戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

第二次世界大戦

伊400型


攻撃型の潜水空母である。
全長はUボートの倍。
敵地で急速浮上、折りたたみ式の搭載機をカタパルトで発進させる。
地球を一周半できる航行距離により、地上のどこにでも爆撃が可能という。
いや、仮想戦記の話じゃない。
大戦末期、日本海軍が現実にあらしめた戦力だ。
三隻竣工させたものの、出撃直前に終戦となって戦果ゼロ。
もっと早く実戦に投入すればと、残念がる向きは多い。
しかしながら。




帝国海軍は、潜水艦の使い方を知らない。
(素人目には凄い戦略兵器に思えようが)
米国西海岸やパナマ運河爆撃のため開発させたというが、たった三機の艦載機で何が出来るだろう。
おそるべきセンスの欠落。
敵潜水艦から海運がズタズタにされてる時にだ。
それへの手当てもほったらかしで、こんなコケ脅かしきわまりないものつくらせる。
まるで借金取りに押しかけられ妻子を形に取られながら、さらに博打を打って借財を返そうとするのとおなじで無体なさには言葉も出ない。

発案者はどこの馬鹿かと思ったら。
どうやら、あのお方なのが有力らしいというので納得。
連合艦隊司令長官山本五十六元帥閣下。
やはりあのお方、滞米時代に鬱憤がそうとう溜め込まれたんじゃなかろうか、アメリカさんに泡を吹かせることしか頭になかったようだ。




関連リンク

伊四百型潜水艦
(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/伊四百型潜水艦





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「こうすれば勝てた」というタブー


あの戦争で日本が負けた理由、つまり一億決死の覚悟で戦ったのに勝てなかったのはなぜかを、物量面でのアメリカの絶対的優位に帰結させる意見があまりに多い。
負けたのは自分たちが弱かったから、無能だったから。あるいは作戦をしくじらず、別のやり方でいけば勝てたとは認めたくないようで、敗因を突き詰めずに、「アメリカはあんな強大なのだから、どんな戦い方してもどのみち日本は負けていた」との方向で固定させたがる。

アメリカとどう戦ってもかなわない?
ということは、戦う前から勝ち負けは決まっていたことになる。
では。日本がなぜそこまで追い込まれたのかたどっていけば敗因の根源が見出せるわけだが、ネトウヨの関心はそこに向かわず、「ああするしかなかった」「それでも戦った日本エライ」「早期講和をめざした山本五十六は賢い」とかズレた方向にいきたがるのだ。

国家崇拝教団「日本会議」の大方針では、どんな場面であれ「(戦前・戦中の)日本はダメだった」とする話の収め方はご法度なのかもしれないが、それでは過去の失敗から学ぶを放棄したも同然。
今に生かしてこその歴史だというに。

(続く)




関連リンク


山本カルトに手を焼いた話(統合版)
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/51134515.html


わが白歴史「ヤフー掲示板遠征記」
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52115017.html





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わが白歴史「ヤフー掲示板遠征記」


ネット用語では、恥ずかしくて口外できない過去のことを「黒歴史」と呼ぶらしいが。
「ヤフー掲示板遠征記」をあらしめた一連の体験は自分にとって、黒歴史ならぬ白歴史というべきか。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
 2000年の夏、インターネットを始めて間もない頃。
 当サイト管理者は、ヤフー掲示板の軍事カテゴリーから「あなたがお奨めの世界の愚将/悪将は?」というトピックを選び、Manforstormというハンドル名で一連の投稿をおこないました。

 「ロジェストウェンスキー」や「グルーシー」の名が挙げられたそのトピックで、当サイト管理者は、「山本五十六こそ、古今東西の愚将の王者だ」と主張したことで、崇拝者や海軍びいきから猛烈な反撃をくらったものでした。

http://www.geocities.jp/ondorion/war/yamamoto/yamamoto.html
――――――――――――――――――――――――――――――――――


なるほど、主張の核心となる「連合艦隊のスエズ遠征」は無理強いをきわめたものだから、多くの閲覧者にとって突拍子もなく受け取られたのも致し方あるまい。
実際、これほど実現の難しい、無謀な挙はないだろう。
たとえば、だまし討ちで怒らせたアメリカ相手の戦争で早期決着を試みるのとおなじほど成功の見込みは薄い。
違うところといえば、後案のほう、ハワイ遠征とそれに続く空母機動部隊の太平洋への投入を山本五十六はほんとうにやったということ。
そう、やってしまったのだ。
結果、祖国に敗亡がもたらされた。
(これを日本を救う術だったといまだに言い張る者がいるとは信じられないが)

だから。どうせ連合艦隊を消耗させるなら、インド洋方面で枢軸側同盟国との合同作戦に役立てるべきだったのではと意見出ししたわけで。
スエズ攻略は行き過ぎにせよ、日本が英国を主敵にインド洋・中東方面での日独合流をめざすべきとの戦略の大筋は方向性として間違っておらず、他にマシな代案を見つけようがない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――
 開戦直前に大本営が立てた戦略案は、むしろ順当なものだった。
太平洋では長期持久体制を確立、米軍の反攻に備える。インド洋で独伊と結び、英本国をインド、オーストラリアから切り離しイギリスを脱落させる。そして援蒋ルートを遮断し重慶政府を孤立化、「支那事変」の収束に持ち込む。
(援蒋ルートとは、中国国民党を支援する米英からの物資補給路のこと)

 ところが、山本五十六が異を唱えた。事実上ひとりで騒ぎ立て、自分が年頭から準備させていた真珠湾攻撃を強行、それで相手方を憤激させ初っ端からリベンジ・モードに切り替えてしまう。「短期速攻」どころでない、蜂の巣を叩けばどうなるか当然わかるはずの結果を招いただけである。
(ヤマモト信者はこれを、「通告が遅れたせい。大使館の不手際」で片付けるが)

https://matome.naver.jp/odai/2138632036451261401?&page=10


――――――――――――――――――――――――――――――――――


結局。ヤフー軍事版の常駐者には、山本五十六の「短期急進戦略」のほうこそスエズ遠征など常識案に思えるほどの超愚案なのがわからなかったわけである。
しかしもう、どうでもいいことだ。
ネット右翼の本音は敗将を偶像視して夢に浸りたいだけ、敗北から教訓をつかみとり次の戦いに備える気は皆無のようなので。

さて。
今にして驚嘆するのは、自分の投稿文に一貫してみられる愚直なまでの掲示板マナーの紳士ぶり。

たとえば、論駁した相手へのメッセージ。
「いくつかの反証において、あなたの投稿文に散見される弱点を指摘する結果となりましたが、あなたの論述や知識について貶めようとの悪意にもとづくものでないことだけは、どうかご了解願いたいと思います。私はけっして、全体の主旨から逸脱した揚げ足取りのような仕方での反証はおこなわなかったつもりです。」
まこと、騎士道精神の横溢する文面ではないか。
別の相手の人格的欠陥を攻撃する場合でも。
「それではひとつの説に対する反証となるものではなく、あなたの心の状態を人々の前に印象づけるだけのことだと思います。 」「あなたがたが今のような実りのない行為に固執なされるのは、精神衛生が、自由な発想で歴史を論じ合う人としての基準に行き届かなかったことによると思われます」等など修辞をきわめた文学的表現に徹し、語彙力の差を見せつけている(笑)。

そういうところは我ながら、百点満点。
しかしこれは、ヤフー掲示板のような私企業運営によるポータルサイトの裏側を理解せずに、話せばわかる、まともな心の持ち主を相手にしてると信じればこその対処だった。
SNSであれブログであれポータル会社の腹黒さを知り尽くした今となっては、とてもこんな仕方の応酬なんてできるもんじゃない。
堕落だろうか?
そうなのかも。
対日戦での米軍が当初こそ日本兵に対してジュネーブ協定に準じた扱いを見せながら、敵側の無茶苦茶ぶりに害されるうち、しだいに無慈悲に振舞うようになっていったのと同じではと思ったりもする。

だからこそヤフー掲示板での「遠征記」は、一文一文に一途で真摯な思いがこめられた投稿から成り立つ、自分の「白歴史」の証にほかならないのだ。




関連リンク


「山本カルトに手を焼いた話(統合版)」
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/51134515.html


「山本五十六/早期講和への果てなき道」
(WORLD WAR WEB)
http://www.geocities.jp/ondorion/war/yamamoto/yamamoto.html


「山本の負け方」
(やっちゃったのね、第二次大戦)
https://matome.naver.jp/odai/2138632036451261401?&page=10





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『逆転の大戦争史』


本屋で一目惚れした本。
図書館に予約したのが、ようやく届く。
(「なぜ買わない」とか突っ込むな)



(文芸春秋社刊/オーナ・ハサウェイ、スコット・シャピーロ共著/野中 香方子訳)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163909127

この十数年来。
「ニュールンベルグも東京も、事後法での裁きと違い、1828年のパリ不戦条約を法的な足場にしている」と説明しても、「不戦条約って何?」と返されるのがオチだったけど。
これからは説明の手間がはぶけるってもんだ。

さて。
まこと、「わが意を得たり」と言いたくなる労作である。

そうとう込み入った知識が詰め込まれており読みすぎると眠くなってくるのが玉に瑕とはいえ、パリ不戦条約すなわちケロッグ=ブリアン協定なるものが、キリスト紀元にも匹敵するほど、成立以前と以後とを決定的に画するものだったことがよくわかる。

著者は、イェール大学で法学を教えるオーナ・ハサウェイとスコット・シャピーロ。
誰かがネトウヨをやっつけるため作ったお手軽な歴史解説サイトとは格調が違うのだ。
               ↓




さて。
amazonの書評にもあるように、この『逆転の大戦争史』は、連合国による勝者の裁きを過去の不戦条約を盾にとって正当化するものではなく、国同士では合法とされた戦争がいかに違法なのか国際的に認めさせようとした人たちの努力をしのぶというのが目的であり、別に、ネトウヨ退治を動機としてはいない。
そもそもから志が違う。

そうはいっても。
内容のかなりの部分、パリ不戦条約が成った1828年を境とする「新世界秩序」の基準から第二次大戦を俯瞰したものであることも確かだ。
したがって。いかに言葉を弄したところで、この国のネット右翼と相容れるものにはなりようはずもなく。
ネトウヨどもの退屈な常套句たる「欧米こそ侵略国家なのに、日本ばかり悪者扱い」「勝てば官軍」等がなぜ通用せず実情とどう食い違うのか、とことん詳しく述べられている。

だから当然というか、ネトウヨ界隈でこの書を話題にする者は少ない。
ネトウヨたちは黙殺というか、避けている様子なのだ。
そりゃ避けたくなるだろう。
テキサス親父やケント・ギルバートのように極右派に都合よいことしか言わないお雇い外国人の腹話術人形と異なり、本物の西側世界の歴史観を突きつけてくるわけだから。自分らの拠って立つ足場を崩されてしまう。
読んだら、ネトウヨをやめるしかないのである。

結局のところ、この本を自分のため書かれたと感じる人は幸せに違いない。
これより先に読んだ『大いなる聖戦』も同様だったが、
ギルバートやトニー・マラノのインチキ本とはわけが違う、まっとう極まりないスタンダードな歴史観に貫かれる快著によって西側世界全体から応援を受け、後押しされるのだから。
そしてこれこそは、自己の認識がそのまま世界と通じ合っているという、極右系の「歴史本」を真に受けてしたり顔をする手合いには得ることすら望めぬという悦びなのである。





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『軍艦島』で旭日旗やぶったと騒ぐネトウヨ


映画『軍艦島』の予告編で、蜂起した朝鮮人工夫らが旭日の旗を切り裂く描写がネトウヨの間で格好の炎上ネタとなり盛り上がっているのだが。






ぜんぜん問題ないと思う。
当時、旭日旗はファシズム日本の象徴だった。映画で描かれたのは、ドイツ軍の占領下で蜂起した欧州の人々がナチの旗を破るのとおなじ行為にほかならない。
ナチの旗が酷い扱いを受けたからといって、世界のどの国民がドイツへの冒涜だと騒ぐだろうか。今のドイツは昔の第三帝国とはまったく異なる国体なのだから。

大日本帝国もナチドイツと同様に、国策を誤り、世界の大半から敵対され亡国にいたった過去の国体だ。
われわれはその国が犯した罪を歴史として直視する義務を負うが、ファシズム時代の日本に嫌悪を表明されても今の日本への侮辱と同等に受け取る必要はない。
逆から言えば、映画の場面を見て我が事のように怒るというのは、思想信条が世界の脅威となり滅び去った大日本帝国と同化している証拠にほかならず、ネオナチだと自白するにも等しい反応だ。

当然ながら、そういう連中の並べ立てる「国辱だ」「ヘイトだ」といった世迷い事はまるで聞くに値せず、どこの国からも相手にされるものではない。
「国旗を破かれたら、他の国なら戦争になる」と言いだす者までいるが、その旭日旗をかかげて戦争をおこし惨敗したのが大日本帝国なのだからイヤハヤだ。

この予告編。「バカウヨほいほい」みたいな効力をもつ、存在するだけで有益な動画といえよう。





映画『パリは燃えているか』より。解放後に、第三帝国の旗を引き裂くパリ市民






関連リンク

旭日旗破る場面で予告から話題の韓国映画『軍艦島』
(中央日報)
http://japanese.joins.com/article/225/230225.html


韓国映画『軍艦島』とネトウヨとリアリズム
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52066796.html





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『We Are from the Future』(2008)


YouTubeで視聴。
邦題は『タイム・ジャンパー』だという。
現代ロシアの若者四人が湖を泳ぐうち1942年にタイムスリップ、独ソ両軍が対峙する戦場の只中へと姿をあらわす。素っ裸のまんまで。
いったんはソ連兵に取り囲まれ、「なんだ、おまえらは」と疑われる(そりゃーそーだ)ものの、わりと無難な経緯で味方と認証され歩兵部隊に編入、対独戦に従軍することに。

戦没者の遺品など盗掘して売りさばいた四人、今度は自分たちが兵隊として実戦体験というミイラ取りがミイラになりかねない状況に放り込まれるわけだ。
しかし彼ら、絶望の淵に沈むかといえばとんでもない、まったく軽いノリのまま。
きれいな看護婦を見つけるや花など贈って口説くわ、塹壕の中でもギターを弾いて喝采されるわで、やることに深刻さが見られない。
主人公たちの軽さというより現代観客を意識した、映画自体の軽さなのだろう。

そんな調子で、ドイツ将校を生け捕ったり、逆にドイツ軍に捕われたり、しまいには敵のトーチカに決死の覚悟で殴り込んだり、色々やってのける。だが最後に……。

台詞はロシア語だが(英語字幕は付くけど、差し替えが早くて読めたもんじゃない)、見てる分にはそれでも十分。わかりやすい展開だし、いかにもという場面が続くので。
ロシアの映画じゃもたついて見づらいのではと案じるなかれ、西側のものとくらべ驚くほど違和感がない。普通に面白く見られる。
あの国の映画作りがすでにガラパゴスじゃない、世界とわかりあえる水準に達したのを実感。




ただし戦闘場面の描き方には、製作条件の限界を感じさせる。
スケール感はいまいちだし、『ハクソーリッジ』など見た後では爆発にせよスタントにせよ万事が手ぬるく思えるのは致し方あるまい。

それと。
せっかくの設定を使いこなせておらず、若者ら四者四様の個性も適材として役立てていないように感じた。
つまり、もっと面白く出来たのではないかと。
話の焦点が、四人のうちイケメン君と美人看護婦との恋物語に合わさってしまい、あと三人はほとんど余計者の扱い。途中から話がだれてきたように感じるのはそのためだろう。
これだったらメンバーを二、三名に減らすか、いっそ『ある日どこかで』みたいなイケメン君だけの超常体験にしても変わりなかったと思う。
あるいは足枷となる恋愛劇などすっ飛ばして、戦場での活躍を描くのに徹してほしかった。

最後。現代に戻ってきた四人は、ナチ風の刺青などして乱脈に生きたのを恥じ、前のような能天気なままではいられなくなるという、まあ教訓を得たような締めとなる。
なにしろ彼ら四人は、究極的体験をした。若者が戦時中の話で感化されるのとは違う、自分たち自身が兵士となり命を賭けて戦争を戦ったのだから。

スターリン主義とかソ連軍への批判はあまりない。
ロシアにとっては大祖国戦争での数千万の同胞の死の上に現在が、ヨーロッパの平和がある。
今時の若い者はそれを忘れてるのではないかという直截なメッセージに異論は認めさせない作り方だ。





なんと続編も出来ております。今度は、1944年のウクライナ戦線にタイムスリップ。
前作で爆死したはずの看護婦さん、生きてましたという設定。
(ぶち壊しやんか)
戦闘描写の迫力は増してるけど、正直つくらなくてもよかった感じの後日談。







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『ハクソー・リッジ』(続き)


さて。
前の記事では、戦争大作『ハクソー・リッジ』が公開間近と紹介したけど。
(違う、一箇月も先だ)
言っておかねばならないが、劇中での日本兵の描き方はあまりよろしくない。




米軍の捕虜となり、ふんどし姿で土下座する兵隊さんたち




けれども作劇の縛りからいえば。
これは戦時下にあって、クリスチャンとしての生き方を貫き通した男の物語だ。
「福音書の教えと相容れぬ集団(日本軍)」に対し「福音書の教えを捨てて立ち向かう集団(米軍)」の中、たったひとり福音書の教えを守り抜いた主人公を引き立たせる映画なのだから、日本軍がああいった風に描かれてしまうのは致し方なかろう。

実はアメリカ軍も理想的な造型とは言いがたいものがある。
爆発で損壊した仲間の遺骸をハンガーみたいに吊り下げ、盾にして敵弾を防ぎ、日本兵に立ち向かうんだから。米軍兵の遺族が見たら、なんと思うだろう。
そもそも監督の狙いは戦争が野蛮人に変えた東西の男たちが衝突し殺し合うさまを見せることにあったようで、そういう意味での視点は公平なのかもしれない。







ネトウヨ、いや日本人全般は自分らを白人(の仲間)だと思っているから、こういう戦闘場面で日本兵がモップで掃いたように扱われると「人種差別じゃ〜」と珍妙な反応を示したりするが。
(『北京の55日』とか『グリーンベレー』を見ても面白がるくせに)
多くのアジアの国ではそうした描き方に、日本軍に対するものを超えたアジア人全体への白人の差別意識を感じ取り、不快な気分になってしまうようだ。
つまり日本兵というアジア人を白人の集団が殺しまくるところに抵抗があって集客できなかったことも考えられる。

韓国人にせよ中国人にせよ、自分の国のヒーローが悪役の日本人を打ち倒すから痛快なわけで、白人側から日本軍が「蛮猛なアジア人」として描かれ大量殺戮されるのを見ても、アジア全体が、自分たちがやられてる気になり楽しくなれないのかもしれない。
軍国時代のことは批判するにせよ、基本的には日本人を、同じアジア人として自分たちと一体にとらえてくれているという。

至極、妥当なありようといえるが、日本のネット右翼にはこれについての理解、なにより中国人や韓国人をアジアの同胞と思う意識がまったく欠けている。
ネトウヨ思考では日本はアジアの特別な国であり、アジアから進化しアジアでなくなった存在でなければならないのである。

これでファシズム時代の東亜新秩序や五族協和の理念を讃えるのだからあきれ果てる。






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来月公開『ハクソー・リッジ』


六月公開予定メル・ギブソン監督作『ハクソー・リッジ』がようやく、日本でも話題になり始めた。
信仰を理由に軍務中の戦闘拒否を貫き通したアメリカ青年の物語。
では平和的な内容かといえば、まったく正反対。沖縄戦の天目山ともいうべき前田高地の攻防がヤマ場となっており、その凄惨きわまる戦場描写たるや食欲をなくすほどで、映画ファンやミリオタの間では「これは見ねばなるまい」との前評判がすっかり浸透している。





日本で大ヒットするだろうか?
戦闘場面の一部だけ見てもわかるとおり、女性客に嫌われる軍隊もの、それも超過激で残虐無比な殺戮描写の横溢する内容なので、上映館数や宣伝によっても違ってくるとはいえ、おそらく『300』や『怒りのデス・ロード』くらいの収益しか望めないのではと思う。
(つまり、良くて十数億円)

それはともかく。
すでに北米ほか各国での興行成績は判明したので、一部を紹介しておこう。
(数字は四捨五入)



Box Office Mojo


北米市場以外では、中国での稼ぎ高がずば抜けているのがわかる。もし中国市場を外したらこの作品の売り上げは一挙に三分の二以下にまでダウンしてしまうのだから恐るべき比率である。

ネトウヨは言うであろう。
日本軍がこてんぱんにやられる内容だから反日中国で大受けしたのだ、と。

しかし数字を見てもらえばわかるが、ネトウヨが反日国家呼ばわりするもうひとつの隣国である韓国ではこの映画はあまりヒットしていない。韓国の一般大衆がほんとうに日本大嫌いなら『ハクソー・リッジ』も馬鹿受けで、日本軍の苦杯するところを見ようと『君の名は。』並みに集客してもよさそうだが(皮肉)、そうはならなかった。
逆に、ネトウヨが「親日国家」と崇める台湾での興収は韓国の三倍の額なのだ。
(台湾の人口は韓国の半分以下なのに)

前の記事で、韓国映画の歴代ヒットには日本をやっつける映画はほとんどランキングしていないと書いたが。
(日本兵殺しまくりの『ウインドトーカーズ』も韓国ではヒットしなかった。皮肉にも、海外でいちばん収益を挙げたのは日本である)
こうしたデータを眺めると、そもそも韓国がネトウヨの騒ぎ立てるような嫌日国家なのかも疑わしくなってくる。
説明がほしいところだ。

話を中国のほうに戻す。
たしかに『ハクソー・リッジ』の収益だけ見るなら中国で異常に受けたと感じられようが、これは中国市場の規模がもともと巨大なためで、もし「日本が敵になる映画」の興行成績でどの国が反日かわかるとすればアメリカ合衆国こそ世界一の反日国家ということになる。

中国では、『君の名は。』(8400万ドル)をはじめ、『美女と野獣』(8600万ドル)、『フォースの覚醒』(1億2400万ドル)、『ズートピア』(2億3500万ドル)、『ジュラシック・ワールド』(2億2900万ドル)、そして『ワイルド・スピード ICE BREAK』(3億9000万ドル!)等々、「反日」とぜんぜん関係ない内容の外国作品がメガヒットを飛ばしており、『ハクソー・リッジ』の場合もそうした自国映画では望めないハリウッド大作の魅力で集客したと受け取ったほうがいい。

ともあれ中国、韓国、台湾を比べてみれば、反日だから受ける、受けないといった単純なものでないのはわかるだろう。
ようは、中国の映画観客は日本のネトウヨどもとくらべ、ずっと多様性があるということだ。






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『ダンケルク』は果たして、北米で大受けするか?


七月に公開が予定される(日本は九月)クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』は果たして、北米でヒットするか?
考えはじめるとキリがなくなる。
いろいろ検討したかぎり、アメリカ人に受けそうもない内容に思えて仕方ないのだ。

この映画の宣伝、一にノーラン、二にノーランという感じで、やたらクリストファー・ノーラン作品なのを強調したものばかり。逆から言えば、あのヒットメーカーで鬼才の監督作という以外では映画好きにアピールする要素がないのかもしれない。

実際のところ、ドイツ軍に包囲された英軍将兵がフランスから脱出する戦争ものに、どこまでアメリカの男女が惹かれるか?
アイマックスで見世物に仕立てたとはいえ、『バットマン』なみに興行力を発揮できるだろうか。

キャストにしても、知名度ある俳優さんはトム・ハーディー、キリアン・マーフィー、ケネス・ブラナー程度だから、興行的に完璧の布陣とは言いかねるのだ。戦争映画といえば嫌がる人が多くて、やむなくオールスターの魅力で集客するのが相場なのに。

ヘタすりゃ、最近封切られたガイ・リッチーの『キング・アーサー』みたいに大赤字を背負いこむ結果になりかねん。
あぶない、あぶない。
ノーランも大変な大博打に打って出たものだ。





アメリカの映画観客はある意味、世界でもっとも好き嫌いの激しい人々である。
とにかく、アメリカ人好みの味わいでなければ受け付けないのだ。『ダンケルク』のように、アメリカ人がまるっきり関わらない筋立てのものに感情移入するだろうか?
いや、そうは言っても。『英国王のスピーチ』は一億ドル超えの収益を挙げた。ボンド映画も英国諜報員が主役なのに、『ハリポタ』や『トランスフォーマー』と並ぶ稼ぎ頭だし。
微妙ではある。

あ。ぼくが言ってるのは、「『ダンケルク』は北アメリカで大受けするか?」ということで、それ以外の地域についてはあまり気にかけてないから。話題になってる規模では集客するだろう。
そりゃ『ワイルドスピード』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のような10億ドル超の爆裂ぶりは期待できまいが(後記。『ギャラクシー2』の10億ドル達成は無理であった。8億5000万ドルくらい)。世界全体で数億ドルはいく。
目算がなくて配給会社が予算をつけるものか。


追記
こちらのサイトによれば、公開最初の週末で6000万ドル、最終的には2億4000万ドルの収益を挙げる(むろん北米だけで)と見積もられている。『スペクター』と『スカイフォール』の中間ぐらいの額である。

近年の北米での戦争映画の興行成績。『フューリー』8500万ドル、『ハクソーリッジ』6700万ドルといった数字と突き合わせると、『ダンケルク』が2億4000万ドルって厳しいんじゃないかと思ってしまうのだが、大ヒットを連発するクリストファー・ノーラン監督作、しかもアイマックスでの上映だから心配は無用らしい。
どうかな。
自分はもっとシビア、2億4000万ドルの三分の二くらいで落着すると見積もるが。






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大東亜会議


1943年11月。
大日本帝国の主唱する大東亜共栄圏の理念にもとづく協議およびアジア諸国の結束を誇示するため、日本の軍政下におかれたアジア地域の首脳が東京に集いました。




大東亜会議に列席するアジア各国代表
左から、ビルマ、満州国、中華民国(南京政府)、日本、タイ、フィリピン、そしてインド




この宣伝用の記念写真には、韓国とそれから台湾の代表が見えないんですが。
ああ、そうか。韓国も台湾も当時、旧ニッポンの植民地というか領土だから、日本の兵隊さんが欧米植民地主義から解放した地域のように独立をあたえるわけにいかなかったんですね。
大日本帝国の植民地主義のほうが瓦解しますもんね(笑)。

補足すると、マレーシアやインドネシアの代表もいません。この年5月、御前会議により決した「大東亜政略指導大綱」では、マレー、スマトラ、ジャワ、ボルネオ、セレベス等を帝国領土とする定めがなされていたからです。
これじゃ招くわけにいかないじゃないですか。

自分にはバカウヨ派がこの穴だらけの宣伝写真をなぜ大東亜戦争の大義を証するものとして自慢するのか、どうしてもわかりません。






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12月8日


今年も、あの日が来ました。
そう、歯ブラシの交換日

あと、ジョン・レノンが撃たれて死んだ日。
ジョン・レノンの殺害 - Wikipedia

真珠湾奇襲を忘れてる?
ああ、そんなこともあったような気がします。
なにしろ75年という時の経過には、とても重いものがある。
思えば、長い。南北戦争終結から映画『風と共に去りぬ』公開までの歳月をすでにしのぐという。

その間、記憶の薄れたアメリカ国民は今の日本には寛容となったものの、かたや歴史修正主義にとり憑かれた日本では安倍普三(あべ・ふみ)みたいな独裁者もどきを輩出させてしまいました。





ややっ。安倍さん、「晋三」から「普三」に名前を変えたようです。
普三」とはどう読むのでしょう? 「あべ・ふぞう」では不自然ですよね。
とりあえず無理なく聞こえるよう、「あべ・ふみ」さんと呼んであげましょう。



この「あべ・ふみ」さん、今月下旬にハワイを訪れ、真珠湾での犠牲者に哀悼の辞を捧げて「日米の和解」を強調する腹積もりのようですが……どうでしょうね。
かつて一次政権時、ブッシュ大統領の前で慰安婦の女性らに「お悔やみ」を述べた(向こうは「謝罪」と受け取る)のと同様、結局その場しのぎの政治的ポーズにすぎないのが見え透いてるというか。
なにせ、日米開戦を正当化する勢力が中心的な支持層の「あべ・ふみ」さんですから、「美しい日本の軍隊が悪かった」と謝ってしまうわけにまいりません。

本来は謝罪あっての和解でありそこから解決へとつながるのですが、慰安婦問題での経験から謝罪の真似事だけでも事態の収拾には有効なのを知り味を占めたのではないでしょうか。
慰安婦問題のときと異なるのは今回のハワイ行き、菅官房長官の口から「謝罪のためではない」と明言させていることで、広島訪問でのオパマ大統領から原爆投下への謝罪がなかったことと合わせ、「謝罪なくして和解あり」の先例を作る算段かもしれません。





関連リンク

大日本の負けたわけ(統合版)
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/51134512.html


映画『聨合艦隊司令長官山本五十六』
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52000300.html





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ネットに出回るデマ画像

ネットに出まわるデマ画像。
「アインシュタインが撮影した1945年の広島」とされるが、かの天才物理学者が終戦直後に被爆地を訪れた記録はない。
事実を明かせば、「LIFE」誌の記事に併載された写真で、撮影者はアルフレッド・アイゼンシュタットという人。






ただしこれは、「マッカーサー証言」のような日本限定のガセネタと違い、海外サイトでも流布している。
「アインシュタイン=原爆」の印象が強いせいか、アルフレッド・アイゼンシュタット(Alfred Eisenstaedt)の名前が、アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)と混同されたらしい。
むろん撮ったのが何者だろうと、写真資料の価値を損じるものではないが。

とはいえ、ネトウヨ流の難癖はいくらでも付けられよう。
「1945年9月に撮影された? 終戦の翌月に、よりによって広島の日本人が、原爆落とした米国人からカメラを向けられ、廃墟の中での撮影に応じたりするもんか。こんな写真は捏造だ」と。
つまり被爆まもない時期の広島市民なら米占領軍をもっと憎むはずという論法で。

しかしこれは間違いなく、実際に撮られたものである。
私見ではこの一枚だけで、歴史修正主義者が軍部の検閲写真をもちだして吹聴する「ほんとうに虐殺があったなら、南京の市民が日本軍にこんな親しく振舞うわけがない。南京大虐殺はなかった証拠だ」という糞理屈への確たる反証を提供してくれている。





関連リンク

Hiroshima: Portrait of a Mother and Child in an Atomic Wasteland, 1945
http://time.com/3881060/wasteland-mother-and-child-hiroshima-1945/





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『スターリングラード』(2013)

本邦未公開のロシア映画『スターリングラード』をネットで拝見。
ロシアのテレビ局サイトでの配信で、台詞はロシア語とドイツ語だけ。当然、邦訳の字幕なしだが、見てる分にはまあわかる。そもそも映像だけで把握できないようではどうしようもない映画ということだ。

説明の要もないほど有名なスターリングラード攻防戦。その渦中、一街区をめぐる独ソ両部隊の死闘を描いた群像劇。
ただし迫真性に満ちた実録風の展開を期待すると肩すかしを食う。

激しい戦闘場面の連続だったのが一段落した中盤からは、ロシア側の主人公とドイツ側の主人公、それぞれに女性がからんだ流れになってくる。
戦場それも最前線に不相応にも、恋愛や家庭的団欒を持ちこんだらという感じ。

コアな戦争映画好きからは「もたつくだけ」と酷評される所存だが、よくある「無理して女性キャラ出しました」とは違う気がする。ありそうもない設定ながら、まさにあり得ないもの、望んでも得られないものを置くことで戦争の非道性、理不尽を際立たせるのが本作の狙いだろう(監督はあのセルゲイ・ボンダルチュクの息子。脇役でも出演)。

とは言っても、反戦映画らしいヒューマンな感動を求めてもやはり裏切られる。
戦闘の見せ方はあくまでアクション映画のそれだ。CGやスローモーションを多用、『300』調のスプラッタな活劇を繰りひろげる。
殺った殺られたのスリルで盛り上げ、楽しませようとするわけで、いくぶん虚しさは否めない。
すでに社会主義国の映画ではないのだなと実感。

実際、ソ連時代の戦争映画と違って、ドイツ等海外での手応えも意識した作りがされ、敵軍将校の人間性にまで踏み込んでいる。
(この描き方は、『南京!南京!』を思わせる。映画の出来栄え、戦闘の迫力とスケールも『南京!南京!』と同じ程度か。悪くない水準という意味だが、殺し合いを見せ場にしてしまったところは、『南京!南京!』とくらべ格が落ちるかもしれない)

映画『スターリングラード』を見てわかるのは、ロシアの映像表現がソ連時代から続く伝統のような閉鎖性を捨て、ガラパコス状態から脱しつつあることだろう。

物語はなんと、2011年東日本大地震の被災地にロシアの義援隊が飛来するところから始まる。
この義援隊が瓦礫の中をスキャンし、生き埋めになったドイツ女性(いや、どういうわけか)を発見、救助作業を進めるうち、ひとりの老隊員が女性を励まそうと語りかけるのだが、自分の父親は第二次大戦を戦った勇士ということで、そこから母親に聞かされたスターリングラード戦の回想へと進んでいく。
意図のよくわかる作り方。昔はドイツ(や日本)と戦ったけど今では若い世代のドイツ人(と日本人)まで恨んでない、友邦として救助までするじゃないかと言いたいのだ。










スターリングラード戦勝70周年記念と銘打ち、ロシア初の3Dアイマックス方式で上映、国内で空前の収益を上げたこの大型商品、あいにく中国とウクライナを除けば海外ではまるで受けなかったという戦果は惜しまれるのだが。
(北米市場でわずか100万ドル、英国で10万ドル、ドイツや日本に至っては劇場公開すらされていない)


ロシア
中国
ウクライナ
米国・カナダ
ポーランド
英国

$52,033,664
$11,520,000
$3,410,087
$1,013,945
$237,287
$101,469
(Box Office Mojo)


独ソ戦の話だから忌避されたとも思えない。
ジュード・ロウが主演したほうの『スターリングラード』(2001)は米国でも評判を呼んだ。
こちらは国外で知名度をもつ俳優がトーマス・クレッチマンだけだし、なによりも世界に流通させるための感覚がまだこなれていないのだろう。
それでもロシア映画は今後、海外の才能とも混ざり合い、間違いなく国際市場に食い込んでくる。

その気概は、映画の音楽をわざわざ米国のアンジェロ・バダラメンティにまかせたことにもあらわれている(『ツイン・ピークス』の人)。
まあ出来はといえば、加古隆の『映像の世紀』テーマ音楽の影響が強い感じでさほど印象に残らないのだが。ぶっちゃけ、『映像の世紀』のサントラをそのまま使ったほうがよかったくらいだ。

それにしても。スターリングラード戦を扱った映画でこれと言える決定打がいまだに出来ないのはどうしてだろう?
本作品もそうだが、ソ連時代の『白銀の戦場 スターリングラード大攻防戦』、ドイツの『スターリングラード』、そしてジャン・ジャック・アノーの『スターリングラード』、どれも限られた局面を照射するだけで、全体状況を俯瞰するように大々的な規模でまとめあげたもの――『史上最大の作戦』や『空軍大戦略』、『トラ・トラ・トラ!』や『ヨーロッパの解放』のような――がまだないという。

あまりにも重大な戦いなので畏れ多くてうかつに手を出せないからではあるまい。






関連リンク

こちらのサイトで全編を視聴できます

https://russia.tv/video/show/brand_id/47307


Stalingrad (2013 film)
(Wikipedia)
https://en.wikipedia.org/wiki/Stalingrad_(2013_film)





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映画『聨合艦隊司令長官山本五十六』

役所広司主演の『聨合艦隊司令長官山本五十六』(2011)。
ようやく図書館でDVDを借りて、観る。

まあ予想していた通りの内容だ。
史観も戦略も、そして人物像も、とくに新しい解釈を試みたわけでなく、それどころか従前から息の根を止められない「五十六神話」をスタイルだけ変え、永らえさせようとするだけの代物。
すなわち「日独同盟に反対し陸軍と対立、アメリカとの開戦を望まぬまま国のため戦った悲劇の軍人」という扱いのままなのだ。
山本五十六の落ち度を突き詰め、失敗を繰り返さぬよう未来に生かそうとの姿勢は皆無である。
逆に、五十六の思惑通りに事が運べば日本は救われた、と言わんとするかのようだ。

五十六にはかなり深い関係だった馴染みの芸妓がいたはずだが、五十六の長男が監修を務めたこともあり、質素だが温かい家庭生活がひたすら描かれるばかりで、そっちの件はおくびにも出されない。
レディ・ハミルトンとの情事をまったく隠したままネルソンの物語を描いたようなものか。

副題は「太平洋戦争70年目の真実」だが、どのへんが「真実」かと。

いや。
すべてをフィクションとして見るなら、かなり魅力的で味わいある五十六像――こういう人が父親であり上司であったらと誰もが願うような熟年男性――を役所広司は演じており、当時の世相や軍部の雰囲気についてもそれらしく描こうとした努力はうかがえる。平成の役者たちを起用しながら舞い上がった芝居をさせない演出は成功と言ってよく、山口多門以外では違和感がない。
かくなるうえは山本五十六の政治観や戦争観が時代的限界を超えられないものだったとしてもそのまま押し通せばよかったのだが、しかし作り手は何としても山本を、西側の映画でもしばしば美化されるロンメルのような、今の政治的視点からも理想の役どころにあてはめようとする。

それがため、映画が史実を完全に無視してこだわったのは次の二点、「(山本が身を賭して反対した)三国同盟に日本が参加したから米国は敵対した」と「大使館の不手際で通達が遅れたせいで真珠湾奇襲はだまし討ちとなり、アメリカ人を本気で怒らせ、早期講和の目論見が挫折した」という例の通りのアレとアレだ。





むろん実情は異なる。
アメリカが日本に圧力かけたのは、ナチスと組んだからというよりも、まずナチスとおなじやり方で国際秩序を乱し世界の脅威となっていたからにほかならない。
(「満州建国」を非難された日本はナチドイツと同年、国際連盟を脱退。以後は国際社会の勧告もきかず中国を踏みにじり、海軍航空隊は中国の諸都市を爆撃。そして欧州の戦乱に乗じ、海軍陸戦隊が仏領インドシナの港を掌握した)

陸軍と海軍の対立の描写で始まるこの映画は、旧態な「海軍善玉論」をそのまま受け容れているが、本当のところは帝国陸軍も帝国海軍も、同じ時代をつくる同じ日本人であり諸外国にとって危険な存在に変わりなかった。
したがって山本個人が、いかにドイツ嫌いでいかに陸軍と仲が悪く、そしていかに対米開戦に反対だったにせよ、それらの個人的事情と関係なく、日本の侵略について一定の責を負わねばならないことになる。

たしかにアメリカ人は、「いきなり攻撃してきた」日本に憤慨した。しかしルーズベルトの演説でもあきらかなように、彼らは日本が和平交渉でアメリカを油断させる裏側で奇襲を準備、こっそり攻撃部隊を差し向けたやり方自体を問題にしているわけで、つまり断交文書の手渡しがハワイに爆弾が落ちる直前になろうが直後になろうが卑劣なことに変わりないというのが開戦当時からの認識だ。

ところが映画では、大統領演説の「断交以前に、真珠湾が攻撃された」と訴える箇所だけ引用、かくして駐米大使館の怠慢に日本が汚名をこうむった理由を見出し、残りの部分はすべて無視して済ましこんでいる。
(ダメ押しとして言うが。英領マレーへの侵攻は真珠湾攻撃より二時間早くおこなわれ、しかもイギリスに対しては攻撃直前の通告などしなかったのだ。かくなるうえは、日本の名誉もヘチマもなかろう。)

というわけで。
二点とも、ちょっと調べれば簡単にわかる道理だから、ネット右翼以外の御仁が大真面目に主張するとも思えない。それを作中で臆面もなく言い立てているわけで、この映画が画期的傑作になれなかった理由が推し量れよう。

映画は、終戦後の廃墟にたたずむ副主人公格の若い新聞記者の独白により終わる。新聞等マスコミとそれに踊らされた大衆にも責任がありはしなかったかと問題を提示したかたちで。
当然の疑問だが、本作品に関するかぎり無意味な付け足しであろう。

作り手の関心は終始、山本五十六の人好きのする人間像を主演俳優に造形させることだけに向けられており、陰の部分、咎の部分については付け入らせようとしない。
だから、大衆やマスコミも戦争の加担者だったと言われても――むろん近代戦の主動力は国民なのだが――、なんだかなあという気になるばかり。うかうかすれば、山本五十六の魅力を損ねたくないあまり、五十六への非難をかわそうと国民にも罪があるのではと話をそらしたような印象を与えかねない。

ただし、「山本五十六はこんないい人だった、こんなに人気があった」と印象づけることで何かを免罪したいのであれば、その目的が達せられることはあるまい。
今ではみんな、わかってきている。
家庭ではどんな良い人でも、戦場が鬼に変えてしまう。それこそが戦争の恐ろしさだということを。

実際、山本五十六を「家庭では良き父、軍務では部下思い、しかし敵対者には差別も非道も厭わぬ鬼となる」人物に造形し、さらに海軍全体もそうした描き方で押し通せば、傑作に出来たかはわからないが、あの戦争でありがちだった残虐行為のメカニズムを解き明かす画期的な作品となった可能性がある。
(そういうものならすでに80年代、ジョージ・C・スコットがムッソリーニを演じて強烈な印象を残したテレビ映画が作られてるわけだが)

むろん、そんな描き方では監修者が許しはすまい。結局、山本の身内などを顧問として招いたところに、作り手の意図と作品の限界があらわれていると見るべきだ。日本のメディアは山本五十六を伊藤博文と同様に、あくまで「偉人」として、憧れの存在として扱いたいのだろう。
邦画の実録ものは世界映画の潮流に周回遅れを重ねたあげく追いつく気も失くし、逆行を始めた水準なのではと疑いたくなってくる。






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アンブロークン

アンジェリーナ・ジョリーがつくった映画『アンブロークン』が、「日本軍を残虐に描く反日映画」ということで、思想的にそっち系の連中が猛反発している。





とにかく日本軍に悪印象を抱かせる描き方するのがいけないらしい。

自称愛国者たちは日本兵を、愛敬があってサマになって、もっと好感をもてる姿で描いてほしいのだろう。
しかしあいにく、日本軍が連合軍捕虜を厚遇せずに多くを死なせたのがまぎれもない事実だとすれば、捏造でもしないかぎり彼らの望んだ通りには描かれるわけがない。
まして『アンブロークン』の主人公は、アメリカ兵の捕虜なのである。





第二次大戦中、ドイツ軍の捕虜となった英米軍将兵の死亡率は4%(25人中1人の割合)だった。これが日本軍の捕虜となった英米軍将兵の場合、死亡率は27%、つまり4人に1人が死んでいる。
(連合軍の捕虜になった日本兵の死亡率? そもそも日本軍は兵たちに捕虜となるのを禁じていた)
『アンブロークン』を反日映画と罵る人々は一体、日本の捕虜収容所をどんな具合に描いてもらいたいのだろう?

だいたいの話。ジュネーブ条約にもとづく降伏を許さず、自国の兵士にすら玉砕や自爆攻撃を強要した軍隊のことをどう手を加えても、人道的になど描けるものではなかろう。
自称愛国者たちに道理と向上心があるなら、日本軍が外国映画でそういう描かれ方をする軍隊であったことをまず批判すべきなのである。

そんなわけで。日本軍が米軍捕虜を虐待する内容の映画を、ネット右翼らが「反日だ」といくら騒いだところで、ハリウッドは意に介さない(なにせサイバー・テロにも負けず、金正恩暗殺の映画を公開する国だ)。「日本で見せなければいい」との判断で、今後も日本兵の描き方に変化はないだろう。
アベノミクスで強引に引き起こされた円安のせいで日本市場の収益は三分の二にまで落ち込み、ハリウッドにとってそれだけ魅力もなくなっている。





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