戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

映画

『ゴジラ/キング・オブ・モンスターズ』はなぜ爆受けしない? 怪獣四つも出るのに


『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』北米公開。
https://www.boxofficemojo.com/movies/?page=main&id=godzilla2.htm
初日の売り上げ約2000万ドル。2014年版ゴジラの半分の額で、『ジョン・ウイック3』(2200万ドル強)にも及ばない。大ヒットに違いないが意外な集客力の弱さをさらしたといえる。





つまり、もっと興行的に爆裂してもよかったのだ。
作った側にすれば、「前回ギャレス・エドワーズ版の『GODZILLA』は二億ドルいった。今度はこれだけ怪獣が出てきて派手派手に暴れるのだから前よりさらに受ける、うまくすれば『アベンジャーズ』並みに」。
そう期待したに違いない。

ところが。蓋を開けてみれば、興行成績は前作より大きく下回ってしまった。
(最終益はおそらく、前のゴジラの三分の二どまり)
なぜ?
作った側にとって理由を突き詰めるのは今後の重要な課題になると思うが、自分はそちら側ではないので受け手の側から推測するしかない。 つまり、だ。

監督マイケル・ドハティはゴジラオタクということで本作にあらんかきりの「ゴジラ愛」をそそぎ込んだらしいが、それが仇になったという仮説。
マニアックな思い入れが過剰すぎ、平均的な観客の求めるものからかけ離れてしまったのでは。

マーケティングにも問題があったと思う。前回のゴジラの評判の悪いところにこだわりすぎたようだ。
「ゴジラもっと出せ」「破壊の場面ちゃんと見せろ」「人間ドラマどうでもいい」……怪獣映画オタクとでも呼ぶべき連中の声ばかり反映された結果がこれだろう。

公開前から気になったのは、ネットでこの映画の出来の悪さ(「話メタメタ」「人間描写ダメダメ」等)について評判が伝わるや、「かえって面白そう」と好感を示す特撮系映画のオタク(略して特オタ)が多かったこと。
言うまでもないが、特オタの嗜好は一般観客から過激に乖離している。そこにシフトさせて映画を作れば、どういう出来になるかは言わずもがな。特定層には好まれようが、大向こうでの集客がやりづらい。

ギャレス・エドワーズ版の『GODZILLA』は人間描写をメインに物語を引っ張っていけた。
公開時には「つまらない」とさんざん酷評されたものだが、改めて見直してみれば、驚くほどちゃんとした作りの映画になっていて退屈したりダレたりはしなかった。さればこそ興収二億ドルの大台に乗ったのに、今作の『キング・オブ・モンスターズ』では前作の優れたところを逆にマイナス要因とみなし捨てたわけで、当然すべてが裏目に出た。
(今にして思うなら、ギャレス版ゴジラを悪しざまに貶したのは特オタばかりだったのかも)

特オタの嗜好に特化して作られたドハーティ版のゴジラ。
ドラマ部分など申し訳程度、ゴジラやラドンやギドラの暴れる場面に手をかけた怪獣映画というのは、まさしく特オタら待望の一本であろう。
しかし特オタ以外のより広範な層まで惹きつけるにはイマイチの出来となって、今作の集客規模が定まったといえる。

余談として。
この『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』。北米ばかりか海外市場でもおしなべて盛り上がりに欠けているが、ひとつ中国だけは例外的な爆受け状態、初週三日で7000万ドルを達成し、このままいけば二億ドル相当の元収入をたたき出すかもしれない。
前作『GODZILLA』の中国での収益が8000万ドル足らずだったのを思えば、なんという皮肉。
ともあれレジェンダリー社の本拠では目論見が成功したことになる。






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『Yasuke』


ひさしく前からハリウッドで企画が進行している、織田信長に仕えた黒人侍を描く『ヤスケ』について思うことがある。

「うるせー。欲しいのは『ヤスケ』の実情報だ、おまえの思いなんか知るか」だと?
わかってる、わかってる。でも、ぼくの映画の予想はだいたい当たるので(それも悪い予想が)、一聴の価値はあるから心して聞いてほしい。

ジョージ・ルーカスが二次大戦で活躍の黒人戦闘機隊を描く『レッドテールズ』の企画を出したとき、どの映画会社からも「黒人ばかりの映画は海外市場で集客できない」との理由で断られたという。
結局ルーカスは自費で作ったのだが案の定、北米ですこし話題になったきり、海外ではまるで無視される結末に。



ちなみに。これが『レッドテールズ』の戦闘場面
『スターウォーズ』ばりにVFXを駆使、迫力満点のアクション満載にもかかわらず、日本では劇場公開すらされていない。


『ブラックパンサー』が十億ドル台の世界的ヒットを飛ばした今となっては隔世の感があると言いたいが、実のところ黒人映画が北米以外の地域で振るわない実情はあまり変わらない。
アメリカで爆受けした『ゲットアウト』にしろ『Us』にしろ、海外市場では驚くほど集客率が低いのだ。

さて。期待される『ヤスケ』だが。
先に述べた諸々の事情から、ハリウッドはこの企画に熱烈に乗り気というより、「ちょっと一発、作ってみるか」という程度の興味の抱き方と察する。
弥助を誰が演じるかで予算の規模も違ってくるが、『ラスト・サムライ』級の大作に仕立てるのは難しいんじゃあるまいか。

そもそも日本にロケ隊がやってくるかも怪しいのだ。
『ヤスケ』は金のかかること必至の題材であり製作費を効率化して使わねばならず、撮影は政府から補助金の出る台湾や韓国、あるいは中国、もしかしたらニュージーランドでおこなわれる可能性がむしろ高い。
(おなじ事情から、スコセッシも『沈黙』を台湾で撮った。『ラスト・サムライ』もほとんどの場面がニュージーランドで撮られた。『47RONIN』に至ってはヨーロッパで収録されている)

お。



噂をすれば何とやら。
主人公の弥助役に『ブラックパンサー』のチャドウィック・ボーズマンが決まった。
朗報だ!

そうは言っても『ブラックパンサー』は日本で大きくヒットしなかったから、多くの日本人にはピンとこないだろう。
チャドウィック・ボーズマン?
熱心な洋画ファンでもなければ、顔がすぐに浮かんでこないのでは。
実際、トム・クルーズやキアヌ・リーブスが侍を演じるほどのインパクトはあるまい。
しかしこれで、中規模以上の予算は確保されたわけで大きな進展となる。

ところで、どんな内容になるのか?
だいたい映画の実録ものが史実どおりに描かれないのはむしろ定石。
『ラスト・エンペラー』といい、『アラビアのロレンス』といい、実際とは大きく異なる作中世界を構築してるし、それでこそ傑作に仕立てられたと言っていい。

だから、この『ヤスケ』の場合も。
史実を飛び越えて、主人公に荒唐無稽な大活躍をさせそうだ。
(T・E・ロレンスも坂本竜馬と同様に、実際は使い走りに過ぎなかったというが)
たとえば。木下藤吉郎のしたことをそのまま弥助にやらせるとか、明智光秀が寝返ったのは信長と弥助の関係を妬んだからとか、弥助の功績や影響力を過大に描くのでは。
なんか、そんな気がする




関連リンク

「Chadwick Boseman set to play African samurai in 'Yasuke'」
(CNN entertainment)
https://edition.cnn.com/2019/05/08/entertainment/chadwick-boseman-yasuke/index.html


「」
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ハリウッド製ポケモン映画は果たして当たるか?


こんな映画が今日から世界に先がけ、本邦公開される。




日本のゲームキャラがハリウッドに上陸して大丈夫なの?
たぶん案じなくていいと思う。
これはハリウッドの映画人が世界市場で稼ぐために作ったものだ。日本製コンテンツでも、あちらの手にかかれば商品価値が見違える。

不思議でならないのは、「こうした企画をなぜ日本のほうから率先してやらずにいたか?」ってことだが。
そこを残念がらず、ハリウッドに先んじられお株を奪われたのを、「凄いだろ? 世界が日本のコンテンツに注目してんだぜ」としたり顔でせまる日本スゴイ教徒たち。
バッカじゃなかろか。

ところで当たるとしたら、どの程度?
微妙。
映画のピカチュウは予告編でみるかぎり、小生意気でよくしゃべり、自立的に動く性分らしい。ようはアメリカ人好みにキャラが改変されてる。アニメに馴染んだファン、とりわけ日本のファンには違和感が多かろう。

むろん当たり外れを決めるのは映画の出来次第、つまり面白いか否かだが。
うまくいけば設定をガラリと変えた『ピーター・ラビット』並みに、(北米で)一億ドル超の収益をもたらすほど好感されるかもわからない。

とはいえ、集客数は蓋を開けてみなければ。日本のアニメやゲームの実写化はリスキーで、『マリオ』や『ドラゴンボール』は大コケ、『ゴースト・イン・ザ・シェル』も惨敗に近かった。
こいつはどうなのか? 今はまだ、映画評サイト「腐れトマト」で点数が付くのを見守る必要がある。
(現在、トマトメーターは70%を境に上下している)




関連リンク

「Pokemon Detective Pikachu」の評価
(腐れトマト)
https://www.rottentomatoes.com/m/pokemon_detective_pikachu





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『エンドゲーム』はマーベル版『史上最大の作戦』だ


『アベンジャーズ・エンドゲーム』、ついに北米公開。
「腐れトマト」での評価も悪くないようだし、前売りも爆発的。まあ二十億ドルの収益は確定事項と思ったが。
いざ封切ったら、驚くなかれ。

初日の興行収益、なんと1億5670万ドル!
(ちなみに。『フォースの覚醒』の場合、1億1900万ドル、『インフィニティ・ウォー』だと1億600万ドル)
これまで世界でいちばん客を集めた映画といえば『アバター』であり、総収益は28億ドル弱だったが、『エンドゲーム』が『アバター』を抜いて世界収益30億ドル超を達成するのも夢じゃあるまい。

それにしても、この配役。
まさしく、『史上最大の作戦』の再来だ。
(60年代の興奮を知らない若い層にはピンとこないかな)
特筆すべきは、これらスターたちがネームバリューで興行力を発揮すると同時に、演じる役の魅力でも集客できること。
こんな映画、またとあるもんじゃない。




劇場へ急ごう。
前作を見ていない人でも面白さはわかるはず。ちょうど、ノルマンディ上陸にいたる第二次大戦の歴史を知らなくても『史上最大の作戦』という戦争映画が巨大な群像劇を満喫させてくれるように。
この連休中はいろいろなことが出来るだろうが、その一日だけ費やして、半世紀先まで語り草となるほどの伝説の映像エピックの目撃者となっておくのも悪くあるまい。

ところで、『史上最大の作戦』といえば。
YouTubeでこんなの見つけた。
ダリダがフランス語で歌う「史上最大の作戦マーチ」。




『アベンジャーズ・エンドゲーム』で残念なのは、これに匹敵する魅力をもつ主題歌がないってことかな。
(主題曲自体はあるが、こんな感じに末永く聴き継がれると思えない。見かけで十二分に気負いながら音の面で弱体なのが玉に瑕だ)




関連リンク

『アベンジャーズ・エンドゲーム』の評価
(腐れトマト)
https://www.rottentomatoes.com/m/avengers_endgame


『アベンジャーズ・エンドゲーム』
北米と世界各国の興行収入
(Box Office Mojo)
https://www.boxofficemojo.com/movies/?page=intl&id=marvel2019.htm





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『ドクトル・ジバゴ』


『ドクトル・ジバゴ』といえば。
60年代半ばのデビッド・リーン監督によるパナビジョン大作が人気の面で固定化している。多くの人が『ドクトル・ジバゴ』に抱くイメージはここからくるものが多いだろう。





リメイクするなど無謀だ。
金がかかるし、昔からのファンは「ドクトル・ジバゴはこんなじゃない」と拒絶反応を示すしで、おいそれとは手が出せない企画であり続けた。
今世紀になってイタリアの国営放送がテレビ化を企てたが、製作条件の足枷が大きく、映画版を打ち負かしたとは言いがたい出来となった。
しかし。
それとは別に同時期、本場のロシアでドラマ化されてたとは思いもしなかった。 500分におよぶ長大なテレビシリーズだという。

今回、語りたいのはこのロシア版について。
ロシアのテレビドラマだって? アレだろ? アレなんだろ? 暗くて、重くて、長ったらしく退屈で……。
いやいや、思うほど馴染めないシロモノではない。
ロシアのテレビドラマだからといってとびきりしんどくはない感じ(なんたる褒め方!)、出演者の顔ぶれもロシア映画にちょっと詳しいなら「ああ、あの人か」とわかる。

主役のユーリ・ジバゴは、『シベリアの理髪師』のオレグ・メンシコフ。
ヒロインのラーラが『ルナ・パパ』のチュルパン・ハマートヴァ。
恋敵コマロフスキーが、ロシア映画界の重鎮オレグ・ヤンコフスキー。
この配役だけで、海外にも売ろうと国際的にすこしは知られる俳優をそろえて作ったのだとうかがえよう。

ただし、売れたかどうかは別問題。
実際ぼくなどは、つい先日はじめて、こんな作品が存在するのを知ったというくらいだから、国際的な知名度を得るにいたらなかったのは歴然としている。
どうもロシアの映像産業はアジアの某国と同じに、海外に出す商売が下手らしい。




モスフィルム製作によるテレビドラマ版のラーラ

Amazonのビデオ評では、ロシア版ラーラについて、「蓮っ葉みたい」という所見があった。
そりゃ、たしかに。映画でジュリー・クリスティー演じたラーラのイメージを持ち続けると調子が狂う。
しかしだよ。
この無邪気で奔放な雰囲気。映画版のたしなみあるラーラよりも実は、原作の感じに近いのだ。
だからこそ。いくぶん無鉄砲さのある魅力とあいまって、外側は堅実な家庭人でありながら内面は詩的なロマンティストだったジバゴの心を捉え、解き放ったと解釈したほうがいい。
むしろジュリー・クリスティーではミスキャストといえるのだ。
(それで英語圏でのモラルにはおもねることができたせよ)



むろん本気で世界に通用する商品にしたければ、イタリアのテレビ局が製作した『ドクトル・シバゴ』のように、台詞は英語、主要配役は西側とりわけ英語圏で知られる面々ってことになるのはやむを得ないのだが(成功作になる保証はない)。
それだと本場としての矜持が許さなかったのか。
そう、本場もの。
『ドクトル・ジバゴ』の原作は言うまでもない、ボリス・パステルナークによる詩小説。
ロシア人が主人公でロシアを舞台とする、ロシア人の手になる文芸だ。
最初に映像化される何年も前、業績をねぎらったノーベル財団が文学賞を授与、そのこと自体で世界的物議をかもしたのは周知の通り。



原作者ボリス・パステルナーク

他の写真もすべてそうだが、印象的な面長の顔である。
デビッド・リーンは当初、ジバゴの役をピーター・オトゥールに演じさせたがったというが。
これを見て、わかる気がした。



それでだが。
あいにくのところ、『ドクトル・ジバゴ』の真価なるものがぼくにわからない。
わかろうはずもない。
『ドクトル・ジバゴ』の唯一無二の価値は、他の小説家ならば散文で語るはずの地の文をすべて詩文で謳いあげたところにある(といわれる)のだから。
並みの詩人がではない、ロシア語の詩才では当代一流のボリス・パステルナークがやり遂げたのだ。
ノーベル賞の選考委員が他の候補作を差し置いてまで『ジバゴ』を選ぶ理由といえばそこにしかなく、もしも散文小説としての出来の良し悪しを争点にするならばちょっとアレというわけで、「政治的な動機からの授賞」と断じられても仕方あるまい。
それほどロシア語にも詩にも疎い外国人が理解した気になるのは困難な作品ということだ。

以前、原子林二郎(なんて読む?)氏の急訳による時事通信社版に目を通したことはあるが。
どんな物語構成でどんな人物関係かがわかるだけ、感動も何も感じなかった。詩文で綴られてこそ意味あるものを他の言語に置き換え、散文で語りなおすほど空虚なことはないかもしれない。

というわけで。原作の骨格だけでも知ってる者から言わせれば。
このロシアのテレビ局による長篇シリーズは、本場の俳優とスタッフによる映像化でありながら原典に忠実きわまりないとは言いかねるということだ。
いろんな事情があったと察せられる。
もっとも、60年代にソヴィエト連邦が国家事業のような勢いで映画化を成し遂げた『戦争と平和』がすでにしてトルストイの原作とは雰囲気がまったく違うものだったから。いまさら『ドクトル・ジバゴ』がどう変えられようと驚くことではないかもしれないが。

本場でとれた混じり気なしの原産品というよりも。
意外な切り口から描いて新味を出そうとした文芸映画のひとつだと割り切って見たほうがいい。

ちなみに。実にどうでもいいことながら。
ロシア文学に描かれるロシア女性として時に引き合いに出されるヒロインのラーラだが。
原作ではロシアに帰化したフランス人とベルギー人技師との間に出来た子という設定のはずで、ロシアの血はまったく入らないか入ってもごく僅かなのである。





ロシアのテレビシリーズ『ドクトル・ジバゴ』
(全十一話中の第一話)

音声はロシア語であり、日本語の字幕はないぞ。
(邦訳の字幕付きで見たければAmazonで買うのだ)






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『キングダム』実写映画化


ロングセラーを誇る人気劇画の実写映画化。
「期待しかない」などとはけっして言えない。
それどころか。『敦煌』と『進撃の巨人』を合わせたような凡庸きわまりないものにされた可能性、無きにしも在らず。




無理もないというか当然というか。
出演者がどれも日本俳優にありがちなつくり過ぎの演技。舞台劇のような、生理的に自然に見える感情表現じゃないわけで、そういう国際水準に達しないところがまずダメに思わせる。
(本気で世界に売りたいなら、こんな芝居はさせるな!)

なぜ日本人キャストだけにした? 中国でロケをやりながら、中国のスター俳優を出さなかったのはどうして? 韓国や台湾からも興行力のある俳優を連れてくるべきだったのでは?
これだけの大企画。欧米の映画人なら迷わず、そうした配役にするだろう。

どうせ作るのなら、『レッドクリフ』のように中国でヒットしてさらに日本でも受けるものにしたほうがお得ではと思う。だいたい中国のほうが市場規模がデカイのだ。
自分なら、まず中国市場を主戦場に決めるだろう。ボンド映画がまずアメリカ市場を念頭に置くのとおなじことだ。

まあ言っても始まらない。東宝にとっての主戦場は日本市場だ。
製作にソニーが関与、海外配給を傘下のコロムビアが引き受けた以上、世界への販路はこれで確保されたと思ったのだろう。
しかしこの『キングダム』、作品の魅力からいえば、欧米市場ではたいして相手にされまい。

日本でもコケるとは言わない。
邦画特有の演技表現が気にならない日本の観客の前には問題なかろうし。
実際、東宝は宣伝に力を入れており、『進撃の巨人』前編でさえ五十億の収益をもくろんでその三分の二を達成したのだから、『キングダム』なら狙った数字通りにいくだろう。




関連リンク

「ファンタジー? 『海難1890』」
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52064929.html





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結果


オスカー授与式、終わった。
全24部門中20部門を予想、16部門で的中だ。
(興味ない4部門は最初から予想せず)
つまり総合で、66%の的中率。





ちなみに。
予想を外した四部門で授与されたのは――。

作品賞     『グリーンブック』
主演女優賞  オリビア・コールマン
録音賞     『ボヘミアン・ラプソディ』
音響編集賞  『ボヘミアン・ラプソディ』


さて。
この手の成績表を見せると、「どうせ、後出しジャンケン。結果を知ってから偽造したんだろ」とかケチつけてくる「疑り深い輩 他人の能力評価に慎重すぎる人」がいる。
だから。アリバイというわけじゃないが、授賞式の数日前にツイートした予想を晒しておきますから。
↓ ご検証ください
http://www.twitlonger.com/show/n_1sqqffa





関連リンク


「米国アカデミー賞2019 受賞結果に関する記録&トリビア」
(海から始まる!?)
https://s.webry.info/sp/umikarahajimaru.at.webry.info/201902/article_52.html





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『百日紅』/日本で大コケするも海外では……やはり大コケ!


図書館のDVDコーナーに置いてあった。
粋な真似をする図書館だ。内容を確かめず、映画祭受賞の箔付けで選んだらしい。
事実、アヌシー国際映画祭、ファンタジア国際映画祭、ほか内外数多の賞を授けられるという表彰歴では輝かしさこのうえない。

しかしながらこの『百日咳』、じゃなかった『百日紅』(「さるすべり」と読む)。
封切ってみれば、どの国の観客からもそっぽ向かれるという商業的虐待にさらされた。
日本ではなんと、興行収入1700万円という大コケぶり。
(17億円じゃない、1700万円だぞ。信じれんだろ? 悪名高い『となりの山田くん』ですら15億稼動したのに)
ひるがえって北米での成績。日本アニメがアメリカ市場で冷遇されるのは常態だが、それでも興収22万ドル(約2600万円)、日本よりよほど受けたのだからこの映画が自国でこうむったネグレクトの凄さが推し測れよう。こういう状況はめずらしい。
日本の観客の反応はさながら、どこかアジアの国の名作がアートシアターにかかった場合の無関心ぶりをおもわせる。

なぜ、こうまでしくじった?





宣伝の仕方を間違えたとしか言いようがあるまい。
だいたい、「キャリアウーマン」だの「粋な女のいろは」だの、作中に入り込む余地のないものばかり売りにしやがって。
背景は江戸期、葛飾北斎の娘を主人公にした物語だぞ。
女子力派もフェミニスト派もひっくるめた女性客全体へのアピールを狙ったようだが、ザマ見たことか。
こんな中途半端な女性向けの売り文句でなく、オカマ色じゃなかった、オカルト色が強い話なのだからそっちの魅力で誘引したほうがうまくいったかもわからない(今さら後の祭りだが)。

さて。肝心の出来栄え。
けっしてジャパニメーションの最高峰というわけではない。
場面ごとに横溢する過剰な美意識、背景描写や考証に凝りはするが人物の表情や動きはまるでぎこちないという。ようはいつものアレ、「電気紙芝居にラジオドラマをかぶせた」基本仕様のまま。日本アニメに宿命的な、身体障害にも等しいハンディを乗り越えられなかった一本。

しかし一体、何を訴えたかったのか。
どの年代に見せたかったかも理解に苦しむが、色事、オカルト、家族愛、いろんな要素を盛り込んで幅広い層を取り込もうとの皮算用だったのは間違いないようだ。
そうした目論見がことごとく裏目に出てしまった。

気の強い主人公の造型など(なぜ、こんな濃い顔にした。原作どおりでよかったと思うが)、美少女趣味を廃したのが仇となり日本アニメを支える主要な客層から逃げられた。
しかも春画や遊郭などエロものが出るせいで、家族連れはやって来ない。時代劇好きな高齢者も、「なんだ、アニメか」で敬遠する。
かくたる次第でどっちつかず寄り付かずの集客になったとおぼしい。せめて子供でも見られる内容に徹すれば興行的には何とかなったやもしれぬのに。

ともあれ劇場公開は失敗でも作品は残る。そう悪い出来でもないし、暇なときPCやテレビで見るのに適した内容だ。
北斎はこんな奴だったのか、こんな家族がいたのか、うかがえるだけでも面白かろう。
クセのある作風にさえ慣れれば、思ったほど退屈せず時を過ごせるに違いない。






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テルマエ・ロマエ供 「こんな続編なら作るな」と言いたい、無駄な続編


前作は日本人の顔でローマ人に扮した人を現代にタイムワープさせ、「日本スゴイ」とうならせる描写を売りとする臆面のなさに面白みがあってそこそこ楽しめたが、今回は……途中で眠くなるほどつまらなかった。
どこがつまらないって指摘するのもむずかしい。平均的に、まんべんなくつまらないんだから。

まず新鮮味が失われている。
ルシウスが日本の風呂文化に刺激されローマ時代に応用するところはだいたい前作の繰り返し。上戸彩演じる日本娘との関係もまるで進展のないままだ。
しかもクライマックス。
主人公が、荒ぶる群衆を前に平和の尊さを訴える場面は近来まれにみる退屈さ。志があまりに高邁すぎて感動どころか欠伸しか出てこない。大多数の観客が望んだのはこんな話の片付け方じゃなかろうに。
(なんのために闘技場の大セットを組んだんだか。無駄遣いのきわみ)

だいたい入浴をひろめれば人々の心が穏やかになり平和がもたらせるとは馬鹿にするにも程がある。
それだったら、なぜ風呂好きの日本人があんな戦争を起こし国が滅ぶまで戦い続けた?というところに行き着いてしまうわけで説得力皆無、日本の映画でそういうこと言ってもやぶ蛇の効果しかないよう思えるが。





関連リンク

テルマエ・ロマエ/無理を通した映像世界
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52023033.html






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オスカー様


アカデミー賞で日本人がメーキャップ賞を得たのを、誇りに思うかって?
もちろんさ、天下の米国アカデミー賞じゃないか。同じ日本人として鼻が高い。
こう言うべきなのだろうが、しかしだ。

考えてみれば。
英国の俳優が主演男優賞を受け、イギリス人も鼻が高いことだろう。
メキシコ人だって、メキシコの監督の映画が作品賞に輝き、鼻が高いことだろう。
何よりもアメリカ人。彼らこそ歴代の最多受賞者だから、どの国の人よりも鼻が高いはず。
そして。
アカデミー賞の選考委員たち。世界中の人々が渇望する賞を授ける立場にいられるとは、鼻の高さMAXに違いない。

まったく。
いつになったら外国人から、「日本の映画賞を授けてもらえて、鼻が高い」と言われるようになるのかね。



ちなみに。
『ウインストン・チャーチル』と『シェイプ・オブ・ウォーター』、どちらも興行収入となるとイマイチの水準であった。
http://www.boxofficemojo.com/movies/?page=intl&id=darkesthour2017.htm
http://www.boxofficemojo.com/movies/?page=intl&id=theshapeofwater.htm






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映画『ダンケルク』の戦果


やれアイマックスだ、ノーラン旋風だ、と前評判で賑わったけど、蓋を開けてみれば結局、北米で公開されるイギリス映画の一本として落ち着きそうな『ダンケルク』。

カナダ・アメリカでの週末興行成績5000万ドル。
(『ワンダーウーマン』のまさに半分)
米国興行サイトの見積もり「週末三日で6000万ドル」には若干およばない結果となった。そのサイトでは北アメリカでの最終収益を「2億4000万ドル」としていたが、現状、二億ドルの線も危ぶまれる。

とはいえ大ヒットには間違いない。
専門家の予想より二、三割低い集客になったとしても、なかなかのものだ。






しかし気になるのは、このサイトのページ。
http://www.boxofficemojo.com/movies/?page=main&id=chrisnolan2017.htm
製作費を1億5000万ドルと記してあったのがいつの間にか、1億ドルに変更されている。
理由はわからない。興行成績が思ったほどいかなくて「赤字だ」と噂が立ち、『ヴァレリアン』の製作会社のように株価を落とすのを案じての措置だろうか?

いや、むろん『ダンケルク』が赤字だなどとは誰も思わない。なんといっても『猿の惑星: 聖戦記』に等しい世界的ヒットを実現させている(映画が公表された額よりずっと安く出来るのは業界人はみんな知ってるし)。
おそらく映画作りに疎い証券市場の過敏な反応を警戒してのことに違いあるめぇ。

かたや『猿の惑星: 聖戦記』。
http://www.boxofficemojo.com/movies/?page=main&id=planetoftheapes16.htm
『ダンケルク』と同じペースの稼ぎ高なのに、「製作費1億5000万ドル」のままにしてあるフォックス映画は太っ腹だ。
商品としての『ダンケルク』は、この『猿の惑星: 聖戦記』ともに、1億4000万〜1億7000万ドルくらいの最終益(北米のみ)で収束するだろう。

さて。
『ダンケルク』が、マーペルヒーロー映画のような飛びぬけたヒットにならなかった理由。

英国で初日に観た人のツイートだが、この映画に女性客が集まらないヤバさがすでに暗示されている。
これは由々しい。
女性に敬遠される内容だと(そう思われるだけでも)、家族映画やデート映画の客層が成立しなくなるからだ。『ワンダーウーマン』に大きく水をあけられる結果となるのは早々と見通せることだった。

戦争映画には「男だけのイヴェント」というイメージが根強い。実際、男の集団同士で殺しあうわけで、女性はどうしても作中世界から疎外された気持ちを味わう。
そこがたぶん、いけない。
女性が出てきても、兵士たちに守られるか銃後で男たちを励ます脇役として。まるで男の力で歴史が作られてるかのようだ。

『ダンケルク』に「なんだか時代遅れ」なところがあるとしたら、けっして第二次大戦を扱ったからではない、そういう男の世界の物語として成立させてしまったことだろう。
(『ワンダーウーマン』なんか第一次大戦が背景だぞ)

いまや戦争映画とは、古風な女性からは自分は女だからと引かれ、進歩的な女性からは男ばかり活躍すると忌まれ、彼女らと関わる男や子供も集客できないという非常にリスクの高い売り物なのである。
それにクリストファー・ノーランは挑み、一定の戦果を挙げてみせた。
批判など誰にも出来はしない。




関連リンク

『ダンケルク』は果たして、北米で大受けするか?
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52064883.html






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リュック・ベッソンの『ヴァレリアン』は北米でやはりコケるか?


来週、クリス・ノーランの『ダンケルク』と同日公開を予定するリュック・ベッソン監督の宇宙冒険活劇『ヴァレリアン』。
言っちゃなんだけど、アレだ。
北米市場じゃ受けねえだろうな。





ベッソン映画の味付けって、あまりアメリカ人好みじゃないっつうか、やり過ぎてしまうこと多くて。
日本で人気沸騰だった『レオン』もアメリカではさほど評判をとらなかった。
(あれだけアメリカの警察がフランスの流れ者からコテンパンにされたんじゃ無理もない)

ベッソン作品のうちアメリカで億ドル台のヒットとなったのは、ブルース・ウィリス主演の『フィフス・エレメント』と近年の『ルーシー』だけ。
アメリカ人受けするものがまったく作れないわけじゃないのだが、今回の『ヴァレリアン』について言えば、ベッソン趣味をまったく抑えてない感じでとにかく危なっかしい。

原作は60年代から大人気のフランスのコミック。
最大の変更点であり逆にネックとなるのは、ハンソロのモデルにされたほど無頼漢な印象の主人公を繊細なまでの美青年キャラに変えたところだろう(腕っ節の強さと性格まで変えてないと思うが)。
たとえれば、ガラっぽいフットポール選手から貴公子然としたテニスの選手へと、まるで180度の大転換。
なにをしてベッソンにそこまで確たる潤色をさせたか、気になるところだ。





しかし、この主人公からしてアメリカの観客のタイプなのか疑わしい。
「いや、そんなことはない」と『タイタニック』のジャック・ドーソンを引き合いに出す人もいるだろうが、あのキャラクターは明快率直、他者にも思いやりを発揮する、感情移入しやすい存在として描かれた。
こっちは……万人受けするか、不確定要素多数。

さて。興行収入だが。
カナダ・アメリカ数千万ドル台の成績で落ち着くと思われ。
最悪、『キング・アーサー』と同じ程度か、良くてその倍、トムクルーズの『ザ・マミー』と同水準の稼動力ってことだ。
まあ世界総収益にテレビ放映権やネット配信、円盤の売り上げも加えるなら、赤字にはなるまい。






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『軍艦島』で旭日旗やぶったと騒ぐネトウヨ


映画『軍艦島』の予告編で、蜂起した朝鮮人工夫らが旭日の旗を切り裂く描写がネトウヨの間で格好の炎上ネタとなり盛り上がっているのだが。






ぜんぜん問題ないと思う。
当時、旭日旗はファシズム日本の象徴だった。映画で描かれたのは、ドイツ軍の占領下で蜂起した欧州の人々がナチの旗を破るのとおなじ行為にほかならない。
ナチの旗が酷い扱いを受けたからといって、世界のどの国民がドイツへの冒涜だと騒ぐだろうか。今のドイツは昔の第三帝国とはまったく異なる国体なのだから。

大日本帝国もナチドイツと同様に、国策を誤り、世界の大半から敵対され亡国にいたった過去の国体だ。
われわれはその国が犯した罪を歴史として直視する義務を負うが、ファシズム時代の日本に嫌悪を表明されても今の日本への侮辱と同等に受け取る必要はない。
逆から言えば、映画の場面を見て我が事のように怒るというのは、思想信条が世界の脅威となり滅び去った大日本帝国と同化している証拠にほかならず、ネオナチだと自白するにも等しい反応だ。

当然ながら、そういう連中の並べ立てる「国辱だ」「ヘイトだ」といった世迷い事はまるで聞くに値せず、どこの国からも相手にされるものではない。
「国旗を破かれたら、他の国なら戦争になる」と言いだす者までいるが、その旭日旗をかかげて戦争をおこし惨敗したのが大日本帝国なのだからイヤハヤだ。

この予告編。「バカウヨほいほい」みたいな効力をもつ、存在するだけで有益な動画といえよう。





映画『パリは燃えているか』より。解放後に、第三帝国の旗を引き裂くパリ市民






関連リンク

旭日旗破る場面で予告から話題の韓国映画『軍艦島』
(中央日報)
http://japanese.joins.com/article/225/230225.html


韓国映画『軍艦島』とネトウヨとリアリズム
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52066796.html





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とうとう見れた、『バーフバリ2』


『バーフバリ 伝説誕生』の続編。
『BAAHUBALI 2: THE CONCLUSION』。
見たいな、いつ見れるだろう、何年後かなと思ってたところ。
にわかに、YouTubeで視聴の機会が。一か月半前、世界公開されたばかりのを。
こんな早く願いがかなうとは。それも無料で、本邦上映より先に。
ごめんね、インド映画。タダ見ばかりしてて、ごめんね。





さて、見れた感想。
一作目であれだけ見せ場たっぷり主役も魅力全開、二作目はこのうえ何を出すんだろう、だれるかな? と思いながら見始めたけど。
これがもう、乗りに乗ってるって感じの絶好調。
途中休憩までの前半部最高。画面は美しくアクションもみごとで、文句のつけようがない。
ROTTEN TOMATOESでの「100%」というとんでもない高評価も、うなずける。
https://www.rottentomatoes.com/m/baahubali_2_the_conclusion

休憩後の中盤からは、さすがに減速する感じ。バーフバリ一世をおとしいれる展開、ちょっとありきたりで胸焼け気味。もともと作劇で引っぱる内容じゃないにしても。

しかも盛り上げたようで盛り上がらなかったのが、最後の決戦。
決起した民衆を率いて王城に攻め込むバーフバリ。息子の代でも超人的な活躍ながら、前作で国の命運を賭けた合戦場面ほどの高揚感はない。しかもCGで俯瞰される大軍勢とライブな戦闘描写とで規模においてずれが目立った。

この期待はずれな思いはどこから来るのだろう? やはり、脚本か?
考えたら、主要人物はほとんど成長せずに代だけ重ねる。
いや唯一変わったのが、バーフバリの相棒みたいな奴隷の爺さま。
皇母様の命によりやむなく先代の主役を突き殺したこの人、最後の場に及んでもビッジャラデーヴァ(悪役の父親)に言いくるめられそうになるのだが、今度はきっぱり拒絶してのけた。
(もっともこの爺さまの場合、あくまで亡き皇母様への隷従を支点にし回し蹴りくらわしたところがあるわけで、心意気は奴隷のままなのかも)

さて。
書きつらねる気力も失うのが、完全にリアリズム無視でいつ果てるともなく続けられる、バーフバリ二世と父親の仇とのタイマン勝負だ。
あんまり長くて悪役がしつこい強さを維持するので、「いい加減死ねよ、悪党」となかば呆れながら見終えたという。
息子が本懐を遂げる流れになってからの単調さをアクションで引っ張りあげた感じ。

由々しいのは、一作目でヒロインだったアヴァンティカの扱い。
この続編では劇的関与もなく、反乱軍の中で戦っただけ。主人公がアヴァンティカに惹かれて始まった話なのに、彼女のことはきれいさっぱり忘れてしまったようだ。
(戦闘中、バーフバリがアヴァンティカを気遣う場面なんてあったっけ?)





せめてアヴァンティカとバーフバリとで協力して戦ってほしかったな。それを見た母親のデーヴァセーナが若い時の自分とバーフバリ一世との姿を重ねて心動かされるとか、そんな描写があったらさらによかったんじゃないかと。

かくたる次第により、いくぶん尻すぼまりの落着ぶりといえなくもない。

ようするに『バーフバリ』二部作は、インド映画の新しさと旧態さが渾然一体となっている。
新しさとは、インドでも世界に通用する娯楽大作が出来るとの意気を示すばかりか本当になし遂げたこと(芸術的に高評価なものは昔からあったが)。
撮影技術、俳優、美術設定、アクション、VFX……見る者を作中世界に引き込む目的を達するためのすべてが堂に入っている。劣化いちじるしい日本映画ではもはや、逆立ちしても踏みこめない領域。

新しくなりきれなかったのは、女を男と対等に立てたのは見かけにすぎず結局はマッチョイズムの全面肯定になってるところ。
圧倒的な男性的魅力で押してくる本作ながら、欧米市場で立ちはだかるフェミニズムの壁の前では意外な弱みをさらす結果となった。
(こうした西洋文化圏との根本的なギャップはインドにかぎらず、日本を含めたアジア中東アフリカの範囲で共通するのかもしれないが)
北米での公開当初、記録的な盛り上がりを見せながらもしだいに伸び悩み、最終的に2000万ドル程度の収益で落着(インド映画では大健闘だが)したのはそこが理由なのだろうか。

それはともかく。監督さん、三作目の製作に強い意欲を示したとか。
http://indianexpress.com/article/entertainment/bollywood/ss-rajamouli-baahubali-3-set-to-launch-prabhas-in-a-karan-johar-film-reports-4656823/

当初から二部作にする予定で一年半かけて収録された『バーフバリ』だが。これだけ話題が巻き起こったら、さらに続きをと思うのは当然かもしれない。実現しても見れるのは何年先になるかわからないが、今から待ち遠しくはある。






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韓国映画『軍艦島』とネトウヨとリアリズム


韓国で近日公開される『軍艦島』について、ネトウヨがうるさい。
「軍艦島で地獄のような強制労働などなかった。映画のような暴動も起きなかった」





そうかもしない。映画で描かれたことは大袈裟だろう。
だがそれを言うなら、小説『蟹工船』もフィクションだ。
内容は明白に虚構とはいえ、蟹工船なるものは実在し、労働環境は海のタコ部屋と呼ばれるほど悪かった。しかも小説の作者自身が国家権力の拷問により獄死という。
「蟹工船」はある時代の暗さをあらわすキーワードとして今も意味をもつ。

さて。「軍艦島」はどうか?
ネトウヨは、軍艦島はあんな酷いところではなかったと突っ張るのだが。
だから? としらけた思いを表明したくなるのはぼくだけだろうか?
軍艦島で何もなかった? では、軍艦島は何のためにあった? あの時期、何が目的で大量の労務者を動員し石炭など掘らせたのか?
戦争のため。侵略戦争のため。アジアを支配する侵略戦争に用立てるためではなかったか?
(ここで「アジアを解放するためだ」とか臆面もなく言う人は、その言い分で世界を納得させられるか確認してからにしてね)

軍艦島の範囲にこだわって無実を主張し、なんの足しになるのだろう?
「先代の人は近隣の家屋に押し入り、多くの狼藉を働きました。町中各所の通りでも同様でした。でも裏庭にある物置小屋ではなにも罪も犯しませんでした」
問題にされているのは物置小屋ではない、その所有者がやったことのほうだ。

いかに軍艦島の中では強制連行も強制労働もなかったと言を重ねても、戦争中アジア各地で大々的な動員がおこなわれ無数の民に過酷な労働を強いた事実(ずっと由々しい)がもみ消せるわけのものではあるまい。

軍艦島はかかる広範な規模の出来事、日本の戦時体制が外地にもたらした災禍を描く話の舞台にはまたとない適所なのだ。なにしろ逃げたくとも逃げられない場所だった。
(頭が痛いのは、日本の国粋主義者にはこうした表現上のデフォルメ術というものをわかってないことだ)
映画の作り手は恰好の舞台装置としての軍艦島だけ借り受け、同時代に日本占領地の何処でもあり得た象徴的状況でのドラマ作りを狙ったのだと思う。
たとえばジョージア州でおきた奴隷虐待をルイジアナ州の話に変えても、米国南部の奴隷制度への批判として通用するように。

肝心なのは、その一件が総体を物語ったものか否かだ。
駆逐艦「雷」が英軍捕虜を救助した美談をひたすら持ち上げ、戦時中の日本軍の典型のように得意ぶる連中がいる。そういう手合いは、「連合軍捕虜の四人に一人が収容所で死んだ」統計上の数字を突きつけられれば色を失う。「雷」の場合などまったく稀な例外なのだから。

『軍艦島』は違う。
『軍艦島』という映画には、あの時代にアジアの労務者が被った無数の事例が集約されている。
映画『軍艦島』で描かれるのは、徴用と呼ばれる強制連行であり、戦時下の過重な労働であり、日本軍の横暴に抵抗する人々である。実際に軍艦島でおきたことの範囲を逸脱はしているが、日本帝国主義の全体像について偽りはない。

ほんとうに虚飾で満ちているのは、安倍政権下の日本以外の全世界で通念となったことを受け入れられず、大戦中に旧日本の犯した行為を話題に出されるだけですぐに「反日だ」「捏造だ」と反発するネトウヨどもの頭の中かもしれない。

何がリアルで、何がリアルでないか。
そもそもが、リアリズムは軍艦島にとってそんなに重要か?
ネットで検索すると、「軍艦島 心霊」とかの候補がやたら出てくる。
多くの人の関心の所在はそこにあるということだ。歴史も真実もどうでもいい、人々が軍艦島に求めるのは幻想であり怪奇でしかない。

ネトウヨときたら、「軍艦島=強制労働」は必死で否定するくせに、「軍艦島=心霊スポット」というアホみたいな迷信は野放し(っていうかおまえら、受け入れてるだろ?)にしておくから、軍国時代の恐怖を描いたこの映画に反発してもまったく効き目がないんだよ。



おまけ

ネトウヨが「軍艦島で朝鮮人の待遇が良かった証拠だ」と得意顔でもちだす当時の新聞記事。



まったく。
戦時中、それも開戦当初で工夫の扱いが比較的良かった頃、軍部の検閲を受けて許可された記事(つまり都合が悪い内容なら掲載は認められない)を盾に、「強制連行も強制労働も真っ赤な嘘」だと言い立てる神経には理解を絶するところがある。
日本兵と中国人が交わる宣伝写真を見せて「南京で虐殺なんかなかった」と言い張るのとおなじことで、なんの裏付けにもなるもんじゃない。




関連リンク

長崎と朝鮮人強制連行
(法政大学大原社会問題研究所)
http://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/687_01.pdf





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