光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2011年07月

銚子市文化講演会に見た野平市長や千葉科学大学学長および商工会議所会頭らの「原子力村」にたいする追従と親和性について

affiliate_pic01さる7月29日に東北大学エネルギー安全科学国際研究センターから近藤達男氏を招いての銚子市文化講演会が開かれました。
今回の銚子市文化講演会の講師の近藤氏は履歴によれば日本原子力研究所で燃料・材料工学部長として長い期間仕事をしており、調べるとこの組織自体が原子力推進派の中核的な組織としての役割を担ってきたことがわかります。

また近藤氏と同じくかって日本原研に属し、動力試験炉部長として仕事をしていた人物が現原子力研究所東海研究所の石川迪夫氏です。
石川氏は過去に“原子力の最高権威者”として「原発で事故など起こりえないんです」と有名なテレビの討論番組で頑強に主張した人物でもあり、この期におよんでも出演したテレビ番組で「浜岡原発はやめる必要なし。マグ二チュード9でも福島は持った。浜岡も心配することはなく津波は電源さえきっちりしておけば大丈夫」などと押しの強い態度で言い放っている原発推進派のリーダーなのです。
そして、かって石川氏と同じ組織に所属し、高い地位にいた人物が近藤達男氏ですから、この履歴からも近藤氏が原発推進派の中枢に位置する人物であることが明白なのです。

また、原発は一基つくるのに5千億円もかかるビッグビジネスであり、電力会社、原子炉メーカー、大手ゼネコン、大銀行などの企業群と原発推進の政治家、特権官僚、御用学者および一部の商業メディアなどがその利益を享受しています。
そして、この利権集団は異論を排除した「原子力村」という集団を形作っており、この「村」のなかで御用学者群の中枢に存在しているのが近藤達男氏なのです。

野平市長の無二の親友である仲田博史氏が仕切った出来レースの銚子市文化講演会!
さて、開催された文化講演会の様相ですが、驚いたことに野平市長の旧後援会長で無二の親友でもある仲田博史が進行役をつとめており、千葉科学大学の学長と銚子商工会議所会頭および野平市長が主催者として紹介されています。
いわば銚子の“産官学共同体”がこの講演会の主催者であり、この集団が「原子力村」の中枢にいる近藤氏を講演会の講師に招いたのです。
また、この事実により銚子市長を筆頭としたこの“産官学共同体”が「原子力村」ときわめて親和性の高い存在であることもわかるのです。

ところで講演会の内容は最初から最後まで原子力をめぐる一般論のレベルにとどまり、このレベルの話では原発推移派であろうが、原発廃絶派であろうが大きな差がでるものではないのです。
こうして原子力の一般論をまくし立てることで原発に不安を持つ聴講者の市民を煙に巻きながら質問をしにくい状況をつくりだし、進行役の仲田氏があらかじめ打ち合わせたとおりに質問者を指名していったのです。
この質問者の中には野平市長本人や野平チュルドレンとおもわれる人もおり、この進行の仕方には原発をめぐる住民説明会であらかじめ賛成派の住民に根回しをおこない“やらせ質問”を連発させて原発容認の誤った世論を作り出した電力会社や原子力安全保安院などのやり方を髣髴とさせるものがあるのです。

さて、この講演会の最後に近藤氏が何気なしに重大な発言をしています。
それは放射能汚染を心配する銚子市民の不安を“解消”する目的で、近藤氏の影響力が強く原子力推進機関でもある原子力開発研究機構から汚染調査をおこなう専門家を派遣するというのです。
そして銚子の放射能汚染の問題を専門に扱う担当者をこの組織の中で育成するというのです。
これは福島県から放射線健康管理アドバイザーとして招聘されながら、高度の放射能汚染におびえる福島県民にむかって「放射能は浴びても心配ない」と連呼し、福島県民をだまして被ばくを受け入れさせた長崎大学の山下俊一教授のような役割を果たす人物を銚子に送り込むことに他ならないように思えます。

これから数十年の長期間にわたって放射能汚染が続くことが想定される銚子市ですが、長期間にわたる低線量被ばくの危険はチェルノブイリの子どもたち(病気の花束)の現実からも明白です。
野平市長を筆頭とした銚子のミニ原子力村でもある産官学共同体の有害な役割には警戒心を強めねばなりません。
そして、市民は放射能による健康被害から自らを守るための自律した行動を強めなくてはならないでしょう。

福島後に何が起こり、私たちは何をなすべきかは「ビキニ事件」の教訓に学べ(米国との取り引きで被ばく者を見捨てた日本政府)

1954年に六回にわたって太平洋のビキニ環礁で米国が水爆実験を繰り返していました。
そして、この大規模な核実験の最中に太平洋沖で操業をおこなっていた日本のマグロ漁船が深刻な被害を受けています。
実験当時、太平洋上で操業していたマグロ漁船の数は1200隻にのぼり、そのなかでも死の灰を直接かぶって被災し、死者1人を出した「第五福竜丸」は今でもその名をとどめています。

『足元からダーッと地鳴りがし、夕方のような空の色がしばらく消えなかった。3月1日の夜明け前、20歳の漁師であった私は仮眠中に光と轟音に飛び起きました。
米軍に見つかれば証拠隠滅のために沈められることを恐れた船長は「船や飛行機が見えたらすぐに知らせろ」と、甲板にいた船員たちに指示を出していました。
降ってくる白い灰が皮膚に付着すると水ぶくれになり、髪の毛がボロボロと抜け落ちました。』
これは被災した「第五福竜丸」の元乗組員だった大石又七氏の証言ですが、氏は被ばくの事実を知られたくないと東京に逃れ、ひっそりと暮らしていたといいます。
だが、屈強な男ぞろいのマグロ漁船員の中からも後になって、脱毛や鼻血、歯が抜けるといった健康異変が次々と出はじめ、子どもの死産や仲間の死に「このまま事実を埋もれさせたくない」との思いを募らせた大石氏は重い口を開き、この事件の証人として体験を語り始めたのでした。

さて、水爆実験はビキニ環礁から3000km離れたミッドウェー海域で操業していた漁船さえも放射能で汚染し、放射能の混じった雨は日本本土にも降り注ぎました。
これをきっかけに日本全国各地で「原水爆禁止署名」の運動がおこり、1年間に3200万人の市民が署名をしています。
また、翌年の1955年には第一回の原水爆禁止世界大会が開かれ、その翌年には広島、長崎の被爆者の手により日本被団協が結成されたのでした。
ところが、日本国民の間にひろがった真相究明と原水爆反対の世論にたいして、当時の日本政府がまずおこなったことは情報遮断でした。
国民を守るはずの日本政府は被ばくした人々の放射能値の記録をサポタージュし、マグロの放射線検査をわずか7ヶ月で打ち切ったのです。
また、1954年の5月に政府は調査船を派遣して報告書を作成しながらも、翌55年に米国政府が補償金200万ドルを払うことを決めると、米国との間で“政治決着”をはかって「ビキニ事件」の被ばく者を見捨ててしまったのです。

だが、ビキニ事件はそれでも忘れ去られることはなく、科学者の調査や学生の聞き取りといった様々な形で語り継がれてきました。
また、1968年には夢の島にうち捨てられていた「第五福竜丸」の船体が発見され、保存の大きな運動がおこり、同船体は現在、夢の島公園の「第五福竜丸展示館」に保管されています。
さて、これが半世紀前の「ビキニ事件」をめぐる歴史物語ですが、3.11以降にこの事件の今を見つめることが、福島の20年後、50年後の状況を予測するのに大事なものになってきました。
「ビキニ事件」の事実を学ぶことは、福島原発事故後の今、日本で何が起こっているのか、私たちは何をなすべきなのかを知ることに繋がっています。

追伸
事件当時、魚のはらわたを食べた人が健康被害に苦しんだと伝えられており、これは放射性物質が内臓に蓄積されやすいことからおこったものと考えられます。
「プランクトンを小魚が食べて、その小魚を大型の魚が食べてという食物連鎖で放射能が魚体内で濃縮される。体内に入って蓄積がすすむと内臓から魚肉のほうへと汚染が移っていくので、3・4月に取れた魚よりも、8月、9月、10月、11月に取れた魚のほうが危なかった。だんだん食べるところに放射能がまわってくる」
これは漁民の被害の実態を長年にわたって調査してきた市民団体「高知県太平洋核実験被災支援センター」事務局長の山下正寿氏の談話です。


日本ではほとんど知られていない低線量被ばくの影響について(「病気の花束」と呼ばれるチエルノブイリの子供たち)

放射線障害には急性放射線障害と晩発性障害の二種類があります。
一般に急性症状は被ばくして1〜2週間程度から数ヶ月以内に発病しますが、晩発性障害は数年以内に発病するといいます。
また、一定の線量を被ばくすれば誰でも必ず発症する症状のことを「確定的」と言う一方で、被ばくしても必ずしも発症しないが、発症率が被ばく線量とともに増加するという障害を「確率的」と言い表します。
例えば白血球の減少や火傷などの急性症状は確定的に発症し、ガンや遺伝的な影響などの晩発性障害は確率的に発症するといいます。

それでは、たくさんの人が少しずつ放射線を浴びた場合にどれくらいの人が癌にかかるのかといえば、まだ確かな結論は出ていないといいます。
しかし、国際放射線防護委員会(ICRP)によれば、1年間で1ミリシーベルトの被ばくを受けた場合に20000人に1人の割合で癌の発生が考えられるというのです。
これは低い放射線量でも放射線は細胞を傷つけ、癌や遺伝的影響をひきおこす可能性があるということであり、放射線はたとえ低い線量であっても浴びないにこしたことはないということを意味します。

それならば、銚子市内34ヶ所の公的な施設で放射線量の計測をおこなった結果、平均値で1時間あたり0.14マイクロシーベルト前後(年換算で約1.2ミリ)の放射線量が観測されましたが、このレベルで銚子市内の子どもたちが10年間にわたって被ばくし続けても2000人に1人が癌にかかるだけで、残りの1999人にはつつがない生活が保障されるのでしょうか。
それは「ロシアンルーレット」のようなものであり、発癌などのむごい運命を強いられるのは不運に遭遇したごく一部の子どもだけなのでしょうか。
放射線による「確率的」な障害と聞くと、あたかもこのようなイメージを抱くことになりがちですが、現実には低線量の被ばくといえども長期化した場合の影響は深刻なのです。
また、その実例がチエルノブイリに隣接したベラルーシ共和国にあります。

チエルノブイリの子どもたちをいろいろな症状で苦しめる低線量被ばくの影響について!
さて、チエルノブイリ原発事故による死の灰の7割がべラルーシ共和国に流れ込んだ結果、事故から25年以上たった現在でも年間1ミリシーベルト以下の汚染地帯の村でさえ子供たちには何気ない病気が多発しています。
ベラルーシでは長期間にわたる放射能汚染のせいで食べ物から子どもの体内に放射能が入り込み、体の内部からの低線量被ばくによって子どもたちの免疫機能が損なわれています。
そして、これが抵抗力の低下となって現れることで子どもたちをいろいろな症状で苦しめるのです。
治らないカゼ、頭痛、止まらない鼻血、抜け毛、喘息、心臓病、下痢、食欲不振、皮膚病、ヘルペス、目まいなどがその代表的な例であり、他にも数え切れない症状が存在します。

また、小児癌の多発などは氷山の一角にすぎず、その裾野では90%以上の子どもたちがなんらかの症状で苦しんでいるのであり、ベラルーシには健康な子供がほとんどいません。
子どもたちは放射能の影響によって虚弱となり、漢方でいう「未病」の状態で体の一番弱い臓器から発病していくのです。
現地ではこのような子どもたちのことを「病気の花束」と呼んでおり、薬で直すことはできず放射能につける薬はないのです。
またチエルノブイリの石棺のひどい錆を見ればわかりますが、放射能の強力な酸化作用は人間の体内で老化促進作用となって働き、多くの子どもたちの体に老人のような衰退現象をひきおこしています。
これほどまでに低線量被ばくの影響をめぐっての“10000人に1人が癌になる”という類の表現は実態からかけ離れているのです。

だが、チエルノブイリの子どもたちの悲惨な現実にもかかわらず、日本では低線量内部被ばくの研究はほとんどすすんでおらず、その実体を知っている医師も日本にはほとんどいません。
さらにチエルノブイリの子どもたちに起こったことと同じようなことがおこっても不思議ではない放射能値が、銚子市も含めた関東地方のそこかしこで計測されています。
そしてメディアでは報道されませんが、福島にとどまらず関東地方でも原因不明の体調不良を訴える人の数は激増しており、誰もがチエルノブイリの子どもたちと似たような症状をおこしています。
子どもたちを放射能汚染の被害から守るための行動が急がれる所以がここにあります。

電力業界による大手メディアの買収、および福島事故後に原因不明の体調不良を訴える人々が激増していること(ブログ二題)

‥杜篭罰Δ旅告料に買収されて原子力推進の“原子力村ペンタゴン”の一角となった大手マスメディアについて!
原子力発電所は一基建設するにも5千億円かかるといわれるビッグビジネスであり、この利益を享受しているのが電力会社や原発メーカー、大手ゼネコン、大銀行などの企業群と原発推進派の政治家や特権官僚、御用学者および大手メディアの一部です。
そして、これらの利権集団が異質な分子を排除して「原子力村」とよばれる閉鎖的な集団を形づくり、「安全神話」を振りまきながら国民をウソで欺いて原発を推進してきたのです。
これらは財界、政界、官僚、御用学者、一部メディアによるペンタゴン(五角形)を形成しており、別名で“原子力村のペンタゴン”ともよばれてきました。

さて、ここで深刻なことはこの利権集団の一角に一部の大手メディアが加わってきたことです。
このような事態は1970年代に電力業界が巨額の広告料をちらつかせて大手メディアを次々と買収しはじめたことが発端となりました。
まず、朝日新聞が電力業界のカネにモノをいわせた買収攻撃の標的となり、大手新聞の中で最初に電力業界の大型広告を掲載したのです。
そして、当時の社主であった正力松太郎氏が日本に原発を導入した責任者であり、初代の原子力委員長でもあった関係で読売新聞がこれに続いたことは言うまでもありません。
さて、ここで揺らぎ始めたのが毎日新聞です。
それまで毎日新聞は原発に反対するキャンペーンを社論として展開していましたが、ここにきて電力業界に広告料をおねだりするようになったのです。
だが、過去に原発に反対するキャンペーン記事を掲載していた事実を電力業界に指摘された毎日新聞は、さらにたたみかけられるようにこう言われたのでした。
「原発反対が天下のためになると思うのなら反対に徹すればよいではないか。それに比べれば広告料などというケチなことなどどうでもよいのではないか」
このように言われた毎日新聞は今後、原発を扱う際には慎重な論調でおこなうと約束し、原発の危険性を取り上げた企画も今後はすべて取りやめると誓約したといいます。

こうして大手新聞はすべて電力業界のカネにあかせた広告料攻撃に篭絡され、広告料のヒモのついた「安全神話」の宣伝機関となっていったのでした。
このよう経過を振り返ると「安全神話」を振りまきながら原子力村のペンタゴンの一角を担ってきた一部の大手メディアが、今回の福島の事故とそれによる住民の被災にたいしての責任の一端を負うべきことは明白です。

参考 「しんぶん赤旗」


∧‥腓了故後に原因不明の体調不良を訴える人びとが激増していること、およびベラルーシの子どもたちの「病気の花束」について!
さて、福島原発の事故から4ヵ月たった現在、福島県や関東地方の全域で原因不明の体調不良を訴える人が激増しているといいます。
中でも症状の多いのが突然はじまって止まらなくなる鼻血、喉の不調、理由のわからない倦怠感、咳、頭痛、下痢などであり、大きく分類して鼻血や喉の不調などの「粘膜系の異変」と下痢や倦怠感、頭痛などの「免疫力の低下による異変」の二種類に分けられるといいます。
広島で内部被爆による原爆病の治療に長年当たってきた肥田舜太郎医師は「鼻血と下痢は内部被ばくの最初の兆候である」とその治療経験から語っており、不気味な兆候であることは間違いありません。

そして、これらの症状はチエルノブイリの事故で放射能汚染された地域に住み、汚染された食べ物を食べ続けている子どもたちとほとんど変わらないというのです。
特にチエルノブイリ事故の際に風下となって汚染されたベラルーシ共和国では現在、健康な子どもが少なくなり、98%の子どもが何らかの健康障害を抱えています。
放射能の影響というと子どもの白血病やガンが有名ですが、それはあくまでも氷山の一角にすぎず、実はその裾野には何気ない病気を複数抱えて健康障害に悩む子どもたちが数え切れないほど存在しているのです。
彼らの健康障害は鼻血や下痢にとどまらず、関節痛や骨の劣化などの老化現象、抜け毛やぜんそく、心臓病、頭痛、皮膚のトラブルなどにも及び、内部被ばくで抵抗力が落ちることがその原因であると推測されています。
放射能汚染された食べ物を食べ続けることによる免疫力の低下が多数の症状を子供たちにもたらしており、ベラルーシではこのような症状で苦しむ子どもたちのことを「病気の花束」と呼んでいます。
低線量被ばくはガンになるまでに無数の病気をもたらしており、子どもたちはひとたび免疫力が低下すると大きな病気に発展する虚弱な状態であり、健康な子どもが大幅に減少しています。
それはベラルーシの徴兵率が事故前の80%から、事故後の40%に低下した事実からも明らかであり、健康な男の子が激減している様子が見て取れます。
チエルノブイリに続き福島でも、これだけの大量の人たちが同じような症状に苦しんでいることは低線量被ばくのあらたな臨床症状として認識し、新たな対応をすべきだと筆者は考えます。

また、1時間当たり1マイクロシーベルトを超えるひどい被ばく環境のなかで生活することを福島の子どもたちは強いられていますが、チエルノブイリ周辺には1時間0.4〜0.5マイクロシーベルトで廃村になった村が無数にあり、子どもに異変が現れることを目安として村を放棄したといいます。
いわば子どもがガイガーカウンターの代わりを果たしたわけですが、福島でこのような事態が繰り返されることがあってはなりません。

参考 チエルノブイリのかけはし
http://www.kakehashi.or.jp/

銚子市での放射線測定のデータを見て感ずること(銚子市教育委員会へのお願い)

銚子市は福島第一原発の事故による放射能汚染の拡がりを受けて、市内の学校などの施設(34ポイント)において大気中の放射線量の測定を始めました。
6月3日に第一回目の測定がおこなわれてからは毎週一回のペースで放射線量の測定をおこなっており、7月15日現在では七回分のデータが銚子市のホームページなどで公表されています。
これらのデータをみると対象となった施設の平均値が毎回のごとく1時間当たり0.14マイクロシーベルトを越えており、福島原発の事故前の通常の自然放射線量である1時間当たり0.5マイクロシーベルト前後という数値をことごとく上回っています。
このことは明らかに銚子市内のすべての地域が福島原発からの放射性物質による人工放射線の影響を受けていることを物語っており、福島県内の主要都市の10分の1前後のレベルであったとしても、あらゆる場所が放射能で汚染されていることを示しています。

日本では一般の市民が放射線による健康被害を受けることがないように法律によって放射線の被ばく限度量が定められており、1年の累積で1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)を超えてはならないことになっています。
これを1時間当たりの放射線量に単純に換算すれば1000マイクロシーベルト(1ミリシーベルト)÷365日÷24時間≒0.11マイクロシーベルトとなりますが、銚子市の学校施設での放射線量の平均が1時間当たり0.14マイクロシーベルトであることの意味をこの数値と照らし合わせたうえで深刻に受け止めるべきだと思います。
また、銚子市の測定には食べ物や水や呼吸などによって放射性物質を体の中に取り込み、体の内部から放射線を浴びる内部被ばくは含まれていないのです。

銚子市教育委員会の対応には児童生徒の健康被害への危機感が欠落しています!
さて、私がきわめて残念に思うのは、この測定値にたいして銚子市の教育委員会は文部科学省の示した暫定基準値である1時間当たり3.8マイクロシーベルトを下回っているとの説明を繰り返していることです。
この教育委員会の説明には放射能汚染にたいする警戒感や児童生徒の健康被害への危機感がまったく感じられません。
しかし、この文部科学省の示した1時間当たり3.8マイクロシーベルトという暫定基準値は、文科省の計算で1年分に換算すると20ミリシーベルト(20000マイクロシーベルト)になるのです。
これは法律で決められた被ばく限度量の20倍という危険なレベルの放射線量を子どもに強いるものであり、さらにこの数値は原発労働者が白血病を発症し、労災認定を受けるほどの値でもあります。
また、原発被災地の福島県では児童生徒の保護者の間で、こんなとんでもない数値を示した文科省にたいする怒りが爆発し、文科省前での連日の抗議行動に発展したといういわくつきのものです。

ゆえに銚子市教育委員会におかれましては、この文科省の暫定基準値なるものを目安とするのではなく、現行の日本の法律で決められた1年1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)という法定被ばく限度量を目安として、児童生徒の健康を放射能による被害から守っていただきたいと思います。
そうすれば銚子市内で実測された1時間当たり0.14マイクロシーベルト(0.14×24時間×365日=1226マイクロシーベルト/年)という数値がきわめて深刻なものであることに気付いていただけるかと思います。
そして、汚染の深刻さに気付いていただければ、児童生徒を危険な内部被ばくから守るために学校給食では放射能汚染のない食材を使用すべきことや、目に見えない放射性物質が染み込んだ校庭での野外活動を制限すべきことなどの安全対策が必要なことを認識していただけるかと存じます。

さて、教育委員会は一般行政からは独立した権限を持っており、子供の安全と健康を守るために自らの判断で独自の施策を展開することができます。
銚子市教育委員会におかれましては児童生徒に高線量の被ばくを強要する文科省の暫定基準値にとらわれることなく、法律で定められた被ばく限度量(年1ミリシーベルト)を基準にした安全対策をとっていただき、放射線による健康障害から一刻も早く児童生徒を守るべきだと思います。

「電気が足りなくなるから海外で出るぞ」という見え透いたウソ、および「社公合意」と原発の新増設について

20110607k0000m020044000p_size5日本経団連が定期点検などで停止中の原子力発電所の再稼動を求める提言を発表したといいます。
提言は「将来のエネルギー供給についての見通しが立たなければ企業の製造拠点の海外移転、国内での新規設備投資の抑制など、日本経済の空洞化は避けられないだろう」などと述べており、原発推進に固執する財界からの「脅し文句」となっています。
だが、企業が海外へ出て行くという「脅し文句」は今回始めて出てきたものではなく、法人税の減税とその財源としての消費税の増税の実現に向けて、その口実としたのがこの「脅し文句」であったことは周知のとおりです。

そして、これまで原発に依存してきた問題の見直しをもとめる世論の高まりに対して、今度は原発停止で電力が足りなくなるから「海外に出て行く」と唱えています。
すなわち、円高に原発停止による電力の安定供給の問題が重なったら企業には大変な負担となるから、企業は海外に移転せざるをえないというのです。
財界や電力会社、経済産業省などが原発ゼロを求める国民世論の高まりに対し、猛烈な「電力不足キャンペーン」を展開していますが、これがその一端であることは疑う余地はありません。

電力不足が深刻なアジア諸国の現実について!
だが、電気が足りないから工場を海外へ移転せざるをえないという理屈は海外の電力事情の実態を考えるとそれがウソであることはすぐにわかります。
中国や東南アジアでの電力不足が深刻であることは、海外に多くの事業所を持っている大企業の経営者なら知らないはずはないのです。
さらに日本貿易振興会の調査によればインドネシアやフィリピン、ベトナムなどで電力不足が特に深刻であることが判明しており、他のアジアの開発途上国でも発電設備の故障や劣化が多く、生産設備を動かせる電気の確保は困難な状況であるといいます。
このような海外の電力事情が明らかになってくれば、電気が足りないから「海外に出て行く」という「脅し文句」も見え透いたウソであることが浮き彫りになってきます。

また、「海外に出て行く」との「脅し文句」を使って自分たちの身勝手な要求を呑ませようとする企業経営者たちがこれまでも後を絶ちませんでした。
彼らは円高や法人税の問題、労働市場の「規制緩和」の推進、およびTPPへの加入などの身勝手な要求を並べたててきましたが、今度は電力不足を持ち出して原発再稼動を促しているのです。
大企業の司令塔である日本経団連は目先の損得にこだわることなく原発に頼らない社会をどうつくるか、電力不足を招かない形で原発への依存度をどう下げていくか、具体的なビジョンを示すべきであり、それが企業の社会的な責任に他なりません。

1980年の「社公合意」がこの間の原発推進に果たしてきた役割について!
さて、話は変わって、1980年に当時の社会党と公明党との間で結ばれたものに「社公合意」という協定があります。
これは当時すすんでいた社会党と共産党による革新統一戦線運動を断ち切って、「安保容認」「自衛隊容認」「共産党排除」をきめた政権合意でもありました。
ところが、この協定には原発に関する取り決めごとも含まれており、「原発建設については“安全審査”と“周辺住民の合意”があれば建設を積極的にすすめる」という立場が表明されていたのです。
そして、それまで原発反対の立場に立っていた社会党が「社公合意」で原発容認の方向に舵を切ったことは政治的に重大な出来事となりました。
1979年のスリーマイル島原発事故をきっかけに米国ではそれ以降の原発の新増設がストップする中で、唯一日本だけが70年代末の21基から現在の54基へと原発の大増設をおこなったのです。
この日本の異常さの政治的な背景のひとつに「社公合意」による社会党の原発容認へのシフトがあったことは否定できません。

「社公合意」は「共産党排除」をテコにして、当時いったんは統一集会がもたれていた原水爆禁止世界大会からの総評・原水禁ブロックの脱落、労働戦線の右傾化、革新自治体つぶしなどをもたらしましたが、世界の流れに反する原発の新増設ラッシュにもつながっていました。

参考 「しんぶん赤旗」など

自然エネルギー(再生可能エネルギー)の本格的導入は原発から撤退する際の代替エネルギーとしてふさわしいか

原子力発電から撤退する際の代替エネルギーとして自然エネルギーが脚光を浴びている現状があります。
日本の自然エネルギーは大きな可能性を持っていると伝えられており、現在の技術水準など考慮した場合に、実際にエネルギーとなる資源量(エネルギー導入ポテンシャル)は太陽光、中小水力、地熱、風力だけでも総計で20億キロワットと推定されています。(環境省など)
そして、この資源量は日本にある総発電設備の約10倍であり、日本の原子力発電54基の約40倍に相当するといいます。

また、世界の自然エネルギーの発電設備容量の合計は2010年に3億8千万キロワットになって原子力の総発電容量(3億7500万キロワット)を追い越しており、原発を2020年までに全廃することにしたドイツでは、発電に占める自然エネルギーの割合を現在の16%から2050年までには80%にする野心的な「エネルギー基本計画」を国策として決定しています。
このような時代の趨勢のなかで、現在は日本の総発電量の4分の1を占める原子力発電をゼロにして、自然エネルギーと節電への取り組みで総発電量の2〜3割程度を自然エネルギーにすることは日本の技術レベルからしても不可能なことではないかもしれません。

自然エネルギーには大規模な自然破壊が避けられないこと(懸命な選択肢は化石エネルギーの効率的な利用か)!
さて、危険で未完成な技術である原子力発電の代替エネルギーとして最近、俄然脚光を浴びてきた自然エネルギーですが、こんなに手放しで賞賛することが果たして正しいことなのでしょうか、筆者は疑問を少しばかり感じざるをえません。
例えば、水力発電を例にあげて考えてみましょう。
水力発電は川をダムでせき止め、そこからの放流によるエネルギーを電気に変換することで発電しますが、同時にこのことは川のエネルギーの一部を人間が奪うことを意味するのです。
こうしてエネルギーを人間の手によって奪われた川では流水量の変化で下流の生態系に劇的な変化がおこったり、川砂利が消失したりと自然環境の破壊が繰り返されてきました。
自然エネルギーの本格的な導入をおこなうとなれば、これまでの水力発電による自然破壊の大規模な再現へとつながり、自然への影響はさらに深刻なものとならざるをえないでしょう。

また、太陽光発電の爆発的な普及のためには国土の広い範囲で太陽光パネルを敷き詰める必要がありますが、これは孫正義ソフトバンク社長が提唱する「電田プロジェクト」の内容ともなっています。
孫社長によれば全国の休耕田と耕作放棄地の2割に太陽光パネルを敷き詰めると、約5000万キロワット、原発50基分の発電が可能になるといいます。
そして全国の休耕田と耕作放棄地は全部合わせると5400平方キロメートルにもなり、国土の広大な一部に太陽光パネルを敷き詰めるといいます。
だが、太陽のエネルギーによって生活しているのは人間だけではありませんし、広大な土地に敷き詰められたパネルは太陽の光をさえぎることで、土壌の生態系を劇的に変えてしまうのです。
太陽の光が遮られた土壌では人間にとって有害な生物が繁殖することになり、太陽光発電の爆発的な普及は我々とは共存できない生物種の繁殖へと繋がります。
そして、これも現存する生態系の大規模な破壊であり、太陽光発電の普及も水力と同様の自然破壊を伴わざるをえないのです。

結局、自然から人間の都合で電気を取り出せば、それに伴うデメリットも受け入れざるを得ず、デメリットの具体的な形態が大規模な自然破壊なのです。
こうして長期的な視野で見通せば、自然エネルギーの大規模な普及は大規模な自然破壊をひきおこすことで化石燃料が再び脚光を浴びる時代の到来を必然的なものとします。
それならば、こんな高い授業料を払うことなど当初から回避すべきであり、原子力発電の代替エネルギーを化石燃料の効率的な利用に求めることが懸命な選択肢となるのです。

また、太古の地球では二酸化炭素が大気の組成の90%以上を占めており、それが生物の体の材料となることで生物に繁栄をもたらしたといいます。
だが、現在は二酸化炭素の大気中に占める割合はわずか0.04%でしかなく、このままの勢いで二酸化炭素が減少していけば最後には無くなって生物は死に絶えることになるのです。
地球の歴史や生物の歴史から見れば化石燃料の使用もあながち悪いことではありません。






人間のDNAをものすごいエネルギーで破壊する放射線と「JCO臨界事故」にみる壮絶な被ばく治療の記録について

私たちの細胞の中のDNAは塩基で結合されて必要な「生命情報」を形作っていますが、それらを相互に結びつけるエネルギーは計ることもできないようなミクロの微小のエネルギーでしかありません。
ところが放射線のエネルギーは途方もなく大きく、私たちが病院でレントゲンを撮ったときにうけるX線のエネルギーですら、私たちの細胞内のDNA結合のエネルギーの何万倍も大きいのです。

これは病院でレントゲン検査を受けるたびに、私たちの体は大きなミクロのエネルギーで貫かれ、DNAによる「生命情報」がズダズダに破壊されることを意味しています。
さらに福島の事故でおなじみになったセシウム137の発する放射線のエネルギーはX線の6倍以上のエネルギーを持っており、プルトニウムからの放射線にいたってはその50倍以上のエネルギーを持っているのです。
すなわち放射線に被ばくするということは破壊的なエネルギーでDNAによる「生命情報」が切断され、遺伝子異常が引き起こされることなのです。
そして、私たちがその恐ろしさを痛感したのは1999年に起こった「東海村JCO臨界事故」でした。

「JCO臨界事故」による大量被ばくで亡くなった大内さんをめぐる壮絶な治療記録とは!
臨界とは核分裂反応が連鎖的に起こる現象であり、核分裂が起こると中性子線やガンマ線などの放射線が大量に放出されますが、同年の9月30日に茨城県の東海村にある核燃料工場(株式会社JCO)で臨界事故が起こったのです。
そして、近隣住民への「避難勧告」と10キロ圏内住民への「屋内退避要請」が出されましたが、結局は700人近くが被ばくしてしまいました。
中でも現場で作業にあたっていた大内久さんと篠原理人さんは大量被ばくを受け、想像を絶する苦しみの末に亡くなったのです。

だが、大内さんたちは東大病院に運び込まれたときには目に見える外傷もなく、看護師さんとおしゃべりするほどの元気があったといいます。
ただ、大内さんたちには一つだけ以前と異なった点がありました。それは全身の皮膚が赤くなっていたことであり、海で日焼けをしたようになっていたことでした。
ところが、被ばく一ヵ月後には皮膚全体が焼けただれたようになり、全身を包帯でグルグル巻きにされ、その包帯も体液ですぐにジュクジュクになって何人もの医師と看護師で毎日それを取り替えねばならないという事態へと急変していきました。

さて、大内さんの皮膚は日焼けしたように見えたといいましたが、普通の日焼けでは皮膚がボロボロになっても、すぐその下で新しい皮膚が再生されます。
ところが、大内さんの場合には最初なんでもないように見えたのが、だんだんと全身が焼けただれて崩れていったのです。
これは大量の放射線被ばくによってDNAによる「生命情報」がズダズダに引裂かれて、皮膚の再生能力が失われてしまったことが原因でした。
さらに、この現象は皮膚にとどまらず、内蔵も骨も筋肉も胃も腸も焼けただれてしまい、細胞が再生されず、どんどん下血をして血液が失われていきました。
毎日10リットルを超える輸血と輸液を繰り返しながら、大量のモルヒネさえも投与されたといいます。
だが、日本の医学会総出で治療にあたったにもかかわらず、大内さんは83日間の壮絶な苦しみの果てに亡くなってしまいました。
被ばく4日後に採取された大内さんの骨髄細胞の顕微鏡写真には染色体がなくなってバラバラに散らばった黒い物質が写っていましたが、これは放射線の強力なエネルギーによってDNAがズダズダに破壊されてしまった後の残骸でした。
また、移植した皮膚は鎧のように硬くなり、遺体解剖に立ち会った医師はメスを入れた際に「ザザッ、ザザッ」と聞いたこともないような音を聞いたといいます。

さて、この事故で亡くなった大内さんが被ばくした放射線量は18シーベルト(18000ミリシーベルト)と推定されています。
放射線を利用し始めてからの100年の歴史のなかでわかってきたことは2シーベルトの被ばくで死者が出始め、4シーベルトの被ばくで2人に1人が死亡し、8シーベルトの被ばくでは全員が死ぬということです。
被ばく線量から見ても大内さんが助かる見込みはありませんでした。
放射線の怖さはものすごいエネルギーでミクロレベルの「生命情報」を破壊することにありますが、その怖さと衝撃を目に見える形で物語っているのが「JCO臨界事故」です。

参考文献 「原発のウソ」 小出裕章


破綻した「安全神話」に代わる「電気ないない神話」などで原発の維持に固執する「原発利益共同体」について

あやしい「電気ないない神話」と原発停止=電気料金値上げという主張への疑問!
資源エネルギー庁の所管する日本エネルギー経済研究所の試算によれば、原発を再稼動しなければ来年の夏も深刻な電力不足に陥り、経済への影響も避けられないといいます。
そして、電気料金も値が上がり、国民のフトコロを直撃することになるので、原発の再稼動はどうしても必要との結論で結んでいます。

同研究所がその根拠として挙げるのが来年夏に予想される大幅な電力不足ですが、全国の54基の原発(4896万キロワット)がすべて止まれば、総発電能力は電力使用ピーク時を7.9%も下回ることになるというのです。
さらに電力の安定供給には5%程度の予備率が必要であり、両者を合わせれば12%以上の大幅な節電が強いられことから「経済への悪影響」を考えれば原発を維持することが必要といいます。
また、原発を停止すれば火力発電の消費量は大幅に増加し、石炭や液化天然ガス、石油の調達コストが2010年度比で3.5兆円も上がるために産業用電力料金の大幅値上げも避けられず、わが国の「産業競争力」への深刻な影響が懸念されると指摘しています。
どうやら財界・産業界が「産業競争力」という錦の御旗を掲げることで原発の再稼動を強行し、原発の維持に躍起になっている模様がこの試算には色濃く反映しています。

1397872だが、電力会社が出している有価証券報告書を調査してみると原発の発電コストは1キロワットあたりの発電単価は10.68円となり、水力3.98円、火力9.90円を上回るとの試算結果をだす研究者もいます。原発を停止すれば、即電力料金値上げという主張にはこの点からも疑問が残ります。
また、電気が足りないことの根拠として示される電力会社のデータでは揚水発電の供給量がゼロとして計上されていたというのです。
揚水発電とは水力発電所を挟んで上貯水池と下貯水池を造り、出力調整ができず常にフル稼働を余儀なくされる原発の余った深夜電力を利用して水をくみ上げ、昼間の電力ピーク時に水を流下させて電気をおこす仕組みのことをいいます。
従前は原子力発電所の電気を利用していましたが、火力発電をつかって揚水発電を動かすことはコストが多少割高になったとしても可能です。
そこでこの事実を指摘した民主党の川内博議員はさっそく東電を行動に移させ、発電量データに揚水発電分の600万キロワットを計上させたといいます。

また、電力の自由化がおこなわれてからは割高な電力会社の電気を買うよりは自社で電気をつくる事業者が急速に増えており、産業界の自家発電能力は電力会社の発電所以外にも有力な電力供給源として着目されています。
これは俗に「埋蔵電力」とも呼ばれており、これまでの「原発安全神話」が崩れた現在、今度は「電気ないない神話」によって原発を維持しようとする原発推進派にとって、この事実は一般には知られたくないのです。

福島原発事故にも懲りない「原発利益共同体」の面々とその顔ぶれについて!
さて、福島原発の事故はいまだに収束の見通しは立っておらず、大量に拡散した放射性物質(死の灰)はチェルノブイリ事故の基準を適用すれば琵琶湖の2倍、日本の法令を厳格に適用すれば福島県全域に匹敵する地域から住民を退避させ、土地を放棄せねばならない事態すらひきおこしています。
そして、福島県民は高レベルの放射能汚染のリスクか、住みなれた土地を放棄することによる生活の崩壊のリスクかの選択を強いられています。
このような重大な被害が出ているにもかかわらず、原発推進派は原発の推進にこだわり続け、懲りない面々は現在停止中の原発の再稼動を彼らの巻き返しの「突破口」にしようとしています。

こうした動きの背景には電力会社、原発メーカー、大手ゼネコン、大銀行など、原発によって利益を得る大企業群が原発推進の政治家・特権官僚やメディア、御用学者などと癒着して作り上げている「原発利益共同体」とも呼ぶべき利権集団があります。
これは別名「原子力ムラ」とも呼ばれますが、「原発からの撤退」をめざすたたかいにとって、こうした政官業の癒着した腐敗構造の打破は避けて通ることはできません。
また、これは日本の政治のゆがみを根底からただすたたかいでもあります。

小沢一郎氏は実質無罪 検査審査会による強制起訴の根拠となった検察調書の証拠不採用が決定しました。

image0706「陸山会」事件を担当している東京地方裁判所が東京地検特捜部の提出した供述調書のほとんどを“でっち上げ”と判断し、それらの証拠採用を却下したといいます。
その際に地裁は「威迫ともいうべき心理的圧迫と利益誘導を織り交ぜながら、巧妙に供述を誘導した」と異例の特捜部批判までおこなっています。
そして、却下された供述調書の中には石川知裕被告が「小沢元代表に虚偽記載を報告し、了承を受けた」という調書も含まれており、この調書を唯一の証拠として検察審査会に強制起訴された小沢一郎氏の無罪が実質的に決まりました。

2009年冬の西松偽装献金事件で大久保秘書が逮捕されましたが、この事件はすでに公判の証人尋問で西松建設の元部長が「当時は、政治団体がダミーとは全然思っていなかった」と述べ、迂回献金のダミー会社とされた企業が実はダミーではなく、実体があったことが明らかになっています。
また、このことで訴因変更に追い込まれた検察はこの事件をも陸山会事件の裁判と統合し、姑息にも裁判そのものを消滅させてしまいました。

そして今回、東京地裁が「陸山会」事件にかかわるほとんどの供述調書を“でっち上げ”と認めたことで、裁判所は検察の面子を考えても政治資金収支報告書の記載ミスを認める程度の判決しか出せなくなりました。
また、政治資金収支報告書の記載ミスは国会議員の提出する政治資金収支報告書の半分ぐらいの割合でおこっており、通常の場合には総務省の行政指導による修正報告で済んでいる問題でしかありませんので、小沢一郎氏の実質無罪は当然です。

さて、「陸山会」裁判で小沢氏元秘書の弁護士たちは、当初から結論あり気で、脅し、スカシ、泣き落としで自白調書を作成した特捜部検事たちのえげつない実態を暴露する法定戦術にでました。
その結果、この事件を担当した検事の一部が過去の裁判でもデッチ上げ調書を作成した経歴を持つ「札付き検事」であったことが暴露され、また、大久保元秘書の調書を取ったのが証拠改ざんで有罪が確定した前田元検事であったことも裁判官の心証を被告側に有利なものとする要因としてはたらきました。
こんなデタラメなやり方でつくられた調書によって、検察審査会は小沢一郎氏を強制起訴したのであり、検察官役として指名された指定弁護士にとっても法廷でたたかう材料を奪われてしまったも同然となりました。
このように小沢一郎氏をめぐる諸々の事件はすべてが免罪であったことが明らかになろうとしています。

小沢裁判の被告たちと小沢グループは冤罪を仕掛けた勢力を摘発すべきである!
こうして3月11日の大震災や原発事故をきっかけに長期の混乱と混迷をきわめた日本の政治にも大震災前の対決構図がふたたび蘇ってくるかもしれません。
「民主党は政権交代時のマニフェスト(国民の生活が第一)を守り国民との約束を実行せよ」との小沢氏を結集軸としたマニフェスト派と、旧政権勢力やマスメディアに後押しされながら対米追随と財界奉仕に狂奔する民主党現執行部グループとの対決です。

だが今後、長期にわたって大震災からの復興と原発事故の収束に正面から取り組み、政治の力をそれにむけて総結集していかなければならない事態が続くことは間違いありません。
また、未曾有の国難の中で民主や自公などの勢力が被災者そっちのけの党略的な抗争に明け暮れしながらも、他方で原発推進や消費税大増税などの悪政を共同で推進するといった政治の現実も目の前にあります。
確かなことは冤罪の被害者である被告たちと小沢派は、この政治謀略を仕掛けてきた勢力を一人残らずに摘発するべきでしょう。彼らが生き延びることだけは許してはいけないと思います。

参考 「日刊ゲンダイ」
小沢裁判 もうやるだけ時間と税金のムダ
http://gendai.net/articles/view/syakai/131320

追記
小沢一郎氏の資金管理団体をめぐる「陸山会」事件で、東京地裁が特捜部の取り調べを問題視し、多くの調書の証拠採用を却下しました。
捜査がデタラメであり、石川衆議院議員をはじめとした小沢氏の元秘書の供述調書に任意性がないことがその理由です。
検察審査会は昨年、今回、証拠申請が却下された石川氏の供述調書を重視して、『小沢氏に共謀の可能性あり』と強制起訴議決をおこないましたが、小沢氏強制起訴の唯一の証拠が同調書だっただけに秋にもはじまる小沢氏本人の裁判は無罪が確実な模様となりました。
これがエントリー本文の趣旨です。
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