光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2009年10月

政治を変える要の問題に答えられない理念倒れの鳩山首相

友愛政治」、「人間のための経済」、「地域の絆(きずな)」、「架け橋としての日本

images23これらは鳩山首相が臨時国会の冒頭の所信表明演説にちりばめた数々の理念の一部であるが、首相はさらに「医療費や介護費をひたすら抑制してきたこれまでの方針を転換する」ことを明言し、「強いものだけが生き残ればよいという発想や、国民の暮らしを犠牲にしても、経済合理性を追求するという発想がもはや成り立たないことも明らかになった」と踏み込んだ発言をおこなった。

これらの発言には政治を変えたいというやむにやまれぬ国民の思いが込められており、この思いが現実政治を少しずつ動かし始めていることの証しともなっている。
だが、「いまこそ日本の歴史を変えるとの意気込みで政治を変える」との鳩山首相の意気込みとは裏腹に、旧自公政権からの転換にあたって最も肝心の「要」となるべき問題については、どのように変えていくのかについての具体的な方策を語っていない。

特に後期高齢者医療制度の廃止、労働者派遣法の抜本改正、沖縄の米軍新基地建設計画の撤回など国の基本的なあり方にかかわり、それだけに財界や米国といった妨害勢力の抵抗が最も激しい分野では民主党の選挙中のマニフェストからも明らかに後退した発言を繰り返している。

沖縄の米軍基地問題では新基地建設の白紙撤回しかない
沖縄米軍基地の問題で鳩山首相は選挙中に沖縄・普天間基地の「県外・国外移設」を表明していたにもかかわらず、所信表明演説では「真剣に取り組む」というだけで、在日米軍基地のあり方については「見直し」の文言さえも消えてしまった。

この問題での沖縄の民意ははっきりしており、過去には新基地建設をめぐる名護市の住民投票で「基地建設反対」が圧倒的多数を占め、また、直近の沖縄県議会選挙では新基地建設反対の議席が多数を占めている。
さらには、そこにダメを押すように今回の総選挙でも新基地を容認する議席はゼロとなった。
基地の「県内たらいまわし」はダメだというのが沖縄県民のこの間の一貫した意思表示でもあり、鳩山首相はこの痛切な県民の思いを背負って米国と堂々とわたり合うべきである。

鳩山首相は「後世の歴史家から『21世紀の最初の10年が過ぎようとしたあの時に、30年後、50年後の日本を見据えた改革が断行された』と評価されるような強く大きな志を持った政権を目指したい」と所信表明演説のなかで語っているが、ここで沖縄の米軍基地をめぐる米国の恫喝に屈服してこうべを垂れてしまったら、歴史的なチャンスを逃してしまい、逆に将来に重大な禍根を残すこととなってしまうだろう。
これでは自公政権の従属的な態度となんら変わるところがない

後期高齢者医療制度廃止は先送りし労働者派遣法の問題は避けた鳩山首相
また、多くの国民が廃止を求めている後期高齢者医療制度についても、新しい医療保険制度ができるまで廃止を先送りする姿勢が首相演説のなかにうかがえる。
だが、この制度については速やかな廃止が民意であり、ただちにもとの老人保険制度に戻したうえで新しい医療保険制度をじっくりと時間をかけて検討すべきである。

さらに首相は働くことの尊さを演説で述べたが、いま働くことの尊さを壊しているのが派遣労働に代表される「使い捨て労働」の問題であり、派遣労働を製造現場にまで全面的に解禁したことが非正規労働者を急増させ、最低賃金の水準の低さとあいまって大量のワーキングプアを生み出す元となった。

だが、首相のその長い演説のなかには労働者派遣法の抜本改正という言葉は一言もなく、「企業の国際競争力をそぐ」と財界が抵抗する派遣法改正という核心の問題を避けている。
これでは労働者派遣法の改正という民主党のマニフェストにも反し、国民の不安にもこたえることはできず、失業率と有効求人倍率が戦後最悪の水準となった現在、昨年以上の規模で「年越し派遣村」ができるとの危惧の声にもこたえられない。

鳩山政権の成立は今後の政治的激動の始まりか!
「政治を変える」および「歴史を変える」と繰り返した鳩山首相ではあるが、新政権として喫緊の課題であるこれらの問題については一番転換が求められるにもかかわらず答えを出すことができずにいる。
これらの問題の根本的な解決には日本社会を根本からゆがめている「財界中心」「米国言いなり」の政治を真正面から正す強い志が求められるだろうが、それには日本の政治が民主党中心の政権にとどまらずに、さらにもっと前に前進することが必要だ。

だが、国民が遅かれ早かれ自らの体験を通して認識を深めることで新しい政治を求める探求の時代はさらにすすんでいくだろうし、新しい激動の時代を迎える可能性が生まれていくだろう。

沖縄の基地問題や小沢氏流の「国会改革」について(鳩山政権への疑問符)

沖縄の基地問題をめぐる鳩山政権の立ち往生ぶりが最近目立っている。
旧政権が市街地のど真ん中にあって危険な在沖縄海兵隊の普天間基地に代わる新しい基地を同県の名護市の辺野古に建設することを含んだ日米合意(SACO合意)を取り交わして早くも13年が過ぎた。

images114しかし、この間の沖縄県民の基地「県内たらいまわし」反対の意思は強く、辺野古の地元住民による現地での昼夜を分かたぬ監視活動により新基地建設のための杭一本さえ打つことができず、辺野古での新基地建設の計画は一歩もすすんでいない。

この事態に米国政府高官のいらだちが昂じ、沖縄県民の基地反対の意思との板ばさみ状態に置かれた鳩山政権は対応を定めることできないで揺れているという。
だが、もともと沖縄の米軍基地は沖縄を占領した米軍が住民を強制収容所に入れ、農耕や住居に適した県民の広大な土地を軍用地として接収し、これを現在にいたるまで自らは一銭の地代も払わずに基地として使用してきたものに他ならない。

さらに戦後においても米軍は「土地収用令」を発して基地の拡張のために強制的な土地接収をおこなっている。
武器を持たずに必死に先祖伝来の自分の土地を守ろうと訴える住民に向かって米軍兵士は銃剣で脅し、ブルドーザーを使って家屋を押しつぶし、また耕作地を敷きならして米軍の囲い込む土地を接収したため、多くの県民は乞食となって流浪の生活を余儀なくされた。

また、長年にわたり日本政府が米国の国債(債権)を買い続けることをとおして膨大な軍事費などによる慢性的な米国の赤字家計を援けてきたことも忘れてはいけない。
「日米で合意したことは重い。新基地建設なしに兵員の縮小や土地の返還もない」とか「新しい基地を50メートルほど沖合いへ移動するくらいなら認めてあげますが、国外や沖縄県外への移設は絶対に認めません」などと高飛車な態度で米国政府高官が圧力をかけてきているが、日米関係の現状や広大な沖縄の米軍基地をめぐる歴史的経過を踏まえれば「そのわりには、おたくの態度デカ過ぎやしませんか」と言いたくなろうというものだ。

鳩山政権の関係者には「広大な米軍基地を抱える沖縄県民の負担を軽減してあげないと日本の国民世論が納得できませんよ」と米国に進言し、普天間基地の即時閉鎖・返還および新基地建設の白紙撤回をめざして本腰をすえて堂々と米国と交渉する胆力を求めたいものである。

小沢氏のいう「官僚答弁禁止」の持つ意味とは!
さて、鳩山政権の最高の実力者であり最高権力者である小沢一郎氏が「官僚答弁禁止」などを提唱し小沢流の「国会改革」の目玉にしようとしている。
かっては各省の局長などの高級官僚が「政府委員」として国会の各種委員会に大臣とともに出席して委員長の指名さえあれば大臣と同じように答弁をおこない、野党議員などの質問に大臣が「大事な問題だから事務方から答弁させます」と言って失笑を買っていたことは記憶に新しい。

だが、現行の制度でもすでに官僚答弁は禁止されており、1999年の国会審議活性法で官僚は「政府参考人」として国会が認める場合に限って出席して発言できることとされた。
今では質問する議員が要求し、なおかつ国会の委員会が認めなければ官僚答弁はできず、すでに官僚答弁は原則禁止されているのである。
あとは政策に精通した政治家を大臣に任命すれば官僚答弁は不要となり、あえて新たな法律で官僚答弁を禁止する理由も必要性もない。

もし、官僚による国会答弁をいっさい禁じてしまったら、防衛省の事務次官の接待問題や年金記録問題などの事件のたびに官僚を国会に呼んで官僚機構の問題点を国会が正すことができなくなり、憲法で保障された国会の持つ「行政監督権」や「国政調査権」を発揮するうえで大きな障害をつくることとなる。

小沢氏は「国会議員同士の議論」を活発化することを官僚答弁の禁止を持ち出す理由としているが、過去に小沢氏のとってきた態度を考えるとはなはだ説得力が乏しい。
99年の国会審議活性化法制定の際に「国会議員同士の議論」を目玉として導入されたものに党首討論の制度があるが、小沢氏は06年の4月から09年の5月まで民主党の党首を務めていたものの、党首討論への登場はわずか8回にすぎず、毎週開かれるはずの党首討論は小沢氏が民主党の党首であった期間にはめったにおこなわれていない。
このような小沢氏が「国会議員同士の議論」を理由として官僚答弁の禁止を言い出すとはなんとも説明がつかない行動である。

小沢氏をめぐる最近の「異常現象」について
また、長い選挙活動の結果ようやく議席を手にした自党の新人議員に向かって小沢氏が「次の選挙に向かって地盤固めを始めよ」と号令し、新人議員には国会と政府の仕事を与えないという新聞報道が一部にある。
せっかく有権者が一票を投じて国会に送り出した議員が国会に行かずに次の選挙のための選挙活動に励んでいるとはこんなに有権者をないがしろにした話はない。

images113さらに小沢氏は「政策決定の一元化」との理由で議員による議員立法を認めずこれを禁止するという通達を出したが、議員による自由な立法活動を禁止することは憲法違反であり、このような小沢氏の仕打ちに黙々と従っている民主党議員も民主党議員だが、小沢氏の独裁者ぶりは目にあまる。

谷田川議員をはじめ民主党の小沢チャイルドレンはなぜ小沢氏の議会政治をないがしろにする斯くのごとき振る舞いを黙認するのか!
谷田川議員をはじめ民主党議員諸氏の批判精神はどうなってしまったのか!

なお、沖縄の基地問題についての歴史は下記の沖縄県読谷村のHPがかなり詳しい。

http://heiwa.yomitan.jp/index.html

国民経済を「どん底」へと押しやろうとしている鳩山民主党政権

民主党政権発足前の榊原英資早大教授の提言と警告
さる9月のはじめに榊原英資早大教授が日本記者クラブの講演で、日本の経済は今年の年末から来年の初めにかけて「二番底」を打つ可能性があると述べていたという。
昨年秋のリーマンショックをきっかけにはじまった米国の金融危機を震源とする世界的な景気後退の大波が日本経済を直撃した記憶はまだ新しいところであるが、この榊原教授の発言はこの大波に続く景気後退の第2波がまもなくやってくる可能性を示唆したものであり、近く発足する鳩山政権に対して「そう遠くない時期、この一ヶ月くらいの内に景気対策を打つべきだ」と提言している。

そして、榊原教授は当時の麻生政権が実施したエコポイントやエコ減税などを継続し、民主党がかかげる「子ども手当て」や高速道路の無料化、ガソリン税の暫定税率の廃止などを景気対策としていちはやく実施すべきであると具体的に提言もしていたというのだ。

images105さらに、「予算の執行をとめれば経済が無茶苦茶になる。不況の時は国債を新規発行しなければ景気対策にならない。当面は財源問題に配慮せず、大胆な景気対策を打つことが大事だ」と、鳩山政権の発足する直前に民主党が表明していた予算の執行停止や組み換えによる財源確保にたいして、きわめて否定的な見解を表明し警告を発していたらしい。

だが、鳩山政権が発足し実際におこなったことは今年度の補正予算の見直しと執行停止であり、「ムダ根絶」の美名のもとに補正予算の中身を見直して予算を減額することであり、景気を支えるためにいまもっとも大事な内需拡大の努力にストップをかけたことであった。

ムダ削減」という誤りと民主党の「マニフェスト絶対主義」
鳩山政権は前内閣のもとで決定した補正予算をムダだと主張し、自らの任命した閣僚や副大臣にムダをあぶりださせ、予算を削減させた。
この結果、補正予算から削減した3兆円前後を今年使うことをやめて来年以降に先延ばしし、今ただちにおこなうべき内需拡大の努力を事実上放棄した。
「ムダの削減」という民主党のマニフェストのためには景気がさらに悪化しても事実上かまわぬという「マニフェスト絶対主義」により、日本経済の落ち込みはいっそう深刻化しようとしている。

また鳩山政権は来年度予算の規模が拡大し、税収の不足を国債の発行で賄う事態をさけるために超緊縮財政を強行しようとしているようだが、現在の景気悪化局面で財政赤字の増大を嫌って緊縮財政をおこなっても財政収支は良くならず、逆に景気が厳しい段階で緊縮財政を強行した過去のケースでは景気のさらなる悪化によって財政赤字をも急速に拡大させてしまった苦い経験を過去の橋本政権や小泉政権のもとで我々は味わっている。

いまの低迷する日本経済も個人消費や企業活動が冷え込んでいるもとでは、政府の財政活動が景気を下支えしていることは否定できない事実であり、補正予算を加えれば100兆円以上に拡大した麻生政権下での政府の財政支出が景気の現状を支えてきたといっても言い過ぎではない。

そこへ、鳩山政権が超緊縮財政の名目のもとに来年度の政府の財政支出をいっきょに90兆円以下の水準まで抑制してしまったら、10兆円以上の内需が消失して来年の4月以降の日本経済には強烈なデフレ圧力が生じ、「鳩山不況」とでも呼ぶべき不況のどん底に日本経済を導いて国民経済を破綻へと追い込んでいくことは避けられない。

images108また、補正予算を減額し内需拡大の努力を途中で止めたり、超緊縮財政の名目で来年度の予算規模をいっきょに圧縮し、経済の着実な改善を後回しにして「拙速」な財政収支の改善をはかろうとしている鳩山内閣をマスコミは「ムダ削減」内閣として賛美しているが、ここに鳩山政権がマスコミと一体となって国民経済を破綻へと導いてく構図が見え隠れしている。
どうやら民主党にはマクロ経済に対する視点がなく、経済政策の司令塔が存在しないらしい。

消費税の減税こそ最大の内需拡大であり景気対策である!
このように発足して一ヶ月あまりの鳩山民主党政権の問題点の一部が早くも露呈しだしたが、この局面で日本共産党は何をしているのかその存在感が見えない。
総選挙前に食料品にたいする消費税の非課税化を提案し、消費税の軽減によって国民の消費を直接刺激することによる景気対策を主張していた時期があったが、この主張はいつのまにか立ち消えになってしまったのだろうか。

雇用の破壊により不安定雇用の労働者が増え、年間を通して収入200万円以下という世帯に属する人々が1000万人を超えているが、これは人間らしい働き方のルールが壊されていることがその根底にある。
ここに雇用不安の根源があり、ここにメスを入れることこそ根本的な景気対策だが、これには時間がかかることは否定できず、また民主党は財界ときわめて親和的であり、この問題の根本的な解決を鳩山政権に求めることは「木にあって魚を求める」に等しい。

それならば勤労世帯の消費支出が長きにわたって減少し続けている昨今、消費税の減税こそがもっとも確かな内需の拡大であり、もっとも即効性のある緊急の景気対策となりえるはずである。
そして、この10年間にわたる大企業や大資産家にたいする特権的な減税措置を見直せば年間7兆円近い税収が確保できるはずであり、これを消費税減税の財源とすれば国債を増発することなく消費税の減税は実行可能となり、財政赤字の増大は防止可能だ。

もっとも、これだって基本的には消費税増税推進勢力である民主党政権に求めることは「木にあって魚を求める」に等しいことかもしれないが、それゆえに、いまこそ財界や民主党政権にきっちりとものが言える「建設的野党」の日本共産党が登場すべき場面なのである。

images111鳩山政権が誤った「マニフェスト絶対主義」で景気対策を投げ捨て国民経済を破綻の淵へと導こうとしている兆候が顕著な今こそ、日本共産党は真に国民の立場にたった景気対策である消費税の減税を日本中のいたるところで国民に訴えて“共産党ならではの風”を全国にふかすべきである。

筆者もまことに「九牛の一毛」であり「蟷螂の斧」に過ぎないが、この文面で消費税の減税を緊急の景気対策として鳩山民主党政権に要求する次第である。


崩壊した旧ソ連社会は社会主義社会であったか?(社会主義の事業の終焉?)その2

結論:旧ソ連は社会主義社会ではない
社会主義とはあらゆる抑圧や搾取、暴力からの人間の解放を目的としており、人民が主人公となる社会をめざす事業であるところに本来の存在意義がある。
だが、人民が農業でも工業でも経済の管理から閉め出されて抑圧の対象となった社会、それを数百万人といった囚人労働が支えている社会が本来の社会主義社会でないことはもちろん、資本主義社会から社会主義社会へと移行するにあたり、不可避的に避けられない“過渡的な社会”でもないことは明白であると筆者は考える。

images102このようにスターリンは社会主義とは無縁な社会への転落と逸脱の道につきすすみ、それをその後のフルシチョフやブレジネフ、ゴルバチョフなどといった歴代のソ連指導部が強制収容所の廃止や縮小といった一連の「緩和策」を講じたものの、スターリンの転落と逸脱の道に根本的なメスを入れることをせずに、そこから抜け出す努力を怠ってきたところに旧ソ連崩壊の根本の原因があったと筆者は考えている。

また旧ソ連は第二次大戦前後にバルト三国やポーランドの併合等といった領土拡張を公然とおこない、大戦後もチェコスロバキアへの軍事侵攻やアフガニスタンへの侵略戦争など覇権主義の害毒を撒き散らしながら国際社会に戦争の火種と緊張をもたらしてきたことなどを考え合わせると、ソ連の崩壊は長い目で見れば、世界中の社会主義や平和、進歩を目指す人々にとって、まさしく新しい世界と21世紀の社会主義の展開の可能性を開く端緒となる出来事となったのではと筆者は考える。

追伸
以下は今年度の国連総会での各国代表による一般討論でもっとも異彩を放ったベネズエラのチャベス大統領の演説であり、ここに21世紀の社会主義の萌芽を感じるのだが、同時にチャベス大統領は年々強権的な政治家へと変貌していることも事実として指摘しておかねば公正さに欠くこととなろう。

「いま地政学的な革命がすすんでいる。道徳的、精神的、包括的、そして不可欠の革命だ。
数世紀に渡る中南米カリブ海の無数の人々の苦しみを経て、世界はこの瞬間に到着した。この革命の結果、21世紀は社会主義の世紀となるだろう。
資本主義は変革を許さずに破滅へと進む道だ。故ケネデイは暗殺の数日前に、飢餓が南の革命の主な原因だと述べたが、彼は革命家ではなかったが知的であった。

おなじようにオバマ氏も知的であり、前日に彼が話したこのテーブルには、もう硝煙の匂いはなく、希望の香りがする。
いま進んでいる革命は、山中にいるゲリラからあらわれた革命ではなく、むしろ平和的であろうとする民主革命だ。
この世紀はわれわれの世紀であり、われわれ自身が道を切りひらく。だれもわれわれをとめられない。帝国主義は終わる。米国が核不拡散を追求するなら、自らの核兵器を破壊し、気候変動問題に取り組みたいなら言葉を行動に移さねばならない。

長い間だれもが、新しい世界秩序について耳にしてきた。新しい機構、新しい経済をもつ新しい枠組みが必要だ。その世界はもう生まれはじめている。」

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崩壊した旧ソ連社会は社会主義社会であったか?(社会主義の事業の終焉?)その1

旧ソ連や東欧の「社会主義諸国」の劇的な崩壊
1989年の夏に東ヨーロッパで政治的な激変がおこった。
同年の8月にはポーランドでソ連に従属した政権が倒れ、自主性を旗印にした「連帯」系のマゾビエツキ政権が誕生したことをきっかけに、11月には「ベルリンの壁」の崩壊、12月にはルーマニアのチャウシェスク政権の瓦解と続き、翌1990年には「社会主義諸国」の崩壊は東ヨーロッパの全域とバルト三国へと拡がっていった。

社会主義・共産主義は崩壊しつつある。資本主義か社会主義かの体制選択の勝負はついた」
当時はこのような宣伝が日本国内の反共政党や商業マスコミにととまらず世界中で洪水のようにあふれかえっていた。

だが、東欧ではじまった旧体制の解体現象は東ヨーロッパにとどまらず、1991年には「旧社会主義諸国」の宗主であり本家であるソ連を直撃し、同年の8月にはソ連共産党が党の解散へと追い込まれていく。
そして、間髪をおかずに共産党の解散からわずか半月後にはソ連国家そのものも連邦の解散を決定し、ここにおいて文字通り旧ソ連は解体してしまう。

アメリカを中心とした資本主義世界はソ連の崩壊を社会主義・共産主義の事業の崩壊と見立て、「資本主義が勝った」と勝利の凱歌をあげ、世界の社会進歩をめざす勢力の間にもソ連の崩壊を社会主義の事業の敗北と受け止め、その後の世界に対して悲観的な見通しに落ち込む傾向が全世界的な規模で生じた。
そして、この出来事から10数年が経過した現在にいたっても、なおこのような考え方が社会の隅々に根強く存在していることは否定すべくもない。

だが、あらためてふり返って見て、ソ連の崩壊という現象が果たして社会主義・共産主義の事業の崩壊であり、社会主義が歴史的に敗北したことを意味するのであろうか。筆者は大いに異論をいだいている。

社会主義とソ連社会の実相
社会主義とは一言でいえば「生産手段の社会化」を意味し、生産手段とは極端にアバウトな表現を使えば全産業における主要な生産設備のことであって、これらを「社会化」、すなわち大資本家から働く人民の手に移すことであり、これによって労働の搾取を廃止し、人民が社会生活の隅々にわたって経済の管理に参加することを通して社会の主人公となる世の中のことである。

だが、ロシア革命とソビエト政権の最初の指導者レーニンが逝去した後、1930年代にはいりスターリンの実行したことはこれに著しく逆行したものであった。
スターリンは農業の「集団化」という名目のもとに農民を強制的にコルホーズなどの集団農場へと追い立て、国内の移動や旅行の自由さへも奪われた農民は極端な隷属的な条件のもとに置かれたうえ、強制的な集団化に反抗する数百万の農民はシベリアその他への収容所へと追放された。

images101本来は農業分野での主人公であるべき農民が実生活の中で協同化のメリットを学び、彼らの自発性を尊重しながらの協同組合化こそが農業の社会主義化の王道であるが、スターリンはこの方針をいとも簡単に投げ捨ててしまった。

また、スターリンの時代には工業の面でも、経済管理への労働者や労働組合の参加はまったく顧みられなくなり、労働者は賃金や労働時間などの労働条件の問題について交渉する権利さえもが奪われ、人権を蹂躙する過酷な労働制度が強権的な手法によりソ連全土のあらゆる階層の労働者に強引に押し付けられていく。

たしかに当時のソ連にあって、形のうえでは生産手段の「国有化」や「集団化」が推し進められていくが、それらは生産手段を人民の手に移すことを意味しておらず、人民が社会の主人公となるどころか、逆に人民を経済の管理からしめだして、スターリンなどの専制的な指導部が経済の面でも全権限を握る専制主義と官僚主義の体制の完成をすすめる手段となったところに旧ソ連の特異性があり、スターリン治下のこれらの「国有化」や「集団化」はかえって旧ソ連社会の反人民的・反社会主義的な性格を強めていった。

そして、このようなスターリン型体制のきわめ付きは広範な囚人労働の存在である。
囚人たちの人的供給源は農村から追放された農民や政治囚、および大量弾圧の犠牲者などであり、強制収容所の囚人労働は毎年何百万という規模で、1930年代から50年代のフルシチョフによるスターリン批判前後にいたるまで続いたという。

そして、この強制労働の制度は零下50度というシベリアの極寒の条件での休日も休息もない長時間労働など、普通なら不可能な過酷な条件での労働の存在を可能にし、スターリンが誇った多くの巨大建造物や巨大工業群の建設の基盤となり人柱ともなっていった。

また、囚人労働の存在は当局から「社会主義の敵」や「スパイ」などの烙印を押されてしまえば誰もがそこへ転落するといった恐怖心で国民をしめつけ、旧ソ連での恐怖政治の社会的な支柱の役割を果たしたのである。

日本共産党の民主集中制について(ごく簡単な説明と私の感ずるその限界)

日本共産党の民主集中制とはなにか!
日本共産党のこの10年来の停滞をもたらしている大きな要因のひとつが同党が組織原則として「民主集中制」というシステムを採用していることであり、このことが広範な国民に同党のクローズドな印象を強くあたえ続けているというのが筆者の素朴な実感である。

日本共産党は主には権力からの組織防衛という理由で共産主義運動に伝統的であった「民主集中制」という組織原則を採用しているが、これが今日の日本社会に定着している民主主義のレベルと比較しておよそ狭隘であり、時代のレベルとかけ離れたものになっていると筆者は強く感ずる。

そして、資本主義の社会を根本的に変革することをめざす“革命的”な政党は時代の民主主義の水準を越える民主主義を党内に実現するのでなければ発展できないと筆者は思う。
以下に日本共産党機関紙“赤旗”に掲載された民主集中制に関する質疑を掲載するが、これによって民主集中制のごく簡単な概要はご理解いただけるのではないだろうか。

〈問い〉 日本共産党が組織原則にしている民主集中制はどういうものですか。

 (答え〉 民主集中制は、あくまでも日本共産党の内部の規律です。一般社会に押しつけるものではなく、党員が、党の一員としての自覚にもとづいて自発的に守るべきものです。
 その基準は党規約(第3条)に明記されています。
 (1) 党の意思決定は、民主的な議論をつくし、最終的には多数決で決める。
 (2) 決定されたことは、みんなでその実行にあたる。行動の統一は、国民にたいする公党としての責任である。 
(3) すべての指導機関は、選挙によってつくられる。
 (4) 党内に派閥・分派はつくらない。 
(5) 意見がちがうことによって、組織的な排除をおこなってはならない。

日本共産党は、党の最高機関である党大会を2年または3年の間に1回開きます。党大会の議案は支部総会、地区党会議、県党会議で討議され、その過程で、中央委員会は全国の党員から送られてきた意見を公表し、少数意見の表明の機会を保障しています。党大会から次の党大会までの間は、全党が中央委員会の方針と指導に団結して活動します。

一見すると民主主義が党内の隅々までいきわたっている印象をうけるし、高度なレベルの民主主義が党内に実現されている印象をうける。
さて、党の意思決定は民主的な議論をつくし最終的には多数決で決めることになってはいるが、実態的にはこの民主的な議論の「場」がきわめて狭小であり、同党の構成員は自分の所属する支部の支部総会などの範囲を超えて議論に参加する機会を持ちえない。

支部とは基礎組織と呼ばれ日本共産党のいちばん末端の組織であり、3人以上の構成員によってつくるものとされ、全国の地域や職場などにおかれたその数は数万に達している。
そして、その上に支部を指導する指導機関である地区委員会があり、さらにその上級の指導機関として都道府県委員会があり、いちばん頂点に中央委員会がおかれる。
すなわち、支部、地区委員会、都道府県委員会、中央委員会といったピラミッド構造のいちばん裾野に位置するのが支部であり、日本共産党の構成員はいずれかの支部の一員とならなくてはいけない。

日本共産党の民主集中制に内在する問題点について
さて、このような構造のなか、党の意思決定に関する議論に個々の構成員はそれぞれの所属する支部の内輪の議論の枠内でしか参画できず、支部を超えて構成員同士がお互いにその意見を交流し、活発に討論をおこなうことで切磋琢磨し、その意見を理論的にも組織的にも磨きあげていく機会が存在していないところに現行の民主集中制の問題点が存在する。

仮に党の執行部の提案に対して異なった意見を持つ複数の構成員がその所属する支部の枠を超えて討論と交流の場を持った場合に、規約上の扱いは「党内に派閥・分派はつくらない」という同党の規約に反した規約違反行為と看做される。
現行の日本共産党の規約ではほんの数名であっても、その構成員が支部の枠を超え、意見の交流や討論の場を持つこと自体が「派閥・分派」という解釈がなされる。
同党の規約には「決定されたことは、みんなでその実行にあたる。行動の統一は、国民にたいする公党としての責任である。」と規定されており、行動の統一を乱す「派閥・分派」は重大な規律違反なのである。

党の執行部の提案に対して異なった意見を持つ構成員間に交流や討論の場がなくては党内での「世論形成」は成り立たないし、個人的な制約と限界を持った個々の構成員の意見が構成員間の幅広い討論によって理論的にも組織的にも磨きあげられた党内の有力な「少数意見」へと成長発展していくことも保証されない。
ここで言う「少数意見」とはあくまでも執行部の提案と異なるという意味での「少数意見」であるが、この意味での「少数意見」が形成されえない日本共産党の現行の組織体質が温存される限り、党の執行部の提案に誤りが含まれている場合でも、その誤りを党内でチェックし是正する制度的な担保が存在しないということを意味する。

また、規約上は「中央委員会は全国の党員から送られてきた意見を公表し、少数意見の表明の機会を保障しています」となってはいるが、党の機関紙上で執行部と異なった個々の構成員の意見が掲載されることはなく、事実上、個々の構成員の意見表明の場もごく限られている。

これらのことが日本共産党の「民主集中制」が今日の日本社会に定着している民主主義のレベルと比較しておよそ狭隘であり、時代のレベルとかけ離れたものになっていると筆者が感ずる最大の理由であり、これが同党が広範な国民の支持する「国民政党」へと成長するにあたり最大のネックとなっているように思えてならない。

また「民主集中制」は崩壊した旧ソ連や東欧諸国におけるかっての政権党と日本共産党の共通項であり、20世紀の歴史において膨大な数の人民に大きな惨禍をもたらしたこれらの“共産主義勢力”と現在の日本共産党とが「同質・同類」の政治勢力と看做される大きな根拠となっている。

トロツキーの「裏切られた革命」の一節より!
以下の引用はトロツキーの「裏切られた革命」の一説からのものであり、筆者自身はトロツキーの思想についてはおよそ不案内であり、いわゆるトロツキズムにたいして肯定的な立場に立っているわけではないが、この一節にかぎって言えば普遍的な真理を言い当てたものであり、日本共産党の現行の「民主集中制」の今後を考えるうえで良き“格言”として扱うことのできるものと考える.

ボリシェヴィズムはフラクションを容認しないなどという今日の教義は衰退の時代の神話にほかならない。実際にはボリシェヴィズムの歴史はフラクションの闘争の歴史である。加えて、世界の転覆という目的をかかげて、その旗のもとに果敢な否定者、反乱者、戦士を結集しようとする真に革命的な組織がいかにして、思想的衝突なしに、グループ化や一時的なフラクション形成なしに生き、かつ発展しうるであろうか?」

(なお文中のボリシェヴィズムとは共産主義のことを指し、フラクションとは意見の違いによる派閥・分派のことを指している)

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野平市長による市立病院の再開をめぐる「市民報告会」について その2

再生準備機構の事務局長田中肇氏の素顔とは!
また、準備機構の事務局長に任命された日本コンテンツネットワークの田中肇氏についてはヤフー掲示板に下記のような興味深い書き込みがされています。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=2000088&tid=beafbbr2bda4nbbfebea4kbg3xm6cwa49a4kd8bbrbbt&sid=2000088&mid=1151#under-deli
「親から継いだ会社をバブル期に採算度外視のサーキット場とかをつくる乱脈経営で潰した人ですよね。
そして、現在プリンセスカグヤとかいう豪華客船プロジェクトを立ち上げ、最初の頃はニュースになったけどぜんぜん進展が無いために最近音沙汰なしの人ですよね。どこが超一流ですか。
失礼ながら今の会社でなんら収入が無い食い詰め状態で、野平さんが食い扶持をあげたようにしか見えません。」

非常に興味深い書き込みであり真偽のほどは定かではありませんが、虚偽情報であるとも思えません。
仮にこの書き込みの内容が事実であるとしたら、市民の命と健康のかかった市立病院再生という重大な政治課題を野平市長ご自身がどのように認識しておられるのか、はなはだ疑念を持たざるを得ません。

あまり使いたくない表現ではありますが、野平市長による「公私混同もはなはだしいお友達への利益誘導」という構図がここには成り立ちますし、このような構図を病院再生という重大な政治課題を担う組織のなかに持ち込むことがふさわしいことなのか、よくよくお考えになったほうがよろしいのではないでしょうか。

公立病院再生という重大な政治課題を担うにふさわしい公正中立的な人物は少なからず存在しますし、破綻した公立病院再建に成功した実例のなかに、このような公私混同の構図が持ち込まれたケースがあるのでしょうか。
夕張市立病院や氷見市民病院、国保東栄病院などの公立病院再建に成功した諸事例のなかにこのような構図がひとつでも存在していたか、市長自らお調べすることをお勧めします。

いまからでも遅くはないので病院再生準備機構の構成をもう一度根本から洗い直し、切実な市民要望である市立病院再生という課題にふさわしい公正な人選をおこなうべきと考えますがいかがでしょうか。

議会にも市民にも“認知”された野平市長の病院再生構想には結果を期待するしかない!
また、準備機構の情報は基本的に非公開であり、このような秘密主義の組織を全国の医療関係者が信頼するかどうか火を見るよりも明らかであります。
まさに情報公開のなかでしか全国の医療関係者との相互の信頼関係を構築しえないのではないでしょうか。

でも、再生準備機構による病院再生の枠組みは7月臨時市議会で圧倒的多数の承認を得ております。
また、東大法学部卒で自治省のエリート官僚の経歴を持ち、初当選後には大学誘致にも成功して現在は弁護士としてご活躍を始めた野平市長には市民の多くがいまでも多大な期待をかけている現状を踏まえれば、事ここにいたった以上、野平市長には頑張って結果を出してもらうしかありません。

ひどい豪雪地帯で多病と貧困に苦しめられていた岩手県の旧沢内村で、1957年に村長に選ばれた故深沢晟雄さんが日本で初めて老人医療費の無料化や乳幼児死亡率ゼロを達成した偉業を後世に伝えるための深沢晟雄資料館が現在の岩手県西和賀町に存在します。

野平市長はここを訪れて深沢氏のオーラをあびたことが市長選出馬を決意する重要なファクターとなったそうですが、筆者はこの野平市長の「初心」を信頼し、たとえ“野平流”といえども「いのちの市政」のマニフェストを掲げ、病院再生に奮闘しておられる市長には結果が出るまではエールを送るしかないと考える次第であります。

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野平市長による市立病院の再開をめぐる「市民報告会」について  その1

9月30日の晩に野平市長による市民報告会が開催され、いったん休止してしまった市立病院の再開という「超難問」をテーマに45分間にわたる市長自身の手によるプレゼンテーションがおこなわれました。

このプレゼンテーションのなかでお披露目された計画は9月の末に市立病院再開に向けての工程表を県に提出。そしてとりあえず来年4月に暫定開業で再開し、2013年度までに10診療科、一般病棟200床で2次救急をおこなえる総合病院の整備を目指すというものでありましたが、医療スタッフの確保の見通しは依然たっていない模様であります。

また、匝瑳や多古、香取、東庄など周辺の病院の医師不足のあおりを受けて旭中央病院に患者が集中している現状についてふれた市長は、銚子市立病院の休止により今まで市立病院が果たしていた2次救急までの仕事が大量に旭に集中し、旭の医師や看護師がいつ倒れるかわからない状況にあることも強調されておりました。

旭中央病院があるからいいのではなく、銚子は銚子で自力で必死に頑張って病院を経営して地元の患者を銚子の病院でお世話しないと、旭中央病院が救急をはじめ患者を受け入れてくれなくなる「Xデー」が起こるかもしれないことを強調し、出席した市民に危機感を懸命にアピールしていました。

「市民報告会」の場で多数の市民により認知された病院再生準備機構
また、市立病院再生準備機構と銚子市が契約を結び、今後は準備機構のエグゼクチブな方々に医療スタッフの確保に向けて頑張っていただくことを市長が市民の前で初めて公式に発表しています。
そして、既存の医療法人を引っ張ってくるか、既存の医療法人が来ない場合には新しい医療法人を立ち上げるか、どちらでもいいから準備機構により指定管理者の受け皿となる法人を立ち上げてもらい、「公設民営」によって新しい市立病院を再生するという野平市長の構想が初めて市民の前で“認知”されました。

かねてから市長は病院再開の構想は「準備機構の考えを待っている」と語り、病院の機能も再生計画も準備機構に「丸投げ」していましたが、ここにきて機構のほうから大雑把な病院再生計画のアウトラインが示されたようです。
また、再生準備機構と銚子市との契約は「委任契約」であり、実現できない場合もあることを前提にした契約であると野平市長は説明しています。

しかし、それでは病院再生が実現できない場合にどのような政治責任をお取りになるのかは明らかにしていません。
よもや、病院再生を実現できない場合にオリンピック招致騒動をめぐる某都知事のように「目に見えない力学が働いた」と責任を第三者に転嫁し、市長の座に居座る腹積もりではないだろうと思いますが、そこのところを明確にしていただきたいと感じるのは筆者だけではないと思います。

野平市長が再生準備機構には事務局長と事務員2名を配置していることを9月市議会にて明らかにしておられますが、これらの3人のスタッフには事務局長で月額65万円、上席の事務員には月額30万円、事務員には月額25万円の給与が支給されることが判明していますし、機構には医療スタッフの確保のための活動費がどんどん投入されていくでしょう。

もし、病院再生が実現できない場合にはこれらの経費が“ドブに捨てられる”ことと相成りますが、こうなった場合に税金の使途としてはたして適切かどうかが厳しく問われることとなります。
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西岡三郎
千葉県銚子市に在住
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