光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2008年12月

銚子市ではたらく皆様への手紙(4)=八日市場市職の実践について=

住民要求を実現するために努力するのが自治体労働者の仕事であり、その要求実現の先頭に立つのが自治体労働組合の任務であります。
そして、住民要求実現と自治体労働者の賃金・労働条件の向上とは切っても切り離せないものであり、相乗効果をもたらしあうものであります。
自治体労働運動における「地域住民の繁栄なくして自治体労働者の幸福はない」というスローガンはこのことを象徴するスローガンであると言えるでしょう。

さて、このスローガンと精神に立脚し、実際に自治体労働者がみずからと勤労住民の生活と権利を守るたたかいに踏み出すとき、それは同時に大きな困難や試練が待ち受ける「茨の道」に踏み出すことでもあります。
しかし、大きな試練や困難があっても、それは乗り越えることができるものであることは過去の自治体労働者のたたかいの教訓が示しています。
「地域住民の繁栄なくして自治体労働者の幸福はない」という立場で自治体労働運動に取り組み、当局の攻撃と弾圧などの幾多の困難を乗り越えた実例として1960年代の八日市場市職労の実践をご紹介したいと思います。

60年代に入り安保・三池支援のたたかいを通してようやく労働組合本来のたたかいを展開し始めた八日市場市職労は、自治体労働運動の任務をみずからの賃金・労働条件の向上と同時に、自治体行政を住民本位に民主化していくことにあると受け止め、「職場自治研推進委員会」を立ち上げました。
そして、合併前の旧町村単位に住民懇談会をおこない、そこで提起された住民要求をまとめて要求書を提出し、市長交渉をすすめるようになりました。
この要求にたいして当時の太田市長は市議会の正副議長立会いのもとで「市職の自治研活動は市政への不当な介入であり、組合活動としては認めがたい、よって回答はできない」といい、住民要求掘り起こしのための地区懇談会を政治活動としてその中止を求めてきました。

しかし、八日市場市職は住民要求実現の先頭に立つのが自治体労働組合の当然の任務であるという立場から、さらに積極的に地区懇談会を推進する方針に踏み出したために当局との対立はいっそう深まっていきました。

このような状況の中で当時の太田市長が1963年の3月の市議会に、賃金・労働条件を全面的に改悪する給与条例改定議案を事前に組合にたいし何の相談もなしに抜き打ち的に提案してきたのです。
職員の賃金・労働条件に関する問題については議会提案の前に団体交渉をおこなうのが民主的な慣例でありますが、当局はいっさい労使交渉をおこなわなかったのであります。
この市長や当局の横暴にたいして市職は自治労千葉県本部や地区労の支援を得て給与条例全面改悪議案撤回のとりくみをすすめました。

そして、このたたかいのさなかに市職3役にたいする懲戒免職発令という弾圧事件がおこったのであります。
3月22日に職員組合委員長、同副委員長、同書記長の3人を太田市長は市長室に呼びつけ、用意していた懲戒免職辞令を渡そうとしましたが、3人は席を立って市長室を出たといいます。
ここに全面勝利まで6年7ヶ月を要した八日市場市職3役首切り撤回闘争がはじまりました。

そして、当局の攻撃は3役の首切りにとどまるものではありませんでした。
当局は3役への首切り発令と同時に激しい分裂攻撃をはじめました。
組合を脱退した職制32名により「親和会」という第二組合が作られ、職制を先頭にして家庭訪問なども含めて全組合員に組合脱会と「親和会」への参加をはたらきかけました。
これが市長の指示であったことは言うまでもありません。

この当局の攻撃にたいして、八日市場市職は職場での団結署名や全市民へのビラ配布、宣伝カーによる街頭宣伝、街のいたるところでのステッカー貼り等で反撃しました。
また、「たたかう市職を激励し、太田市長に抗議する八日市場地区労働者大会」が地区労の手によって開催され、自治労県本部や県労連、近隣地区労からも参加者が集まり総勢600名が結集したといいます。
メーデー集会に集まるのが200人前後という八日市場にあって、600名のデモ隊は大きく市民にアピールしたばかりでなく、動揺する市職組合員を激励しました。

しかし、当局の攻撃は第二組合による組合の分裂工作にとどまりません。
市職の活動家や組合員には賃金カットや昇給延伸、昇任・昇格差別が公然とおこなわれ、地方公務員法や労働基準法をも無視した組合破壊攻撃がおこなわれたのであります。

市職は組織を守るために当局の執拗な差別・分断攻撃に果敢に反撃をおこないます。
市職の役員や活動家が夜間に脱退した組合員の自宅訪問を徹底的におこない、家族ぐるみの説得活動を地道にすすめました。
また、組合脱退をすすめている職制にたいしては職場で糾弾し、悪質なものは夜間に自宅前に宣伝カーで乗りつけ、部落中に聞こえる声で糾弾演説をしたり、名前入りのステッカーを街中に張り出したり、その反撃は徹底的なものであったといいます。

また、八日市場市職は3役不当解雇撤回のために公平委員会にたいして不利益処分の撤回を求めて提訴しました。公平委員会での審理は一月に一回にペースですすめられたといいます。
しかし、明らかに当局側にたつ公平委員会であったことから、審理の開始から2年近くたった1965年の4月に、当局のおこなった処分は正当性を持つとして「申し立て却下」の裁定を一方的にくだしたのであります。

これにたいして市職はただちにこの裁定を不服として、「公平委員会の裁定取り消し」と「原処分の取り消し」をもとめる訴訟を千葉地裁にそれぞれ提出し、長期の公判闘争に突入していきます。

そして、長期にわたる不当解雇撤回のたたかいが続けられるなかで1966年の市長選挙を迎えましたが、八日市場市職はそれをにらんでたたかいをいっそう強めました。
4月の選挙を目前にした3月に「3役不当首切り撤回闘争三周年大抗議集会」の成功にむけて、市内全域でのステッカー貼り、ビラまきや新聞折り込み、宣伝カーの連日運行などにより総力を結集して、首切りのあった3年前と同じような状況をつくりだしていきました。

そうしたたたかいのなかで太田市長の再選出馬への政治環境は日に日に悪化していきます。
市民のなかからは「市役所のなかも治められない市長では」という批判がたかまり、彼はとうとう出馬断念に追いこまれてしまいました。
「自治体労働者を不当に首切った首長は、労働者と住民の手によって首切られる」という「ジンクス」は八日市場の地においても実現したのであります。
こうして、不当解雇をおこなった太田市長は退陣して、この問題の話し合い解決を主張する布施新市長が八日市場市長に選出されました。

そうこうするうちに、このたたかいの決定的な転換点がおとずれます。
公判闘争において、1968年の9月に公平委員会を相手とした訴訟で市職勝訴の判決が言いわたされます。
これは市職にとって長く苦しいたたかいのなかではじめて味わう勝利であり、この千葉地方裁判所の勝訴はたたかいの流れを全面的に変えていきます。
公判闘争勝利に確信を持った組合員の活動はいっそう活発になり、賃金闘争の面でも大きな成果をあげるようになっていきました。

そして、ついには1969年の7月7日に千葉地方裁判所から画期的な「和解勧告」が出されるにいたり、新市長との和解交渉の結果、大田前市長のおこなった市職3役にたいする懲戒処分が取り消され、3人の原職への復帰が実現したのであります。
この和解の内容は6年7ヶ月前にさかのぼり、不当な首切り処分を取り消すというものであり組合側の完全勝利でありました。
また、賃金カットなどの処分が多くの役員や活動家に加えられていたものがすべて白紙撤回されました。

こうして、同年の7月13日には花火がとどろくなか全組合員が出迎えるなかで、市職3役は女性職員のさし出す花束を受けとりながら、6年7ヶ月ぶりの市役所への出勤をはたしたといいます。
この八日市場市職のたたかいは「住民の繁栄なくして自治体労働者の幸福なし」という立場にたった自治体労働運動が困難と試練に直面しても、それを必ず乗り越えて前進できることを示した貴重で身近な経験であります。

また、「弾圧処分は組合を強くする」、「本気でたたかえば市長の首がとぶ」ことを当局側は学ばざるをえなっかたたたかいでもあったといえるでしょう。

銚子市で働く皆様への手紙(3)

時の政府による自治体労働者への「人件費攻撃」の本質は、地域の勤労住民のなかでの自治体労働者への不信感をあおり、両者の分断と対立を作り上げ、反住民的な立法や施策の強行を可能ならしめることにあります。
したがって、このような人件費攻撃を粉砕し、みずからの生活と権利を守るたたかいを前進させようとするなら、自治体労働者はそのような策略に翻弄されないこと、すなわち地域の勤労住民との連帯や地域住民の要求と自治体労働者の要求との統一をはかっていくことが必要になります。

弱肉強食のいわゆる「構造改革」や長期で深刻な構造不況の波が地域を飲み込んでいること、さらにはそれらにともなって働く貧困層の大幅な増加や中小零細業者のいっそう深刻化する経営難など、地域住民の間での生活と経営の危機は深まる一方です。
このような時代に、渦巻く地域の勤労住民の要求に目を向け足を踏み出そうとする姿勢がないままで、「さあ、ごいっしょに」と手を差し伸べる自治体労働者では住民との共同・連帯を作り出すことはできません。

住民の要求実現の先頭に立ってたたかい、住民共闘で先頭に立ってたたかう自治体労働者へと大きく飛躍しなければこのような共同を作り出すことはできません。
こうしてこそ、住民の生活擁護のたたかいを前進させることが可能となるし、また自治体労働者みずからの生活と権利を守り抜くことができます。

「万国の労働者団結せよ!」という時代と世紀を超えた働くものの統一と共同のスローガンがありますが、「地域の労働者団結せよ!そして働くものが地域や自治体の主人公となれ!」から、まずこのスローガンの実践は始められなくてはなりません。

では、勤労住民の目線に立って考えた場合に、勤労住民が自治体労働者を同じ“働く仲間”として信頼を寄せるようになるきっかけはどこにあるのでしょうか。
自治体労働者側のどのような努力が相互の信頼を築くのでしょうか。
自治体労働者がしごとを終えた後の運動のなかで努力を積み重ねることも大事であることは言うまでもありません。
地域の住民運動のなかで切実な要求の実現の先頭に立つ自治体労働者の姿も住民の見方を変え信頼をつくりだします。

しかし、実際にはしごとを通じて勤労住民の利益を真剣に守り抜く努力をおこなった自治体労働者の熱意と姿勢が住民の見方を変え、信頼を引き寄せることのほうが圧倒的に多いのです。
日常のしごとの実践において、多くの制約があるなかでも勤労住民の利益をせいいっぱい追求したとしましょう。そこでどのようなことが起こるのでしょうか。
勤労住民の側からは、かならず「敵」のなかに見方をみいだした喜びがよせられるはずであります。
自治体労働者がしごとのなかで勤労住民とよろこびをともにできる状態へと一歩を踏み出すことが信頼構築の決め手となるのです。

あなたをそうは言っても、それは現実を踏まえない理想論であり、現代の国家権力の下請け機関化している自治体の現状のもとで、自治体労働者は巨大な組織のなかの歯車として組み込まれている。そして、住民と対立させられ、しごとのなかでのよろこびや“はたらきがい”は奪い去られており、勤労住民とは対立せざるをえないのだと考える諸氏もおられるかもしれません。

しかし、全国の自治体労働者による歴史的な実践経験はこの「理屈」とは違う教訓を引き出しています。
たしかに国家権力や地域の支配勢力による法律や規則などの窮屈な枠組みのなかでは、しごとのなかで地域住民の利益を追求する余地は小さいかもしれません。
しかし、勤労住民はけっして結果だけで物事の評価をするのではありません。
むしろ、勤労住民は住民に奉仕し住民の利益を守ろうという自治体労働者のしごとの過程のなかでの熱意や姿勢を評価し信頼を寄せます。

このような自治体労働者側におけるしごとのなかでの実践を体制内での「自慰行為」などと軽視し揶揄するのはとんでもない誤りです。
むしろ、このような努力を通じて築かれる相互の信頼こそが現在の地域の力関係を変える力となり、自治体労働者と勤労住民との統一と共同の確固たる基礎となります。

自治体の税務職員が税金の滞納整理にいったとします。
行ったさきが町工場であり経営難のために一家の主人が首吊り自殺をしていたとしましょう。
残されたのは奥さんと子ども二人であります。当然、残された家族は苦しい事情を話しうらみの言葉を投げつけるでしょう。
しかし、ここで税務職員が「このままではカネが取れなくなる。」と思って主人が使用していた自動車を差し押さえ、「むごい」といって家族が涙を流したとしましょう。(現実にありそうなケースですが)

これは典型的な例でありますが、このような実態が税務に限らず自治体労働者の多くのしごとのなかに存在していることも残念ながら事実であります。
しかし、この税務職員がおこなうべきことは徴税に出向いた先でどっかりと腰をすえ、税制の矛盾や税金の使途について相手ととことん話し合うことにあったはずです。
そして、納税者の要求にしたがって生活者や業者の利益を守る地域の団体や組織を紹介することであり、このような徴税職員の活動を支える職場の体制を築くことにあったはずであります。

このようなことのあとで自治体労働組合が「市民の皆さん、ともにたたかいましょう」などのビラを配布してもどれほどの説得力があるでしょうか。
その町工場の家族は「悪いのは過酷な徴収を要求してくる権力当局であり、あの職員=自治体労働者はなかまなのだ」とはけっして考えないでしょう。
日頃のしごとのなかで「怨嗟」を再生産しながら、運動でいかほど共同をよびかけてみても何も築くことができません。
しごとのなかで勤労住民の利益を追求する努力は勤労住民と自治体労働者との連帯の基礎を生み出し、地域社会の変革への大きな運動の出発点となるでしょう.

「自治体労働者よ!銚子市の職員よ!本当に住民の立場に立っているか!」勤労住民はこう呼びかけています。
この問いかけに、みずから実践をもって同じ労働者であり仲間なのだと示しえない「自治体労働者」であっては、同じ働く仲間と勤労住民の目に映るでしようか。

自治体労働者(銚子市職員)には住民要求を把握し、その実現を具体的にどうすすめていくかを政策化する能力が求められる時代になっています。
勤労住民とともにお互いの要求を政策的に練り上げ、お互いに力をだしあい、ともに解決する取り組みが要求される時代になっています。

銚子市で働く職員の皆様への手紙(2)

「親方日の丸」、「お役所仕事」、「市役所の職員の給料は高い」このような言葉が市民の間で交わされない日は無いといってよい。
このような言葉は住民のなかでの自治体の役割に対する理解の不十分さや、自治体で働く労働者にたいする誤解や偏見がその源泉となっていることが多い。
そして、これを時の政府が地方自治への介入強化のために、自治体労働者への「人件費攻撃」に最大限に利用しているという政治的な背景が存在している。

このような情勢の下で住民のなかに自治体労働者にたいする不信感が増幅し、住民と自治体労働者の対立と分断をひきおこされる。
このように、住民と自治体労働者に互いの足の引っ張り合いをさせて、労働者全体の低賃金化や住民サービスと自治体労働者の生活と権利をともに引き下げる自治体リストラをいっそう促進しようというのが、いわゆる「人件費攻撃」にこめられた国家権力側の狙いである。

また、ほんらい国がおこなうべき仕事を自治体に肩代わりさせるいわゆる機関委任事務をはじめとして、国の自治体統制のしくみは行財政全般にわたってはりめぐらされており、自治体は国の下部機構として統制された側面を強く持っている。
また、このような国の下部機構としてある自治体は,同時に住民の自治組織としての性格をも持ち、住民生活のうえで欠かすことのできない共同の事務をおこなっている。
この共同事務には教育や保健、水利、防災などがあり人間が共同社会を構成して生活していくためには必須のものである。

現在、国家機構の肥大化は政治権力の住民支配の強化をもたらし、国の下部機構としての自治体の組織を拡大させている。
そして、そこからおこる住民の不満や生活上の不安が様々な住民要求となり、運動要求となって自治体にぶつけられる結果、自治体の組織の拡大と事務の増加はさらに加速化する。
国家の下部機構であり、住民の自治組織でもある自治体の組織は肥大化する一方であり、そこで働く自治体労働者は目の前の仕事が増えるばかりであり、「機械の歯車」としての存在になって仕事にたいするやりがいや生きがいは希薄となる。
住民に対する姿勢はますます消極的となって受動的になっていくばかりである。
そして、それにともない仕事の進め方は保守的にならざるをえなくなる。

また、職階的な賃金体系のなかで、人事をはじめとして労働者としての生殺与奪を職場の職制が握っており、上司に従順な“期待される公務員”となり、昇任と昇格の階段を上っていかなくては一生浮かび上がることはできない。
そして、従順な公務員となるために研修や勤務評定、名札着用、事務室のレイアウトなど思想的な仕掛けがこれでもかとばかりに張り巡らされている。

このような現実の中で、自治体労働者は当局と住民の板ばさみとなって、当局側の合理化攻撃からも身を守り、さらには"増大する住民要求"からも身を守らねばならない。
労働者としての権利を守るためには当局の合理化攻撃と住民要求といった「二つの敵」を相手にしなくてはならないように思える。
また、当局は住民要求を合理化を進める強力な手段として駆使しており、住民要求と労働者の権利とは二律背反の関係にあり相容れないものに思える。

はっきり言ってこれが自治体労働者の本音であり、銚子市で働く労働者の本音でもある。
政治権力による住民支配の強化と、それを原因とする住民からの切実な運動要求は巨大な荒波となって自治体労働者を翻弄する。
だが、職場の組合は頼りにならない存在であり、労働者は自分で自分の身を守ることを余儀なくされる。
これが、仕事に対する保守的できわめて受動的な姿勢となって現われ、住民と自治体労働者の間に軋轢をおこす。

市役所の職員は「サボっている」、「不親切だ」といった住民の間に存在する市役所職員に対する不満はこのような構造的な要因からおこってきている。
このような構造から解きほぐしながら考えると、市役所の職員のこのような本音はきわめて人間的であり、働くものとして共感することができるものではあるまいか。
さらには、住民の市役所の職員に対する不満も理解できるものとなる。
また、時の政府の地方自治に対する支配介入の強化のための道具として、この住民と自治体労働者間の軋轢は最大限に利用されていることは忘れてはならない。

だが、自治体労働者は当局の合理化攻撃と住民の運動要求といった二つの敵とたたかわなくては本当に自分たちの権利と生活、さらには働きがいを守ることができないのだろうか。
私は思うのだが、「お上だと思っていたが、同じ立場の人たちだったんだなあ」と住民が感性的、感覚的に納得できる過程を自治体労働者はどうしてもくぐりぬける必要があるのではないだろうか。

現在の「お役所仕事」、「お役人はよろしいですな」の言葉の根底にはもっと働いてよさそうだという住民感情が潜んでいることは否定できない。
しかし、それはともに歩んでいない“お役人”にたいする感情であり、ひとたび“お役人”がともに歩む自治体労働者に自己変革を遂げたときには様相が異なってくる。
そうなったあかつきには、どれほど住民が親身になって自治体労働者の権利や労働条件を守るために努力してくれるかは全国の先進的な実例が実証している。
庶民の持つ義理堅さが自治体労働者の権利と労働条件を守るのである。
しかし、その義理堅さはおなじ庶民どうし、味方どうしと思ったときに発揮されるのであり、“お役人”にたいしては庶民は何の義理も感じないのである。

自治体労働者が勤労住民の利益のためにからだをはってたたかう、それなら勤労住民は自治体労働者の要求を支持してともにたたかうという関係を作り出さなくてはならない。
この関係が成り立つためには、過去に権力の手先であった事実にたいして、現実に自治体労働者が住民の利益のためにたたかうすがたを勤労住民の側が見て、確認することが前提である。
そして、突き付けられている住民要求と当局の合理化攻撃という「二つの敵」にはさまれて、みずからの権利を守ろうとした自治体労働者は「住民ともに歩む」労働者へと立場をうつしかえるときに事態は単純になる。
住民と自治体労働者の統一したおおきな力で「一つの敵」とたたかうこととなり、からだごと勤労住民の側に移ること、勤労住民のおかれている社会的現実の中に身をおきたたかうことは、自治体労働者がみずからの生活と権利を守る上でも決定的な条件となる。

このような大きな発想の転換が銚子市の職員には求められているし、特に職場の組合運動に求められている。
謝った情報と判断により唐突に市立病院を閉鎖し、その安易な決定によりもたらされた市民の痛みと損失を思うとき、岡野市長のリコール運動に積極的に参加しその先導に立ち、市立病院を再建するために勤労住民のなかに入ってたたかうことは、銚子市の職員と労働組合が住民とともに歩む自治体労働者、労働組合になるためには避けて通れないものに思える。
最新記事
Profile
西岡三郎
千葉県銚子市に在住
QRコード
QRコード
Recent Comments
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ