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安土から引き上げる途中で明智軍に見つかり、姉・まつを救えなかった信繁。そのことで自分を責め、「自分は兄より才があると思っていたが、そんなことはなかった」と落ち込んでしまいます。

後世名将と讃えられることになろうとも、物語の時間では、信繁はまだ20歳にみたない若者。青臭さも描かれる今回の大河ドラマは、三谷さんが放送前からおっしゃっていたという「あくまで史実」といえる気がします。史料が残っているかどうかとか、そういう学術的なことでなく、ドラマとして。

さて、本日は戦国時代の"影"を担う忍者について調査してみました。
シブすぎる寺島進さん演じる、シブすぎる出浦昌相も忍者です。

■"忍者"といっても呼び方にもいろいろある 
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第6話では、信繁が安土から信濃に戻る途中で出浦昌相に会いましたよね。
当時、昌相は信長の家臣だった森長可に与していたんです。昌相は信繁に「これからどうされるのですか?」と聞かれ、「スッパは目先の損得では動かぬ。一度家臣と決めたからには、最後まで尽くすのが我らの流儀」と返しました。まったく、シブすぎますね。

ところで、ここで注目なのが"スッパ"です。スッパというのは要するに忍者のことです。漢字では"透波"とか"素っ破"とか書きます。戦国時代の忍者たちは、地域や属する大名によって様々な呼び名があるようです。

武田家の場合は"透波"。上杉家の場合は"軒猿(のきざる)"。忍者といえば"伊賀者"や"甲賀者"も有名ですよね。そういえば先日の放送で、家康の伊賀越えで"ひたすら押し通った"服部半蔵も伊賀者の忍び出身です。

その他にも東北の伊達家に所属していた"黒脛巾組(くろはばきぐみ)"という忍びの者たちもいます。彼らは黒皮の脚絆(きゃはん)を履いていたそうで、つまり、その外見が呼び名になっていたんですね。

相州乱破(らっぱ)の"風魔党"なども小説などによく登場して知られています。頭領の風魔小太郎は、身長7尺2寸(215センチ)、目が逆さに裂け、毛むくじゃらの顔をして口からは牙が4本生えていたという鬼のような面相だったとか。しかし、これは風魔を畏怖させるためのイメージ戦略だったと言われています。…ですよね〜…。

【参考】忍者の呼び方色々
忍者、忍び、忍びの者、くさ、芝見、目付、見分、忍目付、斥候、物見、かぎ物見、外聞、乱破、透破、忍物見、出抜(すっぱ)、奸(かまり)、大奸(だいかん)、小奸、姦、伊賀者、甲賀者、隠密、隠し目付、検見、遠候(かぎ)、軒猿、黒脛巾、座頭衆など、地域性と質的相違によって呼称が異なる。
『歴史群像シリーズ71 忍者と忍術』P.74より。(学習研究社刊。2003年10月)

…呼び方いろいろすぎるだろ…。

■出浦昌相の経歴

さて、それではドラマに登場している出浦昌相という人物についても調べてみましょう。

出浦昌相は、武田信玄と争った信濃の戦国大名・村上義清の一族と言われています。元々は真田家と同じく、武田信玄に仕えていて、当時から昌幸とは関わりが深かったようです。
武田家滅亡後は、所領の関係もあって、織田家の家臣で信濃に赴任してきた森長可に所属しました。
んで、先ほど出てきた、大河ドラマ6話の1シーン「森長可の軍勢を昌相が護衛する」というようなことも経て、以後は真田家で"透波"働きをして活躍。元和9年(1623)に亡くなる…というのがざっくりまとめた史実の昌相の経歴です。

なお、資料では「出浦対馬守盛清」という名前で記されていることが多かったので、より詳しく知りたい方はこちらの名前で調べるといいかもしれません。

余談ですが、森長可を護衛していった結果、彼は長可から刀を拝領したそうです。短期ながら忠節を尽くした褒美だったようで、ドラマでも昌相自信が言っていたとおり、乱世なればこそ「最後まで尽くす」という彼らの流儀に価値が出たわけですね。


■出浦昌相の部下管理法

この出浦昌相について、面白い話がありましたのでご紹介します。真田昌幸の伝記『長国寺殿御事績稿』という書物にこんな記述があるそうです。

「出浦対馬守、甲州信玄へ給仕せり。其の比スッパを預り、他国の城へスッパを入れけるに、其のスッパより先に城内へ忍び入り、城内の様躰具に知りて帰りける。スッパは行かずして偽りて、行きて見たる由云ひける時、対馬スッパの行かざる事を見届け、其の身行きたる印を顕はしけるにぞ、手柄の程顕れしと也」
『歴史群像シリーズ71 忍者と忍術』P.121より。(学習研究社刊。2003年10月)

簡単に言うと、部下に敵城に忍び込むように命じた後、自らその城に忍び込んで内情を探ってきて、部下の報告が正しいかどうか、部下がちゃんと働いているか確認していたというわけです。なんと恐ろしい上司なのか…。
昌相は、武田家・真田家において多くの忍びを育成したといいますから、これも育成の一貫だったのかもしれないですね。なんとなく寺島さんの昌相像から想像できる気がする…。


■真田の忍びといえば「真田十勇士」
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ところで、真田家でしかも忍者といえば…「真田十勇士」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?

講談で、その常人離れした能力での活躍ぶりが描かれて人気を博した架空の人物たちです。猿飛佐助、霧隠才蔵、海野六郎、筧十蔵、根津甚八、三好清海入道、三好伊佐入道、望月六郎、由利鎌之助、穴山小助の10人。
全員忍者的役割を果たしたというわけではないですが、忍者の任務は「諜報」「防諜」「謀略」が中心。そういう意味では、いずれも特異な力で任務にあたったメンバーといえます。

彼らは、モデルとなる実在の人物があったとされている者もいるようですが、詳細はまた機会があったらご紹介したいと思います。

大河ドラマでは佐助(演:藤井隆さん)が登場しています。「佐助」という名前ですが、猿飛佐助というわけではないようです。名前のモチーフが猿飛佐助なのかもしれませんね。昌幸が「おーい、佐助」というだけで3秒で出てくる様子はさすが忍び(笑)。これから合戦シーンなどでどのような活躍するのかも期待です。



こうして調べてみるとなかなか興味深い忍者という職業。「情報」をいかに早くつかみ、いかに漏らさないか、そういったことも重要な生き残りの要素だった戦国時代において、これに従事した「忍者」という役割は平穏な時代よりもはるかに重宝されたでしょう。実際に、江戸時代以降、忍者の数は減少していくそうです。

さて、明日の放送では滝川一益に昌幸のウソがバレる!らしい!次回もお楽しみです。

【参考書籍】
忍者と忍術―闇に潜んだ異能者の虚と実 (歴史群像シリーズ (71)) 』 
概説 忍者・忍術 』 
真田三代―戦乱を“生き抜いた”不世出の一族 (新・歴史群像シリーズ 10) 』 


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