古大内の石棺から西に1.5キロほど離れたところに聖陵山古墳が立地しています。

聖陵山古墳01
北東から
 墳丘の大部分が削平されてほぼ原形を留めていません。『前方後円墳集成』では“前方後方墳か”となっています。現状では後方部の一部が残っているだけなのですが、実際に現地を訪れて観察したところ、残存する墳丘周囲の裾のラインが宅地の区画のラインに沿っていたことから、個人的には前方後円墳で、後円部の裾は宅地の造成に伴って方形に削平されているのではないかと考えています。

 1544(天文13)年に乱掘された記録が残っていて、その際の埋葬施設の石材とされるものが円長寺に残されています。詳細はよく判りませんが、円長寺の造営に関連した乱掘ではないかと考えています。

 墳丘の規模は現状の残存状況から約70メートルと考えられています。残存している墳丘の状況から3段築成で、葺石を葺いています。埴輪の出土はなく、もともと埴輪は立てられていなかったのではないかと考えられています。

 1986(明治19)年に発掘調査が行われ、銅鏃が出土しています。

――――――――――――――――――――――基本データ――――――――――――――――――――――
古墳名:聖陵山古墳
所在地:兵庫県加古川市野口町長砂
墳丘形状:前方後円墳
墳丘規模:全長約70メートル
       後円部径約35メートル、高約6メートル
埋葬施設:竪穴式石槨?
埋葬施設規模:―
棺:―
出土遺物:銅鏃
指定:―
報告書等:渡辺九一郎・直良信夫 「聖陵山古墳とその遺物」『考古学雑誌』17-8 1928年
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