2013年04月08日

「瞬間」を切り取り続けた作品 …『空が灰色だから』を振り返って。


少し前の話ですが、週刊少年チャンピオンの話題作『空が灰色だから』が完結を迎えました。
惜しい気持ちもありますがオムニバスの読切形式で長期続けていくのは難しい作品でもあったと思いますので、区切りの良い単行本全5巻分というところでの完結で丁度良かったのかな、という気持ちもあります。


短期集中連載(3話)の『空が灰色だから手をはなそう』は「女性主人公」限定だったのですがその後本連載化されるにあたり男女関係なく「思春期」の主人公を中心に据えるようになり、さらにその後「うまくいかない人々の物語」という大きな括りにシフトしていったと記憶しています。題名が『空が灰色だから』に改題されたのも、タイトルで”灰色だから”に続く言葉を明言しないことで作品の幅自体を広げる選択だったのではないかと思います。


そんな経緯もあって、全5巻に渡って描かれ続けた「うまくいかない人々」の物語はあまりにも多種多様。明るいコメディもあれば非情で深刻で胸を突くものもあり一言や二言で『空が灰色だから』という作品を表現するのはかなり難しいです。
ただ、完結したいまふと振り返ってみて『空灰』は「青春の瞬間を切り取っていた作品」だったのではないかなあ、と思っています。いささか大ざっぱな言い方ですが。


一話完結のオムニバスである以上、「瞬間」といっても毎回オチという形で結末が付いているのは確かなのですが、「この後この子はどうなってしまうんだろう」「この後2人の関係はどうなっていくんだろう」と気がかりのまま終わる物語が非常に多いのも確かで、また単行本描き下ろし等でそういった気がかりの先について言及されることがまず無いのが『空灰』の一つの特徴であったと思うのです。巻末、4コマ、カバー下などの描き下ろしは各巻に収録されていますが、本編のキャラクターのちょっとしたやりとりだとか本編の少し昔の出来事などに留まっており、物語の核心に触れるようなものは基本的には一切描かれていません。
『空灰』にはうまくいかない人々のちょっとしたズレから生じる悲しみだとか、読み手の不安を煽られるような物語がいくつも描かれていたので連載開始間もない頃は「単行本描き下ろしで続きが描かれるのでは」と報われない物語の救済が用意されることをほのかに期待していました。しかし1巻に収録されていた描き下ろしは本編登場キャラクターのほのぼのした4コマと、一切本編には登場しないキャラクターのショートストーリーでした。それを少し残念に思う気持ちもある一方、ある意味では、救いを求めたくなるような青春残酷ストーリーに「その後」を一切用意しないこの潔さが『空灰』らしさなのではないかと次第に感じ始めたのです。そういった意味で、「青春の瞬間を切り取っていた作品」だったのではないか、と。


「うまくいかない人々」という大きな括りではありましたが、主に描かれていたのは思春期前後の少年少女たちの物語で、舞台としては「学校」が多かった『空灰』。そしてその痛みの主な原因は友達、想い人、家族、そして世間との「ずれ」。学生である主人公たちはほぼ「家庭」と「学校」しか知り得ない狭い世界の中で逃げ場もなく、己が生み出す周囲とのずれに絶望を感じていきます。もしも彼らのその後が描かれ、その先に成長や救いがあったのならば一つ一つの物語が紡いだ衝撃は結果的に薄れてしまっていたかもしれません。
一部の問題作(『ガガスバンダス』、『ニッポン嗚呼、人情カツアゲ障害ウルトララプソディ』、解釈のしようによっては『さいこうのプレゼント』のような)を除き、作中で描かれるそれらの痛み苦しみは彼らが今後大人になっていく上での成長や出逢いの繰り返しの中で忘れてしまうかもしれない出来事に過ぎません。それをその瞬間に感じる最も強い衝動で止めてしまうから、読者の心にも新鮮に響いたのではないかと。さらに読む人によっては、自分が成長してきた途中で忘れてきた感覚をえぐられる刺激がクセになる作品だったのではないかと思います。
逆に言えば、本数としては少ないですが大人が主人公の作品(『私と私で私のまっぴるみにトートロジー』『僕と交流しよう』など)は結構な痛々しさを含みつつもどちらかというと最終的には明るくコメディタッチの着地点になっています。年齢と経験を重ねるごとにそういった痛みを繰り返していき、大人になってもなんだかうまくいかないままとはいえ一つ一つの出来事の忘れ方やかわし方には慣れてきている…という事を象徴しているのではないかとも思えます。(ただ単に、大人主人公で深刻な物語を描いてしまうと少年誌に描くには相応しくない内容になってしまうからかもしれませんが)


そして、主人公がいま抱えるその感情が「いつか忘れてしまうかもしれない痛み」であることに気付いて、未来の自分にまで投げかけていたのが最終話である『歩み』でした。
友人グループに言われるがままに友達がいないクラスメイトに話しかけ、共に日々を過ごして仲良くなってきたところで「罰ゲームで話しかけた」と告白し裏切ってしまった主人公は自分のしてしまったことについて強く悔やみます。
「イジメみたいな真似を してしまった私が
新しい友と出会った時 信頼を置ける仲間と出会った時
恋焦がれる人と出会った時 愛する子供と出会った時

胸を張って対等に付き合いをする 資格なんてあるんだろうか

明るい未来を歩む資格なんて あるのだろうか」
「誰かこんな 情けない私を
どうか

許さないでくれ」
「これからの未来に 一切の喜びや幸せを与えず
こんな卑怯者で弱い私に 一生罰を与えてくれ」
…と。
こう思える彼女ならば、まだやり直せるんじゃないかだとか。そう思うのもやはりこの時この瞬間の出来事で、未来の彼女自身は少しずつこのことも忘れて平々凡々な幸せを手にして生きていくのかもしれないだとか…すべては想像の域を出ません。この瞬間に己をここまで強く呪った弱い少女と、その弱さゆえに彼女が傷つけてしまった少女の痛みがこの作品の結末でありすべてです。如何ともしがたい痛々しさと歯がゆさが『空が灰色だから』の締めくくりとしては相応しい作品であったと思っています。一瞬一瞬の出来事だからこそ、その瞬間の感情は上書きも出来なければ、消し去ることも出来ないんです。


「うまくいかない人々」の心がざわつく物語『空が灰色だから』が毎週チャンピオンで読めていたことは本当に幸せな事だったとしみじみ感じています。
ちなみに、『空灰』で描かれていたようなちょっとした周囲とのずれを感じるうまくいかない人々への一番のエールと思えたのは『世界は悪に満ちている』でのお母さんの言葉
「自意識過剰ね
あんたが思ってるほど あんたは社会にとって
プラスでもマイナスでも なんでもないわよ
普通に受け入れてくれるわよ」
でした。母親の強さを感じる作品が多かったのも印象的です。


というわけでとりとめのない文章になってしまいましたが、自分なりに『空灰』を振り返らせていただきました。
阿部共実先生がいつか週刊少年チャンピオンに帰還されることを切実に願っております。




manganou at 02:15コメント(0)トラックバック(0)阿部共実  
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