manngekyo0313のblog

春は花 夏不如帰 秋は月 冬雪さえて しずかざりけり

 

 

人の精神的側面あるいは最も本能的側面にアプローチする必要があり

それはされる側のみならず、する側つまり私自身の同じ面を投影しなければならず

心だけではなく精神も哲学すらも開示を要求されます。

 

日々の暮らしの中で、いろいろな人に出会い、さまざまな事柄に遭遇すると

その瞬間に感じたことを 心の片隅にしっかりと受け止めたい気がします。

 

どんなに 目まぐるしく一日立ち働いている人でも、その一つ一つに

全力投球で生きてる人は 器一杯の課題を与えれてるわけです。

 

そして、あなたもそうでしょうが、器にあふれてるような課題を抱えて

そのなぞ解きをする喜びを感じていませんか。

 

秋になりました。

自然が打ち明けてくれた秘密を愉しむ季節です。

子規門下の高浜虚子その門下の

山口誓子、水原秋桜子、尾崎放哉、中村草田男

の作品を聞きました。

尾崎放哉の  

こんなよい月を一人で見て寝る。

 

この歌は

 

こんなよい月を      

ひ   と   り で

 

み  て

 

ね  る。

ゆっくり 23秒あけて読むと

意味が伝わってきますね。

大人になってこの意味がわかってきました。

放哉(ほうさい)はずっと放浪の旅をつづけていたし

天蓋孤独だった人だけに、こんなに美しく輝く月を

独りで心ゆくまで眺めて寝るのは、もったいなく

むなしく寂しいと思ったんですね。

 

もう一句読んでください。

中村草田男

 

海に出て 木枯らし帰るところなし

なんともやりきれない作者の寂しい気持ちが出ていますね。

戦時中、草田男自身も闘病生活で病院に臥せっているときの

作品と知ってなおさらぐっときています。

 

大学受験の頃に習った感覚とは明らかに意味の

取りかたが違うのは、自分自身が大人になり

多少、世の中にでて嫌なことや悲しいことや

つらいことにも触れた体験からなんでしょうか?

 

 

遠州森の石松ではないが、生まれつき愚かな人はいない。

赤ちゃんや1歳か2歳の幼児がものを学ぼうとする強い意欲や能力を

示すのは子を持った親ならだれでも観察している。

 

ひょっとしたら、うちの子は天才かなと思うときがあるのが

だいたい3歳くらいまでである。

 

人は生まれてから最初の3年間で大人が大学で学ぶよりも多くのことを

学ぶ。だが、この素晴らしく、おどろくべき幼児の能力は、小学校、中学校

そして高等学校と教育を受ける過程で台なしにされてしまう。

 

わたし達おとなが台なしにしてしまうのだ。

こどもが誤ちをおかしたり、失敗したり、間違った行動を

とったりすることを恐れるように仕向けてしまうのが大きな理由であろう。

 

あれはやってはいけない。これは体によくないから、食べてはいけない。

あの子は不良っぽいから、遊んではいけない。

~してはいけないという否定形でこどもに接しているからだ。

 

通信簿の評価を良くしようという全く価値のない見返りのために

もっと勉強するようにと塾へ行かせて、子供を叱咤し、学校で

失敗したらどうなるかと脅したりして、勉強することを子供に強要している。

 

恐れを知らないで、好奇心旺盛な子供が多くのことを学ぶことを

大人は肝に銘じるべきだ。

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