第一次大戦中ドイツと通じた諜報活動が発覚、銃殺された美貌の女スパイ、マタ・ハリ。
「その活動のせいで連合軍兵士五万人が死んだ」といわれるが――。






実際は間諜として小物にすぎず、赫々たる勲功を遂げたわけでもない。
死刑にされたのも、ほとんど濡れ衣に等しい罪状によるものだったようだ。
なによりも、マタの写真として紹介されるのは異色のダンサーとして名声を得た三十歳頃のものが多く、この艶やかな姿で暗躍したわけではない。
(あまりにもその手の誤解がまかり通る)







マタ・ハリの素性は簡単に調べられる。
本名は、マルガレータ・ヘールトロイダ・ツェレ(Margaretha Geertruida Zelle)。
ジャワ系の血が混じったオランダ人で、エロチックな東洋スタイルの舞踊により20世紀初頭のパリで喝采を浴び、多くの地位の高い男たちと彼女のやり方で交流した。

第一次大戦が起こるまでは、そうした暮らしぶりである

いよいよ軍事情報横流しのお仕事に関わるのは四十代になりかけた頃。何らかの志をもってのことではなく、割のいい副業の話に飛びついたという感覚らしい。
すでに容色も人気も、かなり衰えていた。
ただ、ダンサーとして名声を博する若い時期に築いた人脈のおかげで男たちの間を有利に動きまわることができ、それが役立ったというわけだ。





マタ・ハリがフランスの官憲に逮捕されたときの写真。
すでに40代、化粧を落とした素顔である。実際のマタ・ハリの活動が「色仕掛け」とは異なるものだったのではとおぼろげにうかがえる。

ともあれマタ・ハリにまつわる風説は、小説や映画などさまざまな創作を派生させていくことになる。「女スパイ」なるものに一種、劇的で妖艶なイメージが付与されたのは彼女の存在に負うところが大きいといえるだろう。





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