光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2009年05月

小見川テック工場の突然の閉鎖計画が発表された。(700人の雇用の危機である)

ソニーが5月14日付けで、グループ全体での経営体質の強化や収益性の改善をはかるために、国内外の生産拠点の集約化および効率化をおこなうことを発表した。

このリストラ計画のなかには、デジタルスチールカメラやビデオカメラなどの生産をおこなうデジタルイメージング事業部門の国内三拠点(幸田テック、美濃加茂テック、小見川テック)を愛知県に新しく設立する東海テック一ヵ所に集約するという計画がふくまれ、これが実施されるとソニー子会社で従業員700人を抱える香取市の小見川テック工場が2009年の12月末で活動を停止(閉鎖)することになるという。

また、小見川テック工場のほかにも今回のリストラ計画で閉鎖が予定されている工場は静岡、岩手、海外など計五か所にのぼっているようだ。
このため、小見川テック工場では正社員に約百キロ離れた木更津市や愛知県への配置転換を迫っており、派遣社員など非正規社員には契約打ち切りが予定されている。

ソニーはマスコミなども動員して大幅な営業収益悪化のPRをおこなっているが、その半面で3兆円以上の剰余金という巨額の内部留保(もうけの貯め込み)をため込み、2009年度3月期の株主配当は前年比で2倍の500億円にも増やしていることも事実であり、このことはリストラをすすめるソニー当局にしてみれば“不都合な真実”であろう。

これらの指標はソニーの企業体力が十分であることを示しており、小見川テック工場の存続が可能であることを物語るものだ。
従業員や市民からは「辞めるしか選択肢はないかも」という声が上がっており、外国人労働者が減らされたことにより市内のアパートはガラガラになっている。

仕事が人を育て、人が仕事を切り拓く」と記した石碑が小見川テック工場の門前にはあるそうだが、内部留保と株主配当を増やして労働者を削減するというソニーの姿勢には道理が感じられず、工場前の石碑の碑文が泣くというものである。
小見川テック工場での雇用を維持するためには、3兆円の内部留保の一部を取り崩すだけで十分でありその額は経営を困難にするほどのものではない。

仮に、小見川テック工場における従業員一人当たりの年収を400万円として700人の従業員の雇用を維持するには年間で給与総額は28億円にしかすぎず、この額はソニー全体の内部留保の0.1パーセント以下にすぎない。

いま労働者を切り捨てるリストラを繰り返しているソニーなどの輸出大企業は、これまでに正規労働者には低賃金を押し付け、多くの非正規労働者を安く使うことでバブル期を超える史上最大の収益をあげてきた。
そして、このもうけがばく大な内部留保としてため込まれており、内部留保の額は資本金10億円以上の製造大企業だけでこの10年間に32兆円も増え、積み上がった内部留保の額は120兆円の巨額に達している。

また、ソニーは大規模なリストラを押しすすめ赤字を予測しているにもかかわらず、株主配当は増額する計画をすすめているという。
大企業は濡れ手で粟の大株主は優遇しながら、賃金の切り下げをすすめ、「労働者使い捨て、株主配当は急増」という傾向をエスカレートさせているが、異常に増えた配当を元に戻すだけで雇用を維持する資金はねん出できるだろう。

このことはソニーも例外ではなく、企業は株主のものという考えから脱却すべきだ。
この重大な事態に対して地域での雇用と地域経済を守るためにも、香取市などの関係する自治体はソニーにたいして小見川テック工場の存続と雇用の維持を申し入れるべきである。

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北朝鮮の核実験と“左翼”が国民の素朴な北朝鮮にたいする“怒り”を共有することについて

北朝鮮による核実験という暴挙について
北朝鮮は5月25日に2006年10月に続く二回目の核実験を強行。韓国政府は核実験とみられる地震波を確認し、河村官房長官も「実験があったと断定せざるをえない」と述べた。
北朝鮮の今回の核実験は、2006年の初回の核実験の直後に全会一致で採択された国連安保理決議1718号いかなる核実験または弾道ミサイルの発射もこれ以上実施しないこと」にたいする明確な違反であり、同決議は北朝鮮の核実験を「国際の平和と安全への明白な脅威」と認定し、さらにふみこんで「核兵器と核開発計画を完全かつ検証可能で後戻りできない方法で廃棄」することを北朝鮮に求めていた。

また、今回の核実験は北朝鮮も当事者の一員として加わっていた2005年9月の六カ国協議共同声明に盛り込まれた「一切の核兵器および現在の核計画を放棄する」との合意を踏みにじるものであり容認することのできない暴挙だ。
去る4月に北朝鮮がロケット発射を強行した際に、これを非難した国連安保理議長声明が採択されると北朝鮮はこれに反発。核問題をめぐる六カ国協議からも離脱し、安保理の謝罪がなければ再度の核実験に踏み切る方針を明らかにしていた。

だが、安保理の議長声明が気にくわないからと言って、自らが同意し国際社会に誓約してきた公約を一方的に破棄することには一片の道理もない。

さて、広島や長崎の被爆者をはじめとした日本国民の核兵器廃絶をもとめる声は国際的な反核平和運動とも合流し、いまや世界を動かすほどの大きな潮流に発展している。
この流れの中で、米国の歴代政権の核戦略の中枢に参画してきたキッシンジャー氏やシュルツ氏らをはじめとした複数の元米国政府高官からも、核兵器廃絶に向けて行動をおこそうとの呼びかけもおこなわれるようになり、ついにオバマ米国大統領自身が「核兵器のない世界」の実現を目指して行動する核使用国である米国の「道義的責任」を表明するまでにいたった。

このようななかで各国の指導者や国民に求められることは、核兵器廃絶に向けた世論を強め、核戦争を阻止するために核兵器の廃絶にむけた国際交渉を開始することであり、そのための環境づくりにむけて連携し協力することである。

だが、北朝鮮が今回「自衛のために核兵器を開発し、あらゆる面で核抑止を強化する」との名目で核実験を強行したことは、核兵器廃絶へとむかう国際社会の気運に挑戦するものであり悪意にもとづく許しがたい脅迫である。
また、この北朝鮮の暴挙にたいして政権与党内のタカ派や靖国派などは軍事的対応のいっそうのエスカレーションで対応しようとしているが、このような過剰反応は厳に慎むべきである。
過剰反応はさらなる過剰反応を惹き起こし、その悪循環はやむところがなく東アジアの緊張を激化させるだけだ。

北朝鮮の暴挙に対しては断固とした厳しい態度でのぞむことが必要であるが、同時にこれ以上の核実験を厳に慎み、核兵器とその開発計画を放棄し、各国の対話の呼びかけにこたえて六カ国協議の場に一日も早く復帰するように粘り強くはたらきかけることが問題の解決の近道であろう。

“左翼”は北朝鮮に対する“怒り”を国民と共有するチャンスにすべきでは!
さて、今の時点で冷静さを強調することはなによりも大事であるが、また反面では今回の北朝鮮の核実験に際して、左翼や社会主義者の方々が国民のなかにある素朴な北朝鮮への“怒り”に対してどれほど共感できるのかが試されるのではあるまいか。

国民のなかにある北朝鮮への素朴な“怒り”は、拉致問題は言うに及ばず、数度にわたる不審船事件や1987年のソウルオリンピック開催阻止を目的とした大韓航空機爆破の国家的テロ行為、1984年の公海上での日本漁船銃撃事件などといった過去における北朝鮮の数多くの無法行為がその歴史的根源となって派生したものである。
そして、今は亡き某革新政党が北朝鮮の拉致や国家的なテロ行為を否定し続けてきた歴史的事実などから、左翼や社会主義者全体が北朝鮮に“肩入れ”をしてきたかのような印象が形成され、国民の意識のなかにぬぐいがたく沈潜していることは残念ながら否定できない。

いまでも、社会主義=北朝鮮という稚拙な決めつけが少なくない国民にすんなりと受け入れられてしまうのであり、最近の前銚子市長のリコール運動のなかでもこの論法が用いられ一定の影響力を持ったことは事実である。

それゆえ、今こそ“左翼”の方々が国民のなかにあるこの素朴な北朝鮮に対する“怒り”を共有できるかが問われるし、逆に自分たちは北朝鮮の肩を持っているのではなく、皆さんと同じ気持ちだということをわかってもらう良いチャンスにすべきである。
自分たちも北朝鮮の核実験という暴挙に対しては多くの国民と同じ怒りを抱いているのだということを広くPRしながら、多くの国民と“左翼”の方々が共感しあえる機会をどしどし増やしていくことが両者の間の幅広い対話を可能とする。

そのようにして初めて、自公政権や民主党が日本の防衛のためには米国の核抑止力が必要だと主張していることと、北朝鮮が自国の防衛にためには「自衛的核抑止力」が必要だといっていることは、実は同じ水準であることへの国民の理解が広まるだろう。

そのようにして初めて、核抑止力の立場にたちながら「敵基地攻撃論」や「核武装論」などと主張し、一見毅然として勇ましそうに思える右派や靖国派などの“怒り”が実は底が浅く、北朝鮮と同じく水準のものであることが見えやすくなり、核実験という北朝鮮の今回の暴挙に真に対峙するには「核兵器のない世界」を展望した観点こそが必要であり、日本国憲法の立場にたってこそ北朝鮮に対する“怒り”の質を高め、相手を根底的に批判して真に追い詰めることができるということへの理解が広まるだろう。


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核のない世界にむけて日本国内でもチェンジを(核戦争阻止と憲法)

2009年の4月5日におけるオバマ大統領のプラハ演説には従来の米国の方針にはなかったつぎの三つの言明が含まれていることに注目すべきだ。

・米国が核兵器の廃絶を国家目標とすることを初めて宣言したこと
・広島長崎での原爆使用が人類的道義にかかわる問題であることを認め、その観点から核兵器廃絶への米国の道義的責任について語ったこと
・核兵器の廃絶にむけて世界の諸国民の協力をよびかけていること

このような言明が米国大統領としての公式の発言のなかで行われたことは唯一の被爆国の国民である私たちにとっても歴史的な意義を持つ。
核兵器の廃絶に向かって米国がまったく新しい一歩を踏み出した現在、唯一の被爆国の政府である日本政府が核廃絶をテーマにした国際交渉を開始するためのイニシアチブをとることは日本政府の権利であり、また道義的な責務でもあるはずだ。

「世界中が大きく歴史を転換させうるきわめて重要で前向きの話だ」
「オバマ演説はすごい演説だった」

これらのコメントは麻生首相のオバマ演説にたいする感想として伝えられているものであり、麻生首相が一定の感銘を受けていることは確かのようである。
ところが、日本政府が米国に求めていることは「核抑止力をふくむ拡大抑止(核の傘)」の維持であり、米国大統領が「核兵器のない世界」への協力をよびかけているときに、逆に米国の核戦力への依存を確認することがオバマ演説にたいする日本政府の公式の対応だ。

欧州諸国はオバマ演説に歓迎を表明し、さらにふみこんだ前向きの具体的な措置へと次々と乗り出そうとしている。
ドイツは同国に残されている米国の戦術核兵器の撤去を提唱し、英国でも核兵器廃絶に向け、核兵器に依存しない安全保障政策の具体化へ踏み出すことを検討し始めたという。

世界で唯一の被爆国である日本政府は本来、「核のない世界」を追求するとのオバマ大統領のよびかけをもっとも歓迎し、もっとも積極的な対応をすべきであるが、逆に私たちの国の指導者が「核の傘」の維持を米国に求め核兵器廃絶への逆流となっていることは皮肉なことだ。

ところで、現在では憲法9条と核兵器廃絶への願いがつながっていることはあまり知られていないようだが、歴史を振り返ると、この両者の分かちがたい結びつきを知ることができる。
日本軍国主義の侵略と植民地支配は、日本国民三百万人以上、アジアで二千万人以上という甚大な犠牲者を生み、このような悲劇を二度と繰り返してはならないという痛苦の反省が憲法9条を生み出す歴史的な土台となったことは知られている。

しかし、1945年8月の広島・長崎への原爆の投下により二十万人をこえる無垢の人々の命が一瞬に奪われ、二つの都市が一瞬にして廃墟となった地獄を、世界のどこでも繰り返させてはならないという強い思いが憲法9条を生み出すもう一つの歴史的な土台となったことも記憶されるべきだ。

一度戦争がおこれば人道は無視され、個人の尊厳と基本的人権は蹂躙され、文明は抹殺されてしまう。
原子爆弾の出現は戦争の可能性を拡大するか、逆に戦争の原因を終息せしめるかの重大段階に到達したのであるが、識者は、まず文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺するであろうと真剣に憂えているのである
。」

これは日本国憲法が公布された1946年の11月に当時の内閣が発行した「新憲法の解説」と題する小冊子に記載された一説である。
核兵器がすでに使用され、「文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺する」という歴史上かってなかった現実が目の前に出現したが、それならば文明の力によって戦争を抹殺(放棄)し、軍事力(陸海空軍)などいっさいの戦力を放棄しようと、当時の内閣は国民に啓発していたのである。

この事実は核兵器による広島・長崎での言語を絶する惨禍の出現が憲法9条を生み出すもう一つの歴史的な土台となったことを裏付けている。
憲法9条には甚大な犠牲を強いる悲惨な戦争を二度と繰り返してはならないという決意とともに、「核戦争をおこしてはならない」という日本の国民の強い思いがこめられており、アジア太平洋戦争の惨禍と、原子爆弾がもたらした壮絶な地獄という二つの歴史的事実の重みが憲法9条の根っこに存在する。

今や「核兵器のない世界」をめざし、どんな問題でも外交的な話し合いで解決する新しい時代の扉が開かれようとしており、オバマ大統領の提唱はその時代の到来の象徴である。
日本国憲法の出番とも言うべき時代が到来しており、日本のはたすことのできる役割は限りなく大きい。

来るべき総選挙で自公政権に変わる非核平和の政府が誕生することを期待したいが、さしあたっての政権政党と目されている民主党が本当の意味での平和主義の政党に脱却することを願いたい。
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野平新市長返り咲きと病院再建に関して(新市長は自らの構想をいったん白紙に戻したうえで有識者や市民の意見を聞くべし)

野平氏大勝の要因について
5月17日におこなわれた銚子市長選挙は夜遅くに大勢が判明し、野平匡邦氏の当選確実がマスコミを通じて報道された。
そして、確定開票結果では野平氏が15,289票を獲得し、7,969票の次点岡野氏にたいしてダブルスコアに等しい大差をつけての返り咲きを果たしたのである。

私にとって、この投票結果はとりあえず想定の範囲内であったが、だが想像以上の野平氏の大量得票は驚きであった。(これほどまで大差がつくとは予想していなかった)
なぜ、リコールと選挙の総決算が、これほどまでの野平氏の大量得票という結果に終わってしまったのであろうか。

この予想外の結果の最大の要因はリコール推進派の“分立”ではなかっただろうか。
昨年の10月に「市民の会」を立ち上げたリコール推進派は組織的なリコール運動を開始した。
だが、「市民の会」は「公設公営での病院再開」という切実な願いから加わった住民有志だけで構成されているわけではなかった。
市長ポストという権力の座への執着心から、リコール運動を足場にしてその座を手に入れようという思惑をいだいた党派も混じっていた。
彼らはリコール運動のなかで影響力を拡大して、「市民の会」を自らの思惑を実現するために利用しようとしたが失敗し、結局は「市民の会」から離脱していったのである。

また、リコールを推進したのは1800人以上に及ぶ受任者であったが、岡野市長解職から選挙までわずか50日という期間しかなかったこともあり、受任者の圧倒的多数の合意にもとづいて「市民の会」候補者を選出するには時間がなさすぎた。
このことが、一部の受任者グループの間に「市民の会」への不信感を醸成してしまい、松井医師の出馬という事態へと発展していった。

このような経過をたどって、いわゆるマスコミ報道のいう“リコール派分立”という事態になったのであり、事態は複雑な様相を呈していた。
だが、そこにいたる経過の是非はともあれ、“リコール派分立”はリコール運動を主導した「市民の会」の選挙戦での影響力を大きくそいだことは否定できず、私はこれが野平氏大勝を招いた最大の要因であるように思う。

また、リコール運動に“参加”した候補者の得票を全部合計しても、野平氏の得票には遠く及ばないことは、野平氏大勝の要因のすべてを“リコール派分立”に帰着させることができないことを浮かび上がらせる。

私は野平氏大勝のもう一つの大きな要因が、リコール派候補者が病院再開に対しての明確で具体的なビジョンを示せず、市民が求めるものに応えることができなかったことにあると考えている。

「少ない診療科目でも早期に再開するよう努め、段階的に充実させ、最終的に総合病院化をめざします」
これが「市民の会」候補者の病院再建へのビジョンであるが、中身が抽象的であり最後まで具体的なビジョンへと発展させることができずに終わってしまった。
また、再開した病院に市民が求めるものは24時間救急患者を受け入れることのできる病院であり、そのためには充実した医療スタッフと診療科目を備えた地域の中核病院の早期再開が必要だが、「市民の会」候補者の病院再建構想はこれに応えることができなかったのである。

このように、私は“分立”選挙病院再開構想の弱点がリコール派候補者の市長選挙での敗北を招き、野平氏大勝の流れにつながっていったと思う。
ともあれ、過去は取り戻せない以上、今は野平氏大勝という現実を踏まえ、リコール運動に結集した市民の一人ひとりが今後どのように対応していくべきかという問題こそ検討すべきである。

今後の病院再開について(新市長に要求すべきスタンス)

今回の選挙結果は、公設公営(市直営)での病院再開という選択肢がひとまず消え去ったことを意味しており、このことに異論はないはずだ。
となると、問題は病院を再開するにあたって、公設公営(市直営)を除く公設民営などの経営形態のなかから、いずれを選択することが市民にとって最善なのかということに問題の焦点が移ってくることになる。
野平新市長の言う「数千人の医師を抱えて、全国の公立病院の再建を請け負っている実績のある団体」なるものに病院再建を委ねてしまっていいのかが問われるべきである。

伝え聞くところによると150億円で新たな病院をつくり、自治医科大学あるいは徳州会病院を招聘するということであるらしいが、果たしてそれでいいのか。
野平新市長はかって大学を招聘する際に、議会を無視し、市民の意見も聞かずに独断で加計学園と交渉し92億円の補助金を勝手に決めてしまったが、このような愚がふたたび繰り返されてはならないのである。

野平新市長は病院再開に際して自らの“構想”に拘泥することなく、議会や有識者・市民有志などから幅広く、どのような経営形態で再開するか、そして、その際の市民負担のあり方などに関して、多数の市民の合意が得られるまで議論を重ねるべきである。
そして、その全市民的な論議のなかからベストの再開方法を選ぶべきであり、市民や有識者の意見を無視した独断専行の手法を今回こそは封印すべきなのである。

私は公設公営原理主義者であったが、今回の選挙結果を踏まえれば公設公営(市直営)での病院再開という選択肢は消え去ったこともあり、元総務省公立病院改革懇談会座長であり、山形県の酒田市民病院や県内の国保成東病院、鋸南町病院の再建に辣腕をふるい、なおかつ元市立病院医師の松井氏の強力サポーターもつとめた“公立病院再建のプロ”である長隆氏の指導をあおぐことも一概に否定すべきではないと思う。

長氏によると、昨年、政府が1病院あたり1億円の財政支援を決め、またそれに合わせて1病床あたり50万円の追加財政支援が決まり、市立病院の病床数400で換算すると2億円のお金が出ることになったという。
そして、この合計3億円の国からの財政支援を、そのままそっくり医師の招聘に使うことで医師の確保はできるらしい。

また、今回の政府の緊急経済対策15兆円のなかには公立病院むけの再生資金が盛り込まれており、これを使えば銚子市立病院の復活は早いとも聞く。
きわめつけは、これらの手段を使って独立行政法人化をおこなえば、病院再開に当たっての銚子市の財政負担を大幅に減らすことができることである。

これらは長隆氏の受け売りであるが、氏の提唱する再建方法も有力な選択肢であると思うし、私には少なくとも、野平新市長の言う銚子市の財政負担150億円つきの「再建策」よりはベターであるように思える。
とにかく新市長は独断専行を封印し、幅広く市民有志・有識者や議会の意見にたいして謙虚になって耳をかたむけるべきだ。

そのためには自身の“構想”をまず白紙に戻すくらいの心構えが肝要である。

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財政危機のもとで病院再建をはじめとした福祉財源をどうねん出していくか(民主的効率化を)

「新しい市政は市立病院の再開をめざすことが第一の仕事です。その実現のための財源を優先的に確保します。
そのためには、無駄をなくし、効率的な市政運営をすすめます。また、政策の優先順位を明確にして、諸施策を推進し市財政の健全化のため努力します」

以上は今回の銚子市長選挙の確認団体である「何とかしよう銚子市政」市民の会・代表で市長候補者の一人である茂木薫氏の後援会報に記載されている公約のうちから、市財政の健全化という項目に掲げてある文言をそのまま転載したものである。

さて、銚子市は大規模災害などの緊急の出費のための蓄えである財政調整基金(市の貯金)が580万円しか残っていないことなどに象徴されるように、財政事情は逼迫しまさに空前の財政危機に瀕している。

野平元市長が大学を銚子市へ誘致する際に、市議会の意向を無視して独断で岡山の加計学園本部へ出向き、大学への莫大な補助金の提供を約束してしまったことは記憶に新しいが、この野平元市長の独断専行のふるまいにより銚子市が84億円もの借金を抱え込んだことが銚子市の空前の財政危機のきっかけとなった。

そして、岡野前市長が自らの公約を踏みにじり、5万人近い市民の存続を求める署名さえ無視して市立病院を独断で閉鎖した結果、銚子市が今後10年以上にわたり清算費用として62億円以上もの財政負担を抱え込むはめとなり、財政危機は一段とエスカレートしたのである。
くわえて、極めつきは野平市政下で計画され、岡野市政下で実行に移された市立西高校と市立銚子高校(おやま)の2校統合による新校舎の建設費70億円の財政負担でありこれがとどめとなった。

これら野平・岡野両市政下での無謀な財政運営が銚子市を市政始まって以来の財政危機へと追い込み、銚子市の現在の借金残高は600億円にも達しようとしている。
だが、このような状況下にあっても新たにスタートする銚子市政は“市立病院の再建”という問題にいやおうなしに直面せねばならず、その財源のねん出は容易でない。

では、どうやって財源をねん出するのか。
茂木候補は「無駄をなくし、効率的な市政運営をすすめる」ことにより、病院再建をはじめとした福祉のための財源をねん出することを公約とされているようである。

そこで一つ提案だが、自治体の中に長いこと放置され内包されて続けてきた数多くの浪費や無駄を洗い出すために、市の職員一人ひとりによる職場の末端からの自発的な行財政点検を組織して、不要不急経費の全庁的削減運動に取り組んでみてはいかがだろうか。

岡野前市長は財政危機のもと、もろもろの事業の財源のねん出を職員の給与カットの一方的な押し付けというやり方でおこなったことを実績として自負している。
平均4.5%の給与カットによって年2億円の財源を3年間ねん出することに成功したという。
だが、これはいわゆる資本主義的な「合理化」であり、労働者の労働条件の改変や犠牲の上に効率化と資金捻出をおこなうものであった。

だが、労働者の犠牲の上に成り立つ資本主義的な「合理化」とは違った方法で市の行政の効率化と資金捻出をおこなうことは可能だ。
それは「民主的効率化」と呼ばれるものであり、それはなによりも労働者の働く権利を守りそれを生かすことによってなしとげられる。

このやり方は市の職員(自治体労働者)一人ひとりの自覚的・自発的な意思をひきだし、末端の職場からの見直しの運動を呼びかけることによって浪費や無駄を根絶していく取り組みとしてイメージしていただければよいと思う。
また、この「民主的効率化」の大前提は、自治体労働者の労働条件の維持と地域住民の要求実現を統一的運動として発展させていくことにある。

住民は市役所に対して「まだ無駄があり、お役人的なところもあり、執務規律が緩んでいるところも見受けられる」という批判を持っているが、市職員(自治体労働者)は「仕事を通して住民の生活を守り、なおかつ自らの労働条件を守る」という立場で職場と仕事を改善する取り組みをおこない、自治体内部における効率的行政の追求をおこなうという方向でこの住民の批判にこたえていくのである。

また、この「民主的効率化」の取り組みは市職員組合(労組)の協力が不可欠であるために労組の全面的協力を引き出すべきであり、市当局と職員組合とが一体となった取り組みによってこそ本格的な効率的行政の追求がおこなわれることとなるだろう。

このようにしてこそ、働く者の労働条件を守りながら無駄や浪費の根絶が実現することができるのであり、このことが市立病院の再開をはじめとした福祉のための財源をねん出することにつながっていくのである。

これからの銚子市の財政危機のもとでの住民福祉の財源のねん出はこの「民主的効率化」を原則的な手段としておこなうべきであり、職員の給与カットなど労働者を犠牲にした資本主義的「合理化」もどきの手法で財源をねん出するやり方はあくまでも例外的なものという位置づけでおこなっていくべきである。

銚子市職員(自治体労働者)はただ賃金の引き上げや労働時間の短縮といった生活改善要求だけにとどまらない、真の意味で住民に奉仕できる働きがいのある職場を探求したいという本源的な要求を持っている。

それゆえ、銚子市の職員はきっと市当局側の「民主的効率化」の取り組みの提起に前向きにこたえるはずであり、そこから労使の信頼関係も生まれてくるだろうし市民サービスの充実にもつながっていくはずである。

また、誰が次期市長に選出されようとも「民主的効率化」という手段を原則的なやり方として財政危機に立ち向かっていくべきであることを強調したい。

病院休止の責任は市長選挙の争点である。(岡野俊昭前市長の独断専行ぶり)

岡野前市長は2008年度(平成20年度)予算を決める際に、市立病院への繰り出し金は「9億円」以上びた一文も出せない、年度の途中で資金不足をおこしても市は支援せず、その時点で“業務停止”との理不尽な姿勢を押し通し、このことは危機を乗りきって病院経営の再建に奔走していた当時の病院長を辞職へと追いやる。(「燃え尽きてしまった」という言葉ともに!)

さらに病院長の辞職は波紋を呼び、市当局の態度に不信を募らせた多数の医師が連鎖的に辞めていく事態へと発展する。
こうして2008年の4月以降、病院長をはじめとした多数の医師の退職は病院の収益の減少を招き、光明の見え始めた病院経営は暗転して、年度途中での7億円の資金不足という事態が発生した。

この窮状のなかで岡野前市長は7月3日に県知事とのトップ会談をおこない、市立病院の公設民営の方針をかためたが、翌日には「もう病院には残る医師が一人もいません」という副病院長の言葉をうのみにして9月末の全面休止をたった1日で決定してしまう。
後にこの副病院長の言葉はまったくでたらめであり、少なくとも前市長が知事との会談をおこなった3日の時点では、残ることを希望している医師が少なからずいたことが判明している。

前市長がこれほどの重大な決定に際して、ただ副病院長の言葉をうのみにするだけで、医師一人ひとりにその意思を市長自ら直接に確認しなかったことは、誤った情報にもとづく誤った判断というほかはなく、それにより市民の命と健康を守る行政のトップとしての責務を投げ出してしまった無責任ぶりはあまりにも重大だ。

また、この唐突な休止決定に際して、前市長は病院を継続した場合と年度の途中で休止した場合とのそれぞれの財政負担がどうなるのか、慎重に比較して検討を重ねた形跡はない。
前市長は病院をこのまま継続したら多額の財政支援が必要になり「夕張のようになる」とただ繰り返すのみで、9月末で休止した場合の財政負担とその財源手当の問題については考えつかなかったらしい。

このため、休止を決めて4月再開を目指す新方針を打ち出した時点になってようやく、2008年度以降23年間で清算のための経費が64億円にもなり、そのうち今年度だけでも23億円が必要になるという重大な事実に気づく。
休止のための費用が病院継続のために必要な額をはるかに上回る事実を知り、前市長は“後の祭り”で狼狽するが、それでも病院休止を撤回することはなかった。

この結果、病院を現状のまま継続するのに必要な追加資金7億円は出せないが、休止するための巨額な清算金は出せるという理不尽な事態となり、年度の途中での病院休止はまったく筋の通らない話であることがここでも浮き彫りとなる。

また、病院の年度途中での突然の休止は長期間の空白を生じさせ、医療と雇用を乱暴に寸断してしまう。

市立病院は市民の命と健康を守ることを第一の仕事としている地方自治体の病院である。
仮に前市長が新たな経営形態での病院の存続を真剣に模索していたならば、患者や市民および病院職員に不安を与えずに、最低限でも医療難民と医療空白を生み出さないで経営を移行させる責任があったが、前市長のなりふり構わぬ「9月末休止」の強行は医療空白と多数の医療難民を生み出してしまう。

また、病院休止決定の直後に医師や薬剤師など市民有志が(仮称)市民病院設立の共同提案をおこない、医療空白が生ずることで生まれる市民の不安を一刻も早く解消するために、新病院の早期再開をめざそうとする動きが芽生えた。
だが、前市長はこの市民有志によるせっかくの共同提案にも前向きの態度を取ることはなく、最後まで門前払いに等しい頑なな態度に終始し、医療の空白期間を作るまいとする市民有志の必死の試みをつぶしてしまったのである。

2008年の7月4日に突然の病院休止の決定をおこない、「病院の存続」を求める市民の署名が一ヶ月で約5万筆も市長に提出されたことをも無視して、市民の不安をよそにそれを強行した岡野前市長の政治責任は重大である。

だが、岡野前市長はいまだに“病院休止は銚子市と市民の生活を守るためであった”と強弁し、リコールによる市民の審判をも無視して、ふたたび選挙に出馬し返り咲きを狙っている始末だ。

今回の市長選挙は、突然の病院の休止決定と市民の圧倒的多数の声を無視しての強行という岡野前市長の横暴な市政運営の責任が問われることになるだろう。
リコールの結果を生かすためにも岡野再選は“ありえない話”である。

大学誘致にともなう銚子市財政の経済効果を11億1550万円と算定したことに疑義あり!(野平まさくに後援会報より)

5月8日付け野平まさくに後援会報(第2号)では「大学補助金の投資効果は着実に上がっています」という見出しで、千葉科学大学誘致にともなう投資効果について有権者むけのPRをおこなっている。

それによると、2008年度(平成20年度)の決算見込みで、千葉科学大学への寄付金にともなう借入金の返済額が5億1300万円(年あたり)に達している半面で、大学誘致にともなう銚子市財政の経済効果を11億1550万円(年あたり)と算定し、大学誘致による投資効果が11億−5億=6億の黒字効果を生んでいるという。

また、上記の後援会報には11億1550万円におよぶ大学誘致による市の財政効果の内訳が記載されており、それは次の五つであるという。

1.大学誘致をきっかけに大学生むけのアパートがたくさん建ったことによる固定資産税収の増加による税収効果
 5億円
2.行革による税収効果
(市税務課による徴収努力の成果であり大学誘致とは直接関係はない!)
 3億円(税収納率3%アップ分)
3.水道加入金増額(5年間平均)
 2150万円
4.水道基本料金
 4300万円
5.学生等人口(国勢調査分)による地方交付税の増加
 2億5100万円

以上の五つのなかで2は市の税務課職員の徴収努力によるものであり、大学誘致との直接的関連性はないだろうし、税の徴収率は年々の経済事情で変動するものであって、一律に3億円を計上して経済効果の算定に組み入れるのはおかしい。

また、3と4については水道事業会計に属する収入であって市の一般会計とは無関係であり、大学誘致にともなう借入金返済の場合、水道事業会計からの支出はいっさいない
ゆえに、これらを市の一般会計からの借入金返済額との対比で計上する項目に含めるには少々無理があろう。

また、5の交付税収入についても、2004年度から3年間の間のいわゆる三位一体改革により、全国規模で5兆円以上の地方交付税が削減され、これにともなって銚子市の地方交付税収も大幅に減っているはずだ。
ゆえに、三位一体改革にともなう大幅な交付税減収の影響を捨象して、この数字のみを掲げることは有権者に誤った印象を与えるだろう。

そして、いちばん首をかしげる項目が1の固定資産税収の増額を5億円と算定していることだ。(会報には算定資料の提示はない)

まず、5億円の固定資産税増収の実現には徴収率を100%としても、固定資産税率が都市計画税率を含め1.6%であるため、固定資産税評価額の総体が約300億円にものぼるアパート群が大学誘致を前後して新増築されたことが前提条件となる。

そして、固定資産税評価額にして300億円のアパート群ともなれば、時価にしておよそ500億円相当のアパート群に匹敵するはずである。
仮に1平方メートルあたりの建築単価を15万円と高めに設定した場合、500億円÷15万円(1平方メートルあたり建築単価)≒33万3千3百平方メートルとなり、ほぼ延べ床面積10万坪のアパート群が大学誘致に前後して新たに新増築されたこととなる。

そして、この床面積を学生2400人と教職員200人の合計2600人で割り返してみると一人あたり35坪強の床面積になる。
だが、学生・教職員が大学周辺に居住するのに、一人あたり35坪強の住居面積が必要になるのか!
これは、非現実的な設定であり、現実的には学生・教職員一人あたり大目に見積もっても、その5分の1の住居面積があれば十分な居住スペースと言えるのではないだろうか。

それゆえ、大学誘致にともなう固定資産税収の増加が5億円にのぼるという算定数字は過大見積りという他はなく、実際にはその5分の1の1億円前後の税収増にとどまると推定するほうが実態に近いはずである。
(ちなみに大学本体は地方税法で学校法人の非課税規定の適用を受け固定資産税はかからない)

市役所の税務資料などはないので、すべて数字は私の推計であるが当たらずといえども遠からずだと思う。
そして、私の“試算”では大学誘致にともなう借入金の毎年の返済額を賄うのに十分な収入増が市財政にもたらされたとは言いがたく、むしろ赤字が毎年累積していく結果となるのだ。

野平まさくに後援会報での大学誘致の経済効果に関する算定は根拠があやふやで、過大見積りの感が強いと言わざるをえない。

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西岡三郎
千葉県銚子市に在住
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