戦争を語るブログ

平和を愛し、いさかい好む

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海外収益から再評価する『君の名は。』


「特定アジア」なる言葉がある。
世界中で日本にしか存在しない呼び方、それも歴史修正派の知識人やネット右翼の間でしか通じないという、覚えて何の役にも立たないバカウヨ語のひとつだ。
この言葉であらわすものは、三つの国。

そのうちひとつが北朝鮮なのはわかるのだが、あとの二国。
台湾、ミャンマー、チベット、ウイグルのように何かと揉め事の多いところではない。
なんと驚くなかれ、日本ともっとも近い隣人の韓国、それから十四億もの人口(人類の五分の一!)を擁しGDPは日本を上回る、アジアの大半を占めた中国のことだという。

なぜこの二国が「特定アジア」なのか?
説明できる者には絶命して、いや説明してほしいところだ。ぶっちゃけ中国と韓国を異質とみなして絶縁しようものなら、日本の屋台骨まで崩れ落ちてしまう。いまや日中韓の経済面での結びつきはそれほど強い。

いや、わかっている。知らない振りをしてみただけで。
バカウヨ派の立ち位置から考えれば、説明は造作もない。
台湾など東南アジア諸地域とちがい、日本の過去をしつこく言い立てる中国や韓国と(それから北朝鮮)を大アジアとは別枠にして囲い込んでしまおうとの魂胆が反映されたものだ。
そうやって戦時中のことで悪びれずに向き合える残りのアジアとだけ友好を深めたい。
以上が「特亜」なる造語ができた由縁だろう。

むろん隔離などできるわけがない。当たり前だ。
日本のネトウヨ人口だけで、十五億におよぶ中韓国民を特定枠に押し込めようとは。
逆に、この言葉にこだわることによってバカウヨ派みずからを世界から隔絶させてしまう。「特定アジア」なる用語には使う者をネット右翼だと特定する意味しかもたない。

前置きが長引いた。
なぜこんな話で始めたかというと。

実は以前、「二次元マニアの同一性障害」という記事で、日本の漫画アニメ愛好者は自分らのことを白人だと思ってるんじゃないかということを書いた。日本だけの特殊な事例であるかのような意味合いで。
しかしどうやら、自国民(東洋人)のキャラクターを西洋的に表現し、そこに違和感を覚えないのは今のアジアに共通する傾向らしい。
それだけ日本の漫画やアニメの周辺国に与えた影響が強く、かつ美意識との身体的ジレンマでも似通っているからかもしれない。
つまりだ。ネトウヨが「特定、特定」と言い立てる中国人と韓国人の嗜好はやはり、おなじ東アジアの日本人と驚くほど近しいのである。





さて、本題。
なにかと話題になりすぎて食傷するほどの劇場アニメ『君の名は。』だが。
この国民的な一大ブームから得たものがあるとすれば、中国と韓国とが、日本アニメ特有の世界観を抵抗なく受け入れる心強い味方なのが証されたことだろう。

白状するが、『君の名は。』がヒットした当初、日本市場だけの気まぐれとしか思えなかった。
つまり、なんというか。ほら、アレだ。
あまりにも日本のアニメでありすぎる。本来は実写でやるべき内容、欧米の映画人ならとうぜん実写でやった内容を、アニメで見せている。日本人の肉体的実情を包み隠した美形の二次元キャラで魅せるものに仕立ててる。
卵や肉、野菜をはさむべきサンドイッチに、ジャムやクリームを塗りたくりお菓子みたいに甘くして食事に出すのとおなじ。大人の欧米人には理解できないやり方だ。
国境を越えて大受けしないだろう。
(この認識は、欧州市場での数字を見るかぎり正解である)

だがアジア圏では歓迎された。
台湾、タイ、香港、そして中国と韓国。
とりわけ中韓両国での反響が凄まじい。
これら二つの国の人々が日本のアニメにかくも入れ揚げるとは。
(メディアは中韓にも数多い「アニおた」の熱狂ぶりを報じるが。そうした層が盛り上がっただけでこれほどブームにならないのは欧州での興行成績が物語っている)

いや、驚くのが間違いか。
もとよりバカウヨ派が言い立てる中韓の「反日」とはごく一部の中国人や韓国人をとらえたものでしかない。バカウヨ派の日本人がこの国のごく一部でしかないのとおなじだが、どうやらバカウヨ派が中国・韓国を見ても自分と同類の極端な愛国者しか目に入らないようである。
実際は中国でも韓国でも日本の良品は抵抗なく受け入れられるし、だからこそアパホテルが問題おこすまでは中国人観光客が大挙して押し寄せてきたわけだ。
普通に見れば、東アジアの三国民(日中韓だよ)は相違点より類似する面のほうがずっと大きいのである。

今回の事例、日本製の「ストーリー・アニメ」が、西洋文化圏での集客はアニおたが主流だが、アジア圏では日本と変わらず広範な層から熱愛された事実によって、その国際的な生存圏がくっきりしたかたちとなって可視化したといえるだろう。こうした大ヒット作を共有しあう東アジアの三国民は同じように高い美意識とコンプレックスを抱えながらも支えあい、ともに成長し発展すべき共同体なのだ。
かつてTVアニメで主人公が韓国料理を出される描写に切れたネトウヨどもが炎上騒ぎをおこしたというが、「もったいない真似するな、アホンダラ!」という以外に言葉がない。





すでに公開済みの国での『君の名は。』の興行成績(米ドル換算)


Box Office Mojoより)

日本の他では、中国と韓国での数字の突出ぶりがわかるだろう。
アジア圏でのこの映画の爆発性はまったく異常である。中国での売り上げだけで『シンゴジラ』の世界総収益をしのいでしまった。しかし英国、フランス、オーストラリアなど西洋文化圏での興行は凡打に終わっており、公開を四月にひかえた北米市場でどう評価を得るか注目したい。
(予測しておくと、全米での稼ぎは数百万ドル程度と思われる)




参考までに、『シン・ゴジラ』の数字も挙げときますね


((Box Office Mojoより))

『シン・ゴジラ』のアメリカでの不人気ぶりたるや怖気をふるうほどで、全米五百館での興行成績二百万ドル足らずとの恐るべき結果にそれは集約されている。
(実に、2014年公開ハリウッド版『ゴジラ』の百分の一だ)
アメリカのみならず世界中からそっぽを向かれてしまったようで、大ヒットした国が日本以外に見当たらないとは何を物語るのだろう。
石原さとみがぜんぜんアメリカ人に見えなかったのとは関係なさそうだが(笑)。







関連リンク

『君の名は。』が中国でも大ヒット その理由は
(BBC NEWSJAPAN)
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-38375849


『君の名は。』韓国でも史上最大のヒット!
「17回観た」「上映中に泣き声をあげた」韓国アニヲタ狂喜乱舞
(ハーバー・ビジネス・オンライン)
https://hbol.jp/127668


韓国人で親日派はどんな人か7つのポイントでまとめてみた!
(Spin The Earth)
https://www.spintheearth.net/types-of-korean-liking-japan/


えっ!ここまで!?…「中国アニメ」が凄まじく進化している件
(NAVERまとめ)
https://matome.naver.jp/odai/2146035073118144901





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国民病「日本スゴイ症候群」と他人の反応








写真は、いまもガラパゴス島に孤立して棲息する原住民。







日本人には、日本のネイティブと日系米国人とを混同して見てしまう傾向が強い。
何十年も前だがNHKで大河ドラマ『二つの祖国』が製作されたとき、米国の日系社会から強い反発を受けた。
番組の意図は太平洋戦争中に日本とアメリカ、二つの祖国にはさまれた日系移民の苦渋を描くことにあったが、日系米国人の祖国といえばアメリカ合衆国にほかならず、彼らにとって「二つの祖国」なるものは存在しない、誤解を招くことはよせというわけだ。
「戦時中に敵国で」という言い方も忌み嫌われる。当時、日系市民の祖国アメリカにとっての敵国とはまさに日本だった。では日系人も日本を敵国とみなしたかといえば、そこに複雑な思いがあったのはたしかにせよ、すくなくともアメリカのほうを敵国だと思う人は米軍に志願などせず日本に送還されている。





日本スゴイ症候群

現在、日本国内において猛威をふるう集団性の精神疾患。まるで国民病のような勢いで拡がっているが、他国民に感染の心配はない。
とり憑かれたような貪欲さで祖国と自国民への独占的な賞賛を求め、自己満悦に浸る。
一見無害に思えようが、ナチのアーリア優越思想がユダヤ人やロマ人への迫害を招いたように、この日本スゴイ症候群の場合も近隣国民への憎悪感情と一体になったものが多く、注意を要する。
治療薬はないが、哀れんで調子を合わせても増長するばかりなので、無視するか冷や水を浴びせること。
あらたな感染の予防にはなる。





関連リンク

「世界が絶賛する日本!」みたいな自国礼賛サイトはこうやって作られていた
(エストニア共和国より愛をこめて)
http://www.from-estonia-with-love.net/entry/post_truth02


「日本人はダメになった」のウソ。戦前の日本人も大したことなかった…
(NAVERまとめ)
https://matome.naver.jp/odai/2142379365278471801






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「よそはよそ、うちはナチ」

長い話になるが、どうやってまとめよう?

秋元康が元締めの「欅坂46」なる似たような顔の美少女ばかり揃えたアイドル集団。
彼女らがハロウィンの出し物で、ナチ親衛隊の軍服を模した衣裳をまとって歌い踊った。





その場面を海外メディアが一斉に、批判的な調子で報道。あれよあれよという間に騒ぎが大きくなっていく。
とうとうサイモン・ウィーゼンタール・センター、泣く子も黙るあのサイモン・ウィーゼンタール・センターからじきじきに、企画者と音楽会社あてに謝罪の要請がおこなわれるに至ったのだ。
ガス室問題で雑誌「マルコポーロ」を廃刊に追いやった、サイモン・ウィーゼンタール・センターがである。




これに対し。
総帥の身で刑架上にさらされた秋元康は責任の所在をそらとぼけたが、もう片方の罪人ソニー・ミュージックのほうは世界企業としての立ち位置から状況の危うさをわきまえた対応をする。
「もうしわけない。もうしません」

その後、在京イスラエル大使館はこんなツイートを。
どうやら「謝罪」を口先だけで終わらせてほしくないようだ。



イスラエル大使館はしかし、重大な誤解をしている。
「欅坂46」が本人らの意思であの衣裳に決めた、そういう自発性のあるアーチスト集団のように買いかぶったようだが、日本のアイドルグループの実態はさながら親衛隊と同じほど自由がないものでステージで着る服も自分では選べない。
彼女たちじゃなく、「元締め」を招くべきなのだ。





さて。問題は、余波だ。
それで落着するはずのこの出来事に対し、欅坂46のファンとネット右翼、およびナチのシンパらが盛大に騒ぎ立てる。
ユダヤ人団体がナチを天敵のごとく憎むのは仕方ないが、なぜ日本のアイドルの衣裳にまで口出しするのか。日本はナチとは関係ない。ナチ風のデザインは欧米でご法度というが、「よそはよそ、うちはうち」ではないか。――というわけだ。



以下は一例にすぎません



しかし……。
わからない人々に何を言っても始まらないのだが、ことナチ的なものの扱いにおいて、「よそはよそ、うちはうち」という論法は通らない。
ナチスが世界征服をめざし特定民族を絶滅させようとした絶対悪だというのが理由の第一。
悪役として描くならともかく、「欅坂46」のような大人気集団が日本中の注視を浴びる場で、「KAWAII」魅力を引き立てるためファッション化するのは許されない。

そのうえ日本には、さらに特別な事情がある。
すなわち日本とは、かつてナチズムと手を組んで世界に挑戦した、ナチスの同類の侵略性ファシスト国家だったまさにそういう「うち」なのだから。
「アジアのドイツ人」と呼ばれる国民性ともあいまって、どうしたって特別な目で、ナチズムと親和性のある集団に見られてしまう。
「よそはよそ、うちはナチ」なのだ。

この件で不満があるなら、「ナチ」と手を組んだ「うち」のご先祖に文句を持ち込むのが道理だろう。あの昭和期に独伊の「鉄の同盟」に割り込んで三国同盟に発展させ、欧州の戦乱に乗じて領土を得ようと連合国に宣戦、そのうえドイツに対米開戦を要求する真似までした、まさにそういう人たちに。



画像はイメージです
(ネットドラマ『高い城の男』より)


繰り返そう。
なぜかくも日本の芸能人によるナチ式のコスプレが槍玉に挙げられ、日本だけ叩かれる様相を呈するか。
先にも述べたとおり、昔の日本がまさにナチドイツの同盟者でありヒトラーの戦争に協力した(そしてヒトラーを日本の戦争に協力させた)事実、しかも今の日本でファシズム時代を賛美する勢力が台頭している事実。これら新旧二つの事実をあわせ見れば、ユダヤ人としては警戒の念を抱き、神経を尖らせるのは当然すぎると思う。
とにかく今の日本という国で、第三帝国に憧れる動きがあれば放置しておけないのだ。
(たとえばネトウヨどもがさかんに引き合いに出す韓国のアイドルグループもナチの腕章を模したコスプレをしたという件だが、今回ほど大事とならなかったのはそのゆえだ。チェコの歌手がナチの扮装をするのとドイツの歌手がナチの扮装をした場合の差にひとしい。つまり危険度が違う)

これこそ日本が世界でおかれた現実である。
小林よしのりの漫画などに出てくる、「ドイツの戦争と日本の戦争は、別々のもの」とする戯言を真に受ける連中は肝に銘じよ。

むろん本来ならば、「ナチはいかん」という規制を押し付けるやり方でなく、「なぜナチではいけないか」をきっちり教え、わからせるべきだ。
しかしそれには、枢軸時代の日本がいかにナチスと親和性が高かったか納得させる必要があり、ネット右翼は無論のこと、手塚治虫の『ビッグX』以来なんとなく「ナチと日本人は別物」と思い込んできた世代(小林よしのりや秋元康もそう)では心から受け入れるのが困難だろう。

遺憾ながら今の日本では、「ユダヤ人を怒らせたらどうなるか?」で威嚇したほうが絶大な効き目を発揮する(だからこそソニーも秋元康も抗弁しなかった)。
そういう国なのだ。
たぶん人々はこの騒動から何も学び取るまい。「ユダヤを刺激するな」との処世訓以外には。





追記

今回ネトウヨの間から出ると思ったらやっぱり出てきた、「杉原千畝は大勢のユダヤ難民を救ってやったのに、今のアイドルが軍服着たくらいで責め立てるとは恩知らず」という恨み節。
たしかに杉原千畝は戦後、リトアニアでの功績によりイスラエル政府から「諸国の義人」として表彰されている。
そして。
あのオスカー・シンドラー、それからアンネ・フランク一家をかくまったミープ・ヒース。この二人もドイツ民族でありながら、「諸国の義人」に加えられた。
だがそのことをもってホロコーストでの、ドイツ国家全体の大罪が赦免されるわけではない。
彼ら「諸国の義人」が個々の身でユダヤ人になした功績が出身国に属しはしないのだ。
杉原千畝の場合も、それで昭和の軍国主義を誇る者がユダヤ人に恩を売った気になるのは許されない。
ユダヤ人の立場からナチドイツのお仲間だった大日本帝国に対しては恩などないのであり、「忘恩」と言い立てるとはお門違いもはなはだしい。







関連リンク

欅坂46「ナチス風衣装」でユダヤ人団体が抗議 秋元康氏とソニーミュージックに謝罪要求
(ハフィントンポスト)
http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/01/keyakizaka-swc_n_12744932.html


Seed & Flower合同会社代表・村松俊亮および総合プロデューサー・秋元康の「弁明」
(欅坂46公式サイト)
http://www.keyakizaka46.com/mob/index.php?site=k46o&ima=0000


欅坂46ファンの方々がナチス擁護で有名な高須克弥氏ツイート
を拡散・絶賛してる模様ですがやめた方が
(NAVERまとめ)
http://matome.naver.jp/odai/2147819992585076301


「ドイツと組まなければ災いは避けられた?」
(大戦壮語)
http://www.geocities.jp/ondorion/war/war-opinion/axis.html





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アイドル・テロが怖ければ


例のアイドル刺殺事件。
(後記。息を吹き返した。「刺傷事件」だった)
有名人が被害にあったのに便乗するような真似はしたくないが、一言。
映画『会議は踊る』でアレクサンドル一世が言い放つ、「暗殺を恐れては皇帝になれない」という台詞が思い合わされた。これは芸能人の場合も同様で、普通より目立つ存在になったらそれだけリスクが増してくる。

普通より目立つ存在にはどんなリスクがあるかといえば、普通でない人から好かれるリスクだ。
(普通でない人がすべて危険という意味じゃない)
いや、有名人でなくてもストーカーには遭う。不幸にも変質者の目にとまった場合だ。アイドルになるとこの危険が飛躍的に増大してくる。なにしろ万人に存在が知られるのだから、変質者に目を付けられる確率もそれだけ高くなるわけだ。冨田真由が無名のままであれば京都に住む加害者から執着されることもなかっただろう。

おそらくアイドルが世間から特別に見られる存在であるかぎり、すなわちアイドルが何万、何百万、もしかしたら何億という広範な層を相手に自身の魅力をアピールし続ける職業であるかぎり、こういうことはなくなるまい。怖ければアイドル商売なんかやるなという話になるが、さりとて日常のように「アイドル・テロ」が起こるわけでもないのだから、彼女の不運はあくまで特例的なものといえよう。
まさに皇帝が襲われるのと同じ程度に。

こんな悲劇がおきたからといって、世の人々は変わらずアイドルを求め続ける。喝采し声援し称え上げ……それはいい。
最悪なのは、アイドルが手の届く存在、誰もが深い仲になれる相手だと思わせることだ。まるで旧知のように馴れ馴れしく接していい相手だと錯覚させてしまう。そこから問題が持ち上がる。





かく申すは理屈なり、というか。
アイドル商売とは、無数の受け手それぞれに「あの娘は、俺の嫁」と思うほど恋と類似の感情を抱かせてはじめて成り立つものであり、上に引用したツイートでのお行儀よく振舞うよう諭すがごとき言い草は実情から大きく乖離する。
アイドルが晒される危険を作り出すものこそアイドルをあらしめる条件そのものではないか。

アイドルが誰にでも好かれるよう振舞うのは、スーパーや喫茶店の店員がお客を愛想よく迎えるのとはわけが違う。
カフェやスーパーが売るものは飲み物であり日配品だが、アイドルの場合、買ってもらうのは自分自身の魅力である。アイドルの仕事はまさに、多くの男たちから恋してもらうことなのだ。

変質者を含む無数の受け手それぞれに、「あなたが好き」と訴え(る振りをし)て幻想をあたえ、夢中にさせてしまうアイドルシステムそれ自体がこの手の犯罪の揺籃と言っていい。発生確率はほとんど起こり得ないほど低いのだが、いざ事件が起ころうものなら世間は大騒ぎ、心理学者を引っ張り出しプロファイリングまでさせて犯人の危険な性向を印象付けようと躍起になる。
しかし誰も、アイドルシステムそのものに問題があるとは思いたがらない。

それが実情だろう。

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犯人の写真。
予想したような病的な感じがあまりないのに、むしろ驚く。
そういうことをしそうな顔というより、どこにでも、だれの隣りにもいそうな顔をしている。





追記

体を二十箇所も刺され心肺停止、あきらかに死亡したと思っていた被害者の冨田真由。又聞きのような不確かな情報でたぶん希望的観測も混じったものだろうが、なんと一命をとり止めたとのツイートを見た。
心肺停止は死亡宣告と同義かと思ってたが、こういう状況も起こり得るのかもしれない。





関連リンク

ストーカーと熱烈ファンの違いは何か
(BBC News Japan)
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36356855?ocid=bbc-japan-twitterjapan





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エジソンからアインシュタインへ

『アインシュタインよりディアナ・アグロン』の歌詞が「女性蔑視」と騒がれてる件。当ブログでも前に書いたけど。
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52030409.html
あれから動きがあった。
リテラというネット紙(?)があの曲を「女性蔑視だ」と激しい調子で書きたてたのに対し、秋元康の側が抗議というか名誉毀損にあたるので記事を削除するよう求める書簡を送ってきたそうな。



秋元康の歌詞を「女性蔑視」と批判したら、
AKB運営から「名誉毀損及び侮辱罪」「記事を削除せよ」の恫喝メールが
(LITERA/リテラ)
http://lite-ra.com/2016/04/post-2181.html


『アインシュタイン―』への非難はネット中で轟々なのだから、リテラにだけ文句をつけてもしょうがないのにと思うが、とりあえずリテラが一番影響力が大きいようだからこれを潰して見せしめるつもりなのだろう。
リテラ側はといえば断固、受けて立つかまえのようだ。
双方の去就が注目される。

さて、この件はおいといて。
「女性蔑視」を別問題としても、あの歌の歌詞には嘆息を禁じえない。
なんというか、時の流れを感じるのだ。
偉人の名が歌謡曲に引用されるにしても、昔のほうがずっと敬意なるものを払ってた。いや、業績がなにかも知らぬまま有名人だから一目おくという天然の敬意であるにせよ。

さくらももこの『ちびまる子ちゃん』は70年代を描いた内容で80〜90年代に大受けした漫画だが、アニメ版の主題歌『おどるぽんぽこりん』の歌詞の一節「いつだってわすれない エジソンはえらいひと そんなのじょうしき〜♪」は誰でも覚えているだろう。






フランス人が60年代に著した日本紹介本では、たしか「中学生でさえドストエフスキーやベートーベンが誰かを答えられる」ことが書かれ、日本人の高い知識欲に驚いていた由だが。
それがいまでは。
「アインシュタインってどんな人だっけ? 聞いたことあるけど、本当はよく知らない」
いやはや。由々しいのはそれを恥にも思わずいることで、日本の民度もつくづく落ちたもんだと自嘲するほかない。







どうして、こうなった?

そもそも何故、アインシュタインが引き合いにされる? ナポレオンでもガンジーでもコロンブスでもなく、アインシュタインとは。
おそらくのところ、「アインシュタイン」の対極が「馬鹿」だからという以外に理由はなさそうだ。

いや、今の女子高生が秋元康の歌詞ほどパッパラじゃないのはわかっている。あんな歌おもしろがるのは制服姿で踊りまくる十代女子に熱狂する中年男子ばかりかもしれないし。

実際、「馬鹿でも可愛けりゃいい」はそんなオヤジどもが若かった80年代(もしかするともっと前)から途切れずに続く風潮なわけで、有体に言えば日本はそのとき以来、成長を停止させたままなのだ。
しかし世界はそうではなかった。
前の記事にも書いたように、この三十年で先進諸国の女性をめぐる人権状況は劇的に躍進した。ただ一国、日本を置き去りにして。

けれどもこの国の支配層、秋元康と同類のオヤジどもの運転能力でもはや追いつけるものじゃないし、追いつく気もないのが本音だろう。
今の程度にまで成熟した欧米流フェミニズムを受け入れるとすれば、それは日本というアジアの国にしぶとく根を張る「男権社会」の崩壊を意味し、ある勢力にとって生存圏の圧迫を甘受することだから。

日本の娘たちが達しえぬほどの高みにいるのはアインシュタインではない、男社会を揺さぶり続けた努力の末、相応の地位を手にした西洋世界の女性たちなのだ。

というわけで。
かくたる次第のわが国の先進世界からの知的な脱落とそれへの開き直りが、「アインシュタイン―」の歌詞にあらわれていると捉えるのはうがち過ぎだろうか?


追記

『アインシュタイン―』のどこが反発を呼んだかといえば、わざわざ女優ディアナ・アグロンの名を持ってきたことだろう。実にこのディアナ演じる女子学生こそ、向学意識に目覚め、可愛いだけの存在から脱皮していくキャラクターなのであり、頭からっぽでいたがる少女がお手本みたいに憧れるとはお門違いもはなはだしい。歌詞書いた奴はあのドラマ見てないだろ、と多くが熱り立った。
もしディアナの名を使いさえしなければ、「ああ、また頭からっぽな歌が出た。しょうがないな」と受け流されるだけでこんな騒ぎにまでならなかったに違いない。







関連リンク

HKT新曲の歌詞が女性蔑視だと大炎上…「女の子はバカでいい」と書く秋元康のグロテスクな思想は昔から
(LITERA/リテラ)
http://lite-ra.com/2016/04/post-2157.html





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アインシュタインよりディアナ・アグロン

HKT48の新曲『アインシュタインよりディアナ・アグロン』が、ネットで炎上している。
秋元康による歌詞がとにかく、反発をさそう内容なのだという。




非難の声をまとめれば、「女の子に頭からっぽでいろと言ってる」に集約されるだろう。
実際、くだらない歌だ。
およそ自己鍛練というものから逃げまくる、成長志向をもつ女性と反対の要素を並べたらこんな歌が出来上がりましたといった代物である。

秋元康も時代とともに歩んできたはずだが、フェミニズムがしだいに根をおろしつつある2016年の現状を読み取れないのだろうか。

「いや、秋元は80年代の『セーラー服を脱がさないで』からあんな感じだ。AKB48なんて結局、おにゃんこ倶楽部の次世代型だし」という卓見もあった。
つまり秋元康の女性観というか少女に対する見方は昔からまるで変わってないというわけだ。
そうかもしれない。
考えれば、大多数の男が十代娘に求めるものもさほど新しくなりはしなかった。

だが『セーラー服を脱がさないで』とは決定的に異なる点がある。
時代の流れだ。『セーラー服―』は80年代の風潮を直裁に反映したもので、男も女も能天気に歌い騒いでいればよかった。
しかし、この歌『アインシュタインよりディアナ・アグロン』が出てきた現代。

欧米での女権勢力が日本人には追いつけないほど躍進をみせたのと引き替え、日本はアジアの片隅に位置する国にふさわしく女性の人権事情において大きく取り残されている。旧来のジェンダー意識にしがみついたままでは先進国の集団から置き去りにされかねないのが実情だ。
日本人がなお憧れをいだく西洋世界から仲間扱いされたいなら、欧米流の女性観に不服ながら合わせなければとのジレンマを抱える。
やがては「かわいい系」、つまり男に媚を売って立場を得ようとする女子群像も、南部連邦の農場奴隷のように過去のものとなるだろう。

つまり日本の男たちは、これまで存分に享受できた愉楽がタブー視され、取り上げられるという危念にさらされている。

だからこそ時代と逆行するものが受ける余地がある、今の時流にまさにそむいた内容にすれば、一部からは待ってましたと歓呼され、また一部からは「なんじゃ、こりゃ」と激しい嫌悪を引き起こし、新旧どちらの側でも話題をさらうに違いない。
秋元をそれをわきまえ、こうしたものをぶつけてきたのだろう。わざわざ進歩派の反発を誘い、炎上を招くようなものを。非難が大きければ大きいほど曲の完成度の証明となる。
『アインシュタインに―』に『セーラー服―』と違うところがあるとすれば、そこなのだ。







それにしても、この歌の詞は姑息と言うしかない。
アインシュタインをゆるふわ系女子には及びもしなければ挑む気にもなれない知的なエヴェレストのように位置付けし、その対極にディアナ・アグロンを持ってくる。
こうしたトリックにより女性で成し遂げた存在、キュリー夫人やナイチンゲール、メルケル首相や小野洋子、そしてまだ十代のマララ・ユスフザイ、こうした人々を(おそらく意図的に)見えなくしているのだ。

騙されてはいけない。アインシュタインの対極はディアナ・アグロンではない。すでにTVドラマ『glee/グリー』のファンはさんざん指摘していることだが、ディアナ・アグロンが演じたクイン・ファブレイはこの歌で少女が憧れるのとは真逆の役柄だ。
むしろディアナ演じるクイン・ファブレイの対極こそ、歌詞に体現された少女像にほかならない。
「秋元康って、『glee/グリー』を見たことあるの?」との懐疑は妥当である。

まあ当の秋元から、「まさにそんな少女像、アインシュタインはおろかドラマ『glee/グリー』の真骨頂さえ理解できない、あくまで外面でしか物事が見られない未成熟な少女の心象を歌にしたものだ」と抗弁されたら、言葉もないが。







関連リンク

”差別的”HKT48新曲「アインシュタインよりディアナ・アグロン」でネット炎上 何が問題?
(NAVER まとめ)
http://matome.naver.jp/odai/2146033391996228201


ディアナ・アグロン
(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ディアナ・アグロン


秋元康の歌詞を「女性蔑視」と批判したら、AKB運営から「名誉毀損及び侮辱罪」「記事を削除せよ」の恫喝メールが
(本と雑誌のニュースサイト/リテラ)
http://lite-ra.com/2016/04/post-2181.html





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愛国伝説


愛国者の主人公が「反日勢力」相手に大暴れするネット小説(だよな?)の『愛国伝説』が左側からさんざんに叩かれている。というか揶揄にさらされている。
実際、そういう内容なのだろう。
聞いたかぎりでは、日本を愛する心に目覚めた若者が、転生して神の力を授かり、恨の国や龍の国の手先らと死闘を繰り広げ、ラストでは反日勢力の親玉を草薙の剣で倒して美しい日本を取り戻すという、色々ぶっ飛んだ感じのお話らしい。

そんなだから。Twitterでは「#愛国伝説」のハッシュタグまで作られ、左派系の人々の間で格好の餌食になっている状況だ。

しかし自分は今回、『愛国伝説』を馬鹿にする人たちの流れに加わる気になれない。むしろ、そんな暇があったら、自分(たち)でもっと広範な層にアピールできる「反ネトウヨ小説」を書けばいいのに、との思いを強くした。
知るかぎりでもここ十年、この人たちはネトウヨ思潮の社会への蔓延を食い止めることにおいてまるっきり無力だったではないか。

このようにTwitterで意見したところ、『愛国伝説』を擁護するそっち系の奴と思われたのだろうか、左派の人や左派に成りすました人からちょっかいを受けた。
「どうせあんなもの、一部にしか読まれない」「あの水準では恥ずかしくて書けない(笑)」「ラノベでなく上質なドキュメントがいい」「うるさい馬鹿、黙れ」……。

なるほど。常識的な見地からはおっしゃる通り。
問題は、あんな物語でもやすやすと共感してしまう受け手も相当数いるわけで、これまで「左側」からはその水準の人たちに向けての重点的な働きかけがなされなかった。ネトウヨの言い分がいかに間違いだらけかわかる人にだけわかればいいという捉え方であり、認識を同じにする者同士が寄り合って充足する感じだった。
結果として左側から放置された人々、いわゆるB層は無防備なままに極右思想による知的蹂躙にさらされ、かくして右派勢力の思う通りの世論が一部にせよ形成されてしまった観がある。

これは『戦争論』、それから『嫌韓流』が出た当時から変わらず言ってきたことだが、何千回でも繰り返そう。
リベラル系の人たちは、普通の人でも見たがらない小難しい文献の提示なんかでネトウヨをやり込めようとは考えず、もっと広範な層に訴えられ、しかも楽しませる方法を考えろと。
(正確な資料を突きつけて退治できるなら、今頃ネトウヨは全滅している)
ようするにネトウヨを相手にするのではなく、ネトウヨが相手にしている人々のほうを相手にするべきだ。
わかりやすく、共感が得られるアプローチの仕方で。

こう言ったところ、またもやTwitterでコメントを受け取る。
そうしたものならいくつか出てるしプロ作家のものまであるとのこと。
(だから自分はやる必要がない、と言いたいらしい)
あいにくそれらの書名は、まるで知らないものばかり。つまり、どれも話題にならず不発に終わったというわけだ。「広範な層に訴え、楽しませること」ができなかったのは明白なのである。
これでは、ネトウヨの書いた『愛国伝説』にさえ負けている。その『愛国伝説』をネット左翼はさかんに馬鹿にするかたちで知名度向上に貢献する。酷いもんだ。



これも以前に語ったが。
悔やまれてならないのは、石坂啓のような才能もあり魅力的な画も描ける人でさえ小林よしのりと人気や影響力で拮抗できるほどの漫画をついに出せなかったということ。
(赤ちゃんや十代少女でなく歴史認識を扱った内容で)
彼女にかぎらず権力や体制への批判では奔放に活動できた人たちが、ネトウヨ相手だと本来の強みを発揮できない場合が多かった。
歯が立たないのではない、「糠に釘」なのだ。誰もがネトウヨ流のゲリラ論法で振りまわされた。

当然だろう。「反権力」「旧制度の打破」こそが本分の日本の左派が、ネトウヨ相手に「良き大人・立派な社会人」の目線から人権や歴史を講釈し説き伏せようとは。権力に挑む抵抗運動の闘士だったのが無法者を取り締まる保安官の役にまわるわけで、居心地が悪い。
本領が発揮できない所存である。

一方。小林よしのりにかぎらず、ほとんど歴史修正主義者に共通することだが。
彼らはまず、「自虐史観」「東京裁判史観」「サンフランシスコ体制」といった祖国を締め付け日本民族を虐げる強大な敵役を設定、それに反発し打破しようと挑んでいく抵抗者の立場を作り上げた。そこから、同胞一丸となって「美しい日本」を取り返せと呼びかけている。
このやり方で、おおかたの左派はお株を奪われてしまったのである。

ところで、小林よしのりとは知的な意味で達し得ない巨峰だろうか。
とんでもない。
ある水準以上の知識と良識さえあれば、小林よしのりを超える主張を展開するなど造作もない。誰にだって可能なことかもしれない(実際、僕でもできた)。
しかし人気の点で、より多くの受け手を惹きつけるという意味で、小林よしのりを上まわる本や漫画を出せなかった僕らの責任は重い。


つまるところ日本のリベラルは、少なからぬ人々が右派勢力に取り込まれていく実情を目の当りにしながら、「自分(だけ)はこんな奴らと違う。騙されたりするもんか」と知的保身に精出すばかりでネトウヨ思潮が大衆の間に浸透するのに何も打つ手をしなかった。いや努力はしたかもしれないが、効果的ではなかった。
これこそが偽りなき実情だ。

『愛国伝説』とは、そんな具合に敵側にわたった人々から自然発生的に出てきた作品。
出来栄えについて言えば、笑話に等しいものに違いない。だが成功に味をしめ(とりあえず話題になりはした)、後続がどんどん繰り出してくる。手際もよくなってくる。いずれ『戦争論』や『永遠のゼロ』をしのぐほどの人気と影響力をもったものが現れるかもわからない。
そうなれば、ますます多くの人が右側に吸い寄せられる。そこにこそ問題をはらんでいるのが今回の事案なのである。

かたやリベラル側では、対抗馬になるものを何も作ろうとしていない。
面白がって揶揄するばかりなのだ。「やれやれ……」という嘆息しか出てこない。



繰り返すが。
極右勢力側は、鉄壁に知性武装したリベラル側の守備範囲を超える箇所を突いてきた。
『戦争論』や『永遠のゼロ』のような嘘でも心に沁みる話にたやすく共感してしまう、けっして意識の高からぬ人々、物事を深く考えない層に働きかけ取り込むというやり方で。
そうやって陣地を増やしていったのだ。
この国ではどんな学歴の持ち主でも日本人であれば一票の選挙権を持つわけで、そのかぎりにおいて我々の敵は妄言好きにもかかわらず現実的だった。

こちら側でも相手に利することをした。騙されやすい人を仲間に加える宗教勧誘のような敵側の活動を、馬鹿ばかり集まっても仕方ないとあざ笑うだけ。頭のいい僕ちゃんたちがネトウヨどもの嘘をあばき続けるかぎり日本は大丈夫、と。

そして、現状がもたらされた。
大袈裟でなしに、コマーシャリズムに対するアカデミズムの蔑視・優越意識が油断・足枷となり極右勢力の躍進に貢献したわけだ。








関連リンク

Popular tweets for #愛国伝説.
(Top Twitter Trends)
http://ekla.in/trends/%E6%84%9B%E5%9B%BD%E4%BC%9D%E8%AA%AC.html


「ネット右翼の妄言録」
http://www.geocities.jp/ondorion/now/mougen.html






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「『ヘタリア』が放映中止だそうで

と り あ え ず め で た い
(「おんどり音頭」より転載)


よかった、よかった〜♪

韓国ネチズンからの抗議なんて、最初の地雷が起爆しただけのこと。
このまま道を行き続け、『ヘタリア』の内容が諸国に知られれば、やがては世界中から猛爆を浴びるようになったかもしれません。

いまのうちに危機回避というわけで、放映中止を決めたのは適切な処断だったと思います。
ことは日本全体に関わってくるのですよ。

それにしても、『ヘタリア』とは。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Axis_powers_%E3%83%98%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2

いまどき世界の諸国民(それも、欧米と北東アジアの主要国だけ)を陳腐なステロタイプに戯画化して喜んでるとは、時代遅れもはなはだしいことで。

現代とは、国民ごとの微妙な差異にこだわるのではなく、大きな類似性を見つけ出し、そこを面白がる時代、いわば同じ人類としてのくされ縁を共感しあう時代にほかなりません。
まさにそういう世紀にいるんです。

しかるに、ネット族を主流とする日本の若年層だけが、何十年も遅れた国際感覚の上に居なおり、人間の類型化ごっこという子供の腐ったような真似をして夢中になるとは。
いやはや。

『ヘタリア』を読むかぎり、そしてこれが日本のネチズンの間で好評という話を聞くかぎり、たしかに日本のネット族は世界のこと、諸国民のことで不勉強としか言いようがないでしょう。

『ヘタリア』を弁護する人は言うかもしれません。
『ヘタリア』は陳腐で定型的とはいえ、世界のことに無知な若年者に最低限の予備知識を授ける入門書のようなかたちで役立つかもしれない、と。

な〜るほど。
「ドイツは生真面目。コイツはへたれ。アイツは嘘つき……」
すでに一時代も二時代も前にまかり通った決め付けばかりの性格分類。
こんな最低の知識を授かるなら、いっそ無知なままで本物の外国人とじかに接してくれたほうが益になるというものです。

なによりも問題なのは、『ヘタリア』を愛好する層の国際感覚がその次元から進歩しそうにないことでしょう。

馬鹿ほど情報、情報とさわぐ現状ですが、実のところインターネットは世界のことを知るためのツールではありません。能動的に世界の人々と関わり合うためのツールです。
そこにこそ先端的な価値があるのです。

なのに日本のネット族は、世界の人と交わることはせず、日本語で書き込める掲示板にたむろして、そこで仕入れた怪しげな知識をふりかざし世界のことをわかった気になっている。
ああ。真に、世界から孤立した世界の住人たち。

『ヘタリア』は、あのあさましい『嫌韓流』ほど悪意に満ちたものではないにせよ、2ちゃんねるで売りとなった集団的な「レッテル貼り」によって面白さが支えられています。
日本のネチズンしか楽しめない内容を、そのままで外国人に見せたり読ませたら、反発を引き起こすのは必至だったでしょう。

ただしぼくは、『ヘタリア』の内容を修正しろとまで言うつもりはありません。

そもそも、『ヘタリア』をあれと違うものにしたら『ヘタリア』でなくなってしまう。
綿菓子を洗うのとおなじに溶けてなくなるだけです。
なまじ洗い清めたら内実がまるでないという正体があきらかとなるだけ。

だからこそ、『ヘタリア』贔屓は怒っているのかもしれません。



関連リンク

『ヘタリア』作者の浅さと、読者の責任と
(法華狼の日記)
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20090117/1232170184




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『裸者と死者』(THE NAKED AND THE DEAD)

二次大戦をあつかった最高の小説だと思う。
架空の無人島で日本軍と死闘するアメリカ軍を描いた力作だが、これのいいところは、正義を振りかざしたり人道主義に溺れたりせず、戦争を「日米五分五分の帝国主義闘争」として捉え、どちらもぜんぜん美化しないで裸の姿をさらけ出したこと。

実際、登場するのはいかにもド糞揃いという面々で、糞はもらすわ、差別はするわ、捕虜は殺すわ、上官に歯向かうわで、『プライベート・ライアン』に出てきた愛敬ある連中などより、2ちゃんねるの厨房どものほうによっぽど似通った低モラルぶり。

それで物語の中で、夜襲をかけて戦死した日本兵が所持する日記を、ワカラという日系の米軍兵が目を通すのだが。意外にも、「我、至高の存在たる天皇を信じず」という意味のことが書かれてる。

メイラー先生、ちゃんとわかってるんですなあ。
けっして、「侍らしい最期」と讃えるみたいな、偏見もろ出しの描き方なんかしてません。
日本兵にせよ日系米兵にせよ、愚かで心のぐらついた、人間の一人一人として捉えてる。
いまどきのウヨ厨さんは特攻隊を美化しようと必死なわけだが、当時から見通す目をもった人の前では、「英霊」どころか無駄死にした者でしかなかったのだ。

ちなみに、ノーマン・メイラーは太平洋戦線での従軍体験者。
『裸者と死者』は終戦からわずか三年後、彼が二十代半ばの頃に発表した天才的作品だ。
『ゴー宣』にかぶれるウヨ厨ども、ていうか石原慎太郎にはメイラー先生の爪の垢でも煎じて飲んでもらいたい。

ただし、どこかの大馬鹿板みたいに差別語であふれた内容なので、日本をちょっと馬鹿にされると発作おこして祭りやらかすウヨ厨さんにはかなり読みづらいかもしれない。
この作者には、小林ナントカのように戦争を素敵に思わせたり、世間知らずの若人をだまくらかす趣味もないようなので。


関連リンク

『裸者と死者』復刊リクエスト投票(復刊ドットコム)
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=18610

ノーマン・メイラーと銚子
http://www.choshinet.or.jp/~hiro/deai/j-mailar.htm


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