ヒトラー政権時代に作られた二本の歴史大作に目を通してみた。 ナポレオン戦争が主題の『コルベルク(1945)』とフリードリヒ二世の晩年を描いた『Der grose Konig(大王)(1942)』。 ナチスの宣伝映画といえば。 テレビの歴史解説番組で断片的に紹介された、ユダヤ人がいかに害毒なものかと訴え、侮辱的な場面をこれでもかと見せつけるドキュメント風の映像がつねに頭にある。 書くのもはばかられるほど酷い内容だった。 どのくらい酷いかといえば。 かつての2ちゃんねるでサベツ馬鹿どもが半島系の人たちを目の仇にし、誹謗中傷を目当てにあることないこと書き立てたコピペの数々。その文面。 匹敵するまでに酷い。まこと狂おしさにかぎりがない。 21世紀の日本でバカウヨの間にまかり通った極限的差別表現を、ナチスは先んじてやっていた。 だから。 『コルベルク』といい『Der grose Konig(大王)』といい、きっと。 やたら大げさな調子でドイツの優秀性を謳いあげる国家主義と民族主義まる出しなものに違いない。 (なにしろ製作総指揮があのゲッベルス宣伝相) 一体どんな過激な内容を臆面もなく押し出すものなのか、覚悟して(ある意味、期待もして。たとえば、変人だと評判の人が本当にそうかと確かめる気分で)観賞に臨んだ。 『Der grose Konig(大王)』から戦闘シーン抜粋 騎兵の突撃での動員馬匹は後年の『ワーテルロー』をしのぐ。 キング・ヴィダー版『戦争と平和』は、 こちらの戦闘描写からかなり影響を受けているようだ。 いや。 たまげた。 あっけにとられるほど常識的な作りではないか。 わけても『Der grose Konig(大王)』のほう。戦闘場面以外では爺さんが主役の地味な筋運びに徹しており、言われなければヒトラー時代にゲッベルスの音戸で撮られた国威発揚映画とはわかるまい。 それほどまでに「普通」な味わいに仕立てられている。 ナチの映画とはこうに違いないと思い込んでいた自分が阿呆らしくなる。 まあ。2ちゃんに巣食ってたバカウヨが倫理的にナチスよりタガが外れ、それを隠す気もなかったってよくわかったが。 (↑ココ大事。本当に大事。ナチスでさえ収容所で起きてることは隠そうとした) さて。 言いたいのはこういうことじゃない。 『コルベルク』から戦闘シーン抜粋 つまり。 中国のあきらかな国策宣伝映画『長津湖』を観ての感想だ。 上手く作られてたと思う。たっぷり含んだ中国共産党の思惑を差し引いても。 なにしろ、見飽きぬよう出来ている。 三時間の長尺でほとんど退屈しないとは。 以前の中国映画を知る者には信じられぬこと。 ずっと昔の『阿片戦争』(1959年版。大時代な演出!)とか『戦場の花』(アホな映画)、それから『将軍』(かったるい映画)なんぞをテレビの深夜帯で見せられ呆れかえった身としては。 長きにわたり、中国映画の観賞には特有の疲労感がつきまとった。観た後でぐったりくるのを覚悟させられた。 話がもたれて退屈なのだ。 『西太后』から『阿片戦争(1997年版)』、『宗家の三姉妹』、角川資本の『始皇帝暗殺』まで、すんなり見られたのが一本もないほどに。 中国映画の体質と割り切る以外なかった。 今は違う。 往時と比べものにならないくらい娯楽味が増した。 感覚がすっかり今風というか快適な観心地をもたらしてくれる。 『人魚姫』『西遊記』『戦狼2』『ナタ〜魔童降臨〜』……こういうAクラスの娯楽作ばかりじゃない、Youtubeで無料配信されるB級C級の小品さえもだから天晴れ至極。 近年のロシア映画についても言えるが、日本や韓国、西側諸国でもそのまま通用するほど展開や描写に違和感がない。 今の中国映画の様変わりといったら別の国としか思えない。 『長津湖』を「国策映画だからつまらない、価値がない」と拒む人は反共のバイアスがかかり過ぎたあまり、中国全体の変容ぶりを認められないのだろう。 もはや大時代的でモタモタな中国映画は過去の遺物だ。 国策でありながら、とても面白く作られている。 (そもそも、中国で撮られる映画はすべからく「国是」に合致する要がある) いや、むしろ逆か。 国策だからこそ観客が寄りつかぬものは作らない。 大衆に受けなければ宣伝効果もないわけで。作り手も心得ている。 由々しいのは、この映画が観る者を主人公たちに感情移入させるという商業的にいちばんの難題をやり遂げていることだ。 主役の呉京(ウー・ジン)を誰が嫌いになれるだろうか? さればこそリピーターを引き寄せ、九億ドル相当の吸引効果を発揮した。 チケットの売り上げのかなりの部分が公的な買い上げと勘繰っても、本作品が大ヒットの要素を満載する映画という事実は変わらない。 だから、『長津湖』は恐ろしい。 それが人民中国から現われてしまった。 一世代前には、いや十数年前に『建国大業』が出来た頃でさえ誰にも思い及ばなかったことだ。 やがて中国が世界の娯楽分野をリードしかねない。 (相応のキャパシティは備えている) そういう国が海外向けに「宣伝映画」を連発したらどうなるだろう? 今回の『長津湖』にかぎれば対外的には不発で終わりそうだが、いずれ諸国民の嗜好を徹底的に研究したものが出てきて世界市場で幅をきかせないともかぎらないのだ。 (〜2月16日) |
『コルベルク』本編
(YouTube)
https://www.youtube.com/embed/YvePjfbSMS4
『Der grose Konig(大王)』本編
(YouTube)
https://www.youtube.com/embed/DF4cRX68y-M
悲惨な勝ち戦「長津湖」−中国が戦意高揚狙う朝鮮戦争映画のきな臭さ
(現代ビジネス)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/88847
中国のプロパガンダ映画が、思わぬ反応を招いてしまった政府の大誤算
(ニューズウィーク日本版)
https://www.newsweekjapan.jp/satire_china/2021/10/post-63.php
戦争大作『長津湖』が世界映画市場での米国贔屓の終焉をもたらす?
(当ブログ)
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/52244009.html
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