久方ぶりに筆を取って、ブログをしたためようと思う。
今回筆を取ったのは、11/30に島根県民会館中ホールにて開催した「homme ONEMAN LIVE 2025 爾今」(以下:爾今)について記すためだ。
本来ならば、ライブが終わってすぐさま書くのが熱量感や余韻など、ありとあらゆる点で望ましいだろうが、もう1か月経ってしまった。何なら今年が終わろうとしている。時の流れはいつだって残酷だ。
ワンマンまでの出来事や想いを時系列で書いている。
ワンマンが終わってから、少しずつ書き進めていたのだが、その道中で「こんだけ書いてまだ9月だと…?」と、何回か心折れそうになった。
これを読んで頂けているということは、無事校了し、投稿出来たということだ。
ちなみに↑この文章を書いている今現在、まだ書き終わっていない。
やっとこれから11月のことを書く段階だ。
早く書き終えて、みんなに届けたい。頑張れ自分。
↑そしてこの文章を書いてから更に時は経ち、遂に今しがた書き終わった。
ただ、覚悟して読んでくれ。
その文字数、驚異の17668字。実に原稿用紙約44枚分だ。
まあ年末のこのタイミング、ゆっくり読むにはいいのかもしれない。
さて、このブログでは爾今の裏話的なエピソードや、その時々に感じた自分の想いなんかを書いていこうと思う。当日のMCや、爾今までのライブなんかで話したことと重複するかもしれないが。
あ、あとなるべく携帯で読んで欲しい。
PCで見るとレイアウトがグチャグチャになってしまい、ストレスを感じると思うから。
ではいこう、しまんちゅブログのお時間です。

2024年11月
ここから全てはスタートした。
どこのホールもそうなのかは定かではないが、島根県民会館は利用するにあたり、抽選がある。
11月に催しを行いたい団体が一堂に会し、希望日が被った場合は抽選となるのだ。
そして、俺たちは今回、11月29日、30日の2日間を第一希望とした。
その結果、5団体くらいの競合となった。
今回2日間借りたのは、この公演のクオリティを何としても最高のものにしたかったからだ。
1日で空っぽのステージから設営し、リハーサルを行い、本番をしてまた空っぽに戻す。
そうなれば夜の公演になるのが確定するし、リハーサルも十分な時間は取れない。
リハーサルと一口に言っても、音響や演奏面の話だけではない。
照明の色、角度、楽曲とのリズムキメなどの打ち合わせ、曲終わりの暗転の具合やタイミングなど、その内容は多岐に渡る。
事実、前日のリハーサルは16:00頃から21:30くらいまで続いたし、本番当日も朝から12:00頃まで行っていた。
もっとやろうと思えばいくらでもやれる。リハーサルとは音響、照明、演者のチーム力を高めていく大切な作業なのである。
話が少し逸れたが、そんなこともあり、希望を土日の2日で出せば必然的に他団体とも被るよね、という話だ。
そして運命の抽選。
どんな方法なのかと身構えたらば、数本の棒が差し出され、係員の方がこう告げた。
「一本だけ棒の先端に色がついています」と。
「うん、でしょうね」
太古。太古すぎる。時は令和だというのに。
とにもかくにも、俺の選んだ棒の先には、確かに色が付いていた。
そして他団体の代表の方の顔は確実に困惑と落胆の色が見て取れた。
申し訳ない気持ちもあったが、勝負の世界は時に非情なものだ。諦めてくれ。
そう心の中で呟きながら、外で待機していた秋山に、「決まりました」と告げると、
「持ってんね。」
と言われ、県民会館のロビーで握手をした。秋山の口角は上がっていた。
この瞬間から、俺たちの物語は始まった。

この画像を探すのに20分くらいかかりました
2025年6月
松江カノーバにてワンマンライブを開催。
ここで県民会館の発表を行った。
そして今年を象徴する2曲、「Old Tale」と「IPPEN」を初披露した。
この時の模様は過去のブログに書いているので、興味がある方は読んでみてくれ。
島根県民会館中ホールへの挑戦
余談だが、上記のブログを載せた後のXのポストにて、ハッシュタグ「#Old Tale」を「#Old Tail」と書いていた。「古い尻尾」て。老犬か。
新曲のタイトル間違えるとか言語道断だが、気づいた時には時遅し。
反応されるのが怖かったので、何も触れずに風化させることにした。
このライブの後、チケット最速先行販売を行い、7月には二次先行販売を行った。
期間は短かったが、想像以上に沢山の方たちが購入してくれて、「なんて幸先いい船出だ!ヨーソロー!」と喜んだのを覚えている。
そう遠くない未来で何度も座礁しそうになることをこの時はまだ知らない。
なにはともあれ、先行で買ってくれた皆さま、とても勇気づけられて、いいスタートが切れた。
本当にありがとう!
あ、そういえば先行販売には特典を付けていたが、その一つが「サイン入りチケット」だった。
先行販売はローチケのみだったので、その後の一般販売の特製チケットが入手できない人もいるだろう、と。
したらば、その後の一般販売開始以降、「特製チケットが欲しかった…」というお声をたくさん聞く度に「そうですよね、すみません~」と交わしながら内心「当日おったまげるがいい!ヨホホ!」と思っていた。すみません。

一般販売チケット。これにサインして特典としてお渡ししました。
2025年8月
下旬にポスターとビラが出来上がる。
本来もっと早くに作る予定だった。
今回「松江市」と「松江市教育委員会」の後援が入っているのだが、この申請に思うより時間がかかり、ずれ込んでしまった。
思ったより、というのはこちらの事前認識が甘かったということで、松江市が悪い訳ではないのはお伝えしておく。
申請にあたり、慣れない書類作成に四苦八苦し、有識なお方にお力と知恵を貸して頂いたりし、無事認可がおり、印刷したという流れだった。
ちなみに「力を借りた」というのは裏技や圧力といったキナ臭いものではないので安心してくれ。
あくまで真正面から申請した。
このポスター、ビラに関して、ファンの方や関係者の方、たくさんの方が協力して配布して下さった。
俺らだけでは回り切れないところを、時間と足を使って回って下さった。
俺らにはツテがないお店にも、たくさん貼って頂けた。
おかげで、たくさん印刷したポスターもビラも、本番を迎えるころにはほぼ無くなった。
こうして回って下さった方々は、ポスターやビラをお願いする時、きっとhommeのことを熱く語ってお願いしてくれてるんだと思う。
そのお相手がhommeの事を知らないこともきっとあったはず。
それでも、hommeの為に時間と労力をかけて想いを伝えてくれたことを想像して胸が熱くなるし、ただただ感謝しかない。本当にありがとう。
また、「協賛」と「応援タオル」が登場したのもこの頃だ。
今回の爾今、過去二回のホールワンマンに比べても、制作費を過去最大に掛けた。
20年に1回のお祭りであり大挑戦。出し惜しみなしの過去最大クオリティでお届けしたかった。
今まで応援してくれたみんなに、過去最高のhommeを観てもらいたかった。
初めてhommeを観てくれる人に、今の最高のhommeを観てもらいたっかた。
地元のミュージシャンに、地方在住だろうが、続けていればこんな挑戦ができる、と伝えたかった。
このように、列挙すれば様々な理由はあるが、一言でいえば「過去最高のhommeを届けたかった」に尽きる。
それを実現可能にしてくれた大きな要因が、「協賛」と「応援タオル」だ。
8月から「応援タオル」という名のハンドタオルを物販、そして通販で販売した。価格は1000円。
その売り上げは全て爾今の製作費に充てさせて頂く、という趣旨のものだ。
もちろんタオルをグッズの1つとして手にしたい、という気持ちもあると思う。
でも、それ以上に「ホールワンマンを応援したい」という気持ちが強かったと思う。
何枚も買ってくれた人、「行けないからせめて!」と言いながら買ってくれた人、ツアーの最中でライブハウスのスタッフさんや共演者の方も買ってくれたこともあった。
その売上ももちろんありがたかったが、それ以上にその気持ちが本当に嬉しかった。
報告の義務もあると思うのでここで述べさせて頂くが、その売り上げで「県民会館中ホールの会場費相当」をまかなうことが出来た。
あのタオルを手にしてくれた全ての皆さん。本当にありがとう。


たくさん手にしてくれて本当にありがとう!
そして協賛。
エントランスパネルや当日の折り込みチラシで見て頂いた通り、今回はたくさんの企業様、個人様にご協賛をいただいた。
バンド人生で初めて「協賛」というものをお願いしたのだが、右も左も分からない上、平たく言えば「人様のお金で自分たちのやりたい事をやる」という図式だと思っていたため、とても心苦しくもあった。
おそらくセルフプロデュースでバンドをやっているバンドマンの中には、そう思う人も多いのではないかと思う。
しかしながら、その印象は今は少し違う。
今回協賛をしてくださった皆さまは、口を揃えて「応援してる」「頑張ってください」「いいステージを見せてね」と言って下さった。
hommeの今回に懸ける想いへの応援。
今回のワンマンだけではなく、hommeのこれからも含めての応援。
もっともっと大きな姿を見せてほしい、という気持ちの応援。
ただ単に、今回の製作費に充てるお金を出すよ、という意味合いではないとヒシヒシと感じた。
もし自分が誰かから協賛のお願いに来られたらどうだろうか、と今改めて考える。
それが単なる「お金集め」だと思ったら、もしかしたら二の足を踏んでしまうかもしれない。
でも、その夢や想いに共感できて、自分のお金がその一助になるのなら、喜んで協賛するだろうと思う。
それは損得じゃなくて、「何かに役立ててくれたらそれでいい」という気持ちだろうな、と。
協賛というのは様々なスタンスがあると思うし、全てを知ったわけではない。
ビジネスの世界では、損得やお付き合いで動く協賛が存在するのも重々承知している。
しかし、今回の俺たちの協賛に関してはそうではない。
瞬間的な損得でいえば、相手側のリターンなんて知れていただろう。
だからこそ、今回協賛してくださった方々は、「激励」であり、「期待」であり、「応援」であったのだと思う。
協賛して下さった方々は、hommeの想いに賛同して下さって、俺たちが漕ぐ船に乗ってくれた。
こうした協賛をいただいたことで、より今回のステージに対しての責任感が強くなっていった。
「応援してもらう」ということは、当たり前ではないし、応援してもらう側の使命感、責任感もイコールで大切なことだ。
ご協賛いただいた皆さま、本当にありがとうございました。

たくさんのご協賛、本当にありがとうございました!
2025年9~10月
計5本のバンドツアーを行った。
2ヶ月で5本は決して多くはない。
それでも、サポートを入れてのバンドセットは製作費も大幅にかかるし、今のhommeにとっては大きなアクションだった。
それでも敢行したのは、もちろん爾今のプロモーションの意味合いもあるが、大きな目的としてはバンドセットでのグルーブを高めるためだ。
今回の爾今では3人から6人編成まで様々なhommeをお届けした。
結成から今日まで、hommeはスリーピースバンドから始まって、近年では6人編成までいろいろな形態で演奏してきた。その歴史をお届けする狙いだった。
爾今本番、一番曲数が多かったのが前述のツアーメンバーによる4人編成だったのだが、一番多いからこそ、一番グルーブを高めて臨みたかった。
これは大いに意味があったと思うし、何より久しぶりのバンドツアーは最高に楽しかった。
ツアーの醍醐味は、短い期間で複数ライブが入ることで、メンバーがよりバンドに向き合う時間が濃密になり、洗練されていくことだ。
ライブやリハーサルはもちろんのこと、行き帰りの車内での話や、打ち上げでの時間、一緒に食べるご飯でさえも、一見演奏と関係なさそうな時間全てが、バンドの血肉になってグルーブになっていく。
これがバンドの面白さであり、「バンドは生き物」と言われる所以でもあると思っている。
また、地元山陰でのライブは、地元のバンドと久しぶりにバンドセットで対バン出来たのがとても嬉しかったし、緊張感があった。
大きな挑戦を掲げ、地元で20年続けたバンドがどんなライブを見せてくれるのか、そう思われてると思ってライブに臨んだ。
特に後輩たちの前でつまらないライブなんて出来ない。
地方と言われる山陰で、長くバンドを続けた先に、こんな挑戦ができるんだと思ってもらいたいから。
俺らがすごいとか、俺らみたいになって欲しいとか、憧れてほしいとか、そんなことを言っているんじゃなくて。
自分たちのやりたい事、目指したいものに手を伸ばすことのきっかけになってくれたら嬉しい。それはバンドマンに限らずだけど。
俺らがこのワンマンに挑んだ想いには、そんな一面もあった。
各地でお世話になった関係者の皆さま、共演者の皆さま、お客さん、本当にありがとうございました。

Photo by studio Taneda
2025年11月
ついに爾今当月に突入。
にも関わらず今年も開催しました、こちら。

そう、毎年恒例の小田和奏さんとのマラソンカップリングツアー。
数か所ツアーを回り、最終日の朝にフルマラソン大会に参加したのち、夜にツアーファイナルを迎えるという謎の苦行ツアーだ。
毎年12月の第1週日曜日に開催される「国宝松江城マラソン」をファイナルに据えて開催していたのだが、今年は爾今があるためさすがに無理だよね、と。
いやいや、じゃあ違う11月のマラソンでやっちゃう?という流れになった。
和奏さんは「hommeの大一番の前にこのツアー開催して大丈夫?」と気にかけて下さっていたのだが、俺たちの「やりたいっす」の一言で開催が決定した。マゾか、俺たちは。
これだけ聞くと、さもhommeはマラソンが好きなんだな、みたいになるかもしれないが、俺は別にマラソンが好きなわけではない。この和奏さんとのツアーが好きなんだ。それは勘違いしないでほしい、本当に。
しかしながら秋山は、なぜか爾今後に開催された松江城マラソンにひっそりエントリーし、走っていた。どういうことなんだ。
本人に「結局マラソン好きじゃん」というと、「いや、全然」という。もうあいつが怖いよ。
という俺も、各地で共演して下さった皆さまに「来年は一緒にマラソンどうっすか?走る前から無理ってのはどうですかね?」などと、どう考えてもマラソン愛好者寄りの発言をしていた。二重人格か俺は。
ここで「マラハラ(マラソンハラスメント)」という言葉が産まれ、最終日には「啓蒙」と名を変えたツアーだった。
そう、俺はこのツアーを啓蒙したいんだよ、勘違いしないでくれ。
今回は圧倒的に走り込みが出来てなかったので、本当に完走できるか不安だったが、もし完走できなかったら爾今にケチつくというか、縁起が悪い気がして、根性で完走した。
30km地点くらいでラーメンがエイドに出ていたのだが、俺は醤油ラーメンをチョイスした。
このラーメンが脳天からつま先まで雷が落ちたんじゃねえかってくらい美味かった。
愛する人との別れを惜しむように、麺を2本ずつ啜って食べた。
書こうと思えばいくらでも書けるが、更に長くなるので割愛するが、今回のこのツアーも最高に楽しかった。
正直、爾今の券売状況や、加速的に増していくタスクに神経がすり減っていた頃だったが、このツアー、そして和奏さんのおかげで「ああ、バンドって楽しいよな」と思い出させてくれた。
各地でお世話になった関係者の皆さま、共演者の皆さま、お客さん、マラソンを応援してくれた皆さん、そして和奏さん!本当にありがとうございました。

ゴール!もう足が上がってない

大好き和奏さん。今年もありがとうございました!
そして爾今までのライブも終わり、ついに6人でのリハーサルがスタートする。
長年hommeをサポートしてくれているメンバー、もうファミリーと言っても過言ではない。
EG.吾郷冬樹
THE・ロックギタリスト。兄貴肌で、話術王。
近年では、なかなか一緒にステージに立つ機会も減ってしまったけど、やっぱりこの日だけは吾郷さんを呼ばずにはいられなかった。
若干フォルムが変わってしまったが、ギターは変わらない、痺れるカッコよさ。
一緒にステージに立って下さって、ありがとうございました!

EG.金﨑圭介
アレンジャー、エンジニア、音響、サポート、何でもハイクオリティの山陰の至宝。
島根大学軽音学部の同級生でもある。
Old Taleも彼と一生懸命作った作品。てか2015年からは全部。
彼と20年前くらい、軽音時代に部のライブで県民会館中ホールのステージに一緒に立って演奏したことがある。そこから今回の爾今でまで繋がっていたと考えると感慨深い。
いつも本当にありがとうよ!!

Key.平野愛
愛さんは2017年のテルサホールからのお付き合い。
トリオ編成から6人編成まで、数えきれないくらいサポートしてくれている。
音楽的にももちろん大好きなんだけど、人間的に大好きな人。
今回、県民会館挑戦しますって言った時、「hommeなら大丈夫!絶対。」と断言してくれた。
さっぱりしてて、優しくて、お腹が減ると顔が死んで、チャーミングで抜群のピアノを弾いてくれる、唯一無二の人。

Dr.小原健治
リズム隊として、もう割と年月を重ねてきたケンジはfrom岡山。
同じ中国地方で同時期にバンドしてたってこともあり、昔から知ってる戦友でもある。
おちゃらけているようで、音楽に真面目。
hommeで叩いてもらう時には俺んちに泊まるんだけど、その度に音楽の深っかい話で夜が更ける。
そうやってhommeのリズム隊のグルーブを深めていったんだよな。
今回も本当にありがとう!

hommeは2015年以降、2人になった。
その都度都度でサポートメンバーに支えられてライブをしてきた。
近年は特にこのメンバーにサポートしてもらうことが多かったから、こうした晴れ舞台を用意できて、そこで依頼出来たのは本当に嬉しい。
みんな、いつも本当にありがとう。今回も最高のサポートでした。
2025年11月29日
この日は設営とリハーサル。
前述の通り、県民会館、というかホールでライブを行う際は、ステージ上は何も置かれていない。
後ろのトラスやアンプ、ドラムなどはもちろん、当日の足元の黒い下地も何もない。
そして借りれる時間はMAXで9:00~22:00。舞台を完全に元に戻しての撤収が22:00だ。
なので、1日で設営、リハーサル、本番、撤収となると本当にバタバタするし、やれることも限られてくる。
リハーサルはこれもまた前述の通り、演奏だけでなく照明や演出のリハーサルも行う。
今回音響、照明でお世話になったのがGR-SOUND&LIGHTINGのチームだ。
技術班には、事前にセットリスト、音源、そして曲間のつなぎなどを入れたスタジオテイクを渡している。
そもそも、hommeの楽曲を全て知り尽くしているわけではない。むしろ知らない曲の方が圧倒的に多かったと思う。
それを可能な限り聴きこんでくれた上で、こちらの事前イメージ(色や雰囲気など)を加味して照明プランを考え、準備してくれるのだ。
そうしてリハーサルを進めていくのだが、もちろん「ここはこうしてほしい」「暗転のタイミングがイメージと違う」などの要望や修正点が出てくる。
それを翌日のリハーサルまでに修正してくれるのだ。
ここで思い出してほしい。リハーサルの終了時間が何時だったか。
そう、21:30頃だ。会館を出たのは22:00頃だった。
それから会社に帰り、プランを修正作業してくれたんだよ。震えるよな。
GRの皆さま、技術班の皆さま、あのステージを一緒に創って下さり、本当にありがとうございました!
そしてPAはカッシーこと頭本くん。ライブハウスAZTiCでもお馴染みの彼だ。
カッシーはいつからの付き合いなのか、もはや正確に思い出すことが出来ないくらいに長い。
AZTiCを退職し、別の音響会社に転職し、現在はフリーの音響屋として山陰のバンドマンの音を届けてくれている。
爾今が走り出す少し前、彼がフリーになるという話を聞いた。
そこで俺たちは、即オファーをした。
というのも、前職の音響会社では、沢山のホール公演のPAをしていたと知っていたからだ。
一口に「PA」といっても、それがライブハウスなのかホールなのか、はたまた小さなカフェなのか、その専門性や経験があるかないかで作り出す音は全く変わってくる。
結果、彼に頼んで本当に良かった。それは沢山の「いい音だった」という反響からだ。
爾今翌日、彼と機材の積み下ろしをした。
その時に彼が言っていた言葉がとても印象的だった。
「前職での大変だった経験は、この日の為にあったんじゃないかと思えました。PAさせて貰って本当にありがとうございました。」
そんな嬉しい言葉あんのか。泣いちゃうだろ。
自分たちが必死で走った先に、こんな想像もしてない言葉を言って貰えるなんて。
こちらこそありがとうだよ、カッシー。
続いては、リハの一つのハイライト。
本番でも多大なる反響を頂いた「オープニングムービー」のリハーサルだ。
俺たちは「アー写が動き出す」という頭で作ったから、どれだけ驚いてくれるのかは若干の不安もあった。
しかし、この日のリハーサルで何の予備知識もないキーボードの愛さんがこの映像を見た時、「えー!動いた!なんでー!?」と完全に掌の上で転がってくれる様を見て、「これはいける」と確信した。
そんな愛さんを転がしたムービーを作ってくれたのは、hommeのファンの皆さまにもお馴染みのystkこと竹下さんだ。
hommeのMVのほとんどを手掛けてくれている、凄腕クリエイター。
MVだけでなく、今回の爾今グッズは竹下さんにデザインを作って頂いている。
彼の何が凄いって、個人的には「仕事の圧倒的速さ」と「想像を超える創造力」だと思っている。
「この夜が明けるまで」のMVを作ってもらった時も、明け方近くまで撮影して、その数時間後に初稿が届いた気がする。ビックリ通り越してブックリした記憶がある。
多少盛ってるかもしれないが、それくらいのスピード感。
そして、その創造力。
大雑把なイメージを伝えただけで、思い描いてたものを遥かに凌駕する作品を出してきてくれる。
「あー、なるほどねー。おっけーやってみるわー。」
みたいな飄々とした感じでいるくせに、いざデータが来ると毎回白目を剥くクオリティ。憎い。
もちろん、能力あってこそ成せることだと思うし、元々のセンスや積み重ねてきた経験や培った技術も大いにあると思うのだけれど、俺は彼の根底に「人を驚かせたい、楽しませたい」というサービス精神が多分にあるんじゃないかと思う。
爾今の直前、俺らの過去のMV総集編みたいな動画作って、そこに色んな人のXのポストを載せた動画を投稿してくれてたけど、あれも俺たちは何も知らなかった。
きっと、俺たちやhommeを応援してくれているみんなを「驚かせて楽しんでもらいたい」っていう気持ちからだと思うんだよなぁ。まんまと驚いちゃったんだけど。
いつも本当に感謝してるし、愛してます。竹下さん、ありがとうございました!
こうして、チーム爾今の技術スタッフの総力と愛を注いでもらったリハーサルは終了し、いよいよ翌日、本番を迎えることになる。
すごいだろ、まだ本番までいってないんだぜ、このブログ。怖いよな。

オープニングムービー。これが動き出します。

登場シーン。逆光がバカみたいにカッコいい。

爾今チーム。最高の笑顔!
2025年11月30日
9:00頃に県民会館に会場入り。
楽屋に荷物を入れ、当日リハーサルを行うスケジュールだ。
その前に、物販が展開されているロビーへと足を運び、一緒にチームとして物販、案内、誘導で動いてくれるアルバイトスタッフの皆と顔合わせをした。
この日のアルバイトスタッフは、俺たちと面識がある方たちではない。
外回り担当のスタッフが声をかけて集めてくれた、学生さんたちだ。
総勢9名。hommeのことを知らない方も多数だし、音楽をやっていない方もいたと聞いている。
本当に一生懸命動いてくれたと聞き、とても嬉しかった。
当日リハーサルの時も、みんなで並んで客席で見学してくれていた。
それで「頑張ろう!」と思ってくれたらしいし、終わってからも「すごく楽しかったし、いい経験が出来ました!」と言ってくれていたよう。
こちらこそ本当にありがとう!

物販担当の子たち。他の皆も頑張ってくれました!
受付横には花も届いていた。
エフエム山陰、浜田真理子さん、ゆらく。それぞれから立派なお花を頂いた。

それぞれご紹介する。
■エフエム山陰
日ごろから「耳の肴」でお世話になっているし、今回は協賛もして頂き、いろいろとお力をお借りした。
その耳の肴の5周年を冠してのライブでもあったが、放送内では本当に好き勝手やらせて頂いている、マジで。
「エフエム山陰で一番エフエム山陰らしくない番組を」のコンセプトで始め、怒られるギリギリを狙っていこう、と収録しているが、未だ怒られたことはない。もしかして放送誰も聴いてないのか?
爾今の後に、エフエムでお世話になっている人にこの事を伝えたら、「うん、まあ怒ってはないんだけど、こんな感じの番組になるのはちょっと想定になかったかな」と言われた。聴いてた。
想像を超えたとポジティブに捉えよう。解釈なんてもんは気の持ちようだ。
そもそも耳の肴を始めた目的は、「まだ見ぬ人にhommeを届けたい」というもので、それは今も変わっていない。
だからこそ、今回耳の肴リスナー(通称サッカナー)がたくさんhommeを観に県民会館に足を運んで下さったことが、本当に嬉しかった。
中には人生初めてのライブが爾今になった、という方もいた。光栄すぎるだろ。
こうやって、耳の肴という俺たちの発信母体から広がっていくのを実感できると、本当に励みになる。
最近「初めてメッセージを送ります」という方も増えてきた。
メッセージでも、ライブ参戦でも、何らかの形でリアクションしてくれることが、俺たちは本当嬉しいんだよ。
サッカナーの皆さま、いつも本当にありがとう!
■浜田真理子さん
秋山もどっかで書いてたか、それとも言ってたのか定かでないが、俺たちが県民会館をやるのを悩んでいた際に、「hommeならいけるよー!やっちゃいなよー!」と後押ししてくれた真理子さん。
元々の出会いは、エフエム山陰。
真理子さんも同局でラジオ番組をされていて、そこからのご縁だ。
といっても、収録でしょっちゅう会うわけでもなく、距離が近かったわけでもない。
距離が縮まったのは、2023年の小田和奏さんとのカップリングツアーだ。
俺が初めてマラソンを走ったあのツアー、最終日の松江で真理子さんをダメ元でお誘いした。
すると、快くOKして頂き、共演させて頂くことになったのがきっかけだ。
真理子さんはミュージシャンとしての経験、実績もさることながら、今もなお全国を行脚して音を届けておられるそのバイタリティ。
いつお会いしても天真爛漫でチャーミング、そして音楽は極上という偉大な先輩である。
俺らが県民会館のことで相談に乗って頂きたい、と伝えた時も、快く相談に乗って頂いた。
そして当日、サプライズでお花。しかもライブも参戦して下さった。ちょ、惚れるって。
こんな粋な先輩がおられることが、後輩として本当に嬉しいし、刺激になる。
真理子さん、本当にありがとうございました!
■美酒佳肴ゆらく
俺が以前バイトでお世話になってたお店の店長さんのお店。
今回の爾今で伝説のMC「マンナンライフ」を生み出してくれた人だ。
詳しくは書かないが、ゆらくから「hommeマンナンライフ2025」と書かれたお花が届き、スタッフが慌てたという話なのだが、これはどうやら俺が生み出した流れらしい。
それはhomme15周年の際、耳の肴にて秋山が「ワンマンライブ」という単語を少々活舌悪く発した際、俺が「はあ?マンナンライフ?」と突っ込んだのが発端らしい。
俺も覚えてなかったが、5年前の伏線を自ら無意識に回収したようだ。
5年も預けてたからだいぶ利子がついていたようで、大ウケのMCになった。
ここの店長さんは、普段から耳の肴も聴いてくれているようで、たまに感想を送ってくれたりする。
そして、もう同じお店で働いているわけでもないのに、爾今に限らず節目のワンマンには過去何度も花を送ってくれていた。
そして今回、協賛もして頂いた上、当日もゆらくのスタッフの方々とライブを観に来てくださった。
本当に感謝しかない。ありがとうございました!
そして満を持しての受付ロビー。今回の爾今のフォトスポット。
タペストリーっていうのかな?テルサホールの際もあったが、この受付ロビーを素敵に彩ってくれたのは、俺らをずっと支えて下さっている、ファンの皆さまだ。
タペストリーの横にはバルーン、お花。そしてお酒の「而今」が飾られていた。
どうやらhommeファン有志の方々が、色々と考えて行ってくれた模様。
この光景が、真っ先にホールに入る前に来場してきた人の目に入る。
きっとこれから始まる公演を前にテンションも上がったに違いない。
USJとかディズニーとかに行くとき、近づくにつれて耳やら何やら武装してる人が増えてきてボルテージ上がっていくあの現象と同じだ。
事実、沢山の人が写真を撮っていたし、爾今の大きな見所の1つになったと確信している。
俺たちhommeをお祝いする、驚かせる、労う、喜んでもらいたい、色んな俺たちへの想いがあったと思うんだけど、同時に他の沢山の人を笑顔にしてくれた。
そんな「チームhomme」の溢れんばかりの愛と想いを受け取ったよ。
差し入れもいっぱい頂いた。
何なら今も差し入れの1つであるボトルコーヒーを流し込みながらこれを書いている。
俺はお酒があまり得意ではないから、秋山が持って帰ったんだけど、展示もされてた日本酒の「而今」は、そもそも入手が困難なお酒らしい。
ワンマンタイトルを決めた時、色々調べていたからもちろんこの「而今」の存在も知ってはいた。
が、まさか実物を拝めるとは…。
これだけで、どれだけ一生懸命想いを懸けてくれてたか伝わってくる。
ファンの皆、本当に本当にいつもありがとう。
こう書くと、「自分は差し入れも展示もなにもしなかったな…」と思って後ろめたい気持ちに駆られる方が少数いるかもしれないが、全く気にしないでいい。
そんなこと気にするくらいなら、仲のいい友人の新しい髪型が全く似合ってない事に真摯に向き合ってやれ。止められるのはお前しかいない。
hommeを想ってくれているのは皆同じ。俺はそう思ってる。

愛に溢れたフォトスポット。本当にありがとう!
そして今回の爾今を語る上で、この人の存在は欠かせない。
ライブハウス出雲APOLLOの店長、スッスーだ。
今回は制作チームのリーダーとして、ずっと裏方として支えてもらってきた。
付き合い自体はもう本当に長い。homme結成当初からの付き合いだ。
2011年リリースのpsycho-passというアルバムを作ったあたりは、レコーディングからツアーまで、チームとして走っていた時期もある。
正直、初対面だと怖いと思う人もいるかもしれない。少なくとも俺はそうだった。
hommeに加入し、初めて出雲APOLLOに出演した際に挨拶させてもらったが、マジで怖かった記憶がある。
でも実際はよく笑うし、チャーミングで、筋を違えない、人情に熱い人なんだ。マジ怖かったけど。
今回も、俺らが何回も心折れそうになったり、焦ったり、苦しかった時に支えてくれた。
変に大げさに励ますでもなく、楽観的でもなく、常にどっしりと構えて、俺らの話を聞いてくれた。
話を聞いてもらうと、不思議と前を向いてまた歩き出せる、そんな瞬間が何度もあった。
多分、スッスー自身が実直に一歩一歩前を向いてやってきた人だから、頼もしかったんだろうな。
本当に支えられた。マジ怖かったけど。あと酒飲んでよく記憶飛ばすけど。
APOLLOの業務をしながら、俺たちのことを見てもらうのは本当に大変だったと思うけど、一切そんな素振りも見せなかった。本当にリスペクト。
ありがとう、スッスー。一緒に爾今を創れて嬉しかった!

いい写真だ、エモい。マジ怖かったけど。
そして14:00。本番開始。
袖で待機している俺たちの周りでは、技術チームがインカムで連携を取りながらあのオープニングムービーを流す。
映像に合わせ、幕が開き、逆光の中俺と秋山が登場する。
この登場演出も、リハで調整して、技術班と作った作品だ。
ライブの事を細かく書き出すと、もはや巻物みたいな文量になるので、数点だけ。
1曲目が「Old Tale」だったのは意外だった、という声は多く聞いた。
それに、「多分そう思うだろうな」と事前に想像もしていた。
この曲が今年のhommeの象徴である曲なことは間違いないし、きっとこの先のhommeにとっても大切な曲になると思う。
事実、爾今までのライブでは必ずといっていいほど最後に演奏してきた。
それを1曲目にもってくるあたりが俺ららしいな、と自分でも思う。
実は、セトリを考える上で、結構早い段階からこの曲を1曲目にしよう、と決まっていた。
セトリは基本秋山がベースを作るので、秋山からの提案だったと記憶している。
でも俺も全く異論はなかったし、それが何故なのかを聞くこともしなかった。
何故なら、理由はないけど「しっくり来た」からだ。
多分この辺りのフィーリングが、長年一緒に歩いてきた阿吽の呼吸なのかな。

それから、これは俺のMCでも言ったけど、今回のライブは一人残らず想いを伝えたかったし、楽しんでもらいたいと強く思っていた。それは過去で最も強く。
もちろん、ずっとそういうつもりでやってきたのだけれど、やはり過去最大の挑戦に挑むということは、過去最大の苦悩や不安と向き合わないといけなかった。
それを乗り越えさせてくれたのは、紛れもなくあの日あの場所に居てくれた人、来れなかったけどhommeを応援してくれている人のおかげに他ならない。
あの会場には、多様な人たちがいた。
ずっと応援してくれているファンの皆、耳の肴リスナーで初めてhommeを観る人、久しぶりにhommeを観る人、プライベートの友達、協賛して下さった会社の方々、後輩、同世代、先輩のバンドマン。
そして、誰かに猛プッシュされ、初めてhommeに触れる人もいたと思う。
本当に色んな人がいた中で、俺は一人残らず何かを残さないと、応援してくれた想いに応えないと、という使命感のような責任感のような気持ちを抱えてた。
「今日この日に立ち会えてよかった」そう思って貰わなくちゃいけないんだと。
俺はこの日ステージで上で泣かなかった。過去のホールでは毎回泣いていた。
なのに泣かなかったのは、きっと気持ちが張り詰めてたんだと思うし、ステージを降りるまではずっとそうだったんだろうな。
終わって袖にはけた瞬間、何かが決壊したように涙が溢れてきたから。
こう書くと、「楽しくなかったんですか…?」と思われるかもしれないが、もちろん楽しかったし、最高の景色だった。それは嘘偽りなく本当の気持ち。
ただ、「楽しい」だけではだめだ、「責任」をもってステージに立たなきゃ、という気持ちだったということ。当たり前なんだけどね。
まあその気持ちが溢れすぎて、曲2曲分くらいMCしてたのは本当に今思えば自分を殴りたくなるし、もっと上手く話せたんじゃないかと思うけど。
話してる途中、「長ぇな…」と思った方もたくさんいたと思うが、MC途中で俺が「ごめんね、長くなって」と言った時、全く笑いが起きなかったことが印象的で。
しっかり聴いてくれてるんだな、と受け止めて嬉しかった。
ほら、解釈なんてもんは気の持ちようだから。

講演会の様子
あ、あと何かの曲で前に出た時、シールドが引っかかって前に進めなくなったな。モルヒネだったかな?
今回のライブに備えて俺がまずしたことは、ベースの調整でもなく、機材の点検でもなく、「長いシールドを買うこと」だった。
それはそうだろう。ステージ上での可動範囲はイコールで俺の戦闘力だ。
どんなライブでも、「俺はどこまでいけるのか」とステージ上を歩いて可動範囲を確認する。
まあ気恥ずかしいが、流石プロ、と思ってもらっても構わない。
そうして今回も意気揚々と突っ込んでいったらば、想定よりも遥か手前でビィーン!と進めなくなった。
後ろを振り向いたならば、エフェクターボードに引っかかっているではありませんか。
俺は昔、実家で大きなシェパードを飼っていた。
庭の地面に打ち込まれた鉄製の杭にリードが繋がれ、いつも俺が学校から帰ると
ワンワン!ビィーン!!ビィーン!!キャイーン!!
となっていたことを思い出した。
そうか、ヤマト、お前の想いも俺は背負ってステージに立ってんだな、とか思っていたらスタッフがすさまじい速さでシールドを直してくれた。
これがチーム力、これがプロってもんだ、覚えておくといい。

ビィーン!!キャインキャイン!!!
他にはそうだな、当日の宍道湖の夕日が素晴らしかったな。
当日の夕日指数100というのは伊達ではなかった。
爾今が終わった頃、ちょうど夕日の一番綺麗な瞬間でもあったので、急いで移動して写真を撮りにいった方も多いようだ。SNSで写真をたくさん見かけた。
shinjiko sunsetのMCの際、秋山が上記の夕日指数の話にも触れ、「ライブ終わりに急いで見に行ったらとても綺麗な夕日が見れます」的なことを言ったのもその一因かもしれない。
松江が誇る宍道湖の夕日、もし県外の方で初めて見た方がおられたら、それも合わせていい記憶の1ページになったに違いない。
ただ、物販のバイトの子が「終わってからもっと人が押し寄せるのかと思ってたんですけど、思ってたよりでした。なんか夕日とか宍道湖とか言ってる方もいたんで、夕日見に行ったんですかね?」と言われた時には、一瞬夕日のことが吹っ飛んだ。
20年に1度の物販も、大自然には敵うわけもない。地球が出来た時から照らし続けてんだから。
だが、せっかく作ったので、是非手に取ってもらいたい。
今年が終わるまであと23時間ほどだが、本日中は「爾今Tシャツ」「直筆サイン入り爾今セトリカード」もオンラインショップで販売しているので覗いて見てくれ。
その他グッズも絶賛販売中だ。
homme online shop入口

夕日もだけど、グッズも買って欲しいっす、お願いしまっす、うっす。
こうして振り返って書いているが、やはり1か月も経つと、大抵の出来事は日常の中で思い出す頻度は減るし、細部のことは曖昧になってくる。
そんな時、あの瞬間に記憶旅行するガイドマップとなるのが映像と写真だろう。
今回映像を撮ってもらったのは、松江の映像クルー、U1 CREATEだ。
森田さんという方が立ち上げた映像会社の皆さん。
hommeの初期からの付き合いで、その時はケーブルテレビの技術の方だった。
そこから独立し、自分の会社を立ち上げ、色んな人の記憶を記録に残し続けている。
すごい数のカメラだったのは見てもらった方は分かると思う。
俺らが今年の初めに映像を撮ってもらえないか相談した際、「hommeの大切な日だから、思いっきりやりたい」と言ってくれてたのを思い出す。
まだ映像は俺らも定点のものしか観てないんだけど、皆にも観てもらえるように考えてるので楽しみに待っててほしい。
最後の撮って出しの映像も大反響があった。
この案も、どうしようかと悩んでいたが、「爾今でしか見れないものを創る」というコンセプトの元、やってもらうことにした。
普通にダブルアンコールがあれば出て行って演奏する、でも形にはなったと思うが、俺はあの反響をみると、やってよかったと心から思っている。
映像クルー、U1 CREATEの皆さん、本当にありがとうございました!

U1 CREATEの森田さん。森田さんもいい笑顔!
そして写真。
今回写真を撮ってくれたのは2人。なつきとマミさんという方だ。
なつきはhommeと古くからの知り合いのカメラマン。
でも、カメラマンである以前にシンガーソングライターとして活動していた。
だからバンドマンの後輩、って感じ。
それが、写真を生業にする、と決めて自分の会社を立ち上げて、今もカメラマンとして奮闘している。
hommeのライブにスタッフとしてついてきてくれたり、もちろん写真を撮ってもらったり。
古くからhommeのいろいろな場面で手伝ってもらってた。今年のhommeのアー写もなつきに撮ってもらったやつだしね。
そんななつきに、爾今の写真は撮って欲しかったんだ。
料理も美味しくて、写真も素敵で、優しいナイスガイ、なつき。
いつもありがとうな!これからもよろしくね!
そしてマミさん。
hommeの超初期、俺が加入する前からのお付き合いだ。
東京の方なのだが、関東のライブはもちろん、俺らのワンマンとか大切な場面には必ず立ち会って下さって来た方。
最近では秋山がソロで関東に行くこともしばしばあり、その際にも写真を撮って下さっている。
そんな超初期のhommeから俺たちを撮ってくれてるマミさんは、そのファインダー越しの俺らをどう見てくれてたんだろうか。
加入した当初の俺は、「曲の風景を壁というスクリーンに投影して、それを観ながら感情を乗せる」という謎の宗教的思想を掲げ、ずっと壁の方を向いて演奏していた。
それが今や笑いながら最前まで出てきて「ビィーン!!」とかなってんだから。
マミさんのレンズもブックリしちゃうよね。
そしてマミさんは公演終了後、即移動というスケジュール。
お忙しい中、本当にありがとうございました!
マミさんにこの日を撮ってもらえて嬉しかった!
お二人の写真が見当たらず。やっぱりカメラマンさんの写真って逆説的になかなかないよね…。
今回のブログ、お二人の写真を多数使わせてもらっている。感謝。
そんなこんなで、全21曲。
俺たちの爾今は閉幕した。
なんとか年内に書き上げることが出来てホッとした。
こうして振り返っても、やっぱりあの日、そしてあの日に向かって走ったことは俺の財産だ。
「応援してもらえることは、当たり前ではない。簡単なことでもない。」
こんな当たり前ことだけど、一番大切なものは当たり前の中にこそあるんだと思う。
このタイミングで、改めてそれを強く感じたことはとても大きな意味がある。
そして、来年も秋山と一緒に走っていく。
今回、あいつは誰よりもプレッシャーを感じていたと思う。
8年前、同じような大一番で、声が出なくなったあの日を乗り越えるために。
周りの応援や想いが大きくなればなるほど、期待が大きくなればなるほど。
チーム、メンバーの努力や苦労も、「声」という生身の体の調子ひとつで全てが崩壊するという恐怖とプレッシャー。
それがボーカリストの過酷さであり、宿命。
爾今まで、それと戦っているのを一番傍で感じていた。
だから、最後までいい歌を歌えたことが相方として本当に嬉しいし、誇りに思う。
リベンジが果たせてよかったよな、秋山。

ご覧ください。手には何も入っておりません。
2人でhomme、応援してくれるみんなもチームhomme。
hommeは、もう俺たちだけのhommeじゃないんだよな。
みんなの中にいて、これからもワクワクさせて、笑えて、心が震えるような、そんなバンドでいたい。
これからのhommeも、どうか応援宜しくお願いします。
さあ、年末だ。
今年も一年、本当にありがとう。
また来年、元気でお会いしましょう!
良いお年をお迎えください。
アディドス!!

























































