2000年の夏、インターネットを始めて間もない頃。
当ブログ管理者は、ヤフー掲示板の軍事カテゴリーから「あなたがお奨めの世界の愚将/悪将は?」というトピックを選び、Manforstormというハンドル名で一連の投稿をおこないました。
(これが機縁で、いまでもManforと名乗ってます)

Yamamoto--Charge of the Task force

 愚将といえば、山本五十六さんをおいてほかにありません。
 彼は、一九四二年という重要な時期、スエズ方面でロンメルと合流させ、ドイツ軍と協働して英国の息の根を止めるのに役立てるべきだった世界最強の海上機動部隊に対し、ミッドウェーやソロモン諸島という見当はずれの方角への出動を命じ、大損耗をこうむらせてしまいました。
 まるで、指揮下の精強な騎兵旅団を敵軍陣地に正面から突撃させ、台無しにした、クリミア戦争でのカーディガン将軍のごとき愚挙!
 カーディガンは数百騎の損失を祖国にあたえただけですが、山本のほうは当時、日本がかろうじて確保した大東亜共栄圏の水域を守備するため不可欠だった連合艦隊を再起不能に陥らせたのだから、比較にならぬほど責は大きい。
 これで、日本の敗北は確定したのでした。

ヤフー掲示板遠征記
http://www.geocities.jp/ondorion/war/yamamoto/174.html

この指摘の順当性については、リンク先のまとめサイトを読んでもらえれば納得されるでしょう。

果たして「おもしろい! なぜ誰も思いつかなかったんだ! 隠された真実を見とおすスゴイ奴!」など喝采で迎えられるかと思いきや……。
ヤフー掲示板の軍事カテゴリーというのは、小学生でもわかる道理が見えない人ばかり揃った不思議なところで、なんと返ってきたのは、暗く、狭い了見に満ちた「否定論」だけだったのです。

「補給が困難」「潜水艦がコワイ」「日独は協調できない」「何でドイツのため戦うの?」

ぼくは呆れ返りました。
批判のうち前の二つは、補給も対潜防御もおざなりで対米戦にいどみ祖国を破滅に導いた日本海軍にまず言うべきだし、後の二つは、同盟国と連携もせず、単独で世界を相手取った大日本が亡国に追いやられる起因となった閉鎖的な国民性を代弁するものではありませんか。

反論者ときたら、およそ説得性に欠ける稚拙で無茶苦茶な根拠ばかり並べたあげく、「やはり早期講和をめざしたほうが‥‥」との結論にもっていきたがるのです。
(もう、何が何でもという執念で)

いったい、この史的認識の旧態ぶりはどうしたことでしょうか?

いまどき早期講和の戦略が可能だったと言い張る者など、まともに歴史を眺められる人の中には誰もいません。
いるとしたら、無責任な漫画やTV番組を真に受けただけの、よほどの勉強不足ぶりをさらして恥じずにいる人ではないでしょうか。

当時の日本帝国がおかれた世界的状況は、日露戦争の時とはまったく違っていたのです。
「開戦と同時に連打を食らわせ、勝ったふりだけ見せて講和を結ぶ」など、大熊を殴って怒らせたあと、布団をかぶって寝てしまうのにも等しい愚挙でした。

そもそも、「早期講和」などというまやかしは、真珠湾攻撃後に米国民が本気で立ち上がった時点で破綻したのを山本自身が知っていたのです。

山本五十六の信奉者なら百も承知するはずのこの根本的な事実は無視し、ミッドウェー作戦さえうまくいけば有利な条件で講和をもたらせたとか史実から遊離した夢想に耽ろうとする……狂おしいとしか言いようのない「人々」ではありませんか。


中でも、yamamotoisoko(仮名です)という海軍びいきな女性を自称するネカマさんの反応は常軌を逸しており、あくまで自分と異なる意見の存在を許さないわがままぶりときたら、当時のぼくをして、「あなたの精神衛生は、自由な発想で歴史を論じ合う人としての基準に行き届いていません」と言わしめるに十分なものでした。

このネカマ氏はまた、別ハンドルで野卑な言葉による攻撃を仕掛けてきたのです。
ネカマ氏とその分身による「議論」の挑み方は徹頭から徹尾まで、卑怯きわまりないものでした。

彼(ら)のなにより悪どいところは、こちらが言ったのとまるで違うデタラメな主張をしたように印象操作したことで、ぼくは補給路を分断されないよう目を光らす軍司令官よろしく、掲示板を見る人々が惑わされぬよう、前におこなった投稿を繰り返し引用することで自分の考えを再三にわたり印象付けねばなりませんでした。

「ヤフー掲示板遠征記」で、同じ説明をしつこいほど重複させてあるのは、そうした事情によるものです。


山本愚将説にまつわる中間報告

 今回の議論はもともと、当コーナーに私が「山本五十六は空母機動部隊を無駄に突撃させた」と投稿したことから始まりました。その根拠として、彼が太平洋に戦力を投入したことの無益さを指摘し、より有効な艦隊の役立て方があったはずと思い、あきらかに太平洋作戦より望みが僅少でもあるはずの枢軸側同盟国との合同戦略をシミュレートしてみせたわけです。

 これを優秀な作戦として薦める意図はなかったし、大勝利をもたらす戦術として印象付けた覚えもありません。そのことは投稿文をまともに読んでくれた人には理解してもらえると思います。
 ただ、皆さん架空戦記がお好きらしく、こちらの訴えたかった主題よりも、スエズ攻略の成否をめぐる議論のほうへ興味の焦点が合わさってしまった感があるのです。
 果たして、少なからぬ反論が寄せられましたが、最終的にどれひとつとして、こちらがおこなった投稿の主眼を否定し去るものはありませんでした(まあ、当然でしょう。土台、挑んだ議論が核心からずれているのですから)。
 私は、一貫して、以下のことを主張しています。

「短期決戦早期講和の望みはなく、太平洋でいくら戦っても戦力を消耗させるだけだった」
「ドイツは米軍を一正面で迎え撃たねばならなかった」
「日本とドイツは、緊密に連携して世界戦略を遂行すべきだった」

 これらのことはすべて、「火を逃れる者は水に入るべし」という意味での当然なすべき措置、軍略からしても物事の道理からしても「当然見えてくる」ことばかりなので、わざわざ私が裏付けをおこなう必要があるとは思えません。

 こうした三つの絶対条件から導きだせる戦略方針は、「あの1942年というタイミングを逸することなく、精強な空母機動部隊による軍事活動を、独軍が米軍を一正面作戦で迎え撃つための準備行動、すなわちソ連を抑え、英国を骨抜きにする目的で挟撃作戦を進めていたコーカサス軍とロンメル軍の動きと協調させること、要するに「欧州要塞」の防備強化のため日本の海軍力を役立てるべきだった(太平洋で無益に浪費するくらいなら)」となるわけですが、それでもなおしつこく反論を仕掛ける人がいるのは残念なことです。それらの方々は、いちいち「これでは成功しなかった」とクレームを付けるのではなく、他のより理想的な戦略図を提示してくださらないかぎり、私は説得されませんし、おそらくは、だれをも説得することはできないでしょう。

 「それで勝てたという保証はありません」とは何度も言いました(ミッドウェーや、連合艦隊の援護なしでロンメル軍がこうむった敗北なら、すでに事実として結論は出ていますが)。

 また、枢軸側が勝った方がよかったとは、一度も言っていません。
 これは強調しておきますが、私はヒトラーや天皇制支持者の味方ではなく、逆に、常識的な国連史観の側に立つ人間です。
 「こうしたほうがマシだった」という仮定は、1942年になした山本提督の選択の誤りを炙り出すための方便として用いたものにほかなりません。

 最後に。
 私は、「戦争をやめていれば」という最良の解決案は除外しました。
 それは、山本にもヒトラーにも、いかなるやり方によっても不可能なことだったからです。

山本愚将説にまつわる中間報告
http://www3.ocn.ne.jp/~storm/yamamoto/229.html






「ヤフー掲示板遠征記」では、相手方の投稿は諸事情により省略したのでわからないでしょうが、ネカマのyamamotoisoko氏の口ぶりと言い分がいかに高慢で錯乱したものだったか。
いま思い返しても、反吐が出るほどです(下品な言葉で恐縮ですが)。

実は、一度きりで投稿が終わるはずだったという話

 過去ログも読まず、あら捜しや揚げ足取りの禁じ手ばかりでこちらの主張を封じようとするやり方、マナーといい投稿内容といい、あまりにも無体なので、一体この人はどのトピックでもおなじなのだろうかと疑問をもち、別のトピックでのisokoさんの発言を拾い読みしてみました。

 すると案の定。isokoさんは、私が初投稿をした数日前、山本五十六による短期決戦早期講和の戦略に賛同する発言をしていたことがわかったのです。
 しかも、その内容。

 あの開戦前夜、日本が東亜を侵略することで招いた災いをあたかも、「か弱き乙女(日本)が狼藉な大男(米国)に手篭めにされる」瀬戸際であるかのようにたとえている。
 そういう状況が当てはまるのは、フィンランドとかギリシアのような小国が侵略された場合だけで、あの時局での大日本帝国がアメリカから禁輸を切り札に中国から兵を引くよう迫られたからといって、なんの言い抜けもできるものではありませんでした。

 それをisokoさんは、開戦と同時に連打を食らわせ戦意を喪失させようとする日本軍のやり方を、生娘が暴漢に反撃する心得でも説くように、しゃあしゃあと語っている。
「急所を蹴り上げ、ひるんだ隙に飛びかかり、馬乗りになって喉元にナイフを突き付けたら、巨体な男の人でもなにもできませんでしょ」とかなんとか……。

「あ。こんな精神状態の人と仲良くせずにおいてよかった」
 心から、そう思ったものです。


ヤフー掲示板遠征記
http://www3.ocn.ne.jp/~storm/yamamoto/yamamoto.html#afterword3

つまり、ネカマのisokoさんはぼくの「山本愚将説」に自己の主張への挑戦を感じ取り、縄張りを侵された蛇のように飛びかからずにいられなくなったわけです。
山本五十六や日本海軍を弁護するためですらない、ただ自分の面子のためにだけ、ああして反論にならない反論を繰りかえしたのでした。

(ё) 要するに、この人はぼくの発言で夢を壊されたのに腹を立て、八つ当たりしてきただけなんですね。
はじめから、短期決戦も早期講和もどうでもよかったのでしょう。

思うに、このネカマ氏には史観の偏り以前の問題で、人間を相手に論議する資格がすでに欠落していたのです。
いま思い返してもyamamotoisoko(仮名)なる人は、憎まれ役ぶりの際立った、しかも自分ではそれに気付かないという、おそろしく不幸な血のめぐりの悪さで害されていました。
諸事情から推して、そのワガママぶりを注意もせず軍事板のトピックを荒れるにまかせた、カテゴリー管理者の分身だったのかもしれません。

2chはいうにおよばず、gooであれヤフーであれ、交流の場の要所要所がこうした、公共の板をおのが縄張りとわきまえたような病理人格者に牛耳られているのが日本のネット界です。
(だからこそ、愚にもつかない聖戦論や嫌韓論の支持者が多数派に見える)

今日に至るも、この手の愚か者の跋扈する状況が、大東亜戦争の道義的な正否以前に、その敗因を突き止めることさえ困難にしているのです。


関連リンク

山本五十六/早期講和への果てなき道
http://www.geocities.jp/ondorion/war/yamamoto/yamamoto.html

真珠湾攻撃について
http://www.geocities.jp/ondorion/now/aikoku/pearlharbor.html



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