戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

文芸

ライトノベル「アレが見えるの」八の1


 こんな経緯で、僕の入団の儀式は画竜点睛を欠く結果となった。まあ誓いは立てたんだし、教団の一員として認められはするようだけど。

 とにかく、わからないことが多すぎる。
 僕の出した誓いの紙が誰かの手ですり替えられた。紙には「黒石御影」の名が記され、それを見た御影は、気を失うほど激しく動揺。
 いったい、何がどうなってるんだろう?
 僕ちゃん、門外漢だからさっぱりわからないや。一刻も早く、ここから逃げ帰ってお家で寝たいよというのが本音だった。
 誓いの封書を届けたはずの志摩敦子を問い詰めたかったけど(彼女、何かしたように思えないが)、御影の看病の手伝いで奥に引っ込んだきり戻らないし。ますますもって埒があかない。

 この件を黒石氏に言おうか迷ったが、どうもやぶ蛇を招きそうな気がしてならない。御影に幽霊が見える件と同様、切り出せるもんじゃなかった。
 とりあえず今は、相手の目に善良で熱心な信徒だと思われるのが大事で、それにふさわしい言動をとらなければ。

 そうするうち黒石支部長が出てきて、御影の容態について報告をおこなう。
 どうやら入団の儀式で初めて音戸取りを任された緊張のあまり貧血を起こしただけらしいから、心配は要らないとの旨。
 それでみんな、安心したところがある。
 ついで。こういう次第なので、バーベキューの会食はまことに残念ですが中止しなければなりませんとのお詫びが入る。
 これには落胆する人が多かった。
 それでも、用意した材料を一人分ずつ、あるいは一家分ずつビニール袋に小分けにしたのを持ち帰ってもらうことで体面は保ったわけだけど。袋の中身は、牛肉、たまねぎ、ソーセージ、しいたけ、パプリカ、とうもろこし……これなら、家で焼肉もできる。
 あ、僕は遠慮した。女の子とデートのはずなのに、こんなもの持ち帰るわけにいかないじゃないか。

 別れ際に黒石氏は、特製の笑顔をつくり言った。
 今日おこなった宣誓により、きみは晴れて、ダラネーナ教団の準会員として認められた。まだ未成年なので今後は、教団の青年部に所属してもらう。十代から二十代の若い信者がつどうサークルのようなところだ。青年部には、毎週ごとの奉仕活動が課せられるが、その活動での成績によって正式に会員として迎えるかを決めるので(優秀でないと本部に推薦状を送れない)、どうか精勤してもらいたい。という励ましとも肩すかしとも取れる言葉をたまわった。

 なんだ、まだ準会員の身分なのか。それにしても奉仕活動って……。
 いや、どうせ施設の掃除や料理の手伝いくらいだろうとたかをくくったけど、あとで大変な間違いだったことがわかる。






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準冒頭固定記事【挿絵募集の件】


「挿絵描きさん大募集」


ぼくの小説のため挿絵を描いてくださる奇特な方
いらっしゃいましたら、ご連絡を。
わけても、麗しい少女の萌え画が得意な方を切望しています。



と、勝手な注文いろいろ並べておきながら。
あとから言うのもなんだけど……。
もしもだよ。
「私でもいいの?」とかで、かなり画力の劣る人に申し出られたりしたら断りづらいんだよね〜。
(他人様の好意を無下にできない性分ゆえ)

ようするに。
「ヘボ絵はいらない。上手な絵だけ使いたい」と、こういうわけです。
ずいぶんと虫がいい話でしょ?

だったら初めっから。
たとえば、こんな水準の絵師さんならご遠慮ください。
         


って条件つければいいかもしれないけど。

現状。
オンライン文芸の界隈って、挿絵を描ける人より挿絵を求める人のほうが圧倒的に数が上回るらしいので。
(だよね?)
かかる需要と供給の関係からいって、あんまり身のほど知らずだと挿絵の申し出なんてどこからもあるわけなかろうし。
まことに、悩みどころなんですよ。

やっぱり、未熟でも自作でいくしかないのかな〜。



とか思ったり。

まあ、「自作」ったってねえ。
今のところ、プロフィール・アイコン程度のものしか描けないんだけどさ。


   






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ライトノベル「アレが見えるの」七の3


「さて。今日は皆さんに、新しい家族を紹介しましょう。なんと、まだ17歳という若々しい年齢の兄弟。稲葉高校二年生の守屋護くんです。同級生の志摩敦子姉妹の導きで体験礼拝に来てくれたのがご縁となり、このたび晴れてボジャイ様の教えを受け容れることになりました。守屋護くん、どうぞ立ち上がってください」
 僕はみんなが拍手で迎える中を起立、正面の支部長はじめ各方向に右顧左眄というかたちで何度も礼をした。学校で褒められることをした生徒が満場での拍手喝采を浴びることがあるけど、あれと比べても、よほど熱がこもってて真剣だ。

「守屋くん。どうぞ、こちらへに出て来てくれたまえ」
 僕は会衆の見守る中、支部長の前に進み出た。
 いよいよ入団の宣誓が始まるのか。
「さて、守屋くん」
 進み出た僕に支部長は、一通の封筒を渡した。
「その封筒には紙が入っている。誓いの紙という神聖なものだ。お父さんでもいいし、お母さんでもいいよ。きみには何ものにも代えられないという大事な人がいるだろ? その人の名前を誓いの紙に書いてもらいたい。これから合唱が始まるが、その歌が終わるまでに記入したのを封印し、持ってきてほしい」
 僕は仰せに従って、いったん席に戻る。
 教団聖歌『あたらしき家』の合唱が始まった。


 あ 見える 見えるぞ あそこに見える
 あれに見えるは ひとりびと〜
 え 誰れだ あいつは あいつは誰だ
 あいつはひとり ひとりびと〜
 わ 来るぞ あいつが あるいてくるぞ
 あるいてくるは ひとりびと〜
 お なるぞ 家族に 家族になるぞ
 あらたな家族 この家に
 いまはみんなが兄弟だ 姉妹もいるぞ この家で
 すでに家族だ 信者の絆
 われらの家族 あたらしき家
 ひとりびと いまは兄弟 みんなの家族
 ボジャイ様の傘のもとで 我らはひとつ大家族
 我らはすべて 兄弟姉妹
 我らはすべて ひとつの家族


 「聖歌」が合唱される中、席に戻った僕は、封筒から出した白い紙を前にしばし思案するという風をよそおい、実は必死でこらえていた。唇を噛みしめ、喉元まで出かかった笑いの暴発を。まったく、なんて歌だ。『生け贄の歌』も酷かったけど、この教団にまともな聖歌ってあるんだろうか。

 敦子が傍らから、助言するように顔を寄せてきた。書けないのは迷ってるからだと思ったらしい(実際、迷ってた)。
「絶対に失いたくない人の名を書けばいいの。お父さんでもお母さんでも」
 そういう人ならいるけど……。
「その人、今ここにいないんだ。本人の承諾もなく勝手に名前を書いちゃって、あとでその人にバレたら困らない?」
「バレないよ。見るのは、入団の質疑をする支部長だけだから」
 そうなのか。
「あくまでかたちだけのものなの。自分はこんな大事な人の命に代えても信仰を貫きますと誓約するためだから、そんなこだわらなくていいと思う」
「きみも入団するとき、大事な人の名を書いた?」
「あたしお母さんの名前、書いた。お母さんも入信のときはあたしの名前、書いたって」

 何ものにも代えられない大事な人。絶対に失いたくない人。
 僕はもはや躊躇せず、それも誇りをもって、おねえさんの氏名を書いた。
 三田和美。
 そしてすばやく紙を折りたたみ、封筒に入れた。
 僕が立とうとすると敦子は、手紙をひったくるように受け取って、囁く。
「いい。あたし、代わりに持ってく。守屋くんは大急ぎでトイレ行く振りして、中で笑ってきちゃいなよ。ここで吹き出したら入信失格になるから」
 あ。こいつ、僕の気持ちをよく察してる。

 僕は敦子に手紙を託すと席を立ち、奥のほうにあるトイレに向かった。
 教団施設というより普通の家庭にある男女共用の御手洗いそのもの。落ち着いた清潔な印象だ。この同じトイレをあの御影が使ってるのかと思うと、なんとも妙な気がする。こんな目的のため利用するのははばかられたが今は仕方ない。水洗の音を大きく出して誤魔化しながら、こらえていた笑いの感情を一気に噴出させた。
 しっかし、くだらねえ歌!
 ひーっひっひっひーっ!

 あー、すっきりした。これだけ笑えば、もう大丈夫!

 戻ってきたときには、チンケな歌の合唱は終わってた。よかった、救われた。
 神妙な顔をよそおった僕はもう一度、支部長の前に進み出る。
 衆目の中、僕と黒石氏とは、教卓のような小さな机をはさんで向き合った。台の上には敦子が持っていった封書が置かれてる。いよいよ入団の質疑だ。

「そうだ」
 ここで黒石支部長は、よいことを思いついたという顔をして、自分の娘を見た。
「御影」
 父親に呼ばれ、御影はビクッとする反応を示す。嫌な役を命じられるのを敏感に察したように。
「おまえ、守屋くんの前に出て、入団式の音戸をとってみなさい。できるだろ?」
「できない」
 彼女は父親の仰せに、一呼吸もおかず拒絶の返事で応じた。敦子の話では、御影が衆目の前でこういう態度をとるのはほんとうに珍しいことだという。
「やり方は何十回も見てるから、わかるはずだ」
「いや」
「言われた通りにしろ!」

 黒石氏は僕というお気に入りの入信希望者を相手に、その同級生でしかも自慢の娘、信者たちにも評判の良い御影に入団質疑の音戸をとらせることで、いい場面に仕立てられると踏んだのだろう。
 しかし実際は、まったく違う状況、予期せぬ修羅場を招いてしまったようだ。とにかく御影はやりたがらない。僕のそばに来るのを必死になって拒んでる。
 そんな娘の異常な抵抗を同級の男子の前ではにかんでるからとしか思わず、父親の、支部長としての権限で思い通りにする気なのだ。

 こうした黒石氏の、いやがる娘に無理やり若い男の相手をさせようとする強硬な態度のせいで、こっちの立場も微妙になってきた。これじゃ僕まで、御影を虐げる側だ。避けられるだけだったのが今度は、敵意すら持たれかねない。

 事実、御影は悲痛なほど嫌そうな顔をして出てくると、僕の前に立った。
 政略結婚の犠牲となり望まぬ相手と無理強いで挙式させられる生娘のようだった(実際、まだ処女らしい)。こんなやり方は、僕だって望まない。
 御影は、教団の儀式でのしかるべき役目をまかされた者として最低限の神妙さは保ちながら、入団質疑の文句をなんの抑揚もつけず、まったくの棒読みに朗誦する。

「汝、守屋護。ボジャイ様より差しのべられし救いの傘による庇護を受ける代償として、命と持ち物のすべてをボジャイ様に捧げることを誓うか?」
 この場の様相が何ともちくはぐに見えるとしたら、理由は御影の台詞よりも顔の向きにあると言っていい。御影は僕を見ないよう、あさっての方向を向いたまま誓いの質疑を読み上げているのだ。
 さっそく黒石氏から懲戒が入った。
「御影。ちゃんと相手の顔を見ながら言いなさい。そっぽを向いてるじゃないか」
 御影は顔の向きを変えなかった。
「御影!」
 父親からドス顔で凄まれた御影はいやいやという感じで、顔をこっちに向けた。目はしっかり瞑っている。
 僕は不快な思いとともに、彼女への同情を感じた。いまや、御影に幽霊が見えるというのは嘘ではなかったのだとはっきり悟った。

「汝、守屋護。ボジャイ様より差しのべられし救いの傘による庇護を受ける代償として、命と持ち物のすべてをボジャイ様に捧げることを本心から誓うか?」
「本心から誓います」
 僕は本心から嘘を言った。

「汝、守屋護。ボジャイ様より差しのべられし救いの傘による庇護を受ける代償として、命と持ち物のすべてをボジャイ様に捧げることを何度でも繰り返し、誓うか?」
「何度でも繰り返し、誓います」
 僕は何度でも繰り返す思いで、嘘を言った。しかし、くどい。

 そして御影はダメ押しする。
 手探りで、机の上の誓いの紙が入った封筒を取り上げると僕に突きつけた。むろん目をしっかり閉じたまま。
「汝、守屋護。いま述べたボジャイ様への忠誠を、この紙に名を書いた者の命に賭けて、誓うか?」
「………………」
 返事が得られないので、御影はさらに繰り返す。
「汝、守屋護。この紙に名を書いた者の命に賭けて、ボジャイ様にすべて捧げると誓うか?」
 困ったな……。
 おねえさんの命はおねえさんのもので、僕ごときが勝手に、軽々しく誓いの賭け代になんかできるもんじゃない。まず、口先だけで立てた誓いで、ぜんぜん守り通す気がないんだし。

 僕から沈黙の応答を受け、御影はさらにさらに、質問を繰り返す。
「汝、守屋護。この紙に名を書いた者の命に代えても、ボジャイ様への信仰を守り通すと誓うか?」
 僕が無言でいることに、会衆は不可解そうなざわめきによる反応を示し、支部長は困惑したような顔をする。
 そして御影は、CDが壊れた箇所のように同じ文句を延々と繰り返すばかり。
「汝、守屋護。この紙に名を書いた者の命に代えても、ボジャイ様への信仰を守り通すと誓うか?」
 本心ではもしかして、僕がついに誓いの拒絶をし、二度とこの場所に来なくなるようにと願ってたかもしれないが。
 そう、来られない。
 ここで誓いを拒んだら、僕は教団員として認めてもらえない。この支部に二度と来られなくなるだろう。御影に幽霊が見える秘密もわからず仕舞い、人生がオカルトに呑み込まれて果てる。
 ………………。
 とにかくひとつの事実は認めねば。
 割り切る以外に選択の途がないってことだ。
 よし。
「誓います。その紙に名を書いた者の命に代えて」
 我ながらはっきりした調子で、宣誓の言葉を口から出した。

 御影はとりあえず、ホッとしたようだ。
 これで同じ文句を際限もなく繰り返さずに済む。かくなるうえは、可能なかぎり入団の質疑を早く終わらせて、一刻も早く僕の前から立ち去りたいというのが当座の本音だろう。
 会衆も安心したに違いない。仲間が増えたのも嬉しいし、この入団の儀式が済めばバーベキューの会食が待ち受けてるからだ。
 いちばん安堵したのは、さっきからの僕と御影とのぎくしゃくしたやり取りに、苛立ちを隠せない様子でいた黒石支部長かもしれない。ようやく儀式の段取りが自分の思う通りに運んだのを知ると、晴れやかな表情を見せた。

 さて、御影は詰めを入れてきた。
「守屋護。汝が当教団に命を捧げた者の名を拝見する」
 なぜ誓いの紙に書かれた名前を照覧するかといえば。敦子に聞いたところ、時々ふざけてか勘違いでか、芸能人やアニメキャラの名を書くのがいて――そういう人は信者になれない――、ほんとうに入団者の生活圏に存在する人なのか確かめるためだ。
 それにしても「当教団に命を捧げた者」とは、なんて言い草だい。何も知らずに病床で臥せってる(命にかかわる容態じゃないらしいが)おねえさんこそいい面の皮だ。

 御影は盲人の仕草で封筒を開け、誓いの紙を取り出す。あくまで形式的に目を通すだけ、そこにある名前が守屋護の父か母か、いずれにせよ自分とは関わることのない誰かだろうという距離感をおいた態度で。
 しかし目を閉じたまま、どうやって読むんだろう。
 僕がそう勘ぐった矢先、彼女は折りたたんだ紙を拡げた。それを両手で捧げ持つ感じで、自分の視界から僕の存在を遮蔽するように顔の前に拡げてしまう。
 (あ。この手があったか)

 しばらく何事も起こらなかった。
 御影は、誓いの紙を顔の前に拡げたまま凍りついたように動かず、言葉も発しない。
 こういう態度も儀式の一部なのかと思い、彼女の次の挙措を待ち続けたが、会衆席では御影の様子をいぶかるようなさわめきが生じ、しだいに大きくなってくる。
 普段どおりじゃないのだろうか。人々の目にも、御影の様子があきらかにおかしいようだ。

 突然、御影に異変があった。
 自分の視界を遮っていた誓いの紙をおろし、僕と初めて、まともに向き合ったのだ。不安におののいているが、それは幽霊を怖がっているからには見えなかった。今この瞬間、僕の周囲の幽霊は退散したのだろうか。あるいはすでに意識朦朧として、前にあるものが目に入らないのかもしれない。
 彼女はなにか言いたげに口を半開きにし、ついでなにかを求めるように手を伸ばしたかと思うや、白目をむいて放心したような表情になると、こちらのほうによろめくのを立て直すように床に膝を突いたのち、まさかと思ったが、しなやかな身を床の上でスライディングさせるように倒れ伏した。
 突っ伏した頭が僕の足に当たりそうなほど迫ってきた。
 もともと小柄でほっそりした子なので、床から受ける衝撃は軽かったはずだが、それを見た会衆はみんな、大きな衝撃を受けた。

 実のところ、御影が床に倒れるより先に、すばやくダッシュして崩れ落ちる少女の身を受け止めることもできなくはなかったが、とっさの事だし、御影が相手ではどうしてもそうするのを阻むものが僕の心の中にあった。これがおねえさんだったら違ったかもしれない。
 いきおい僕は、美しい衣装をまとった姿で気を失った少女を前に、呆然としてたたずむ格好となった。どうすることもできぬまま。
 御影のそばには真っ先に母親が、ついで黒石支部長が駆けつけ、抱え起こす。何事かと色めきたった会衆も席を立ち、親子を取り囲んだ。
 狭い礼拝室は一定の秩序は保ちながら、人々が口々に取り交わす言葉の喧騒で実際より大きな混乱に陥ったような錯覚をみんなにあたえた。
「大変!」「ああ、ボジャイ様……」「御影ちゃん、大丈夫かしら」「バーベキューは? ねえ、バーベキューは?」

 幸い、会衆の中には看護師の女性もいた。
 御影に外傷がないこと、呼吸や脈拍も危険な状態でないのを確かめてからどうも貧血らしいという見立てがされ、とりあえず別室に移し、安静な状態で様子見することになった。
 黒石氏は御影を抱き上げると、看護師さんの先導で人々が後ずさりしてできた道を通り、奥のほうに運んでいった。御影のお母さんが続く。
 さらに敦子や敦子の母など、何人かの黒石家と親しい人々があとを追い、残余の会衆はざわめきの中で礼拝室に残された。
 ほとんどの人には気がかりではあるが野次馬ぶって様子を見に行くのがはばかられたからだが、僕もその一人だった。

 あんな事が起こって心が騒がなかったかといえば嘘になる。
 そのあと長きにわたり、僕は倒れる御影を受け止められなかったのを後悔し続けた。なぜ体が動かなかったのだろう。御影の身をかき抱くあれほどのチャンスは望んでも得られないことなのに。
 今の今まで御影が、あの御影が、僕のほうから庇護をあたえられる存在とは思いもしなかった。

 それにしても疑問を残す出来事だった。
 御影はなぜ失神したのだろう?
 あきらかに彼女は、誓いの紙に書かれた名前を見てから様子が変になった。
 倒れる直前、僕に助けを求め、すがりついてくるように思えたが、目の錯覚ではないはずだ。
 つまり紙に書かれた名前が、幽霊の群れよりよほど恐ろしかったというわけか。
 では御影は、三田のおねえさんの名前を見て、あれほどの衝撃を受けたというのか。もしかして彼女、おねえさんを知ってるのだろうか?
 まったく、わからない。

 この騒ぎの中もはや誰も関心など払わない、御影が手にした誓いの紙が動きまわる野次馬に踏まれたり摺られたりで床をすべるようにして、ぼくのいる付近まで運ばれてきた。
 行き交う人々に手を踏まれる危険を冒し、なんとかそれを拾い上げる。誓いなんてどうでもいいが、この紙には大事なおねえさんの名前が書かれてる。紙くずみたいに粗末にされたらたまらない。
 しかし拾った紙に目を通した僕は、御影ほどではなかったものの、愕然とした。

 それはまぎれもない誓いの紙、御影が封書から出して照覧したものに間違いないが、その前に、僕が三田和美の名を書いたのとは別の紙だった。
 僕の筆跡じゃない、ワープロの印字体でおねえさんとは別人の氏名が記されていたからだ。
 黒石御影の名が。



 その後、ダラネーナ教の奥義がわかってきた頃に、僕はようやく思い知る。
 いまのが本当の「生け贄の儀式」だったということに。






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ライトノベル「アレが見えるの」七の2


 十時になり、日曜礼拝が始まった。
 今度は御影は、時間通りにあらわれた。
 その姿に、ハッと息を呑んだ。
 盛装している。インドのサリーと神道の巫女の装束を混交させたような、なんとも名状しようがない、しかし美しい長衣。教団の儀式で特別な役割を受け持つ者が身にまとうものらしい。
 それでも御影にはよく似合うというか、自分のものとして着こなしていた。髪もそれらしく束ねてるが、まるで違和感がない。女子学生の姿で教室の片隅にいるよりよほどさまになる。
 学校などでみせる態度を知ってても、まったく別の美貌の少女として愛しさを感じそうなほどだ。敦子によれば、「御影ちゃんに憧れて入団してくる人が結構いる」らしいのだが、同意したくなる。
 だが御影ときたら、例によってこちらの居場所を確認しただけで、あとは見向きもしない。

 祈祷のやり方は前とおなじ。ただ、いっそう賑やかだ。平日の夕方礼拝の時よりずっと人が多く、老若男女あわせて五十人くらいいる。ここの教団支部に属するほとんどの信者が揃ったようだ。しかも、ちゃんとした服装で来てる。

 カーン、カーン、カーン!
「七難ボジャイ、八苦ダラネーナ!!」
「何とぞ我らから七難八苦を退け、九死に一命を授けたまえ!!」
 チーン! ポコッ!

 誰もが真剣に祈祷を朗誦する厳粛な熱気の中、吹き出すまいとする努力、その苦しさを理解してくれたのは傍らの敦子だけだった。
 絶対に粗相は許されない。ちょっとでも笑ったりしたら信仰の度合いを疑われてしまう。
 今日は重大な日。この僕の入団審査の日なのだ。

 祈祷が終わり、黒石支部長のボジャイ様や教団支部にまつわる近況報告が続いた。
 そして、いよいよ――。
「さあ、皆さん。この時、わたしたちに救いの傘を差し伸べ、加護してくださるボジャイ様への感謝の印に、生け贄を捧げましょう」
 生け贄……。
 そら、きた。
 ついに「生け贄」という言葉が、現実に、支部長の口から、衆目の前で発せられたぞ。
 ところが誰も動じない。それどころか人々は黒石氏の音戸に合わせ、教団聖歌のひとつ『生け贄の歌』を唱和し始めたのだ。


 あ〜あ〜あ
 大切だから捧げます
 失くしたくない 離したくない 別れたくない 奪られたくない
 命のように大切なもの
 生け贄として捧げます
 ボジャイ様、どうぞお召しを
 わたしとよりもあなたとあれば、価値も命も永遠(とこしえ)に
 あ〜あ〜あ


 僕は不安げな面持ちで(敦子があとで、そう見えたと言った)周囲を見まわしたが、狂信的な熱気や殺気などヤバさはすこしも感じられない。いるのは従順でおとなしく、慎み深い人ばかりだ。
 でもみんな、ふところやカバンからあるものを取り出してる。
 僕は目を見張った。
 人の顔だ。人の顔が見える。誰もが見覚えある、あの人の顔を手にしてる。
 福沢諭吉。
 ほとんどの人が一万円札を出して握ってるのだ。

 人々は手にもった紙幣を、人伝いに回ってきた募金箱のようなものに収めていく。これがつまり、ボジャイ様に「生け贄」を捧げる儀式。
 「生け贄」って……何のことはない、教団への献金のことだった。
 敦子の話だと、大昔は山羊など家畜をダラネーナ神への貢ぎ物に捧げ、神殿で生け贄として捌いたが、いまでは社会事情にふさわしく現金を供出するようになったのだという。

「生け贄っていうから何事かと思ったけど、教団への献金のことなんだ」
「ふふ……そうよ。何だと思った?」
「いや……祭壇の前で誰かを縛りつけて、心臓くり抜いちゃうとか……」
 敦子はしなを作るように笑った。愛らしく見える笑い方を鏡の前で研究し、実践してる感じだ。
「あり得ないでしょ。いくらなんでもね、うふふふ……」

 志摩敦子については噂がある。
 あいつはもう処女じゃない。火遊びが大好きで、迫れば拒まずやらせてくれる、というのだ。
 電車の中でも、わざわざ満員の車輌で痴漢を待ち受けてるとか、嫌がらずに触らせてる場面が何度も目撃されたという。
 そうした噂に照らしてみると、いまの敦子の態度はさもありなん、という気にさせられる。純潔とか貞操という観念は、ダラネーナ教の戒律にないのかもしれない。

 敦子は僕の傍らで体と体が触れ合っても、平気のようだった。
 今も、短めのスカートから伸びた、肉付きよくやわらかそうな光沢の太ももが、どうかすると僕の脚と密着したりするが、そういう状態でも離れようとしない。広からぬ礼拝室に何十人もが詰め込まれた状況とはいえ、脚くらい離そうと思えば離せるのに。
 いや。僕のほうでも、ぷりぷりまろまろした感触があまりに快くて、自分から離す気もしなかったけど。こういうのは童貞少年にとっては大変な事件だ。

 そんな次第で、厳粛な「生け贄の儀式」の最中なのに、僕の頭は隣りの敦子の太ももの感触で占められ通し、ところが敦子はといえば何事もないという風に前方に固定させた目線を動かさない。頭の中でも別のことを考えてる様子だ。
「実はね、最近、呼び方が変わったの。以前は、生け贄、生け贄って、みんな平気で言ってた。だけどやっぱり、聞こえが悪いから」
 そりゃそうだ(太もも……)。聞こえが良いわけがない(太もも……)。
「生け贄、なんて聞いただけで引いちゃって来なくなる人、結構いるのよ。だから誤解されないよう、なるべく教団外の人や入信したばかりの人には生け贄の儀式があるなんて言わないようにしてるのね。守屋くんにも黙ってたわけ」
 なるほど(太もも……)、そういうことか(太もも……)。

 ああ、太ももばかりで話が進まない。とにかく敦子によれば、信者は給料や年金のうちだいたい十分の一を教団に納めるのが定めらしい。月収二十万の人なら相場は月二万円、生け贄の日は月二回、第二日曜と第四日曜なので、一万円ずつ献上するわけだ。他に、ボーナスが出たときも相応の額を貢ぐ決まりだ。
 ちなみに、未成年者や学生は「生け贄」を免除されるという。

 そうやって各地の教団支部で集めた「生け贄」のうち半分が支部での取り分として運営や布教のため使われ(実際はほとんど、支部長宅の生活費に化ける)、あと半分は教団本部が徴収する。ざっとした計算でも、年に数千万円がボジャイ様の懐に入る勘定だ。
 これじゃ、教祖様はやめられないや!

 ボジャイ様ほどでなくても、富裕者の多い地域に展開し信者数も百人を超える別の支局では、支部長一家の暮らしぶりはなかなかのものらしい。
 やはり敦子の話だが、若い信者の親睦会で裕福な地区にある支部に行ったとき、建物があんまり立派で、貧乏信者しか集まらないこの大野小町支局とのあまりの違いに呆然としたという。

 さて。
 僕が敦子の太ももに気をとられるうち、献金箱が敦子の隣りの人から回ってきた。
 敦子は、持っていた千円札を折りたたんで中に入れる。
「学生は免除されるんじゃなかった?」
「あたしの場合、自発的に貢いでるの。そうしたほうがボジャイ様のご加護がもっと受けられる気がして。あ、守屋くんはいいよ」
 そう言うと敦子は、手に持った献金箱をぼくを抜かすかたちで、僕の隣りの信者に手渡そうとした。なんだか疎外されたと感じる振る舞いだった。
「ちょっと待って」
 僕は、手から手へと渡され前を通り過ぎようとする献金箱を自分の手でガシッと受け止め、膝の上に置くと、財布を出した。五百円玉でもあればと思ったが、あいにく小銭ばかり。ポケットを探っても、出がけに母から渡された一万円札があるだけだ。
 よし。
 僕は一万円札を出して、献金箱に収めた。
 やってしまってから、すごく後悔した。
 一万円は無職の高校生には大金だ。あれも出来た、これも出来た。どうして貢いでしまったの?
 僕が入れた紙幣に福沢諭吉の顔をとっさに読み取った敦子は、伺うように、こっちの顔を覗きこんだ。
「いいの?」
「いいさ」
 今更もう取り出せないじゃないか。ところで敦子は、献金箱を回すときに僕のほうに大きく身を寄せた。まるで恋人に寄り添うように、右半身が僕の左半身にべったりとなる格好で。『生け贄の歌』の合唱が終わっても、そのまま姿勢を戻さなかった。

 なんだろう、これは。知らない人が見たら、恋人同士と思われるじゃないか。僕は人目が気になりはしたが、迷惑とは感じなかった。
 すでに敦子がもっと親密な態度をとるのではと期待するようにさえなってた。
 僕はそれとなく周囲を見たが、会衆で気付いた人はいないみたいだ。一瞬こちらにチラッと横目をやり(僕ではなく敦子のほうに)、咎めるような顔をしてから視線を戻した黒石御影を除いては。
 敦子のほうでも御影の反応を察したようで、返事のつもりなのか自分の頭をかしげ、僕の肩にのせてきた。まるで見せ付けるみたいに。
 それで御影はまた敦子を見やり、怒ったように眉根を寄せ、顔を背ける。
 僕と敦子とで馴れ合ってるのがあきらかに気障りな様子だ。

 僕のほうは見せ付けたいんじゃなく、ただ隣席女子から示される親愛のアプローチを拒む気になれず快いものとして受け容れるという、いわば敦子のなすがままにされてたわけだが、それでも御影の心を乱したのがわかると、なんとなく一矢報いた気分になった。
 しかし、僕にとってのこの幸せな状態は長くは続かない。支部長が僕の名を呼び、みんなの注目がこちらに集まったからだ。
 敦子はたちまち姿勢を正し、揃えた膝の上に両手を行儀よくおいた。






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ライトノベル「アレが見えるの」七の1


 日曜日の来るのが怖かった。
 御影と敦子のひそひそ話を聞いてしまってからの僕は、心の中で社会的常識と暗愚な慄きとの戦いを繰り返しながら日を送った感がある。
 いや、言葉のとおり真に受けて、(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル してたんじゃないぞ。
 「生け贄」が言葉のあやだってことはなんとなくわかる。それは察せられる。
 いくらなんでも言葉通りであるはずがない。そうだったら僕の身が危ないし。
 でも……。
 二人のあの口ぶり。「生け贄」という言葉をやり取りするときの、いかにもという感じで声をひそめ聞かれるのをはばかる様子(しっかり聞こえたけど)。

 儀式……生け贄の儀式……入団者の生け贄の儀式。
 「生け贄」という言葉から連想できるあらゆる事案が懸念された。
 『ハムナプトラ』、『アポカリプト』、『インディ・ジョーンズ魔宮の伝説』……それまで見た映画のさまざまな流血場面が脳裏に去来する。

 大丈夫だろうな、まさか大丈夫だろうな。
 21世紀だし、日本だし、市街地でのことだし、現実だし……。
 しかも入団の儀式があるのは昼前だ。小さな子を含む信者の面々が揃ったあの礼拝所で、笑い出すのをこらえて苦しむことはあっても、ホラー映画のようなおぞましい出来事が待ち受けてるわけがない。
 よもや我が身がバーベキューの具材になるとかゾンビ化した会衆に囲まれ、生きながら食われるとか、ひそかに案じるような事態がこの身に起こりはしないよな。そういうのって劇画の中だけだろ。

 かくたる次第で、日曜日が来るのを人生でこれほど恐れたことはない。

 それでも出かけるとは我ながらどうしたもんだろう。
 僕は朝十時の礼拝に間に合うよう身支度を整えた。支部長は念入りに身を清めてくるよう言ったっけ。その通りに、朝シャワーを浴びてリフレッシュすると、大人びた感じに髪を撫でつけ、ネクタイを締め、スーツを着込み、自分なりに正装した姿になった。
 階下に下りていくと、母が即座に反応した。 
「あら、デート?」
「なんでそう言う、お母さん?」
「その服装とおまえの顔。女の子と大事な約束があると見た」
 母はなにか誤解してる。でも本当のことは明かせないし、勝手にそう思ってくれるなら好都合だ。しかも違った意味で効能があった。
「お小遣い、足りてる? 臨時のボーナスあげようか?」
 いや、くれるというならもらっとくけど。
 あれ、一万円も? いいの?
 母は楽しんでらっしゃいという感じでウインクしてみせた。
 この母親、善良だが、息子の苦悩がわかってない。

 表に出ると、いつもの環境があった。
 まばゆい光に包まれた日曜朝の住宅地、静けさのうちに喧騒を予兆させる空気に身をさらし、平穏な景色の一部として溶け込んだ自分を感じながら道を行く。
 デートに行くのか他の用事なのか、すれ違う女の子たちがみんなお洒落をし、それぞれ魅力的に見える。
 「おはよう」と呼びかけると向こうも、「おはよう」と返したり会釈したりで好意的に反応する。それがまた、理不尽な思いをいや増しさせた。
 なぜ、あの娘たちのうち一人でも傍らにいないのだろう。それは雑作もない、きわめて自然なことなのに。

 なんて気の重さだ。
 この素晴らしい日曜日、デートに出かけるのがふさわしい服装でカルト教団の入信の儀式に出席って……。
 まったく、やるせない思い。それも、待ち受ける「生け贄の儀式」が何なのかに怯えながら。教団支部に行けば行ったで、御影からそっぽを向いて迎えられるんだ。
 ああ、神様。いや、ダラネーナ教の神じゃなくて。

 それにしても、黒石御影。
 家の中ではよくしゃべった。全然おとなしくない。活発に動き回る。そして我がままなくらい、臆面もなく自分を主張する。
 御影の友だちで教団員の志摩敦子から聞いた、狂信に染まった家庭で虐げられる、愛に恵まれない少女というイメージは崩れてしまった。
 言ったことと実際とがぜんぜん乖離してるじゃないか。
 それでも、敦子の話は根底では正しく、御影のおかれた状況を的確に捉えてるかもしれない。

 御影が日頃から、自宅であんな風に性格をあらわにするからといって、彼女がまた学校に行けば、みんなに知られるとおりの寡黙で引っ込み思案な少女のイメージを通し続けるだろう。
 これは、自分を偽ったとか別人を演じてるというのとは違う。
 三田のおねえさんの心理学講義によれば、厳しい締め付けを課されて育った家の子にはありがちなんだそうだ。
 つまり家の中で無意識のうちに感じる圧迫を外側に投影し、本来は自分の家族に対してもつべき認識を世の中に向けることになる。そうすると、巷の人々が自分に悪意を抱いてると感じるのだ。だから自分の家から一歩出れば、敵意と危険が満ちた世界に身をおくような、臆病な態度で警戒的に振る舞うという。
 しかもおねえさんによれば、これは特別なものじゃなく、どんな人でも多かれ少なかれ持ってる性向だという。

 むずかしいこと書いちゃったかな?
 ようするに黒石御影というのは、彼女の家があのままであるかぎり彼女もまたあのままで、家の外で本来の自分をさらし屈託なく振舞うようにはならないってことだ。

 さて。
 電車に乗り、大野小町の駅から歩く。
 妙なもので、この教団支部への往路に関しては妨害を受けそうな気がしないし、現に何も起こらなかった。
 日曜日ということもあり、道中で、数え切れないほどの女の子や女の子と一緒に歩く男どもとすれ違い、そのたびに一種独特の胸の痛さと癪な思いを味わいはしたが。

 さあ、目的地に着いたぞ。
 聖ダラネーナ協会(「教会」じゃない)大野小町一丁目楽園通り支局。
 どう見ても、さびれた商店街の店舗が分不相応に背伸び、カルト宗の聖殿を気取っただけの建物だ。通行人の一人として好奇のまなざしを注ぎつつ通り過ぎるのがふさわしい。それがまさか、自分にとって馴染みの場所になるなんて。

 チン、コーン。
「守屋護です」
「あ、守屋くんね。どうぞ、入って」

 礼拝室には黒石夫妻の他、何人かの信者がすでに来ており、到着した僕を親愛の念をこめて迎えてくれた。仲間として見られるようになったのはあきらかだ。御影の姿は見えないが、志摩敦子がいた。
 心なしか、お洒落してきたように感じる。華やいだ色のワンピースに、ポニーテールをリボンで結わえ、可愛く見せようとしてる。
 なにより僕への接し方が積極的だ。当たり前のように、僕の隣りに寄ってきて腰かけるし、香水の匂いもこの前と違う。
 聞けば、母親より一時間早く来て、礼拝室の掃除やお昼の会食の下準備を手伝ってたという。
「わからないもんね」
 敦子は誰に言うともない調子で、ごちた。
「守屋くんが入信だなんて、先週の日曜には思いもしなかった」
 そうだろう、そうだろう。僕もだよ。
 まったく、この一週間で人生は急転回した。学校では疫病神扱い、そのうえ登校もできない有様だ。ネットでは日本中から叩かれてる感じで、味方がない。そして最愛のおねえさんが食中毒で入院する身なのに見舞いにも行けない。
 もとをたどれば、黒石御影という風変わりな同級生のせいで。
 その御影は思ったとおり、奥に引っ込んでる様子だ。いよいよ午前の礼拝が始まるまで出てこない気で満々なんだろう。






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ライトノベル「アレが見えるの」六の2


 礼拝終了後、ちょっとした会食の場がもうけられた。信者一同でテーブルを囲み、簡単な食事を供しながら打ち解けあう時間だ。冷麦とかき揚げ、のり巻き、番茶などが並んでる。
 御影はこれに加わらず、さっさと奥のほうへ引き上げていく。
「あたし、おなか減ってない」
 娘の不愛想ぶりを母親が背後からたしなめた。
「これ食べないなら今夜はもう、ご飯ないけど」
「いいよ」

 黒石氏のほうは上機嫌だった。
 会食の場では僕に傍らの席が与えられた。僕の入団はこの人の中ではすでに内定済みのようだ。
「よし。今度の日曜日、入団式やろう、入団式。新しい信者、守屋護くんの入団式」
「どんなことをするんですか?」
「面倒なことは何もないよ。ボジャイ様に忠誠を尽くすための儀式だ。ただし、念入りに身を清めてきてほしい。神聖な儀式だからね。あとは、教えるとおりにしてくれればいい。それできみは立派な教団員。入団式終わったら、みんなでバーベキューしよう、バーベキュー」
 周囲の教団員たちのほうが悦んでる。
「バーベキューかあ」「ひさびさのご馳走だ」「肉なんてお祝いのときしか食べれねえもんな」
 神聖な儀式とバーベキューとどう関係あるんだといぶかったけど、なんのことはない、新人の参入をダシに、古参仲間で飲み食いして親睦を深め合うってことなのか。

 僕は支部長の好意につけ込んで、ある依願をおこなった。
「誰かを連れてきてもいいですか?」
「誰かって、ご家族かな?」
 ぼくは三田のおねえさんを想定してたけど。おねえさん、こういうの好きそうだから、入団式の様子がどんなだか見せてやりたくなったんだ。
 でもその申し出は、丁重に断られた。
「ダラネーナ教団はひとつの家族だよ。入団式の後ではここにいるみんなが、血と肉を分け合ったきみの家族になるんだ。きみのご家族も入信したいというなら、話は別だがね」
 あ、無理。あの母親とあの父親じゃ絶対、無理。息子がカルト教団に関わってるとわかったら駆けこんできて、連れ戻すに決まってる、今日だって内緒で来たし、今回の心ならずの入信も金輪際、親には明かす気ないのに。

 親睦会はカラオケ大会の様相を呈し続けられたが、僕はいまのうち引き上げることにした。まだ高校生だから保護者なしでの外出は八時が門限でと言うと、支部長は納得してくれた。
 帰る前に、いろいろ教えてくれた志摩敦子に挨拶しようと思ったが、消えていた。敦子の母によれば相談があると御影に呼ばれて出て行き、いつ戻るかわからないという。

 教団支部から出てくるときの僕は、思わず知らず、敵の懐深くに飛び込んで足場を占めたような、大戦果を達成した気分だった。とにかく「古代の悪霊」の真相に一歩迫ることができた。
 そう思い込んでた。



 すでに日は落ち、真っ暗だ。
 人気のまるでない楽園通り商店街、街路灯で照らされる廃業した店ばかりの軒並みにはさまれた道を駅のほうへ歩き出そうとすると、どこかの路地裏からだろう、ひそひそ声での会話が聞こえる。聞き覚えある女の子同士の会話だ。

「アッちゃん。困るよ〜」
 御影が志摩敦子と話す声だ。御影のほうが敦子をどこか目立たぬ場所に引っ張り込んで苦情を申し立ててる感じ。
 僕は立ち止まり、気付かれないようにして聞き耳を立てた。
「なんで守屋くんに自宅(うち)のこと教えたの?」
 御影の声は敦子を非難する調子だった。
「いいじゃない。なんで文句言うの? 信者を増やしてあげたのよ」
 かたや敦子は、なぜ御影がそんな困惑するのかわからないという口ぶり。
「守屋くんね、キヨミの仲介であたしに電話よこして、ボジャイ様のこと訊いてきたの。だからあたし、話したげたの。教団の由来とか、いろいろ。それで守屋くん、あたしの話きいて興味もったらしくて、体験礼拝に来たいって言うから、ここの場所おしえたげたのよ」
 敦子の言い方はなぜだか反抗的だ。そう、反抗的。敦子のほうが御影に反抗的って……。
「あたし、何か悪いことやった? 教団の仲間を増やすのも、一人でも多くに七難八苦九死一生の教義を拡めるのも、ボジャイ様の御心にかなうはずよ」
「だからさ。信者を増やすにしても、なんで守屋くん引っ張ってくるの、よりによって」
「いけないわけ?」
「そう。あたし、困る」
「幽霊が怖いの? 守屋くんにとり憑いてる。見なけりゃいいじゃない、どうせ群がってるだけで何にもしないんでしょ」
「何度も言ったでしょ。見るだけで嫌なの」
「だから見なけりゃいいじゃん」
「アッコこそ、なんで守屋くんにこだわるの。特別な理由あるの?」
 ここで敦子は言いよどんだらしく、言葉の調子が急にまとまらないものになった。
「守屋くん、いま大変な境遇でしょ? みんなからまるで疫病神のように見られてて。それで参ってる感じだから、本当に困った様子だったから……可哀想じゃない? 救いもとめてきたなら、助けたげようよ」
 御影の声は俄然、きつい感じになった。
「いろいろ話したっていうけど……。ボジャイ様のことだけ? あたしのことも話しちゃったんでしょ? いらないことまで、何もかも。アッコって、いつもそうじゃない。ぜんぜん秘密まもれないんだから」
「ボ、ボジャイ様は信者同士で隠し事せずに、何でも打ち明けろって……」
「なに言うの。それとこれ、ぜんぜん違うじゃない。守屋くん、まだ信者じゃないし」
「でも今度の日曜、入団式やるって言ってたよ。支部長が」
「お父さん、しょうがないな……」
 御影は、まるで自分が教団を牛耳ってて実務を任せた者がヘマをしたといった口調だ。
「今度の日曜か……ねえ、アッコ」
 心なしか御影は、いっそう声をひそめた気がする。
「もしかして……儀式のことも話しちゃったんじゃない? 入団者の生け贄の儀式」
「あ。それは、まだ……」
 生け贄の儀式だって? 入団者の?
 いま、聞き捨てならない、穏やかならざる言葉が、御影と敦子の間でやり取りされなかったか?
 なんぞ? それ、なんぞ?
 僕はひとりで色めきたった。
 敦子は、これも声をひそめて返事する。いかにも聞かれたらまずいことのように。
「だって生け贄の儀式があるなんて言ったらさ、守屋くん、怖がって来ないと思ったから」
 御影の残念そうな吐息が続いた。
「言ったほうがよかった。知ったら絶対、来ないから」






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ライトノベル「アレが見えるの」六の1


 御影はそのまま向きを変え、バタバタバタと遠くへ逃げてしまった。
 あとには御影のお父さんと悲鳴に驚いて集まった家族や教団の人々、そして僕が残された。
「御影の奴、なんて挨拶の仕方だ」
 黒石支部長は若い訪問客の手前、いましがた自分の娘が見せた礼を失するような振る舞いを笑ってとりなした。
「はっはっは。きっと学校の友だちがいきなり自分の家に来てたもんだからビックリしたんでしょう。しかし男の子がいるからって、あんな恥ずかしがって奥に引っ込んじゃうとは。あいつもお年頃なんだな。はっはっは」
 みんなもつられて笑った。御影の異常な反応は、そういうわけかということで受理された。

 このおじさんの鈍感ぶり、わかった気がする。父親だったら娘が悲鳴をあげて逃げたとき、顔赤らめたか顔面蒼白だったか見分けられそうなもんだが。
 まあ無理もないか。黒石氏には御影とちがって、僕の周囲にいる幽霊が見えないんだから。

 ところで、悲鳴がきっかけでその場に揃った御影以外の教団支部の人々――これから始まる夕刻の祈祷のため礼拝室に来てた――は僕という新入りに、もう少し丁寧なかたちで歓迎の意思表示をしてくれた。
 人数は二十人ばかり、市井の人々とあまり見分けのつかない感じ。年取った人が多い。数少ない若年者には、僕に教団と御影のことをいろいろティーチしてくれた御影の友だちの志摩敦子もいて、とりわけ嬉しそうだった。新しく入信者を連れてくると教団でのポイントが上がるのかな。

「さて。そろそろ夕べの祈祷の時間だ」
 ここで、黒石氏は立ち上がった。
「体験礼拝をご希望だったね。これから礼拝室で、実際に儀式をエンジョイしてもらおうか」
 そうだった。ここに来た表向きの名目が「体験礼拝」のためだった。本来の目的がいきなり現われ、しかも悲鳴をあげて逃げてしまったのですっかり忘れてた。
 僕は喜んでという反応を示し、黒石支部長や他の人々とともに礼拝室に向かった。

 礼拝室といっても、奥に通される前に通過したところで、店舗だった建物の店の間取りをそっくり転用したものだから、土間のような空間に三十脚程度の折りたたみ椅子が祭壇に向けて並べられた程度の場所だ。
 しかもその祭壇たるや、インド的というか神道的というかなんとも名状しがたい様式の、ゴチャゴチャと飾り立てられた教壇のような場所だった。上方に教祖ボジャイ様の肖像写真が掲げてあるが、威厳とか霊験とかはあまり感じない。ちょっと名状しがたい、ものすごい濃い顔をした人物で、宗教家というより芸人としてのほうがよほど通用しそうだ。

 信者たちはほとんど顔見知りの間柄で、馴れ合ってるようだった。僕と面識があるのは同級生で御影の友だちの志摩敦子だけだ。その敦子は、一緒にいた母親になにか告げ、僕のすわった隣りに席を移してきた。お祈りのやり方を指南してくれるという。

 さて。
 礼拝が始まるのは午後六時からというが、時計の針は時刻を過ぎてた。
 すでに礼拝室にはあらかたの信者が揃ってるのに、思ったとおり御影の姿が見当たらない。
 その理由がどうしてかは僕にはあきらかだった。彼女は僕の出席する今晩の礼拝には出てこないつもりかもしれない。

「御影ちゃん、どうしたの? 来ないと始まんないじゃない」
 信者たちの口々にいぶかる声。御影は祈りの文句を朗誦する役なので、いないと礼拝が執りおこなえないらしい。

 黒石氏は離れた席にいる奥さんを、「呼んでこい」という風に、顎でうながした。
 御影のお母さんが退室し、奥のほうへ消えた。
 しばらくして一人で戻ってくると、支部長に耳元でなにか囁くようにして伝える。
「連れてこい」
 しかし黒石夫人は、夫の耳元でさらに囁いて返した。そうしようとしたけど拒絶されたと言ってる感じだ。
 黒石氏は軽く舌打ちした。
「しょうがないな」
 今度は黒石支部長が立ち上がり、奥のほうへ早歩きで消えていった。
 やがて、父親と娘とでなにか言い合う声、続いて父親が娘を叱るというよりなんだか脅しつけるようなドスの利いた声が奥から聞こえてくる。

 みんな、何事かと聞き耳を立てるうちに、御影が父親から両肩をつかまれ、押されるようにして入ってきた。
 それとわかる、こわばった顔だ。
 祈祷室の中を目線だけですばやく見回し、僕がどこにいるか確かめると――まわりに幽霊が群れてるのですぐわかるらしい――、もうこちらを絶対向かないという確たる意思表示でもするような態度で自分の席にすわった。なに、学校でのいつもの反応ぶりを家の中に持ち越してるだけだ。
 学校のときと違うのは、なぜか僕の隣りにいる志摩敦子を睨め付けるような感じだったことか。
 それにしても黒石支部長は「悪魔も幽霊も、聖殿の入り口に立っただけで退散するさ。はっはっは」と請け合ってみせたけど、あの御影の態度から察するかぎり幽霊の侵入はぜんぜん防げてないんだなあ。

 自分の席に戻った支部長はさきほど娘を脅迫したときとはまるで違う、人の好い声で会衆をうながした。
「お待たせしました、皆さん。さあ、ボジャイ様へのお祈りを始めましょう」
 支部長が音頭を取って、祈祷が始まり、一斉に楽器が鳴り出した。シンバル、鐘、太鼓……それぞれ役割が決まっていて、いずれも古参信者が奏でる。

 しかし、なんたる礼拝だろう。
 けたたましいことは志摩敦子から聞かされてたが、いざ自分がその場に身をおき、臨場感を味わってみると、たまったもんじゃない。まるで夏祭りと葬儀とを一緒にやってるような、厳粛きわまる騒々しさだ。

 カーン、カーン、カーン!
 盛大にシンバルが轟いたあと御影が、おそろしくよく通る声で、祈祷の文句をリードするように読み上げる。
「七難ボジャイ、八苦ダラネーナ」
 これに、信者たちの朗誦が続く。
「七難ボジャイ、八苦ダラネーナ!!」
 御影の単誦。
「何とぞ我らから七難八苦を退け、九死に一命を授けたまえ」
 信者たちの合誦。
「何とぞ我らから七難八苦を退け、九死に一命を授けたまえ!!」
 ピリオドを打つように、鐘と太鼓の音が響く。
 チーン! ポコッ!
 そしてまた、シンバルの連打。
 カーン、カーン、カーン!
「七難ボジャイ、八苦ダラネーナ」
「七難ボジャイ、八苦ダラネーナ!!」
「艱難がどうぞ他所に向かい、我らには至福が訪れますよう」
「艱難がどうぞ他所に向かい、我らには至福が訪れますよう!!」
 チーン! ポコッ!
 こういう調子で延々と繰り返されていく。

 耳栓をしたかったが、それだと嫌味になるだろう。
 やかましいのを懸命にこらえた。吹き出すのをこらえるのはもう必死だった。すぐ隣りの敦子ははじめのうち、慣れた様子で平然としてたけど、僕が失笑すまいとする様子につられるように、何度か口元をゆるめそうになった。あとで聞いたら、通い始めの頃はやっぱり必ず吹き出すので叱られ通しだったとか。もうやめようかと悩んだこともあるという。
 思えば御影は、子供の頃からこの環境でしごき抜かれたんだなあ。

 その御影だが、完璧にはまり役をこなしていた。
 学校での話しぶりでは想像できない、一種独特の貫禄を発揮して、祈りの文句を詩吟でも読み上げるように、音楽的な韻律をつけて滔々と朗誦する。ほんとうにくだらない祈祷文なのに、彼女が読み上げるととても迫力があり、詩文のような響きをもって効果的に耳に迫ってくる。
 礼拝所の面々では目立たない存在としてありながら、実際はオペラのプリ・マドンナのように、場の空気を自分のものにしてるなと感じた。

「御影ちゃん、すごいでしょ」
 傍らの敦子が、僕の関心の向きを察したらしく、同意を求める言葉でこちらに調子を合わせてきた。同調することで同じ位置に立ちたいかのように。
「サマになってるもん。まるで本物のボジャイ様の巫女みたい。あたし入信したのも、御影ちゃんのあの姿に感化されちゃったところがあるのよね。あのおとなしい子があんなに変わっちゃうんだもん。憧れみたいなもの感じたの」
「ボジャイ様の巫女って、なに?」
 敦子はなぜか、話をはぐらかした。






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ライトノベル「アレが見えるの」五の2


 御影の家はさびれきった商店街のような通りにあった。
 ほとんどの店がシャッターを下ろし、昼間なのに行き交う人も少ない。
 どでかいショッピングモールが駅前に出来、客を吸い取られてしまったのだという。
 通りの入り口では「楽園通り商店街」と銘打ってるけど、いまでは誰が呼んだか「霊園通り昇天街」。言い得て妙だ。
 場所は御影の友だちに教えてもらった。「行ってもいい?」なんて本人に訊いたら(訊くのさえ容易じゃない)、「来ないで」と言われるに決まってる。
 だから体験礼拝の名目で、じかに教団支部のほうを訪ねることにしたんだ。
 所在地はもろちん、御影の家と一緒。

 家の前には大きめの看板で、「聖ダラネーナ協会 大野小町一丁目楽園通り支局」。
 いや、立派な建物じゃない。
 木造平屋でありきたりの一軒家。店舗だったのを改装したらしい。

 ここで逡巡してしまった。
 なんだか気恥ずかしく、空恐ろしい。
 まるで恋した少女の家を初めて訪ねるような気分だ。
 あるいは神経科の病棟のような、普通なら行かない場所に足を踏み入れる気持ち。
 まだ遅くない。やめようか。
 でもここで引き返したら、自分につきまとう問題は解消できない。
 この先、幽霊にも風説にも祟られながら過ごすなんて。
 何とかしなければ!
 端緒となることを言い始めた御影に近づけば、糸口が見出せるかもしれないんだ。
 来たのは誰のためでもない、自分のためじゃないか。

 なに、ひとりで行くんじゃない。
 幽霊たちも一緒だ。
 気を取り直して、呼び鈴を押した。
 チン、コーン。
「どなた?」
 か細くかすれた、中年女性の声が応じた。
「守屋護といいます。御影さんの同級生ですが」
 あれ、なんで御影のことを言ってしまったんだ。
 初っ端でとちったぞ。
 御影なんか関係なしで、通りしなに看板を見て興味を惹かれ寄ってみたような振りする気だったのに。

 すーーっと玄関の戸が開き、なんと幽霊が現れた。
 髪はほつれ、青白い相貌の女の幽霊が。痩せた身を白い長衣に包んでいる。
 うわ、ついに僕にまで見えるようになったか。
 御影が言うのは本当だったんだ。
 でもこんなのがとり憑いてるなんて、やだな〜、と思った矢先。
 目の前の幽霊はもの問うような顔で、生体反応を示した。
「御影のお友だち?」
 幽霊じゃなかった、御影のおかあさんだ。
(ふん。ありがちなギャグだ)

「いいえ。幽霊のお友だちです、御影さんに言わせれば」
 そう返そうとしたが、やめておいた。
 まあ広義の意味でお友だちなんだろう、「クラスメート」だからな。
 僕は、これも同級生で御影さんの友だちから聞きました。ダラネーナ教のことを。それでボジャイ様の教えに興味をもって詳しく知りたいと思ったんですと用件を述べるかたちで、相手に通用する嘘をついた。

 話変わるけど。
 ぼくの大叔父さんは、「三十歳より若い者の言うことは信用できねえ」が口癖だった。
 なぜかといえば、「若い奴らは相手が大人と見ると本音を言わず、嘘つくからな」 。
 みずからのおこないに照らせば、これは至言だ。大叔父さんにも若い時があったのだろう。大叔父さんが他の大人と違うのは若かった頃を忘れてないことだ。

 さて。
 とりあえず受け容れてもらえた。
 僕が真面目な好男子に見えるせいもあるが(みんながそう言っている)、教団としては入信者が増えるのは大歓迎のはずだ。
 奥のほうに通された。

 僕は居間兼応接間のような空間で待たされ、やがて支部長たる御影のお父さんと引き合わされた。
 あんな娘がいるとは思えない人物だ。
 表向きは円満で愛想が良く、口先上手。そのうえ損得勘定が巧みで抜け目がない。
 話からすれば、そうとう狂信的なのではと覚悟してたのに。宗教人というより商店主のようだった。
 事実、ダラネーナ教に染まる以前は、文具屋を堅実に経営していた。建物が表玄関を入るといきなり礼拝所でその奥が住居というのは、店舗だった頃の名残りだ。
 要望したとおり、ボジャイ様の教えについていろいろと説明を受けた。
 いろいろと。
 それはもう、得意になって淀みなくしゃべるのを聞かされた。
 普通と異なる場にいるという緊張感はあったが、内容については御影の友だちが言ってたとおり、それもボジャイ様をあくまで褒め上げる立場から聞かされる。
 正直あくびをこらえるのに苦労しながらの一時間だ。
 でも説教が一段落ついた頃には、律儀に耳を傾けながら時おり質問をはさんだりでちゃんと聞いて理解した振りをし続けた僕は、相手からかなり信用を獲得していた。
 とりあえず自分の影響力の圏内に入ったと思ってくれたらしい。

 そのあと、お茶菓子を食べながら入信の準備や自分の身の上についての雑談をするうちに、聞きたくてたまらなかった疑問を差し向けてみた。
「変なこと聞くようですが。この信仰を続けてて、怪異な現象を体験するってありますか? 他人にとり憑いた悪霊が見えるようになるとか」
 はっはっは、と支部長は笑って受けた。
「あり得ない。ここは当教団の聖殿だよ。怪異なものなんか入れるわけがない。悪魔も幽霊も、入り口に立っただけで退散していくさ。はっはっは。恐れることなんか何もないんだよ」
 いや、そういうのが聞きたいんじゃなくて……。あなたがご家族をどの程度わかってるかということなんです。ほんとにご存じないんですか、幽霊の見える娘さんがいることを。娘さんが学校でどんなこと言ってるかも。
 ああ、直裁に訊けないもどかしさ。
 なぜ御影がああなったのか、その答えを得ようと来たようなものなのに。

 そのとき。
 ガラリと玄関の戸が開き、一呼吸おいて、ピシャッとしまる音がした。
 誰かが帰ってきた様子だ。
 たんたんたん……と廊下に軽快な足音を響かせながら、近づいてくる。
「あら、『ただいま』は?」
 御影のお母さんが出迎える声がする。
「ただいま〜。お母さ〜ん、走ってきてのど渇いちゃった〜。冷たいものな〜い?」
 御影の妹だろうか。
 子供っぽい、あまえた声で、おやつをねだっている。
 いや待て、御影に妹はいなかったぞ。
 ついで、母親がこれこれと叱る調子で娘をたしなめる声。
「お行儀よくなさい。学校のお友だち来てますよ」
「ふんふん♪ アッコが?」
「守屋くんという男の子」
 母親がそう言うのと、快活な少女が居間兼応接間に姿を見せるのとはほぼ同時である。
 あれま。
 黒石御影その人だった。
 その瞬間の彼女だが、何事が起きたのか理解できない様子でいた。
 やがて……御影は視界の中の事実、自分の家にあの守屋護がいる、あるはずのないところにあるはずのない存在を認めたのがわかると、待ち伏せでもくらったみたいに、激しく悲鳴を上げた。
 学校ではとんと、こんな反応は示したことない。
 鼓膜をつんざくという形容がぴったりのけたたましさだった。
 ぎゃーーーーっ!

 家中の人が集まってきた。


(続く)






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「アレが見えるの」
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ライトノベル「アレが見えるの」五の1


 もともとは、黒石御影も普通の子だった。
 御影の家も普通の家だった。
 両親も他の家族もごく普通の人ばかりだった。
 「だった」と過去形を繰り返したのは、今はそうじゃないからだ。

 ある時を境に、御影の世界はどんどん普通から離れていった。
 御影の祖母があの教団に入信したせいで。いや、仏教やキリスト教のほうじゃない。
 聖ダラネーナ教団。
 まだまだ規模は小さい。信者は数百人程度(稲葉高校の一学年分の人数より少ない)、狭い地域に集中してる。御影の家がある周辺だ。たぶん大きな成長は見込めないし、正直ずっと小さいままでいてほしい。知れば知るほどそう思う。
 古代インドが起源とうそぶくが実は最近できたばかり、ボジャイと名乗る聖人だか山師だかを教祖として崇める新興教団、その教えが長年の伴侶を失くし空虚な思いでいた御影の祖母をとらえたのだ。
 ボジャイ様につき従えば、やがて来る艱難から免れる。失くしたものは取り戻し、宿願だったこともかなえてくれる。

 ボジャイ様とは何者か?
 まず経歴からして怪しい。一応は日本人である。小さい頃に宗教者としての素質を見込まれインドの名家に引き取られたという。そうして霊的な英才教育により修行を積み重ねた末ついに悟りの境地に達し、教祖の称号ボジャイを名乗るようになった。
 とにかく並みの日本人とは違う。容姿も、人格も、振る舞いも。
「あの人はインド人に育てられたから、インド人みたいになっちゃったのよ」
 巷のおばさんに言わせればそうなるが、ただしこの言い草は無知もはなはだしい。日本人に育てられて忍者みたいになっちゃったのと同じくらい変なんだ。インドについての理解が、江戸川乱歩の水準で止まってる。
 インド共和国の名誉のため言いたいが、かの国とダラネーナ教団とで文化的な関わりはまったくない。「インドの名家に引き取られた」も作り話に決まってるし、だいたいボジャイ様がインド人に見えるもんじゃない。
 あくまで日本の中だけで通用する変人だ。

 ともあれ、ボジャイ様なる人物の経歴ほど疑わしいものはない。みずから「私は詐欺師でござい」と言ってるに等しい。
 並みの人なら、これはヤバイ、ご利益なんかあるはずないと思うだろう。御影の祖母がまさにそうだったのは最初のうちだけで、いつしかボジャイの教えにはまり込んでしまった。
 どんな存在でも、ちょっと目立つこと、変わったことをすれば感化されていき、神と崇める人まで出るという見本かもしれない。

 しかも怪しいのは経歴だけじゃない、最たるものはその教義だ。
 すべての人を幸福にする方途はない。世の中の不幸の総量は一定であり、人類がこの決められた量の災いから免れる術はない。どうしてもそれだけの不幸や不運を集団として受け容れなければ世界はやっていけなくなる。
 つまり、おみくじで「凶」を引く人が凶札の数だけいるように、誰かしら不幸になる定めなのだ。
 しかしボジャイ様には厄を避ける力があり、その信徒になれば回ってくるはずの不運からは逃れ得る。はずれ籤を引かずに済むのだ。すべての人は救えないが、資財を投げ打って忠誠を尽くす者をボジャイ様は守ってくださる。だから信徒らは不幸が、自分たちでなく教団外の者に見舞うようひたすら祈るのだという。

 他人がどうなろうと知るかというんじゃない、是非とも他人に不幸を肩代わりしてもらおうという。
 なんたる教え。なんたる祈り。こんな宗教の信者になるほど不幸なことはない。

 たとえばキリスト教。
 救世主イエスは人類の原罪をすべて引き受け、我が身を犠牲にして贖(あがな)ったとされる。いや、それはいい。本当かわからんし。
 でも入信するには、人が生まれながらに罪を引き継いだ存在なのを認めなければならない。そう受け容れるのが出発点となるわけで結構むずかしいことだ。
 かたやボジャイ様は、世界を救うなど端からあきらめ、自分を教祖として崇める人々だけを守る。信徒たちも、ボジャイ様のもとに集いそのはからいで降りそそぐ災いを逃れようというわけで志に大変な差があるのだ。

 とにかくダラネーナ教と比べれば、他の宗教がよほどまともに見えてくる。街中で勧誘を受けても、いとも容易に振り払えるだろう。しかし……。

 狂気というのは憑依するものだという。そして伝染病のように拡がっていくらしい。
 御影の祖母ばかりじゃなかった。家の他の人々も、あきらかに異常な戒めで信徒を律する新興宗にあらがうどころか、しだいに教えに帰依するようになった。
 ほんとうに普通の家なら起こるはずのないことが、御影の一家には起きた。
 カルト信仰とは人々をそれほど変えてしまうものなのか。あるいはもとから黒石御影の家族には、集団狂気の発現する素地があったということか。

 いや、黒石家の中にもボジャイ様の教えを頑として受け付けない者がいた。
 ほかならぬ御影自身である。しかし彼女には、家族が狂信にはまっていくのを止めることができなかった。できるはずもない。ダラネーナ教が家に持ち込まれたとき、御影はまだ9歳だ。

 自分の家族が一人また一人と狂信に染まっていくさまを眺めるって、どんな気持ちだろう。それを幼い御影は、一人で味わったんだ。
 御影が中学に入るとき、家はダラネーナ教にすっかり乗っ取られていた。我が家がその地区の教団支部と化した。外面はまあまあ普通の一家に見えたが家の中では教えに背いた言動が許されず、体罰やネグレクトでの仕置きを受ける。

 たとえばお祈りするときに、失態は許されなかった。
 ダラネーナ教では祈祷のとき、鐘だの太鼓だのをけたたましく鳴らしながら聖句を朗誦する。

カーン、カーン、カーン!
七難ボジャイ、八苦ダラネーナ。
チーン! ポコッ!
何とぞ我らから七難八苦を退け、九死に一生をあたえ給え。
カーン、カーン、カーン!
七難ボジャイ、八苦ダラネーナ。
チーン! ポコッ!
艱難がどうぞ他所に向かい、我らには至福が訪れますよう。
カーン、カーン、カーン!
七難ボジャイ、八苦ダラネーナ……。

 ここがいけなかった。変な風に聞こえるのだ。
 「七難ボジャイ」が「なんぼじゃい」、「八苦ダラネーナ」が「ハッ、くだらねーな」に。まだ幼く、空気の恐ろしさが読めない御影は、朗誦がその部分にくるとどうしても吹いてしまう。
 すると祈祷の場を取り仕切る御影の父は、こいつ神様を笑ったと鬼のように怒るのだ(すでにボジャイ様から教団の支部長を仰せつかっていた。人格能力による采配とちがい、その地域で最初に入信した家が支部、家長が支部長になる定めだ)。

 厳粛であるべき時と場合に重大な粗相をしでかしたということで、彼女は制裁を受けた。
 ご飯を食べさせてもらえない。
 他にも、信仰のことでちょっとでも本音をもらそうものなら、たちまちお仕置きが見舞った。
 布団で寝かせてもらえない。遊びに行かせてもらえない。テレビを見せてもらえない。漫画も読ませてもらえない。お洒落も許してもらえない。遠足にも行かせてもらえず終日、教団本部の掃除を命じられるという……。

 これじゃ家のみんなに合わせるしかない。
 屈辱的な姿勢で祈り、教団への奉仕に専心した。祈りの場でも声を張り上げ、朗誦を真剣におこなった。
 とにかく表向きはボジャイ様の信徒として落ち度のないよう振舞い続けたのだ。そうしなかったら、高校にも行かせてもらえなかっただろう。

 誰もが同情はしても自分がそうなりたくはない境遇。
 御影はそこに身をおき、日々を送ってる。

 なんで、こんなに詳しいのかって?
 友だちから聞いたんだよ、御影の友だちに。どうして御影に幽霊が見えるようになったか、あるいは幽霊が見えると言うようになったか、過去に秘密があるんじゃないかと思って。
 でも何だか、幽霊どころじゃない恐ろしさをもった魑魅魍魎の世界にはまり込んだみたいだ。

 実際、この世でいちばん行きたくないのが黒石御影の家。痛切に思う。
 しかし今、僕はその玄関に立っている。


(続く)






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ライトホラーノベル「豆腐男」5





 どれほどの時がたっただろうか。
 カスミは、列なって傾いた商品棚のうち一番傾きが少ないものの上、かろうじて身をおけるスペースでへばりつくように、まるまった格好で横になっていた。
 まるで自分が水浸しで売り物にならない品物のひとつに成り果て、見切り品として陳列されたみたいだ。
 ずぶ濡れの身が冷えきって、ガタガタ震えが止まらない。
 それでいて、全身が麻痺したように動くのが億劫だった。

 気が付けば、建物の外では、あれほど狂おしかった豪雨と暴風もしだいに鎮まりつつある。
 出水は引く気配こそないものの、水かさがこれより増す恐れもないようだ。
 心なしか、空も白みかけている。
 豆腐男の姿は、どこにも見当たらない。
 あいつは溢水の最初の直撃に呑まれ、そのまま外に運んでいかれたらしい。
 ともあれ最大の脅威は駆逐されたのだ。
 カスミは、こんな目に遭った自分はいったい災難に見舞われたのか幸運に恵まれたのかどっちだろうと、なかば朦朧となった頭で考えた。
 なお救助が必要な状況なのは間違いない。
 スマホがあれば助けが呼べるし全国的な注視の的にもなれるのに、あいにく蛆虫豆腐の騒ぎで失くしてしまったし。あったとしても、こんな惨めな姿を自撮りして日本中に配信するなど思いもよらない。

 だいたい、今夜起きたことを説明しても信じてもらえるだろうか。
 自分ですら身に起きたとは認めがたいことなのに。

 それにしても、あいつ!
 カスミの脳裏には怒りの感情とともに、店長の顔が浮かんだ。
 命に関わるとは思えぬ母親の看病をカスミの身を気遣うことより優先、「大丈夫だよ、豆腐男なんか」とへらへら笑うように出て行き、果たして彼女を死ぬほどの危難に追いやった大馬鹿野郎!
 張り倒してやりたくてたまらなかった。
 前に跪かせ、頭をつかんでこの泥水に押し付け、涙声で詫びさせなければおさまらない。

 カスミはふいにクシャミの発作をもよおし、ブルッと震えた。
 まあ、いいけど。
 今はただ、暖かくて安全な場所、家に帰ってぐっすり眠りたい。

 そのとき。
 気のせいだろうか。何かが泳ぎ着くように、バリケードのようになった陳列棚の連なりにドスンとぶつかる鈍い衝撃を感じた。
 何なの?
 闇の中、目を凝らしてくまなく見たが、誰もいない。
 カスミが安堵の吐息をついたとき、どろどろに濁った水面からいきなり男の手が伸び、カスミの足を握りしめた。
「ぐえーーっ!」

 ついで男が水面から頭を出し、馴染んだ顔と声とがカスミの目と耳をとらえた。
「げはあ、げはあ……俺だよ、俺」
「店長!」
「おまえを放っておけなくて……増水で通行止めになった橋を無理に渡ろうとしたけど、車が流されちまってよ……必死で泳ぎきってな、もう命からがらだったぜ」




 台風は通り過ぎ、氾濫した川も穏やかさを取り戻した。
 水浸しとなった店内は、陳列棚も商品もメチャメチャな有様で、こんな狭かったかと驚くほどのスペースにずぶ濡れの廃品を雑然と放り込み積み上げたようで、多くの人が買い物や用足しで馴染んだ場所とは思えなかった。
 豆腐男が暴れまわった痕跡などすべて洗い流されている。
 男がどうなったかはわからず、身元もついに謎めいたままとなった。

 やがて。
 保険は下り、店は修復された。
 カスミも職場に復帰した。
 初夏には、店長と式を挙げる予定だ。

「やだ、また売れ残ってる……」
 カド印の『美味い絹豆腐』と『美味い木綿豆腐』。
 あいかわらず客に不評のまま、見切り品売場で不動の地位を占めていた。
 もう買っていってくれる客もおらず、売れ残れば廃棄されるだけなのだ。
「店長。このメーカーの品物、もうやめようよ」
「おまえもそう思うか?」
 豆腐男の事件からわかった大切なものがあるとすれば、愛の美しさや女性の自立などではなく、売れないとわかった品はもう売らないという思い切りだったかもしれない。


†             †             †



 しかし。
 豆腐男の件が落着ししばらくすると、今度は納豆女が……。

 それは奇怪な光景だった。
 三十がらみの女が早朝の決まった時刻に来店し、その日期限切れとなる納豆ばかりを買っていく――。




( 完 )






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ライトホラーノベル「豆腐男」4


 かくして。壁際に追い詰められたカスミには、まったく逃げ場がなくなった。
 絶体絶命だ。
「はあ、はあ、はあ……」
「これで、買った豆腐は全部、返品してやった」
 もはやカスミは泣きじゃくるようだった。へなへなとへたり込むしかない。
「あ、あの……お代金は全額、お返ししますから……どうか……どうか、お引取りを……」
「金? いらんよ」
 あれだけ動きまわったのに、豆腐男の呼吸はたいして荒れていなかった。態度はあくまで平静だ。
「代わりに、肉を持って帰るぞ」
 肉?
 カスミは恐怖に顔面を引きつらせながらも、きょとんとなるほかなかった。
「俺はカバンにいっぱい豆腐を持ってきた。今度は、カバンいっぱい肉をもらって帰る」
 そんなこと言われても……。この店では肉製品といえば、ウインナやジャーキーくらいしかおいていない。
「あの……うちでは、お肉は……」
「いいから、肉をよこせ」
 まったく感情を外にあらわさない顔で、豆腐男が迫る。
「ここにあるじゃないか。大きな、生きてる肉が」
 生きてる肉って……。
「おまえだよ。来るんだ!」
 ついに豆腐男は本性をあらわにし、カスミにつかみかかってきた。
「ぎゃーーーーっ!」
 カスミにできたのはジタバタ暴れ、相手が目的を遂げるのを遅らせることだけである。
「おまえを、この中に詰めて帰る!」
 力ずくで思うがままにされた状態のカスミはとうとう、スーツケースに! あのスーツケースの中に! 頭から突っ込まれた!
「ぐえっ! ぐえーーっ!」
 かくなるうえは、嘔吐とも悲鳴ともつかない、しぼり出すような絶叫として恐慌ぶりを表現するばかり。


 そのとき。
 異変がコンビニ24を襲った。
 豆腐男ですら予想できなかったこと。
 増水した川からあふれ出した水が濁流となって、洪水のように店めがけて押し寄せてきたのだ。
 建物を呑み尽くすほど大量の水が、ガラスの壁面をぶち破り、ドワーーーッとなだれ込んだ。
 一瞬のち、停電となり照明がすべて消えた。
 浸入した水の流れは反対側のガラス壁をも押し割るほどの威力を示し、店内を急流のようになって通り抜けていく。

 暴力的な水圧に、重くて頑丈な陳列棚がまるでドミノのようにはじかれ、押し流され、食品や雑貨類を大量に撒き散らしながら激しくぶつかり合った。
 豆腐男がこの期におよんで、どんな反応を示したかはわからない。
 声すら発した気配がなかった。
 カスミはといえば。ほぼ全身をあのケースに収納されるという恐怖の絶頂にあったのだから、何が起きたかどころではなかった。
 とはいえ。豆腐男の身をひとたまりもなく吹っ飛ばして押し流したに違いない溢水の打撃を、同じ場にいながらカスミのほうは被ることから免れていた。
 幸か不幸か、体を逆さまに詰め込まれた堅固な造りのスーツケースが防具となって、水流による強烈な破壊力を緩衝する役目を果たしたのだ。
 ケースはびくともせずに、カスミの体をくわえた格好でどんぶらこと浮かび上がった。
 しかしそのままでは、濁流に流され、反対側の出口から持っていかれてしまう。
 僥倖にもスーツケースは、水流で押しやられた陳列棚が寄り合ってバリケード状態になった上にポートが座礁するように乗り上げ、横倒しになった。
「グエ! グエッ!」
 足場の感触を得るや無我夢中で蛆虫地獄から這い出た彼女は、見るもおぞましいスーツケーツを蹴り飛ばすと、自分のおかれた状況をもはや驚きとも感じず――豆腐男に誘拐される以上の驚きがあろうか――水流の激しさに必死で抗いながら、半端な将棋倒しのように列をなして傾き、積み重なった商品棚の骨組みに華奢な両手と両足で懸命にしがみつく。
 髪も着衣も濡れそぼり、あのカスミがと思うほどの凄い形相で踏ん張り続けた。
 台風が荒れ狂う中、それも真暗闇の破壊された店内で、ただひとり。


( 続 )






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ライトホラーノベル「豆腐男」3


 これほどの狂おしさを呈しながら、男の顔からも声からも感情の動きはまったくうかがえない。いや、顔や声に感情を表わさないだけなのだ。
 その挙動には思うことが率直にあらわれていた。
 男はスーツケースから見るもおぞましい、かつて食品だったものをつかみ出すと、カスミの前に差し出した。
 パックの中の豆腐はいまや、かたちをとどめぬほど腐敗し湧きさわぐ無数の蛆の巣窟と化している。
「受け取れないのか?」
 彼女はまったく、固まってしまっていた。
 気絶をせずにいるのが不思議なほどだった。
「返事をしたらどうだ」
 豆腐男はあくまで、自分の要求がまったく正当であるのを疑わない態度だ。
「この店の豆腐だぞ。この店で引き取るのが筋だろ」

 かくなるうえはカスミといえども、生き残るための知恵が回りはじめる。
 そうだ。自分ひとりでなく店長もいるよう芝居して、店長を呼びに事務所に引っ込んだ振りをしよう。すぐに事務所のドアを施錠してしまうんだ。それから警察に電話すればいい。
「少々お待ちください。いま、責任者を呼んできますから」
 カスミはこわばった表情のうちにできるかぎりの愛想笑いをし、平常な対応をよそおった。
「店長。店長〜。いないのかな? あ、店長! いま、お客さまが……」
 彼女は架空の店長に呼びかけつつ、豆腐男と向き合ったカウンターの立ち居地から十歩ほど先の事務所の入口へと歩きはじめた。
 だが。
「おい、行くな」
 男はたちどころに彼女の意図を見透かしたらしく、妨害の挙に出てくる。
 ずっと店を監視していたに違いない。店長が出かけたのは承知の上なのだろう。

 しかも、豆腐男がカスミを行かせまいとするやり方はまことに効果的だった。
「ほら、返してやる」
 そう言って、カスミの前途に豆腐のパックを放り投げたのだ。
 それは事務所の入り口付近にぶつけられ、破砕した。
 中からはゲロにまみれたような特大の蛆虫がうごめきながら飛び散り、床をごぢょごぢょ這いずりまわる。
 カスミは悲鳴をあげ、飛びのいた。
 男はさらに、何個も続けてパックを投げつける。
 事務所に通じる床面は吐瀉物のような豆腐の破片、うにょうにょ身をくねらせる蛆虫で足の踏み場もなくなった。

 もう、いられない!
 事務所への行き場を閉ざされたカスミは脱兎のごとく瞬発し、今度は外へ逃げようとするが。
 豆腐男は行く手をふさぐように回り込み、カスミに逃げ道をゆずらなかった。
 そして、両手に持った豆腐を突きつけるのだ。
 カド印の『美味い絹豆腐』と『美味い木綿豆腐』。
「引き取れよ。返品だぞ」
 カスミははじかれたように後ずさりした。
 豆腐男はにじり寄ってくる。
「苦労して持ってきたんだぞ。拒むなよ」

 カスミは背を向けて、店内のほうへ逃げた。
「なんだ、その態度は?」
 男はすかさず背後から、豆腐を投げつける。
 飛んできた豆腐のパックがカスミの肩ごしに前方の床に落下して砕け、恐るべき中身が四散した。

「受け取らなくても、置いてくからな」
 男は投げた。
 また投げた。
 スーツケースの中から無尽蔵に腐った豆腐を取り出しては投げているかのようだ。
 あたりかまわず、無計画に投げまくるのではない。カスミのいるところを狙うようにしてだ。

「豆腐を返すぞ!」
 べちゃっ! べちゃっ! どろどろどろ……。
「きゃーーっ!」
 豆腐の容器が前途で破砕するたびに、カスミは飛び上がった。
 見るのも嫌だし、飛沫がかかるだけでも怖気をふるう。
 踏まないよう、逃げ道を変える。

「豆腐を返してやる。受け取れ」
「きゃーーっ! きゃーーっ!」

 豆腐男はスーツケースを引きずりながら、追ってくる。
「豆腐だ、豆腐。豆腐を……」
「やめてーーっ!」
「なぜ逃げるんだ。引き取れよ。店の仕事だろ」

 店も仕事もなかった。
 かくなるうえは、逃げる以外にない。
 豆腐男はさらにあとから追いすがる。

「ほら。豆腐だよ」
 平静な顔、きびきびした足取りでどこまでも追いかけてまわる男。
 なかば錯乱しつつ逃げ惑うカスミに、腐乱しきった豆腐を投げつけながら。

 豆腐を避ける。
 びしゃっ! びしゃっ! うじょうじょうじょ……。
 踏まないよう逃げる。

 男は店内のつくりをよく知っていた。
 「豆腐弾」でカスミの退路を阻み、出入り口はもちろん事務所にもトイレにも逃げ込ませはしなかった。
 男はこれほどの怪腕があったのかと驚かされる力みようで重量のあるスーツケースを引きながら陳列棚の間を縫うように追ってきて、恐慌のうちに通路でうろつき怯えるカスミに向かってなおも豆腐を投げつける。
 げろげろに腐敗し、肥えた蛆が湧きさわいでいる豆腐を。
 カスミは逃げも隠れもできぬまま、店の中をしだいに隅のほうへと追い込まれていく。

 だが、外に逃げたとしてどうだろう。
 コンビニの背後は山地で、勾配のきつい山道を追われながら走っても無人のお寺しかなかったし、正面の住宅地に通じる橋はおりからの台風で川が増水し水没状態、そこからは行き止まりだ。
 店長も帰ってこられない。
 警察を呼べたとしてもすぐには駆けつけられまい。
 ヘコムの警備システムもまるで役に立たない。
 今の彼女はまったく孤立無援の状態にあったのだ。


( 続く )






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ライトホラーノベル「豆腐男」2





 カスミの見間違いだったのか? そんなはずはない。現に、あの男にしか吐くことのできない代物がここにある。
 店長はいやそうな顔でそれを処理しながらも、とくに切迫した脅威は感じていない様子だ。店長にはもっと危機意識を持ってもらいたかったのに。
 カスミは、豆腐男の異常性を訴えずにいられなかった。

「あの人、変よ。ぜったい、変。もう、妖怪かエーリアンだから」
「ただの客だよ。おとなしく買い物していくだけの」
「でも、それ……」
「おとなしくゲロしていっただけだろ。きっと胃の調子が悪かったんだ。こんなところでやっちまい、決まり悪くて逃げたのさ」
「お店の前なのよ。そんな盛大に吐いちゃって、だまって逃げたら困るじゃないの」
「今度、言っとくよ」
「もう、お店に入れないで」
「もう、よせよ」
 店長がこうも常識寄りな見方をするのは、きっと自分が狙われてる実感がないからなのだろう。いい気なものだとカスミは思う。

「なんだか怖いのよ。あの人、わたしを変な目で見るの」
「どんな風に見るんだ?」
「わたしに話しかけたいけど言いだせない、もっとそばにいたいけど理由が見つからない、いつも残念そうに店を出ていくの」
「男の客はみんな、おまえの前じゃそうだぜ」
「あの人だけ、変なところがあり過ぎる」
「おまえの気の回しすぎだよ。ちょっとばかり内気なだけさ」
「でも……あれは、わたしを自分のものにしたがってる目なのよ、自分だけのものに。ピンとくるの」
「あの客がか? そんな目でおまえを見るなんて想像もつかねえや。もっとも男ならみんな、おまえを自分のものにしたいとは思うだろうけどな」
 店長の言葉に、カスミはハッとした。
「店長も、そうなの?」
「ピンとこなかったか?」


 それから、しばらく。
 カスミの日常は、店長とのことを除けば、前と変わらず過ぎていった。
 豆腐男の異常な日課にも異状はみられず、いつも通りに来て、いつも通りの品を買っていくことの繰り返しだ。
 ただ、男がカスミを見る目が尋常なものでなくなってきたように感じられる。ますます。
 なんだろう。カスミの体のサイズを目測しているのではと思えて仕方がない。それもいやらしい目ではなく、さめた実務的な目で。







 台風がくる。
 かなり強力なやつで、この地域には川の氾濫や土砂崩れに備えるよう警報が出ていた。
 「ドラッグ24」も昼間は、食糧や防災品を買っていく人の出入りが多かったが、夕方を過ぎ、カスミの夜勤がはじまる頃には客足はパッタリ途絶えた。
 日が沈み、風雨がいっそう強まったとき、店長の携帯に着信が入る。
 緊急で重大な用件なのはやり取りの様子からわかった。
 店長はカスミに恐ろしいことを言い出した。

「俺は出かけてくるぞ。店番たのむ」
「待って。ひとりにしないで」
「オフクロが癲癇(てんかん)でな、泡吹いてぶっ倒れちまって、看病しなけりゃなんないんだ。朝には帰るからよ」
「いや。いやよ、行かないで」
「俺がいなくたって、ヘコムの警備システムがしっかり守ってくれるだろ?」
「でも、でも……やな予感がする。ひとりでいるとき、豆腐男がきたら……」
「大丈夫だよ、豆腐男なんか。毎日おなじ時間におなじ格好で来て、ただ豆腐を買っていくだけじゃねえか」
 それが不気味だというのに。

 店長は車で行ってしまった。
 カスミは嵐の中、ひとりきりで店番をすることになった。
 外では、暴風と豪雨とが容赦なく荒れ狂う。
 店の中は静かだった。
 お客はまったく、いない。
 時が過ぎていく。

 そして。
 ついに、男はやって来た。
 いつもの時刻。いつもの風体。いつもの態度。
 ただ、今夜だけは違うものがひとつ。とびきり大きくて頑丈そうなスーツケースを携行している。
 旅行に出かけるのだろうか? そんなはずはない。では、台風から避難を? そうかもしれない。すでに、山沿いの地域には警報が出された。
 非常用の食糧でも買いだめする気なのか。

 いつもと違うのがもうひとつ。店の中での振る舞いだ。
 日配品の売場には向かわず、いきなりカウンターに直行してくる。
 まっすぐ、こちらに。
 男は、キャスター付きのスーツケースを重そうに押して進みながら、レジの前まで来た。
 しばし無言、なんの感情の動きも読みとれない顔でカスミを見つめる。

「あ、あの……」
 カスミが辛抱できなくなりもの問うのを待ち受けていたかのように、男はおもむろに口を開いた。
「豆腐を返しにきた」
 いつもと口調が違う。「ですます」調を廃している。
「は?」
「返品すると言ってるんだ、豆腐を」
 男は、スーツケースのファスナーに手をかけた。
「これを見ろ」

 うぐっ!
 ケースを少し開けただけで、吐き気をもよおすような、ほとんど物理的打撃と変わらない強烈な臭気が鼻腔を突き刺した。
 中には視覚的にも強烈なものが詰め込まれている。
 カド印の『美味い絹豆腐』と『美味い木綿豆腐』。
 何十、もしかしたら何百というパックの数だ。すべて、げろげろに腐乱し変色するという変わり果てた姿。容器も多くが破損し、充満する有毒なほどの悪臭が湯気となって立ちのぼるようだった。
 じゅくじゅくじゅく……泡立つような、小さくかき回すような音がひっきりなしにするのは何だろう?
 あまりのものを見せられ、両手で鼻と口とを覆いながらカスミは目を疑った。

 男は、これまで買い込んだ豆腐をすべて腐らせ、スーツケースに詰めて店に持ってきたのである。
「数はそっちで確認しろ。何百個もある」
 彼女は言葉を発することができなかった。
 なんという!
 豆腐男の心の状態をはっきりとさらけ出す出来事が今、店の中で起こっていた。
 しかもカスミは、たったひとりで向き合わねばならない。


( 続く )








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ライトホラーノベル「豆腐男」について


深夜のコンビニ。同じ時刻に、売れ残りの豆腐ばかり買いに来る男の怪異。
ギャグ仕立てのホラーと言いますか。もしくは、ホラー仕立てのギャグと言いましょうか。

ずっと以前、木下ぺーすけという別名でリレー小説として書き出したものをまとめ、手を加えました。
筋立ては当時から結末まで考えていたのですが、小説のかたちで完結させられたのは実に15年ぶりのこと。
そうです。構想から完成まで15年がかりの大労作!(爆)
これを、たった30分で読めたあなたは超幸運!






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ライトホラーノベル「豆腐男」1





 それは奇怪な光景だった。
 四十の男が深夜の決まった時刻に来店し、その日売れ残った豆腐ばかりを買っていく。ちなみに、四十というのは年恰好のことだ。男の人数ではない。

 どんな男なのか?
 容貌魁偉たるわけではなく、怪しげな風体もしていない。
 丁寧に刈り揃えられた頭。清潔できっちりした会社員風の身なり。
 だが、どこかぎくしゃくした歩き方。レジで応対されるときの物言いもしゃちこばった「ですます調」で通し、打ち解ける隙のないものだった。

 終日営業のコンビニ「ドラッグ24」に勤める朝霞カスミ(あさか・かすみ)はある日、まだ二十代の若さの店長を前に、当然の疑問を口にしてみた。
「あの人、毎日あんなに豆腐ばっかり買い込んでどうすんのかしら?」
「決まってんだろ。食べるのさ」
「食べるって……やだ、こわ〜い」
「おまえだって豆腐は食べるだろ」
「食べるけど、前の日の売れ残りじゃ、いや」
 しかも、この店の。とまでは言葉に出して言えない。

 カスミも以前、男が買うのとおなじ銘柄の豆腐を、残業のご褒美に店長から分けてもらったことがある。
 カド印の『美味い絹豆腐』と『美味い木綿豆腐』。
 いかにも見栄えがよく、味もよさそうだ。
 すっかり騙されたカスミだが、口一杯に頬張った途端、味覚機能が急停止、噴き出しそうになった。
 まずかったのだ……たとえようもないくらい。
 一丁十円でも金輪際求めようという気になれるものではない。
 それがあの男は、まるでそれだけが目当てのようにやって来ては、見切り品コーナーに並べられた数だけ、多い時で五丁から七丁もの賞味期限ぎりぎりになった『美味い豆腐』を買い込んでいく。

 そういえばこの男、豆腐にかぎらず、売れ残りの商品しか買わない。
 賞味期限が過ぎ、半額になったパンや弁当、めん類、菓子や果物、乳製品に卵……間違っても、普通の値札が付いた品物を選びなどしないのである。
 男の買い物はこんな具合で、いつもカゴいっぱいの品物をカウンターに持ってくるくせに、払われる代価は驚くほど低額なのだ。
 カスミにはこんな仕方の買い物は無理だった。ある意味、男には一目置かねばならない。

 店内での男の態度には緊張感があった。切迫感と言い換えてもいい。
 パチプロが店中の台の釘をチェックする性急さで、安値札の付いた品はないかと目を光らせながら陳列棚の間を歩きまわり、店内一周してしまうのである。
 普通の客なら、コンビニごときに並べられた商品をこうまで真剣な眼差しで追ったりはしない。
 なんというか、買い物を楽しむという余裕がまるで見られないのだ。

「万引きやってんじゃねえのか?」
 ついに不審に思った店長が、防犯ビデオで男の店内での行跡をチェックしてみても、法的に逸脱した振る舞いを確かめることはできなかった。
 してみるとあの男は、店にそれなりの利益をもたらす客、それも常連の客ということになるだろう。
 ただ、毎夜日課のように同じ時刻に訪れては、豆腐をはじめ見切り価格の品物ばかりを漁っていくところが常人と隔たっているのだった。







 カスミは、繊細な眉根の皺ひとつまで計算された愛らしいつくり笑いと、本音を出したときの子供っぽい、庇護欲をそそる無邪気さとで男どもに受けのよい娘だった。
 二十歳に達していたが、体つきも声もしゃべり方も、なお十代の少女のように見えた。
 甘えが抜けきらず、なにもかもを、立場が上の者の指示にまかせなければ安らげないところがある。
 当然、恋を語る相手も、自分より人生の場数をこなした先達として導いてくれる存在でなければならなかった。

 応募のとき、こんなカスミと対照的に、受けた教育も立派なら職歴も豊か、受け答えがはきはきしており、しかも体力にも勝る、要するにしっかりした感じのする娘も面接に来ていた。
 普通の人選の尺度なら放ってはおかれないはずだが、そちらのほうは採用にはならなかった。
 小さいながら我が城の主でありたい店長氏にとって、かような従業員では優秀すぎて頭が上がらぬことになり、具合が悪かったのである。

 こういう男には根本的な経営感覚が欠落している。
 だから、店の売り上げはあまりよろしくなかった。周辺に一軒だけのコンビニエンスということで客足は確保されるものの、将来性は閉ざされていた。
 店の切り盛りは店長のほか、アルバイトのカスミ一人きりで間に合わせられたのだ。

 ところでカスミは、近頃めずらしい、うれしいときには慎ましやかだが、怖い場面では思いきり大げさに叫び立てる娘だ。
 そんな彼女がある朝、店の前のゴミ箱を掃除しようと外に出たところ、おぞましいものを発見してしまったのである。
「きゃーーっ!」
 カスミは、すくみ上がるという反応を示したばかりか、甲高い悲鳴までを上げ、驚きの感情を店内に伝えた。ひとりではこの衝撃に耐えられなかったのだ。
 店長がすっ飛んできた。
「なんだ、なんだ?」
「入口、入口のところ……」

 おお! 店からすぐ出たところに、なんと嘔吐物が、それも人間の嘔吐物がぶちまけられている。目を覆いたくなるほど大量にだ。
「あれあれ、きたねえなあ。どっかの酔っ払いがやりやがったんだな」
「ちがう。オヤジ……あのオヤジよ。毎日、豆腐ばっかり買っていく」
「あのオヤジのゲロだって、どうしてわかる?」
 一目でわかる。
 おぞましき吐瀉物はすべて、人の口を通過し、いったん胃袋に滞留したとおぼしき豆腐のカケラばかりによって成り立っているからだ。

 だけど、あの男はなぜ? なぜわざわざ、店の前まできて嘔吐していったのだろう?
 疑問がカスミの頭をよぎったとき、今度は、ゲロよりもっと恐ろしいもの、ゲロをぶちまけた男そのものが視界の中にあることを認めねばならなくなった。
 向こうの薄暗がりに潜み、こちらをうかがう気配がする。
 ふたたび盛大に悲鳴をとどろかせた。
「きゃーーっ!」
 彼女はわれ知らず、店長にしがみついた。
「どうした?」
「あそこに……豆腐男が」
「いないじゃないか」
 店長の胸に伏せていた顔をカスミが恐るおそる上げ、目を凝らしてみると……。
 たしかに豆腐男は消えていた。


( 続く )








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