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黒田長政の家来に「黒田八虎」と呼ばれた勇猛な武将たちがいました。そのうちの一人であり、幼少期から黒田家に仕えた重臣が後藤又兵衛基次です。彼の働きぶりは、当初は長政も賞賛するところでしたが、長政が戒めていた他家との交流をやめようとせず、やがて主君ともめるようになり出奔してしまうことになります。

この記事では、そんな豪傑・後藤又兵衛がまだ黒田家の重臣だったころの逸話を紹介します。加藤清正と同じく「虎退治」の話です。

■陣中虎騒動!!

慶長の役の朝鮮出兵で渡海していたときの話しである。
黒田勢は、全羅道の全義館というところに在陣していた。そして、変事はある日の夜明け前ごろに起こった。突如陣中が騒がしくなったのである。

騒ぎの声を聞いた黒田長政は飛び起きて、人を呼んだ。
「どうした?敵襲か?」
長政は大慌てで聞いた。しかし、兵士はひどくおびえた様子でこう答えた。
「始めて見まするが、みな虎じゃ、虎じゃと騒いでおりまする。」
長政もびっくりした。虎とは。話しによれば、虎が陣中で暴れ、現在は厩に入り込んで馬をかみ殺しているという。
「先ほど管(和泉守)様が、退治するとおっしゃって厩の方に向かわれました。」
「うぬう、よし、わしも行くぞ。おい、甲冑の準備をさせろ。」
長政は、脛宛てなどは着けずに、迅速に甲冑を着込むと、厩に向かった。

■もう一人の猛者

長政が厩に到着すると、そこでは管和泉守政敏が虎と対峙していた。

政敏は、「えい、おう」と大声で気合を入れながら虎に向かい、何度か飛び掛ってきたのをかわしていた。そして、ついに虎の腰を斬ることに成功した。政敏は「やった」と思ったが、虎は斃れることもなく、逃げることもなく、ますます怒り狂ってガバッと二本足で立ち上がるような格好で政敏に飛び掛ってきた。
「うわあっ!」
政敏は、その迫力にさすがにその場を動けなかった。

しかし、その時、一人の男が入ってきて、いままさに政敏に覆いかぶさらんとしている虎を正面から蹴り飛ばし、虎がよろめいているうちに、虎の眉間を刀で斬り割った。虎は大きく悲鳴をあげ、その場に倒れこんだ。すぐに政敏も戦意を取り戻し、刀を虎に立てて止めを刺した。政敏は、とどめをさすと、その男の方を振り返った。
「かたじけない!又兵衛どの!」
乱入してきた男は後藤又兵衛であった。又兵衛はにやりと笑うと、
「なんの。かように肝の太き士の命、虎如きにくれてやるわけには参りませぬからな。」
と言った。又兵衛は政敏を助け起こした。近くで見ていた兵士たちからやんやの喝采があがった。

又兵衛は、兵士に
「虎と、喰われた馬の始末をしておけ」と命じると、何事もなかったかのように自分の寝所へ戻っていってしまった。

■長政、又兵衛らを叱る

又兵衛たちは気づいていなかったが、駆けつけた長政も、この一部始終を見ていた。長政の側にいたある家来が、又兵衛らを賞賛した。
「いやはや、これは驚きましたな。よもやかほどの豪勇とは。かの如き猛将がおれば、当家の武功は間違いございませぬな。」
ところが、長政は歯ぎしりをして、ブルブルと震えている。家来がその顔を見ると、怒りの形相であった。そして、
「一軍の大将を務める身で、猛獣などと立ち回りを演じるとは…その軽率さ、断じて許せぬ。」
家来は「えっ」と思った。彼らの働きで騒ぎも収まった。放っておけば、誰も立ち向かわず、被害は増える一方だったかもしれぬのに…と思った。しかし、長政は怒り心頭のまま
「和泉(政敏)と又兵衛を呼び出せい!!」
と怒気を含めて命じると、厩を出て行った。

又兵衛と政敏は、激しく叱責された。2人にとっても予想外の叱責であった。ことに又兵衛は、叱責している最中にも、長政に反論を述べたりしたので、大いに不興を買った。よかれと思って命を張ったのに、二人にとっても胸につかえの残る出来事となってしまった。



長政のいう「一軍の将が…」という考えもよくわかりますが、又兵衛としては、不満だったでしょうね。被害が広まる前に虎を退治したわけですから、誰でも手柄だと思いますよね。それが激しい叱責ですからねぇ。

こうしたすれ違いが数回あり、、冒頭に書いたとおり、やがて又兵衛は出奔してしまいます。さらに、他家に士官しようにも、長政が横槍を入れてくるため、うまくいかず、最終的には大坂の陣で豊臣軍に参加。夏の陣で戦死しました。


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