先日の土曜日、ガーデンズシネマで原一男監督の「水俣曼荼羅」を観てきた。
鹿児島では2日間行われた上映は前売りと予約で満席。
上映時間6時間12分と、その長さにおののいて挑んだのだが、途中2回の休憩もありその長さは感じなかった。それは語弊がある言い方かもしれないが、すんごく面白い映画だからだった。
そして自分が水俣病について知らなかったことに気づかされた。
水俣病は当初、メチル水銀による末端神経系の損傷とされていたが、劇中の医師・研究者の新たな研究で大脳脂質神経細胞損傷による感覚障害ということが分かり、最高裁で認められた。
そのことにより、本来は救済されるべき多くの被害者が認められなかったりニセ患者と言われてきたのだが、その前提が覆った。しかし国は、すでに特措法(過去の誤った判定基準【末端神経損傷説】)で補償済なので補償はしません。
県に言ってくださいと。
そうすると現熊本県知事は、「県の立場は”法廷受託事務執行者”、国の基準に沿います。そういうシステムなのです。」の一点張りで、現在も認定を棄却し続けています。
だったらそのシステムに疑問を持とうよ、とか、判定基準が誤っていたことを最高裁で認められたんだから新たな基準で判定するのは当たり前だよ、と思うのだがその当たり前の話が通じない。
そんな状況なのです。
国は和解をチラつかせ高齢化する被害者に時間切れ作戦を狙い、さらに水俣では「水俣病」に触れることがタブーとなっている雰囲気がある。
そんな重い公害病がテーマのドキュメンタリー映画が面白いって?なるのだが、被害者や家族、支援者、医者や研究者の話を丁寧に取り上げることによって、人間の持つ怒りや悲しみはもちろんだが、チャーミングさやユーモアさなども垣間見えるから、どえらい面白い。
怒りを抑えきれない原告団と話の全く通じない役人たちとのバトルはエキサイティングだし、通説とされていた水俣病の病理を覆していく研究者の様子は謎解きミステリー。仲良くなった被害者の結婚話に「初夜は?初夜は?」ってしつこく聞く監督はエロだし、恋多き女性の被害者(ほぼ一目ぼれ)とその相手の方々との話はラブロマンスと、盛りだくさんの人間賛歌。
それは長くなるよと納得。
しかし同時に、この映画はドキュメンタリー。
ヒーローが登場して巨悪を成敗とか、タイムマシンが出てきてハッピーな世界とはならず、水俣病は今も続いているのです。
ドキュメンタリーとしてもエンターテーメントとしても一流の映画でした。
印象に残っているシーンは(沢山あるのだが)、水俣病を研究している教授が患者のホルマリン漬けの脳を解剖する機会を与えられ、ニコニコ顔で提供した遺族に「楽しみです〜」って言っちゃたり、大脳皮質損傷による感覚障害が裁判で認められた時に医師が「裁判に勝っても嬉しくない!、被害者は美味しいとか性的な感覚とかが、感覚障害によって損なわれることが嫌なんだ!!」と酒に酔い(放送禁止用語を交え)嗚咽するシーン。
どちらもすごく人間的。
いや〜観に行って本当に良かった。
水俣病の公式確認から60年を超え、未だに戦い続ける被害者。
そしてこの映画の撮影に15年、編集に5年の前では、372分は短い。
上映後のトークショーでの監督での言葉
「映画は人民のためのものだ」
権力に対峙していく監督の強さを感じた。
水俣曼荼羅(2022) 監督 原一男