大学

2009年03月17日

修士論文の代わりに退学願を提出してきた - As a Futurist...
を読んだ。彼の決断は重かっただろうと感じた。
そしてこれを読んで、私は博士後期課程進学を決めたときのことを思い出さずにはいられなかった。
当時私が考えていたことを綴ってみる。

私が博士後期課程への進学を最終的に決めたのは、2008年(修士1年)1月のことだった。それまで就職する気持ちはゼロになってなかったが、自分の気持ちを決め、親と教授に意志を伝えた。このとき、親は「進学してやりたいことが出来るならいい」、教授も「(Maraigueの本名)ならやれる」、と言ってくれ、その後は安心して進学を見据えて動いていた。

博士後期課程への進学の決め手となったのは、簡単に言えば、

「1年半後に自分自身が就職している姿を思い描くことは出来なかった。しかし、1年半後に自分自身が研究を続けている姿を思い描くことは出来た」

ためだった。もう少し具体的に言えば、
  • 修士課程修了の段階で自分が就職して十分やっていけると感じるほど、自分に自信がなかったこと
  • 研究で行っていたことを、何だかんだで楽しんでいたこと
という2つの理由から進学を決めた。

一つめについては一種のモラトリアムかもしれない。修士課程でモラトリアムというのも変な話かもしれないけど、現にそういう感じだった。その時点で社会人になっても、社会人としての意識を持ち続けられるかが非常に不安だった(やってみれば案外うまく出来たのかもしれないけど)のである。

ただそれだけではなく、自分が得意なことや性格という面で研究というものに向いているのでは、と考えていたこともあって、進学することに決めた。決して自分は研究のペースが良いわけではなかった(むしろ、私の所属する研究室の中ではかなり悪い部類に入る)けど、数学などの枠組みで問題を考えたり、過去の研究を調べ問題を見つけるということが楽しく感じていたので、もっと学術研究というものに深く携わって、それを生かして社会に出るのもよいと感じたのである。

博士後期課程は大変なことだらけだろうけど、そこはこれまで頑張って来れた自分を信じて進むことにする。どんな苦境も乗り越えてやる。

maraigue at 22:43コメント(0)トラックバック(0) 

2008年09月04日

最近、Twitterで自重しない傾向の強まっているMaraigueです。

先日、大学院の博士後期課程への入学試験があり、無事合格しました。
来年度からは現在よりも一歩進んで博士後期課程の学生となるわけです。

そこで最近思っているのは、博士後期課程という立場ではもう少しインターネット上の活動(特にTwitterでの発言頻度・発言内容)を自重すべきなのかな、ということです。ただ自重しないというのは、その分楽しみが広がるということだとも最近感じており、少しジレンマに感じています。

この点についてはまだ結論を出せていないのですが、現在自分はこのような方針をなるべく実施したいと考えています。
  • 最低限自重すべきところは自重する。特に研究に差し障りのある時期・事項についてはちゃんと自分をコントロールする。
  • 自重を緩めて楽しむ場合も、なるべくアウトプットを作り、他の人のためになる・他の人を楽しませられることを目指す。

もちろん現時点で私がこのようなことに慣れているわけではないですが、このように振る舞えれば理想だなと感じてますし、これらのことは可能な限り実践したいと考えています。

(現実で|インターネット上で)お世話になっている皆様、今後ともよろしくお願いします。

maraigue at 22:01コメント(0)トラックバック(0) 
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