明日の成人の日、今年は晴れ着騒動みたいのが無ければ良いですが、成人を迎える皆さんおめでとうございます。
20歳というと婦人科医的には、ハタチの子宮頸ガン検診という、市から子宮頸ガン検診のクーポンが送られる年齢なので、届いた方で性交経験のある方は是非婦人科の門を叩いて欲しいと思います。最初は女医さんのところが良いでしょうかね。医師としての腕には男女関係ないと思いますが敷居の低さという点では同性同士が良いのでは、と思います。
個人的には、大人というと自立だろう、自立には経済的社会的性的な自立があると、確か昨年も書いたような気がします。しかし、昨年母が亡くなって両親ともに居なくなって感じるのは、福山雅治さんの曲の歌詞にある与えられる人から与える人に変わって行けたなら、という言葉の重みです。しばらくの間は、とうとう自分も与えるだけの人になったなぁと感慨深く思っていたのです。
ところがどっこい最近また気付きました、父も母も物質的に子供に与える事で、また自分も精神的なものを与えられていた生きがいを与えられていたのではないだろうか、と。自分もそうです。
一方的に与えるだけ与えられるだけの関係というのはありません。それに、気づけた自分もまだ少しずつ進歩して大人になろうとしている。
完成は無いのです。
そう、成人式は大人の仲間入り、スタート地点に過ぎないのです。とりあえず他人様に迷惑をかけない事だけは大事ですよ。
はるか長い道のりを歩き始めた君に幸せあれ〜