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戦国大名の側近くに仕える職業の一つとして、「御伽衆」というのがあります。基本的には、戦場での士気を高めるために武辺話を語ったりする職業で、若い頃は戦場で活躍した男が、年老いて槍をふるえなくなってから、この職業に転職したとかいいます。

ところが、この職業、戦国後期になるとなぜか活躍の場が広がっていきます。それこそ、戦場で武辺話を語るなどという男臭い感じのするものばかりでなく、普段から大名の暇つぶしに呼ばれてはさまざまなことを語ったそうです。

だから、別に武士でなくても専門の知識を持った者なら誰でもなれるようになりました。僧侶でも、職人でも、茶人でも、医者でも誰でもOKです。「これぞ」という知識が一つあればいいんですから。

そして、ついにはこんな男も出ました。今で言えばお笑い芸人。知的好奇心を満たされる「面白い」ではなくて、純粋に笑える話を語る男がいたと言われています。今日記事にした男は、ちょっとしたいたずらを考えています。

その名も曾呂利新左衛門!


■いったい何事か?

「わ、わしは何かしたのであろうか…!殿下(秀吉)の笑いがかえって怖い!」
「あの曾呂利とか申す御伽衆に何か付け届けをした方がよいかもしれぬぞ。」
廊下でそんな話し声がするのを家康は聞いた。

この日、家康は秀吉に呼ばれて大坂城にやってきていた。呼ばれるまで待てと言われて、別室に通されたので、お供できていた鳥居元忠と語りながら待っていたのだが、そんな話し声が聞こえてきたので、家康は元忠と顔を見合わせた。

「いまのは…?」
「はて……何事でござりましょう。」
「御伽衆とか何とか言うておったな。」
「はあ…たしかに…御伽衆がどうかしたのでござろうか…。」
家康も元忠も何を慌てていたのかわからない。

「また殿下が「遊び」で何者かを飼われたのかもしれぬのう…。」
家康はやれやれといった表情で苦笑した。


■謎の御伽衆・曾呂利新左衛門

しばらくすると、小姓が呼びに来たので、家康は秀吉のいる間に行き、前に出た。形式的な挨拶を済ませると、秀吉が
「今日は徳川どのに、わしの新しい御伽衆を紹介したくてな。」
と言った。家康は秀吉のすぐ横に座っている小男をちらりと見た。小男は、微笑を浮かべて、家康を見ていた。家康は小男を見ながら言った。

「恐れながら、その御伽衆というのは、そちらの御仁で?」
「おお、そうそう。こやつじゃ。「そろり」新左衛門という。四国の平定軍を出していた時に堺で見つけて、面白いから連れてきた。いや、御伽衆ごときで呼ばれたとお気を悪くされぬでくれよ。こやつな、なかなか面白ぇーで、一時息抜きでも致さぬか?」

曾呂利が「上からのご無礼ご容赦…」などと言いながら、自己紹介をした。家康は、それを聞きながら、秀吉の言うように「たかが御伽衆を見せるために呼ぶな」と思ったが、そんなことはもちろん口には出さない。
「それでは面白い話というのをお聞かせいただきましょう。」
と作り笑いを精一杯自然に見せつつ言った。

その言葉を受けて、曾呂利が話し始めた。たしかに面白い。内容は、要するに今で言う落語なのだが、話し方が実に軽妙で、しかも話し慣れているのである。
その面白さに、家康は思わず噴き出してしまった。

「ああ、これはそれがしとしたことが…。殿下の御前で粗相を…。これも曾呂利どのの話が面白すぎるがゆえにて…お許しくだされ。」
家康はそんなことを言って懐紙で口を拭くと頭を下げた。
「ははは、いやいや。徳川どのにもそれほどお喜びいただけてよかった。お呼びした甲斐がありました。」
秀吉も上機嫌でそう言った。


■曾呂利の告げ口?

すると、次の瞬間、曾呂利が秀吉の耳元に何やら顔を近づけた。
時折、ちらりと家康の方を見る。そのしぐさが、いかにも曾呂利が家康についての何事かを秀吉に吹き込んでいるようであった。
(あの御伽衆…、いったい何を耳打ちしているのだ?)
さすがの家康も焦った。秀吉は何も言わずに、じっとしている。

そして、曾呂利が顔を離すと、秀吉は
「ああ、申し訳ござらぬ。いや、なかなか面白い男でござろう。今のわしのお気に入りじゃ。」
などと言ってニコニコしていたが、家康にとっては不気味でしょうがない。
(これか…。あの廊下の話し声は…。)

家康は待機中に廊下で聞いた声を思い出した。

「わ、わしは何かしたのであろうか…!殿下(秀吉)の笑いがかえって怖い!」
「あの曾呂利とか申す御伽衆に何か付け届けをした方がよいかもしれぬぞ。」

(何を殿下に申したかは知らぬが、わしのことを申したのは間違いあるまい…。これはわしもあの曾呂利とかいう御伽衆と懇ろになっておかねばならぬか…。しかしヤツめ…よもや本職は間者ではあるまいな…。…しかしそうなると殿下はわしをお疑いということに…。いや、そんなはずは…。)
家康は自分一人で考えてすっかり不安になってしまった。そして、秀吉から許可を得て早々に下がった。

家康は別室に戻ると、待っていた鳥居元忠に言った。
「曾呂利とかいう油断のならない男が殿下の御伽衆になったようじゃ。曾呂利に付け届けをせねばならぬ。」
「は…?御伽衆にでござりまするか?」

元忠にとっても、家康ほどの大名が御伽衆に進物とは意外である。
「曾呂利は何事か知っておる。さっきも殿下に何やら耳打ちしておった。今後何を言われるかわかったものではない。早めにわしの気持ちを示しておく。」

こうして、家康ほどの大名も後日曾呂利に進物を送り届けるという事態が発生した。

■告げ口の真相

しかし、実は曾呂利は秀吉に何か言っていたわけではなかったのである。

数日前に秀吉が機嫌がよかった時に、曾呂利が笑い話しをして、秀吉から「褒美をとらす。望みを申せ。」と言われたことがあった。そこで、曾呂利は、
「ならば、お大名のお歴々の伺候の際に、殿下のお耳のにおいをかがせていただければと存じます。」
と答えた。秀吉が理由を尋ねると、曾呂利はこう言った。
「私が殿下のお耳のにおいを嗅ぐ様子は、お大名から見れば、私が殿下に何事かを告げ口しているように見えるはず。されば、お大名のお歴々は不安に思って、告げ口をやめさせようとして私に賄賂を贈ってくるでしょう。」

秀吉は、
「なるほど…。お前はほんに妙なところに気がつくのう…。だが大名衆の反応を見るのも面白いな。大名たちが本当に賄賂を持ってきたら、お前が納めていいが、誰がどのくらい持ってきたかだけはわしにも教えよ。」
と言って、二人して大名衆を騙す「遊び」を始めてしまったのであった。

曾呂利はこうして、秀吉とグルになって、多くの大名を震え上がらせ、賄賂を受け取っていたという。話しももちろん上手だが、悪賢い遊びにもよく頭の回る男だったのである。



曾呂利新左衛門は実在の人物ではないとも言われますが、江戸時代の随筆などには、多く登場してくるそうです。秀吉を笑わせたエピソードもいろいろ。

事実だったら楽しげな話なのになあ…。大名たちはたまらんけどね。


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