光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2005年08月

無節操な政党同士の乗り入れを叱る。

私、シゲルが今回の選挙で強く感じることは政党同士の境界線がなくなり、無節操な者同士の相互の乗り入れが非常に鼻につくことである。

たとえば、私の衆議院の選挙区は千葉10区であるが。ここでは元の自民党の県会議員である谷田川元という候補者を民主党が公認した。自民党も民主党も基本政策は同一であり、誰かが、自民党と民主党の政策を比較すると、「高島屋」と「三越」ぐらいの違いしかないと言ったそうだが、こんなことだから、どちらから代議士の座を目指そうと候補者本人にしてみれば本質的な違いはないであろう。判断の基準は当選ラインにどちらが近いかだけである。そして、民主党にあっては千葉10区だけではなく、たくさんの選挙区で元自民党代議士や現職の自民党県会議員をいたるところで公認候補としているのである。なんと無節操なのであろうか。

また、自民党は自民党で垣根の低さが目立つ。特に節操のない例では、自民党の公認候補でありながら、比例選挙では公明党への公然たる支持を訴える候補者が3人もいるそうである。そして公明党は小選挙区において199人の自民党候補を推薦している。自民党と公明党の間の”友愛”に満ち満ちた、なんと麗しい互助選挙であろう。

そして、この傾向は残念ながら社民党をも蝕んでいる。なんと、社民党の副党首の横光氏が民主党から出馬することになった。そしてそれだけではなく、社民党自身が憲法改悪勢力として批判している相手の民主党と21選挙区で選挙協力までおこなっている。

また例の「国民新党」から「新党日本」に数合わせのために長谷川参議院議員が移籍したことや、竹中郵政民営化担当大臣のブレーンといわれた元内閣参与が民主党から出馬することなど、本当に節操がなく政党政治の退廃きわまれりである。。9条

これらのどの政党も根っこがないのである。人間に例えて言えば、もっとも大事な人格がないのと等しいと言っていいであろう。

シゲルにとってこのような側面だけをとりあげても、ひとり孤塁を守る”野党らしい野党”といえる共産党を支持する理由がある。

この言葉「ひとり孤塁を守る」であるが、戦前に天皇の緊急勅令で治安維持法を死刑法へと改悪しようとした旧帝国議会にあって、ひとりこの改悪に反対し、右翼テロの刃によって命を落とした戦前の労農党の山本宣治の言葉である。
これは私の好きな名セリフである

郵政民営化推進論のごまかし

まず、最大のごまかしは郵便局を民営化すれば民営化後の郵政事業に公務員がいなくなり、およそ38万人分の公務員人件費が節約でき、税金の大きな無駄使いをなくす事ができるという理由であります。
しかしこれほどのごまかしはありません。郵政公社に関する郵政公社法にはその第1条にて郵政公社は「独立採算制」をとることが明記されています。すなわち、郵政事業にかかる全ての出費は郵政事業からの収入で全てまかなうという原則が明記されています。
当然、これらの出費の中には職員の給料なども全て含まれており、職員の給料はおろか郵政事業の全分野にわたって、国民の税金は一円たりとも投入されていません。
よって、郵便局の民営化は税金の節約にはまったくつながらないというのが本当のところであります。

かって、小泉首相は郵政大臣を経験したことがおありになるようですが、いったい郵政大臣の時代に何を学んでいたのでしょうか。
いくら小泉首相とはいえ、郵政大臣経験者でありますから、郵政公社には国民の税金は一円も投入されていないことを知らないはずもありません。
それを知っていながら(郵政公社=税金の無駄遣い)という図式を作り、偽りの主張をされている姿はウソを平気でつく首相の姿勢がはっきりと見て取れます。

次なるごまかしは郵政公社を民営化すれば、民営化された郵便局が法人税や固定資産税などの税金を払うようになり、国の財政収入を潤すという主張であります。
これも大きな偽りを含んだ主張であります。
今でも郵政公社は国庫納付金という名目で、その利益の50%を国庫に収めることになっており、50%といえば現行の法人税率よりも高い数字であります。
政府の試算でも現行のままの公社を平成16年度以降も存続させれば、その後の10年間は大幅な黒字がつづくことになるのに、民営化されれば平成16年度だけでも600億円の赤字を見込まざるをえないという結論がでています。
赤字の法人・会社から法人税の徴収ができるでしょうか。
国の財政への貢献という側面だけに絞っても郵政公社を存続させるほうが大きなメリットがあります。

郵政民営化は、郵政事業そのものの収益改善にも、国の財政への貢献にもならない代物なのであります。
このように”税金の節約の側面”や”国の財政への貢献”という側面だけを見ても、郵政民営化推進論者の主張には大きなごまかしがあります。
推進論者の本当の理由は郵貯と簡保の340兆円の国民の虎の子の預金や財産を、日米の金融資本が郵政民営化を通してマネーゲームに引っ張り込もうとしていることであり、ここの推進論者の本音があります。

小泉「構造改革」の実態とは

小泉内閣のいわゆる「改革」の4年間でおこった事に二つの側面がある。
第一の側面とは、不良債権処理の名の下で進められた中小企業つぶしとそれにともなう失業の増大であった。
そして、巨大企業に都合の良いことに、リストラを進めれば進めるほど減税の恩恵が増し加わるという、「産業再生法」のいっそうの強化による大企業のリストラの加速化であった。
この結果、国民の家計所得は小泉内閣になってからの4年間というものは下がりっぱなしの状態が続いている。まさしく、家計の懐具合がさんざん痛めつけられてきたのがこの4年間であり、痛みに次ぐ痛みの連続であったというのが国民の偽らざる実感である。
しかし、この小泉改革には第二の側面がある。
それは、不良債権の処理や「産業再生法」によるリストラ・人減らし応援政治がもたらしたところの巨大企業の空前の利益の増加である
あのトヨタ自動車が04年度及び05年度の決算で一兆円以上の経常利益を上げるにいたっているのがその典型である。そして、このトヨタをはじめとして巨大企業のほぼ3分の1が史上空前の収益を上げているのが最近の経済状況なのである。
「痛みに耐えれば明日は明るくなる。」とこのように小泉首相は4年前に発言していたが、明るさが集中的にあらわれているのは経団連等に組織された一握りの巨大企業群なのである。
このように日本経済は二極化され、一握りの巨大企業には恩恵の集中が「金余り状態」として現われ、国民には中小企業つぶしやリストラ応援、及び社会保障の改悪に次ぐ改悪による痛みの連続が集中的に現われた。
そして現在、経団連は企業の法人税や社会保険料の負担を減らそうとして、消費税の二桁増税を自民党や民主党に企業団体献金という”エサ”を与え、それをテコにして推し進めようとしているのである。
このように財界の身勝手かつ横暴な要求をそのまま実現してきたのがこの4年間の小泉内閣の「構造改革」の実態であった。
ある経済週刊誌に中小企業経営者の一年間の自殺者数は推定で4,000人にものぼっているだろうとの記事が掲載されたことがあった。4,000人の自殺ということは自殺未遂を含めると何人になるのだろうか。
この現実だけを見ても「痛みに耐えれば明るい明日がある。」という小泉首相の言い分が偽りであったことが理解できるだろう。
この非情で過酷な「改革」を推進してきたのが小泉自公内閣であり、その尻たたき役を果たしてきたのが民主党であったことは否定できない現実である。
ここに私シゲルが共産党を支持する理由がある。党旗

異議あり「構造改革」!人でなし改革はやめろ。

今回の総選挙はいわゆる「構造改革」に対する是非を投票の際の最も重要な判断の基準とすべきだと思う。
小泉首相が首相に就任して以来、四年間の間に、「構造改革」と称していろいろな政策を実現させてきたが、その一つ一つを吟味してみるとまさしく庶民にとっては、本人の言うとおりの「痛み」の連続であった。

この痛みは社会保障の分野でまず著しい。
お年寄りの医療費の自己負担を原則2割としたことや、サラリーマン本人の医療費の自己負担を3割としたことから始まり、さらには負担の大幅な増大と給付の大幅な減額を内容とした年金制度の「改革」を強行した。
そして、今回は衆議院の解散にともない、いったんは廃案となったが、選挙後の国会で再度、厚生労働省が提出を予定している障害者自立支援法案は全ての障害者へのサービスに1割の自己負担を求めるというものであり、障害者から経済的な面で自立の機会を奪い去るものである。

また痛みは中小企業の世界をも襲った。「不良債権の処理」という名前の悲劇がそうであった。
このスローガンのもとで中小企業への融資のほとんどが大銀行によって不良債権と分類され、融資のストップと強引な債権の取立ての嵐が中小企業の世界を見舞ったことは記憶に新しい。
そしてさらに、あこぎなことには中小企業への債権を大銀行は債権回収会社へと売り渡し、苛酷な借金取立て地獄へと多くの中小企業経営者を追い込んできた。
「不良債権の処理」というスローガンのもとでどれだけの中小企業経営者の血と涙が流されていることだろうか。

さらにはこの痛みは働くものの世界をも大きく襲った。
リストラ応援政治が「構造改革」と言う美名のもとで推し進められた。このため、雇用の不安定化がどんどんすすんでおり、派遣労働やパート、アルバイトといった不安定な働き方を強要されている労働者は急速に増加してきた。
特に若者の間では、ほぼ二人に一人が不安定雇用の状態での労働を押し付けられているのが現実である。こんな現実が続く限り、若者の将来は壊され、働く人たちの家計はますますやせ細っていく。

このようなことがこの四年間の間に、いわゆる「構造改革」というスローガンのもとでおこった事柄であった。

さらにはサラリーマン大増税と消費税の二桁増税と言った更なる痛みも着々と準備されている。。署名行動
このような「痛みの上に更なる痛み」という、際限なく庶民を苦しめ続ける政治の継続に対して断固たる審判を下すべき時に来ている。

本来、人生は美しく素晴らしいものであり、一人一人の美しく素晴らしい人生が保障されるべき方向に政治の舵を切り替えていくべきときではないだろうか。

人間が人間として大事にされ、その可能性と尊厳が大事にされる社会へと変えていくべき時ではないだろうか。

このように考える時に「構造改革」を競い合う自民・公明・民主は投票の際の選択肢にはなりえない。
ここに私ことシゲルが共産党を選択するところの理由がある

解散総選挙について思う。

8月8日に郵政民営化法案が自民党の一部議員の造反により参議院にて否決され、それを受け小泉首相が郵政民営化の是非を問うという立場から衆議院を解散させてしまった。
この事態のたいしては、まず郵便局を民間会社にしてほしいと望む国民が果たしてどれだけいるのだろうかという疑問を感じざるを得ない。
今、日本全国どこにおいてもあまねく存在する郵便局ネットワークが提供する信書や郵貯、簡易保険のユニバーサルサービス(いわばシビルミニマム)をまねすることのできる金融資本が存在するのだろうか。はっきり行って存在しないだろう。
そして、340兆円を超える郵貯や簡保の資金を狙い、政界に圧力をかける日米の金融業界や保険業界の水面下ではあるが露骨な動きが存在するだけである。
さて、ここで冷静かつ客観的に良く考えてみてほしい、郵便局の民営化どころではないたくさんの重い問題がわれわれの前にたくさん山済みされていることを見いだす。
憲法の平和主義を変質させようとする動きはますます露骨になってきているし、総額で12兆円を超えるであろう所得税住民税のサラリーマン層を対象にした大増税、そして2007年度に計画されている消費税の大増税もある。この二つをあわせると総額24兆円という史上空前の大増税となってしまう。
リストラや賃金カットのあいつぐ連続により、家計の懐具合が長年にわたって冷え込んだままのこの慢性不況の時代にこれだけの庶民大増税が実現したらどうなってしまうというのか。
「痛みに耐えれば明日の希望が見えてくる。」といった小泉首相は本当のペテン師であろう。
またどなたかに”変人以上”と称された同じ小泉首相が頑としてこだわる靖国神社への公式参拝のため、かって日本の侵略行為や植民地支配を受けた近隣のアジア諸国との関係が最悪の状態におちいっているが、この事態に対して何もせずに無為無策でやってきたのも小泉自公内閣である。
しかし、その半面で、米国からは「ショー・ザ・フラッグ」といわれただけで自衛隊の艦船をインド洋に派遣したり、「ブーツ・オン・ザグラウンド」といわれただけで自衛隊の地上部隊をイラクの地に派兵した。
そして、これらの事態を通して憲法の平和主義に大穴が明けられてしまっているのが現状である。
このような状況の中でおこなわれる総選挙であるが、私(シゲル)としてはいわゆる二大政党といわれる自民党や民主党は支持はしない。
その理由はこの二つの政党の間には、庶民大増税や憲法改悪などの基本政策上の違いがまったくないからである。
民主党が今度の選挙の結果、政権党になったとしても「痛みの押し付け」は続くだろうし、外交上の行き詰まりは打開できないだろう。さらには憲法9条を狙った改憲の策動はいっそう強まるであろうとおもわれるからである。
共産党議員団総会
私(シゲル)はあえて言うが今度の選挙では共産党を選択しようと思っている。

たしかにこの党の体質の中には、意見の違いによるいかなる党内グループも、またいわゆる派閥の存在も認められず、党内で党の正規の政策や方針と異なった意見を広く流布させることも制度的にできない組織になっている。
ましてや党の正規の路線や方針と異なった考えを党外に流布することはご法度になっていることは重々承知の上である。
いわば”スターリニスト的性格”を組織のあり方の中に強く残している。
また、この間の国政選挙は共産党の惨敗の連続であり、国会議員の面での党勢をみると1960年代のレベルに無残にも後退してしまっている
にもかかわらず党の最高指導部はその責任を取っていない。方針は正しいのだが党員がそのとおりに実践しなかったからそうなったのだといわんばかりである。
これらのことは重々承知であるが、しかし憲法9条を守り抜き、医療・年金・介護などの社会保障制度を守り抜くためには、国会の中で議席を持つ政党の中で、もっとも野党らしい野党である共産党にその存在感を高めてもらうしかないと思っている。志位委員長
いわば、暮らしを守り、平和を守るためにはどの党を選択すべきか考えてみるに、消去法によるアプローチからいっても共産党が残ってくると思うからである
社民党という選択肢もあるが、この党は一時自民党と野合し村山内閣を作ったときに、自衛隊も安保も認めたがそのときのことを総括していないから私の選択肢からははずしている。

日本軍支配下におけるベトナム人の大量餓死とは!

1940年に当時の日本軍は中国への侵略戦争を継続する必要にせまられ、軍事物資と資源を求めて侵略を東南アジアへと拡大し始めました。その一番最初の動きがフランス領インドシナへの日本軍の進駐によるベトナム占領でありました。

日本軍当局は、本国がナチスドイツによって占領されていたフランス植民地当局を従わせ、両者はともに協力し、時には日本軍当局が強制させ、穀物畑を軍需用作物の栽培に転換させながら、日本本国やアジア太平洋の前線への食料と軍事用作物の供給地としてベトナムを徹底的に収奪しました。

この傾向は日本軍がクーデターを起こし、フランス当局から権力を奪い取ってからというものは、いっきょに加速していきました。
それにくわえて、1944年は凶作の年でありましたし、おまけに各家庭からも、不作時のための米の蓄えまで強制的な供出と徹底的な買いたたきで収奪してしまったために、1944年の終わり頃には、すでに貧しい農民の間から餓死者が出始めました。

そして、もともと農作物の豊かなベトナム南部からも、日本軍への輸送路を遮断するための連合軍の爆撃で、米輸送が完全にストップしてしまい、これらがあいまって、ベトナム北部における餓死者が急速に増加し始め、1945年の5月までの短期間に200万人という大量の餓死者がベトナム北部を中心にして発生したのであります。統計的に考えるとベトナム北部において6人に1人が飢え死にした計算となります。これは想像を絶したすさまじい食料収奪が起こした犠牲以外何者でもありません。

また当時、日本やフランスからの独立を求めるベトナム人の組織であるベトナム独立同盟(ベトミン)の勢力が大きくなり、各地で日本軍やフランス当局へ攻撃をかけていました。ho-timin
そこで、飢餓が広がればべトミンの動きも弱体化するだろうと考えた日本軍当局は、ベトナム北部で広がる飢餓をそのまま何の対策もとらずに放置しました。

「200万人の大量餓死」-----ここにベトナムにおける日本の植民地支配と侵略の残した大きな爪痕があります。

よく、大東亜戦争肯定論者は日本の東南アジアへの侵攻が各国の独立を促したといいますが、ベトナムのケースを見るとそれが偽りであることがはっきりとわかります。
200万人の餓死者をもたらした日本軍当局を追い出したベトナム民主共和国は、また舞い戻ってきたフランス植民地軍とたたかうはめとなりますが、9年間のたたかいの末にフランス植民地軍を追い出し、ベトナムはやっとの思いで独立を勝ち取ったのでした。

この経過の中には日本軍の侵攻がベトナムの独立を促進したという根拠となる事実は何一つ見られませんtatakai

ディエンビェンフーの戦い

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