2012年09月18日

May The Band Be With You pt.1

昨晩、PILLS EMPIRE長野公演の後、ずいぶん急いで蕎麦をすすり、
新幹線で帰ったのは、現ラインナップでのラストとなる"SISTER JET"の
渋谷CLUB QUATTRO公演を少しでも目撃したい、というのも理由の一つでした。

果たして22時着では間に合いませんでしたが、方々からの感想を見る限り、
会場の床が抜けんばかりの、超大盛況の中、ベースの坂部さんが送り出され、
過去最長とも言える全国ツアー"TOUR YOUNG BLUE"も幕を下ろしたようです。

8月1日のエントリでも少し触れつつ、始まったばかりのツアーに水を差しそうで、
控えていた、彼らとの思い出話を、この機会に書き付けておこうと思います。

このブログを長くお読み頂いている方は既にご存知のことで、
繰り返しになってしまいますが、わたしは18歳で高校を卒業した後、
古本屋でバイトをしながら、 浪人生活を送っていたところ、

同じ高校の先輩である坂部さんから、SISTER JETのライブ撮影、
及びホームページの管理をしないか、というお誘いを頂いたのでした。

2004年の春のことでした。

映像志望のハイティーンであったわたしは、いいんですかアと言って、
種々のステッカーでベタベタになった白いミニバンの機材車に乗り込み、
その年のほぼ全てのライブを、購入したての家庭用ビデオカメラで、
撮影しまくったものでした。大量のビデオテープが今でも実家で眠っています。

当時のお客さんは2桁に達せば良い方でしたが、彼らのライブは界隈で噂となり、
同時に、ビデオを撮ってる変な奴がいる、という認知もまた、
ライブハウス周りの人々や他のバンドの方に多少広がるようになったのです。

その頃はPVこそ制作していなかったものの、ライブ告知を兼ねた、
ショートビデオ(と言っても物凄くナンセンスなものでしたが)を撮影するため、
ほぼ毎週のように彼らの家に出かけたり、夜中に某美大に乗り込んだり、
雪の降りしきる林にスピーカーを並べてレイヴごっこをしたりと、
スノビッシュな無軌道さで、遊んでばかりいました。

その年の冬に、翌年から通うことになる学校を決め、春からしばらくの間は
撮影にも出かけられまいと思い、就学前最後となった2005年3月30日
新宿MARBLEでファインダーがボヤけたことも、つい昨日のことのようです。

2005年の夏頃、彼らに"PVを作ったらいいじゃないか"という助言が、
どこからか入りました。当時のわたしは俄然、色めき出し、
いくつか企画を出しましたが、彼らとどうにも折り合いが合わず、
ビデオを制作すること自体、立ち消えになってしまいました。

折り合いが合わなかったのは、当時のわたしが全くの素人であったのに加え、
その頃のバンドは、事務所が付くとか付かないとかの上り調子の様子であり、
他の制作者候補もがたくさんいたのではないか、と今なら想像出来ますが、

19歳のわたしは、目の前にぶら下がったPV制作デビューの機会を失い、
歯がゆい気持ちの中、ちょっと落ち込んだものでした。ところが、

その晩帰宅したわたしはすぐに、昨年まで撮り溜めていたライブビデオや、
オフショットの映像を組み合わせ、後のファーストEPに収録される
"i love you"という曲のビデオを勝手に作り始めてしまったのです。

その頃の勢いは我ながら感心しますが、翌日に完成させ、彼らに送りつけると、
突然の驚きによるものも大きかったでしょうが、なかなかの評判となり、
あわやSPACE SHOWER TVでも放映されかかるという事態になったのです。

結果的にこのビデオはオンエアされることはありませんでしたが、
今でもわたしの心に残る、"とりあえずやっちまえ"の精神は、
この出来事によるところが大きいです。ちょっとしたことで道は拓きます。

"i love you"は暫くの間、ネット上で公開されましたが、現在は見ることができません。

その素材は、後に制作されることになる、"MR.LONELY"のミュージックビデオや、
"17 (SEVENTEEN)"の"Ustream限定ビデオ"の一部に使用されることになりました。

この思い出話は長くなりそうなので、一旦次回に続くとします。






manism at 23:59│clip!