光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2011年04月

福島の児童生徒に年20ミリシーベルトの「安全基準」を押し付けて危険な被ばくを強要する文部科学省

4月19日文部科学省は学校などの校舎や校庭等の利用判断における放射線量の目安として、年20ミリシーベルトという基準を福島県教育委員会や関係機関に通達しました。
文部科学省によれば、この年20ミリシーベルトという線量は子どもたちが毎日8時間外で遊ぶことを前提にすると、屋外では3.8マイクロシーベルト/時に相当すると言います。

さて、放射線による不必要な被ばくを防ぎ、放射線量が一定以上ある場所を明確に区分して不必要な立ち入りを防止するために法律で設定される区域のことを「放射線管理区域」と言いますが、これを設定する際の基準値は0.6マイクロシーベルト/時以上です。
また、我々が身近に見る「放射線管理区域」は病院のレントゲン撮影室ですが、そこは不必要な被ばくを防止するためにレントゲン技師などの関係者以外は立ち入り禁止区域とされるのが通常です。

ところで福島県の小中学校では過日、放射線モニタリングが実施されており、汚染レベルが「放射線管理区域」(0.6マイクロシーベルト/時以上)に相当する学校が75%以上存在することが判明しました。
さらにその中には「個別被ばく管理区域」(2.3マイクロシーベルト/時以上)に相当する学校が20%も存在しており、汚染はきわめて深刻な状況にあることが浮き彫りになっています。

ところが今回、文部科学省は福島県の子供たちを自由に遊ばせてよいと決めた校庭や公園の放射線量の基準値を年20ミリシーベルト(3.8マイクロシーベルト/時)としました。
文部科学省が示したこの数値は、危険な放射能汚染を事実上子どもに強要するものであり、さらに子どもの被ばくを極力抑えようという学校側の自主的な防護措置をも妨げます。
また、年20ミリシーベルトという値は成人の原発労働者が白血病を発症し、厚生労働省から労災認定を受けた線量にも匹敵します。
原発労働者が白血病を発症し、労災認定を受けるほどの値であっても問題はないと文部科学省が決めたことは、これほどの高濃度の放射線を児童生徒が被ばくすることになっても文部科学省は放置すると宣言したにも等しいものです。

また、福島第一原発の事故発生前には成人男性さえ年間の被ばく許容量を年1ミリシーベルトとしていたにもかかわらず、事故後にはいきなり年間20ミリシーベルトというとてつもなく高い水準へと引き上げ、放射線への感受性の高い児童生徒に20倍の濃度までの我慢を強いることは暴挙以外なにものでもありません。

安全対策の原則とは「真逆」の仕方となった今回の文部科学省の暴挙について!
安全対策は「現在想定されうる状況よりも、より悪い状況を想定し、より安全より確かな安全圏や安全値をまず先に設定しておき、終息へと進み始めた時点で100%安全と確認できたものから漸次解除していく」のが基本です。
しかし、今回の文部科学省のやり方はこの原則とは「真逆」であり、福島第一原発の事態は終息に向かうどころか、今後もっと多くの放射能が流出する可能性が十分にあり、今この瞬間に再臨界や水蒸気爆発、水素爆発などの不測の事態が起きても少しもおかしくないような緊迫した状況が続いています。
それにもかかわらず、より危険性の高い基準値へとシフトさせたことで、児童生徒をむざむざ死地へ追いやる文部科学省と政府の今回のやり方は絶対に容認できるものではありません。

福島県の児童生徒の保護者や教育関係者の皆さんは文部科学省のこの決定に反対し、0.6マイクロシーベルト/時以上の学校での授業の中止、および学童疎開、学校や公園などの除染を政府や福島県に要求すべきです。
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災害救助法の運用の実態と原発から流出した高濃度汚染水は健康に影響なしとする原子力安全保安院

知られていない災害救助法の活用について(国が被災者の食費負担をすること等)
東日本大震災のある被災市では避難生活が深刻な状態に陥っています。
被災者に配られる1日の食事はおにぎりが3個とパン1個だけであり、また避難所のトイレも汲み取りの遅れで排尿しても水を流せず、使用後のトイレットペーパーもゴミ袋に入れて処分せざるをえない状況が続いているといいます。
大震災と原発事故により避難生活が長期化するなかで、衛生上、健康上、きわめて深刻な事態が広がっています。

このような事態を招いた最大の要因は市町村の財政力に限界があり、財政負担への懸念から被災者への十分な手立てを講じることができないところにあります。
だが、災害救助法は被災者救済にかかった費用は国と都道府県で負担すると定めており、市町村には財政負担は生じません。
市町村による炊き出しや食品の支給も災害救助法の適用対象であり、また、避難所に設置されたトイレのし尿の処理費用も、避難所に救護班を置いた場合の医師や看護師の給与、薬剤費なども同法により全額が国庫負担とされます。
さらには仮設住宅の設置にかかる費用や民間アパートの借り上げなども同法の対象となり、仮設住宅に入居する際の被服や寝具、炊事用具などの生活必需品の支給も対象とされます。

問題は災害救助法の適用について被災市町村への周知徹底が不十分な点にあり、被災者救助への国の責任を定めた災害救助法を最大限に活用することで一日も早い事態の改善が求められます。
厚労省の大塚副大臣は被災者に炊き出しや食品の支給をおこなった自治体には財政負担が生じないこと、および県の要請でボランティアがおこなった炊き出しの費用も国庫負担の対象になることを国会答弁で確認しています。

原発の2号機取水口付近から流出した高濃度汚染水は「健康に影響がない」と語る原子力安全保安院!
東京電力は福島第一原発敷地内の集中廃棄物処理施設などに貯蔵していた“低濃度”の放射能汚染水など1万トンを今月4日から10日にかけて意図的に海洋に投棄しました。
これは原子炉を冷却するために外部から注入した水が高濃度汚染水となって溢れだし、その処理に困った東電が既存の施設にあった“低濃度”の放射能汚染水を外部環境に放出せざるを得なくなったためといいます。
東電の推定によれば放出された汚染水に含まれる放射能の量は1500億ベクレルで、それによって汚染された魚や海藻を人が1年間食べ続けたとしても被ばく量は0.6ミリシーベルトにすぎず、健康には影響はないといいます。

images0426さて、福島第一原発2号機の取水口付近から流出した高濃度放射能汚染水に含まれていた放射能の量は4700兆(テラ)ベクレルだったとする東電の推定結果が発表されました。
これは意図的に放出した汚染水の放射能量の3万倍以上にあたり、1500億ベクレルを放出したことによって0.6ミリシーベルト被ばくするという東電の推定が正しいのであれば、4700兆(テラ)ベクレル流出による影響は単純計算によっても0.6ミリシーベルトの3万倍、すなわち1万8000ミリシーベルト(18シーベルト)となります。
これは一般の人の年間被ばく限度量1ミリシーベルトと比較しても途方もない数字と言わざるを得ません。

だが、原子力安全保安院は2号機取水口付近から流出した高濃度汚染水の量に関する東電の推定を妥当とする評価結果を公表し、これによって汚染された魚や海藻を人間が食べても健康には影響がないと断言しました。
だが、流出した汚染水に含まれる推定放射能量からして、原子力安全保安院の判断を受け入れることはできません。
東電は流出した海域に生息する魚や海藻の調査をおこなっておらず、保安院もその実施を求めてはいません。
原発から流出した放射能は潮流に流され拡散することだけを理由に、明確な根拠も示さずして「安全」を強調することは無責任な態度です。
 (参考「しんぶん赤旗4月24,26日号」)

2011年銚子市議会議員選挙が終了しました(M候補は当選、残念なK候補の落選)

さて市議会議員選挙の投票日が明け、選挙結果がすべて出揃いました。
選挙の最終結果は筆者が支援したM候補が1155票を獲得し、13番目で当選しています。

ところで、有権者が支持を約束しても、実際に投票所に出向いて投票用紙にM候補の名を書き込んで投票箱に投函していただかなくては意味がありません。
投票箱のフタが閉まるまで選挙は続いているというのが筆者の考え方です。
そこで、支持を約束していただいた皆さんに棄権防止にむけた電話呼びかけを投票日の終日をかけておこないました。
過去に数票の差で次点となり落選の憂き目を見た事例は全国にたくさんありますから、この投票日当日における棄権防止の電話呼びかけはおろそかにはできないのです。

また、今回の統一地方選挙は震災後の「自粛選挙」とも呼ばれ、候補者名の連呼などをやめて「静穏」に選挙をすすめることがあたかも当然のことのようにまかり通っています。
だが、これはナンセンスなことであり、今回の選挙結果が今後の4年間の地方自治体のあり方を決定するのです。
ましてや震災後の全国的な選挙ともなれば自治体の防災対策や医療・介護政策などを中心として大いに論戦をたたかわせるべきだし、有権者には各政党や候補者の政策などにつき豊富な判断材料が提供されるべきです。
そこでM候補は候補者カーに終日乗って街頭で政策を訴えましたが、これが思いのほかに反響があり、選挙戦の様相を大きく変える要因にもなりました。
他にもいろいろとありますが、とにもかくにも当選したことで筆者の努力も報われたことになります。

M議員には公約として掲げた中学3年までの医療費の無料化や防災ラジオの全世帯への無償配布、市内循環バスなどの実現を目指して頑張ってほしいと思います。
また、筆者も“議員任せ”ではいけないと思うので、これらの課題の実現にむけて今後は自分でも少しは取り組まなくてはいけないだろうと思っています。

K候補の落選は筆者にとって非常に残念な事柄であること(新給食センター建設は中止すべきだ)!
ところで今回の選挙結果には筆者にとってたいへん残念なことがあります。
それはK候補の落選です。K候補は給食センターの新築を市政の最大の問題として提起していました。
まだ既存の設備が十分に使える現状の中で58億円もの巨費をかけて新しい施設を作ることに疑問を投げかけました。
少子化がすすむ中、巨額の公費を投入して新しい給食センターの建設を急ぐべきでないことは正論であり、もっと慎重に議論を尽くすべきだと筆者も思います。
むしろ不要不急な経費を全面的に見直して、中学3年までの医療費無料化などの住民サービスの充実にこそ貴重な財源を投入すべきでしょう。

また、新給食センターの用地として市が買収した土地には今回の地震で液状化現象が起こっており、再検討もせずにそのまま当該地に施設を作るべきでないことは当然です。
これはK候補が街灯で力をこめて訴えていたことでもありますが、この点からもK候補落選という結果は残念でなりません。
また、K候補はかって市内の有力企業の経営者でしたが、倒産の憂き目にあってすべての財産を失ってしまいました。
またそれに伴い破産宣告を受けたために債権者から逃れるようにして銚子を離れ、長期間遠い土地での厳しい生活を強いられたと聞きます。
仮に今回の選挙で当選すればみごとな「復活」を果たすことになり、人生のやり直しの良き見本となったでしょう。
この点からみてもK候補の落選は残念でした。

個人的にはK候補の代わりに巷で野平チュルドレンと呼ばれているH女史や、元市職員K氏、はたまた元金融機関職員のD氏のいずれかが落選してくれればよかったと思っています。
なぜなら、今後の市議会で現市長の与党議員が多数派を占めることだけは回避すべきであり、野平チュルドレンたちは6月の市議会で新給食センター建設関連の補正予算案などに賛成するであろうことは間違いないからです。


銚子市立病院の再生と子育ても老後も災害時にも安心できるまちづくりが争点となった今回の銚子市議会選挙について

統一地方選挙の後半戦が17日から始まりました。
我が銚子市でも市議会議員選挙がおこなわれましたが、筆者はこのローカルな政治戦に無関心ではいられませんでした。

まず、最大の争点となるべきものに銚子市立病院の再生の問題があります。
昨年5月に再開した銚子市立病院も、この4月には常勤医師7名、4診療科、病床数50へと診療体制の拡充がはかられました。
だが、多くの市民にとって市内での夜間救急体制への不安は依然として解消されておらず、市立病院を一日も早く救急車を24時間受け入れることのできる2次救急病院へと再生することは、依然として市民の切実な願いとなっています。
ましてや先月の大震災の経験を踏まえれば2次救急病院としての再生は待ったなしの課題となったと言えるでしょう。

また、市民は子育ても老後も安心できるまちづくりを望んでおり、さらには防災にも強いまちづくりを望んでいます。
近隣の自治体では中学校3年生までの医療費の無料化を実現していますし、お年寄りなどの交通弱者むけの循環バスの運行もおこなわれています。
だが銚子市では子どもの医療費無料化は小学校3年生までですし、循環バスの運行もおこなわれていません。
さらに銚子市内では多くのところで防災無線がよく聞き取れず、災害時に肝心な情報が伝わらない恐れがあります。
これは先月の大震災の経験からも一刻の猶予も許されない問題ですが、ここでも近隣の自治体では防災ラジオの全世帯への無料配布が実現しています。

ここから明らかなことは子育てや老後をめぐる行政サービスや防災体制などを近隣自治体なみへと早急に引き上げることは待ったなしの課題だということです。
また、高すぎる国民健康保険料の問題や大震災で被災した市内の産業への支援が求められていることは言うまでもありません。
ここにあげた諸問題は現在の銚子市政において第一に解決すべきことがらであり、「住民の暮らしや福祉を守る」ことが市政の最重要課題です。

さて、このような状況でおこなわれた今回の市議選ですが、筆者はこれが市民本位の市政の実現にむかっての転換期となればと願い、一念発起してM候補陣営の選挙運動に加わりました。
こうして選挙戦に加わって全力投球した一週間を経験しましたが、やはり現実の問題を一歩でも解決するための実践に踏み出すことには何者にも代えがたい意義を感じます。
この期間中はブログのようなバーチャル空間で駄文を書き連ねてはいられませんし、リアルな世界でのささやかではありますが確実な達成感こそがもっとも大事なものです。

市議会議員選挙での支持掘り起こしに取り組んだ筆者の体験について!
さて、私は自身でも支持者を掘り起こす仕事をおこないましたが、それにとどまらず陣営全体で如何にすれば支持者を増やすことができるかの戦略を練りました。
銚子のような地方都市では地縁や血縁、利益誘導関係などが直接に市議選での投票行動へと結びつきますが、これらの厚い壁をやぶって一定の陣地を築くわけですから、日頃の地道な取り組みがものを言います。
まず、候補者自身による市民からの相談事への対応とその解決に向けての日常の取り組み如何が問われます。
また、後援者や支持者を結ぶネットワークとして後援会ニュースの定期的な発行とそれを届け切る不断の体制も欠かせません。
これらの日常不断の取り組みの総決算が市議選であり、これらをいかにして票へと結びつけるかが最大のポイントです。
そのために地を這うような訪問対話、電話での支持訴えなどを効果的にアレンジしていくわけですが、これを日々変わる選挙情勢に合わせて展開していきます。
このため筆者にとっては気を緩めることにできない一週間となりました。

でも告示後の連日の炊き出しの食事を囲んでのひと時は日常生活では味わうことのできない楽しさがありました。
さて、もう少しで当落が判明しますので、結果を楽しみにしながら、ひとまずは筆を置きたいと思います。

今回の震災で浮かび上がった公立病院削減路線の弊害について(釜石地域の事例より)

津波で大きな被害を受けた釜石市では2007年に市立釜石市民病院(250床)が県立釜石病院(272床)との「統合」の名で廃止されています。
その際に釜石市の中心部にあった市民病院は市民の存続要望により民間病院として残りましたが、救急医療機能はなくなってしまい、慢性期の療養病床に転換を余儀なくされたうえに病床数も以前の6割に減ってしまいました。
また、釜石市では震災以前は年間1300人近い救急搬送がありましたが、市民病院廃止後は県立病院がすべてを引き受けることになり、救急搬送が県立病院に集中して医師も看護師も過密・超過勤務で疲れ果てていました。
そこに襲い掛かったのが今回の震災であり、大津波です。市街地にあった旧市民病院は津波の被害により外来機能を喪失し、県立釜石病院も津波被害は免れましたが、地震で病床が損傷して危険となり、入院患者を1階に移して廊下や待合室に寝かせる状況となりました。
「まるで戦場でした」とボランティアで救援に入った元看護師の女性が語っています。
また、釜石地域では市内の個人病院もすべて全壊して流失。隣町でも公立病院も含めたすべての病院が壊滅しています。
このため今は県立釜石病院に外来患者が殺到しており、地域の医療は瀕死の状態にあって崩壊の危機にあります。

地域医療を切り縮めてきた公立病院切り捨て路線とは!(公立病院改革ガイドライン)
さて、自公政権が社会保障切り捨て路線で診療報酬をカットしたことに加え、医師不足で病床の利用率が低下したために公立病院の経営が悪化し、地方の公立病院の統廃合がすすんでいます。
この推進力となったのが「公立病院改革ガイドライン」であり、各地の公立病院には経営悪化を理由とした統廃合や病床削減、診療所化が押し付けられ、公立病院の切り縮めがすすめられました。
このため地域医療を担う医師や看護師が減り、救急・急性期対応も困難になりましたが、これは今回被害を受けた岩手、宮城、福島の各県でも例外ではなく、大震災の中でその弊害を浮き彫りにしたのが今回の釜石地域の事例です。
民主党政権は「公立病院改革ガイドライン」による公立病院の統廃や病床削減を引き継いでおり、この震災をきっかけとして公立病院の統廃合や民営化を中止して地域医療の再生へと転換すべきです。
日頃からの医療や介護などでの公的基盤の強いネットワークがあってこそ、災害時にも住民の命が守れます。
「官から民へ」のかけ声で地域医療を支える公立病院を切り縮めてきた国の責任も厳しく問われていることは間違いありません。
また被災地の病院では必死の医療活動が続けられており、震災関連死を防ぐためにいっそうの支援強化が急がれています。
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(瓦礫に埋まる旧市民病院の周囲)

福島県内の小中学校の放射能汚染について!(75・9%が「放射線管理区域」レベルという危惧すべき実態)

東京電力福島第一原発事故で大量に放出された放射性物質の影響が懸念される中、福島県は4月5日〜7日にかけて全県の小中学校などを対象に放射線モニタリングを実施しました。その結果、調査対象の小中学校などの75.9%が、法令で定めるところの「放射線管理区域」の基準を超えていたことが判明しています。

images4161「放射線管理区域」とは放射線の不必要な被ばくを防ぐために、放射線量が一定以上の場所を明確に区別して人の立ち入りを防止するために設けられる区域のことです。
人が3ヶ月で1.3ミリシーベルト以上の放射線量を浴びる恐れのある区域を「放射線管理区域」とし、この区域の中での飲食はご法度とされ、そこへの子どもの立ち入りも厳禁となります。

また、これに該当する区域を一般の人が日常生活で目にすることはありませんが、唯一の例外があるとすれば病院のレントゲン撮影室だけでしょう。
特に福島市などの県北地域、また南相馬市などの相双地域では96%〜99%の学校で「管理区域」基準を超えた放射能汚染が観測されており、福島県内の放射能汚染の実態がここにも垣間見えます。

政府の言い放った二つの大ウソと福島県内の児童生徒の登校は見合わせるべきことについて!
さて、新学期を前にして登校の可否などに関する国の安全基準が定まらないままに福島県内の大半の市町村で学校が始まりました。
だが、放射線の量と健康障害については50年にわたる研究の成果により、一般の人の被ばく限度量は年間1ミリシーベルト以下と決められており、特に放射線に対する感受性の高い子どもの場合はもっと厳格です。
これはICRP(国際放射線防護委員会)および国内の法律や規則で決まっている基準ですから、学校はそれに対して真剣に取り組んで、将来の児童生徒の放射線障害を万が一にも出さないように真剣に取り組むべきでした。
だが、福島の教育委員会は「政府が安全だといっている」ということを理由にして新学期をスタートさせてしまったのです。

ところで原発に関して政府は大きなウソを二回ほどついています。
第一のウソは3月20日にはわかっていたにもかかわらず、4月10日頃になって「福島原発の事故はレベル7」と発表したことです。
また第二のウソは原発の周辺の海で規制値の3355倍もの放射性ヨウ素が検出されたにもかかわらずに「健康には影響がない」と言い放ったことです。

特に二番目のウソはひどく、一般の人の被ばく線量の限界は1年間に1ミリシーベルトのところ、その3355倍となると、3355ミリシーベルトとなり50%の人が急性疾患で死亡するような値です。
福島原発に関することで政府の言うことを信じてはいけないことはこの二つの事実で明らかになったと言えるでしょう。

あくまでも従来の法律で決まっている基準値以上は危険であり、基準以上の状態では児童生徒は登校させないと判断するのが子どもの身を預かる教育関係者の責務だと思います。
福島の教育関係者の方は今からでも遅くはないので、ただちに児童生徒の登校を見合わせ、屋外での運動もしばらく中止とすべきだと思います。

原発は地球温暖化を防止する環境にやさしいクリーンなエネルギーというプロパガンダについて振り返る

原子力発電はウランという燃料を使い大量の水を加熱して高圧の蒸気を作り出し、その力によってタービンを回して発電するシステムです。
さて、石炭や天然ガスといった化石燃料を使用しながら同じ原理で発電する火力発電と原子力発電との大きな違いは、燃料を燃やすことで発生するエネルギーを電気に変換する際の効率性にあります。

発電時のエネルギーの電気への変換効率は発生させる蒸気の温度が高いほど効率性が高まりますが、原子力発電はウラン燃料を閉じ込めた燃料棒という原子炉内の容器を保全するために一定程度以上に蒸気の温度を上げることができません。
そのためにエネルギー変換効率が低く、原子炉の中で核燃料を燃やして発生するエネルギーの3分の1しか電気に変換することしかできず、残りの3分の2のエネルギーは熱として外部に捨てるしかありません。このように原子力発電はたいへん非効率的な発電システムなのです。

また、日本の原子力発電所は炉のなかで高温・高圧となった水を冷やすために大量の海水を必要とします。
そのためにそのすべてが海水を取水しやすい沿岸部に立地しています。そして大量の海水をくみ上げ、冷却に使用した後の海水はもとの海に排水しますが、その際に海水温が7度も上昇します。
これは原子力発電所のエネルギー変換効率が火力発電よりも低くて大量の熱を外部に放出せざるを得ないためですが、このことは原発が一基作られることは高温の大きな河川が新たにできることと実質的になんら変わらないことを意味しています。
それゆえ日本中の原子力発電所の数は54基ですから、実質的にそれだけの数の高温の大河が海に注いでいることとなります。

さて、原発は地球温暖化をくい止めるための切り札であるかのように福島の事故直前まではもてはやされていました。
二酸化炭素が発生しないクリーンで環境にやさしいエネルギーである“原子力の価値”が見直され、「原子力ルネサンス」なる言葉まで生まれました。
だが、福島の事故があってからは原子力をめぐる社会的な環境が激変し、原発に対する強い拒絶感が人々の間に生まれました。
しかし、仮に福島の事故がなくても原子力発電は地球温暖化防止の切り札にはなりえず、それどころか逆に海の温度を上昇させて地球温暖化を促進させるシロモノだったのです。

まさに原子力は二酸化炭素を発生させないクリーンで環境にやさしいエネルギーというキャンペーンは、原発の実態に反した一種の政治的なプロパガンダであったということができるでしょう。
だが、この政治的プロパガンダも電気事業連合会からの多額の広告料によって福島の事故直前まではマスメディアに氾濫していました。
また、名の知れた文化人を起用して「いかに原発がクリーンで安全であるか」を語らせる「パブリシティ記事」なるものもあらゆるメディアで展開されていました。
こうして、原発推進勢力がふりまく「安全神話」とともに原発を社会に受け入れさせるための戦略がすすめられてきたのです。
今後、このような愚は二度と繰り返されてはなりません。

現代の「大本営」とうとう福島原発の事故評価を最悪のレベル7へと「格上げ」

63京ベクレルもの放射能を放出したと推計される福島原発事故(レベル7に相当)!
報道によると東京電力の福島第一原子力発電所の相次ぐ事故につき、経済産業省の原子力安全・保安委員会は広い範囲に人の健康や環境に影響を及ぼす大量の放射性物質が放出されたとして、国際的な基準にもとづく事故の評価を最悪のレベル7に引き上げることを決定したといいます。
また、内閣府の原子力安全委員会は同じく福島原発の事故について発生当初から数時間、1時間当たり最大1万テラベクレル(ベクレルは放射能の強さ、1テラベクレルは1兆ベクレル)の放射性物質が放出されたとの推定を示しました。

数万テラベクレルは原発事故の深刻度を示す国際原子力事象評価尺度(INES)の最も深刻なレベル7にあたり、今回の事故は最初の数時間の放出でレベル7に達したことが推測されるため、いままで暫定的にレベル5としてきた政府が引き上げの検討に入ったのでしょう。
そしてこの検討の結果、放出された放射性物質の量を63京ベクレル(63万テラベクレル)と推定した政府が今回の福島原発の事故をレベル7に引き上げたものと思われます。

「大丈夫だ」、「健康にただちに影響がでるものではない」などと言っていた政府、東電およびマスメディアならびに御用学者たちでありましたが、とうとう史上最悪レベルの原子力事故であることを認めたのです。
太平洋戦争中の軍部・大本営は軍事的な敗北を重ねて膨大な人的・物的損害を出し続けましたが、「我が方の損害軽微なり」と言いくるめて国民から戦争の真相を覆い隠し続けました。
これは非常に苦く、かつ忌むべき歴史的経験でしたが、同じように「我が方の損害軽微なり」と言い続けた現代の「大本営」が福島第一原発事故の評価を最悪のレベル7に引き上げたのですから事態は深刻です。

京都大学の小出裕章助教が指摘する再臨界の発生とその危険性について!
また、京都大学の原子炉実験所の小出裕章助教は、原子炉に関する新たなデータは1号炉でウランの核分裂が再び起こった(再臨界)ことを示しているのではないかと語っています。
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001814.php

データによれば1号炉で最近、温度の上昇が顕著になっており、冷却が今までどおりにおこなわれているとすれば、その原因は炉内の発熱が増えたことしか考えられず、発熱が増えたということは崩壊熱(炉心の余熱)が徐々に下がってくるものである以上、ウランの核分裂(連鎖反応)が再び起きたこと(再臨界)の可能性を疑うべきだと言います。
溶け崩れた燃料ペレットからウランが流れ出て、水の中での化学反応によって泥状となり、それが圧力容器の底に溜まって再臨界がおこっているかもしれないのです。

また、再臨界は熱の発生により危険を増大し、くわえて核分裂生成物(死の灰)を大量に作り出しますが、あらたなデータの示す格納容器内の放射線量の急激な増大もそのためではないかと小出先生は指摘しています。
そうなると今までの冷やし方では追いつかず、また核分裂のコントロールも困難になり、大規模なエネルギーが発生するため、原子炉内の温度が上がり水蒸気爆発の危険性が高くなります。
さらに小出先生は水蒸気爆発がおこって炉内の放射能を閉じ込めていた格納容器や圧力容器が吹き飛んだ場合には、今までとは桁違いの放射能が出てくるという最悪のシナリオをも想定すべきだと述べています。
また、その場合には風向きによっては首都圏も避難すべき地域になることもありえます。

危機管理の大原則は最悪の事態を想定して万全の手立てと準備をすることです。
もはや首都圏に強い放射能汚染が及ぶ事態すら想定すべきであり、その場合は如何にして首都圏の数千万人の人々を放射能汚染の脅威から守るべきか、必要な手立てとプランを早急に練り上げるべき段階が訪れているのではないでしょうか。
住民の被ばくよりパニックを恐れて肝心な情報を隠し続ける現政府のやり方では、国民の疑心暗鬼を生み出し、最悪の事態が発生した場合にかえって収拾不能な混乱を惹き起こします。

水素爆発や放射性廃液の海洋放出をまねいた東電や原子力安全・保安院には事故対処の当事者能力が無いこと

スリーマイルの教訓を忘れて水素爆発を許した東電の危機対処能力の無さ!
今回の福島原発の事故経過を振り返ってみれば、東電や原子力安全・保安院の打つ手がことごとく後手にまわっていることを痛感します。
3月11日に地震が起き、その直後に全電源の喪失がおきて原子炉の冷却ができなくなったところに、その翌日には1号機で水素爆発が発生しました。
またその2日後には3号機の水素爆発までみすみす許しています。

さて、1979年3月28日のスリーマイル島の原発事故では冷却ポンプの故障で炉心の温度が急上昇したところに、運転員の操作ミスが重なって原子炉の空焚き状態が発生しました。
そのため炉内の水位の急激な低下で炉心の3分の2が露出して炉心の一部が溶融したために、核燃料被覆管と水蒸気が反応して大量の水素が発生し、炉心の冷却の制御が困難となります。
そこで、格納容器内に水素を放出することで冷却水ポンプの運転をようやく成功させましたが、放出された水素は建屋内に溜まって水素爆発を惹き起こしてしまいました。
そして、その後は炉内の水素の除去の努力が続けられ、水素ガスの除去に成功して危機回避宣言が発せられたのが4月2日であったといいます。

さて、福島原発の事故の場合、スリーマイル島の事故の教訓を踏まえれば、今回のような冷却材喪失事故の際には水素爆発を防ぐ手立てを講じなくてはならないはずでした。
だが、それにもかかわらず1号機と3号機のあいつぐ水素爆発を許してしまったことは現場の東電スタッフが日常の運転作業はこなせても、今回のような緊急事態の際には茫然自失となって手をこまねいていただけだったことを推測させます。

放射性廃液の海洋への放流は「環境テロ行為」であること!
また、このことは今回の大量の放射性廃液の海への放出にもあてはまります。
圧力容器の底が壊れて筒抜けになっているところに水を注入すれば、圧力容器の中の溶けた核燃料を水で洗い流しているのと同じことですから、高濃度の放射性廃液が出てくることはさけられません。
だが、東電は水の注入の際にはそれだけに気を奪われ、触れただけでも火傷をおこすような高濃度の放射性廃液が原発の敷地内に溢れ出るようになって初めて、琴の重大さに気づきました。
そこで急遽とった方策が比較的低い濃度の廃液の海への放出でしたが、東電を指導して汚染をくいとめるべき原子力安全・保安院までもが「海は広いな大きいな。放射性廃液を流しても希釈・拡散して影響ありません」と、この東電の措置を追認しまったのです。

また、この放射性廃液の海洋投棄は事前に周辺国への通告をおこなっておらず、これが海洋法に反した行為であることが指摘されています。
それまでは大震災の被災国として国際社会の同情をかっていた日本ですが、この海洋投棄以来、180度評価が逆転し、放射能を平然と環境に撒き散らす「環境テロ国家」との烙印を押されてしまいました。
放射性廃液の海洋への放流を許したことで日本の国際的な信用をいっきょに失った管首相や枝野氏は責任を取ってただちに辞任すべきでしょう。

また、東電やメディアなど今回は“低レベル”の汚染水を放出したにすぎないと宣伝しています。しかし現実には一基の原子炉から放出できる放射能の許容量の2万年分を1日で放出したと指摘する論者もおり、“低レベル”の宣伝が如何にデタラメであるかは言うまでもありません。

東電や原子力安全・保安院には事故対処への当事者能力が無いこと!
東電や原子力安全・保安院は今回の深刻な事態を前にして“その場しのぎ”の対応しかできず、すべてが後手であり、今回の事態の収束にむけてどのような戦略と戦術で解決しようとしているのかが皆目うかがえません。
目の前の危機を乗り越えても、新たな危機が現れることで問題の解決からは却って遠ざかるという状況が続いています。
もはや東電や原子力安全・保安院に当事者能力がないことは明らかで、一日も早く彼らから権限をとりあげるべきです。
そのうえで日本中の学者や専門家の英知を総結集した「原発事故処理対策本部」を立ち上げて、この機関に情報と権限を集中させなければ事態解決のメドは立たないでしょう。

参考:「しんぶん赤旗4月11日付け館野淳氏・野口邦和氏対談」

銚子市立病院が4月からの入院病棟の再開と診療体制の拡充を発表し、銚子市が被災者の受け入れを表明しました。

銚子市は東日本大震災で犠牲者こそ出ませんでしたが、少なからぬ物的被害を受けました。
また、メディア報道も震災と原発事故の報道で塗りつぶされ、余震も頻繁におきています。
まさに近年まれにみる“国難”の時代に突入してしまったようです。
だが、こんな暗雲たちこめる世相のなかで、銚子市民にとっては朗報ともいえる出来事がありました。
それは銚子市立病院の入院病棟の再開であり、診療体制の拡充です。これで銚子市立病院の再建にむけて弾みがつくことでしょう。

以下に「銚子の地域医療をつくる会」の会報から引用し、最近の銚子市立病院の現状についてご報告したいと思います。

銚子市立病院が4月から53床で入院病棟を再開しました。常勤医も7名に!
指定管理者として銚子市立病院を運営する「医療法人財団 銚子市立病院再生機構」は3月29日に記者会見をおこない、3月31日から53床(一般病床)で入院を再開することを明らかにしました。
また、4月から4診療科にわたって5名の常勤医の採用が決まり、新年度は常勤医7名、非常勤医13名の体制でのスタートとなりました。
そして診療科目も泌尿器科、内科、眼科、整形外科、外科、皮膚科の6科目体制となり、5月からは「いびき外来」を独立させて呼吸器内科とし、7科目体制にする予定といいます。
さらに4月からは銚子市医師会による休日当番医のローテーションに参加することも決まっています。

これで2011年度当初に4科、医師7人、50床の体制を充足し、その後、2014年度までに10科、医師30人、200床を目指すという市立病院再生事業計画は当初の目標を達成することができたようです。
東日本大震災で少なからず被害をこうむった銚子市民にとって、これはたいへん明るいニュースになることはまちがいありません。

ただ、医業収支の赤字は市民の税金である一般会計からの補填が約束されているにもかかわらず、職員の給与や理事の報酬などの内訳は依然として開示されていません。
この問題に限らず市立病院を運営する法人には不透明な部分が依然として多く、十分な情報の開示が求められるところです。
また、財政的にも大変なことは今年度も変わっておらず、厳しい銚子市の財源から市立病院の事業会計にさしあたっては5億円以上の繰り入れをおこなうことも決定されています。

市立病院を利用した被災地患者の受け入れも(野平市長が表明)
さて、3月末に東日本大震災で甚大な被害を出した石巻や塩釜、気仙沼に銚子市長が手紙を送り、旧西高校舎に310人の避難希望者を受け入れるとの意向を明らかにしたといいます。
また、市立病院では393床の開設が県より暫定利用可能とされましたが、そのうちの200〜250床程度を利用して被災地の患者を受け入れるとのことです。

200人前後の患者を受け入れるには医療スタッフの人員の問題がありますが、被災地の患者とともに医療関係者が市立病院にやってくれば対応が可能になるようです。
被災者の受け入れには市民の関心も高く、私たちもできることは協力をしたいと思います。
以上引用終了

被災地からの患者受け入れという野平市長のせっかくの意向にケチをつける気はありませんが、それにしても医療スタッフが被災地から銚子の病院までやってくるのでしょうか。
医師であれば被災地にとどまり、被災患者の診療に献身することが医師のモラルではないかと思います。
疑問はありますが、とにもかくにも多数の被災者を受け入れるとは、失礼ながら野平市長には珍しい「善政」を見た思いです。
これを機会に銚子市民に対しても“救援”の精神で市政の運営にあたっていただきたいと思います。
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西岡三郎
千葉県銚子市に在住
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