2020年06月24日
日本美術史 平安時代の仏教彫刻１
受講生のみなさん
はじめに
それでは授業を始めます。その前に、先週と先々週のコメントペーパーから。
・「「鑑真の風貌に親しく接したもの」と推測されているのは、鑑真をよく知る人間の作だからこそ神聖視せずに温かみのある表情で制作できたということなのでしょうか」。はい、そうです。
・鑑真和上像は脱活乾漆造ですよ。他の像に骨灰が練り込まれているかどうかは、調べようがないです。肖像彫刻は木造が多いし。
・だって、そもそも舎利信仰って、お釈迦さんの骨でしょう。
・坐像の像高が80センチメートルならば、立像で160センチメートル。だから等身。前にも書きましたが、戦国時代の甲冑は身長160センチメートルぐらいの男性用。当時の平均身長だったらしいです。天平時代はもっと低かったかもしれません。
・表面が埃で汚れているのです。銅像の清掃は、お身拭いといって布で乾拭きしますが、彩色が施されている場合は、拭うと剥落してしまうので、そのままです。
・衣の赤い色は、紅殻でしょう。彩色像は、飛鳥時代からありますよ。
・鑑真の住房を御影堂に改めて、鑑真和上像を鑑真の身代わりとして、生前と同じように食事と水を捧げているそうです。
・なぜ生きている人の影をつくるようになったのかは、秋学期の授業でお話しします。
・勾玉のような玉を作る工人だと思います。
・戒とは、仏道を修める者の守るべき掟です。
・鑑真のみならず、日本の美術は常に外国からの影響を受けて発展してきたのです。とほほ。
・檀木は南方産なので、檀像が最初に造られたのはインドでしょう。
・きっかけは檀像だったのでしょうが、普及したのは木への信仰なのでしょうね。
・確かに、一木造は環境的に負担が大きいですよね。でも自然崇拝と結びつきやすかったのでしょう。
・日本では、檀木の入手が難しかったうえに、小さい仏像しか造れなかったので、代用檀像を造るしかありませんでした。怨霊の調伏撃退、返呪咀は緊急性がありますよ。当時は悪霊が憑いたために病になると考えられていましたので、病平癒も緊急性がありました。
・代用檀像は顔料を塗っているのではなく、染めていると言われていますが、どのような染料なのかはわからないそうです。
・碁盤って榧材なんですか。知らなかった。
・国家レベルの造仏のほかに、個人が発願した寺院の本尊、個人の念持仏など、たくさんありましたよ（個人といっても有力者）。誰が造らせたかによって、レベルが違ってきたでしょうね。
・お金がかかったのは、銅像、脱活乾漆像、塑像の順ですが、木彫像にはまた別の論理があったのだと思います。
・木心乾漆造で、乾漆が剥がれたものはたくさんあります。
・優塡王思慕像がもともとこのかたちだったのか、中国で変容したのか、わからないですね。
・清涼寺釈迦如来像が流行らなかったのは、体型の問題があるのかもしれませんが、彫刻史研究では、藤原道長が既存の�譱灰薀ぅ鶲奮阿梁亞宛鮠弔鮨覆瓩茲Δ箸靴燭箸い�説と、来週お話しする仏師康尚、定朝を用いた道長の美意識にはそぐわなかったとする説があります。
・唐招提寺薬師如来像の重量感は中国の流行で、そのアレンジが神護寺薬師如来像です。でもそれだけではなく、神護寺像が怨霊の調伏撃退、返呪咀のための像であったとするならば、「人間の力を超えた救いを求めたから」かもしれませんね。
・写実を離れることで、返ってリアリティが増すことはあるかもしれませんね。
・どちらの寺院の本尊かで論争があった作品は、他にはないかもしれません。制作年代に諸説ある作品は、来週お話しします。
・神護寺は、高雄山寺と神願寺が合併した寺院なので、山田寺から奪ってきたのとは違うかな。
・翻波式衣文は、中国に遺例がないため（おそらく失われてしまった）、よくわからないのです。現存遺品から考えると、唐招提寺像のような衣文線のアレンジだと思われます。
・秘仏ならともかく、剥き出しの仏像は、彩色が剥落しやすいですね。
・仏像は、開眼供養をしますから、どの像も開眼していますよ。
・おお〜道明寺の十一面観音像をご覧になりましたか。私は葛井寺の千手観音像ばかり見ていました。腕の部分はランドセルみたいに背負っているんですよ。
さて今日は、平安時代の初めに、弘法大師空海が日本に持ち帰った新しい仏教、すなわち密教の教えに基づいて造られた彫刻と絵画についてお話します。→続きを読んでください。文章が途中で切れていたらリロードしてください。全部出ます。長文なので、読みやすいように段落ごとに1行空けています。
はじめに
それでは授業を始めます。その前に、先週と先々週のコメントペーパーから。
・「「鑑真の風貌に親しく接したもの」と推測されているのは、鑑真をよく知る人間の作だからこそ神聖視せずに温かみのある表情で制作できたということなのでしょうか」。はい、そうです。
・鑑真和上像は脱活乾漆造ですよ。他の像に骨灰が練り込まれているかどうかは、調べようがないです。肖像彫刻は木造が多いし。
・だって、そもそも舎利信仰って、お釈迦さんの骨でしょう。
・坐像の像高が80センチメートルならば、立像で160センチメートル。だから等身。前にも書きましたが、戦国時代の甲冑は身長160センチメートルぐらいの男性用。当時の平均身長だったらしいです。天平時代はもっと低かったかもしれません。
・表面が埃で汚れているのです。銅像の清掃は、お身拭いといって布で乾拭きしますが、彩色が施されている場合は、拭うと剥落してしまうので、そのままです。
・衣の赤い色は、紅殻でしょう。彩色像は、飛鳥時代からありますよ。
・鑑真の住房を御影堂に改めて、鑑真和上像を鑑真の身代わりとして、生前と同じように食事と水を捧げているそうです。
・なぜ生きている人の影をつくるようになったのかは、秋学期の授業でお話しします。
・勾玉のような玉を作る工人だと思います。
・戒とは、仏道を修める者の守るべき掟です。
・鑑真のみならず、日本の美術は常に外国からの影響を受けて発展してきたのです。とほほ。
・檀木は南方産なので、檀像が最初に造られたのはインドでしょう。
・きっかけは檀像だったのでしょうが、普及したのは木への信仰なのでしょうね。
・確かに、一木造は環境的に負担が大きいですよね。でも自然崇拝と結びつきやすかったのでしょう。
・日本では、檀木の入手が難しかったうえに、小さい仏像しか造れなかったので、代用檀像を造るしかありませんでした。怨霊の調伏撃退、返呪咀は緊急性がありますよ。当時は悪霊が憑いたために病になると考えられていましたので、病平癒も緊急性がありました。
・代用檀像は顔料を塗っているのではなく、染めていると言われていますが、どのような染料なのかはわからないそうです。
・碁盤って榧材なんですか。知らなかった。
・国家レベルの造仏のほかに、個人が発願した寺院の本尊、個人の念持仏など、たくさんありましたよ（個人といっても有力者）。誰が造らせたかによって、レベルが違ってきたでしょうね。
・お金がかかったのは、銅像、脱活乾漆像、塑像の順ですが、木彫像にはまた別の論理があったのだと思います。
・木心乾漆造で、乾漆が剥がれたものはたくさんあります。
・優塡王思慕像がもともとこのかたちだったのか、中国で変容したのか、わからないですね。
・清涼寺釈迦如来像が流行らなかったのは、体型の問題があるのかもしれませんが、彫刻史研究では、藤原道長が既存の�譱灰薀ぅ鶲奮阿梁亞宛鮠弔鮨覆瓩茲Δ箸靴燭箸い�説と、来週お話しする仏師康尚、定朝を用いた道長の美意識にはそぐわなかったとする説があります。
・唐招提寺薬師如来像の重量感は中国の流行で、そのアレンジが神護寺薬師如来像です。でもそれだけではなく、神護寺像が怨霊の調伏撃退、返呪咀のための像であったとするならば、「人間の力を超えた救いを求めたから」かもしれませんね。
・写実を離れることで、返ってリアリティが増すことはあるかもしれませんね。
・どちらの寺院の本尊かで論争があった作品は、他にはないかもしれません。制作年代に諸説ある作品は、来週お話しします。
・神護寺は、高雄山寺と神願寺が合併した寺院なので、山田寺から奪ってきたのとは違うかな。
・翻波式衣文は、中国に遺例がないため（おそらく失われてしまった）、よくわからないのです。現存遺品から考えると、唐招提寺像のような衣文線のアレンジだと思われます。
・秘仏ならともかく、剥き出しの仏像は、彩色が剥落しやすいですね。
・仏像は、開眼供養をしますから、どの像も開眼していますよ。
・おお〜道明寺の十一面観音像をご覧になりましたか。私は葛井寺の千手観音像ばかり見ていました。腕の部分はランドセルみたいに背負っているんですよ。
さて今日は、平安時代の初めに、弘法大師空海が日本に持ち帰った新しい仏教、すなわち密教の教えに基づいて造られた彫刻と絵画についてお話します。→続きを読んでください。文章が途中で切れていたらリロードしてください。全部出ます。長文なので、読みやすいように段落ごとに1行空けています。
東寺講堂諸尊
資料12の年表をご覧ください。延暦13年（794）、平安京に京が移り、羅城門（平安京の正門）の左右に、東西両京の鎮護のため、東寺と西寺が造営されました（東寺はもとは東の京の鎮護のための寺院でした）。弘仁14年（823）、帰国した空海は、嵯峨天皇より東寺を賜わります。天長元年（824）、空海は造東寺別当に任命され、天長 2年、東寺講堂が建て始められ、天長10年、東寺講堂諸尊が造り始められました。承和 2年（835）、空海は亡くなりますが、この頃には東寺講堂は完成していたかと考えられています。承和 6年、東寺講堂諸尊の開眼供養がおこなわれました。その後、文明18年（1486）、東寺にたてこもった山城国一揆と室町幕府の軍勢が合戦し、講堂が焼失してしまいます。このとき、五仏と五菩薩像の中尊が失われました。ここで最新の情報をお知らせします。今まで承和6年に東寺講堂諸尊の開眼供養がおこなわれたとされてきましたが、日本史研究者から、開眼供養の記事は承和11年のところに入るべき記事であるとの指摘があったそうです。となると、東寺講堂諸尊の造立年代は、承和11年になりますが、後述する観心寺の如意輪観音像との前後関係から、講堂が完成していた承和2年に諸尊も完成したと見るべきであるという説もあります（のちほどまた説明します）。
現在、東寺講堂須弥壇上には、21体の仏像が安置されています（教科書149ページの図参照）。中央には五仏、向かって右側には五菩薩像、向かって左側には五大明王像、左右に梵天像と帝釈天像、四隅に四天王像というラインナップです。五仏と五菩薩像の中尊は文明18年の合戦で焼失し、四天王像のうちの多聞天像も後補です。ほかにも後世の修理がかなり入っています。五菩薩像のうち中尊を除く四体の菩薩像は、像高93〜96センチメートル、檜材の一木造、台座蓮肉まで一材で彫りだしています（以後、註記のないものはすべて檜材）。表面は、薄く木屎漆をかけ、漆を塗って金箔を押した漆箔仕上げ。単純化した肉どりで奥行きのある造形です。五大明王像の中尊である不動明王像は、像高173センチメートル、一木造の迫力ある造形です。表面は、木屎漆をかけ、彩色仕上げ。瑟々座に坐り、火焔光背を背負っています。不動明王像の周りの降三世明王像、軍荼利明王像、大威徳明王像、金剛夜叉明王像は、忿怒の相で激しい動きをしています。もとはヒンズー教の神々で、密教に取り入れられたため、多面多臂の怪異な姿であらわされています。梵天像は、四面四臂、蓮華座を四羽のガチョウが支えています。とても出来の良いガチョウですが、残念ながら後補です。象に乗る帝釈天像は、イケメンナンバーワンに選ばれたとかで人気のある像ですが、こちらも顔と象が後補です。高く結った髻から、鎌倉時代の後補であることがわかります（誰が直したのかは再来週お話しします）。四天王像は、忿怒の相で激しい動きをしています（教科書154ページ）。
五仏、五菩薩、五大明王という組み合わせには、どのような意味があるのでしょうか。この構成は『金剛頂経』に説かれる三輪身説に基づいています。三輪身説では、五仏は自性輪身といい、仏そのものをあらわし、五菩薩は正法輪身といい、仏が菩薩の姿をとって正しい法を説くとされます。五大明王は教令輪身といい、仏の教えの通じない衆生のために、仏が忿怒の姿をとって教化するとされています（優しく説いても聞かないときは怒って教え込むのだ）。東寺講堂諸尊は、仏が姿を変えて、教えを説く姿を彫刻であらわしたものなのです（五菩薩と五大明王は、五仏の変身形態）。五大明王像の配置は両界曼荼羅とはやや異なっています（両界曼荼羅は、勝三世明王、大威徳明王、般若菩薩、降三世明王、不動明王）。これは、護国的な性格をもった『仁王経』に基づいているためです。東寺はもともと東の京の鎮護のための寺院でした。東寺講堂諸尊の構成は、講堂を真言密教の根本道場とすると同時に、鎮護国家の機能をつけ加えた空海独自の構想だったのです。
四体の菩薩像と五大明王像、四天王像の各グループは、作風が異なり、それぞれに指導的な工人のもとで造られたと考えられています。では、これらの像を造った工人は、どのような人たちだったのでしょうか。四体の菩薩像は、今まで聞いたこともない名前の、見たこともない印相を結ぶ菩薩像で、五大明王像や四天王像は、デフォルメされた筋肉表現や激しい動きが特徴です。けれどもよくよく見ると、丸顔で、単純化した肉どりや奥行きのある造形が、東大寺法華堂伝日光菩薩像や伝月光菩薩像、戒壇院四天王像を受け継ぐ様式であることが指摘されています。東寺講堂諸尊を造った工人は、伝統的な技法の持ち主であったと考えられます（図像はおどろおどろしいけど、形はオーソドックス）。延暦8年（789）、造東大寺司が廃止され、工人たちは造東大寺所、造東寺司、造西寺司に吸収されました。造東寺司の工人は、天平時代以来の伝統的な技術を持ち、そこに密教の新しい図像と空海の新しい構想を取り入れ、密教彫刻としての新たな表現を開花させたと言えるでしょう。
東寺講堂諸尊は、昨年東京国立博物館で開催された特別展「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」（2019年3月26日〜 2019年6月2日）で、五仏のうち中尊を除く四体（桃山時代の後補だと思うんだけど、展覧会では江戸時代になっていました）と、五菩薩のうち中尊を除く四体、五大明王のうち中尊の不動明王像を除く四体（中尊は大きくて持ってこられなかったみたい）、四天王のうち持国天像と増長天像、帝釈天像が展示されました（https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=5702）。帝釈天像だけが写真撮影可になっていて、同業者に見つかったら恥ずかしいと思いながらも、こっそり写真を撮ってしまいました。後七日御修法や東寺講堂を再現したりと、意欲的な試みではありましたが（コンテクストの美術史以来、当時の人びとが鑑賞した場を再現するのが流行なんですよ）、今ひとつ来館者には伝わらなかったようです（再現は面白かったんだけど、あれもこれも盛りだくさんで、展示作品数が多すぎ）。東寺講堂に行っても正面からしか見ることができない像を横からも後ろからも見ることができて、軍荼利明王像は真後ろにも顔がついているんだとか、大威徳明王像は脚が六本あるんだとか（あたりまえなんだけど）、大威徳明王像が乗っている牛が可愛いとか、個人的には大興奮でした。
9世紀半ばの作例
東寺講堂諸尊以降、どのような仏像が造られたのでしょうか。大阪・観心寺の如意輪観音像（艶めかしいのよね）は、承和7年（840）頃、嵯峨天皇の病平癒のため、皇后橘嘉智子が造らせたと言われてきました。ところが最近、承和10年に観心寺俗別当が任命され、造像が本格化したため、如意輪観音像の造立年代は承和11年頃、となると嵯峨天皇は既に亡くなっているので、息子の仁明天皇の聖体護持のために造らせたという説が新たに浮上しています（母の愛だって）。京都・神護寺の五大虚空蔵菩薩像（教科書160ページ、可愛いでしょ）が承和7〜12年頃、奈良・法華寺の十一面観音菩薩像（教科書169ページ）は承和頃、橘嘉智子が光明皇后の遺徳を慕い造らせたかと言われています。どの像も、顔が丸く（むしろ横長）、切れ長の目と繋がったような眉（完全に繋がっている眉を連眉と言います）が特徴です。造立年代は、資料のとおり、東寺講堂諸尊、観心寺像、神護寺像、法華寺像の順とされてきましたが、東寺講堂諸尊と観心寺像が承和11年に下がるとなると、はたして同じ年の造立でいいのかという問題が出てきます。
観心寺は、空海の弟子実恵が開いた寺院で、神護寺は、実恵が別当になった寺院です。教科書には、東寺講堂諸尊と同じ工房の仏師によって造られたとあります。となると、東寺講堂諸尊と観心寺像、神護寺像との作風の違いはどのように解釈したらいいのでしょうか。教科書には、失われた五仏が観心寺像や神護寺像につながる作風を示していたとありますが、東寺講堂諸尊は造東大寺司の流れを汲むため古い様式で造られ、観心寺像や神護寺像は唐代の最新様式を取り入れたと考えることもできます（東寺講堂諸尊の膝の薄い特徴は、来週の和様彫刻につながっていきます）。あるいは、東寺講堂が完成した承和2年には諸尊も完成していたが、何らかの事情で（空海の死とか）開眼供養が遅れたと考え、東寺講堂諸尊と観心寺像の違いは造立年代の差とする見方もあります（だいたい天長10年（833）から造り始められて、承和11年まで11年間もかかるなんて時間がかかりすぎ）。東寺講堂諸尊は嵯峨朝の工房で、観心寺像や神護寺像は仁明朝の工房という見方もあります。嵯峨朝でも仁明朝でも、工房のメンバーががらりと変わるわけではないので、同一工房での世代の差でしょうか。
曼荼羅とは
さて曼荼羅とは、密教に説く宇宙観を象徴的にあらわし示したものです。密教では、宇宙の実相を仏格化したものが大日如来であり、大日如来から、一切の諸仏、諸菩薩が生まれると考えられています。大日如来とは、最高の悟りの世界であり、人間が悟りに至る道筋をあらわしたものが曼荼羅というわけです（曼荼羅とは密教の教えを図式化したもの。何てアバウトな説明だ）。8世紀後半、唐代の僧恵果は、『大日経』に説かれる胎蔵界曼荼羅と『金剛頂経』に説かれる金剛界曼荼羅の両部を受法、統合して両界曼荼羅を完成させました。これを空海が日本に持ち帰ったのです。空海の請来した両界曼荼羅は、根本曼荼羅と呼ばれ、曼荼羅の原形になりました。胎蔵界曼荼羅は堂宇の東に掛けられます（なぜと聞かれても、そういう決まりだから）。大日如来の備える宗教的救済のあらゆる機能を、段階的に配置されている仏、菩薩、明王、天の機能として象徴的に表現していると言われています。胎児が母胎の中で生育されていく力にたとえて、大日如来の菩提心があらゆる生成の可能性を持っているようすをあらわしているそうです（教義的なことは仏教史の先生に聞いてみてください。美術史的には同心円状になっているほうが胎蔵界曼荼羅）。堂宇の西に掛けられる金剛界曼荼羅は、九種の曼荼羅をひとつに納めています（九に分割されているほうが金剛界曼荼羅。上段中央に大きく大日如来を描き、あとの八区画は大日如来の変身パターンらしい）。
高雄曼荼羅
空海が持ち帰った原図曼荼羅は現存せず、両界曼荼羅の最古の遺品は、京都・神護寺にある高雄曼荼羅です（高雄山神護寺にあるので、高雄曼荼羅と呼ばれています）。各縦409センチメートル×横368センチメートル、赤紫色の綾織りの絹に、金銀泥の線で仏菩薩が描かれています。絹本なので痛みが激しいのですが（紙本よりも絹本のほうが、虫に食われやすく痛みやすい）、かろうじて残った部分を見てみると、確かな線で象られていることがわかります（如意輪観音像同士、並べてみました）。空海の原図曼荼羅をもとに、天長年間（824〜34）に描かれた作品と考えられています。原図曼荼羅そのものだと言う人もいますが、原図曼荼羅は彩色本であったと考えられていますので、原図曼荼羅の写しでしょう。
西院本両界曼荼羅（伝真言院曼荼羅）
京都・教王護国寺（東寺の現在の名称）にある両界曼荼羅は、かつては、宮中の真言院に掛けられていたという伝承から伝真言院曼荼羅と呼ばれていました。最近では、教王護国寺の西院にあったところから西院本両界曼荼羅と呼ばれています（教王護国寺には数多くの両界曼荼羅があるので、堂宇の名前や制作された元号の名前で呼び分けられています。本というのはVersionのこと）。胎蔵界曼荼羅は縦183、6×横164、2センチメートル、金剛界曼荼羅は縦183、5×横163、0センチメートル、絹本着色。彩色の両界曼荼羅としては最古の遺品です。胎蔵界曼荼羅のほうは、地色の鮮やかな水色（資料の写真の色が悪くて青色に見えますが）と、中台八葉院の鮮やかな赤色が目を引きます。中台八葉院の中央にいるのが大日如来像です。まん丸な顔に切れ長の目、連眉、ぽってりとした唇、強い隈取りが特徴です。胸幅は広く、胴を細く引き締めています。金剛界曼荼羅は緑色の地色がベースになっています。上段中央の大日如来像も、丸い顔、切れ長の目、連眉、厚い唇、強い隈取りが特徴です。ただし、比べてみると、金剛界曼荼羅のほうが大人しい表現であることがわかります（絵仏師の違いでしょう）。西洋絵画で立体感を出すときは、輪郭線の内側に濃い色を塗りますが、西院本では顔や腕の輪郭線の内側に鮮やかな赤い色を塗っています。これを照り隈と呼びます。天安2年（858）に帰国した円珍は、在唐中に彩色本を作らせ帰国しました。円珍が唐にいた時期は、中国の仏教復興期にあたり、西域との関係が復活した時期でした。そのため、異国風な彩色法が導入されたと考えられます。西院本は、鮮やかな賦彩から、帰国した円珍請来本を縮小して写したものかと考えられています（高雄曼荼羅の1/4のサイズ）。円珍帰国後の9世紀後半の作です。
レポートの書き方（法政のみ）
レポートは、提出してもしなくてもどちらでも構いません。提出する場合のテーマ、枚数・書式、提出日、注意事項は以下のとおりです。
授業で取りあげた日本の仏教彫刻のなかから、ひとつの作品を選び、任意のテーマを設定して論じなさい。レポートはWordで作成、枚数・書式は自由。7月15日までにHoppii→課題→レポートのスレッドに添付して提出。
レポートの書き方は、ここを参照してください。游明朝体は読みにくいので、MS明朝体で書いてください。
資料12の年表をご覧ください。延暦13年（794）、平安京に京が移り、羅城門（平安京の正門）の左右に、東西両京の鎮護のため、東寺と西寺が造営されました（東寺はもとは東の京の鎮護のための寺院でした）。弘仁14年（823）、帰国した空海は、嵯峨天皇より東寺を賜わります。天長元年（824）、空海は造東寺別当に任命され、天長 2年、東寺講堂が建て始められ、天長10年、東寺講堂諸尊が造り始められました。承和 2年（835）、空海は亡くなりますが、この頃には東寺講堂は完成していたかと考えられています。承和 6年、東寺講堂諸尊の開眼供養がおこなわれました。その後、文明18年（1486）、東寺にたてこもった山城国一揆と室町幕府の軍勢が合戦し、講堂が焼失してしまいます。このとき、五仏と五菩薩像の中尊が失われました。ここで最新の情報をお知らせします。今まで承和6年に東寺講堂諸尊の開眼供養がおこなわれたとされてきましたが、日本史研究者から、開眼供養の記事は承和11年のところに入るべき記事であるとの指摘があったそうです。となると、東寺講堂諸尊の造立年代は、承和11年になりますが、後述する観心寺の如意輪観音像との前後関係から、講堂が完成していた承和2年に諸尊も完成したと見るべきであるという説もあります（のちほどまた説明します）。
現在、東寺講堂須弥壇上には、21体の仏像が安置されています（教科書149ページの図参照）。中央には五仏、向かって右側には五菩薩像、向かって左側には五大明王像、左右に梵天像と帝釈天像、四隅に四天王像というラインナップです。五仏と五菩薩像の中尊は文明18年の合戦で焼失し、四天王像のうちの多聞天像も後補です。ほかにも後世の修理がかなり入っています。五菩薩像のうち中尊を除く四体の菩薩像は、像高93〜96センチメートル、檜材の一木造、台座蓮肉まで一材で彫りだしています（以後、註記のないものはすべて檜材）。表面は、薄く木屎漆をかけ、漆を塗って金箔を押した漆箔仕上げ。単純化した肉どりで奥行きのある造形です。五大明王像の中尊である不動明王像は、像高173センチメートル、一木造の迫力ある造形です。表面は、木屎漆をかけ、彩色仕上げ。瑟々座に坐り、火焔光背を背負っています。不動明王像の周りの降三世明王像、軍荼利明王像、大威徳明王像、金剛夜叉明王像は、忿怒の相で激しい動きをしています。もとはヒンズー教の神々で、密教に取り入れられたため、多面多臂の怪異な姿であらわされています。梵天像は、四面四臂、蓮華座を四羽のガチョウが支えています。とても出来の良いガチョウですが、残念ながら後補です。象に乗る帝釈天像は、イケメンナンバーワンに選ばれたとかで人気のある像ですが、こちらも顔と象が後補です。高く結った髻から、鎌倉時代の後補であることがわかります（誰が直したのかは再来週お話しします）。四天王像は、忿怒の相で激しい動きをしています（教科書154ページ）。
五仏、五菩薩、五大明王という組み合わせには、どのような意味があるのでしょうか。この構成は『金剛頂経』に説かれる三輪身説に基づいています。三輪身説では、五仏は自性輪身といい、仏そのものをあらわし、五菩薩は正法輪身といい、仏が菩薩の姿をとって正しい法を説くとされます。五大明王は教令輪身といい、仏の教えの通じない衆生のために、仏が忿怒の姿をとって教化するとされています（優しく説いても聞かないときは怒って教え込むのだ）。東寺講堂諸尊は、仏が姿を変えて、教えを説く姿を彫刻であらわしたものなのです（五菩薩と五大明王は、五仏の変身形態）。五大明王像の配置は両界曼荼羅とはやや異なっています（両界曼荼羅は、勝三世明王、大威徳明王、般若菩薩、降三世明王、不動明王）。これは、護国的な性格をもった『仁王経』に基づいているためです。東寺はもともと東の京の鎮護のための寺院でした。東寺講堂諸尊の構成は、講堂を真言密教の根本道場とすると同時に、鎮護国家の機能をつけ加えた空海独自の構想だったのです。
四体の菩薩像と五大明王像、四天王像の各グループは、作風が異なり、それぞれに指導的な工人のもとで造られたと考えられています。では、これらの像を造った工人は、どのような人たちだったのでしょうか。四体の菩薩像は、今まで聞いたこともない名前の、見たこともない印相を結ぶ菩薩像で、五大明王像や四天王像は、デフォルメされた筋肉表現や激しい動きが特徴です。けれどもよくよく見ると、丸顔で、単純化した肉どりや奥行きのある造形が、東大寺法華堂伝日光菩薩像や伝月光菩薩像、戒壇院四天王像を受け継ぐ様式であることが指摘されています。東寺講堂諸尊を造った工人は、伝統的な技法の持ち主であったと考えられます（図像はおどろおどろしいけど、形はオーソドックス）。延暦8年（789）、造東大寺司が廃止され、工人たちは造東大寺所、造東寺司、造西寺司に吸収されました。造東寺司の工人は、天平時代以来の伝統的な技術を持ち、そこに密教の新しい図像と空海の新しい構想を取り入れ、密教彫刻としての新たな表現を開花させたと言えるでしょう。
東寺講堂諸尊は、昨年東京国立博物館で開催された特別展「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」（2019年3月26日〜 2019年6月2日）で、五仏のうち中尊を除く四体（桃山時代の後補だと思うんだけど、展覧会では江戸時代になっていました）と、五菩薩のうち中尊を除く四体、五大明王のうち中尊の不動明王像を除く四体（中尊は大きくて持ってこられなかったみたい）、四天王のうち持国天像と増長天像、帝釈天像が展示されました（https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=5702）。帝釈天像だけが写真撮影可になっていて、同業者に見つかったら恥ずかしいと思いながらも、こっそり写真を撮ってしまいました。後七日御修法や東寺講堂を再現したりと、意欲的な試みではありましたが（コンテクストの美術史以来、当時の人びとが鑑賞した場を再現するのが流行なんですよ）、今ひとつ来館者には伝わらなかったようです（再現は面白かったんだけど、あれもこれも盛りだくさんで、展示作品数が多すぎ）。東寺講堂に行っても正面からしか見ることができない像を横からも後ろからも見ることができて、軍荼利明王像は真後ろにも顔がついているんだとか、大威徳明王像は脚が六本あるんだとか（あたりまえなんだけど）、大威徳明王像が乗っている牛が可愛いとか、個人的には大興奮でした。
9世紀半ばの作例
東寺講堂諸尊以降、どのような仏像が造られたのでしょうか。大阪・観心寺の如意輪観音像（艶めかしいのよね）は、承和7年（840）頃、嵯峨天皇の病平癒のため、皇后橘嘉智子が造らせたと言われてきました。ところが最近、承和10年に観心寺俗別当が任命され、造像が本格化したため、如意輪観音像の造立年代は承和11年頃、となると嵯峨天皇は既に亡くなっているので、息子の仁明天皇の聖体護持のために造らせたという説が新たに浮上しています（母の愛だって）。京都・神護寺の五大虚空蔵菩薩像（教科書160ページ、可愛いでしょ）が承和7〜12年頃、奈良・法華寺の十一面観音菩薩像（教科書169ページ）は承和頃、橘嘉智子が光明皇后の遺徳を慕い造らせたかと言われています。どの像も、顔が丸く（むしろ横長）、切れ長の目と繋がったような眉（完全に繋がっている眉を連眉と言います）が特徴です。造立年代は、資料のとおり、東寺講堂諸尊、観心寺像、神護寺像、法華寺像の順とされてきましたが、東寺講堂諸尊と観心寺像が承和11年に下がるとなると、はたして同じ年の造立でいいのかという問題が出てきます。
観心寺は、空海の弟子実恵が開いた寺院で、神護寺は、実恵が別当になった寺院です。教科書には、東寺講堂諸尊と同じ工房の仏師によって造られたとあります。となると、東寺講堂諸尊と観心寺像、神護寺像との作風の違いはどのように解釈したらいいのでしょうか。教科書には、失われた五仏が観心寺像や神護寺像につながる作風を示していたとありますが、東寺講堂諸尊は造東大寺司の流れを汲むため古い様式で造られ、観心寺像や神護寺像は唐代の最新様式を取り入れたと考えることもできます（東寺講堂諸尊の膝の薄い特徴は、来週の和様彫刻につながっていきます）。あるいは、東寺講堂が完成した承和2年には諸尊も完成していたが、何らかの事情で（空海の死とか）開眼供養が遅れたと考え、東寺講堂諸尊と観心寺像の違いは造立年代の差とする見方もあります（だいたい天長10年（833）から造り始められて、承和11年まで11年間もかかるなんて時間がかかりすぎ）。東寺講堂諸尊は嵯峨朝の工房で、観心寺像や神護寺像は仁明朝の工房という見方もあります。嵯峨朝でも仁明朝でも、工房のメンバーががらりと変わるわけではないので、同一工房での世代の差でしょうか。
曼荼羅とは
さて曼荼羅とは、密教に説く宇宙観を象徴的にあらわし示したものです。密教では、宇宙の実相を仏格化したものが大日如来であり、大日如来から、一切の諸仏、諸菩薩が生まれると考えられています。大日如来とは、最高の悟りの世界であり、人間が悟りに至る道筋をあらわしたものが曼荼羅というわけです（曼荼羅とは密教の教えを図式化したもの。何てアバウトな説明だ）。8世紀後半、唐代の僧恵果は、『大日経』に説かれる胎蔵界曼荼羅と『金剛頂経』に説かれる金剛界曼荼羅の両部を受法、統合して両界曼荼羅を完成させました。これを空海が日本に持ち帰ったのです。空海の請来した両界曼荼羅は、根本曼荼羅と呼ばれ、曼荼羅の原形になりました。胎蔵界曼荼羅は堂宇の東に掛けられます（なぜと聞かれても、そういう決まりだから）。大日如来の備える宗教的救済のあらゆる機能を、段階的に配置されている仏、菩薩、明王、天の機能として象徴的に表現していると言われています。胎児が母胎の中で生育されていく力にたとえて、大日如来の菩提心があらゆる生成の可能性を持っているようすをあらわしているそうです（教義的なことは仏教史の先生に聞いてみてください。美術史的には同心円状になっているほうが胎蔵界曼荼羅）。堂宇の西に掛けられる金剛界曼荼羅は、九種の曼荼羅をひとつに納めています（九に分割されているほうが金剛界曼荼羅。上段中央に大きく大日如来を描き、あとの八区画は大日如来の変身パターンらしい）。
高雄曼荼羅
空海が持ち帰った原図曼荼羅は現存せず、両界曼荼羅の最古の遺品は、京都・神護寺にある高雄曼荼羅です（高雄山神護寺にあるので、高雄曼荼羅と呼ばれています）。各縦409センチメートル×横368センチメートル、赤紫色の綾織りの絹に、金銀泥の線で仏菩薩が描かれています。絹本なので痛みが激しいのですが（紙本よりも絹本のほうが、虫に食われやすく痛みやすい）、かろうじて残った部分を見てみると、確かな線で象られていることがわかります（如意輪観音像同士、並べてみました）。空海の原図曼荼羅をもとに、天長年間（824〜34）に描かれた作品と考えられています。原図曼荼羅そのものだと言う人もいますが、原図曼荼羅は彩色本であったと考えられていますので、原図曼荼羅の写しでしょう。
西院本両界曼荼羅（伝真言院曼荼羅）
京都・教王護国寺（東寺の現在の名称）にある両界曼荼羅は、かつては、宮中の真言院に掛けられていたという伝承から伝真言院曼荼羅と呼ばれていました。最近では、教王護国寺の西院にあったところから西院本両界曼荼羅と呼ばれています（教王護国寺には数多くの両界曼荼羅があるので、堂宇の名前や制作された元号の名前で呼び分けられています。本というのはVersionのこと）。胎蔵界曼荼羅は縦183、6×横164、2センチメートル、金剛界曼荼羅は縦183、5×横163、0センチメートル、絹本着色。彩色の両界曼荼羅としては最古の遺品です。胎蔵界曼荼羅のほうは、地色の鮮やかな水色（資料の写真の色が悪くて青色に見えますが）と、中台八葉院の鮮やかな赤色が目を引きます。中台八葉院の中央にいるのが大日如来像です。まん丸な顔に切れ長の目、連眉、ぽってりとした唇、強い隈取りが特徴です。胸幅は広く、胴を細く引き締めています。金剛界曼荼羅は緑色の地色がベースになっています。上段中央の大日如来像も、丸い顔、切れ長の目、連眉、厚い唇、強い隈取りが特徴です。ただし、比べてみると、金剛界曼荼羅のほうが大人しい表現であることがわかります（絵仏師の違いでしょう）。西洋絵画で立体感を出すときは、輪郭線の内側に濃い色を塗りますが、西院本では顔や腕の輪郭線の内側に鮮やかな赤い色を塗っています。これを照り隈と呼びます。天安2年（858）に帰国した円珍は、在唐中に彩色本を作らせ帰国しました。円珍が唐にいた時期は、中国の仏教復興期にあたり、西域との関係が復活した時期でした。そのため、異国風な彩色法が導入されたと考えられます。西院本は、鮮やかな賦彩から、帰国した円珍請来本を縮小して写したものかと考えられています（高雄曼荼羅の1/4のサイズ）。円珍帰国後の9世紀後半の作です。
レポートの書き方（法政のみ）
レポートは、提出してもしなくてもどちらでも構いません。提出する場合のテーマ、枚数・書式、提出日、注意事項は以下のとおりです。
授業で取りあげた日本の仏教彫刻のなかから、ひとつの作品を選び、任意のテーマを設定して論じなさい。レポートはWordで作成、枚数・書式は自由。7月15日までにHoppii→課題→レポートのスレッドに添付して提出。
レポートの書き方は、ここを参照してください。游明朝体は読みにくいので、MS明朝体で書いてください。
mariko1961 at 16:50│
│lecture
