フィリピン・ルバング島のジャングルで、太平洋戦争終了後も29年間、潜伏し、生還した元陸軍少尉の小野田寛郎さん(91)が16日、都内の病院で肺炎のため死去。
(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/ASG1K2W9RG1KPXLB119.html



小野田寛郎さんが死んだ。
投降を拒んで終戦後もずっと日本兵であり続け、「敵地」の密林に30年も潜んだ果て、1974年にようやく武器を捨てた人。

誰もが、その気力と体力に驚嘆しながらも、人生の男盛りをこんなかたちで棒に振ってしまった悲運に同情したものだ。
みんな戦争が悪いんや。
多くの人がその合言葉で片付けようとした。

しかしおなじ状況におかれた元日本兵でも、グアム島に28年潜んだ横井庄一さんのほうは「わしゃ、損した」と本音を打ち明けたものだが、小野田さんはあの「日本会議」に属し、慰安婦の悲劇を否定するなど最後までウルトラ右翼だったという罠がある。

小野田寛郎を戦争の犠牲者ととるか、功労者ととるか。
(もっとも軍人としての彼は「任務」に従い続けただけで、戦果らしきものはあまり挙げていない)
正しい情報をつかんでいないと人はとんでもない真似をするという、今に通用する見本にはなるかもしれない。

いや。
一兵卒の横井さんと異なり、小野田さんはかの陸軍中野学校で特殊訓練を受けた情報将校だった。
孤島の密林で生き残る術には長けていたにもかかわらず30年間も外部の実情を把握できないとあっては、中野学校卒業生の情報収集能力はその程度だったかということになってしまう。
正しい情報をつかまなかったというより、正しい情報だと認められなかった可能性が強い。



(本当に命を賭けなければいけないと必死になった瞬間、)あたりが急に明るく鮮明に見えるようになったという。
「夕闇が迫っているのに、まるで昼間のような明るさになりました。そして、遠くに見える木の葉の表面に浮かぶ1つ1つの脈まではっきり認識することができました。そうなると、はるか先にいる敵兵の動きも手に取るように分かります。それこそ、相手が射撃をする直前にサッと身をかわして銃弾を避けることさえできると思いました」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%AF%9B%E9%83%8E#.E3.81.9D.E3.81.AE.E4.BB.96.E3.82.A8.E3.83.94.E3.82.BD.E3.83.BC.E3.83.89


小野田さん自身、こういうオカルトめいたことを語っているのだが、それほど人間離れした能力を発揮できながら自分の戦いがいかに世界の現実から舞い上がったものかまでは認知できなかったわけだ。

小野田少尉にとっての真実は、潜伏活動に終止符を打つことによってようやく目の前に姿をあらわした。なんのことはない、隠れていた密林から出てくれば済むことだった。みずからを情報から隔絶する孤島の密林の中に追い込んでいたのだから致し方なしであろう。

今の日本で同じような状況に身をおいた連中がいる。
ネット右翼だ。
インターネットという居ながらにして世界とつながったツールを与えられながら個々の身では世界と交わらず、巨大掲示板2ちゃんねるという踏み込んだ者を真実から遮断してしまう、いわば情報の密林の中に集団で群れている。そうやって、2ちゃんねるや2ちゃんねるの傀儡4chanで、ひたすら自分をあまやかした夢、世界中が日本に感嘆し日本人を応援するという内容の夢に溺れている有様だ。

心身ともに鍛え抜かれ決死の覚悟で生きた小野田少尉とは雲泥の差があるにせよ、隔絶された特殊な状況の中にあることは変わらない。
小野田さん自身、それを敏感に感じ取ったのかもしれない。晩年は「自然塾」というものを開講、青少年にサバイバルの技を伝授することをはじめた。やはり無為に引きこもっていたとは思われたくなかったのだ。

しかし彼は密林から脱しても、認識を変えず、その主張はネット右翼の思い込みをおそろしいまでに地でいったものとなっている。

「靖国の英霊に対して、心ならずも戦死されたと言う人がいます。これほど英霊を侮辱した言葉はありません。
当時の私たちは、死ということに拘泥しない、深く考えない、死んだら神さまだと、そういう考え方をしていました。当時は徴兵令で、満二十歳になると男子は兵役につかなければなりませんでした。だから「心ならずも」と言うのかもしれませんが、好きで兵隊になったわけではなくとも、多くの人間は国のために死ぬ覚悟を持っていました。
戦後の教育で洗脳され、本当の日本人の気持ちを理解できなくなった人がそういうことを言うのだと思います」

小野田さんの言葉だ。
日本が軍国主義に支配された一時期の教育で洗脳され、人間の自然な気持ちを抑圧していた人が言うことだと考えれば、まさに妥当である。

だが戦時を生き、男子かくあるべしとの時代精神を30年も温存させた人による発言だからといって、真実を語ったと思ってはならない。あの時代を生きた日本人は無数にいるし、我々にはその人々が残した日記や証言録に目を通すだけで、実情はけっして小野田さんの言葉どおりでなかったのを知ることができるのだから。





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