2011年05月

2011年05月19日

献身と批評性〜鈴峯ゆい

まず魅かれたのは、ふわっとした癒し系(陳腐な表現で申し訳ない)のルックスとミルキーボイスであった。ただ、それは(恥ずかしながら)単に個人的な好みであったに過ぎない。

だがずっと舞台を追っているうちに、この人独特の力、即ち、物事の本質を見通す鋭い感覚に気が付いた。
武生の幕間での鮮やかなツッコミと当意即妙のボケには誰もが驚かされたが、彼女はどんな役であっても、どんなダンスであっても、そこで何が期待されているかを見据え、的確に勘所をとらえ、巧みに演じ、踊っていた。「スターマイン」のメイドの可愛らしさは、彼女のルックスだけによるものではない。一般的な「メイド」のイメージを彼女が極めて精密になぞってみせたからに他ならない。

一度、ミニコンサートで彼女の歌を聴くことができた。その甘く柔らかい歌声は勿論絶品であったが、それ以上に、歌のもつ世界を忠実に伝えようとする、ひたむきな姿勢に感動した。彼女はひたすら「歌のために」歌っていたのである。「俺が俺が」「目立ってなんぼ」の舞台の世界では、ちょっと珍しい姿勢だ。
そう。彼女は役のために演じ、ダンスのために踊り、歌のために歌う。そして決して的をはずすことはなかった。ひたすらな献身と怜悧な批評性とが彼女の中に不思議に同居していたのだ。

そんな希有な娘役が、解散後のまだ海のものとも山のものともつかぬ劇団に入団し、ずっと一緒に走り続け、支え続けてくれた。有り難いとしか言いようがない。

もっと陰影の深い役をやらせたかった・・・それは誰もが思うところだろう。だが、それはファンの欲だ。彼女は彼女の道を歩んでゆく。どうかそこに涼しい風が吹き続けますように。

marimu_hiroshi at 19:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)