのを罪に問い、種の全体を滅ぼすとは何者か知らないが無体すぎないか。
「だいいち警察では、人の力では、あれは防げません」
「あれって、そんなに強いの?」
「闇を通じて、この国を牛耳る存在です」
 あれあれあれ……。
「わたしを、あれから守る方法はひとつだけ……」
 マヤの口調は、懇願というよりかなえられない願いをつぶやくかのようだ。
「先生が……先生がわたしの身請け人になること。つまり、責任もって飼育と調教を果たすとあれの前で誓約してもらうこと。そうすれば、わたしは……」
 飼育と調教だと? おい……。
 マヤはなかばあきらめた顔で、ため息をつく。
「勝手なお願いですよね」
「いや。慣れてるよ……女性の身勝手と頼みごとには」
 谷はゴホンと咳払いした。
 しかし……思案のしどころだな。

 それからさらに走り続け、閑散とした佐原のサービスエリアに着いたとき、谷はようやく車を停めた。
 ここから先は関東の秘境地帯、踏み入れば文明から離れることになる。
「さて……」
 谷は、マヤと顔を向き合わせた。
「東京を出るとき、訊きたいことが山ほどあるって言ったけど。どんどん増えてきて、いまや海ほどの量だ。いったい、どこから質したらいいのか……」
「すべての答えがお望みなら、しばらくわたしとご一緒ください。答えのほうから出てきます」
「すぐに答えがほしいものもある」
「二秒で答えられる質問でしたら、いくらでもどうぞ」
 マヤはすでに、真証寺で捕捉される前の彼女らしさを持ちなおしており、谷もニンマリと頬をゆるめる余裕を取り戻すことができた。

 谷は、熟慮の末の判断を口頭で伝えることにした。
 最終候補に審査の結果を申し渡すような、真意のほうを巧みにはぐらかす口ぶりで。
「さきほど、女性のわがままとおねだりには慣れてると言ったけどね。あいにくだが、きみは人間の女性と違う。つまり普通の存在じゃない。ところで、この谷優(たに・まさる)の異名はオカルトマスター。超常世界については地図が描けるほど詳しい……と思われてはいるが、実のところは子供だましの博識ぶりでその道の専門家を気取るにすぎない。でも一応の向上心はあるから、まやかしじゃなく正真正銘のオカルトマスターになれたらと念じ続けてはきた」
 マヤは神妙に耳を傾け、谷の長広舌の一語一語から核心となる単語を探り当てようと努める。
 思えば、彼の口から出る言葉でどれだけの数の少女らの人生に悲嘆や歓喜をもたらしたことだろう。しかし今回の判定となると、申し渡される相手ばかりじゃない、谷自身の命運をも左右しかねない。
「そんな男がだ、いまさら尻込みしてどうする? 自分を変えてくれる異世界への扉が目の前にあるのに、開けない手はないだろう。まして、不思議のほうからこちらへと寄り添ってるのにすげなく追い返すなんて、外道な真似ができると思うか?」

 なんとなく期待を抱かせたところで、谷は一呼吸おいた。
「それはそうと――」
 油断はできない。オーディションの場ではあとに続くやり取りで、合格手前まで行った候補者を幾人となく奈落の底に突き落としたものだ。
「ひとつ訊きたいが。きみと一緒にいると、さっきみたいなこと頻繁に起こるのかい?」
「慣れてください。わたしにも、ああいったことにも」
「慣れるだって? 慣れる? 普通の奴だったら、あんなのに慣れるもんじゃないだろ」
 マヤは、でしょうねという風に、不承の相槌を打った。
「実を言うと、わたしも慣れたくないんです。なにより谷先生にご迷惑がかかりますから、あたうかぎり避けたい事態とは思います。でも……さっきのように事情が避けるのを許さない場合もあるし、だから……」
「了解。覚悟はしておくさ」
 それが谷の最終回答である。

 了解。覚悟はしておくさ。

「………………」
 しばしマヤは相手の言葉を反芻しながら意味をつかみ取ろうとする面持ちでいたが、谷の物言いではなく表情から真意を理解できたらしく、途端に顔を輝かせた。
「!」
 マヤは満面で、そして全身で狂喜し、車体を揺らすほどの勢いで谷に飛びついた。そしてあまりにも自然なありようで、熱烈な接吻を挑んできた――。
 谷自身、それを当然のように受け止めていることに、心の片隅で驚いた。
 おい、口をふさぐな。
 質問はまだ終わりじゃないぞ。訊きたいことがたくさん残ってる。
 とはいえ、自分に覆いかぶさるようになって感謝と感激をかたちにしてあらわすマヤの身を払いのける気などしない。

 もとよりマヤに魅力を感じなかったといえば嘘になる。上から下まで、よくぞここまでというほど理想を具現化したような造型だ。そのうえ、こう出るかと思わせながらつねに意表を突く振る舞い。虜にならずにいられない。
 けれども正体はタヌキ。人間の娘に接する場合とは違い、距離を置いてきたところがある。
 されど。
 彼女が軽やかで弾力のある若い体をタックルさせるようにして抱きついた途端。
 谷は瞬速で心を奪われた。
 人としてのたしなみが築いた防御壁はあっけなく打ち壊された。
 谷もマヤの身を強く抱き返し、唇を激しく吸い返す。
 ああ、ああ、ああ……。
 血潮のたぎる二十代当時のあの感覚がよみがえったかのようだ。
 この人間の小娘としか思えぬ存在に没入することは、いままで相手をしたどんな女性よりも性的快楽をもたらすとの予感さえあった。

 しかし。
 種族が違う!

 谷の理性が揺れ戻るのとマヤを抱きしめたまま身を起き直らせるのとはほぼ同時だった。
 谷は髪をなおしながら、落ち着いた物言いをしようと努力した。
「質問の……続きをしていいかな?」
「このうえ、まだ訊きたいことが?」
 マヤは喜びと興奮で頬を高潮させながらも、谷ほどには動じていない。
「そうだな……きみは舌先がとても達者だけど。いや、キスじゃなくてしゃべるのが上手という意味で。それだけの人間の言葉をどうやって?」
「母が日本文学の翻訳者だったから、日本語には子ダヌキの頃から馴染む機会があって」
「ふ〜ん」
 なんだ、この娘ときたら。日本語を褒められた外タレみたいなこと言いやがる。
 それにしても。
 タヌキで、日本文学の翻訳者?
「母は帰化ダヌキだったんです。大学教育を受け、英語もできました。海外に脱け出して後半生をのびのび過ごすのが念願だったけど、成田から国外に出ようとするとき……」
 あとは言いよどんだ。つらい出来事だったらしい。
 谷は話の向きを変えた。
「帰化ダヌキって?」
「人の世界で人になりきって暮らすタヌキのことです」

「帰化ダヌキって、人に気付かれないけど、けっこういますよ。キツネと折り合うためのルールさえ守れば、数は少ないけど、タヌキでも人の世界で暮らすのが許されるんです」
「キツネと折り合うルールって……誰が決めたの?」
「キツネです」
 マヤは「キツネ」という言葉をさも忌むべきもののように発語する。
「きみの言い方、気になるんだが。タヌキとキツネって、仲が悪いのかい?」
「対立の時期はとうに終わりました。いまではタヌキの領分はあらかた奪われ、追い込まれた奥地の狭い区域が居留のため認められるだけ。そのうえ協定による取り決めがあるんです。一方的に押し付けられた取り決めが」
 マヤの受け答えは二秒を超えていたが、もとより制限時間などどうでもよいことだった。
 谷はすっかり、話に惹きつけられていた。


(続く)






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「顔にタヌキと書いてある」
(文芸新世紀)
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ライトノベル「悪童島」7


「隊長。ひっ捕えました」
 モモはあえて抵抗しなかった。
 この状況で暴れなどしたら、どんな目に遇うかわからない。
 相手は鬼なのだ。
 ただ鬼たちも、モモがまだ子供だし味方するなどと変なことを言うので、処遇を決めかねているようだ。
 モモのまわりには隊長格の者のほか何人かの鬼たちが面白がって集まってきた。
 暴徒らの攻めが下火となり、一息ついたときにちょうどいい気晴らしのネタが飛び込んできたともいえる。

 モモが驚いたのは、取り囲まれ孤立無援の状況下、鬼たちは悲壮な覚悟で必死の抵抗をしていると思いきや、なかなか余裕をもっての戦いぶりだったことだ。
 もともとの性分らしく、鬼たちときたら戦うのを面白がっている。
 敵を倒すごとに、がはは、がはは! と豪快に笑い飛ばす。

 鬼たちは暴動がおきた当初こそ、殺到する暴徒らの前に一気に押し潰され皆殺しかと思われたものの、よく持ちこたえていた。
 彼らは鬼の隊長の号令一下、即応で動き、高貴な者を乗せた御輿を囲むように円陣をなして備え、襲いくる脅威に立ち向かった。
 その際にはぐれ、円陣の中に入りそこねた数名は暴徒らの餌食となりはしたが、しかし円陣で抵抗する者はほとんど無傷であった。
 かたや暴徒側は数では圧倒しながらも、相手が怪力揃いの鬼では歯が立たず、攻めあぐねる様子だ。
 あきらかに人間のほうに損害が多く、一見どっちが加害側だかわからない。
 もしかして……モモたちの助けは必要なかったのではあるまいか。
 一体なんのため捨て身の覚悟で出てきたのだろう。

「やい、おまえ」
 鬼の隊長は、モモの頭を小突き、ひときわ恐ろしい顔を寄せてきた。
「来るなと言うのに、なぜ飛び込んだ? 我らの陣営に一番乗りし、手柄でも立てる気でいたか?」
「おまえたちに味方し、一緒に戦うため来たのだ」
「味方だと? ヒトが鬼と一緒に戦う?」
「いいか、この桃太郎はあの暴徒らとは違う。良い人間だ」
「良い人間だ? 暴動おこした連中はみな、そう思っておろう」
 鬼たちはゲタゲタゲタと盛大に嘲った。

 鬼の隊長は残忍そうな笑みを浮かべ、護身用の小刀を抜いた。
「もう芝居はよせ。縄をほどいてやるから、とっとと仲間のところに戻れ」
「何度言ったら、わかる? あいつらの仲間ではない。暴徒らの狼藉ぶり見せられ、人であるのを恥じている」
「なに? そりゃ恥じるだろ。われらと違い、ヒトの身ではな」
「やい、ヒトのガキ。われらの一物見せられれば、自身のちっぽけさにもっと恥じようぞ」
「わっはっはっはっっっ!!」
 モモは鬼どもの間にいき渡った人間たちへの優越思潮を垣間見る思いがした。
 こうしたものは実は、日ノ本で暮らす鬼たちもひた隠し、人に気付かせぬよう気を使っているものなのだ。
 モモと向き合う鬼たちは鬼ヶ島のネイティヴだったので、かかる修羅の場に際し、思うところが直裁に出てしまったのである。

「この桃太郎は百人力の怪腕。いればどんな者より役立てる」
「役に立てる、だ? ヒトがなんの役に立つ? おまえらのものでわれらの役に立つのは、ケツの穴だけよ」
「うわっはっはっは!!」

 モモはだんだん、鬼たちの対応が気にさわったきた。
「人の世界では、助けは素直に受け入れるものだ」
「言っておろう、ヒトの助けなどいらん。百人力とな? では、おまえにこんな真似ができるか?」
 そう言いつつ鬼の隊長は、近くに転がっていた暴徒の死体を見つけると、軽々とつかみあげるようにして持ち上げると、頭上に高々と掲げてみせ、えいやっ! と力をこめ、ベリベリベリッと身を引き裂いてしまう。鮮血と体液が飛び散った。
 うわわわっっ!!
 モモたちは凍りついた。
 さすが鬼だ。残虐の水準が違う。
 鬼は、鮮血でまみれた鬼のような形相でモモを見やり、かんらかんらと笑った。

 ケダモノたちも騒ぎだした。
「桃太郎親分。引こうよ、引こうよ。やだよ、怖いよ、この人たち」
 モモは気丈にも食い下がり、さらに交渉を続ける。
「貴様ら、日ノ本には親善のため、人と和を結ぶため来たのではなかったか?」
「へ。望んでもおらん。俺は王の命に従ったまでのこと」
「おまえの王は望んだのだな? では、この桃太郎と手を結べねば王の命にそむくことになるぞ」
「王だと?」
 あきらかに鬼の気にさわる言い方だったようだ。
「おうっ!」
 鬼の隊長は噛みつくほど近くに顔を寄せてきて、ドスをきかせた声音で脅しつけた。

 キジは高く飛び上がり、犬と猿とは抱き合って震えあがる。
 モモは目をそらさずにいた。
「ヒトの分際で、調子に乗るな。いいか。われらの王もいまは日ノ本に暮らす鬼たちの身を案じ、かたちばかりの友好をお望みだが……いずれ気が変わり、日ノ本にいくさを仕掛けようぞ。こんなチャチな国など たちまち鬼の軍勢の支配下だ。そのときは俺さまが、この鬼大将の大松さまが日ノ本の王になってくれる」
「なに? 日ノ本を支配だと? そんな真似は桃太郎が許さん」
 モモは、身を縛っていた縄を自力でぶっちぎり、立ち上がった。
「やるか、小童(こわっぱ)?」
 相手にもようやく、モモの言い張る怪腕ぶりが嘘ではないとわかったらしい。

 モモは命懸けで修羅場に飛び込んだ本来の目的も忘れ、鬼たちといさかいをはじめる気になった。
 しかし鬼たちも、桃太郎を怒らせる手はないであろう。
 鬼を成敗するため生まれてきたような相手なのだから。

(続く)






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「悪童島」
(文芸新世紀)
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ライトノベル「悪童島」6


  ついに前途をはばんでいた敵の垣根を打ち破ったモモたちは、暴徒らの本隊が鬼の一行を攻めたてる場へと突き進んだ。

 モモたちがさらに苦労するはずの、鬼側の円陣をぐるりと取り巻いた暴徒の人垣を難なく越えられたのは、モモが人の姿をし、日ノ本の旗を掲げていたからである。
 暴徒たちから仲間と思われたのだ。
 取り囲んだ鬼たちを仕留めるのに躍起となっていたほとんどの連中にはそもそも他の場所で何が起きたかわからず、モモたちが自分らの仲間を倒しながらやって来たことさえ知らなかった。
 モモもまた、この際だから彼らの無知を利用した。

 かくして暴徒の群れの中を通過、鬼たちの円陣の前に進み出た途端――。
 モモは声も高らかに呼ばわる。
「鬼たちよ! 桃太郎が参上した! これより、義をもって助太刀いたす!」
 だが。
 鬼たちの反応は……。
「帰れ! 子供がペットを同伴してくるところじゃない!」
 予想も出来ないものだった。いや、通念をわきまえるなら予想できることなのだが。

 しかし今となっては、退くことこそ難しい。
 鬼たちに助太刀するなどと宣してしまったあとでは、背後にいる暴徒たちの中に戻れるものではない。
 モモたちには鬼たちとの合流こそ急務だった。
「たのむ。一緒に戦わせてくれ」
「ならん。ヒトなど信用できんわい」
「何を言う。この桃太郎の暴徒に対する奮闘ぶり、間近で見てわかったはず」
 いや、それが。
 鬼たちは誰も見ていなかった。
 防戦に必死で、離れた場所で何が起きたかなど知るよしもなく、むろんモモたちの奮戦もあずかり知らぬことだった。
 彼らの目にモモなどは、奇妙なことを言いたてる人間の子供でしかない。
「間に合っておる。おまえの奮闘などいらんわ」

 鬼たちはあくまで、味方に加えてくれないようである。
 埒があかない。
 よし。
 モモは、刀も日の丸も捨てた。
「このとおり、丸腰だ。武具は何も持っておらんぞ」

 それから俄然、鬼たちの中へと躍りこんでいく。
 なんという潔さ!
 モモは果たして、諸手を挙げて歓迎されるかと思いきや、寄ってたかって取り押さえようとする鬼たちから一網打尽にされてしまった。
 そして、鬼の隊長の前に引っ立てられた。


(続く)






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「悪童島」
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ライトノベル「悪童島」5


 キジがわななきながら、羽ばたく。
「モモ兄い。かくなるうえは、緊急散開(ブレイク)しやしょう。緊急散開(ブレイク)! 散り散りに逃げ、他の場所で落ちあうってことで」
 犬が宙に向かって、吠えたてる。
「キジ、ずるいぞ。何がブレイクだよ。自分は空飛んですぐ逃げれるもんだから」
 猿も、そうだ、そうだと非難をはじめる。
「俺ら、地上で追い込まれた身だぞ。置き去りする気かよ」
 モモは、そんな部下たちを叱りつけた。
「おまえら、仲間同士でいがみ合ってる場合か。この桃太郎は分散(ブレイク)など認めん」

 モモは自分らがこうして、不利な勝負を挑んだそもそもの動機に思いをはせた。
 鬼の一行を救うためではないか、暴徒らに襲われている。
 その鬼たちはもっか、騒ぎの場の反対側でさらに大勢から囲まれ、防戦に必死である。
 モモの頭はさしたる知恵者でなくとも導かれるであろう当たり前の結論を選びとった。
 鬼たちと協調して戦うんだ。
 じかに合流するのは困難かもしれない。しかし。
 効果的に暴れまくって敵側の余力をさらに引き付ければ鬼たちの負担を軽減してやれる。
 それで鬼たちが態勢を立ちなおせば、鬼の使節を一挙に殲滅しようとの暴徒らの企ては破綻、さらなる攻撃がやりづらくなり、結果的にこちらの負担の軽減にもつながる。
 とにかく、他に途はない。
 各個に奮闘したところで、各個に撃破されるだけである。

 そのとき、ついに。
 じりじりと肉薄していた暴徒らは一斉に躍りかかってきた。
「かかれーっ!」「うわーーっっ!!」

「モモ隊長。まず、あいつ狙おうよ」
 犬が暴徒らに指図する幹部格らしき男を、あごでしゃくるように示した。
「あいつ倒せば、あと烏合の衆じゃん」
「いや、待て」
 モモは、わずかの間に一考する。
 親分格ならいちばん手強いはず。しかも大勢の手下が取り巻くよう群れている。それを最初の標的にするのは、敵陣の最強の部分に攻めかかるようなもの。
 進みも退きもできぬうち、包囲され殲滅の憂き目にあう恐れが大きい。
 それより……。

 どんな戦いの場でもこういうときは、大勢の中に身をおく心強さから勇者気取りになり、一緒にいる仲間の数を頼みに、調子に乗って、獲物を真っ先に仕留めようと一番乗りで突っ込んでくる奴がいるものだ。
 モモはまず、そいつを見極めた。
 いた、いた。オッチョコチョイが。
 稚気もあらわに、絶対勝てると思った敵めがけ、喜色満面のバカ面で向かってくる。
 モモは、犬猿キジに指示を下す。
 行くぞ。
 モモとケダモノたちは、こうした状況で少数が大勢に襲われた場合に見せるであろう受動的な対処とはまったく異なる動き方をした。
 多数が自分らに攻めかかってくる中、くだんの真っ先に飛びかかってきた者を狙い定めたように、一人と三体とで寄ってたかってボコボコにする目的を能動的に遂げようとした。

 ガブッ! バリバリ! ツクツクツク!
 犬が咬みつき、猿がひっかき、キジの嘴(くちばし)が突きまくる。そして、モモの必殺パンチ。
バキッ!
 倒れた。
「こいつはもう、いい。次、そいつだ」
「ひえっ!」
 ガブッ! バリッ! ツクツク! とどめに、モモの回し蹴りが見舞う。
ドカッ!.
「よし。今度はあいつ」
 うわわわっっ!!
 敵方は恐れおののき後ずさりする個々の面々で崩れはじめた。

 モモたちの攻め方は、群れの中からつねに一人だけ選んで一挙に攻めかかり、全力で仕留めたら、ただちに次の標的に決めた別の一人に向かって速攻で移動、総力でボコボコにし、これを繰り返すという効率的なものだった。
 とにかく複数をいっぺんに相手取るのを避けた。

 モモのこうした攻め方は、大勢の中にまぎれて差別や虐めを楽しもうという性根の者にいちばん堪えるやり方なのかもしれない。
 誰か一人が狙われれば最後、他の者が助けに駆け寄るより先にボコボコにのされてしまう。そして速攻で、次の誰か一人がまた餌食にされる。
 このやり方の成功にはどのくらい瞬発力と持久力を出せるかが鍵となるが、モモにはそれだけの体力があった。ケダモノたちも人間離れした能力を発揮した。

 そうやってたちまちのうちに何人もを倒しながら、敵勢の中を浸透していく。
 そして、最後尾で得意になって日の丸の旗を振りかざしていた者を指さす。
「今度は、あそこで日の丸持ってる奴」
 旗持ちはモモたちが襲ってくるのを見ただけで泡を吹き、旗を放り捨てて逃げだした。
「道は開けたぞ!」
 走りながらモモは捨てられた日の丸を拾い上げ、高々と掲げた。
 モモたちと共に、日の丸の旗が風にはためいて進んでいく。
 群衆の間から、はーーっっ!! という嘆息がもれた。
「いいぞーーっっ!! いよお、日本一!!」


(続く)






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「悪童島」
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ライトノベル「悪童島」4


 都大路にも人に混じり、けっこうな数の鬼が歩いている。
 モモとケダモノたちは狼藉をはたらく鬼はいないかと探した。
 しかし人に悪事をはたらく鬼はなかなか見つからない。
 だいたい彼らも商売や観光のため日ノ本の都を訪れたのだ。モモたちが期待するようなのと違い、友好的な態度の鬼ばかりである。よしんば邪悪な鬼がいたにせよ、この都大路でうかうかと人に手を出せるわけがない。

 ダメだ、この都は。
 鬼ヶ島まで行かないと成敗するにふさわしい悪辣な鬼はいないのかもしれない。
 見れば、どの鬼も立派ななりだ。着るものは上等で体格も良く、颯爽としている。
 いずれも特権的な富裕層で、略奪などする理由がないのだろう。
 鬼の奴ら、人間とうまくやりやがって。
 これでは、自分の出番というものがない。

 モモは異郷の地で才能も認められず不当に遇されると感じた若き日のヒトラーのような疎外感と被害意識を味わっていた。
 冗談ごとではない。
 このままいけば、桃太郎の話ではなくなってしまうであろう。
 だが。
 モモが嘆息をもらした頃、求めていた鬼がらみの事件に遭遇した。

 都大路の十字路で騒ぎの場を取り巻くように、たいそうな人だかりが出来ている。
「どうしました?」
「大変だ。そこで、鬼の一団が」
「鬼の一団が? 人を襲っているのですか?」
「人に襲われてる」

 事情はわからないが、人と鬼とで喧嘩なら、きっと鬼のほうに問題があるのだろう。
 よし。行って、助太刀だ!
 この桃太郎の怪腕、見せつけてやる。
 人垣をかきわけていくと、はたして――。
 人のほうに問題ありの光景が眼前に展開されていた。

 人が鬼を襲っている。

 襲うのは極右のスローガンを標榜する排外主義のデモ隊だ。しかしもはやデモどころか、暴動と化している。手に手に、棍棒や斧、大刀や槍を握り締め、無慈悲に振るうのだ。
 襲われるのは鬼ヶ島から来た高い身分の者を囲む一行。
 モモは知らなかったが、それは鬼の王の娘、鬼姫の使節団だった。
 近年の日ノ本での鬼フォビアの風潮により人と鬼との仲が険悪化するのを憂い、親善のためやって来たのである。
 極右集団は、そんな鬼姫の高邁な志を疑心暗鬼、侵略の下準備のための敵情視察ではと勘ぐった。ヘイトコールを浴びせ、鬼ヶ島へ追い返そうとの魂胆でいたが、無視を決め込んで進む相手に存在を見せつけようとするうちエスカレート、いつの間にか歯止めが効かなくなり、とうとう流血沙汰へと発展してしまった。

 鬼の一行は親善使節なので武器を携行しておらず、素手で立ち向かうしかない有様だ。
 それでも暴徒らを自分たちの姫君に近づけまいと、男も女も必死で奮闘する。
 駆けつけるべき都側の警吏はどこにも姿が見えないが、何をしているのだろう?

 襲う側は相手が鬼と見れば、女でも容赦しなかった。
 いましも、暴徒の一人が捕えた腰元らしき若い鬼の娘を手篭めにするところだ。
 鬼娘は男の腕の中で激しく暴れ、抗議する。
「なりませぬ。かような真似はなりませぬ」
 ツノは生えているがくっきりした顔立ちに肉付き豊かで起伏に富んだ体型、日ノ本の女とくらべ強烈な性的魅力を発散させている。
「やかましい。逆らいやがると、ぶった斬るぞ」
 鬼娘は牙をむき、男の腕に噛みついた。
「いでーーっ! この鬼アマ!」
 ぶった!
 鬼娘はぶった斬られた。

「酷いことするねえ」
 群衆の間から同情するような声がもれたが、あくまで他人の災難として見ているばかりで止めに入る者などいない。
 モモにはもう、どうしていいかわからなかった。

 なんという! あのように無体な真似をして恥じぬ輩が、人間を代表するような顔をし、日ノ本の防人を気取ろうとは。
 暴徒たちが日の丸の旗を掲げているのがとりわけ、モモの気にさわった。
 あやつら、この桃太郎とおなじイメージを使い、それを旗印に、ああして無抵抗の者をあやめるのだ。

「やめい!」
 モモは進み出ると、高々と呼ばわった。
「この桃太郎、鬼退治を本分に人として育ったが、今日ほど人であるのを恥じた日はない」

 伝えられるところでは、桃太郎の挑戦の言葉に応じて暴徒たち数十人がみな狼藉をやめ、彼に向き直ったというが。
 実際には、かかる流血騒ぎの渦中で反応を示したのは、近場にいて少年桃太郎の声が届いたわずか数人のみである。

 そのうちの一人が面白いものでも見つけたように、仲間を小突いてモモのほうを指さしてみせた。
「見てみ、あいつ。公園にいた浮浪児だ」
「あれや。動物愛護のアイゴー少年か」
「応援に来たんか? こりゃ、頼もしいぜw」

 え? え?
 自分を知ってる?
 モモは拍子抜けがした。
 そういえば、見覚えのある面々だ。
 なんと、公園でモモたちを笑いものにしたツッパリどもじゃないか。
 無作法で口は悪いが、まさかこんなことまでする連中と思えなかったのに。
 だが。
 おなじ公園に社会的疎外者の身で屯(たむろ)した同士とはいえ、かように非道な振る舞いを認めるわけにはいかない。
「させないぞ、人の道を踏みはずす行いは。たとえ鬼になされるものでも非道は断じて、許さん」

 無頼漢たちは呆気にとられた。
「おまえ、何いってんだ?」
「鬼退治だろ? 鬼ならあっちだ。あっち」
 いや、こっちだ。人の皮をかぶった鬼たちがモモの前にいる。
「おまえたちに言う。いますぐ、都大路での狼藉をやめろ」

 ここに及んで彼らも、モモの頭の中を理解した。
「わかった。こいつ、鬼に味方する気だ」
「動物愛護じゃ飽き足らず、鬼の愛護もするんかい?」
「ほんに変わったガキだいな」
「ひへはははw」

 モモは、埒があかない問答を打ち切った。
 このままでは無駄に話が長引くばかりだ。
「来い! この桃太郎が相手だ!」
 やる気まんまんに目を光らせ、刀を抜き放つモモ。
「来ないなら、こちらから行く」

 暴徒たち数名はペットの犬猫が怒ったときのように面白がる。
 刀剣マニアがいるらしく、モモが抜いた刀の銘柄をたちどころに見極めた。
「オモチャの刀、振りまわすんじゃねえ。怪我すんぞ」
 オモチャの刀。
 そうなのだ。おばあさんは模造品の刀しか買ってくれなかったのだ。理由は言うまでもない、財政上の制約からである。
 しかし、彼らはもっとも重要な事実を見ていない。
 刀はたしかに偽物だが、それを持っているのが本物の桃太郎だということを。

 とはいえ暴徒たちにはまだ、モモの怖さがわからない。
「おもしれえ。こいつ、本気だぞ」
「よしな。肉たらふく食ってきた俺らにかなうかよ」
「そう、そう。無理、無理。キビしか食えないおまえじゃ絶対、無理」
「なんだったら、仲間に入るか? 肉食わせてもらえるぞ」

 このとき。集団の幹部格の男が割って入り、手下どもの口の軽さを叱りつけた。
「やい、おまえら。肉の件は、あの方の使い人から口外無用と言われてるだろ」
「いけね」
 浮浪者らは、いい思いをしたのをうっかり自慢してしまったといった風だった。
 しかし、モモとおなじに寝ぐらにも事欠くあの連中が肉をたらふく食えるとは。そうやって人を集め、かかる騒ぎが起こるのを裏から仕組んだ者(おそらく有力者)がいるということだが。まだ子供のモモではさすがにそこまでは読みとれない。
 いまはただ、眼前の敵を退けることで懸命になるのみだ。

 モモは、戦闘開始の合図を発した。
「行くぞ! 犬! 猿! キジ!」
「バウ!」「キキキ!」「クケーッ!」
 キビ団子のパワーを教えてやる。

 モモとケダモノたちは機動展開した。
 模擬訓練は村にいたときからキビ団子をやるたび何十回となく繰り返しており、本番に際してもまったく自然におこなうことができた。
 見物は、ほほーーっっ!! と嘆息する。

 刀をかまえるモモの頭上を威嚇的にキジが舞い、肩車の格好でモモの背にまたがった猿が鋭い爪を見せて脅し、犬はモモの股間の位置でうなりながら牙をむく。
 それで――。
 モモはしまったと思った。
 機動展開は立派にできたが、そこから先がわからない。まったく想定していなかった。
 即席で、場に合った用兵をでっちあげねば。

 ようやくモモたちを脅威として認めた暴徒らは、まだ二十人くらいのものだが手に手に棍棒や刃物を握り、じりじりとにじり寄ってくる。


(続く)






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ライト文芸「顔にタヌキと書いてある」6


 マヤの態度はまったく予期せぬものだった。
 名所として知られる真証寺の境内を歩こうとの谷の誘いに、二つ返事で同調するかと思いきや。
 彼女はとことん引いてみせるというか、座席に身を埋ずめんばかりの激しい忌避の所作で応じたのだ。
 怖がりな子供が知らない人に手をつかまれ、墓場にでも連れだされるかのごとき取り乱し方。
 なんだろう、このアレルギー発作のような、身体的次元での強烈な拒絶の意思表示。

「いや……」
 マヤは蒼白な顔で身を小刻みに震わせている。マラリアを患ったのではと疑うほどに。
「行ってください。ここはいや」
 最前とまるで違う。人が、いやタヌキが変わってしまったかのようだ。
「早く! 通り過ぎて!」
 マヤの急変ぶりを谷はいぶかった。
 自分から馴れ馴れしいほど懇意に接してきたのが、夜中の散歩に連れ出そうとした途端、激変わりで恐慌を呈するとは。
 まさか人気のない場所で何かされると危ぶんだとも思えんし。
(だいたい、谷にことに及ぶ気があったら車の中でしているだろう)

 谷は何とかして、マヤの危惧を払いのけようとこころみる。思いもしない対応をされただけに、ちょっと意固地になってもいた。
「大丈夫、心配ご無用。ぼくらの他にも参拝する人はいるんだし。夜中でも警備員が睨みをきかせる観光名所だよ。防犯カメラも24時間フル稼動……」
「そういうのじゃないんです」
 マヤの態度は、谷から何を言われても和らぐことがない。目はしきりに真証寺のほうをうかがうが視点が定まらず、不安そうだ。あきらかに何かを警戒している。
「谷さんを疑ってなんかいません。わたしほんとうに、ああいう場所、我慢できないからです。絶対に、絶対に足を踏み入れたくないの」
「そんなに、いや?」
「あの鳥居……見るだけで悪寒が」
 え? 鳥居がお寺にあるなんて変じゃないとか言うなかれ。
 真証寺にはあるのだ。
 いや、真証寺にかぎらず日本中に見られる。事情の説明は省くが、鳥居が寺院に同居するのは珍しくもないことだ。
「お寺や神社は嫌い?」
「天敵です」
「ごめん。宗派が違うとは思わなかったよ」
 場を和ますジョークのつもりだった谷の言葉もマヤには上の空、効き目なしだ。とにかく、一秒でも早くこの場所から立ち去ることしか頭にないらしい。
 それなのに、車はさっきから交差点の信号前で停まったまま。

「発進して! おねがい、早く!」
 マヤは谷にしがみつくほどの昂ぶりの激しさで急きたてた。生きるか死ぬかというほど切羽詰った物言いだ。
「赤信号だから進めないよ」
「それじゃ、バックして!」
「そういう問題じゃないったら」
「とにかく、ここから離れて! すぐに!」
 マヤはほとんど、錯乱して暴れだす間際だが、谷にはどうにもならなかった。
 実際、おなじく信号待ちする他の車から前後をはさまれ右横にも並ばれ、まさに退っ引きならない状態だ。余白が残されたのは歩道に面する左側だけで、信号が青に変わらぬかぎり動きようがない。

 しかるに、人間社会のルールになど拘泥しないマヤにはそう思えないらしい。
「歩道に乗り上げて走り、列を追い抜いてください。できるでしょ?」
「無茶言うな。交通違反はご法度だ」
 あまりの言いざまに、谷にはぶったまげる反応を示すしかない。
「以前、制限速度をちょっと超えただけで切符切られたときに警官と喧嘩やったんだが。マスコミは大騒ぎ、謹慎処分で番組降ろされたりするはめに……だから……」
 そんな谷の事情にまるでおかまいなし、マヤの懇願するさまはもはや狂気かと疑うほどだ。
「操作されてるんです、あの信号。かまわず渡って!」
「無理だったら!」

 しかし不思議だ。
 さっきからずっと、信号が赤のまま。変わる気配がない。
 信号機の故障?
 谷が不審の念を抱いたとき、マヤが震え声を発した。まるで山奥で怖れていた熊か蝮(まむし)、いや山姥と出くわしたかのような怯えよう。
「出てきた……とうとう……あれが……」
 谷がマヤの凝視する方向に目をやると、真証寺の境内から往来へと、白い人影というか白の長衣を羽織った何者かが足早に歩いてくるのが見えた。誰かを探すような、あたりをうかがう素振りだ。
「いけない……気付かれる……」
 マヤは車の中で身をかがめた。
 谷にはますますわからない。
「お知り合い?」
……知り合いたくない相手
 マヤは絶対に勘付かれたくないとばかり、声までひそめて返す。距離があるし車の中だし、聞かれる心配ないのに。

 白い何者かは獲物でも探す風に、周囲に目配りしながらだんだんと近づいてくる。たしかに知り合いにはなりたくない気がする。あの格好でいるからには女性なのだろうし、それとおぼしい足取りでもあるが、白い長衣が常夜灯の光をはね返して輝き、顔がよく見えないのだ。
このままじゃ見つかる……
 マヤはついに、傍目にはまったく異様な振る舞いにおよんだ。
 瞑想する表情で祈るように両手を合わせ、何事かぶつぶつとつぶやきはじめたのだ。
ゼロ、イチ、ゼロ、イチ、ゼロ、イチ……
 呪文のつもりなのか、早口で二つの数字を交互に唱えるのを際限なく繰り返す。
 ? ? ?
 谷はもう、何がなんだかわからない。
ゼロ、イチ、ゼロ、イチ、ゼロ、イチ、ゼロ、イチ、ゼロ、イチ、ゼロ、イチ……
 マヤはあくまで真剣な面持ちだ。

 と。
 信号が突然、青に変わった。
 同じタイミングで白い人影は、何かを感知したらしく、ビクッと身を引きつらせる。
 それから、こちらの方向に求めたものを認めた様子で、いきなり歩速を上げ、向かってくる。そう、まっしぐらに。まるで谷の車を餌食として襲いかかるかのように。
「逃げないと!」
 マヤは、ハンドルを奪い取らんばかりに、谷をせっついた。
「急いで!」
 だが。前をふさいだ車がようやく発進、今度は谷の車が動きだすというときに信号が赤に戻った。青に変わってから、数秒しかたたないのに。
 マヤは金切り声をあげた。
「停まっちゃダメ! 渡りきって!」
「わかってるよ」
 実際、さんざん待たされたドライバーたちからこの交差点の信号は信頼を失っていた。おなじ車列で、信号機の無茶苦茶な指示に従うものは一台もない。
「あの信号は絶対イカれてる」
 マヤもどうかしてる、とまで言うのはさすがにはばかられたが。

 しかし、もっと異常でヤバイものが歩道側から駆け寄ってきた。
 白い長衣の女だ。
 女は、徐々に速度をあげる車と並走するように、人とは思えぬ速さで追いすがりながら車内を覗き込んでくる。
 谷はゾゾッとした。
 女ではなかった。
 あきらかに、人の顔をしていない。野獣じみた真っ赤な両眼、とがった鼻先、耳まで裂けた口は牙をむき、さながら妖魔のごとき面貌。目で見たものは無差別で祟り殺すと言わんばかりの敵意をもって谷とマヤとを視界におさめようとする。
 意外にもマヤは、あれほど怯えていたのだからきっと ((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル かと思いきや、胆を据えたかのようにキッと睨み返している。
 マヤと相手の視線がぶつかり合った瞬間、谷の車はぐいーーん! と速度を上げ、赤い目の魔性を引き離した。
 後方に取り残されたその姿が、バックミラーの中でぐんぐん小さくなっていく。


†             †             †



 車は真夜中の国道を、ひたすらに突っ走った。
 マヤはなおも魔性から追われるかのように息を切らしている。
「今のはいったい、何だったんだ?」
「わたしたち補足されていたんです、あれの力で。あれは車を進められないよう、呪力(じゅりき)で車道の信号を赤のままに」
「呪力?」
「人外の使う念力です。想念を力に変え物理的に働きかける術」
 化けるだけじゃなかったのか。
「それでわたし……一か八かで、こちらも信号機に計数念波を送り、一時的だけど向こうの呪力を祓いのけ、信号を青に」
「そんな技まで使えるのかい?」
「お忘れになりました? 先生が『もっと化けられる』でお書きになったやり方です」
「………………」
 どうやら。知らぬ間に、凄い腕前の弟子を養成してしまったらしい。
「でも、こちらの位置を探知されました。それであれは、車を追いかけてきたんです」
「あれっていったい、何者?」
「ですから、人外です」
 埒が明かない、と谷は思った。だから何なんだよ、あれってのは?
「わたしたちタヌキは、人と一緒にいるのをあれに知られてはいけないの。もしわかったなら、捕まって八つ裂きにされる。だから悟られないよう身を潜めなければならなかったのに……見つけられてしまった」
「ちゃんと振り切って、逃げてきただろ? もう安心さ」
 マヤはすこしも楽観できないという表情で、かぶりを振った
「追いかけてくる。匂いを覚えられたから、どこにいても突き止められる」


(続く)






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ライトノベル「悪童島」3


 それでも、上京するとは心が浮き立ってくる。
 若者はみんな、そうだろう。
 事実モモは、おばあさんの小うるさい干渉から解放されたこともあり、生まれて初めてのような伸び伸びした思いを味わっていた。
 まるで、おばあさんから遠ざかれば遠ざかるほど自助力のようなものが身内からわき起こってくるかのようだ。
 お供もいた。
 犬、猿、キジのケダモノたちだ。
 ゲンキンなことに、モモのあとからついてきたのである。鬼ヶ島には行きたがらない彼らなのに、都へ上るとなればまた話は別らしい。

 都までは長旅だった。
 モモもケダモノたちも道中、キビ団子しか食さないし他に食うものもない。
 いやなら帰れ、と言っておいた。
 モモはケダモノたちを律するつもりで、自分に言い聞かせる。
「船会社から契約を取り付けたら、好きなものをたらふく食わせてやる。それまで辛抱するのだぞ」

 道の両側がしだいに賑やかさを増し、すれ違う人の装いも華やいだものが多くなるという昂ぶりのうちに目的地が近づいてくる。
 そしてついに、ついに都に着いた。
 桃太郎を不世出のヒーローとして迎え、語り継いでくれるはずの場所だ。
 しかし。
 ああ、しかし。
 お婆さんの調子のよい話と裏腹で、なんとよそよそしい所であることか。
 ぶっちゃけ、誰も桃太郎を知らなかったし、モモを見てもそんな凄い奴と思ってくれはしない。

 偶然ではあるが、着いた日は悪天候にたたられた。
 冷たい雨の中、「日本一」の旗印も雨にしおれ、濡れそぼってたたずむモモとケダモノらに声をかける人とてない。
 都はモモたちに無情だった。

 なんだ、この都は?
 桃太郎ではダメなのか?
 しかも。
 都に来たそもそもの目的、船会社とのタイアップで豪華客船を無償で提供してもらうこと。それは絶望的な難題だと思い知らされた。

 借り受ける交渉どころではなかった。
 船に乗せてもらうには話に乗ってもらわねばならないが、話をする以前に、船会社の担当と会うことすら容易ではない。
 当然といえる。
 政治家や文化人の後ろ盾もなく浮浪児にひとしいモモに、誰が相手をしてくれるだろう。
 受付で体よく追い返されるのが関の山ではないか。
 面会を申し入れても、「あいにく、担当の者がいま出張中で」とかで逃げようとする。そこを頼み込んでアポを取ろうとしても、「いつ帰りますやら」と曖昧に答えるばかりなのだ。
 めぼしい船会社にはすべて当たったが、すべての船会社で同様の対応をされる。モモにはおのれの価値の査定を突きつけられる気がした。

 どうしよう。
 船を借りられなければ、里には帰れない。
 食うものはキビ粉しかなく、それも尽きようとしている。
 公園での野宿にも限度があった。
 乏しい食事を分け合うモモたちを、屯(たむろ)した無頼漢や娼婦らが面白げに見やるのだ。

「なに、あいつら?」
「大道芸の一団かよ」
「動物愛護だ。愛護だ、愛護。アイゴ〜w」
「あら、可愛い少年。珍妙なコスプレだけど、ボーイズ・バーの呼び子かしら」
「坊や、いらっしゃ〜い。おねえさんが愛護してあげる♪」
「きゃははははは!!」

 ダメだ、この都は。
 モモはにわかに、ホームシックを患った。
 途方に暮れていると、猿が猿知恵を吹き込む。
「桃太郎親分。往来で鬼に喧嘩売って、怪力ぶりアピールしてみせたら? きっとみんな、見直すよ」

 たしかに。
 もともとモモにはそれしか取り柄がない。今日、鬼退治以外の功績で誰が桃太郎を覚えているだろう。
 そうだ。鬼を探そう。
 モモもまた単細胞で、猿並みの知恵の持ち主といえた。


(続く)






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「悪童島」
(文芸新世紀)
http://www.geocities.jp/ondorion/bungoo/akudojima/akudojima1.htmll






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ライトノベル「悪童島」2


 さて。
 おばあさんは本気だった。
 翌日から里へ行き、人集めに大わらわとなった。
 鬼ヶ島に乗りこんで鬼どもとわたり合うには、三十人は悪童が必要となるであろう。募集広告には、それだけの耳目を集めるインパクトがなければならない。
 おばあさんは策をこらした。





 村々の通りや集会所に張り出されたポスターが人目を引いた。
 あわてたのは桃太郎である。予想したなりゆきとまったく違う。
「おばあさん、勝手にこんなことされては困ります」
 モモは、おばあさんが里で配っていたちり紙付きのビラを突きつけ苦言を呈した。

「おや。畜生も餌付けできない童子(わらし)がわしに諫言かね」
 おばあさんは高圧的だった。モモが育ての親たるおのが影響下にあり、心の束縛からまだ自由になれないのを知っていた。
「だいたい、自分が鬼ヶ島遠征を企てたと思うとるんかの。この婆の発案だったはずじゃ」
 モモは、おばあさんには逆らえなかった。いつも口でヘコまされ、不承ながらも言いなりになってしまう。いまも一般常識にすがりつき、おばあさんをいさめてみせる以外にない。

「公募では、どんなとんでもない輩が応じるやもしれません。ちゃんとした筋から紹介された身元の確かな悪童でなければ鬼退治には連れていけません」
「甘いこと抜かすんじゃないよ。相手は鬼だよ。並みの不良じゃ太刀打ちできるもんか」
「ですから。そういう手合いを遠征隊に加えては、現地でどんな非道の振る舞いをすることか」
「結構じゃないか。鬼なんてのは人間じゃないんだからね、根絶やしにすればいいんだよ。なんだかんだで理由こさえて、女も子供も始末しちまいな。あとでどう言われようが、シラを切りとおせばいいんだから、シラを」

 なんてババアだ。モモは抗せずにはいられなかった。
「だいたい。おばあさんの計画は経済観念が欠落しています。お金もなくて鬼ヶ島へは小舟で渡るしかないのに、『豪華客船で夢のクルーズ』などと。そんなものをどうやって揃えるのです?」
 ババアは、いやおばあさんは、こともなげに答えた。
「タダで出してもらえるよう船会社にかけ合えばいい。鬼ヶ島遠征は、みんなの話題をかっさらい、何百年も語り継がれるような大プロジェクトだ。宣伝になると見込めば、話に乗ってくれるさ」
「しかし誰が、いったい誰が、船会社と交渉を?」
「おまえがやるんだよ、桃太郎」
 ババアはしゃあしゃあと抜かしてのける。
「自分の乗る船くらい用立てられない体たらくじゃ、しょうがないだろ。イヤだと言うなら、もう家にはおいてやらないからね」


 こうしてモモは、おばあさんから使命を課され、しぶしぶ都へ向かうこととなった。

(続く)






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ライトノベル「悪童島」1

桃太郎だって、苦労した!




「さあ。団子の時間だぞ」
 今日もモモは、猿と犬とキジの前に、持参するキビ団子を広げてみせた。
 もう長いこと与えているのだが、手懐けて遠征にお供させ、鬼どもと戦わせるための投資である。
 モモを育てたおばあさんの入れ知恵によるが、これで宝の山をごっそり分捕って帰れるなら安いものではないか。

 しかし、動物たちは食べようとしない。
「クケクケ、ココ」「キッキッ」「バウッ、ワウ!」
 キジも猿も犬も、不平らしい。
 人の言葉に訳せばこういった意味になる。
「モモ兄い。キビ団子もういいから、炒ったピスタチオおくれよ」
「そうだよ、親分。キビよりバナナだよ。有機栽培の美味いやつおくれよ」
「肉が欲しいよ、肉〜。ペディグリーのドッグフードおくれよ」

 貧しい村でキビばかり食って育ったモモは、唖然となった。
 都まで行かねば手に入らぬものばかりではないか。


†             †             †



「おばあさん。ケダモノも近頃は、贅沢になったものですね」
 おばあさんの入れた茶を飲みながら、モモは残念そうに語った。
「困ったねえ。おまえひとりでは、鬼退治に行けないじゃないか」
「残念です」
「本当に残念だねえ。おじいさんが生きていたならば、一緒に呆れてもらえたのにねえ」

 そのおじいさんを日に二十四時間働かせて過労死させたのは、目の前にいるおばあさんであることをモモは知っていた。
 おじいさんの死後は、少額ながら保険金もおり、細々と暮らしてきた。
 その蓄えも尽きかけており、鬼ヶ島遠征は一発逆転、黄金の老後を狙っておばあさんが発案したものだった。

 モモには、おばあさんにたとえ恩義は感じても、好きにはなれなかった。
 このおばあさんは、モモが生まれ出でるとき、貪欲さの発露をこらえきれぬ性急ぶりで大きな桃の中身を確かめもせずに包丁の刃を深々と入れ、あやうくモモを真っ二つにしかけたことがある。
 そのときの傷は癒えず、長じてのちもモモの内では恨みの気持ちが根強く残っていたのだ。

 いまもおばあさんは、茶を大事そうにすすりながら、ずるそうにモモをうかがう。
「いっそ、里の悪童を二十人ほど選りすぐって、鬼ヶ島へ連れておいきよ。悪童どもに戦わせておまえはひとりだけ、舟の上で督戦しているといい。鬼も死ぬ、悪童も死ぬ。里が静かになって宝が入れば、一挙両得ではないかえ」
 面白いことを言う恐ろしいババアだな、とモモはひそかに思った。

「しかし悪童どもでは、手懐けるのが大変ではありませんか?」
「おまえは桃太郎じゃないか。鬼どもを退治に行くヒーローがそんなじゃ困るねえ」
「いまどきの悪童は贅沢です。お粗末な待遇では不平を並べたて、反乱をおこすやもしれません」
「悪童ごときに手こずるんじゃないよ。鎖で縛って連れてって、逆らうのがいたら首をへし折ってしまえばいい」
 モモの内奥でおばあさんの首根をへし折りたいという衝動がおこらなかったといえば嘘になる。


(続く)






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ライトノベル「天国への遠征」5


 問題の根幹は神様が外に出ることでなく、外でも裸の姿でいようとするところにあった。
「神様、服を着けてください。なんでもいいから」
 折りたたんだ着衣一式をうやうやしく差し出した。
「そんな布で身を覆えとな。わしは神じゃ。人の前に包み隠すものなど何ものう」

「御言葉の通りです、神様。けれどもあなたは今、人々の前に顕現なされるためでなく、ご自分の正体を隠すため地上に来ています」
 こちらも、食い下がる。
「かたや、あなたの敵は占拠した天上に陣取って、あなたを探している真っ最中。その姿で人々の前に出れば大きな騒ぎが起こりましょう。下界で波乱があれば彼らに悟られてしまう。不服とは察せられますが地上の流儀にしたがい、お姿をあらわにしてはなりません」
 やれやれ。まさか神様を相手にディベートをこころみることになろうとは。
「衣服とは余計なものです。しかし人になくてはならぬもの。着るのをやめれば、人として認められないのです」

 成算があったわけではない。
(むしろ、正論になるほどこの御方には通用しない気がする)
 どうせ神様のことだから、これまでの振る舞いから推しても人ごときが屁理屈ならべるな、とあっさりと一蹴というか、笑ってあしらわれると思いきや。
「無礼な申し入れだが、聞き届けてやる。おまえにしては筋が通った言い分だ」
 神様は 供え物を押し頂くように受け入れてくれた。
 それからしばらく、有史前から服など必要としなかった御方への着付けの指導で手こずりはしたが。

 一件落着。
 かくして神様はジョギング用のトレーナーに身を包んだ。これなら外に出しても恥ずかしくない。
 しかし。
 なんたって神様だよ、どんな服を着てようが。
 問題起こさずいられるわけなかった。


†             †             †



 そのとき。
 玄関の呼び鈴が鳴った。
「わたしです」
  天使だ。
 「また来ます」と言い置きして去ったのを、二度と来るわけないとタカをくくったものだが疑心にすぎなかった。
 天国は嘘をつかない。
 いや、嘘がつけない。隠すことを知らない。天上人たちの問題はそこにこそあるのだが。

 開けたらやっぱり、驚いた。
 ドアの真ん前で、淡い陽ざしに包まれたオールヌードの美少女が立ちふさがるという。あまりに幼女ポルノな光景に。
 初回の訪問で、翼を広げてヴェランダから入ってきたときは真夜中で誰にも見られなかった。
 神様を連れてきたときは早朝だった。
 今度はよもや、真昼間に玄関から来ようとは。
 そのあまりにあけっぴろげな姿、人目を惹かぬわけがなく、また噂となって広まらぬはずもなく、すでにアパートの裏手では駆けつけた近所の人たちでひしめいてる有様だ。みんな、言葉もなく、目を丸くして見入ってる。
 ああ! こんなじゃあ、神様に示しがつかないや。

 天使は屈託なく、にっこりと微笑んだ。
「また来ました」
「翼はどうしたの?」
「みんなが変な目で見るんです。なぜかなって思ったけど。ああ、きっとわたしに翼があるからじゃないかと……それでたたんで見えなくしちゃいました」

 違う、違う。きみが服を着てないからだよ。今だって、みんなが見てるだろ。
 どうしよう。このまま入室させたら、近所にどう思われるか、それははっきりわかるのだが。

 そこへ、神様が割って入った。
 ドアに隠れるようにしていたぼくと違い、玄関から出て、はばかることなく天使と向き合う。
「地上の者はなぜ騒いでおるのだ?」
「この子が裸だからです。すぐに服を着せてやらないとまずい」
 ぼくは大急ぎでクロゼットのほうに引き返した。
 婦人服なんて持ってないが、隠すところ隠せれば何だっていいや。
 バスタオルや毛布など、大きめの布類をかかえて大急ぎで戻ったら。
 神様は天使にとんでもない真似をしていた。
 裸身をさらしてたたずむ彼女に……裸身をさらしてたたずむ彼女に……自分の服を着せている。

 神様は、着ていたトレーナーの上下を脱いで(まったく。着せるのにどれだけ苦労したことか!)、上のほう、Vネックの長袖を天使の頭からかぶせ、下のほう、縦筋の入ったズボンに両足を通させた。
 天使は恥らう様子もなく、なすがままにされている。少女と変わらぬ体にLサイズの男ものをまとい、だぶだぶの不恰好になり果てはしたが。
 それにしても。服の着方も知らなかったのが、たちまち着せ方を習得してしまうとは。
 やはり神様、原始人とは違う。
 おまけに、自分の衣を天使にあたえた。なんたる慈愛深さ、とか感心してる場合じゃない。
 もとより素っ裸の身に体操着を羽織っただけだから、神様はたちまち、人類を自分に似せて造ったその姿をさらすこととなった。
 今度は、衆目も町中に聞こえるほどの悲鳴をあげ、割れるように騒ぎたてる。

 きゃ〜〜っっ!! ぎゃーーっっ!!
 すっぱだか〜〜! あれあれあれ 今度は、フルチンが出てきた

 もう知らん。


(続く)






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ライトノベル「顔にタヌキと書いてある」5


 たしかに谷はオカルト・マスター、すなわちオカルト知識を極めた男として通っている。関連する著作も多い。だが実際に、超常現象と出くわしたことはなかった。
 マヤの谷への評価はまったくの買いかぶりである。
 谷がオカルトの権威というのは、彼が音楽を書いたホラー映画『オカルト・マスター』の公開時、宣伝のためやったことに由来する。即席で仕入れた知識をもとにテレビやラジオであることないこと語りまくったところ、そっちのほうが映画以上に評判を呼んで谷自身がオカルトマスターの称号を賜ることとなったのだ。
 その異名は谷につきまとい、本は書かせられるし、ホラー番組では招かれるゲストの常連。比類なきオカルト通と思い込まれている。
 皮肉にも、マヤとの関わりが谷に、真に超常的な世界への扉を開かせるのだが。


†             †             †



 そのことを打ち明けたところ、マヤの反応は予想外のものだった。
「でも、先生には……タヌキのわたしからも、普通の人と違う、何かがあるように思えます」
 谷への評価が微塵も下がった様子はない。このタヌキ娘、俺のことをなぜ、こうまで持ち上げる?
「普通と違うって?」
 谷は自嘲気味に笑った。
「以前、よく言われたもんだっけ。谷、おまえには普通の日本人と違う、何かがある。容姿も個性もまるで日本人離れしてやがるし、絶対に世界で通用する男だって」

「おめでたくも信じたよ。調子に乗って、とうとう成田から飛び立った。世界の谷になってやるぞと意気込んで。だがね。海外に出れば、まわりはみんな日本人離れのした容姿と個性(笑)。そんな中におかれたって、ちっとも目立ちやしないんだ。逆に、自己のアジア的属性を突きつけられる。どんなにあがいても、外人から見れば黄色人種の一人にすぎないってこと、思い知らされた」
 谷の表情はまるで、醜男が鏡に向かって悲運を訴えるような、嘆かわしさに満ちたものになった。恵まれた容姿の持ち主なのに解せぬことだ。
 外地でのカルチャー・ショック、自惚れを打ち砕かれたトラウマはそれほど強かったのだろうか。

「外人さんからどう見られてもかまわないでしょ。人は見かけで決まりませんよ」
 マヤは、谷がいきなり過去の苦い思い出にとり憑かれた様子に困惑、こういう場合に人間ならこうすると思われること、相手を力づけるための通り一遍な気休めの言葉をかけたといった風だ。
 それにしても谷は、世界的名声もかち得、はた目には不足ないはずの身でありながら心の奥に秘める失意や孤独を、本人にしかわからないルサンチマンによる苦渋を、この期におよんでなにゆえマヤの前にさらけ出したのだろう。

「先生は海外ではまるで相手にされなかったように言いますが。ちゃんと音楽の才能を認めさせたじゃないですか。ハリウッドのアカデミー作曲賞やレジョンドヌール勲章……絶対に普通の日本人では到達できない境地です。先生の魅力ってなによりも、作る曲の素晴らしさにあるんだから本望でしょ? 谷ポップスの良さはタヌキでもわかります」
 いくらおだてられてもニコリともしなかった谷だが、最後の「タヌキでもわかります」には思わず、口元をほころばせた。
「だから? みんな、ぼくの曲が好きなだけでぼくが好きなわけじゃない。だれの曲なのか知らずに口ずさむ人も多いだろう。白状するけど、ぼくの曲はぼくも大好きだよ。ラジオで流されたりすると、とてもピュアで繊細で心温まる旋律だって素直に思う。まったく、自分の性格とは大違いだ」
 マヤも、谷の締めくくりの言葉「自分の性格とは大違い」で吹きだした。
 それから二人でしばらく、肩もたれあい、笑いあった。

「谷先生がどうして、ご自身を貶めることばかり言うのかわかりません」
 マヤは、気遣うように谷の肩から腕のあたりをやさしくさすってみせた。
「オカルトマスターの件にしても。先生は、あることないこと語りまくっただけ、とおっしゃったけど。その中には本当のこともあるんですよ」
「たとえば?」
「先生が『きっと化けられる』という本で述べたこと……妖術による身の変え方について」

 『きっと化けられる』。
 谷のずいぶん前のベストセラーだ。古今東西の変身にまつわる呪術の知識を寄せ集めて構成、いかにも変わり身の技が可能なよう思わせたオカルト本で、むろんのこと実用を目的とする内容ではない。
「仕入れたネタを想像で膨らませただけのフェイク本さ。あんなことで変身できたら世話ないよ」
「わたし、化けることができました」
 まさか。いやもう、何だって信じるが。
「わたし、タヌキ仲間では落ちこぼれだったんです。いろいろ頑張ったけどどうしても上手に化けられなくて……悩んでいたところで先生の本を読みました。書いてある通りにやってみたら、ビンゴ! 立派に化けられちゃった。どんなタヌキも仰天するような、自分でも信じられないほどのみごとな美少女に」
 かくたる姿で目の前にいるマヤを見るかぎり、たしかにそうなのだろう。
「だから先生はわたしの恩人、会う前からのお師匠様」
「………………」
 マヤが谷にしめす旧知の間柄のような親密さがどこから来るのか、ようやく合点がいった。

「人間の読者からそういう感想もらったこと一度もないけどな」
「タヌキには有効なんです。即効性がある指南書でした」
 『きっと化けられる』はあきらかなネタ本として大受けしたわけで、編集部宛の感想カードには、「本当だな?」「何度やっても化けれない」「てめえが化けてみせろ」「役立たず! インチキちんちん!」「きっとばかになる」といった戯言ばかり書いてよこされ始末に困ったという。
 それがよりによって、タヌキの役に立ったとは。

「こんなすごい本、独占しちゃうのもったいないなと思って。わたし、みんなにも勧めることに。まず、化け方を指南する大人のタヌキに読ませたんです。ところが。人間の書いた本で化け方を学ぶとはけしからんって、取り上げられ燃やされちゃった。大ショック!」
 え? タヌキの書いた本なんてあるのか? それにタヌキに火が使えるのか? いろいろ突っ込みたかったが、話の腰を折りそうなのでやめておいた。

「以来わたし、タヌキの群れで学ぶのいやになっちゃって。人間の姿で山から降りては、図書館で独学。続編の『もっと化けられる』や他の著作も読み、谷先生にますます傾倒していく日々。そうするうちにとうとう……」
 マヤは俄然、目を輝かせた。
「わたし、決意したんです。人間の世界に出ていき、先生にお弟子さんにしてもらおうと。そして、日本一のタヌキになってやるって」
「言っておくが。ぼくには、あの本以上のことはなにも教えられないよ」
「本とおなじ、適当に思いついたことアドバイスしてもらえれば十分です」
「そんな先生があるもんか」
「いいえ。わたし、なんでも実践してみせますから。谷さんには行き当たりばったりで真実にたどり着く、鋭い知覚力があるように感じます」
 なんたる言い草。古今東西、こんな褒め言葉で弟子入りを乞うた者がいただろうか。
 谷は、マヤが口にした自分への評価をこま切れにして、胸の内で繰り返した。
 行き当たりばったりで……真実にたどり着く……鋭い知覚力……。
 そういえば。目的地もなく国道を東へと走り続けた車は、ちょうど成田山真証寺の前の信号で停まっていた。
 関東での稲荷信仰の総本山だ。
 ここに来たのも何かの導きなのか。

 谷は提案してみた。
「息抜きをしよう。ここで降りて、境内を歩かないか? 来たことあるけど、とても落ち着いた、いい場所だ。今は夜中で参拝者も少ないし、プライベートな話の場にはうってつけ……」
 マヤは顔色を変えた。

(続く)






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ライトノベル「顔にタヌキと書いてある」4


 ゴホン! と咳払いし、警備員が扉を開けた。
 予定の15秒が過ぎ、しばし躊躇してからの開門である。

 二人は衆目の注視を浴びながら、多機能トイレから出た。
 マヤは屈託ない純情な少女として振る舞い、谷も節度をわきまえた保護者としての態度を取りつくろう。
 密室の中、一瞬であれ不徳な行為がおこなわれた形跡はうかがえない。

 審査員仲間が好奇と嫉妬の入り混じる熱気をもって訊いてくる。
「いったい、なにを出して見せたんです、彼女?」
 谷は熱に浮かされた顔で独り言のようにつぶやいた。
「尻尾さ」
 喝采でも浴びせるように盛り上がる一同。
「あっはっは!! こりゃあ、いい!!」

 ステージに戻っても、108番の候補者への審査はさらに続けられた。
 みんな、彼女に魅せられてしまったのだ。
 谷はマヤに、一曲歌わせてみることにした。
「好きな曲を、赤ペラでいいから聞かせてほしい」
 候補を十人ほどにしぼった三次選考ならともかく、二次選考の時点で歌唱力をためすのは異例だ。
 とにかく、入れ揚げさせずにおかない存在だった。

 マヤは谷のリクエストを受け、こころみに、賛美歌『まもなく彼方の(Shall We Gather at the River?)』の出だしをメゾソプラノで聴かせてみせた。
 もちろん英語だ。神妙に歌いだした曲の旋律が聞き馴染んだものとわかると会場各所から笑いが起こったが、マヤの歌い方を馬鹿にしたのでないことはあきらかだ。
 実際、素晴らしい美声だった。日本のアイドル歌手にはあまり必要とされないが、あればあったで有利なものだ。
 谷の隣りの席の審査員(声楽の大家だった)が感に堪えた口調で耳打ちする。
「あの子、本物だよ。アイドルなんかじゃなく、みっちり仕込んで本格派の歌い手に育てたほうがよくないか?」
 谷は同意を拒むように、首を横に振った。
「残念だが。今さら、声楽を学ばせても遅いよ。あれはもう、アイドルとして生まれてしまった存在だから」




マヤが歌った賛美歌『まもなく彼方の(Shall We Gather at the River?』はこんな曲。たぶん知らぬ人いないと思われ。ああ、アレか! と嬉しくなること必至。


 結局その日は、十何人かが選ばれ、後日おこなわれる三次選考まで進むことになった。
 その中に堀井マヤはいない。
 彼女は別枠での抜擢であり、三次審査の必要なしとみなされたのだ。

 谷は帰りの車に、マヤを同乗させた。
「きみについて、訊きたいことがヤマほどある」
「わたしも、お話したいことが同じほど」
 見栄も気取りもなしに隣りの席に行儀よくすわるマヤは、育ちの良い上位中産階級の子女といった風だ。
 とうていタヌキが身を変えているとは思えない。

 谷の運転する車は、夜の東京を行く先も決めずにひた走る。
「きみの名は?」
「堀井マヤ」
「本名のほうさ」
「化けると忘れます」
「ご両親は?」
「どちらもタヌキです」
「生まれたのは?」
「タヌキの群れ」

 なるほど、話はしたいが個人情報まで明かしたくはないのか。
 無邪気に見えて、ガードは固い。
 谷は、訊き方を変えた。
「化けられる?」
「いまでも化けてますけど」
「それ以外の姿にだよ」
「わたしはまだ未熟なので、こうなりたいと思うものにしか。習熟すると、蛇でも熊でもイヤなものにも化けられるんですが」
「熊や蛇だって? あー、きみが熟達者でなくてよかった」
 マヤはふふっ、と笑いだした。
 車の中一対一での緊張がほぐれ、距離感が狭まった。

 谷はさらに、突っ込んだ問いを仕掛ける。
「人の世界に出てきたのはどうして?」
「山奥では就職難なので」
「本当のことを言え」
「いい人に出会えるかもしれないから」
「いい人は見つかった?」
「さあ……どうでしょう」

 車がレインボーブリッジを渡る頃には、マヤは谷に身を寄せ、肩に頭をあずけるようになっていた。
「なぜ正体を明かしたの?」
「先生ですから。テレビや本でうかがっています。超常界にとても詳しいんでしょ? だからご理解いだけるのではと……わたしのことを」

 たしかに谷はオカルト・マスター、すなわちオカルト知識を極めた男として通っている。関連する著作も多い。だが実際に、超常現象と出くわしたことはなかった。
 マヤの谷への評価はまったくの買いかぶりである。
 谷がオカルトの権威というのは、彼が音楽を書いたホラー映画『オカルト・マスター』の公開時、宣伝のためやったことに由来する。即席で仕入れた知識をもとにテレビやラジオであることないこと語りまくったところ、そっちのほうが映画以上に評判を呼んで谷自身がオカルトマスターの称号を賜ることとなったのだ。
 その肩書きは谷につきまとい、本は書かせられるし、ホラー番組では招かれるゲストの常連。比類なきオカルト通と思い込まれている。
 皮肉にも、マヤとの関わりが谷に、真に超常的な世界への扉を開かせるのだが。


(続く)






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